ガルヴォルス 第3話「温泉の罠」

 

 

 隆の店でバイトを始めてから十数日が経過した頃、たくみは和海、美奈とともに小さな温泉街にやってきていた。

 買い物をしていた美奈が、くじ引きで特賞の旅行券を当てたのが始まりだった。

 仕事熱心の隆、風邪をひいた飛鳥は旅行にはいかないことになった。たくみたちが楽しんでくれることを願って。

 電車とバスを乗り継いで約3時間、たくみたちは温泉街にたどり着いた。にぎわう町中で大きく背伸びをするたくみ。

「あ〜あ。やっと着いた〜。」

「ホントね。バイトの疲れが和らぐ感じだよ。」

 たくみの言葉に和海が相づちを打つ。

「ところで、オレたちの泊まるのはどこなんだ?」

 たくみが聞くと、美奈がバックからパンフレットを取り出して広げた。

「ん〜と、もうちょっと進んだところね。」

「どんなところなんだろうなぁ。」

 たくみが好奇心を膨らませている中、美奈に促されて足を進めた。

 そして3人がたどり着いた先は、温泉街から外れた小さな旅館だった。

「お、おい・・まさか、ここってことは・・・」

「うん、そうだよ。」

 呆然と指差すところに美奈が頷き、たくみは唖然となる。

「マジかよ?町から離れてるじゃないか。」

「でも、ここの温泉は最高だよ。そこは期待しててよ。」

 肩を落とすたくみを笑顔でなだめる美奈。

「それじゃ、さっそく部屋をとってくるから、2人はその辺を見回ってきてもいいよ。」

「えっ?でも、美奈・・」

「いいから、いいから。受付ぐらい1人で平気だから。」

 きょとんとなるたくと和海の言葉も聞かず、美奈は1人旅館へと入っていった。その前で立ち尽くす2人。

「美奈って、ちょっと強引なところがあるのよねぇ・・」

「ああ。オレも今それが確信に変わった気がする・・」

 しばらく旅館の入り口を見つめてから、たくみが口を開いた。

「ちょっとその辺を見てみようか。」

「・・うん。そうだね・・」

 たくみの言葉に和海も頷き、2人は町を見渡せる展望所に向かって歩き出した。

 

 その頃、チェックインを済ました美奈は受付から部屋の鍵を受け取った。

「ありがとうね。これからよろしくね。」

 部屋の鍵を受け取って立ち去ろうとする美奈に、この旅館の女将と思しき女性が声をかけてきた。

「ここの温泉は、他とひけを取りませんよ。」

「分かってる。だからここに来たわけだよ。」

 美奈が笑顔で頷く。女将も笑顔を見せるが、それがすぐに曇る。

「でも、最近この辺りに化け物が出るらしいなんです。」

「化け物?」

 女将の鎮痛な言葉に、美奈が疑問符を浮かべる。

「夜に現れては、人々を襲って石にしているという噂が、この辺りに流れているみたいなんです。」

「でも、あくまで噂でしょ?まぁ、用心に越したことはないんだけどね。」

 美奈は女将の言葉を心に留めて、確認の意味も込めて部屋に向かった。

 

 一方、旅館の近くにある展望所にやってきたたくみと和海は、そこから温泉街を見渡していた。きれいな町の風景とすがすがしい自然の空気に、和海は感嘆していた。

 その横で、たくみは1人悩んでいた。自分が人類の進化系、ガルヴォルスへの変身を遂げてから何日もたっているものの、怪物になった自分に疑念を抱いていた。

 この間にも、あずみの率いる組織が、凶暴化したガルヴォルスの撲滅を行っていた。彼女たちもたくみと似た、人々を守るために戦っているのである。

 しかしたくみとあずみの正義感は食い違っていた。人を守るためとはいえ、人の進化であるガルヴォルスを殺すことが腑に落ちなかった。たとえ、人間の心をなくしたガルヴォルスであったとしても。

「どうしたの、たくみ?」

 暗い顔をしているたくみが気になり、和海が声をかけてきた。

「い、いや、何でもない・・」

「そんな顔してちゃダメだよ。こういうところに来たら、とにかく楽しまなくちゃ。」

「あ、ああ・・そうだな・・」

 和海の浮かべる満面の笑顔に、たくみは励まされた感じが伝わっていた。

(そうだ・・・オレは、オレのそばにいるヤツらを守るために、この力を使うんだ・・・)

 改めて決意を固めるたくみが、町を見下ろしている和海を見つめていた。他愛もないことでともに仕事をしている彼女に、たくみの心は揺らいでいた。

 そのとき、背後の草木のほうから音がなり、たくみと和海が振り返った。

「なに?」

「まさか、狼かなんかいるのか!?」

 たくみが不安をかき立てるようなことを言う。彼らの視線の先にある草木から、さらに音が響く。

 そこから1つの影が飛び出してきた。驚いたたくみたちの前に、1人の男が着地した。薄汚れた姿をした長身長髪の男である。

「な、何だ、こいつは!?」

 声を荒げるたくみと怯える和海に、男が不気味な笑いを浮かべる。その顔に紋様が浮かぶと、男の姿が変化した。鋭い牙と爪を光らせ、長い尾を地面に叩きつけているトカゲの姿に。

(ガ、ガルヴォルス・・!)

 たくみが胸中で驚愕する。

 トカゲの怪物は、荒い吐息をもらして、不気味な眼光をたくみたちに向けていた。

 そして口を大きく開き、白い液体を吐き出した。

「危ない!」

 たくみは困惑している和海を抱えて、横に飛びのいた。液体に触れた草木が、白く固まって動かなくなる。

(あれを浴びたら、みんな石になってしまうのか・・!)

 怪物に振り返ったたくみが毒づく。怪物はゆっくりとたくみたちに視線を向ける。

 このままでは2人ともやられてしまう。危機感を覚えたたくみは、全身に力を込めた。

「ん・・ぅん・・・」

 そのとき、背後から和海のうめき声がして、たくみが思わず力を抜く。同時に、彼の顔に浮かんでいた紋様が消える。

 和海の前でガルヴォルスになるわけにはいかない。その考えがたくみ自身をためらわせたのである。

 戸惑っていると、トカゲは体をだらりと下げて、不気味な哄笑を上げてきた。

「そうか、お前もか・・・」

 トカゲが発した言葉に、たくみは疑念を抱く。

 するとトカゲは後ろに飛び上がり、林の中に姿を消していった。

 その行動に思わず呆気にとられるたくみ。その横で和海が、何がどうなっているのか分からない様子を見せていた。

(いったいどうしたんだ、あいつは!?・・・オレたちに何もせずに逃げるなんて・・・)

 トカゲの意図が分からず、呆然とたたずむたくみ。

「たくみ、今の怪物、何なの・・・!?」

 すると和海が顔を強張らせて聞いてきた。たくみは振り返り、自分を落ち着けるように答えた。

「分からない。でも、とにかく無事でよかった・・・」

 安堵の吐息をもらすたくみ。そこに美奈が心配そうに駆け込んできた。

「和海、たくみ、大丈夫!?」

「美奈・・!」

 美奈の呼びかけに困惑の消えないまま振り返るたくみと和海。

「美奈、今、怪物が・・!」

「えっ!?怪物!?」

 和海の答えに美奈が驚く。たくみがそんな美奈に声をかける。

「何かあったのか?」

「うん。私たちが泊まる旅館の女将さんが言ってたんだけど、この辺に化け物がうろついてるって。噂だって言ってたけど・・」

「化け物・・もしかして、さっきの・・!」

「さっきって・・!?」

 和海の言葉に美奈が声を返す。するとたくみが、

「ここに怪物が現れたんだ。ヘンな男がいきなりトカゲみたいな怪物になって、口からなんか白いものをオレたちに吐きかけてきたんだ。どういうつもりか、ヤツはすぐに逃げてったけどな。」

「そんな・・・もしかしてあの噂、ホントだってこと・・」

 美奈に不安の色が浮かぶ。

 その怪物が自分と同じ種族であることを、たくみは話す気にはなれなかった。

 

 それから、美奈の通報によって地元の警察が駆け込んできた。

 この周辺では、多くの美女が襲われるという怪事件が続発しており、発見された被害者は、いずれも石のように白く固まっていた。

 警察も躍起になって調査を続け、昼夜問わず見回っているが、犯人の行方を発見することはできず、被害はとどまることがなかった。

 そんな中、たくみたちは旅館の部屋で体を休めることにした。そして和海と美奈は、先にこの温泉に入りに行った。清々しい空気の漂うこの部屋に、たくみは1人取り残される形となった。

 怪物の不安を胸に秘めていたたくみは、それでも何とか旅行を楽しもうと考えた。張り詰めていたら、何のためにここに来たのか分からなくなると思ったからである。

 ベランダに出て、自然の広がる景色を眺める。そして物思いにふける。

(そうだな・・今オレたちは旅行に来てるんだ。楽しまないといけないよな・・)

 悲しい笑みを見せたたくみは、近くに置いてあったタオルを拾い、自分も温泉の湯につかろうと鍵を持って部屋を出た。

 2階にある部屋から1階のロビーを抜け、奥の風呂場へとたどり着く。そして脱衣所に足を踏み入れると、そこには人がいなかった。しかし、カゴのいくつかに衣服が入れてあった。誰かが入っているのだ。

「なんだぁ。先客がいるのか。1人風呂も悪くないと思ってたんだけどな。」

 愚痴にも思える言葉を気楽に呟くたくみは、空いているカゴの1つにシャツを入れた。そこで彼は、先客の衣服の入ったカゴに眼がとまる。

(これ、女モノの下着だよな・・・?)

「まさか・・!?」

 たくみは服を脱ぎかけたまま、慌てて浴場に通じる扉を開けた。

 白い湯気の立ち込める温泉につかっている2人がいっせいにこちらを振り返る。

 きれいな素肌。ふくらみのある胸。

 向き合うたくみと2人が顔を赤らめた瞬間、

「キャーーー!!」

 温泉にいたうちの1人が叫び、撃退しようと湯をかけてきた。たくみは慌てて扉を閉めて、思わずしりもちをつく。そして動揺しながら脱ぎかけていたシャツを取り上げ、脱衣所を逃げるように立ち去った。

 

「な、何で女が・・和海たちがそこにいるんだよ・・!?」

 慌てて部屋に戻ってきたたくみが息を荒げる。

「オレは確かに男湯に入ったぞ・・それなのに、なんで・・!?」

「どうも失礼いたしました。」

 そのとき、部屋にお茶と和菓子を持って、女将がたくみにわびてきた。なぜ謝られるのか分からず、たくみがきょとんと女将の顔を見つめる。

「ここの温泉は、男湯女湯と、温泉の種類が異なるのです。だからお客様にいろいろ楽しんでもらおうと、12時おきに男湯女湯を入れ替えるのです。ですが、あわただしくなってしまい、入れ替えるのが遅れてしまいました。申し訳ありません。」

「いやいや、いいよ、気にしなくて。」

 頭を下げる女将に、たくみは笑顔で答えた。

「あんな事件が起きたんだ。落ち着かなくて当然だろ?それに、あれで結構空気が和んだかなぁって・・」

 照れ笑いを浮かべて手を頭にのせるたくみ。その笑みがすぐに消えた。

 ふと眼に入った藍色のジーンズに白いしみがあった。多分、和海にかけられた温泉の成分で白く変色してしまったと思い、たくみは手を伸ばした。

「参ったなぁ。気に入ってたジーパンなんだけどなぁ・・・あれ?」

 しみに触れたたくみは違和感を感じた。そのしみはまるで石のような感触がした。

「おかしいですわ。うちの温泉には、生地を白くしてしまう成分は入ってないはずなのですが・・」

 女将が不審そうにジーンズのしみを見つめる。

 たくみはそのしみを見つめて、思考を巡らせた。

(白への変色、石、白い液体・・トカゲの怪物・・・)

「まさか!?」

 たくみは血相を変えて、部屋を飛び出した。その様子にそわそわしている女将を後にして。

 

 浴場の奥の露天風呂の湯につかっていた和海と美奈。突然扉を開けてきたたくみに対して、和海は不機嫌になっていた。

「もう、信じられない!なんでアイツがここに入ってくるのよ!」

 和海たちは受付から、男湯と女湯が入れ替わっていることを告げられていた。すぐにのれんを取り替えると聞かされていたが、あわただしくなってそれが遅れていたことなど、彼女たちは知る由もなかった。

「よりによって女の入浴をのぞきに来るなんて、サイテー!」

「まぁまぁ、落ち着いて、和海。」

 愚痴をこぼす和海をなだめる美奈。

「この温泉は気持ちがよくなるのよねぇ。だから気楽に、ね。」

 温泉の湯を堪能している美奈に、和海にも安堵が戻る。

「でも、そろそろ上がらない?あんまり入ってるとのぼせちゃうよ。」

「もう、和海ったら。私はもうちょっと熱くても平気かなぁ?」

 平然という美奈に、和海は返す言葉を失った。そして風呂から立って上がろうとしたとき、和海の足が止まった。

「どうしたの、和海?」

 気になった美奈が声をかけた。すると和海の様子がおかしいことに気づく。

「あ、足が、動かない・・!?」

「えっ?何言って・・」

 美奈が風呂から立ち上がった瞬間、彼女も自分の足に違和感を感じた。足が鉛のように重くなって、思うように動かせない。

「ちょっと、どうなってるの!?」

 必死にもがきながら動けず、動揺を隠せない和海と美奈。

 湯に入っている両足が白く変色し始め、2人が驚愕する。温泉の滑らかさではない。凍りついたような、固くなったような感触だった。

「な、何なの、コレ!?」

「温泉の成分じゃないよ、コレ!?」

 白への変色は、徐々に彼女たちの足を蝕んでいく。その不快感に、その顔に不快感が浮かび上がる。

「体が、言うことを聞かない・・・!」

 苦悶の表情を浮かべる和海が、動かなくなっていく体に困惑する。まるで極寒の地に放り出されたような、凍てつくような気分が駆け上がってくる。

 悪い夢でも見ているのではないのか。和海たちの心は、そんな現実逃避で満ちていった。

「和海!」

 そのとき、浴場の扉が勢いよく開け放たれた。たくみが血相を変えて飛び込んできたのだ。

「あ、たくみ・・」

 和海の眼にも、たくみの姿が映っていた。たくみの眼にも、湯気が立ち込める和海と美奈の、白く固まった素肌が映っていた。

(体が石に・・やっぱり湯にアイツの・・!)

 たくみの脳裏に、展望所に現れたトカゲの怪物の姿がよみがえる。口から吐き出された白い液体。草木を石に変えた液がこの湯に混ざっているとしたら。

 困惑するたくみの眼の前で、和海と美奈の体は両手を胸の前においたまま、ほとんど石化していた。

「たくみ・・これって・・・」

 呟くように聞いてくる和海が、虚ろな表情のまま固まっていく。その姿に、たくみが怯えるような顔を見せる。

 霧のように漂う湯気の中で、和海と美奈が完全に石化した。白くなった素肌をあらわにして。

 たくみの中に憤りがわき上がり、その表情が憤怒の色に変わる。

「あのヤロー・・・出て来い!どっかに隠れてるんだろ!?」

 たくみが露天風呂からのぞける空に向かって叫ぶ。彼はトカゲの怪物に対する敵対心を見せていた。

 その叫びに答えるように、奥の林が揺らめいて影が飛び出してきた。湯気にまぎれて、展望所に出現したトカゲの怪物がたくみの眼前に着地した。

「ふう、やっと効果が出たようだな。温泉の湯に混ぜると、薄まってしまうようだ。」

 トカゲが不気味な声で哄笑を上げる。その口からの吐息が荒くなっている。

「お前が、和海と美奈を・・・!」

 たくみの鋭い視線がトカゲを射抜く。しかし、トカゲの哄笑は止まらない。

「せっかく見つけた上物だ。見逃す手はないぜ。」

「貴様、それでも元々は人間だったのかよ!人を何だと思っているんだ!」

 たくみが声を荒げると、トカゲは笑いを強める。

「何言ってんだ、お前?お前だってこの力を持ってるんだろ?」

「何だと!?」

「せっかくの力なんだ。存分に楽しまなきゃ損だぜ。」

 トカゲの憮然とした態度に、たくみの中に怒りがこみ上げてくる。その顔にガルヴォルス特有の紋様が浮かぶ。

 自分の欲望のために、和海たちまで手をかけた怪物が許せない。

 たくみは怒りの咆哮を上げて、悪魔への、ガルヴォルスへの変身を遂げた。

「ほう。それがお前のホントの姿ってわけか。」

 口の周りを舐め回すトカゲの牙と爪が光る。悪魔となったたくみが、紅い眼光でトカゲを睨みつけていた。

 

 

次回予告

第4話「飛翔する戦慄」

 

リザード・ガルヴォルスの魔の手にかかり、石像にされた和海と美奈。

彼女たちを救うため、悪魔に姿を変えたたくみ。

空を切る魔剣。

広がる翼。

欲情と激情が、激しく火花を散らす。

 

「殺さなきゃ救えないなら、オレはお前を殺す!」

 

 

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