ガルヴォルス 第16話「覚醒の因子」

 

 

 あずみと女性隊員たちから逃げ延びたたくみと和海は、この時間まばらにしか人がいない街の中央広場で息をついていた。ガルヴォルスへの進化を促された和海には未だにその衝動がわいてこない。パラサイト・ガルヴォルスである秀樹の攻撃が的確に命中しなかったため、覚醒が遅くなっているのだろう。

 たくみは依然、警戒心を解いていなかった。あずみ率いる特殊部隊は、軍によって徹底的に訓練されたエリートたちだと聞かされていた。

 中でも彼女たちはあずみ直属の対ガルヴォルス部隊であり、あずみの命令を忠実に遂行するのである。彼女たちから逃げるのは容易なことではない。

 しかし、たくみはそれ以上に、息を整えようとしている和海のことが気がかりだった。いつ変化するとも分からない彼女が心配でならなかった。

「和海、大丈夫か・・?」

 たくみがおもむろに和海に声をかける。和海は未だに当惑を治めないまま答える。

「う、うん。でも、わたし・・・」

 和海の顔に不安の色が浮かぶ。

「ホントなのかな・・・私も、たくみや秀樹さんみたいな怪物になっちゃうのかな・・・ガルヴォルスって言ったっけ・・・?」

 自分の身に不安を抱いていた和海。その感情が、たくみの不安をさらにあおり立てる。

「そんなこと・・・そんなことない!だって、お前がオレみたいになってたまるか!怪物か悪魔になってしまうなんて・・・!」

 たくみは和海の身に降りかかろうとしている現実を否定しようと必死だった。その願いが絶対に叶わないものと分かっていながらも。

「お前はガルヴォルスにならない!オレがさせない!そしてお前を殺させはしない!」

 たくみは悲痛に顔を歪めて、再び和海を抱きしめた。

「た、たくみ!?」

 和海が困惑するのもかまわず、たくみは体を放さなかった。

「和海に、オレと同じになってほしくないんだ・・・!」

 和海を想うたくみの眼からは涙が流れ落ちていた。

「たくみ・・・」

 和海が困惑したまま、たくみに声をかけた。

「さっきも言ったけど、私はいつもいつも、たくみに守られているわけじゃないよ。ときには私がアンタを守ってあげなくちゃね。」

「だけど・・!」

「アンタが私を守りたいと思ってるように、私もアンタを守りたいだけだよ。それとも、私じゃダメかな?」

 気さくな笑みを見せる和海に、たくみは戸惑って言葉が返せなくなった。

 彼女も自分の変化に動揺しなくなったわけではない。むしろそんな状況だからこそ、笑顔を見せたいと彼女は思っていた。

「昔の私だったら、こんなことになるのを許せなかったけど、今なら何とか乗り切れそうな気がするの。これもたくみと、ジュンさんのおかげかな・・・」

 和海の笑みに悲しみが混じる。

 かつて両親を殺したガルヴォルスを憎んでいた彼女は、同じガルヴォルスであるたくみとすれ違っていた。そんな彼女を救ってくれたのは、たくみと同じ宿命を負った彼の幼なじみ、ジュンだった。

 ジュンは2人を守って命を落とした。彼女とたくみの想いがあって、今の彼女がいるのだ。

「もしも私がガルヴォルスっていうのになるっていうなら、私は受け止める。でも、私はたくみやみんなのことを忘れて、怪物になるつもりはないから。」

 近いうちに訪れる運命に対して見せる和海の決意。それがたくみの大きく揺らいでいた心にわずかな安らぎを与えていた。

 そのとき、たくみは自分たちを狙う何かを感じて身構えた。

「危ない!」

 たくみはとっさに和海を突き飛ばし、自分も即座に後ろに飛びのいた。自分たちがそこにいた場所に、破裂音が2発ほど鳴り響く。

 たくみが振り返ると、あずみが銃口から硝煙を発している銃を構えていた。

「アンタ、本気か・・!?」

 あずみと向き合ったたくみが愕然となる。和海を始末するために、彼女はその憎しみの矛先をたくみにも向けていた。

「彼女を殺さなければ、別の多くの人々の命が犠牲になるわ。そうなるくらいなら、あなたの怒りを買うことになっても、私は被害を最小限に食い止めるわ。」

 鋭い視線を向けるあずみの背後に、直属の女性隊員たちが銃を構えて現れた。たくみと和海がその姿に動揺する。

 相手はただの人間。下手に傷つけるわけにはいかない。

「これが最後の警告よ。そこをどきなさい、たくみ!でないと、私たちはあなたも殺さなくちゃならなくなるわ!」

 あずみは歯を食いしばって、たくみに銃を突きつける。しかしたくみは表情を変えない。

「和海は誰にも傷つけさせない。アイツに手を出すなら、オレはこれ以上アンタを信じることはできない!」

 真剣な眼差しを向けるたくみ。そんな彼の応えに、あずみは悲痛さを隠せずにいられなかった。

「そう、残念だわ・・・できることなら、あなたも和海さんも、この手にかけたくはなかったわ・・・撃ちなさい!」

 あずみは眼に涙を浮かべながら、女性隊員に指示を送る。それを受けた彼女たちが、立ち上がった和海に銃口を向ける。

 その動作にたくみが驚愕しながら、眼を見開いて和海に振り向く。

「和海!」

 たくみは悪魔に変身し、和海とあずみたちの間に割り込んだ。同時に女性隊員たちがいっせいに発砲する。

 弾丸がたくみの背中に突き刺さり、たくみが激痛に顔を歪める。

「たくみ!」

 和海がただならぬたくみの様子に叫び声を上げる。しかしたくみは踏みとどまり、ゆっくりとあずみたちに振り返る。

「ハァ・・ハァ・・危ないところだった・・・」

 痛みに息を荒げながら、たくみが笑みを見せる。

 ガルヴォルスになった人は、普通の人間の能力をはるかに超えている。銃弾を撃ち込まれても死ぬことはなく、その再生能力ですぐに傷口が消えてしまうはずだった。

 しかしその激痛は治まるどころか、さらに強まった。体を鋭く突く痛みに、たくみは顔を歪めてその場にうずくまる。

「たくみ!?」

 和海がその様子に声を荒げる。そして彼女はたくみの起こっている出来事に驚愕を覚える。

 銃弾を撃ち込まれた彼の背中が半透明に凍てついていた。凍結はたくみの体を蝕み、さらなる苦痛を与えていた。

「ちょっと、たくみに何をしたの!?」

 和海が当惑と憤りを秘めて、あずみに問いかけた。

「今撃ったのは、対ガルヴォルス用の特殊弾丸よ。中には小さく濃縮した液体窒素をつめて、撃ち込んだ相手を凍てつかせる効果があるのよ。いくらガルヴォルスでも、細胞を攻撃されたらその再生能力も機能しないわ。」

「そんなこと・・!?」

 あずみの言葉に和海が信じられない様子を見せる。

 たくみに撃ち込まれた弾丸の中の液体窒素が、彼の体の細胞を破壊し、死に至らしめようとしていた。

「私たちの技術なら、手術によって回復させてあげることも可能だけど、私たちが賛同するかはあなたの言動次第よ、和海さん。」

 あずみが和海に銃口を向けて問い詰める。

 和海は迷っていた。眼の前にいる人たちならたくみを助けられる。しかしそれには、自分の命を差し出さなければならない。

「ダ、ダメだ・・和海・・・」

 そのとき、うずくまっているたくみが声を振り絞り、和海がはっとなって彼に振り向く。

(そうよ・・自分たちが助けられるって言っても、たくみを傷つけたのもこの人たちなのよ・・!)

 あずみたちに向く和海の視線が鋭くなる。あずみは自分の警告が拒まれたことを受け入れる。

「もう、あなたたちには従わない!たくみも、私も!」

 和海は言い放って、たくみに手をかけて体を起こす。

 たくみは今までにない激痛に襲われていた。凍結は彼の神経を攻撃し、その機能を低下させていった。今の彼は、自分の体や周りの空気が、熱いのか冷たいのかさえ分からなくなっていた。

「たくみ、大丈夫!?」

 和海が呼びかけるが、たくみは苦しみを浮かべたまま答えない。

(どうしよう・・・早く何とかしないと、たくみが死んじゃう・・・!)

 和海の中に動揺と焦りが広がる。

(私にも、たくみやジュンさんのような力があれば・・・もしかしたら、たくみを助けることができるのに・・・)

 そのとき、和海は自分の中で目覚めようとしている力を思い返す。秀樹によって、彼女はガルヴォルスの因子に刺激を与えられた。この力なら、たくみを救うことができるかもしれない。

 しかし、たくみが思っているのと同様、和海も自分が怪物になるかもしれない不安を抱いていた。もしも心を失くした怪物になったら、たとえたくみが助かっても彼は喜びはしないだろう。

(でも・・それでも・・・)

 和海はもうろうとした意識の中でかろうじて立っているたくみに寄り添った。

「か・・かず・・み・・・?」

「たくみ、今から傷の治療だよ・・・」

 和海の言っていることの意味が分からず、言葉を失う。

(私の中に力があるなら、たくみを助けて・・・)

 和海が自分に語りかけるように思いを強める。

「たくみを守るためなら、私はどんなことになってもかまわない!」

 叫び、そしてたくみを強く抱きしめて願う。

(ダメだ・・・和海・・・!)

 しかしたくみは、彼女が力を求めることを、力が目覚めることを拒んだ。

「ダメだ、和海!ガルヴォルスになるな!人間(ひと)でいてくれ!!」

 意識をできる限り覚醒させて声を振り絞ってたくみが叫ぶ。

 そのとき、和海の背中からまばゆいばかりの光が輝き始めた。その閃光に、あずみや女性隊員たち、和海のそばにいたたくみが唖然となる。

 やがて光は翼の形を成していき、大きく広がった。その姿はまるで天使のように見えた。

(な、何だ、この光は・・・あったかい・・・気分がよくなってく・・・)

 たくみは自分を包み込むその光に安らぎを感じていく。

 和海から放たれた光は、傷つき凍てついていくたくみの体を癒していった。その暖かさに安心したのか、たくみは張り詰めていた緊張が緩んで、そのまま気を失った。

(これが、私の力?・・・分かる・・・私の力が分かる・・・物心ついたときから覚えているみたいな・・・)

 寄りかかってきたたくみを抱えて、和海は心を落ち着かせる。そしてなおも銃を下ろさないあずみたちに視線を向ける。

「これ以上、たくみに手を出さないで!でないと、私はあなたたちに容赦しない・・・!」

 神々しい光を放つ翼を生やした和海に戸惑う女性隊員たち。そんな中で、あずみは詰まっていた声を何とか振り絞った。

「それはできないわ。たとえ今は理性を保っていても、いつ心を失くして怪物になるか分からない。心をなくしたときには、たくみも倒すつもりでいたのよ。だから、もう危険因子は消すしかないわ!」

 あずみは真剣な眼差しのまま、再び和海に銃を向ける。それに後押しされて、背後の女性隊員たちも銃口を向ける。

「撃ちなさい!」

 あずみの号令の直後、隊員たちがいっせいに発砲する。

「凍れ。」

 向かってくる弾丸に、和海は眼を閉じて念じた。すると背中の翼から、光を帯びた数本の羽根が飛び出した。

 羽根は和海たちを狙う弾丸に正確に命中し、それらを氷に包み込んだ。氷塊と化した弾丸が、和海たちの眼前で落ちる。

「そ、そんな・・・!?」

「液体窒素を含んだ特殊弾が、逆に凍らされるなんて・・!?」

 女性隊員たちに動揺が広がる。その姿に見かねたあずみは苛立って、

「うろたえないで!バラバラに散って、取り囲んで攻撃よ!」

(させない!)

 和海はあずみたちが散らばる前に、再び翼に力を込めた。放たれた光の羽根が矢のように飛び、今度は女性隊員たちの体に突き刺さった。

 羽根が刺さった痛みに顔を歪めた隊員たちだが、その顔にさらに恐怖が刻まれる。

 まるで自分たちの撃った弾丸が自分に受けたように、彼女たちの体が凍てつき始めていた。凍結は困惑している隊員たちを包み込んでいく。恐怖に満ちたまま彼女たちは氷像と化してその場で動かなくなる。

 あずみはとっさに回避行動を取っていたため、和海の羽根を受けることはなかった。彼女は起き上がると、和海はたくみを抱えたまま宙を浮いていた。背中の翼が彼女を飛ばしていたのである。

 銃を構えるあずみと、それをまっすぐに見つめる和海。しかしあずみは、ゆっくりと飛び去っていく和海たちを撃つことはできなかった。

 たくみたちに情を感じたわけではない。和海の覚醒した力に思わず恐怖を抱いてしまっていた。

 もしも引き金を引いて撃って、和海の迎撃を受けて凍結されては元も子もない。和海の目覚めた力に、あずみは愕然となるしかなかった。

(これが、和海さんの、ガルヴォルスとしての力・・・)

 あずみが和海の力に驚愕する。外見上の変化があまり見られないものの、明らかなガルヴォルスの力だった。

 輝いて広がった光の翼。洗礼のように放たれた羽根。その姿はまさに天使だった。

(天使の姿をした悪魔・・・と見るのは私だけかな・・・)

 落胆して銃を下ろすあずみ。ガルヴォルスの力の前には、どんな兵器も無力なのだろうか。あずみの中に虚無感が押し寄せていた。

 氷像になった女性隊員たちの前でしばし沈黙してから、あずみは携帯電話を取り出した。

「私よ。和海さんはたくみ共々逃がしたわ。部隊は全滅、液体窒素弾もはね返されたわ。」

 あずみが組織内の部下に連絡を入れる。

「そうよ。2人の行方を常に把握しておいて。襲撃はしないで。あと、あの人の居場所はつかんでいるわね?・・分かったわ。とにかくよろしくね。私はひとまず本部に戻るわ。」

 言い終わって、あずみは携帯電話を切った。銃と一緒に上着の内ポケットにしまう。

(運命は動き出したわ。そしてあなたたちと私の運命が交錯する。あなたはこの運命の中で、どんな答えを出すの、たくみ?)

 胸中でたくみと和海のことを気にかけながら、あずみは広場を後にした。凍結して絶命した女性隊員たちを放置したまま。

 

 電話のベルが鳴り、飛鳥は受話器を手に取った。

「もしもし・・・か、和海さん!?」

 飛鳥が声を荒げ、聞き耳を立てていた美奈と隆が驚く。

“飛鳥さん、今、家に戻ってきたの。たくみも一緒だよ。あと、今夜はたくみが疲れてるから泊まらせるね。といっても、同じマンションだからあんまり意味ないけどね。”

「和海さん、大丈夫なのかい・・?」

“わたし?私は大丈夫よ。”

「いや、きみじゃなくて、たくみが・・」

“たくみなら何とか落ち着いたみたい。今は私のベットに寝かせているから。”

 その言葉に飛鳥が少し戸惑う。

“心配しないで。あと・・隆さんには悪いんだけど、コーヒーはいい。多分、私たちのために用意してくれてると思うんだけど。”

 和海の言うとおり、隆がコーヒーのための湯を沸かしてポットに移しているところだった。

「先輩、がっかりすると思うよ・・」

“あ、後でちゃんと謝るから・・とにかく、今夜は私のとこで一緒にいるから。それじゃ、美奈にもよろしくね。”

 和海は慌てた口調で電話を切った。飛鳥も戸惑いを隠せないまま受話器を置く。

「和海ちゃんたちからかい、飛鳥?」

 湯をポットに移し終えた隆がたずね、飛鳥は振り向いてうなずいた。飛鳥の思っていた通り、その答えに隆は落胆したようである。

 美奈は歓喜にわいて眼に涙を浮かべていた。

「よかった・・・和海とたくみが無事で・・・」

「今夜は2人ですごすみたいです。オレたちももう寝ましょう。」

 飛鳥のこの言葉に美奈が驚きの声を上げる。たくみと和海が一緒に寝ることに動揺したようだ。

「そうだね。でも、せっかくコーヒーを入れたんで、飲んでからで。」

「先輩、かえって眼が覚めてしまいますよ・・」

 既にカップに注がれたコーヒーを口にしている隆に、飛鳥と美奈は苦笑いを浮かべるしかなかった。しかし、たくみと和海が無事に帰ってきたことを喜んでいたのは、みんな同じだった。

 和海がもう、人間でないことなど知る由もないまま。

 

 

次回予告

第17話「天使と悪魔」

 

私は心の中であの怪物を憎んでいた。

両親を殺したガルヴォルスを許せなかった。

でも、たくみとの出会いが、そんな私を変えた気がする。

どんな運命でも、しっかりと受け止められる覚悟が持てた。

そして、そんな私もガルヴォルスになった・・・

 

「わたし、たくみと一緒にいてもいいんだよね・・・?」

 

 

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