ガルヴォルス 第15話「たくみの思い、和海の願い」

 

 

 傷つきながらも立ち上がるたくみ。しばし困惑しながらも、秀樹は再び笑みを浮かべる。

「きみには聞いていないよ、たくみくん。オレは今、和海に聞いてるんだ。」

「そんなこと、聞くまでもない・・・」

 たくみが言い終わる前に、秀樹がたくみの左肩に指を伸ばして貫いた。

「ぐはっ!」

 たくみが激痛にうめく。秀樹が突いていた指を戻して、和海に視線を向ける。

「どうだい、和海?たくみくんはああ言っているようだけど、きみもそう思ってるのかい?」

 秀樹が悠然と問いかける。和海は秀樹と、倒れたままうめくたくみに視線を移していく。

 優しく接してくれた秀樹か。体を張って必死に戦っているたくみか。

 和海の心は大きく揺れていた。秀樹が自分を怪物にしようと考えていることが分かっていても、彼女は彼を完全に否定することができないでいた。

「かず・・み・・・!」

 たくみが必死に発した声に和海がはっとなる。

 自分のために、自分を思って戦ってくれているたくみ。傷つき倒れてもまだ立ち上がろうとしている。

 しかし秀樹は自分を利用していたに過ぎなかった。自分の思いのままに彼女を手に入れようと考えている。

 和海の心は決まった。

「私は、もうあなたを信じない・・・」

 和海の言葉に秀樹が眉をひそめる。

「今の私には、そんな不条理を押し付ける人はいないし、私のことを受け入れてくれる人ばかりだよ。ちょっとした失敗でも笑顔でいてくれるし、努力や一生懸命を優しく見守ってくれる。」

 和海が笑みを見せ、たくみに視線を向ける。

「私はもう、意味もなく傷つくことなんてないから・・・」

 たくみや美奈、隆の優しさと思いやりを改めて感じ取った和海。彼らが見守ってくれたから、今の自分があるのだ。

 彼女の返答に、秀樹はため息をつく。

「そうかい。きみはたくみくんを信じるというわけか。」

 秀樹が笑みを消して、右手を和海に向けて伸ばした。

「けど、オレがきみをガルヴォルスにすることはもう決まったことなんだ。きみがどんな答えを出そうとね。」

 秀樹が和海に向けて指を伸ばす。そこにたくみが割り込み、和海の代わりにその指に体を貫かれる。

 秀樹は立ちはだかるたくみに呆然となる。たくみが不敵に笑いながら、秀樹に声をかける。

「結果的に問答無用ってわけか・・・」

「バカな・・・これだけやられて、まだ動けるのか・・!?」

 指を即座に戻し、秀樹が数歩後ろに下がる。

「だったらもう容赦する必要もない!心置きなくお前を倒せるってモンだ!」

 たくみが剣を手にして、秀樹に向かって飛び出す。秀樹はさらに後ろに飛んで、振り下ろされた剣を回避する。

(やっぱりな。こいつは指を伸ばして、遠くから相手を狙ってくる。しかも、その指を鞭のように叩いたり締め付けたりせず、あくまで突いて攻撃して、すぐに相手から離している。)

 たくみは思考を巡らせながら、秀樹に追い打ちをかける。

(いくらガルヴォルスでも、切り離された部分は再びくっつけることはできない。パラサイト・ガルヴォルスのあいつも同じようだ。じゃなかったら、すぐに指を相手から離すようなマネはしない。)

 たくみはいったん間合いを取り、秀樹が地面に手を置くのを見計らった。その瞬間に、一気に間合いを詰めて秀樹を倒す。これがたくみが思い立った狙いだった。

 そして秀樹が地面に手をついた瞬間、

(今だ!)

 たくみは飛び出し、一気に間合いを詰めようとする。

 その直後、秀樹が不敵に笑うと、手を地面から離して後ろに飛んだ。

「何っ!?」

 その行為にたくみが驚愕する。そこに秀樹が手を、人差し指を伸ばし、たくみの左足首に巻きついた。意表をつかれた戦法を受けて、たくみが指に引っ張られて倒れる。

「かかったな!まんまとオレの思惑に飛び込んでくれるとはな!」

 哄笑を上げる秀樹が、身動きを止められたたくみの体に指を突き刺した。

「ぐあぁっ!」

「たくみ!」

 たくみが激痛にうめき、和海が悲痛の叫びを上げる。すぐさま指を抜いて、秀樹がたくみに近づいた。

「もうきみを見くびることはしない。このまま叩き潰してやるよ。」

 秀樹が出血の激しいたくみの体を力を込めて踏みつけた。体が秀樹の足が食い込み、血がさらに吹き出る。

 のどから熱いものがこみ上げ、たくみは嗚咽に激痛をかき立てた。それに追い打ちをかけるように、秀樹の足の力が容赦なく襲いかかる。

「ここまでオレを追いつめたのはよくやったな。だが、これでもう終わりだ。」

 秀樹が笑みを強めて、たくみにのせていた足を離した。

「とどめを刺してやるよ。いくらガルヴォルスでも、心臓を貫かれれば命はない。」

「やめて!」

 秀樹が手を構えた直後、和海が涙ながらに叫んで飛び込んできた。虚を突かれた秀樹はそれに突き飛ばされ、反撃することもできなかった。

 和海に視線を移して、秀樹が笑みを消した。

「ついに行動で邪魔をする気になったか?」

 和海は息を荒げて、必死の思いで体を張っていた。

「私は今までたくみに守られてきた。今度は私が守ってあげる番よ!」

 和海が両手を広げ、倒れたたくみをかばう。

「ただの人間のきみがかい?オレやたくみくんと違って非力なきみが?」

 秀樹が憮然とした態度で和海をあざける。恐れを感じながらも、それでも和海はその場を動かない。

「全然弱いわけじゃない。たくみが、みんなが、私に力と勇気を与えてくれるのよ!」

「ダメだ、和海・・・!」

 言い放つ和海に、たくみが体を起こそうとしながら必死に声を振り絞る。しかし和海の耳に彼の声は届いていない。

「違うな。きみに力を与えてやるのは・・」

 秀樹が右手を向けた瞬間、和海ははっとして体を後ろに傾けた。その拍子でバランスを崩し、倒れそうになる。

「和海!」

 たくみが残された力を出して、体を起こした。そんな彼の眼に飛び込んできたのは、秀樹の伸びた指が和海の腕をかすめていた瞬間だった。

「かず・・・!?」

 たくみはその光景に愕然となった。パラサイト・ガルヴォルスに傷つけられた人間は、ガルヴォルスの因子を覚醒させられてしまう。

「和海!」

 叫ぶたくみの眼の前で、和海が負傷した左腕を押さえて、痛みに顔を歪めた。秀樹はまたも、伸ばした指をすぐに戻した。

「ちょっとかすめただけか。まぁいい。」

 不敵に笑う秀樹。和海を傷つけられたたくみが憤りをわき上がらせる。

「きさまぁぁーーー!!!」

 たくみは咆哮に似た絶叫を上げ、剣を握り締めて秀樹に飛びかかった。

「ま、まだそんな力が・・!?」

 秀樹はたくみの覇気をひしひしと感じ、危機感を覚えて手の全ての指を伸ばした。指は鋭くたくみの体を貫くが、怒りのあまりその痛みを感じていないようだった。

 そんなたくみの姿はまさに悪魔そのものだった。その脅威を前に、秀樹の動揺は恐怖となって顔に表れていた。

 悪魔の魔剣が、恐怖に満ちた秀樹の体を切り裂いた。鮮血が秀樹を、たくみの形相を濡らす。

「和海!」

 たくみは倒れていく秀樹に眼もくれず、刀身が血で塗れた剣を捨てて和海に駆け寄った。腕を押さえて痛みにうめいていたが、人間の姿に戻ったたくみが駆け寄ると小さく笑みを作る。

「た、たくみ・・・」

「和海!・・・和海・・・」

 たくみは歯がゆいものを感じていた。

 自分のために彼女は体を張り、秀樹のパラサイト・ガルヴォルスとしての攻撃を受けてしまった。これで彼女も、じきにガルヴォルスになってしまう。

 たくみが困惑していると、背後から小さな哄笑が聞こえてきた。

「オレは・・もう死ぬ・・・だが・・和海は近いうちに・・ガルヴォルスに・・・」

「ふざけるな!」

 たくみは憤慨して秀樹の言葉を否定する。しかし秀樹は哄笑をやめない。

「ムダだ・・・どんなに拒んでも、彼女はオレやお前の仲間になる・・・運命は変えられない・・・最後まで、オレの思惑通りに・・なったな・・・」

 秀樹の哄笑が公園に響き渡る。

 結果として、秀樹の思惑通りに事が運んでしまったのである。彼を倒せても、和海の中の因子は目覚める。動き出した運命は誰にも止められない。

 不条理な現実に憤るたくみの眼下で、絶命した秀樹の体が崩れていった。

「和海・・・」

 たくみは呆然とした態度のまま、和海に小さく声をかけた。同じく呆然となっていた和海がその声に振り向く。

「たくみ・・・わたし・・・」

 感情が浮かばない和海。たくみはこみ上げる悲痛を抑えることができず、彼女に寄り添って抱きしめた。

「た、たくみ・・!?」

 突然のことに和海が顔を赤らめる。

 そんな彼女の気持ちを考えず、たくみはひたすら抱きとめた。いや、彼女の気持ちを考えればこその彼の行為だった。

「は、放して、たくみ・・!」

 和海が戸惑って、たくみを振りほどこうとする。しかしたくみは手から力を抜かない。

「和海、オレは・・オレは・・・!」

 たくみは歯がゆいものを拭い去れずにいた。

 もう今までどおりにはいられない。和海も怪物になってしまうのだから。

「たくみ。」

 そんなたくみと和海の前に、あずみが現れた。

 2人が振り向くと、彼女の背後には数人の武装した軍人らしき人がいた。体格からして、全員女性のようだった。

「あずみ・・」

「どうやら、パラサイト・ガルヴォルスを倒したみたいね。」

 あずみの問いかけに、たくみは返答しなかった。あずみはそれを肯定と見て、再び口を開いた。

「たくみ、あなたの活躍には感謝してるわ。パラサイト・ガルヴォルスは始末でき、ガルヴォルスの繁殖は止まったわ。」

 彼女のその言葉に、たくみは愕然としたものを感じた。驚愕の現実を目の当たりにしたばかりの彼に、あずみのこの言葉はあまりに痛烈すぎた。

「街にいた、因子を覚醒させられたガルヴォルスたちも私たちが殲滅したわ。これでひとまず安心というところかしら。」

 するとあずみは上着の内ポケット手を入れた。そしてそこから黒い物体を取り出した。

「因子の覚醒を引き起こされた彼女を葬れば、ね。」

 その物体は拳銃だった。あずみは和海に向けて銃口を向けた。

「お、おい、アンタ・・何してるんだよ・・!?」

 たくみはあずみの言動に眼を疑った。あずみはまだ、鋭い視線を向けて銃を構えている。

「決まってるでしょ。因子が覚醒した和海さんを始末するのよ。」

「何だと!?」

「彼女が完全なガルヴォルスになってしまったら、もしも理性を失った化け物になってしまったら、あなたはどうするつもりなの、たくみ!?」

 怒りの声を上げるあずみがさらに銃を突きつける。さらに苛立ちを募らせるたくみ。

 和海はようやく自分の身に起こっていることに愕然となった。変わりゆく自分。人間でないものになっていく不安。ガルヴォルスになっていく自分への恐怖。それらが彼女の胸に痛いほどに突き刺さっていた。

「わたしが・・ガルヴォルスに・・・たくみたちと同じに・・・!?」

 和海が信じられない様子で和海がつぶやく。しかし今のところ、彼女は自分に異変は感じていなかった。

「私もできることなら、たくみの大切な人にこんなことはしなくない。でも、人々を守るためには、こうするしかないのよ!」

 あずみは憤慨に悲痛を込めてうめくように語る。ガルヴォルスに対する憎悪と自らの正義を、今度はたくみと和海に向けていたのだ。

「冗談じゃない・・・!」

 たくみが苛立ち、あずみを睨みつける。

「冗談じゃない!」

 憤怒するたくみから黒いオーラのようなものが放出される。その衝動に和海もあずみたちも怯む。

「みんなを守るために、何の危害も加えていない和海を殺そうっていうのか!?」

 いきり立つたくみに女性隊員たちが手に持っていた銃を構える。しかしあずみは彼女たちに手を向けて制する。

「オレは大切なものを失くしてまで、みんなを守ろうとは思わない。むしろ・・」

 たくみは再び悪魔の姿に変身する。

「オレは大切なもののために戦ってるんだ!」

 出現させた剣を握り締め、その切っ先をあずみに向ける。

 和海を失ってまで戦いたくはない。彼女を守ることこそが、今の彼の戦う理由なのだ。

 たくみは困惑している和海を抱き寄せ、剣を振りぬいて砂煙を起こした。その衝動であずみは虚を突かれ、2人の姿を見失った。

 女性隊員たちも、誤射を恐れて発砲をしないでいた。

 やがて砂塵が治まり、あずみたちが視線を向けたときには、たくみと和海の姿はなかった。

(たくみ、和海さんをかばうつもりね。これもまた、人々を守るために戦う私たちに課せられた宿命なのかもしれないわね。)

「追いなさい!まだそんなに遠くには移動してないはずよ!」

 あずみの指示を受けて、女性隊員は無言で敬礼を送り、その場から散っていた。

 あずみはふと夜空を見上げた。彼女はわずかながら、たくみたちに敵意を見せることを躊躇していた。もしこの場で戦うことになっていたら、果たして引き金を引くことができただろうか。

(たくみ、私を敵に回さないで。あなたたちのしていることは、人々を危機に陥れていることなのよ・・・)

 心苦しさをかみ締めて、あずみもたくみの行方を追った。

 

 美奈とともに店の掃除をしながら、たくみたちが帰ってくるのを待っていた飛鳥。

 しかし、夜中になった時間になっても、2人からの連絡はなかった。

(たくみ、和海さん、いったいどうしたんだ!?ガルヴォルスに襲われていなければいいんだけど・・・)

 すぐに2人を探しに行きたかったが、美奈と隆を放って出て行くわけにはいかない。たくみに2人を任されたのもあって、飛鳥は動けなかった。

 そんな彼は心の片隅で、自分の理想に不安を感じていた。

 ガルヴォルスと人間の共存を望む彼だが、ガルヴォルスの中には理性を失った怪物同然となったものもいる。眼に映るもの全てに牙を向ける相手に共存が望めるだろうか。

 飛鳥は自分のしていることに疑問を抱いていた。

「どうしたの、総一郎?早く掃除済ませて、和海たちが帰ってくるのを快く迎えてあげないと。」

「えっ・・・?」

 突然美奈が笑顔で声をかけ、飛鳥が気の抜けた返事をする。その様子に見かねて、美奈は代わりの雑巾を飛鳥に渡した。

「さ、今度はドア窓のほう、お願いね。」

 そして美奈は汚くなった雑巾を持って洗面所のほうへ向かっていった。

 彼女の陽気な姿に、飛鳥の顔もほころんだ。彼はたくみたちの帰りを再び待つことにして、ドアの窓拭きに取りかかった。

 そんな彼らのやり取りを、奥のキッチンで見ていた隆が笑みを見せる。彼はたくみたちの帰りを待ちながら、コーヒーのための湯を沸かしていた。

 彼もたくみと和海のことが気がかりだったが、意味もなくジタバタしていても仕方がない。信じて待ち続けることを彼は選んだ。今まで彼が心がけたように。

 いつまでもこんな日常が続いてほしい。彼の願いも美奈や飛鳥たちと変わらなかった。

 しかし、その屈託のない生活が脅かされるとは、隆たちは思いもしなかった。

 

 

次回予告

第16話「覚醒の因子」

 

秀樹によって因子に刺激を与えられた和海。

彼女とたくみの逃亡は続く。

そんな彼女たちを追跡するあずみたちの銃口。

和海はガルヴォルスの力にとらわれてしまうのか?

たくみの絶体絶命の危機を救う者は誰だ?

 

「たくみを守るためなら、私はどんなことになってもかまわない!」

 

 

作品集に戻る

 

TOPに戻る

inserted by FC2 system