ガルヴォルス 第14話「忍び寄る魔手」

 

 

「和海!」

 パラサイト・ガルヴォルスの正体が秀樹であることを知ったたくみは、和海を探して駆け回っていた。

 彼女にその魔手が伸びる前に守ろうと必死になっていた。

 そして、彼は1人街の中を歩く和海を見つけた。

「和海!」

「あ、たくみ。」

 慌しい様子のたくみに声をかけられ振り返る和海。1人でいることを確認して、たくみが安堵の息をつく。

「よかった。アイツはいないようだ。」

「あいつって、秀樹さん?・・もしかして、また秀樹さんのこと・・!」

 憤慨して詰め寄る和海にたくみが弁解する。

「ま、待ってくれ!まず話を聞いてくれ!」

「話って・・!?」

「もうアイツとは会わないほうがいい。」

「な、何言ってるの!?」

「お前のためなんだよ。アイツはガルヴォルス。しかも人間をガルヴォルスにしてしまう厄介なヤツなんだ!」

「いい加減にして!」

 憤った和海がたくみの頬を叩いた。赤くなった頬を押さえて、たくみが唖然と和海を見つめる。

「秀樹さんがガルヴォルス!?怪物だっていうの!?ふざけないで!秀樹さんがそんなわけないじゃない!」

「けど、増え続けてるガルヴォルスは、そのガルヴォルスの仕業なんだ!もしもお前がガルヴォルスにされたら・・!」

「それなら秀樹さんが何とかしてくれるよ!アンタなんかがいなくたって、私と秀樹さんが!」

 たくみの呼び止めも聞かず、和海は苛立ってその場を去っていった。

「和海・・・」

 たくみは呆然と和海の後ろ姿を見つめていた。これでは彼女を守れない。それどころか、秀樹が彼女を襲う危険が強まってしまった。

(とにかく、和海をアイツから引き離さないと!和海のそばにいれないなら、アイツを見つけて直接倒す!)

 和海をガルヴォルスにさせたくない。思いを秘めたたくみの矛先は、パラサイト・ガルヴォルスである秀樹に向けられた。

 

 たくみの言葉に苛立っていた和海は、足早に自宅のマンションに向かっていた。

(たくみ・・まさかあんなひどいこというなんて!信じられない!)

 憤りを隠せず、そのまま帰路を進む和海。そんな彼女の前に、秀樹が姿を現した。

「あっ!秀樹さん!」

 秀樹が再び現れるとは思っていなかったため、驚きの声をあげる和海。秀樹が照れ笑いを浮かべる。

「いやぁ、ゴメン、ゴメン。ちょっと大事な用を思い出してね。」

「大事な用?」

 突然の秀樹の言葉に疑問符を浮かべる和海。

「ちょっと、近くの公園に行こうか。ここだと、ちょっとアレだから・・・」

「・・よく分からないけど、いいよ。」

 和海が渋々うなずくと、秀樹は公園を目指して歩き出した。

 

 たくみは和海を追っていた。彼女と親密になっている秀樹は、必ず彼女と接触するはずである。

 和海を見張ることで秀樹を見つけ出し、即座に倒そうと考えていた。

 そしてついに、たくみは和海と、彼女を手招きしている秀樹の姿を発見した。

(いた!)

「かず・・!」

 たくみが和海を呼びかけようとした瞬間、上空から巨大な何かが落下してきた。たくみははっとして横転してそれをかわす。

 降りてきたのはコウモリを思わせる姿の怪物だった。コウモリはたくみの行く手をさえぎるように立ちはだかった。

「な、何だ、お前は!?」

 たくみが身構えると、彼を取り囲むように、物陰から次々と怪物が姿を現した。それぞれ姿かたちは様々だったが、いずれも息を荒げてたくみを敵視していた。

「まさか、こいつらもパラサイト・ガルヴォルスに・・!」

 たくみは焦りを見せながら、周囲の怪物たちを見回す。

 その間にも、和海は彼の姿に気付くことなく、秀樹の跡を追っていった。

「和海!」

 たくみが呼びかけるが、和海は振り返ることなく彼の視界から消えた。

 そんな彼に、理性を失った怪物たちが詰め寄ってきた。

「お前ら、そこをどいてくれ!」

 たくみが和海の後を追おうと必死に呼びかけるが、人間の心を失った怪物相手にその行為は意味がなかった。

 咆哮を上げて、ガルヴォルスたちがたくみに迫る。たくみは怒りのままに全身に力を込め、悪魔へ変身する。

 突進してきたガルヴォルス数人をはねのけ、和海を目指して前に出る。しかし、そこにはさらなるガルヴォルスが待ち構えていた。

「こ、こんなにいるのかよ・・!」

 次々と出現するガルヴォルスに毒づくたくみ。

 剣でなぎ払っても、さらに群れは押し寄せ、翼を広げて空へ脱出しても、鳥やコウモリなどの飛行できるガルヴォルスに阻まれる。

「くそっ!」

 コウモリにはたき落とされたたくみが、落下しながら舌打ちする。落ちた彼に、ガルヴォルスたちがいっせいに襲いかかる。

 傷つきながらも撃退していくが、ガルヴォルスの群れの勢いは留まることを知らない。

「邪魔をするな!オレは和海のところに行くんだ!」

 血みどろになったたくみが声の限り叫ぶ。

 相手に自分の意思が伝わらなくても、どんなに自分の体が悲鳴を上げようとかまわない。たくみは押し寄せる怪物の群れをなぎ払い、ひたすらに秀樹と一緒にいる和海を目指した。

 

 秀樹に導かれて、和海は人気のない公園へとやってきた。空は雲で覆われていて、月の光が差し込んでいない。

「大事な用って何?私に何か話があるの?」

 和海が足を止めて秀樹に問いかけた。秀樹は振り返り、笑みを見せて答える。

「オレたち、今までいろんなところに行ってきたよな?」

「え?う、うん・・でも、なんでそんなことを?」

「いゃ・・そろそろ、お互い秘密はナシっていうことは・・ムリか・・」

 秀樹が照れ笑いを浮かべて、右の目じりを指でかく。彼の願いに、和海は戸惑ったまま答えを出せずにいた。

 すると秀樹が閉ざしていた口を再び開いた。

「まぁ、とにかく、オレの秘密は明かしておかないとな。」

「えっ!?い、いいよ、ムリに言わなくたって!人には誰にだって隠し事の1つや2つは・・!」

 和海が赤面して両手を振る。慌てる彼女に秀樹が笑う。

「別に気にしなくていいよ。聞きたくなければ聞き流してくれればいいから。」

 そういうと秀樹は和海の肩に手をかける。この行為に予想していなかった和海は顔を赤らめて黙り込んでしまう。

「和海・・正直に言う・・・オレは、きみのことが好きだ。」

 秀樹の告白に、和海は胸を打たれたような衝動を受けて眼を見開く。

「これまですごしてみて分かったんだ。きみはオレにとってかけがえのない人だって。もうオレは、きみを失ったら生きていくことなんてできない・・・」

「秀樹さん・・・」

 秀樹の悲痛の願いに、和海はやっとのことで声をもらした。彼の抱擁にその身をゆだね、彼の想いを受け入れる。

 そんな彼女に顔を近づける秀樹。

 そのとき、秀樹の背後に鋭いものが行き過ぎた。

 何が起こったのかと和海は閉じていた眼を開いた。秀樹の背後には、悪魔に姿を変えていたたくみが構えていた。

 彼は無防備の秀樹の背中を剣で切りつけたのである。背中から鮮血を吹き出して倒れる秀樹。

「秀樹さん!」

 傷つき倒れた秀樹に向かって声を荒げる和海。刀身に血が流れる剣を下げて、たくみが彼女を見つめる。

「たくみ!アンタ、なんてことをしたのよ!」

 和海がたくみに向かって憤慨する。

「いくら秀樹さんが気に入らないからって、こんなことするなんて・・!」

「そいつから離れろ、和海!」

 声を荒げる和海をたくみが一喝する。

「そいつはガルヴォルスだ!何の罪もない人間を、あんな化け物にしちまったヤツなんだよ・・!」

 そういってたくみは、背後を示した。和海はその光景に絶句した。

 たくみの後方には、彼を追ってきたガルヴォルスが群がっていた。しかしその動きは見るからに鈍っていた。

「オレが秀樹と会わせないようにしかけたヤツらだ。もうほとんど片付けたけどな・・」

「えっ・・?」

 和海が凝視すると、それまで立っていたガルヴォルスが、中年の男たちへと姿が戻っていた。そして白く固まり、砂のように崩れていった。

 たくみは呆然となっている和海の腕をつかみ立たせた。そして倒れている秀樹に剣を向けた。

「いい加減に猿芝居はやめたらどうなんだ?そのくらいでやられるとは思ってはいないんだ。」

 たくみが鋭い視線を向けて言い放つと、うずくまっている秀樹から哄笑がもれだす。

「ひ、秀樹さん・・!?」

 たくみに寄り添って、和海が不安の様子を見せる。なおも哄笑を続けて、秀樹がゆっくりと立ち上がる。

「もう少しでオレの思惑が全てうまくいくと思ってたのになぁ。まぁ、そのほうが多少は楽しめていいけどな。」

 不気味な笑みを見せる秀樹に、たくみが脅威を感じていた。

「秀樹さん、どうして・・!?」

 恐怖と困惑を抑えながら、和海が秀樹に問いかける。悪魔の魔剣に切り裂かれても、立ち上がる秀樹を凝視していた。

「これがそうだよ。オレが言おうとしていた隠し事っていうのは。オレもたくみくんと同じガルヴォルス。しかも、人間をガルヴォルスにすることができるパラサイト・ガルヴォルスなんだよ。」

 秀樹の言葉に和海が驚愕する。彼がガルヴォルスであることを対して、さらに皮肉を感じるたくみ。

「やっぱりお前がそうだったのか。」

「ああ、そうさ。黙っててくれれば、オレは安心して事を進められたんだけどなぁ。」

「何をたくらんでいる!?やっぱり、人々をガルヴォルスしようと考えているのか!?」

 たくみが声を荒げると、秀樹はさらに哄笑を強める。

「それもそうだが、オレの1番の狙いはきみだよ、和海。」

「・・・わ、わたし・・・!?」

 和海が動揺した様子で呟く。彼女のそんな表情を見つめて、秀樹が悠然と話を続ける。

「きみはオレが作る新しい世界を代表するガルヴォルスとなるんだ。この腐りきった世界を、新しい力と進化で塗り変えるんだ。でも、あんな理性をなくした怪物にはしないよ。人の心を持った、すばらしいガルヴォルスにしてあげるよ。」

「ふざけるな!」

 不敵に笑う秀樹に、たくみは憤慨して剣を地面に突き立てる。

「何が新しい世界だ!怪物だけの世界がそんなにすばらしいのかよ!」

「何を言っているんだ?当然だろ?それともきみは、このふざけた世界をすばらしいとでも思ってるのか?」

 たくみの怒号に、秀樹はなおも憮然とした態度を崩さない。

「お前のつくる世界のほうが腐ってる!ガルヴォルスだけの世界をつくらせてたまるか!」

「フッ、そうかい・・・じゃあ仕方ないな。オレが直々に相手してやるよ。いくら数が多くても、理性を失った怪物には、きみの相手は荷が重すぎたようだからな。」

 秀樹は哄笑をやめ、悪魔の姿のたくみを見据えた。ゆっくりと手を上げると、その人差し指が突然伸びる。

「和海!」

 たくみは困惑している和海を抱えて、横へ跳び出した。触手のように伸びた指は、標的を見失ったように元に戻る。

「大丈夫か、和海!?」

「えっ?・・う、うん・・・」

 困惑の返事をする和海の安否を確認して、たくみは再び秀樹に向き直る。攻撃をかわされても、秀樹の態度は崩れない。

「ほう、なかなかやるな。いくらオレが人間をガルヴォルスにできるといっても、ガルヴォルスになった相手にこの能力を使っても意味はないからな。」

「そうかい。それならオレが相手をすれば平気ってわけだ。」

 笑みをこぼすたくみ。しかし秀樹も笑みを見せたまま。

「それはどうかな?それでも十分お前を殺すことが可能なんだぜ。」

「何っ!?」

 秀樹は地面に右手をつけた。たくみがその行動に身構える。

 すると、秀樹の指が地面に突き刺さった。そして秀樹がたくみと和海を見つめて笑う。

(まさか、下から!?)

 たくみは和海を抱えて、翼を広げて飛び上がった。その直後、それまで2人がいた地面から、秀樹の指が飛び出してきた。

「パラサイト・ガルヴォルスであるオレの指は、オレの思い通りに伸び縮みする!こうして地面から攻撃すれば、どこからくるか分からないだろ!」

 秀樹が笑みを強めて、たくみたちに向けて攻撃をしかけていく。

 たくみは秀樹の目線を見据えていた。秀樹は自分たちの動きを眼で追いながら、攻撃を集中させている。

 直接秀樹を狙うこともできたのだが、そうなれば和海が狙われることになる。彼の狙いはあくまで彼女なのだ。

(どうすればいい!?そのうちオレの体力がなくなるぞ!)

 たくみは次第に焦りを募らせていった。ガルヴォルスとて、限界はあるのだ。早く決着をつけなければ、いつかは秀樹の攻撃がたくみを捉えるだろう。

 たくみが再び視線を秀樹に向ける。そのとき、たくみは秀樹の様子のおかしさに気付いた。

(おかしい・・・何を企んでるんだ・・!?)

 攻撃をかわしながら、たくみは思考を巡らせる。背後に隠された秀樹の左手も地面に触れている。

(まさかっ!)

「危ない!」

 たくみは慌てて和海を突き飛ばした。

「た、たくみ!?」

 和海が声を荒げる。

 次の瞬間、たくみの眼下の地面から、5本の触手のようなものが飛び出してきた。それらが後ろに飛んだたくみの体を貫いた。

 たくみの体から血が吹き出る。秀樹は背中に隠していた左手の指を地面に突き刺し、追撃を図っていたのだ。

 和海をその攻撃から回避させ、自分も後方に飛びのいてダメージの軽減を図ったが、秀樹の指は容赦なく彼の体を突き抜けた。

「甘かったな。手はもう1本あったんだよ。まぁ、直前に気付いたことにはほめてやるがな。」

 脱力して倒れていくたくみを見て、不敵に笑う秀樹。

「たくみ!」

 たくみの傷ついた姿を見て愕然としていた和海が叫ぶ。たくみは手から剣をこぼし、仰向けに倒れた。

 全ての指を元に戻した秀樹がゆっくりとたくみに近づいていく。

「すぐに殺しはしないさ。きみには和海が、ガルヴォルスという新しい命を宿すところを見てもらわないと。」

「なん、だと・・!?」

 たくみが血が流れる体を必死に起こす。

「人の心を失ったヤツはともかく、ガルヴォルスこそが腐り落ちたこの世界を変える存在となるんだ。オレと和海が、その世界を切り開いていくんだ。」

「どこまで、お前は・・・!」

 たくみが憤慨して起き上がろうとするが、傷ついた体が言うことを聞かない。

 秀樹が怯えた様子の和海に手を差し伸べた。

「さぁ和海、オレに全てを委ねてくれ。きみも力を持てば、この不条理な世界を変えられるんだ。ちょっとした失敗で罵声を浴びせられることもなくなる。」

 秀樹が笑みを見せて、和海を招き入れる。恐怖する和海は、震えて声が出ず、答えが出せないでいた。

「何分かりきったこと聞いてるんだ?」

 突然発せられた声に、秀樹の笑みが消えた。たくみがやっとのことで起き上がり、うっすらと笑みを見せていた。

「た、たくみ・・・!」

 和海もたくみの姿に戸惑う。ガルヴォルスとしての再生能力である程度回復しているものの、たくみの体にはまだ秀樹の攻撃を受けた傷が残り、血が止まっていなかった。

「和海がお前の誘いになんか・・・受け入れるわけないだろうが!!」

 満身創痍の体で秀樹に向かって叫ぶたくみ。その姿を目の当たりにした秀樹と和海は動揺を隠せなかった。

 

 

次回予告

第15話「たくみの思い、和海の願い」

 

ついにその企みを明かしたパラサイト・ガルヴォルス、秀樹。

凶悪な線が傷ついたたくみに追い打ちをかける。

たくみは和海を守れるのか?

揺れ動く和海の心は?

ガルヴォルスの増殖を打ち破れるのか?

 

「私はもう、意味もなく傷つくことなんてないから・・・」

 

 

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