ガルヴォルス 第8話「揺らぐ心」

 

 

 たくみはマンションの前に呆然と立っていた。和海から何も信じてもらえず、彼の心は雲ひとつない夜空で空回りしていた。

 途方に暮れている彼の前に1人の女性が現れた。ガルヴォルスの情報を教えてくれたあずみである。

「どうしたの?こんなところで1人で立って・・」

 声をかけてきたあずみに、たくみがゆっくりと顔を上げる。

「あぁ、アンタか・・」

 たくみが気の抜けた返事をする。その様子に、事情をのみ込めないあずみもため息をつくしかなかった。

 

「そう。あなたの働いている店にいる子に見られてしまったのね。」

 事情を聞いたあずみが気落ちしたような返事をする。

 公園に移動したたくみとあずみ。そのベンチに腰かけて、たくみは事のいきさつを話した。和海が両親を殺したガルヴォルスを憎んでいることを。そしてたくみも同じ種族であることを見て、動揺を隠せなくなっていることを。

 あずみは嘆息混じりに再び声をかけた。

「でも、それは覚悟してたことじゃないの?」

「えっ・・・?」

「聞いた話、あなたとその和海って子が親しくなってるのは分かったわ。でも、絆が深まれば、互いの抱えている物事が、相手に全部さらけ出すことにもなるのよ。」

 あずみの指摘に戸惑いがさらに強まっていくたくみ。あずみはさらに話を続ける。

「彼女のことは諦めなさい。彼女は完全にあなたのことを拒絶してしまっているわ。」

「冗談じゃない・・・!」

 あずみの言葉が、今度はたくみの心を逆なですることになった。

「この際だからアンタにも言っておく。オレは辛い思いをしてるヤツがいたら、何が何でも助ける!オレがそうしたいからそうする!絶対に諦めたりはしない!」

 たくみは憤慨して立ち上がり、あずみを見下ろす。

「だから、オレは和海を放っておかないんだ。」

「ムダよ。ガルヴォルスは人々には受け入れられない。現にあなたの声は和海には届いていない。」

「そんなことはない!たとえそうでも、オレを和海に受け入れさせるさ!」

 たくみはあずみに言い放ち、そのまま公園を飛び出していった。

(ガルヴォルスは人の進化。元々は人間だったんだ!受け入れられないはずはない!それはあいつの、飛鳥が1番望んでいることでもあるんだ!)

 駆け抜けるたくみの脳裏に、飛鳥の言葉がよみがえる。彼はガルヴォルスと人間の共存を望んでいる。その願いが今、和海に対するたくみの願いと重なっていた。

 疾走していくたくみを見送って、あずみはため息をつく。

「ガルヴォルスは誤った人の進化。外見は全くの怪物。受け入れようとする人なんてまず現れないわ。だから、被害が拡大しないうちに、殲滅させる。」

 あずみは冷たい視線で、上着のポケットに入れてあった携帯電話に手を伸ばした。

 

 衝撃の事実とたくみの介入によって、和海の混乱は増していく一方だった。自宅にもバイト先の店にも立ち寄れず、夜の街の中で途方に暮れていた。

(もう、誰を信じていいのか、分かんないよ・・・)

 まるで夢遊病者のようにさまよう和海。周囲に眼もくれず、ひたすら道を進むだけだった。

 そのとき、人々が集まっている街から悲鳴が響いた。和海がもうろうとした意識の中でふと顔を上げると、人々が慌しく散らばっていくのが眼に映った。

 和海はその奥を見ようとさらに近づいた。そこには数体の人の石像と、蛇を思わせる姿の怪物が立っていた。頭だけでなく、長い尻尾にも口のような形を取っていた。

 何とか抑えようとしていた不安と恐怖が再び込み上がり、和海の眼が見開かれる。

「こ、こんなところにも・・・!」

 思わず口にした和海の声に、怪物の視線が彼女に向く。獲物を狙うように、細長い舌を揺らめかせる。

「イ、イヤッ!」

 和海が悲鳴を上げると、怪物は飛びかかり、一気に間合いを詰めてきた。

 蛇の口から飛び出してきた牙が、逃げようとする和海の右腕をかすめる。痛みに顔を歪め、腕を押さえる和海。

「ケッケッケ・・お前の体にも私の毒が回った。こいつらと同じように石になるのは時間の問題だ。」

「えっ・・!?」

 怪物が不気味な声を上げて、周囲の石像を指し示す。そして傷つけられた腕に冷たく鈍い感覚が発せられ、驚きの声を上げる和海。

 彼女の腕が灰色の石に変わっていた。蛇の牙には、生き物を石にしてしまう毒が染み出しており、周囲の石像も元は街を歩いていた人々だったのだ。

 石化は恐怖の込みあがってくる和海の体を蝕んでいく。

「こ、こんなことって・・・」

 孤独の悲しみに追い討ちをかけるように、和海の体が灰色に包まれる。和海は悲しみと恐怖を顔に焼き付けたまま、石像と化してその動きを止めた。

「これで外面は石になった。後は中が侵食されれば、完全な石像の完成だ。」

 怪物が石像になった人々をまじまじと見つめる。

「和海!」

 そこに、和海を追って駆けつけたたくみが姿を現した。息を荒げる彼と蛇の怪物以外、周囲に人の気配はなくなっていた。

「ほぅ。もしかして、この娘の知り合いか?残念だったな。たった今、私の毒にかかって石になったところだ。」

「何だと!?」

 哄笑を上げる怪物に、たくみが声を荒げる。

「そう悲観するな。石になったといっても、まだ表面の段階だ。だが、石化は娘たちの体の内部に侵食を始めている。早く私の血をかけてやらないと、完全に石化してしまい、2度と元には戻らなくなるぞ。」

 悠然とした態度をとる怪物。しかしたくみも不敵な笑みを見せる。

「そうか・・分かりやすくていいな・・・」

 疑問符を浮かべる怪物を見据え、たくみは全身に力を込める。振動を起こす彼の体が、悪魔の姿へと変わる。

「だったらお前を倒して、その血を分けてもらうぞ!」

 たくみは剣を出現させて、その切っ先を蛇に向ける。

 怪物が尻尾を振りぬいて、その口でたくみを噛み付かせようとする。しかしたくみは背中から翼を生やして飛び上がり、それをかわす。

 そこから下降して剣を振り下ろし、尻尾を切り倒す。鮮血が飛び散り、怪物が声にならない絶叫を上げて倒れる。

 着地したたくみが剣を構える。和海を石化したこの化け物を、自分の手で倒す。守るために戦い、たくみは剣を振り下ろす。

“イヤッ!”

 そのとき、たくみは突き出した剣を怪物に達する直前で止めた。和海の拒絶の叫びが彼の脳裏をよぎり、闘争本能をかき乱した。

(和海・・・)

 たくみは眼前で倒れている怪物を倒すことためらった。自分も目の前の怪物と同じ種族。和海が憎しみを抱いている怪物と同じなのだ。

 今この怪物の息の根を止めても、和海の心が癒えるわけではない。悪魔と化したたくみを露呈することになり、さらに彼女を傷つけることになりかねない。

 たくみは今、このまま戦い続けることに疑念を抱いていた。

 そのとき、怪物が突然起き上がり、たくみの腹部めがけて突っ込んできた。その毒牙がわき腹に突き刺さり、たくみが痛みに顔を歪める。

「ケッケッケ。こんなところで油断するなんて、とんだマヌケだな。お前もこの街にたたずむ石像に変えてやるよ。」

 形勢が逆転し、哄笑を上げる怪物。苦悶にうめくたくみが力を封じられて人間の姿に戻る。そして腹部が灰色に変色する。

 危機感に押されるたくみが後退し、石化していく自分の体から蛇の怪物へと視線を移す。

「意外とあっけない幕切れだったが、これで終わりだ。お前もこいつらと一緒に街を彩れ。」

 哄笑を強め、固まっていくたくみを見つめる怪物。

 そのとき、1つの弾丸が怪物の頭部に直撃した。眼を見開いた怪物が、呆然とした表情のまま仰向けに倒れる。

 そこに1人の人影が駆け抜け、ナイフを使って怪物の体を切り裂いた。飛び散った鮮血を、小さな器の中に注ぎ込む。そして石像にされた人々にかけて回る。和海も、そしてたくみも。

 その人物はあずみだった。ガルヴォルスの殲滅部隊を指揮する彼女はこの事件を察知し、隊員たちを引き連れて街に現れたのである。その1人の発射した弾丸が、手負いの怪物の息の根を完全に止めたのである。

 石化の毒が消え、元に戻った人々が戸惑った様子を見せる。

「・・・何とか間に合ったようね・・・」

 あずみが周囲の人々を見回して、安堵の吐息をつく。そして再び真剣な眼差しに戻り、座り込んでいるたくみに近づいた。

「アンタ・・・」

 呆然と顔を上げるたくみ。あずみはそんな彼の頬を叩いた。

 赤くなった頬に手を当てて、たくみがあずみを見上げる。あずみが鋭い視線でたくみに言い放つ。

「何のために戦うのかは、あなた自身で決めなさい。でも、戦うのをためらってたら、あなたが死ぬばかりか、周りの大切な人まで傷つくのよ!」

 憤りを込めたあずみの言葉が、戦意を失ったたくみの胸に突き刺さる。

 自分が大切なもののために戦うなら、それでかまわないとあずみは思っていた。しかし今のたくみは、そんな気持ちさえも鈍ってしまっていた。彼女はそんな心の弱った彼を許せなかった。どんなことでも自分の意思を貫こうとする彼でいてほしかった。

 たくみは呆然としながら、困惑の面持ちでいる和海を見やった。

 このまま彼女を傷ついたままにはしておけない。たくみの中に、忘れかけていた決意がよみがえった。そして憤りも、彼の中で湧き上がっていた。

「オレを励ましてくれたことには感謝する。けど、オレはアンタらの考えは認めない。敵であるヤツを問答無用に倒す考えはな。」

 たくみはあずみに背中を向ける。彼女の考えは、たくみには受け入れられていない。今の彼にあるのは、和海を助けたいという気持ちだけだった。

 立ち去っていく後ろ姿を、あずみは何も言わずに見送った。たとえどんな言葉をかけても、力ずくに事を運んでも、彼の考えを変えることはできないと彼女には分かっていた。

 未だに沈痛な面持ちの和海に、たくみは当惑しながら近づいた。

「和海・・オレは・・・」

 おもむろに声をかけるたくみ。和海がゆっくりと彼に振り返る。

「たくみが私のために体を張ってくれていることは、私も感謝してる・・・でも、私はアンタを信じることができない。もし信じたら、私の中にあるものが全部壊れてしまいそうだから・・・」

 眼に涙を浮かべて、和海はたくみから視線をそらした。

「ゴメンね、たくみ・・・さよなら・・・」

 和海はたくみから去っていく。しかしたくみはそれ以上、彼女に声をかけることはできなかった。

 無理やり連れ帰ることもできたのだが、それでは彼女の心は帰らない。彼女の揺らぐ心を分かっているからこそ、たくみはあえて彼女を見送った。

 和海は必ず帰ってくる。そう信じたたくみは、彼女を追わずにその場を立ち去った。

 

 クラゲの怪物を倒した飛鳥たちは、港で知り合った少年ヒロキを連れて、隆の店に戻ってきていた。ヒロキは両親をガルヴォルスに殺され、港で途方に暮れていたところでジュンと美奈と出会ったのである。

「そうかい。だったらしばらくここにいるといいよ。家族は多いほうがいいからね。」

「もう、お兄ちゃんたら。」

 事情を聞いた隆は、ヒロキを心から受け入れた。彼の屈託のない言葉に美奈が苦笑いを浮かべる。

「ところで、たくみと和海さんはどこに?」

 たくみと和海がいないことに気付き、飛鳥が辺りを見回す。すると隆が沈痛な表情で答える。

「それが、2人はまだ戻ってきていないんだ・・」

「2人とも・・・!?」

 美奈が声を荒げ、そわそわした様子を見せる。

「2人の間に何かあったのは気付いている。でも2人の問題だし、不動くんも言いにくそうだったから、あえて問い詰めなかった・・」

 隆の心苦しい口調に、その場にいた全員が困惑した様子を見せていた。

「とにかく、もし彼らが僕たちに力を貸してほしくなったら、助けてあげてほしい。僕もヒロキくんの身寄りを調べながら、助力していきたいと思ってる。」

「だったら、私はたくみと和海さんを探してみます。」

 ジュンの言葉に、飛鳥が彼女に歩み寄る。

「オレも探しに行く。」

「飛鳥さんはここにいて。私や美奈さんを守って、疲れてるはずでしょ?それに、今のヒロキくんには、あなたの力が必要のはずだから。」

 ジュンに励ましの言葉をかけられる飛鳥。ガルヴォルスとの戦いで、彼の体力は消耗していた。それが、同じガルヴォルスである彼女には分かっていた。

「分かったよ。じゃあ、お願いするよ。もし2人に会ったら、みんなが心配してる。そして力を貸すって伝えてほしい。」

「うん、分かったわ。」

 ジュンは笑顔をみんなに向けて、ジュンは店を飛び出していった。その姿を見送って、隆は安堵の吐息をついた。

「不動くんも和海ちゃんも、いい仲間を持っているね。さてと、いつ帰ってきてもいいように、コーヒーを入れておかないとね。」

「私も手伝うよ、お兄ちゃん。」

 隆がお湯を沸かそうと厨房に入り、美奈もその後に続く。

「とりあえず、オレたちは部屋に行ってようか、ヒロキくん。」

「そうだね、お兄ちゃん。」

 飛鳥とヒロキはたくみたちが帰ってくるのを待ちながら、部屋に入っていった。

 

 今まさに愛を誓い合おうとしていた2人の男女。互いの顔を見つめて、愛の言葉を交わそうとしていた。

「好きだよ・・」

「私も・・・」

 そして口付けを交わそうと顔を近づける2人。

 そのとき、周囲の店のガラスが破裂するように割れる。男女は危機感を覚えて周囲を見回す。

「な、何なの!?」

 突然の騒動に、当惑する2人。ふと振り返ると、通りから人影が眼にとまった。長髪を1つに束ねた長身の男である。

「いい感じの女だなぁ。」

 男が不気味な声をもらす。

「こ、この人、なんかヘンだよ・・・!」

「とりあえず移動したほうがいいよ・・!」

 戸惑う女性と、彼女をかばいながら黒い影を見つめる男性。

「男には興味ないんだけどなぁ・・」

 ぶっきらぼうな口調で男女を見据える男。その体の形が異様なまでに変わる。

 まるで粘土のように変形していく男の姿に、男女の顔に恐怖が浮かび上がる。

「イヤァ!」

 その異様な光景に女性が悲鳴を上げる。

「逃げよう!早く!」

 男性が彼女を促す。

「逃がしはしないよ。」

 大きく広がる巨大な壁から、男の声が響いてくる。その平面から1つの塊が飛び出し、女性をかばった男性の体に命中する。

 激痛にうめく男性が胸を押さえる。その体に叩き込まれたのは、溶けかけた金属のようなものだった。

「だ、大丈夫!?・・・えっ!?」

 男性の体を気遣った女性が驚愕の声を上げる。塊を受けた男性の体が、同じ色、同じ質の金属に変わっていたのだ。

「な、何なんだ!?」

 動揺する男性を金属への変色が広がっていく。完全な金属質の像になり、動かなくなってしまった。

「イヤアァァァーーー!!!」

 悲鳴が絶叫に変わった女性。男が放った金属の塊は、あらゆるものを同じ金属に変えてしまう効果を持っていた。

「さて、次こそ本番だ。いい女はオレの中で生きるんだよ。」

 そういうと男は、再び金属の塊を女性に発射した。塊は今度は大きく広がり、逃げ惑う女性を包み込んだ。

「イヤ・・た、たすけ・・・」

 取り込まれた女性がもがくが、金属に徐々に圧縮されていく。

 大きく広がる壁に変身していた男が再び形を変え、元の人間の姿に戻る。しかしその体は金属質のままだった。

 男が指で呼び寄せる仕草をすると、女性を取り込んでいた塊が粘土のように変形して引き寄せられる。そして男の体に吸い込まれて一体となる。

 そして男の姿が完全に人間へと戻る。そして歓喜の吐息をもらし、満面の笑みを浮かべる。

「クフフフ・・・いい感じだ。美しい女を取り込み、オレの心はさらに満たされた。世の中の美女を全てこの体に吸収し、オレの飢えと渇きを埋めていくんだ。」

 男が高らかと哄笑を上げ、夜の街を去っていった。その場所には、金属となって息絶えた男性の無残な姿だけが残っていた。

 そしてこれが、悲劇の火種となるのだった。

 

 

次回予告

第9話「絶望の始まり」

 

死神の使い、お前の正体は何だ?

謎の黒幕を追って、不動たくみが生きてきた。

人間にとって、正義とは?思いやりとは?

誰だ?誰だ?誰だ?

ひとりぼっちの不動たくみの死を弔う者は、いったい誰なのか?

 

「もしかして、こいつが私の両親を・・・!?」

 

 

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