ガルヴォルスZERO 第1話「悪魔の胎動」

 

 

 夜の森の中を駆け抜ける1人の少女。彼女はひたすら前を向いて走り続けていた。

 走るしかない。彼女の脳裏にはそれ以外になかった。

 やがて少女は森を抜けて、荒野に行き着いていた。その先の崖で彼女は足を止める。

 逃げ道を失った少女が、恐怖を引きずったまま後ろを振り返る。その先には、悪魔のような影が広がっていた。

 少女の前に現れたのは1体の怪物だった。悪魔のような翼を広げたその怪物が、少女を鋭く見据えていた。

 怪物が少女に牙を見せて襲い掛かってきた。少女の恐怖が一気に高まっていく。

 その少女が悲鳴を上げる。その瞬間、彼女の体からまばゆい光が放出された。

 その閃光に眼をくらまされる怪物。だが少女を手にかけようと、怪物が強引に手を伸ばす。

 そのとき、少女の立っていた地面が、閃光の影響で崩れだした。崖下に落下した少女と怪物は、流れの速い川の中に落ちていった。

 前日の大雨で流れが速くなっていた川で、少女は苦しんでいた。怪物も川の流れに逆らえず、もがいていた。

 川から這い出ることができず、少女は意識を失った。

 

 街中での一角で演説を行っていた政治家。だがその政治家に抗議の声をあげ、駆けつけたそのボディーガードや警官たちに暴力を振るった青年がいた。

 その政治家は公の批判をよく行う人物だった。文句ばかり言って何も行動を見せないその人を身勝手だと言い放つ、青年が乱入してきたのである。

 青年の名は佐々木(ささき)ダイゴ。非常に感情的な性格で、理不尽、不条理、身勝手、自己中心的など、自分にとって許せない人物にはつかみかかったりと、反抗的な態度を見せる。

 だがその性格と態度が、ダイゴの人生の仇となっていた。すぐに突っかかる彼の行動を暴力的と見て、周囲は彼を敬遠し、やがては迫害していった。ダイゴ自身は「間違っていることを正しいことにして疑わないのが許せない」として考えを一貫してきたが、それさえも彼を追い込み、今回のような警察沙汰の騒動を何度も起こしてきた。

 政治家に対する行為によって、ダイゴは逮捕された。だが彼の尋問する人物はお決まりとなっていた。

 小林(こばやし)ジョージ。数々の事件を果敢に挑んできた警部である。

 ジョージはダイゴの父親の友人で、ダイゴが騒動を起こすことに、いてもたってもいられなかったのだ。その度にダイゴの行った事件に、ジョージは呆れ果ててきた。

「ったく。お前さんの問題児ぶりには頭が上がらなくなるぞ・・」

「そんなこと言ったって、アイツが悪いんじゃねぇかよ、おっちゃん・・」

 ため息混じりに言いかけるジョージに、ダイゴが憮然さを見せる。

「他の連中に文句ばっかで、そんな自分も全然行動を起こさねぇじゃねぇかよ。自分は間違ってねぇって言わんばかりに天狗になりやがって・・!」

「ハァ・・・お前さんの気持ちはよーく分かる。オレも正直、あの政治家は気に入らないと思ってる。けどな、だからって暴力を振るうのはよくないぞ。」

「だったら話し合いをすれば全部丸く収まるのか?アイツらはそう解決するどころか、こっちの話なんてまるで聞きゃしねぇじゃねぇかよ・・」

 ジョージの説得を聞き入れず、ダイゴはさらに感情をあらわにする。

「おっちゃんの気持ちは分かるけど・・生憎、間違っていることを正しいものとして受け入れてやるほど、オレはお人よしじゃねぇ・・」

「あのなぁ・・お前さんも高校を出て、そろそろ成人になるんだから。耐えることも学ばないとこれから先やっていけないぞ・・」

「だから耐えて解決するのか?身勝手を振舞って、それを自重しないヤツだっているんだ・・耐えることが解決策というわけじゃねぇ・・」

 あくまで自分の意思を貫こうとするダイゴに、ジョージはため息をつくばかりだった。

「いい加減社会というものを学べ。オレに考えがある。」

「ん?」

 ジョージが切り出した言葉に、ダイゴが眉をひそめた。

 

 街中の通りの一角にあるレストラン「マーロン」。ケーキなどのデザートの種類が豊富なこのレストランは、老若男女様々な客が訪れていた。

 そのマーロンで店長代理を務めているのは、若き女性だった。

 佐藤(さとう)ミソラ。本来のマーロンの店長は彼女の親戚なのだが、妊娠で入院しているため、ミソラが店長代理を任されたのである。

 そのマーロンを、ダイゴはジョージに連れられてやってきた。

「いらっしゃいま・・・ダ、ダイゴくん!?

 挨拶をしようとしたところで、ミソラが声を荒げる。

「なっ!?何でアイツがここに!?・・・ど、どういうことだよ、おっちゃん!?

 ダイゴもミソラを見て驚きの声を上げる。2人の様子にジョージはきょとんとしている。

「何だ?・・2人は知り合いだったのか?」

「知り合いも何も・・ダイゴは私の後輩。中学、高校と一緒だったのよ・・」

 ジョージが訊ねると、ミソラが呆れながら答える。

「いろいろとうるさいヤツだった・・オレはいじめてるヤツを追い払っただけなのに、オレばっか注意してきやがって・・」

「どんな理由があったって、暴力を振るっていい理由はないのよ。」

 憮然とした態度を見せるダイゴに、ミソラが毅然とした態度を返す。

「私が卒業してからも、その態度は変わってないみたいね・・」

「そういうアンタも・・その顔を見てると、いつもいつも注意されてきたのを思い出してイヤになってくる・・・」

 昔を思い返して肩を落とすミソラとダイゴ。ミソラは気持ちを落ち着けてから、ジョージに目を向ける。

「それでジョージさん、何の用なの?・・まさか、ダイゴくんを・・・!?

「そのまさか。コイツを働かせて、少しまともにしてやってくれ・・」

 不安を浮かべるミソラに、ジョージが淡々と呼びかける。

「冗談言わないで、ジョージさん!ただでさえやっとの思いで営んでるのに、ダイゴくんなんて入れたら、何が起こるか分かんないじゃない!」

「ちょっと待て!それは聞き捨てならねぇな!オレじゃ足手まといになるっていうのか!?

「それはもうもちのろんよ!後輩たちから聞く限りでも、料理や集団行動がまるでダメだったらしいじゃない!そんなアンタを入れたら、店が潰れちゃうわよ!」

「ふざけんな!オレだって十分やれるんだ!けどアンタの下で働く気は毛頭・・!」

 ミソラに反発するダイゴ。その声を聞いて、店員たちが姿を見せてきた。

 その中にいた1人の少女に、ダイゴは眼を留めた。首元辺りまである茶色がかった髪と、清楚な雰囲気が特徴的な少女である。

「あの、ミソラさん・・何か、あったのですか・・・?」

「か、かわいい・・・こんなにドキッとしたの、初めてかも・・・」

 ミソラに声をかけるその少女に、ダイゴは魅入られていた。

「実は、色々あってね・・平たく言うと、ジョージさんが厄介者を連れてきちゃったのよ・・・」

「厄介者・・・?」

 肩を落とすミソラの言葉に、少女はきょとんとなる。視線を向けてきた彼女と、ダイゴの目が合う。

「もしかして、新しくマーロンで働く方ですか・・・?」

「いや、オレはそんなんじゃ・・・!」

 少女に訊ねられて、ダイゴが動揺をあらわにする。

「私、清水(しみず)マリといいます。よろしくお願いします・・」

「い、いやだから、オレはやるなんて・・・!」

 自己紹介する少女、マリに弁解を入れようとするダイゴ。だがマリは聞いておらず、笑顔を見せるばかりだった。

「これじゃもう、やるしかないな、ダイゴ・・・」

 肩をすくめてジョージが言いかける。厄介だと痛感して、ダイゴとミソラは頭に手を当てていた。

 

 ミソラはダイゴの性格を理解していた。無愛想で眼つきが鋭く、すぐに感情を表に出してくる。そんな彼に、接客など到底無理だとミソラは思っていた。

 その結果、ダイゴは皿洗いを任されることとなった。

「ったく、何でオレがこんなことを・・・!」

 不満たらたらの様子で仕事をこなすダイゴ。だが込み上げてくる苛立ちは調子を狂わせていく。

 彼は手から皿をこぼし、落として割ってしまう。

「なっ・・・!?

 割れた皿の音が響き、周囲の動きが一瞬止まる。直後、マリがダイゴに駆け寄ってきた。

「大丈夫ですか、ダイゴさん!?ケガはありませんか!?

「い、いや・・ケガはねぇけど・・お皿が・・・」

 心配の声を上げるマリに、ダイゴが頬を赤らめて困惑する。

「私が片付けます!ですからダイゴさんは・・!」

「いや、オレがやる・・自分がまいた種ぐらい、自分で何とかしないと・・」

 割れた皿を片付けようとするマリだが、ダイゴは憮然とした態度のまま、後片付けをする。

「何だか、感じが悪いよ・・」

「小林さんは何であんなのを・・・?」

 不安を覚えて小声で話し合うバイトの面々。その小言を耳にしながらも、ダイゴはあえて無視して作業を進めた。

 

 この日の仕事が終わり、ダイゴは店の裏口に来ていた。腑に落ちない心境に駆られていたダイゴは、壁にもたれてため息をついた。

「何でジョージさんは、ここにあなたを連れてきたのかしらね・・」

 そこへやってきたのはミソラだった。ミソラもダイゴがやってきたことに納得していないようだった。

「みんな不安になってるわよ・・ちょっとでも悪いことしたら、すぐに突っかかられるって・・」

「・・確かに気に入らねぇことがあれば、すぐに突っかかるオレだ・・けどそれは、確実に相手が間違ってるって思ったときだけだ・・」

 不安を込めて言いかけるミソラに、ダイゴは憮然さを込めて答える。

「どいつもこいつも、みんな自分が正しいと思ってやがる・・言うこと聞かねぇヤツは、権力使って従わせたり排除したりする・・そんなヤツを褒めたところで何の得にもなんねぇよ・・」

「でもね、そうやって嫌なものを嫌ってばかりいないで、分かり合おうとする気持ちを持ったほうがいいって。大人になるということは、そうやって話し合って分かり合っていくことの積み重ねなんだから・・」

「それってイヤなヤツに嫌々従えってことか?ゴメンだね。そういうのは保守的な馴れ合いだ。そんな馴れ合いをしてやるほど、オレはお人よしじゃねぇよ・・」

 ミソラの言葉を聞いても、ダイゴは自分の考えを貫こうとしていた。気に食わない相手の機嫌を悪くしないようにおだてながら仲を保とうとするくらいなら、独りよがりになっても相応の態度を見せていく。それが彼の考えだった。

「ホントは、もっと心から仲良くできればいいとは思ってるが・・・」

「ダイゴくん・・・」

 歯がゆさを込めて言いかけるダイゴに、ミソラはかける言葉をなくして困惑を浮かべる。

「今日の仕事は終わりだろ?だったらもうここにいる必要はねぇな・・・」

 ダイゴはミソラに言いかけると、裏口から店を出て行った。

 そこへ通りがかったマリ。去っていくダイゴの後ろ姿を目にして、マリは沈痛の面持ちを浮かべた。

 

 店を出たダイゴは、野宿できる場所を探していた。家を飛び出した彼には、落ち着いて寝れる場所がなかった。

(どいつもこいつも勝手なんだから・・気分が悪くなる・・)

 苛立ちを膨らませながら、ダイゴは歩いていく。しばらく進んだところで、彼は公園を発見する。

「ここしかねぇってことか・・・」

 肩を落としつつも、ここをこの日の寝床にしようとしたダイゴ。

「キャアッ!」

 そのとき、ダイゴは近くで女性の悲鳴を耳にする。また誰かがふざけたことをしていると思ったダイゴは、すぐに声のしたほうに駆け出していく。

 駆けつけたのは人気のない小さな通り。そこでダイゴは信じられない光景を目の当たりにする。

 彼が見たのは漫画などで出てくるような怪物。蛇に似た姿の怪物が、スーツ姿の女性に迫ってきていた。

 怪物が口から灰色の液を吐き出す。その液を浴びた女性が一瞬にして灰色になり、動かなくなってしまう。

「な・・何なんだよ、こりゃ・・・!?

 非現実的な出来事に、ダイゴは驚愕する。

 女性は怪物の吐き出した液体の効果で石化していた。怪物がダイゴの姿に気付いて、ゆっくりと振り向いてきた。

「見たか・・見てしまったなら仕方がない・・お前も石にして、その後粉々にしてやるぞ・・・」

 不気味な笑みを浮かべて迫ってくる怪物、スネイクガルヴォルス。危機感を覚えたダイゴがとっさに逃げ出していく。

 だが人間の身体能力を超えているスネイクガルヴォルスは、程なくしてダイゴの前に回りこんでしまう。

「な、何てはえぇんだ・・・!」

「ただの人間が、オレから逃げられると思ってるのか?」

 息を呑むダイゴに、スネイクガルヴォルスが哄笑をもらす。逃げてもすぐに回り込まれてしまうと思ったダイゴは、近くに落ちていた木の枝を拾ってスネイクガルヴォルスに飛びかかる。

 だが振り下ろした枝は命中した途端に折れてしまい、直撃されたはずのスネイクガルヴォルスは平然としている。

「なっ!?

「抵抗も無意味だ・・あまり無駄な抵抗をすると、石にする前に切り刻んでしまうぞ・・・」

 声を荒げるダイゴに向けて、スネイクガルヴォルスが右手を振りかざす。その爪で、ダイゴは右肩に傷を付けられ、血をあふれさせる。

「ぐあっ!があぁっ!」

 激痛を覚えて、ダイゴが右肩を押さえてその場にうずくまる。

「やはり人間は脆いものだな・・この程度のことでダメになってしまう・・」

 激痛で動けなくなっているダイゴを見下ろして、スネイクガルヴォルスがため息をつく。

「く・・くそっ・・オレは、こんなことでダメになるのかよ・・・!」

 声を振り絞るダイゴが、追い詰められる自分に怒りを覚える。

「こんなふざけたことで、オレの命は終わるっていうのかよ・・・そんなふざけたことがあってたまるか・・・!」

 その怒りを膨らませるダイゴの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。その変化にスネイクガルヴォルスが緊迫を覚える。

「まさか、お前も・・・!?

「オレはまだ死ぬわけにいかねぇんだよ!」

 叫ぶダイゴの姿に変化が起こった。頭と両肘から計4本の角が生えており、背中には悪魔のような翼が広がっていた。

「お前もオレと同じだったのか・・こんなところで出くわすとは・・・!」

「オレはおめぇのようなヤツに殺されるわけにはいかねぇ・・・」

 息を呑むスネイクガルヴォルスに向けて、ダイゴが鋭く言いかける。

「おめぇに殺されるくらいなら・・オレがおめぇをぶち殺してやる!」

 眼を見開いたダイゴがスネイクガルヴォルスに飛びかかる。その速さは格段に飛躍しており、一気にスネイクガルヴォルスの懐に飛び込んできた。

 ダイゴが繰り出した拳がスネイクガルヴォルスの体に叩き込まれる。反応も間に合わず、スネイクガルヴォルスが吐血する。

「ぐおっ!・・まさか、ここまでの力を持っているとは・・・!」

 ダメージが大きくなり、後ずさりするスネイクガルヴォルス。危機感を覚えたスネイクガルヴォルスが、ダイゴに向けて口から石化の液を吐き出す。

 ダイゴは後退して液をかわすが、その隙にスネイクガルヴォルスは姿をくらましてしまった。

「逃げた・・・助かったのか・・・」

 危機的状況を切り抜けて安堵を覚えるダイゴ。だが自分の両手が人のものでなくなっているのを目にして、再び緊迫を覚える。

「な・・何だよ、こりゃ・・・ウソ、だろ・・・!?

 眼を疑うダイゴが、近くに停まっていた車の窓に反射した自分の姿を目撃する。

「お、おい・・コレが・・ホントにオレなのか・・こんなバケモンになっちまったのかよ・・・!?

 変わり果てた自分の姿に愕然となるダイゴ。錯乱に陥った彼が、獣のような絶叫を上げた。

 

 

次回

第2話「獣の宿命」

 

「オレはもう・・人間じゃねぇってのかよ・・・」

「私はガルヴォルスを倒すために戦っているの・・」

「どんなときでも真っ直ぐなんですね・・・」

「オレはオレの思うようにやる・・たとえオレが何になろうとな!」

 

 

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