ガルヴォルス 第17話「天使と悪魔」

 

 

 たくみを連れて自宅に戻ってきた和海は、彼をひとまずベットに寝かせ、心配してるであろう飛鳥たちに連絡を入れた。

 電話に出た飛鳥が安心した様子で応対してくれたので、和海も安堵の息をついて、受話器を置いた。

 和海はあえて、自分がガルヴォルスになってしまったことを告げなかった。自分の身に起きた現実を受け入れてはいるものの、まだ動揺が治まっていなかった。

(もう、目覚めてしまったんだね・・・)

 もう人間ではない。今までのような生活を続けることは難しくなるかもしれない。

 和海の中で困惑が渦を巻くように揺れ動いていた。

 ふと机の上に視線を移すと、そこには1つのキーホルダーが置いてあった。温泉旅行の際に、たくみが和海に買ってあげた、手を取り合って向かい合っている天使と悪魔をかたどったものである。

「これは・・」

 和海はそのキーホルダーを手に取り見つめた。そしてたくみと出会ってからの記憶を思い返していた。

 彼女の失敗に必死に抗議して、自分も辞めると言い出したたくみ。そんな馬鹿げた出来事から、2人の新しい生活が始まった。

 その日、たくみはガルヴォルスへと変身した。人でないものになった自分にさいなまれ、狂気を何とか抑えようと必死になっていた。

 両親をガルヴォルスに殺された和海も、同じ怪物になったたくみに動揺を隠せなかった。

 2人の思いはすれ違い、長い反発が続いた。そんな彼らを救ったのが、たくみの幼なじみであったジュンである。

 彼女が命がけで取り持ってくれなかったら、2人の心は離れたままだっただろう。

 ジュンの想いがあったからこそ、今のたくみと和海がある。そのことに和海は胸中で感謝した。

 キーホルダーを手にしたまま、和海はベットで横になっているたくみに眼を向けた。人間を超えた治癒力で傷は消えていたが、疲れたために眠っていた。

「たくみ・・・」

 和海はたくみの寝顔を見て、悲痛な表情を浮かべる。彼女は、結果としてたくみの願いを裏切ったことにわずかばかりの後悔を抱いていた。

 ガルヴォルスは誤った人の進化。体も心も凶暴な獣へと変えてしまう。

 他者から植えつけられたとはいえ、彼女もその怪物になってしまった。ただ、その姿は神のものと思えるほどの光をまとった天使だった。

 その力を目覚めさせたことで、たくみの瀕死の重傷を治し、あずみたちの襲撃をかいくぐることができた。この自分の力に、和海は胸中で感謝していた。

 和海はたくみが寝ているベットに寄り添い、彼の顔を間近で見つめた。屈託のない彼の顔を見て、和海の顔に笑みがこぼれる。

 そのとき、たくみの眼がゆっくりと開いた。互いの顔が間近にあり、2人は思わず赤面する。

「か、和海・・・?」

「・・眼が覚めたみたいだね。」

 戸惑っているたくみに、和海は笑顔を見せる。

 当惑しているたくみに割り込むように、和海もベットの中に入った。

「たくみ・・・よかった・・・」

 和海は喜びのあまり、眼に涙を浮かべてたくみに寄り添った。たくみも真顔になって、彼女を優しく抱きとめた。

 そのとき、たくみは和海から違和感を感じていた。何かが違う。今までとは何かが違う。

 人間の感触とは違った何かを彼は感じ取っていた。

 そして彼は、なぜ自分が助かったのか思い返した。

 あずみの率いる女性隊員の放った銃撃を受け、その中の液体窒素の影響で死の凍結を受けた。いくらガルヴォルスでも、体内の細胞が凍てつき破壊されれば生きてはいられない。彼は激痛の中、死を覚悟していた。

 その直後、和海の背中に光り輝く翼が広がった。その光が自分の体を癒したとたくみは思った。

 和海はついにガルヴォルスになってしまった。その力であずみたちを撃退し、自分を連れて飛び去ったのだ。

「和海・・・お前が、オレを・・・」

 たくみがおもむろに問いかけると、和海は顔を上げてうなずいた。その答えに、たくみは彼女がガルヴォルスになってしまったことを確信し、胸を締め付けられるような思いに襲われた。

「たくみ・・・わたし、たくみと一緒にいてもいいんだよね・・・?」

 和海がたくみに寄り添って、呟くように語りかける。

「だって・・もうたくみと同じだもん・・・やっと、同じになれたんだ・・・」

 和海の体がたくみと触れ合う。

 彼女の言葉に、たくみの困惑はさらに広がる。彼女は自分がガルヴォルスであることを受け入れている。両親を殺した怪物と同じ存在であることを。

「そうだ・・・お前はオレと同じ・・・」

 たくみは困惑した表情のまま、体を起こして和海を囲うように見下ろす。

「た、たくみ・・・?」

 和海が戸惑いながらたくみを見上げる。

「そうだ・・!」

 するとたくみが和海の服のボタンに手をかけた。

「ち、ちょっと、たくみ!」

 和海が赤面して抗うが、たくみはそれでも手をどけず、ボタンを全て外した。そして即座に下着をも外し、和海の胸と肌がさらけ出される。

「たくみ、何を・・・!?」

「この体も・・・オレと同じガルヴォルスになってしまったんだ・・・」

 たくみは和海の肌を見つめて、悲痛に顔を歪める。

 外見は人間と全く変わらない。しかし彼女には、人間をはるかに超えた能力を秘めてしまった。

「もう、お前も戻れないんだ・・・」

 たくみは脱力して、和海の胸にうずくまった。その衝動に和海は込み上げてくる感覚に唇をかむ。

「ダ、ダメだよ、たくみ・・・このままじゃ・・・」

 和海がたくみの肩に手をかけて制する。彼女のその反応にたくみが少し戸惑う。

 和海も赤面しながらの笑みを見せて、たくみの衣服に手を伸ばした。

 

 白いシーツのかけてあるベット。たくみと和海は寄り添いあい、向き合っていた。着ていたものは全てベットの横に脱ぎ捨て、肌を寄せて抱き合っていた。

 もう1枚のシーツを体に被せて、互いの体を温めていた。

 たくみは改めて体を起こし、和海を見下ろした。和海は頬を赤らめて、じっとたくみを見つめていた。

「和海・・こんなにきれいな体してたんだな・・・」

 たくみがゆっくりと和海の肌に触れる。きれいな手足、整った体つき、ふくらみのある胸。困惑の治まらないたくみも彼女に魅入られていた。

 たくみもこんな感情を抱いたのは初めてだった。恋や愛を突きつけられても、こんな感情に共感さえわかなかった彼だったのに。

 自分が変わっていったことに、たくみは実感が持てた。ガルヴォルスになってしまったことだけではなく、人間としての変化も見受けられた。

 たくみがひとまず眼を閉じ再び開けると、眼前にいた和海が動かなくなった。彼女は白く冷たく固まっていた。

「かず・・み・・・?」

 たくみがその姿に呆然となる。

 そして次の瞬間、手をかけていた和海の体が突然崩れた。たくみの手から彼女が砂になって零れ落ちる。

「和海!」

 たくみが消えゆく和海に向かって叫ぶ。

「たくみ・・・?」

 その直後、眼の前に和海がいたことにたくみは愕然となった。

「これ・・は・・・」

 たくみはいつしか幻を見ていた。和海がガルヴォルスになったことに対する不安が、彼に悲惨なビジョンを見せたのである。

 彼は彼女がガルヴォルスになったよりも不安に感じていたことがあった。それが彼女の死である。

 死んでも亡がらの残る人間とは違い、ガルヴォルスの死は完全な消滅を意味する。骨や面影さえ残らず、砂になって消えてしまう。

 和海もそんな末路を辿ると思うと、胸が締め付けられる気分だった。

「和海・・!」

 たくみは和海の体を抱き寄せた。左腕で彼女の背中を持ち上げ、右手で柔らかな胸を撫で始めた。

「た、たくみ!?」

 和海がさらに顔を赤らめる。いきなりの彼の行動に、戸惑いとともに快楽を感じていた。

「やめて・・そんなにやったら・・・!」

 和海が顔を歪めて抗議するが、たくみは悲痛に顔を歪めたままやめようとしない。

「和海、オレは・・・!」

 たくみが和海を強く抱きしめる。そして彼女の体を舌で舐め始めた。

「あ・・ぁぁぁ・・・」

 たくみにされるがままになった和海が、力なくうめく。吐息は徐々に荒くなり、こみ上げてくる感情に耐えられなくなっていった。

「和海、オレはお前がガルヴォルスになって、ホントに辛かった!もう真っ当な生き方ができなくなると思うと、どうしていいか分からなくなるよ!」

「でも、たくみだってガルヴォルスなのに、私やみんなと普通に過ごしてたじゃない!それとあまり変わりないと思うよ・・・あはぁ・・・」

 和海が快感におぼれてあえぎながらも、たくみの言葉を否定する。彼女の秘所からは愛液があふれ出ていた。

「けど、人間と同じ、あたたかいぬくもりを感じるんだ・・・!」

 たくみは和海を抱きしめ、そのぬくもりを感じ取る。

 ガルヴォルスになってしまっていても、彼女のその感触は紛れもなく人間のものだった。

「たくみ・・私を抱いて・・・ぁぁ・・・今はたくみにすっごく抱かれたい気分なの・・・」

 あえぐ和海が、積極的にたくみに寄り添おうとする。自分の胸に彼の顔を押し付け、彼に快楽を分け与えようとする。

 今度は和海がたくみの上に乗りかかる形となった。彼の体に触れて、彼女はそのあたたかさと快楽を感じ取っていく。彼女の秘所から流れ出る愛液が、足を伝ってベットのシーツを濡らす。

「和海・・・お前から、何かが出てる・・・」

 愛液がたくみの下半身に落ち、うめき声を上げるたくみ。すると和海は彼にのしかかった。

「たくみ、これは、私の気持ちの表れだから・・・」

 今度は和海がたくみの体を舐め始めた。体を駆け巡る快感に、たくみも息を大きく吐く。

「もう隠し事はやめよう、たくみ・・自分の中にあるもの全部見せて、お互いをよく知ろうよ・・」

「えっ・・・?」

「いろいろなことを隠しても、結果的に何にもならないことが分かったの。何でだろうなぁ。始め会ったとき、何かイヤな感じだったのに、今はこうしてる。」

 笑みを見せる和海に、たくみも思わず微笑む。

「あのときは、オレがそうしたかったからだぞ。」

「分かってる。そして今私がしてることも、私がそうしたいって思っただけなんだよ。まるっきりたくみの影響だけどね。」

 和海が苦笑を浮かべる。

「今は、たくみと触れ合いたいと思ってる・・・」

 顔をたくみの体に当てる和海。

「ああ・・オレもだ・・・」

 たくみも和海の体を寄せる。

 互いの体をこすり合わせ、手で肌を撫で回していく2人。もうどんなことになっても、彼らはかまわなかった。

 愛液があふれようと、どこに手が回ろうと、2人は全てを快楽にしていた。互いを触れること、それこそがたくみと和海の心を癒す唯一の術となっていた。

 手の感触が思いを交錯させ、2人だけの世界へといざなったまま夜を過ごした。

 

 朝日の光が、抱き合ったまま眠っていたたくみと和海へと注がれる。そして先に眼を覚ましたのは和海だった。

 眼をこすり合わせ、彼女は自分の一糸まとわぬ体を見つめた。自分はもう人間ではない。人の形をとってはいるが、自分はもうガルヴォルス、誤った人の進化なのだ。

 何かがかけ離れたような気持ちを和海は一瞬感じ取った。そして彼女の視線は、未だに眠っているたくみの顔へと移る。

(今までとは違う生活を送らなくちゃいけないと思うと、正直辛い・・・でも、それはたくみにも言えることだ。こいつは私以上に長く苦しんできたんだ。私がこんなところで落ち込むわけにはいかないよね・・)

 何とか笑みを作る和海。彼女がしばらく見つめていると、たくみも眼を覚ました。

 彼女の物悲しげな笑みを見て、たくみは一瞬呆然となる。

「起きて、たのか・・・?」

 たくみがふと問いかけると、和海は笑みを見せたまま頷いた。たくみはゆっくりと和海に手を回し、優しく抱きしめた。

「確かにオレたちは普通の人間じゃなくなった。でも、それでも人間として生きられないことはない。」

「そうだね。私たちは今までどおりの生活を続けるよ。もし私たちのことが知られても、隆さんも美奈もきっと分かってくれる。私は、そう信じる・・・」

 眼を閉じ笑みを浮かべながら、新たな決意を固める2人。2人には互いを守れる力が存在しているのだから。

「そういえば、ちょっと思い出しちゃったことがあるのよね・・」

「思い出したって?」

 和海がふと言葉を発し、たくみがきょとんと聞き返す。

「中学生の頃に読んでた漫画の登場人物のことなんだけどね、夜の街で美女をさらってっちゃう誘拐犯なんだけど、そいつはその女性たちを石にしてコレクションしてるのよ。」

「えっ?」

「それで、その石化っていうのが、身に付けてるものを全部剥ぎ取っちゃうのよ。」

「何だって?」

「それで、主人公の女の子を助けるために駆けつけた友達も、そいつに石にされて外に放り出されちゃったの。」

「放り出されたって・・服破られて裸のままでか!?」

 顔を赤らめるたくみを見て、和海がクスクスと笑いをこぼす。

「最後にはみんなもとの戻るんだけどね・・・でも今思うと、その力はガルヴォルスなんじゃないかって・・」

「はぁ?・・まぁガルヴォルスならできると思うけどな・・・けど漫画やTVだったら何とでもなるんじゃないのか?たとえば、魔法とか呪いとか。」

 思わず苦笑するたくみ。

「あれを見たときは、体中が不思議な気分になったよ。自分もああなっちゃうんじゃないかって・・」

 和海の話をたくみはまじまじと聞いていた。

 ガルヴォルスの手に落ち、彼女は温泉で石にされたことがある。しかしそのときは、誰かに見られる確率が少なかった。石にされて動けなくなる恐怖だけだった。

「もしかしてお前、その裸の石化ってヤツをされてみたいのか?」

 たくみが呆れた様子でたずねる。すると和海はたくみに寄り添って答えた。

「たくみと一緒なら、かまわないかな・・・」

「えっ!?」

「ウソよ、冗談よ。そんな目にあったら、これからを精一杯生きられないよ。」

 和海がからかうように笑う。彼女の言動がおかしく思えて、たくみは少し呆然となる。

「さて、そろそろ隆さんのところに行かなくちゃ。いい加減顔を見せないと、みんな慌てちゃうから。」

「そうだな。」

「その前に髪切らないと。秀樹のせいで嫌な気分だったから、それを忘れるためにもね。」

 そういって和海は長くなった自分の茶髪に手をかけた。

「だったら、オレが切ってやるよ。」

「えっ!?」

 たくみが自信ありげに言うと、和海が驚きの声を上げる。

「オレは昔、床屋でバイトしてたことがあったんだ。一応、専用のハサミセットは持ってる。絶対しっかりできる保障はし切れないけど、タダですむぞ。」

「そう?じゃあ、お願いしちゃおうかな。」

 笑顔で頷いて、和海は自分の服に手を伸ばす。

 これからは周りの大切な人たちと精一杯生きる。2人の思いはただそれだけだった。

 この屈託のない願いが引き裂かれることなど思いもせずに。

 

 

次回予告

第18話「崩れ去る理想」

 

人間とガルヴォルスの共存。

それが飛鳥の理想だった。

その思いと絆を引き裂く恐るべき刺客。

満身創痍に陥った飛鳥。美奈と隆の危機。

血に染まった龍の咆哮が大地を揺るがす。

 

「オレの本当の姿から、眼をそらさないでほしい・・」

 

 

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