ガルヴォルス 第6話「少女・ジュン」

 

 

 その日、たくみはバイトの仕事がなかったので、遅くまで熟睡することにした。しかし、昼間になった呼び出し音にそれを妨げられる。

「うるさいなぁ・・せっかくの休みでできる限り寝てようと思ってたのによぉ・・・」

 重い眼をこすりながら、たくみは愚痴をこぼしながらドアに歩み寄った。

「はぃ・・・どなたで・・・?」

 頭に手をのせながら、たくみがドアを開けた。そこには1人の少女が悲しい顔をして立っていた。長い黒髪をしたかわいさのある少女だった。

「お前は・・・!」

 たくみにはその少女の顔を知っていた。

「たっくん・・・」

 少女はたくみのことを“たっくん”と呼んだ。

「いったいどうしたんだ、ジュン?何かあったのか?」

 ジュンと呼ばれたその少女は、たくみが心配の声をかけた直後に彼に泣きついた。

「お、おい、ジュン!?」

 ジュンの様子にたくみが困惑する。ジュンが涙の流れる顔を上げる。

「たっくん、わたし、わたし・・・!」

「ジ、ジュン・・と、とにかく、中に入りなよ。こんなところじゃなんだから・・・」

 たくみは苦笑を浮かべながら、泣き崩れるジュンを部屋に入れた。

 

 ジュンはたくみの幼い頃からの親友である。彼女が困ったり泣いていたりしていると、彼がいつも声をかけて手を差し伸べてくれた。

 ジュンがふと「なんでいつも助けてくれるの?」と問いかけると、たくみは「オレがしたいからそうしただけだよ。」と言った。

 その言葉が、ジュンの心に勇気を与えたのだった。

 違う人生を歩んで離れ離れになっているものの、ジュンは何かあればたくみに相談しようと心の片隅においていたのだった。

 涙を止めたジュンは、たくみに事のいきさつを話した。

 彼女は突然のいさかいで、実の姉を殺してしまったと言うのだ。2人は些細なことでよく喧嘩をしてしまい、考え方までが食い違ってしまっていた。しかし自分たちの家族のことで心配かけたくないと、たくみにはあえて相談しなかったのだ。

 しかし、このような事態に気が動転してしまい、混乱してしまったことでたくみ頼ることしか考えられなくなり、彼を訪ねて今に至ったのである。

「そうか・・そんなことが・・・」

「いつも私のすることに反対するイヤな人だったけど、私の姉さんであることに変わりはないの。だから、わたし・・・」

 ジュンは悲しみのあまり、再びたくみに寄り添った。たくみも彼女の体を優しく抱きとめた。

「とにかく、オレが働いている店に行こう。オレを雇ってる人なら、絶対に力を貸してくれる。あの人もオレみたいなとこがあるから。」

「えっ?でも・・」

「警察には知らせてないのか?」

「う、うん・・・」

「そうか・・」

 たくみは頷いて立ち上がった。そして涙を浮かべているジュンに手を差し出した。幼い頃と同じように。

「あの人の作るケーキはうまいんだ。とにかく行こう。」

 たくみに促されて、ジュンは頷いて彼の手を取った。立ち上がり、たくみとともに部屋を出る。

 喜びに満ちた様子の和海を出会ったのはその直後だった。彼女の歓喜は、彼との接触によって揺らいでしまった。

 

「おかえりな・・んっ?」

 店に戻ってきた和海に挨拶をかける隆だが、和海は眼に涙を浮かべてそのまま奥の部屋に駆け込んでしまった。

 隆はその様子に困惑するが、あえて追求せず見守ることにした。

 それから数分後、たくみが店を訪れた。1人の少女を連れて。隆も彼らに視線を向ける。

「あ、たくみくん・・その子は?」

「あ、隆さん。」

 隆の姿を見たたくみは、ジュンに視線を移す。

「隆さん、ちょっとわけありなんですけど、何も言わずにこいつを・・」

「え?」

 隆の返事を待たずに、たくみはジュンを連れて奥の部屋の扉に手をかけた。開けるとそこには、悲しみに暮れている和海の姿があった。

「和海・・・」

 たくみが呟くと、和海が顔を上げて彼らに振り向いた。すると和海の顔がさらに曇る。

 悲痛に顔を歪める和海は、立ち上がって部屋を飛び出そうとする。そんな彼女を、たくみは腕をつかんで呼び止める。

「待て、和海!」

 しかし和海はたくみの手を振り切って、そのまま店を出て行ってしまった。そのすれ違いで、買い物を終えた美奈が店に入ってきた。

「どうしたの、いったい?・・あっ!」

「ジュンを頼みます!」

 美奈の疑問の声も聞かず、たくみも和海を追って店を飛び出した。未だに困惑しているジュンを隆と美奈に任せて。

 隆は笑みを見せて、ジュンの肩に手をのせて優しく声をかけた。

「部屋で待っててくれるかい?今、紅茶とケーキを用意するから。」

 

 森の中の歩道を歩く2人の少女。彼女たちは不安の表情で、互いの顔を見つめながら道を歩いていた。

「ねぇ、大丈夫かな?」

「もしかして、あの貝の怪物の話?大丈夫よ。怪物が現れるのは海。特に女性が海水浴に来ている海辺に現れるのよ。ここは森のど真ん中。どう考えてもあの怪物が現れるなんて、絶対ありえないわ。」

 怯える少女をなだめるもうひとりの少女。

 そして川の上をつなげる橋に差しかかったとき、

「キャッ!」

 突然川が破裂し、水しぶきが橋を通りがかろうとしていた少女たちに降りかかる。そしてその破裂から、1つの影が飛び上がってきた。

「あ、あれ!」

「あ、あの怪物・・!」

 少女たちの前に現れたのは、最近騒がれている宝石化事件の犯人である貝の怪物である。頭部の口から荒い吐息をもらして、少しずつ少女たちに近づいていく。

「いや・・来ないで!」

 怯えだす少女に向けて、怪物は両手の貝から虹色の光線を発射した。光線を浴びた少女たちは、自分の身を守る体勢をとったまま動かなくなる。

 光を浴びた少女の体が、徐々に透き通った宝石へと変わっていく。

「これが、あの宝石の光!?」

「ヤダッ!わたし、宝石になんてなりたくないよぉ!」

 自分の体の変化への拒絶とは裏腹に、少女の体は宝石へと変わっていく。それは手足の先にまで及び、首筋にまで侵食していた。

 体の自由が利かなくなり、拘束感に襲われる。それが少女たちにさらなる恐怖を植え付けていく。

「いやぁ・・・ぃゃ・・・」

 涙の流れる頬も瞳も宝石に変わり、2人の少女は宝石の像へと変わった。その涙の雫が、真珠の粒となって足元に転がっていた。

 

 店を飛び出した和海と、彼女を追いかけるたくみ。しばらく町の中を疾走した後、彼は彼女の腕をつかんだ。

「待て、和海!」

「いやっ!」

 たくみの手を振り切ろうと腕に力を込める和海。

「アンタはあの人と一緒にいればいいのよ!」

「話を聞けよ!あいつは橘ジュン。あいつはオレの・・」

「やっぱりそういうことなんでしょ!?」

「聞けって!ジュンとは幼なじみで、彼女はオレに助けを求めてきたんだ。」

 たくみの言葉に、彼の手を振りほどこうとした和海の腕から力が抜ける。

「あいつがオレに助けてほしいと頼ってくるなら、オレはあいつを助ける。オレがそうしたいからってのは、お前にも話したはずだ。その気持ちに、人の差別なんてものはない。苦しんで悩んでいる人を、オレはほっとけないんだ。」

 沈痛な面持ちで語りかけるたくみに、和海は物悲しい笑みを浮かべた。

「優しいんだ、たくみ・・」

「そんなんじゃない。オレはオレが・・」

 思いもしなかった和海の言葉に、たくみは困惑する。

「でも、そんなふうに誰にでも優しくしてたら、きれいな恋人に嫌われちゃうよ。」

「こ、恋人!?な、何言ってんだよ!?」

 不機嫌そうに言う和海に、顔を赤らめて抗議するたくみ。

「恋とか愛とか、そういうのはオレには分からない。ただ、オレは困っている人を見つけたら助けてやりたい。それは昔もそうだったし、これからも変わらないだろう。」

 そういって、たくみは和海の手を取った。和海が彼のその行為に困惑し、言葉を失う。

「だから、そんな辛い顔をしているお前を、助けてやりたいんだ。」

 たくみの純粋な思い。その言葉に困惑を隠せなくなる。

 どうして自分をここまで思ってくれるのだろうか。彼の心は、幼い頃からの親友であるあの少女に向いているはずなのに。

 たくみの思いやりに安堵しながらも、和海は彼の思いを完全に受け入れることができずにいた。

「和海!」

 そのとき、血相を変えた美奈が駆け込み、たくみと和海が振り返る。

「み、美奈、どうしたの・・?」

「和海、大変だよ!その先に怪物が現れて、飛鳥さんが私をかばって、残って怪物を引きつけてるのよ!このままじゃ、飛鳥さんが・・!」

「何だって!?怪物!?」

 声を荒げたのはたくみだった。

「どこだ!?飛鳥と怪物は!?」

「えっ!?廃工場のほうに向かったけど・・!?」

 たくみに問いつめられ、美奈が困惑しながらそれに答えた。たくみは舌打ちして、その方向に足を進める。

「美奈、和海を頼む!」

「たくみ!」

 和海が呼び止めるのも聞かず、たくみは駆け出していった。

「あ、和海!」

 和海もその後を追って駆け出し、美奈が呼び止めるが彼女は聞かなかった。

 1人取り残された美奈は、店に駆け込むことを思い立った。

 

 町に出現した怪物は、クラゲの姿をしていた。クラゲは数本の触手を使い、巻きついたり先端の毒針で刺したりして、人々を石像に変えていた。

 その騒動に居合わせた飛鳥と美奈。飛鳥は美奈に逃げるように促し、クラゲの注意を自分に引きつけて、別の場所に向かわせていた。

 そして町外れの廃工場へとたどり着いた飛鳥は、全身に力を込めた。すると顔に紋様が浮かぶと、彼の姿がドラゴンへ変わった。

 飛鳥の姿を見つけたクラゲが立ち止まり、触手を揺らめかせる。出現させた剣を握り締め、飛鳥が身構える。

 クラゲが触手を飛鳥に伸ばしてきた。様々な手段で人々を石にしてしまうものだ。飛鳥は迫ってきた2本の触手を剣で切り落とした。そしてすぐさま反撃に転じ、クラゲの体を一閃する。

 昏倒し動きを鈍らせるクラゲに、飛鳥が剣の切っ先を向ける。

「飛鳥!」

 そのとき、美奈から事情を聞いたたくみが廃工場に駆け込んできた。彼の出現に飛鳥が剣をわずかに下げる。

 その隙をついて、クラゲが立ち上がり廃工場の外へと逃げていってしまった。

「あっ!」

 飛鳥が思わず声を上げるが、既にクラゲの姿は消えていた。

「しまった!逃げられた!」

 飛鳥が悔やみ、剣を床に突き立てる。あの怪物を殺すつもりはなかったが、逃がすつもりもなかった。

 飛鳥はそのままたくみに振り返り、彼のまじまじとした顔を見つめる。

「飛鳥、美奈は無事だ。和海と一緒にいる。」

「そうか・・すまなかった、たくみ。」

 飛鳥がたくみに感謝の意を示す。

 その直後、たくみがふと後ろを振り返った。廃工場の出入り口から、1人の少女が入り込んできた。長い黒髪を風になびかせた少女。

「ジュン・・・!」

 たくみが驚愕の声を上げる。隆と店にいるはずのジュンが、虚ろな表情でここに現れたのである。

 ジュンはたくみと、怪物の姿をしている飛鳥を見つめ、悲しい笑みを浮かべて口を開いた。

「たくみ、わたし、もう人間じゃないみたい・・・」

 ジュンの発した意味深な言葉に、たくみが困惑する。そしてジュンは全身に力を込めた。

 すると彼女の顔に紋様が浮かび上がった。

「ま、まさか・・!?」

 たくみの中に不安がよぎる。彼と飛鳥の眼の前で、ジュンが姿を変える。

 その姿は猫のようだった。かたどった耳、鋭い爪。猫を思わせる獣だった。

「ガ、ガルヴォルス・・!?」

 たくみはジュンの変わり果てた姿を疑った。彼女の鋭い眼光が、2人の姿を捉える。

「あなたも私と同じなんだね・・」

 ジュンがドラゴンの姿をした飛鳥を指摘する。その直後、ジュンが高く跳躍した。天上に届くほどの高さまで上がり、そして飛鳥めがけて急降下してくる。

「ぐはっ!」

 ジュンの爪は飛鳥の持つ剣を払い落とし、彼の体を切りつける。その激痛にあえぐ飛鳥が倒れこむ。

「飛鳥!」

 叫ぶたくみの前で、飛鳥が人間の姿に戻る。痛みに顔を歪めたまま、立ち上がることができない。

「ジュン・・・!」

 たくみは歯がゆい思いを抱えて、体勢を整えたジュンを見やる。人でなくなってしまった彼女に、たくみは戸惑いを隠せなくなっていた。

 

 たくみを追いかけて、和海は廃工場に足を踏み入れていた。そこでたくみと飛鳥、そして猫の姿をした怪物の姿を目撃し、物陰に隠れる。

 たくみは紅い毛並みの猫の怪物と対峙していた。その表情から、彼女は悲痛なものを感じ取っていた。

(違う・・あの怪物じゃない。お父さんとお母さんを殺したのは・・)

 和海はその猫と、自分の両親を殺した怪物を比べた。彼女はその怪物を目撃していないが、猫から金属質を思わせる雰囲気は感じられなかった。

 たくみは重苦しい空気に打ちひしがれながら、しばしの沈黙の後、口を開いた。

「ジュン、お前も、そんなふうに変わってしまったのかよ・・・!」

 たくみは苛立ちを感じて、拳を強く握り締める。眼の前の猫のガルヴォルスは、もうジュンではなくなってしまったのか。

「ジュン、お前が相談したかったことって・・」

(ジュン!?)

 たくみがジュンに問いかける。その話を聞いていた和海が、たくみと会っていた少女を思い出していた。

「そう、その通りよ・・」

 猫が悲しい声色で頷く。その声は間違いなくジュンのものだった。

「気がついたら、こんな姿になっていて、怒りのままにお姉さんをこの手で・・」

 悲しみに暮れるジュン。その姿が人間へと戻っていく。

(えっ!?ホントに、あの人が・・・!?)

 その変化を目の当たりにした和海が驚愕する。猫の怪物だった人物が、たくみと会っていた少女の姿に戻る。

 ジュンは涙が流れる顔を押さえて、その場に泣き崩れてしまう。

「わたし、これからどうしたらいいの!?この力なら、警察に捕まることはないと思うけど、このままじゃ、また誰かを殺してしまう!どうしたら・・・」

 たくみはジュンの気持ちを察した。彼女は呪われた進化の力を覚醒させ、姉を手にかけ周囲の人々に危害を及ぼすことを恐れている。

 自分も同じガルヴォルスである彼には、彼女の辛さがよく分かっていた。悩み戸惑いながら、たくみは再び口を開いた。

「ジュン、お前はお前だ。」

「えっ・・?」

 唐突に言われ、ジュンが涙で赤くなった顔を上げる。

「お前がどんな状況に陥っても、どんな姿になっても、ジュンはジュンだ。こうしてガルヴォルスになってしまっても、お前がジュンであることに変わりはないんだ。」

 必死にジュンに励ましの言葉を投げかけるたくみ。その真意はたくみ自身にも呼びかけるものでもあった。

「それに、オレもお前と同じ状況にあるから・・」

「えっ・・?」

(たくみ・・?)

 たくみの言葉に、不安の色を見せるジュンと和海。彼女の眼の前で、たくみは覚悟を決めて全身に力を込めた。

「ああぁぁーーー!!!」

 叫び声を上げ、体を震わせるたくみ。彼の顔に紋様が走る。その変化に、ジュンと和海の不安が強まる。

 そして、たくみの姿が、悪魔を思わせる怪物へと変わった。

「た、たくみ!?」

 ジュンがその変化に驚愕の声を上げる。同時に、廃工場の出入り口のほうで物音が響いた。

 その音にたくみとジュンが振り返る。そこには、困惑と恐怖を顔に浮かべた和海の姿があった。

(たくみ・・・!?)

 和海が胸中でたくみの名を呟く。恐怖のあまり体が小刻みに震える。

「か、和海・・・!」

 たくみも驚愕のあまり、姿を人間に戻す。彼の顔にも動揺がうかがえる。

「和海、これは・・!」

 たくみが手を伸ばして前に進もうとすると、和海が振り返りざま、逃げ出していく。

「和海!」

 たくみも慌てて和海を追いかけた。

(見られた!和海に、オレがガルヴォルスであることを!親を殺した化け物と同じだと!)

 たくみの中の恐れが浮き彫りになる。ガルヴォルスに憎しみを抱いている和海は、たくみも同じ怪物であることを知って、彼に憎悪を向けるのかもしれない。

 たくみの最も恐れていたことが現実のものになってしまった。2人の心は、激しく揺さぶられてすれ違おうとしていた。

 

 

次回予告

第7話「失われた想い」

 

死神の使い、お前の正体は何だ?

謎の黒幕を追って、不動たくみが生きてきた。

人間にとって、正義とは?思いやりとは?

誰だ?誰だ?誰だ?

ひとりぼっちの不動たくみの死を弔う者は、いったい誰なのか?

 

「私はたくみ、アンタを信じることができない・・」

 

 

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