ガルヴォルス 第7話「失われた想い」

 

 

 たくみは、自分の両親を殺した怪物の仲間だった。

 彼の悪魔の姿を目の当たりにして、和海はたまらずに逃げ出した。

 あれだけ自分に親切にしてくれたたくみが、あんな獣に姿を変えるなんて。彼女の心は、かつてないほどに激しく揺さぶられていた。

(なんで・・なんであいつが、あんな・・・!?)

 混乱に陥った和海の逃避は、まるで現実からも逃げるように見えた。彼女はひたすら道を駆け抜けていく。

 そして彼女は、自宅のマンションの自分の部屋に飛び込んだ。ドアに鍵をかけ、外を完全に遮断する。

(たくみが、あんな悪魔に・・もしかして、あいつが私の・・!?)

 部屋に閉じこもった和海が、両親を殺した怪物がたくみではないかと疑念を持った。時間がたてばたつほど、考えれば考えるほど、彼女は不安と恐怖に打ちひしがれていくのだった。

 

「たくみ、待って!」

 逃げ出した和海を追いかけようとするたくみを、ジュンが呼び止める。

 体を震わせながら、地面を見下ろして立ち止まるたくみ。

「たくみ・・」

 沈痛な面持ちで声をかけるジュンに、たくみは重く閉ざしていた口を開いた。

「ジュン、オレは、どうすればいいんだ・・・」

「たくみ・・」

「和海は両親を殺したガルヴォルスを憎んでいる。オレもその1人と知った今、あいつはオレを許さないだろう・・・」

「そんな・・」

「だってそうだろ?あんな怪物を受け入れるなんてまずできない。家族や友達をそいつらに殺されてるっていうならなおさらだ・・・これで、オレは1人に戻り、かな・・」

 物悲しい笑みを浮かべるたくみに、ジュンはふくれっ面になって、彼の頬を両手で叩いた。

「イタッ!な、何をするんだ!?」

 頬を叩かれたたくみが抗議する。

「何言ってるのよ、たくみ!そんなの、いつものアンタらしくないじゃない!」

「えっ・・・?」

 ジュンに一喝され、たくみが呆然となる。

「困っている人を見かけたら、何としてでも助けたい。自分がそうしたいからそうする。それがいつものたくみじゃないの。だから、今辛い思いをしているあの子を助けるのが、今のアンタのするべきことよ。」

 言い聞かせて、ジュンは再びたくみの頬を軽く叩いた。

「あの人なら私が店まで連れて帰るわ。だからあなたはあの子を追って。」

「ジュン・・・ありがとう!」

 たくみはきびすを返し、和海を追って再び駆け出した。

「さぁ、私も私のすることをしないとね。」

 ジュンも廃工場で倒れている飛鳥の元へ戻っていった。

 

 和海を追うたくみは、ひとまず自宅のマンションへと戻ってきた。2人は同じマンションに住んでいるのだ。

 廊下を駆け、たくみは彼女の部屋の前で足を止めた。そして呼吸を整え、恐る恐る手を伸ばしてドアをノックする。

「和海、いるのか・・・?」

 たくみが震える声で和海を呼びかける。

 部屋の中では和海はうずくまっていた。現実から逃げるように眼を背け、外からの介入を拒絶していた。

 そのとき、ドアがノックされる音が発せられ、和海が顔を上げる。恐怖に満ちた眼で玄関を見るが、そのドアに手を伸ばそうとはしない。

「和海、いるなら出てくれ・・・!」

(イヤッ!)

 和海が耳を押さえ、たくみの呼びかけを拒む。まるで狼に追い詰められた鳥のように、彼女は声も出さずに怯えきっていた。

 反応がなく、たくみは打ちひしがれる思いでドアにすがりついて崩れる。ジュンから和海を任されたこともあるものの、たくみは和海のことを思うばかりに辛さを感じていくのだった。

 そしてついにあきらめ、たくみがドアから離れようとした。

「ィャ・・・」

 そのとき、たくみの耳に和海の声が響いた。彼女はやはり部屋の中にいる。

 ガルヴォルスとなったたくみの聴覚は、普通の人間のそれを超越している。部屋からわずかに発せられた和海の声を、彼の耳が捉えたのだった。

 たくみはあえて声をかけず、その場に座り込んだ。和海が出てくるのを待ちながら、聞き耳を立てて部屋の様子を探ろうと考えた。

(和海、オレを見てくれ。今のオレを・・)

 たくみは夕日の沈んでいく空を見上げて祈った。せめて和海が、自分の前に姿を現してくれることを。

 

 ジュンによって運び込まれた飛鳥は、ひとまず隆の店の奥の部屋のベットに寝かせることにした。目立つ外傷は見当たらず、ジュンと隆、1人帰ってきた美奈は安堵の吐息をついていた。

 そして美奈が介抱している頃、飛鳥が眼を覚まして起き上がった。

「あっ!飛鳥!」

 美奈が歓喜の声を上げる。飛鳥は頭に手を当てて、自分や周りに起きたことを思い返す。

(そうか・・オレは人々を襲うガルヴォルスを追って、それからたくみが駆けつけて、それから、また別のガルヴォルスが現れたんだ・・オレはそいつにやられて・・)

 飛鳥もうろうとした意識で記憶の糸を辿っていく。

(そうだ!たくみ!)

「たくみは!?あいつは!?」

 飛鳥が声を荒げて、美奈が驚く。

「た、たくみ?たくみなら、私が事件のことを話したら、慌てて飛鳥のところに向かったけど・・」

 美奈が困惑しながら答えるが、それは飛鳥の知っていることだった。

「まさか・・!?」

 不安を感じた飛鳥がベットから起き上がるが、美奈が彼を制する。

「ダ、ダメだよ、飛鳥!まだ動けるような体じゃ・・!」

 しかし美奈を振り切って飛鳥がドアを開けると、そこには見知った少女が立っていた。猫のガルヴォルスに変身した黒髪の少女である。

「君は・・!?」

 飛鳥が警戒心を放つ。しかしジュンは虚ろな眼をしてそこにたたずんでいた。

「飛鳥、この人があなたをここまで運んできてくれたの。1人で・・」

「この女性が、オレを・・!?」

 美奈が飛鳥に説明し、飛鳥が2人を見回す。いまひとつ事情が飲み込めずにいた。

「それで、たくみはどこに・・?」

 飛鳥がジュンにたくみの居場所をたずねた。

「たくみは和海っていう子のところに向かったわ。彼女に・・」

 言いかけてジュンは美奈に視線を向けてやめた。彼女にも自分たちがガルヴォルスであることを知らせるわけにいかない。飛鳥にたくみの二の舞をさせたくはない。

 そう思ってジュンは言葉を切り出さなかった。

「そうか。だったらオレは・・」

「あっ!ダメ!飛鳥!」

 美奈が呼び止めるのも聞かず、飛鳥は部屋を出た。しかし美奈も食い下がる。

「ケガだったら平気だ。たいしたケガじゃないんだ。」

「でも、どこに行くの!?また怪物が現れるかもしれないんだよ!」

 飛鳥の前に立ちはだかる美奈。そこへ隆が困った顔で現れる。

「どうしたんだ、美奈!?」

「お兄ちゃんは黙ってて!」

 ぶっきらぼうに聞いてくる隆を美奈は黙らせる。

「とにかく、私は飛鳥と一緒に行くから!どんな危険なことになっても、私は逃げたりしない!ダメだっていっても、絶対についていくから!」

 美奈の決意のこもった言葉。無謀としか取れない彼女の言動に、飛鳥は頭を手に当てるしかなかった。

 

 和海をたくみに任せた飛鳥は、逃げたクラゲのガルヴォルスを追っていた。手傷を負っているため、そんな遠くには逃げられないはずである。

 美奈とジュンも飛鳥についてきていた。美奈は彼の言動が心配になり、ジュンもたくみに負かされた責任を感じていた。

 そして3人は、人気のない港町にたどり着いていた。

「ねぇ、こんなところにガルヴォルスがいるの?」

 少し離れたところで美奈がそわそわしているのをよそに、ジュンが飛鳥に問いかけてきた。

「おそらくね。クラゲは元々は海の生き物だ。もしかしたらこの港に潜んで、また人々を狙ってるのかもしれない。あのガルヴォルスは、人の心を忘れているみたいだった・・・」

 飛鳥の浮かべる笑みに悲しみが宿る。

「オレにとっては、辛いことだよ。」

「え?」

「君には話してなかったね。オレは、ガルヴォルスと人間との共存を望んでいるんだ。」

「共存?」

「聞いた話、ガルヴォルスは人の進化だって。だったら、以前と同じように受け入れられるべきのはずなんだ。だから、オレはそのためにこの力を使い、戦うんだ。」

 飛鳥を話を聞いたジュンは、一抹の疑念を抱いた。

 ガルヴォルスは元々は人であるが、外見は全くの怪物だ。それらを人々が受け入れるのは難しいことである。それでも飛鳥は、共存を望んで戦おうとしていた。

 戸惑いを隠せないジュンと、真剣な眼差しで海を見つめる飛鳥に、美奈が不安を抱えた様子で駆け寄ってきた。

「ねぇ、ここらへん、人が見当たらない。まるでゴーストタウンみたいな・・」

「何だって?」

 美奈の言葉に飛鳥が周囲を見回す。彼女の言うとおり、この港には人の気配さえ感じられなかった。

(まさか、あいつが・・!)

 危機感を感じた飛鳥が飛び出した。

「ちょっと、飛鳥!」

 美奈も慌てて飛鳥を追いかけ、ジュンもその後に続いた。

 

 港から少し離れた海岸に、2人の男女が海を眺めていた。そこから見る海の景色はすばらしいと、人気のないこの海岸にやってきていたのである。

「いい景色ね。」

「ああ。わざわざ遠出して見に来たかいがあったよ。」

 2人は寄り添いあいながら、波の揺らめく海を見つめていた。

 そしてふと後ろを振り返ると、2人の満足そうな笑顔が消えた。

「な、何だ、こいつは・・!?」

 顔の強張る男たちの前に、クラゲを思わせる姿の怪物が立ちはだかっていた。数本の触手を揺らめかせながら、怯えだす男女を見据えていた。

「イヤッ!来ないで!」

 恐怖の声を上げる女性。その直後、クラゲが触手を伸ばして男女に巻きつけた。体を縛られ、身動きが取れなくなる2人。

 触手のぬめぬめした感触に、2人は恐怖のあまり声が出なくなる。

 クラゲの腕から淡い白の光が触手を伝い、男女に注ぎ込まれる。

 すると男女の体が灰色に変色し始めた。

「な、何なのよ、コレ!?」

「体が、動かない・・!」

 身動きの取れなくなっていく体に驚愕する2人。石化は一気に彼らの体を蝕んでいく。

 もがき苦しむも抗うことができず、2人の男女はそのまま固まってしまい、寄り添った石像に変わった。

 巻きつけていた触手をほどき、固まった2人を見据えるクラゲ。この港町の数少ない人々を石化して回っていた。

 

 突然響き渡った叫び声に足を止める飛鳥。彼はこの港の船着場の前に来ていた。

「あの声は・・!?」

 振り返り、周囲を見回す飛鳥。しかし、未だに人の気配を感じ取れずにいた。

「キャアッ!」

 そのとき、再び叫び声が響いた。

「美奈!?」

 飛鳥は聞き覚えのあるその声に危機感を感じた。彼は全速力で声のしたほうに駆けつける。

 そして大きな坂を上ると、そこで飛鳥は美奈とジュンの姿を発見した。幼い少年をかばっていた彼女たちは町に現れたクラゲのガルヴォルスと対峙していた。

「美奈!」

「あっ!飛鳥!」

 飛鳥の声に振り向く美奈とジュン。そこにクラゲが触手を伸ばしてきた。

「あ、危ない!」

 美奈がそれに気付いて、ジュンと少年を突き飛ばす。触手は2人をかばった美奈の左腕を叩き、美奈が痛みに顔を歪めて突き飛ばされる。

「美奈!」

 飛鳥が血相を変えて、美奈に駆け寄った。彼に支えられて、美奈がゆっくりと立ち上がる。

 そこで飛鳥と美奈が驚愕する。触手が叩いた美奈の腕が灰色に変わっていた。

「イヤァ!」

「美奈!」

 声を荒げる美奈と飛鳥。美奈の体を石化が侵食していく。

「まさか、あのクラゲに刺されると、体が石になるんじゃ・・」

 ジュンが不安の表情で語る。そのかたわらで、石化していく美奈の姿を見て怯える少年。

「飛鳥・・・あす・・か・・・」

 恐怖に満ちた美奈の体を、石の殻が包み込んだ。飛鳥が顔を強張らせるその前で、美奈も石像に変わっていた。

 クラゲ戻した触手を揺らめかせて、飛鳥たちを見据えている。

「ジュンさん、その子を連れて離れてくれ。オレはあいつの相手をする。」

「でも、飛鳥さん・・」

「いいから早く行くんだ!」

 言い放つ飛鳥に、ジュンは頷いて少年の手を引っ張ってその場から離れる。その姿を見送って、飛鳥がクラゲに振り返る。

「ひとつ教えてほしい。美奈を戻すにはどうしたらいいんだ?」

 飛鳥がクラゲに問いかける。しかし、人の心を失っていたクラゲには、その問いかけには答えなかった。

 触手を伸ばし、石に変えようとするクラゲ。飛鳥は横転してそれをかわし、再びクラゲを見据える。

「話をしてもダメなのか・・・」

 飛鳥の中に苛立ちが湧き上がる。クラゲのガルヴォルスになったその人は、その力に囚われ、本能だけの生き物と化してしまっていた。

 その憤りを力に変えて、飛鳥が全身を震わせる。そしてその体が、ドラゴンの姿へと変わる。

 そこにクラゲが触手を伸ばしてくる。飛鳥は出現させた剣でそれを切り落とす。

 クラゲは一瞬ひるむが、触手を切られた痛みを感じている様子はない。飛鳥は剣を構え、クラゲを見据える。

「できることなら、殺したくはなかった・・・」

 飛鳥は悲痛の思いを胸に抱えて、飛び出して剣を振り抜いた。その鋭い刀身が、クラゲの体を真っ二つに切り裂いた。

 粘り気のある体液と混じった鮮血が飛び散り、クラゲが力尽きて倒れ込む。剣を下ろし、人間の姿に戻った飛鳥は、歯がゆい思いを抱えて立ち尽くしていた。

 クラゲのガルヴォルスが力尽きたことで、石化されていた美奈や港の人々は元に戻った。

 意識の戻った美奈は、眼の前でたたずんでいる飛鳥に戸惑いながら近づいた。

「あ、飛鳥、わたし・・・」

「美奈・・・!」

 美奈の呟くような声に飛鳥は顔を上げて振り返った。

「美奈、大丈夫なのか・・!?」

「う、うん・・体が石になっていうこと聞かなくなっちゃって・・でも、もう平気だよ。」

 美奈が飛鳥に空元気を見せる。しかし、それに飛鳥の心境のの変化はなかった。

「飛鳥さん、美奈さん、大丈夫?」

 そのとき、ジュンが少年を連れて戻ってきた。

「うん。クラゲの怪物は・・死んだよ・・・」

 飛鳥は後ろめたい気持ちでジュンに答えた。

 呆然となっている少年に、飛鳥は視線を移した。

「もう、大丈夫だよ・・」

 飛鳥が悲しみを押し殺して、笑みを見せて少年の頭を優しくなでる。クラゲの命を絶つことが不本意だった彼は、眼の前の少年でさえすがりたい気分だった。

 しかし、飛鳥の優しさを受けた少年に、次第に笑みが戻ってくる。

「ありがとう、お兄ちゃん・・」

 少年が飛鳥に感謝の言葉をかける。それが、飛鳥の揺らいでいた心を癒していく。

「僕は真田(さなだ)ヒロキっていうんだ。よろしくね、お兄ちゃん。」

「あ、ああ・・・オレは飛鳥総一郎、よろしくね。」

 何とか元気を取り戻した青年と少年が握手を交わす。美奈もジュンも2人のむすばれた絆に笑みを浮かべていた。

 

 和海が出てくるのを待ちながら、たくみは日の沈んだ夜空を見つめていた。

 夜の風の冷たさがたくみの体を揺らす。しかし今の彼には、その冷たさよりも和海に対するすれ違いによる心の痛みのほうが辛かった。

 もう揺らいでしまった心は交わることはないのだろうか。このまま孤独の道を辿るのだろうか。

 その答えは、揺らいでいるたくみの心では見つけることはできなかった。

「たくみ・・・」

 そのとき、ドア越しに和海の声がたくみの耳に届いた。

「和海!・・オレは・・」

 たくみが戸惑いを隠せないまま答える。

「たくみ・・私の両親を殺したの、たくみじゃないよね・・・?」

「和海・・・オレはそんなこと・・・」

 和海の悲しい問いかけに、たくみの心はさらに揺らぐ。彼がガルヴォルスになったのは、彼らが隆の店でのバイトが決まった日のことである。

 しかし、今の和海にそのことを説明しても、おそらく彼女は信じないだろう。そう感じ、たくみは言葉を切り出せなかった。

「今のお前に何を言っても、信じてもらえないと覚悟はしている。けど、オレを信じてほしい・・」

「ダメだよ・・・」

 たくみの必死の願いの言葉に、和海は悲しい笑みを見せる。

「私はたくみ、アンタを信じることができない・・・どうしても、怪物を信じるなんてできないよ・・・」

 悲しみで顔が歪んだ和海はそのまま駆け出してしまった。しかし、たくみはそんな彼女を追うことはできなかった。

 無理やり彼女を呼び止めても何の意味もない。それどころか、さらに彼女を傷つけてしまうことになりかねない。

 たくみは呆然と和海の消えていく後ろ姿を見送っていた。すれ違うたくみと和海の心は、重く沈んでいくばかりだった。

 

 

次回予告

第8話「揺らぐ心」

 

死神の使い、お前の正体は何だ?

謎の黒幕を追って、不動たくみが生きてきた。

人間にとって、正義とは?思いやりとは?

誰だ?誰だ?誰だ?

ひとりぼっちの不動たくみの死を弔う者は、いったい誰なのか?

 

「ゴメンね、たくみ・・・さよなら・・・」

 

 

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