ガルヴォルス 第4話「飛翔する戦慄」

 

 

 たくみと向かい合うトカゲの怪物が、口から白い液体をたらす。その白黒の混じった石段が白く染まる。

「一気に固めちまうのもいいけど、じっくりと固めていくのも気分がいいぜ。」

 トカゲの欲望に満ちた態度が、たくみの感情を逆なでする。

「どうして、そんなことを・・・!?」

「ハァ?つくづくお前は馬鹿げたことを言うんだな。オレはかわいい女が大好きなんだよ。特にあの子みたいに裸の姿をしてるのがたまらないんだよ。」

 トカゲが自分の爪をこすり合わせて、不気味に語りだす。

「そして石化していくそいつらの、怯えたり混乱している顔を眺めるのもまたいいんだよなぁ。そいつらの全てがオレのものになったって気分になるんだよ。」

「ふざけるな・・」

「オレはこの力に感謝してる。周りの美女たちを石像にして、コレクションにするのも十分可能だな。」

「ふざけるな!」

 怒りの叫びを上げるたくみが、右手に剣を出現させた。

「お前のくだらない考えで、和海も美奈も石にされてたまるか!ここでお前を倒し、みんなを元に戻してやる!」

「やってみろよ。できるもんならな。」

 トカゲが哄笑をやめ、剣を構えるたくみを見据える。

 たくみは戦う場所を変えたかった。もしここで戦えば、旅館にいる人々や、石化された和海たちに被害が及ぶことになる。

「ここの温泉にオレの石化液を混ぜておいた。濃度が薄くなり、効果が出るまで時間がかかるが、それもまたいいんだよ。これからこの温泉街の温泉に、オレの石化液を混ぜて、ここに来る女たちを次から次に石像にしてやる。」

 再び哄笑を上げたトカゲに、たくみは憤って飛びかかり、剣を振り下ろした。トカゲは後退してそれをかわし、跳躍して浴場を離れていく。たくみもすぐに後を追いかける。

 しかし、トカゲは素早く身のこなしがいいため、たくみはすぐに振り切られてしまう。

「くそっ!もっとスピードがあれば・・このままじゃ、追いつけない・・!」

 トカゲを追いながら毒づくたくみ。ガルヴォルスとなって、身体能力は格段に上がったが、それでもトカゲの俊敏な動きについてこれなかった。

「もっと速く!もっと強く!このままじゃ、和海たちが・・!」

 石化された和海と美奈を助けたい。その想いを全身に広げるたくみ。

 そのとき、背中に異様な感覚が伝わり、たくみは大木の枝で足を止めた。後ろに視線を向けると、背中が紅く光っていた。

 そしてその背中の光が広がり、大きな悪魔の翼となった。

「こいつは・・!?」

 たくみは背中に生えた翼を確認して、林の茂みを抜けて空に飛翔した。羽ばたく翼が自分の思い通りに動いていることが伝わる。

(ヤツはどこだ・・!?)

 飛躍していく自分の能力に囚われず、たくみは眼下の森林を見回してトカゲの行方を追う。悪魔となった彼の視力は、普通の人間のそれをはるかに超えている。

 そしてその視線が、跳躍するトカゲの姿を捉えた。

「逃がすか!」

 たくみは背中の翼を広げ、トカゲに向かって一直線に降下した。右手に魔剣を出現させながら。

 さえぎる木々の枝をなぎ払い、トカゲめがけて剣を振り下ろした。トカゲはたくみの接近に気付き、体をひるがえしてそれをかわした。

 枝に着地して、互いを見据えるたくみとトカゲ。

「追いついてくるとはな。一応ほめておくぜ。」

 トカゲが不気味は笑いを浮かべて、たくみを見つめる。たくみの背中の翼は、力を抑えたことによって一時的に消失している。

「けどな、速いだけじゃオレは倒せないぜ。」

「そんなことは分かってる。」

 たくみが鋭い口調で言い放ち、剣の切っ先をトカゲに向ける。

「とりあえず言っておくぜ。あの子たちにかけられた石化は、オレが死なない限りは解けないぜ。まぁ、実際に起きちゃいないから、よくは分からないけどな。」

「そうか・・それを聞いて安心した・・」

「ん?」

「お前を殺せば、和海と美奈を救えるということだな?」

 自分の問いかけに対する答えを待たずに、たくみは飛び出してトカゲに攻撃をしかけた。トカゲが立っていた枝が、魔剣によって切り落とされる。

 別の木の枝に着地した2人の怪物。

「だったら、オレはもうためらわない。殺さなきゃ救えないなら、オレはお前を殺す!」

 たくみの殺意が、鋭い眼光とともにトカゲに向けて放たれる。再び飛び上がり、剣を振りかざす。

「男や悪魔には興味がないんだけどな。」

 トカゲが落胆の声をもらすと、口から白い液体をたくみに向けて吐きかけてきた。たくみは再び背中の翼を広げ、飛び上がってそれを回避した。降りかかった木の葉が、白く固まって揺らぎを止める。

 さらに液を吐くトカゲだが、たくみの俊敏な動きにかわされていく。

 たくみがその合間をぬって一気に詰め寄り、剣をトカゲの左腕に突き立てた。

「ぎやぁぁーーー!!」

 射抜かれた腕の激痛に絶叫を上げるトカゲを地面に叩きつけるたくみ。そして剣を抜き、鮮血にまみれた怪物を見下ろす。

「これで終わりだ。」

 剣の切っ先をトカゲの首筋に当てるたくみ。しかしトカゲは余裕の様子を見せている。

 その口から白い液体が吐き出される。虚をつかれたたくみが後退するが、液体はたくみの左腕に降りかかった。

「しまっ・・!」

 毒づくたくみの左腕が白く固まり、行動が停止する。そして左手に向けて石化が侵食を始める。

「ハッハッハッハ・・油断したな!」

 立ち上がったトカゲが高らかな哄笑を上げる。

「不用意に近づくからだ!オレの石化液を浴びた生き物は最後、徐々に蝕まれて石像になってくんだよ!ただの物質なら振りかけられた部分だけで石化は止まっちまうが、常に行動を起こしている生き物の細胞は、その石化を進行させちまうんだよ!」

 優位に立ったトカゲが勝ち誇る。石に変わっていく肩に手をかけ、焦りの色を見せるたくみ。

 動きの鈍った彼の体を、飛び込んできたトカゲの鋭い爪が切り裂く。今度はたくみの体から鮮血が飛び散る。

「ぐはぁっ!」

「せめてその血できれいに彩ってやるよ!」

 苦痛の声を上げるたくみに、トカゲが悠然と言い放つ。白く固まっていく腕に、紅い血が飛び散り染まっていく。

 悪魔の体を切り裂いた爪についた血を、長い舌で舐めるトカゲ。

「さて、じっくりと見届けてやるよ。お前が石像になっていく様を。」

 固まっていくたくみの姿を見据えるトカゲ。傷ついた互いの傷は、人間を越えた治癒力によって回復していった。しかしたくみは、切り裂かれた傷の痛みより石化していく腕の悲鳴のほうを強く感じていた。

(このまま負けられない・・和海たちを助けるためには・・!)

 たくみが動きを失っていく体に鞭を入れ、剣を握る右手に力を込めた。そして高まる怒りに体を預けた。

 それは、“人の心”という歯止めの解除だった。彼の全身から黒い邪気がわき上がり、腕の石化の広がりを食い止める。

 その脅威にトカゲが驚愕し、哄笑が止まる。そこに、完全な悪魔と化したたくみの振りかざした剣が飛び込み、傷が消えかけていた左腕を切り落とす。

「がはぁ!」

 うめき声を上げて、腕を断裂された肩を押さえるトカゲ。そこにたくみの容赦ない攻撃が飛び込んでくる。獲物を狙う狼のように、鋭い爪でトカゲを切り裂いていく。

 血まみれになってついに昏倒するトカゲ。立ち上がる力さえ失ったとの首筋に、たくみが剣を向ける。

「もう、容赦しない・・」

「ま、待て・・!」

 死を覚悟したトカゲの制止の声を聞かず、たくみは剣でその体を真っ二つに切り裂いた。紅い鮮血がたくみの全身にはね返る。

 同時にたくみは我に返り、血みどろの怪物の残骸を見下ろした。返り血のついた両手にも視線を向け、顔を強張らせる。

(これが・・誰かを守ることなのか・・・!?)

 あまりに残酷になった光景に恐れを感じ、手から剣をこぼすたくみ。トカゲの絶命によって、白く石化していた左腕か元に戻る。

 たくみは胸中で自分のしたことを悔やんでいた。

 和海と美奈の石化を解くため、感情を切り捨てて殺意に囚われた。完全な悪魔と化し、徹底的にトカゲを切り刻んだ。血だらけになった、紅く染まった獣の姿は、まさに悪魔だった。

 しかし、本当はそうしたかったのだろうか。悪魔になった自分を、自分自身を認め、許せるだろうか。

 自分の欲望に駆られていたとはいえ、元は人間だった相手を殺してしまった。自分の周りにいる人を救うために、人殺しになってしまったのだ。

 たくみは翼を広げ、森の茂みを抜けて夕日が沈もうとしている空に飛び出した。悲しみに打ち震えて、声の限りに叫んだ。

 悲痛に満ちた絶叫が、温泉街に響き渡っていた。

 

 白く石化していた和海と美奈から温泉の湯気に混じった霧があふれ、元の姿に戻った。トカゲの死によって温泉に混じっていた液の効力が失われ、石化が解けたのである。

「あれ?わたし・・?」

 何が起こったのか分からず、辺りを見回す和海と美奈。そして2人は自分たちが浴場にいて、裸でいることに気付いて顔を少し赤らめる。

 そしてすぐに温泉から飛び出した。この中にいれば、再び体が変わってしまうと思ったからである。もうその効力はないことも知らずに。

「ねぇ・・悪い夢・・だよね・・・?」

 不安を心に秘めながら、和海にたずねる美奈。和海も不安そうにうなずく。

 そのとき、露天風呂の外から、高らかな叫び声が響いた。

「何!?」

 和海たちが慌しく空を見上げた。

 温泉街の空には、人とは思えない姿をした人物が宙に浮いて、高々と大声を上げていた。

 大きく広がる翼。鋭い牙と爪。

 その姿かたちはまさに悪魔そのものだった。和海たちの顔が恐怖に染まっていく。しかし和海は、その悪魔の叫びの中の悲しみを感じ取っていた。

「たくみ・・・」

 悪魔がたくみでないと認識していないながらも、和海は思わず彼の名前を呟いていた。

 

 その日の夜、温泉街は警察の行き来で騒がしくなっていた。突如石化した温泉客と上空に出現した悪魔。人々に一気に恐怖が広まっていった。

 そんな中たくみ、そして和海と美奈は部屋に戻り、不安を隠しきれない面持ちになっていた。

 たくみは人を危めたことに後悔し、和海と美奈も現実離れした出来事に困惑するばかりだった。

 そして無言のまま時間が過ぎ、美奈がふと立ち上がった。

「わたし、何か飲み物買ってくるね。」

 何とか笑顔を作って、美奈がそそくさに部屋を出て行く。取り残されるかたちになったたくみと和海。

 再び部屋に沈黙が訪れる。2人とも不安に囚われて、切り出す言葉が見つからなかった。

 そして先に口を開いたのは和海だった。

「あ・・ありがとう・・」

「えっ・・・?」

 突然声をかけられ、たくみが間の抜けた返事をする。

「私と美奈が固まっていくとき、急いで来てくれたでしょ、たくみ?」

「ああ・・温泉のお湯をかけられたジーパンがわずかに石になってたのに気付いたからな。」

「あのとき、自分の体が別のものになっていって、すごく怖かったけど、たくみが来てくれたとき、何だか安心できた気がするの。ちょっと前に裸を見られたばかりだったのに・・」

「和海、オレは・・・」

 和海の感謝の言葉に、たくみは励まされる気持ちを感じていた。

 ガルヴォルスとして覚醒し、悪魔へと変貌し、人を救うために自分の手を血で汚した彼にとって、彼女の言葉は心温まるものだった。

「ところで、ひとつ聞いてもいい?」

「何だ?」

「どうして、私たちを助けようと一生懸命になってくれたの?前のバイト先でもそうだったけど、私のせいなのに料理長に抗議して、挙句の果てに自分から辞めるって言い出して。私なんかのために、どうしてそこまで・・?」

 和海が表情を曇らせると、たくみは安堵の息をついてから、不敵な笑みを見せた。

「前にも言ったはずだぜ。オレがそうしたかったからだって。」

 

 警察が依然として警戒していたが、温泉街には安息が戻ってきていた。

 1泊していた旅館の土産物屋で、たくみが隆や飛鳥への土産を選別していた。

「なぁ、これなんかいいんじゃないか?」

「ええ〜?これはダメよ〜。」

 たくみが選んだ食べ物の詰め合わせに、美奈が不服の声をもらす。

「こういう“どこどこに行ってきました”っていうのは、どっか地方に行けばどこにでも売ってるわ。食べ物選ぶのは悪くないと思うけど。でもお兄ちゃんは食べ物にうるさいよ。」

 美奈の忠告とも思える言葉に、たくみは冷や汗をかいて苦笑いを浮かべる。

「や、やっぱりお土産は“もの”でないとなぁ・・・」

 たくみはそそくさに、別の土産を選びに移動していった。その慌しい様子を見送って、美奈がクスクスと笑いを浮かべていた。

 そこでたくみは、キーホルダー売り場に眼が止まった。その中の1つに手を伸ばし、じっと見つめる。

  “結ばれる天使と悪魔”

 その名で売られていたそのキーホルダーは、天使と悪魔が手を取り合って向かい合っているデザインが施されていた。

「いいの、見つかった?」

 そこに既に買い物を済ませた和海がやってきた。たくみが振り返り、彼女に手のひらのキーホルダーを見せた。

「天使と悪魔・・・へぇ、なかなかいいじゃない。」

「よかったら、オレが買ってお前にやるよ。」

「えっ?でも・・」

「オレがそうしたいからそうするんだ。もらっておいて損はないだろ?」

「・・・うん・・じゃ、ありがたくもらっておくね。」

 たくみはそのキーホルダーを購入し、それを和海に手渡した。手にとってじっくりと見つめる和海。

「天使と悪魔か・・」

 和海は物悲しい笑みを浮かべて呟いた。

 それは自分を助けてくれる天使なのか。それとも自分を恐怖に陥れる悪魔なのか。そしてたくみはどちらに当てはまるのか。その問いと答えを気にすることなく、和海はポケットにキーホルダーをしまった。

 

 少女は実の姉を切り裂いた。そしてその姉の体が固まり、そして砂のように崩れて消えていった。

 少女は姉のわがままに対する怒りを爆発させた。それがきっかけなのか、少女が化け猫のような姿に変わり、その鋭い爪で姉の体を切り裂いたのだ。

 怒りに囚われ、姉をかけた手を見つめて、少女は打ちひしがれる思いを感じていた。

 姉はもういない。自分が姉を殺してしまったのだ。

 少女は何かに頼ろうと、手探りするように周囲を見回した。

「どうしよう・・どうしたら・・・」

 時間が過ぎるに連れて、不安がふくれ上がっていく。それでも何とかしようと、少女はそわそわした様子を繰り返す。

「そうだ・・・あいつに助けを求めよう・・・」

 少女はおもむろに歩き出し、姉の消えた部屋から出て行った。

「あいつはどんなことでも、必ず助けてくれる。あのときはバカみたいに思えたけど、今なら頼りにできる。たっくんなら・・」

 少女はたっくんと呼んだ人物を追い求めて、家を抜け出して夜の道をさまよった。

 変わり果てた自分を助けてくれるのは、彼しかいない。そう信じて少女は前へと進んでいった。

 

 

次回予告

第5話「守りたいもの、守るべきもの」

 

罪のない人々に襲いかかるガルヴォルスの恐怖。

その中でたくみの苦悩は続く。

人の進化した怪物に敵意を抱く和海。

悲しき少女への愛か?

ガルヴォルスとの対決か?

たくみの決断は?

 

「これはオレの力だ。それをどう使うかは、オレが決める!」

 

 

作品集に戻る

 

TOPに戻る

inserted by FC2 system