ガルヴォルスZERO 第10話「血塗られた兄妹」

 

 

 暴走を繰り返した後、意識を失ったダイゴはアオイの部署の医務室のベットで横たわっていた。再び暴走する危険を考慮して、彼は頑丈なベルトでベットごと巻きつけられていた。

「ダイゴさんを信じていないわけではないのですが、用心に越したことはありませんので・・・」

 医師がアオイに向けて言葉を投げかける。

「私もまだ信じられない・・父さんと母さんを殺したのが兄さんだということも、ダイゴくんが再び暴走するかもしれないということも・・・」

「心中、お察しします・・ですが、あの事件の状況とアリバイを照合すると・・完全には否定できません・・・」

 呟きかけるアオイに、医師も深刻な面持ちで語りかける。するとアオイが悲痛さを募らせて体を震わせる。

「まさか両親の仇が、兄さんだったなんて・・・ここまで心を乱すなんて、刑事として失格なのに・・・」

「いえ、それが人間というものです・・家族や友人があんなことになって取り乱さないのは、心ある人間とは思えませんよ・・」

 自分の不甲斐なさを痛感するアオイに、医師が励ましの言葉を投げかける。しかしアオイは悲痛さを拭うことができない。

「だったら、兄さんの心は・・・」

 タケシのことを思うアオイに、医師はこれ以上言葉をかけることができなかった。彼はひとまず医務室を出て、そこにはアオイとダイゴの2人だけとなった。

(ダイゴくん・・あなたも、人の心を失ってしまったというの・・・?)

 ダイゴに対する不安を募らせていくアオイ。するとダイゴが意識を取り戻し、アオイに目を向けてきた。

「オ・・・オレ・・・」

「ダイゴくん!?・・・落ち着いている、ダイゴくん・・!?

 意識がもうろうとしたままのダイゴに、アオイが問いかけてくる。そこでダイゴは、自分がベットごと縛られていることに気づく。

「お、おい!何だよ、こりゃ!?

「ゴメンなさい・・あなたは先ほどまで、ガルヴォルスの力と本能に振り回されて、暴走していたのよ・・信じていなかったわけではなかったけど、警戒させてもらったわ・・・」

 声を荒げるダイゴに、アオイが事情を説明する。彼女がダイゴを拘束していたベルトを外した。

 アオイの説明を聞いて、ダイゴが深刻な面持ちを見せる。

「オレ・・・また見境を失くしたのか・・・」

「えぇ・・あなたは暴走している中で、マリさんや小林警部に襲い掛かろうとしたのよ・・・」

「なっ!?・・・オレが、マリとおっちゃんを・・・!?

 アオイが告げた言葉にダイゴは耳を疑う。愕然となった彼は、恐怖のあまりに体を震わせる。

「大丈夫。みんな無事よ・・ただマリさんはとても怖い思いをしたようで、総合病院で休んでいると連絡が入ってきているわ・・」

「マリが・・・」

 アオイの言葉にダイゴが戸惑いを浮かべる。

「ガルヴォルスを見るのは初めてだったようね・・あれがあなただということは知られなかったけど・・・」

「不幸中の幸いだとでも言いてぇのか?そんなんで納得できるわけねぇだろうが・・」

 語りかけるアオイに、ダイゴが愚痴をこぼす。彼が置かれている状況が忌々しきものであることに変わりはない。

「オレ、怖がってるのか・・知らないうちに、マリやミライを傷つけることを・・・」

「制御できない力と衝動・・それを抑えられる心の強さは、相当のものよ・・それらに振り回される恐怖は、誰にでもあるものよ。怖がらないのは、むしろ人として失格よ・・・」

 不安を口にするダイゴに、アオイが励ましの言葉をかける。ダイゴが人前で弱音を吐くのは珍しいことだった。

「そういうもんなのか?・・・オレが・・こんなくだらねぇことに怖がるなんて・・・」

 自分の不甲斐なさを痛感して、ダイゴが物悲しい笑みを浮かべる。彼のその姿に、アオイも困惑していた。

「とにかく、あなたはもう日常に戻りなさい・・あなたは戦いに身を置くべきではないわ・・・」

「そうはいうけど・・アンタだって知ってるだろ?・・オレが、バカヤローに対して指をくわえて見ていられるヤツじゃねぇってこと・・・」

「それでも落ち着きなさい。平穏な日常に戻って、気持ちを落ち着けるのがいいわ・・気分が落ち着けば、暴走する危険も減ってくるでしょうから・・」

「・・・そううまくいけばいいけどな・・・」

 アオイの言葉に対し、腑に落ちない反応を見せるダイゴ。

「もういい加減に帰るぜ・・とりあえず、マリのところに顔を出さねぇと・・」

「あまり彼女を刺激しないほうがよさそうよ・・神経質になっているから・・・」

 医務室から出て行くダイゴにアオイが言いかける。彼は小さく頷いてから、病院に向かった。

 

 街外れの総合病院にて、マリは診察を受けた。意識を失っていた彼女は、その病室の1室のベットで眠っていた。

 その病室の外の廊下で、ミライとジョージは医師の診察が終わるのを待っていた。

「マリちゃん、大丈夫かな・・・?」

「かなりの怖がりようだったからな・・楽観できそうにねぇな・・・」

 不安を口にするミライに、ジョージが深刻な面持ちで答える。

「それにしても、あんなバケモノが世の中にいたなんて・・オレもビックリだ・・・」

「あたしも信じられないよ・・マリちゃんが怖がるのもムリないって・・・」

 ガルヴォルスの存在を知って、ジョージもミライも困惑を膨らませていた。

「それにしても、ダイゴ、どこに行っちゃったのかな・・・?」

 ミライがダイゴに対して気持ちを傾ける。彼女の中に彼への心配の念が膨らんできていた。

「ちょっと!病院では走らないでください!」

 そのとき、看護師の注意の声が響いてきた。直後、ジョージとミライの前に駆け込んできたのはダイゴだった。

「ダイゴ!?

 ダイゴの登場にジョージとミライが驚きの声を上げる。ダイゴが息を切らして、マリのいる病院に駆けつけてきたのである。

「おい、ダイゴ!おめぇ、今までどこをほっついて・・!?

「マリは大丈夫か!?どうなんだよ、おいっ!」

 怒鳴りかけるジョージの言葉をさえぎって、ダイゴが問い詰めてくる。

「マリちゃんなら病室だ。だが今は入室禁止だ・・」

「入室禁止って・・どういうことだよ・・・!?

「すごく怖い思いをしてな、心が不安定になってる・・記憶も少し混乱してる・・」

 ジョージの説明を聞いて、ダイゴは困惑を膨らませる。彼は自分の暴走のためにマリを追い詰めたことに、罪の意識を感じていた。

「マリちゃん、ダイゴのことをすごく心配してた・・あたし以上に・・・」

 ミライが沈痛の面持ちでダイゴに言いかける。

「だから、入室禁止だって言ってるだろうが・・」

 病室に入ろうとしたダイゴをジョージが呼び止める。

「今はミソラちゃんに顔を見せてやることだ・・マリちゃんに顔を見せるのはその後だな・・」

「そうだよ、ダイゴ・・マリちゃんのそばにはあたしがついてるから・・・」

 ジョージとミライに声をかけられて、ダイゴは渋々聞き入れることにした。

「ちょっと顔を見せに行ったら、また戻ってくるからな・・」

 ダイゴは2人に言いかけると、マーロンに向かって駆け出していった。

 

「分かった・・いろいろとありがとうね、ジョージさん・・・」

 ミソラは感謝の言葉を告げると、電話の受話器を置いた。彼女は病院にいるジョージから、ダイゴやマリのことを聞かされた。

 電話を切って程なくして、ダイゴがマーロンに駆け込んできた。

「ダイゴくん・・今まで何をしていたの!?マリちゃんやミライ、ずっと心配してたんだよ・・・!」

「すまねぇ・・詳しくは話せないが、ここしばらく自分を見失ってたみてぇだ・・・」

 叱りつけてくるミソラに、ダイゴが思いつめた面持ちで言いかける。彼の心境を薄々感じて、ミソラも深刻な面持ちを浮かべる。

「今、マリとミライ、おっちゃんに会ってきた・・オレのせいで、マリがあんなことに・・・」

「・・本当に詳しいことは知らないけど、少なくてもあなたのせいじゃないわよ・・」

 自分を責めるダイゴに、ミソラが弁解を入れる。

「あなたは心から許せないものには、なりふり構わずに飛びかかってた・・でもそれ以外に危害を加えることはなかったじゃない・・・」

「そうだったんだけどな・・ずい分と情けないことになっちまった・・・」

 切実に言いかけるミソラに、ダイゴが苦笑を浮かべる。

「また病院に行ってくる・・今度こそ、マリに声をかけてやらねぇと・・・」

 ダイゴはミソラに言いかけると、再び病院に向かっていった。ダイゴの心配を拭えず、ミソラは沈痛さを隠せなくなっていた。

 

 しばらく帰っていなかった寮の自分の部屋に戻ってきたアオイ。彼女は部屋にある引き出しから1冊のアルバムを取り出していた。

 アルバムには家族や親友たちと一緒に撮った写真が収められていた。その中の1枚、家族全員が写っている写真を見つめていた。正確にはその中にいる兄、タケシを。

「兄さん・・どうしてあんなに変わってしまったの?・・かつての兄さんは、厳しかったけど優しくもあった・・それなのに・・・」

 人間への憎悪を宿すタケシに、アオイが沈痛の面持ちを浮かべる。

「そこまで兄さんを変えてしまった何かがあるというの?・・ガルヴォルス・・ううん、人間そのものに・・・」

 兄への思いと復讐の双方にさいなまれて、アオイは苦悩する。そんな彼女の脳裏に、ダイゴの姿が浮かぶ。

「ダイゴくん・・・あなたのことを救いたいと、心から願ってる・・・」

 ガルヴォルスとしての暴走の淵に立たされているダイゴに、アオイは一途な感情を抱いていた。

「このまま兄さんと関わりを持たせてしまったら、ダイゴくんは今度こそ人に戻れなくなる・・そうなる前に・・・」

 意を決したアオイは、見つめていたアルバムを閉じて、机の上に置いた。

(自分の気持ち次第で、あなたは人にも悪魔にもなれる・・・ダイゴくん、自分を見失わないで・・・)

 ダイゴへの信頼を胸に秘めて、アオイは歩き出す。呪われた復讐の因果を断ち切るため、彼女は兄の元へ向かった。

 

 改めてマリのいる病院に向かうダイゴ。その途中の交差点で赤信号に捕まり、彼は足止めを食っていた。

「ちっくしょう・・こんな形で足止めなんてなぁ・・・」

 なかなか信号が青に変わらないことに文句を呟くダイゴ。

 そのとき、自分の前を通っていく車の中に、アオイの乗った車がいたことに気づく。

「アイツ・・・!?

 毒づくダイゴがアオイの車を追うべく駆け出した。だが人の足では到底車に追いつけるはずもなかった。

「アオイ、アイツに会いに行くつもりなのか・・・!?

 ダイゴはひとつの焦りを感じていた。アオイがタケシに会いに行くものと、ダイゴは直感していた。

(いい加減にしっかりしなきゃな・・アイツらからこれ以上心配されるのは、いい気分じゃねぇからな・・・)

 自分に言い聞かせてから、ダイゴは再び走り出した。自分自身へのけじめをつけようと、彼は必死になっていた。

 

 人気のない林の中の広場にて、アオイは車を止めた。この小さな広場のそばには、古びた廃屋が立っていた。

 車から降りたアオイは、その廃屋に向かって歩いていく。その中ではタケシが立っていた。

「とうとう自分から、私の前に現れたのか、アオイ・・」

 振り返るタケシに、アオイが鋭い視線を投げかける。

「私を説得する・・ガルヴォルスである私を始末する・・いずれにしても、お前にそれを実行することはできない・・」

「それを決めるのはあなたではない・・私です、兄さん・・・」

 淡々と言いかけるタケシに、アオイが手にした銃の銃口を向ける。

(ダイゴくん、あなたはずっと悩み続けていたのね・・でもそれは本当は、誰もがぶつかることになる壁なのかもしれないわね・・)

 ダイゴへの思いを胸に宿すアオイ。

(あなただけに抱え込ませない・・・私も、迷いを捨てる・・・!)

「兄さん、いえ、大野タケシ、人々を脅かすガルヴォルスであるあなたを、ここで断罪します!」

 改めて意を決したアオイが、タケシに鋭く言い放つ。しかしタケシは慄然さを崩さない。

「あくまで私の行く手を阻もうというのか・・ならばお前も、私たちの親と同じだ・・・!」

 同じく鋭く言いかけるタケシの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼の姿がドラゴンガルヴォルスに変貌する。

「私はお前を妹とは思わない・・敵として、ここでお前を打ち倒す!」

 いきり立ったタケシが飛びかかり、アオイが発砲する。だが銃の弾丸はタケシに決定打を与えることができない。

 タケシに首をつかまれたアオイが、押し付けられて廃屋の壁に叩きつけられる。痛みと息苦しさを覚えて、彼女が顔を歪める。

「ガルヴォルスは人間の進化。ガルヴォルスが人間を上回っていることは、お前も分かっていたはずだ・・」

「それでも、私はあなたを止めなくちゃいけないと思った・・人の心を失ってほしくなかった・・ダイゴくんにも、あなたにも・・・!」

 低く告げるタケシに、アオイが自分の心境を打ち明ける。するとタケシがアオイを床に叩きつける。

「ぐっ!」

 追い討ちをかけられてアオイがうめく。激痛にさいなまれて、彼女は起き上がれなくなる。

「これがお前の、人間の限界だ・・この程度のことで、体の自由が利かなくなる・・」

 タケシは言いかけると、剣を具現化させて、切っ先をアオイに向ける。

「今度こそ終わりだ。ここでお前を葬った後、私は愚かな人間たちの淘汰を本格的に開始する・・」

「そうはさせない・・あなたの考えで、心優しい人が傷つくのを、黙って見ているわけにはいかない・・・!」

 タケシの言葉を跳ね除けて、アオイが力を振り絞って立ち上がろうとする。

「なぜ諦めない?これだけ決定的な力の差を見せられたというのに・・」

「私には守りたいものがある・・家族を殺したガルヴォルスへの復讐に取り付かれていたはずの私にも、そういうものができたということよ・・・」

 疑問を投げかけるタケシに、アオイが切実に心境を語っていく。

「ダイゴくんを守りたい・・救ってあげたい・・・それが、今の私の中にある、正直な気持ち・・・」

「守りたい?愚か者を守ったところで、何も救われたりはしない・・」

「いいえ・・人間全員が、愚かだなんてことはない・・ダイゴくんだって、真っ直ぐに自分に正直な、1人の人間なのよ・・・」

 嘲ってくるタケシに、アオイがダイゴへの思いを口にする。

「あなたにもあったはずよ・・大切な人を守りたいという、純粋な心が・・・」

 アオイが語りかけるところへ、タケシが彼女の喉元に剣の切っ先を突きつける。

「純粋な心があるからこそ、私は愚かな人間たちを野放しにすることができないのだ・・」

「待て!」

 低く告げるタケシに向けて、呼び声が飛び込む。アオイを追いかけてきたダイゴが姿を現した。

「ダイゴ、くん・・あなた・・・!?

「お前か・・このままガルヴォルスの本能に従うのではなかったのか・・?」

 声を荒げるアオイと、鋭い視線を向けるタケシ。2人を見つめるダイゴは、真剣な面持ちで立ちはだかっていた。

 

 

次回

第11話「From Dusk Till Dawn

 

「オレはずっとビビッてた・・見境を失くす自分に・・・」

「けど、そんな情けねぇオレとはもうおさらばだ・・・!」

「私の敵として立ちはだかるなら、お前もこの手で葬る!」

「オレは戦ってやる・・誰だろうと何だろうと、オレたちを脅かすヤツを叩きのめす!」

 

 

作品集

 

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