ガルヴォルスSpirits 第5話

 

 

 かりんの診察に付き合っていたガクト、寧々、早苗。その診察の待ち時間で、寧々は思い切ってガクトに訊ねた。

「ガクト・・ちょっと、聞いてもいい?・・・あの久恵って女の子、あの子って・・・」

 寧々のこの問いかけにガクトが眼つきを鋭くする。その反応に寧々が一瞬臆する。

「べ、別に言いたくないことだったら、ムリに言わなくてもいいよ・・あたしにだって、言いたくないことがあったからね・・・」

 物悲しい笑みを浮かべて弁解を入れる寧々。だがガクトは嫌悪することなく、彼女に語り出した。

「久恵は・・オレの妹なんだ・・・」

「妹・・・」

「オレはガルヴォルスの事件で親と妹を失った。そのときにオレはガルヴォルスになったんだ。」

 ガクトの口から語られる過去に、寧々は深刻さを募らせた。

「それは先輩から話を聞いています。この事件は、悪質な人の殺人が引き金となっています。その引き金でガルヴォルスの力を暴走させたのが、かりんさんなのです・・・」

「かりんさんが!?そんな・・・!?

 早苗が付け加えた説明に、寧々が驚きの声を上げる。

「信じられないけど、本当の話よ。現にガクトくんはかりんさんを憎悪、嫌悪して攻撃を仕掛けた。結果的に和解して、今に至っているけど・・」

「確かにかりんは久恵を殺した・・だがオレが憎んでいたのは、アイツの中の死神であって、アイツ自身じゃない。そう思ったんだ・・・」

 ガクトは深刻な面持ちを浮かべて話を続ける。彼の過去を知って、寧々が物悲しい笑みを浮かべる。

「すごいね、ガクトは・・ホントにすごいって思うよ・・」

「謙そんはやめろ。おだてても何もでないぞ。」

「そんなんじゃないって。ホントなら、家族とか友達を殺されたら、そいつを絶対に許せなくなる。それを受け入れるって、普通だったらできないことだよ・・・」

 心の底からガクトの心の強さを褒める寧々。ガクトはおもむろに微笑みかけて、

「そうか・・・そういうものなのか・・・」

 彼が口にした言葉に、寧々が満面の笑顔を見せた。

「だからみんなとの絆を大事にしないとね。ガクトはいろいろと突っ張るところがあるからね。」

「余計なことは言わなくていいんだよ。」

 寧々が褒めると、ガクトは憮然とした態度を見せる。しばらく話をしていると、診察を終えたかりんが診察室から出てきた。

「かりんさん、大丈夫・・・?」

「寧々ちゃん、私は大丈夫よ。先生からは安静にしているようにって。」

 心配の声をかける寧々に、かりんが微笑んで答える。

「ゴメンね、寧々ちゃん、ガクト。心配かけちゃったみたいで。」

 かりんがガクトたちに言いかける。そこへ早苗が真剣な面持ちで声をかける。

「みなさん、私はひとまず戻りますが、くれぐれも早まった行動は慎んでください。特にガクトさん、あなたは・・」

「悪いが、オレにはどうしてもやらなくちゃなんないことがあるんだ・・・」

 早苗の言葉をさえぎって、ガクトが言いかける。彼の言葉にかりんも不安を覚える。

「もしかして、たくみさんと戦おうっていうんじゃ・・・!?

「そんなのダメだって!そんなことをして、あたしやかりんさんが喜ぶとでも思ってるんじゃないよね・・・!?

 かりんと寧々が不安を口にするが、ガクトの心は変わらない。

「アイツが久恵を殺した・・どういうことか分かんねぇが、戻ってきた久恵を、アイツは・・・!」

 たくみに対する怒りと憎悪をあらわにするガクト。そんな彼の前に寧々が立ち塞がる。

「ダメ!絶対にダメ!こんなことで命がけの戦いするなんて、あたし絶対に認めないから!」

「どいてくれ、寧々。オレはどうしても、アイツを許せそうにねぇんだよ・・・」

 寧々の制止を振り切ろうとするガクト。そこへ早苗がさらにガクトの行く手を阻む。

「悲しみや不幸しか生まない争いは、絶対に認めるわけにはいかないわ。警察としても、私個人としても・・」

 早苗にまで止められるガクト。かりんも沈痛の面持ちを浮かべており、ガクトはこの場は踏みとどまらざるを得なかった。

 

 同じ頃、たくみと和海は一路、自宅のマンションに戻ろうとしていた。紅葉も2人の話を聞きたいと思い、ついてきていた。

「たくみさん、和海さん、あのとき、あそこでいったい何があったの?・・・あれは、とても尋常とは思えないことだったよ・・・」

 紅葉が深刻な面持ちでたくみと和海に訊ねる。たくみは考えあぐねてから、紅葉に胸のうちを打ち明けた。

「ジュンはオレの幼馴染みで、オレたちを助けてくれた仲間なんだ・・」

「あのとき、まだガルヴォルスじゃなかった私は、たくみがガルヴォルスであることを知って、どうしていいか分からなくなった。すれ違いをしていた私とたくみの仲を取り持って、命がけで私たちを守ってくれたの・・・」

 たくみに続けて和海も語りかける。2人の過去と心境を知って、紅葉は動揺を浮かべていた。

「幼馴染みかぁ・・そういうの、実はあたし、憧れちゃったりするんだよね・・」

「紅葉ちゃん・・・」

「親友と姉妹の違いはあるけど、そういう絆は大切に思えるよね。あたしも寧々に励まされたりすると、すごく嬉しかったりするから・・あたしが寧々を励ますことが多いんだけどね。」

 寧々との絆を告げる紅葉に、たくみと和海が戸惑いを見せる。

「寧々、学校の勉強の成績がなかなか上がらなくて、いつも怒られてた。それでいつも家の物置の隅っこで泣きべそかいてて。そんなあの子を、あたしはいつも励ましてて。ほっとけなかったっていうのが本音なんだけどね・・でも逆に、寧々があたしを励ましてきてくれたことがあったんだ・・」

 紅葉もたくみと和海に自分の過去を打ち明けた。

 ある日、普段はケンカをしない父親とケンカをして、紅葉は家を飛び出したことがあった。そんな彼女を最初に発見したのが寧々だった。

 寧々はいつも励まされてきたように、紅葉を励まして手を差し伸べた。紅葉は自分の心境を包み隠さず、その手を取った。

 これが寧々と紅葉の絆を、従来の姉妹以上に深めるきっかけとなった。

「なるほど・・・だったらその絆、絶対に壊したりしないことだな。」

「そうだね・・みんなが仲良くなれればいいなって思うようになってきたよ。あたしたちだけじゃなくて、みんなとも・・たくみさんたちが願ってるように、人間とガルヴォルスとも・・」

 紅葉のこの言葉に、たくみと和海が一瞬戸惑いを浮かべる。人間とガルヴォルスの共存。その願いを受け継いでいる2人には、その願いを壊してはならない責任が伴っていた。

「共存か・・・オレたちは、お前の願いを今も進んでいるんだろうか・・飛鳥・・・」

 たくみは呟くように、飛鳥に対して気持ちを確かめていた。だが彼の脳裏に、再びジュンの姿がよぎってきた。

 自分の視線の先で想いに馳せながらも、ガクトの手にかかったジュン。それがたくみに、ガクトへの怒りを植えつけていた。

 たくみが右手を強く握り締めると、和海がその右手に自分の手を添える。

「和海・・・」

「ガクトさんと戦うのはいけないよ。そんなことしたって、ジュンさんも喜ばないよ・・・」

 戸惑いを見せるたくみに、和海が沈痛の面持ちで言いかけてくる。

「けど、アイツがあんなことになるなんて、どうしても許せそうにないんだよ・・この気持ち、自分でも止められそうにない・・・」

「たくみ・・・」

 たくみの答えに和海が深刻さを募らせる。彼女はこれ以上、彼に言葉をかけることができなかった。

 これ以上踏み込めば、たくみと戦わなくてはならなくなってしまう。和海はそれが我慢ならなかった。

 

 それぞれの思いが交錯する中、一夜が過ぎた。悟は事件の真相を追求するため、サクラとともに早朝から捜索を開始していた。

 事件解決を急がなければ、たくみとガクトが衝突しかねない。2人は彼らのため、細大漏らさぬ情報収集に努めた。

「焦ってもよくないって分かってるんだけど・・」

「状況が状況だから、素直に受け止められないというのも正直なところだ。」

 サクラが声をかけると、悟も深刻さを浮かべて答える。

「今回は死人が生き返っている。これには何かからくりがあるはずだ。死んだ人が生き返るなんて、本来ならありえないことだから。」

「それもガルヴォルスの仕業じゃないのかな?ガルヴォルスならできないこともないと思うんだけど・・」

 サクラの言葉に悟は頷いた。

「・・おねえちゃん、かんがさえてるね・・」

 そこへ1人の少女が声をかけてきた。振り返った先の少女の異様な気配に、悟は息を呑んだ。

「誰なんだ君は・・こんなところで何をしているんだ・・・!?

 白髪の少女に訊ねる悟の声は震えていた。少女は無表情のまま、その声に答える。

「・・わたしはレイ・・おにいちゃん、おねえちゃん、わたしのじゃまをしないで・・」

 少女、春日(かすが)レイが悟とサクラに言いかける。その直後、1人の青年がレイの前に降り立ち、悟たちに眼を向けてきた。

「君は・・・!?

 その青年に対しても、悟は戦慄を覚える。

「オレはお前たちの行動を許さない・・・」

 言いかける青年の頬に紋様が走る。

「人間に味方するガルヴォルスは、人間からもガルヴォルスからも疎まれる・・オレが眼を覚まさせてやる・・・!」

 鋭い視線を向ける青年の姿が、竜を彷彿とさせるドラゴンガルヴォルスへと変化する。

「ガクト・・・!?

「いや、同じ龍のガルヴォルスだけど、ガクトじゃない・・・!」

 驚きの声を上げるサクラに、悟が青年に眼を向けたまま言いかける。

「お前も変身したらどうだ?お前がガルヴォルスであることは分かっているんだ。」

 青年が悟に向けて冷淡に告げる。

「お前は何者なんだ・・なぜこんなことを・・・!?

「オレは飛鳥。飛鳥総一郎・・」

「飛鳥・・・!?

 名乗る青年、飛鳥に悟が驚愕する。たくみに人間とガルヴォルスの共存という願いを託した人物が、悟の前に立ちはだかっていた。

「バカな!?・・なぜ君が、たくみの仲間であるお前が・・!?

「オレは人間に絶望している・・だから、オレは全てを消し去る・・人間も、人間に味方するガルヴォルスも・・・!」

 問い詰める悟に答えて、飛鳥は剣を具現化させる。そのえん曲の剣を手にして、飛鳥は悟に向かって駆け出す。

「悟!」

「サクラ、離れているんだ!」

 呼びかけるサクラを突き放して、悟がカオスガルヴォルスに変身する。飛鳥が振り下ろしてきた剣を、悟は飛び上がって回避する。

 飛鳥は背中から翼を広げて、悟を追撃する。

「力以上に速さがある・・・なら!」

 悟は意識を集中して、別形態に変化する。速さを重視した「アクセルカオス」に。

 悟は向上した速さを駆使して、飛鳥の攻撃を回避していく。さらに飛鳥を翻弄し、悟は右手を剣に変えて振りかざす。

 この一閃は飛鳥の右腕に直撃した。だが飛鳥の体は、悟の攻撃にビクともしなかった。

「くっ!・・やはり力が劣るこの形態では、決定打を与えられないか・・・!」

 攻撃が通用しないことに悟が毒づく。アクセルカオスは速さが急激に向上するが、パワーが反比例して減退するリスクが発生する。

 飛鳥が剣を振りかざして、悟を跳ね除ける。上空に跳ね上げられた悟に向かって、飛鳥が追撃に向かう。

 悟は身を翻して、飛鳥が突き出してきた剣をかわす。だが、悟の左頬に傷が付けられる。

「ぐっ!」

「悟!」

 毒づく悟。たまらず叫ぶサクラ。飛鳥との距離を取って、悟が焦りを募らせる。

(もしかして彼は、速さもオレに追いついてきているというのでは・・・!?

 飛鳥の戦闘力の上昇に脅威を覚える悟。飛鳥は徐々に悟を追い詰めつつあった。

(こうなれば、一気に懐に飛び込んで、形態を変えて力押しするしかない!)

 思い立った悟が飛鳥を鋭く見据える。飛鳥に向けて一気に駆け抜け、その懐に飛び込む。

 そして形態を元に戻し、攻撃力を取り戻す悟。この攻撃が決まれば、少なくとも弱まらせることができるはずだった。

 そのとき、悟に向けて青い粉の霧が飛び込んできた。悟はその霧に怯み、体勢を崩して攻撃を外してしまう。

「悟!」

 悲痛の叫びを上げるサクラの見つめる先で、悟が地上に落下する。何とかうまく着地してみせたものの、彼はすぐにふらついてひざを付く。

「悟!・・どうしたの、悟!?

「くっ・・体が痺れる・・何者かが・・・これは、蝶の鱗分か・・・!」

 駆け込んできたサクラに、悟が声を振り絞って答える。

「悪いけど、あたしたちの邪魔をされちゃ困るんだけど。」

 そこへ1人の少女が声をかけてきた。その少女、華帆に悟とサクラが驚愕する。

「か、華帆ちゃん!?・・・どうして、華帆ちゃんが・・・!?

 サクラが問い詰めてくると、華帆は妖しく微笑んで答える。

「悪いけど、あたしはガクトとかりんがほしいの。だから、たとえ悟さんやサクラちゃんでも、邪魔者は容赦しないから・・・!」

 眼を見開いた華帆がバタフライガルヴォルスに変身する。そして羽を羽ばたかせて、悟とサクラに向けて鱗分を放つ。

「逃げるんだ、サクラ!」

 悟はサクラに呼びかけて、痺れのある体に鞭を入れて立ち上がる。彼は再びアクセルカオスになってサクラを抱え、全速力でこの場を離れた。

「逃がさない!」

「ううん・・おわなくていいよ・・・」

 追撃しようとした華帆を、レイが呼び止める。踏みとどまった華帆、剣を消失させた飛鳥に向けて、レイが微笑んで言いかける。

「・・あのふたり、りんぷんでしばらくうごけないよ・・それより、きにするのはあのふたりのほう・・」

「たくみ、そして竜崎ガクトということか・・・」

 レイの言葉に、飛鳥が眼つきを鋭くして答える。

「・・あのふたりをやっつければ、わたしたちのしあわせはまもられる・・」

 レイは微笑んで言いかける。たくみとガクトに憎悪を植え付け、衝突させようとしていたのは彼女だった。

 

 自宅のマンションで紅葉とともに一夜を過ごした和海。彼女は眼を覚まして、時計を手にとって時間を確かめる。

「9時・・ずい分長く眠っちゃったんだね・・・」

 自分たちが疲れていることを感じて、和海が肩の力を抜く。起き上がってベットから降りたとき、彼女は違和感を覚えた。

 ふとベットに眼を向けると、そこには未だに眠りについている紅葉の姿しかない。

「たくみ・・・まさか、たくみ・・・!?

 一抹の不安を覚えて、和海は部屋中を探す。しかしたくみの姿はどこにもなかった。

 その騒ぎに気付いて、紅葉がようやく眼を覚ました。

「どうしたの、和海さん?・・朝からそんな騒々しく・・・」

 紅葉が寝ぼけ眼をこすりながら、慌てている和海に声をかける。

「あっ、紅葉ちゃん!大変!たくみが、たくみがいないの・・!」

「なっ!?

 和海の言葉に紅葉が驚く。

「もしかして、ガクトさんのところに向かったんじゃ・・!?

 紅葉が口にした言葉に、和海の不安は最高潮に達する。

「いけない・・このままじゃ、たくみが・・・!」

 思い立った和海が慌てて部屋を飛び出そうとする。

「和海さん、たくみさんがどこにいるか分かってるんですか!?

 そこへ紅葉が呼びかけると、和海が玄関のドアを開けたところで立ち止まる。

「分からない・・だけどこのまま何もしないでいるわけにもいかないよ・・・!」

「落ち着いてって、和海さん!まずは心当たりのある場所から探してみようよ・・・!」

 紅葉に言いかけられて、和海は思いとどまる。冷静さを取り戻して、彼女は改めてたくみの行方を探ることにした。

 

 セブンティーンの奥の寝室で眠っていたガクト、かりん、寧々。その日の早朝、ガクトは周囲に気付かれないように起床して、そっと部屋を出た。

 ガクトはたくみとの戦いに向かおうとしていた。店を出ようとした彼は、背後からの視線に気付いて立ち止まる。

「やっぱりアンタには、オレの考えは筒抜けってことか・・」

 ガクトは振り返らずに、小さくため息をつく。彼の後ろにいたのは、いつもと変わらない美代子だった。

「全部というわけではないですよ。喜怒哀楽ぐらいです。」

「それだけでも大したもんだよ思うよ、オレは。」

 笑顔を崩さずに美代子に、ガクトが苦笑する。だが美代子はここでようやく笑みを消した。

「もしもかりんちゃんや寧々ちゃんが悲しむようなことになるなら、私はあなたのすることを快く思いません。もしも思いとどまれるなら、考え直してほしいというのが私の本心です。」

「・・ありがとう、美代子さん・・けど、これはオレでももう、自分でも止められないとこまで来てるんだ・・・」

 深刻さを込めて言いかける美代子だが、ガクトの心は変わらなかった。

「すまないって言っといてくれ・・かりんにも、寧々にも・・・」

「ガクトくん・・・」

 謝罪の言葉を託すガクトに、美代子が困惑する。ガクトは一途の思いを胸に秘めて、改めて店を出ようとする。

「待って、ガクト!」

 そのとき、寧々の声がかかり、ガクトは再び踏みとどまる。寧々は沈痛の面持ちを浮かべて、ガクトに言いかける。

「ガクト、たくみさんと戦うつもりなんでしょ!?ダメだって!そんなことしたって、誰も喜ばないよ!ううん、むしろ悲しむ!和海さんも、かりんさんも、お姉ちゃんだって!」

「・・悪いけど寧々、オレの邪魔はさせねぇ・・誰だろうと容赦しねぇぞ・・・!」

 必死に呼びかける寧々だが、ガクトはそれでも考えを改めない。店を出た彼を見かねて、寧々は店を飛び出す。

「行かせない!たとえ無理矢理にでも、アンタを引き止める!」

「・・どいてくれ・・オレの理性が残っているうちにどかねぇと、何を仕出かすか分かんねぇぞ・・・!」

 立ちはだかる寧々に、ガクトが鋭い視線を向けて言い放つ。それでも寧々はこの場を退こうとしない。

「それでもどかない!お姉ちゃんやみんなの悲しい顔は、もう見たくないんだよ・・・!」

 寧々の眼から次第に涙があふれ出してくる。これは姉の紅葉だけでなく、かりんや美代子、多くの大切な人たちへの気持ちの表れだった。

「お前の気持ちは分かる・・けど、オレもここで立ち止まるわけには・・いかねぇんだよ!」

 ガクトが感情とともに、ドラゴンガルヴォルスとしての姿をあらわにする。

「ガクトくん!?

 敵意を見せ付けるガクトに、美代子が不安を浮かべる。

「ガクト・・ガクトも本気だってことなんだね・・・それでもあたしも、ここをどくわけにはいかないんだよ!」

 寧々も負けじとドックガルヴォルスに変身する。それでも総合的にガクトに及ばないことを、彼女は重々承知していた。

(それでも、全力で当たっていけば、怯ませることぐらいは・・!)

 思い立った寧々が、持てる力の全てを振り絞って、ガクトに向かって駆け出す。

「もし姉ちゃんが眼の前で殺されたら、お前はどう思うんだ・・・!?

 そのとき、ガクトが低い声音で言いかける。物悲しさが込められたこの言葉に、寧々は一瞬困惑を覚える。

 そこへガクトが繰り出してきた拳が、寧々の腹部に叩き込まれた。痛烈な一撃を受けて、寧々がうめいてその場にひざを付く。

「寧々ちゃん・・!」

 美代子がたまらず不安の声をもらす。冷淡な眼差しを寧々に向けてから、ガクトは前に進もうとする。

 その彼の足をつかんで、寧々が彼を引きとめようとする。

「行かせないって言ったよね・・ここから先へは、絶対に行かせない・・・!」

「いい加減にしろよ・・これ以上は、オレもマジで叩き潰すしかなくなるだろうが・・!」

 声を振り絞る寧々に、ガクトが憤りを見せる。それでも寧々はガクトの足から手を離さない。

「覚悟はできてるんだろうな・・・なら!」

 眼を見開いたガクトが寧々を蹴り上げ、再び拳を叩きつける。殴られた寧々が突き飛ばされ、横転する。

 強烈な一撃を叩き込まれた寧々が、ガルヴォルスの姿を維持できず人間に戻る。ガクトも人間に戻って、自分のバイクに乗ってこの場を離れていった。

「ぐっ・・ガクト・・・!」

 寧々が悲鳴を上げる体を引きずって歩き出そうとするが、体に力が入らずに倒れこんでしまう。

「寧々ちゃん!」

 そこへ美代子が駆け寄り、満身創痍の寧々を支える。

「美代子さん・・ありがとう。あたしは平気だよ・・それより・・」

 美代子の介抱に感謝しつつも、寧々はガクトを止めようと傷ついた体に鞭を入れる。

「ガクト!」

 そこへかりんが店から姿を見せてきた。ジュンから受けた傷は完全には癒えていない様子で、まだムリをしているようだった。

「美代子さん、寧々ちゃん・・ガクトは・・・!?

「かりんさん・・ガクト、たくみさんと戦いに行っちゃったよ・・・早く、止めないと・・・!」

 かりんの呼びかけに寧々が答える。その言葉に、かりんはさらに深刻さを膨らませる。

「いけない・・早くガクトを止めないと・・ガルヴォルスになれば、ガクトに何とか追いつける・・・!」

 思い立ったかりんがデッドガルヴォルスへの変身を試みる。

「待って、かりんさん!あたしが探す!あたしならガクトを見つけられる!」

「えっ・・!?

 そこへ寧々が声をかける。その言葉に戸惑いを覚えたかりんの頬に浮かんでいた紋様が消える。

「あたし、鼻が利くから、ガクトのにおいを嗅ぎ付けられる。これで闇雲に探すこともなくなるよ。」

「寧々ちゃん・・・ありがとう、寧々ちゃん。お願い。」

 寧々に信頼を寄せて、かりんが微笑んで頷く。同じく頷いた寧々が、再びドッグガルヴォルスへと変身する。

 ガルヴォルスとなったことで寧々の嗅覚は鋭くなり、特定のにおいからその発生源を正確に割り出すことができるのだ。

「見つけた・・街外れのほうに向かってるよ・・・!」

「街外れ・・そこなら人目にはつかない・・・行こう、寧々ちゃん!」

 ガクトの動きを捉えた寧々の声にかりんが呼びかける。2人は互いに頷きあい、ガクトを追って駆け出していった。

(私はいつでも信じて、あなたたちの帰りを待っていますよ・・ガクトくん、かりんちゃん・・寧々ちゃん・・・)

 ガクトたちの無事を祈り、美代子はかりんと寧々を見送った。

 

 ガクトとの戦いのため、1人でバイクを走らせていたたくみ。彼の脳裏に様々な人々の姿がよぎっていく。

(和海、なっちゃん、紅葉・・オレはこれ以上、お前たちを傷つけさせるわけにはいかないんだ・・ジュン、お前もそう思うだろ・・・?)

 思いを巡らせるたくみの脳裏に、ジュンの笑顔が蘇ってくる。

(ガクト、アイツがお前を、オレの眼の前で・・もしも和海たちが、アイツにやられるなんてことになったら、オレは・・・!)

 ガクトに対する怒りを膨らませていくたくみ。すると彼の中のジュンが、彼に向けて微笑みかけてきた。

(ジュン、お前を殺したガクトを、オレは許すことができない。だけど、お前はオレのすることを、不満に思わないだろうか・・・)

 たくみがジュンに対して疑問を投げかける。だがジュンは微笑んだまま、霧のように姿を消していった。

(答えは自分で見つけないとダメってことか・・そうだな。あんまり甘えるのは、かえってそいつに迷惑になっちまうよな・・・)

 たくみは思わず苦笑を浮かべて、バイクのスピードを上げた。

(なっちゃん、紅葉、和海、お前たちは、オレが守る・・・!)

 決意を固めたたくみは、ガクトの姿を見据える。そのとき、彼は背後から来る気配を感じ取り、眉をひそめる。

 彼にはそれが誰なのか理解していた。バイクを走らせる青年。それはガクトだった。

 2人は横に並び、同じスピードで道路を駆け抜けていく。そして2人は人気のない荒野にたどり着き、バイクを止める。

 メットを外して互いに鋭い視線を向け合うたくみとガクト。彼らを突き動かしていたのは、大切なものを奪われた悲しみと、それを奪った相手への憎しみだった。

「やっぱりこういう場所を選んだか。関係のない連中を巻き込みたくないって気持ちは、同じみたいだな。」

「面倒を増やしたくねぇだけだ。オレは全力でお前を叩きのめさねぇと気が治まらねぇんだよ。」

 たくみとガクトが憮然さを込めた言葉を投げかける。

「ガクト、オレはお前が許せない・・あれだけオレは呼びかけたのに、お前はジュンを・・!」

「お前こそ、久恵を殺した・・オレのたったひとりの妹、お前は・・!」

 いきり立つ2人の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「ガクト・・!」

「たくみ・・!」

「オレはお前が、絶対に許せない!」

 怒りを言い放った2人の姿がガルヴォルスへと変わる。激情の赴くまま、2人の青年が激突しようとしていた。

 

 ガルヴォルス事件の真相解明のため、夏子も関連情報を細大漏らさず収集しようとしていた。そんな中、彼女は悟とサクラへの連絡を取ろうとしたが、携帯電話に出てこない。

(おかしいわね。電波は通じているみたいだし、人込みの中でもバイブにしてるから、気付かないはずはないんだけど・・)

 音信不通になっている悟たちに、夏子は不安を募らせていた。

「もしかして、2人に何かあったんじゃ・・!?

 夏子が不安を一気に膨らませたときだった。携帯電話が鳴り出し、彼女は着信相手が誰かを確かめないまま出る。

「もしもし、悟くん!?

“えっ?先輩、私ですけど・・”

 声を荒げる夏子に電話の相手、早苗が唖然となる。その声を耳にして、夏子は我に返る。

「さ、早苗さん!?・・ゴメン。慌ててしまって・・それで、どうしたの?」

“先輩・・実は、今回の蘇生事件の主犯が分かりました。”

「主犯!?・・間違いないね!?

“間違いないです。消息不明となっていたことが盲点でしたよ・・”

 夏子は早苗の報告に耳を傾けながら、メモを取り出す。

“主犯は春日レイ。1年前に起きたバス同士の衝突事故で家族を失い、彼女自身も精神障害を引き起こしています。その数日後、入院先の病院から姿を消して行方不明に・・”

「その彼女がなぜ今回のような・・」

“彼女と思しき人物を見たという証言が数件あります。彼女はガルヴォルスに転化しており、その力に振り回されて行動しています。”

 夏子が口にした疑問に、早苗が深刻さを込めた声色で答える。

“それも普通の能力ではありません。人間、ガルヴォルス問わず、死んだ人を生き返らせることができるようです。”

「死人を生き返らせる!?・・なるほど。だから華帆さんや他の死者が私たちの前に現れたわけね・・」

“それと、もう1人、今回の事件を動かしている犯人がいます・・・先輩、今1人ですか?”

「えっ?えぇ、私だけよ。それがどうかしたの?」

“あ、その・・悟さん、サクラさん、真樹さんはどうしていますか?”

 早苗の質問に逆に疑問を募らせる夏子。だが彼女に意図があると思い、その質問に答えることにした。

「悟くんとサクラさんは事件の犯人の捜索。真樹さんはたくみさんたちの様子を見に行くと連絡を入れてきたわよ。」

“たくみさんたちの!?確かに真樹さんはそう言ってきたのですか!?”

「そうだけど・・それが何か・・?」

“実はこちらに連絡する前に、たくみさんのところに連絡を入れたんです。しかしたくみさんは、真樹さんは来ていないし、連絡も受けていないというのです。”

「それじゃ、まさか・・・!?

 夏子は一抹の不安を覚えた。事件のもう1人の犯人が真樹であることを知ったのだった。

「早苗さん、和海さんにたくみくんを止めるよう伝えて!それとかりんさんにもガクトを止めるように!」

“分かりました。ですが先輩は・・!?”

「春日レイの行方を追うわ!それと、真樹さんも・・・!」

 夏子は早苗に指示を出すと、レイと真樹を追って事務所を飛び出した。

 今回の事件のもう1人の黒幕。それは迫水真樹だった。

 

 

 

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