ガルヴォルスSpirits 第4話

 

 

 和海とかりんがクレープを買いに行っている間、たくみとガクトは大木の前にいた。2人は墓標となっている大木をじっと見つめていた。

「なっちゃんから話は聞いた・・ガルヴォルスを、憎んでたんだろ・・・?」

 たくみが問いかけると、ガクトは小さく頷いた。

「両親や妹、久恵(ひさえ)を殺したアイツらが、オレはどうしても許せなかった。けど、かりんがオレの怒りを受け止めて、止めてくれた・・・」

「・・オレだって、憎みたくなることも何度かあった。けどオレは、復讐にいいことはないって分かってる・・」

 ガクトの言葉にたくみが沈痛の面持ちを浮かべて答える。その反応にガクトが眉をひそめる。

「オレたちにも大切な人たちがいた。けど庇ったり裏切ったりして、オレと和海以外、みんないなくなった・・・」

「アンタ・・・!?

「だけどみんなが後押ししてくれてる。みんなの願いを受け継いでいる。オレも和海も、そう思ってる・・・」

 たくみの心境を察して、ガクトは戸惑いを覚える。自分と同じ悲しみを背負っている相手を見て、ガクトは共感を覚えていた。

「オレは人間もガルヴォルスも関係ない。困ってるヤツを見かけたら、助けていこうと思ってる。」

「アンタ・・・」

「オレがそうしたいからそうする。それがオレの性分だ・・今は和海の性分にもなってるけどな。」

 たくみが照れ笑いを浮かべて言いかけると、ガクトも苦笑いを浮かべて答える。

「オレもかりんもいろいろあってな・・その中でオレたちは決めたんだ。どんなことがあっても、オレたちは生きるんだって・・」

「生きる、か・・よく考えれば、すごいことなんだろうな。生きるっていうのは・・」

「そうだな・・・」

 互いの決意を交わして、笑みをこぼすたくみとガクト。2人はいつしか握手を交わしていた。

「何だかオレたち、気が合うかもしれないな。」

「男同士じゃ気分が悪いな。」

 屈託のないことを言っていると思い、たくみとガクトは苦笑した。

 そのとき、ガクトは見つめる先の光景に眼を疑った。その先の道を歩く1人の少女に、彼は見覚えがあった。

「そんな・・そんなことが・・・!?

「ガクト・・・!?

 驚愕するガクトの様子に、たくみが深刻な面持ちを浮かべる。

「久恵・・・間違いない・・久恵だ!」

 ガクトはその少女を追ってたまらず駆け出した。

「お、おいっ!」

 たくみもガクトを追いかけようとしたところで、その異変に気付いた早苗に声をかけられる。

「どうしたの、たくみくん!?

「早苗さん、ガクトがいきなり・・!」

 たくみは早苗に言いかけて、改めてガクトを追いかけていった。早苗も事態の急変を示唆して、2人を追いかけつつ、携帯電話を取り出して夏子への連絡を取った。

 

 突如襲い掛かってきたジュンに対し、かりんもデッドガルヴォルスとなって攻撃を受け止めていた。敵意を見せているジュンに向けて、和海が悲痛を叫びを上げていた。

「ジュンさん、やめて!かりんさんは敵じゃないよ!」

 必死に呼びかける和海だが、ジュンはそれを聞かずにかりんに襲い掛かっていく。

「いい加減にしてください!和海さんも、私とあなたが戦うことを望んではいないです!」

「そんなことないよ。だって私はこれ以上、たっくんと和海ちゃんに傷ついてほしくないから・・」

 かりんも呼びかけるがジュンは受け入れようとしない。眼に不気味な眼光を宿して、ジュンはさらに爪を突き出す。

 その一撃がかりんの右腕をかすめる。傷から鮮血が飛び散り、かりんが痛みに顔を歪める。

「かりんちゃん!」

 和海が追い込まれたかりんを見て叫ぶ。さらに詰め寄ろうとするジュンに対し、和海もガルヴォルスの力を発動する。

 和海の背中から白い翼が広がり、そこから羽根の矢が放たれる。その奇襲に、かりんに追撃しようとしていたジュンが行く手を阻まれる。

「和海ちゃん・・・!?

 和海に振り返ったジュンが、彼女の行動に眼を疑った。

「どういうことなの、和海ちゃん!?私はただ、和海ちゃんのために・・!」

「違うって言ってるじゃないですか!私もたくみも、かりんちゃんが傷つくのを望んでいない!」

 悲痛さをあらわにするジュンに、和海が歯がゆさをあらわにする。

「あなたは私たちの知っているジュンさんじゃない・・本物のジュンさんが、意味なく人を傷つけるはずがない!」

「何を言ってるの?私は本物のジュン。橘ジュンよ。」

 和海が物悲しい心境で言いかけるが、ジュンは平然と彼女の言葉を否定する。

「ジュンがいっていることはほんとうだよ・・」

 そこへ1人の少女が現れ、和海とかりんに声をかけてきた。生きている雰囲気が感じられない白髪の少女。

「あなたは・・・!?

「わたしはレイ・・春日(かすが)レイ・・・そのひとはまちがいなくほんもののジュンだよ・・」

 和海が問いかけると、少女、レイが無表情のまま答える。

「これはどういうことなの・・ジュンさんに何が起こったの・・・!?

 かりんが声を振り絞ってレイに呼びかける。するとレイは無表情のまま答える。

「わたしがいきかえらせたんだよ・・わたしはしんだひとをいきかえらせることができるの・・そしてそのひとは、わたしのおもいどおりにうごくの・・」

「思い通りにって・・・あなたがジュンさんをこんな・・・!?

 レイの言葉を聞いて、いたたまれない気持ちにさいなまれる和海。だがレイは表情を変えない。

「だってイヤなんだもの・・ガルヴォルスなのににんげんでいようだなんて・・・」

 レイの言葉に和海は困惑する。飛鳥が抱き、たくみと和海が背負っている人間とガルヴォルスの共存。彼女はそれを否定していた。

「ちゃんとハッキリさせないとダメだよ・・わたしとジュンがわからせてあげる・・・」

 レイが微笑みかけると、ジュンがかりんに向けて爪をきらめかせる。だが傷ついたかりんには回避し続けることがままならなくなっていた。

「かりん!」

 そこへガクトが飛びかかり、ジュンを突き飛ばす。

「ガクト!」

 声を荒げるかりんにガクトが駆け寄る。

「大丈夫か、かりん!?

「う、うん・・でも、あの人は・・」

 ガクトの呼びかけにかりんが答えるが、ガクトはかりんの声を聞かずにジュンを見据える。

「お前・・お前が・・・!」

 怒りを覚えるガクト。笑顔を崩さないジュン。

「・・これでいい・・これで・・・」

 レイは微笑むと、ガクトたちが気付かないように音もなく姿を消した。

「たっくんと和海ちゃんを傷つけるなら、あなたも容赦しないよ・・・」

「何のマネだよ・・かりんが何をしたっていうんだよ!?

 妖しく微笑むジュンに、ガクトが声を荒げる。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「よくもかりんを・・かりんをやったな!」

 怒りの叫びを上げたガクトの姿が変貌を遂げる。竜の姿をしたドラゴンガルヴォルスに。

 ジュンが振り下ろしてきた爪を、具現化させたえん曲の剣で受け止めるガクト。力がある分、ジュンは軽々とガクトに跳ね飛ばされる。

 体勢を立て直して着地したジュン。傷ついた右手を見つめて、彼女はガクトを見据える。

「たっくんと和海ちゃん、私の邪魔をしないでよ・・あなたに、2人を傷つけさせるわけにはいかないんだから・・・」

「かりんに手を出しておきながら、勝手なことをぬかすな!」

 ジュンの言葉にいきり立つガクト。2人は飛び出し、再び爪と剣を突き出す。

「私はたっくんを守る!和海ちゃんを守る!もうこれ以上、2人が傷ついてほしくない!だから2人を傷つける人がいてほしくないと思うのは当然でしょう!?アッハハハハ・・!」

 刃の衝突の中、眼を見開いて哄笑を上げるジュン。もはや彼女は、一途な願いと想いを盾にした狂気の持ち主と化していた。

 

 ガクトを追って公園の道を駆けていたたくみ、悟、サクラ、早苗。だが彼らの前に少女、久恵が立っていた。

「君は・・・?」

 悟が当惑を見せながら声をかけると、久恵は微笑んで言いかける。

「お兄ちゃん・・今度は私が、お兄ちゃんを守るの・・・」

「えっ・・・?」

 久恵の言葉にたくみたちが当惑を覚える。

「だから、みんなやっつけるんだから・・・」

「危ない!離れて!」

 久恵が微笑みかけると、早苗が危機感を覚えて声を上げる。その直後、久恵の体から白い突風が吹き荒れ、一気に周囲に広がっていく。

 早苗がたくみたちを庇ってその吹雪を浴びる。彼女の体が一気に氷に包まれていく。

「早苗さん!」

「悟くん、たくみくん、私に構わず、あの子を止めて・・・!」

 悟の声に言葉を返す早苗。彼女の体が完全に氷に包まれた。

「次はあなたたちの番だよ。お兄ちゃんにもう、手出しはさせない・・・」

 久恵は微笑んで言いかけると、たくみたちに向けて再び吹雪を放つ。

「悟さん、サクラさんを頼む!あの子はオレが!」

 たくみは悟に呼びかけると、久恵に向かって駆け出す。彼の姿がデーモンガルヴォルスへと変化する。

「もうやめろ!」

 たくみが久恵に飛びかかり、吹雪をやめさせる。2人は組み合ったまま、草地の坂を転げ落ちる。

「たくみくん!」

 悟が呼びかける先で、たくみと久恵が立ち上がる。体勢を立て直したところで距離を取り、2人は互いを見据える。

「あなたも私を同じなのね・・・でも、私がお兄ちゃんを守ることに、変わりはない・・・!」

 久恵は感情をあらわにすると、たくみに向けて吹雪を放つ。たくみは背中に翼を広げて飛翔し、吹雪をかわす。

 たくみは剣を具現化させて、久恵を見据える。

「やめるんだ!どういうことは分からないけど、こんなことがお前の兄ちゃんのためになるとは思えない!」

 たくみは呼びかけると、剣を振りかざしてかまいたちを放つ。久恵は氷の壁を作り出してそれを防ぐと、後退して離れていった。

 たくみは被害の拡大を食い止めるべく。久恵を追っていった。

 そして遊歩道にたどり着いたところで、久恵が足を止める。その行動に眉をひそめた直後、たくみは別の2つの力の衝突を感じ取る。

 視線を移した先にいたのは、ドラゴンガルヴォルスとなっているガクトだった。

「あれは・・・なっ!?

 そしてその相手の姿にたくみは驚愕する。キャットガルヴォルス、ジュンの姿だった。

「ジュン・・・!?

 たくみはそこにいるジュンの姿に、たくみは眼を疑った。彼女は彼と和海の前で命を閉ざしたのである。

 しかしこの状況を放置するわけにいかない。たくみはガクトとジュンに向かって降下する。

「ジュン、やめろ!」

 たくみの呼びかけにガクトとジュンが視線を移す。具現化させた剣をたくみが振り下ろし、ガクトとジュンが後退する。

「た・・たくみ・・・たっくんなの・・・!?

 乱入してきたたくみの姿を目の当たりにして、ジュンが動揺をあらわにする。そして彼女はとっさに人間の姿に戻る。

「ジュン・・・ホントにお前なのか・・・!?

 たくみも人間の姿に戻って、ジュンをじっと見つめる。これまで見てきた幼馴染みの何ら変わりない姿がそこにあった。

「久しぶり・・あなたにも会いたかったよ、たっくん・・・」

 たくみとの再会を果たして、ジュンが喜びの笑顔を見せる。だがたくみは困惑を浮かべるばかりだった。

「ジュン、お前なのか!?・・だって、お前は、オレと和海の前で・・・!?

 たくみはジュンがここにいることが信じられないでいた。

 ジュンはたくみと和海を守るために戦い、2人に自分の想いを伝えて命を落とした。その彼女がこうして彼らの前に立っていることはおかしいことでしかなかった。

「もう少し待っていて、たっくん、和海ちゃん。私たちの敵を・・」

 たくみと和海に言いかけるジュンの顔から笑みが消え、代わりに頬に紋様が走る。

「・・敵を倒すから!」

 激昂をあらわにしたジュンの姿がキャットガルヴォルスへと変化する。その変貌に、ガクトがたまらず身構える。

「おい!どういうことだ!?この人はお前の知り合いなのか!?それが何でオレたちに襲いかかって来るんだよ!?

 ガクトがたくみに言い放ちながら、飛びかかってきたジュンの突進を受け止める。

「やめろ、ジュン!ガクトは敵じゃない!オレたちを傷つけたりしない!」

「騙されちゃダメだよ、たっくん!だって私、見てたのよ!この人、ガルヴォルスを恨んでいたんだから!」

 たくみの叫び声を一蹴するジュンの言葉に、ガクトとかりんが眼を見開く。ジュンはこれまでのガクトの戦いを知っていた。

「この人がいつまた、私たちのようなガルヴォルスを敵に回すか分からない!そうなってたっくんと和海ちゃんが傷つけられる前に、私がこの人を・・・!」

「どこまでも、勝手なことを言ってんじゃねぇよ!」

 眼を見開いて言い放つジュンに、ガクトが怒りを爆発させる。

「お前、それでもたくみの仲間なのかよ!?たくみやみんなのことを大切に思ってるなら、そいつらの話に耳を傾けろよ!」

「悪いけど、あなたの言うことを聞くつもりはないから!」

「話を聞けってんだよ!」

 言い放つジュンに怒りを爆発させ、ガクトが彼女の体に拳を打ち込んだ。突然の強烈な打撃に、ジュンが吐血しながら突き飛ばされる。

 精神的に高ぶり、息を荒げるガクト。ジュンがふらつきながら立ち上がり、ガクトを見据える。

「やめろ、ガクト!ジュンは悪いヤツじゃない!オレと話をさせてくれ!」

「ダメだ!もうアイツは、オレやお前の話を聞こうとしない!叩き伏せるしかないんだよ!」

 たくみが呼び止めようとするが、ガクトが首を横に振って拒む。

「そうだよ!それがこの人の本音!私たちガルヴォルスを倒そうとしている!そんな人に、たっくんたちを傷つけさせない!私が倒す!」

 ジュンが眼を見開いて言い放つ。その表情に狂気が満ちているのは、誰の眼にも明らかだった。

「アンタって人はぁぁぁーーー!!!

 怒りの赴くまま、ガクトがジュンに飛びかかる。ガクトの拳とジュンの爪がぶつかり、激しい轟音が轟く。

「やめるんだ、2人とも!」

 たくみもたまらずデーモンガルヴォルスに変身し、ガクトとジュンに向かおうとする。だがそこへ吹雪が飛び込み、たくみは行く手をさえぎられる。

 その前に現れたのは久恵だった。

「お兄ちゃんの邪魔はさせない・・お兄ちゃんは私が守る・・・」

「どいてくれ!でなければジュンが、ガクトが!」

 立ちはだかる久恵にたくみが呼びかける。その奥で、ガクトがジュンに追い詰められつつあった。人のあたたかさを見せていない彼女には一切の躊躇がなかったのだ。

「威勢ばかりだね!それでは私には勝てない!」

「くそっ!」

 言い放つジュンに対して毒づくガクト。やがて彼女の振り下ろした爪が、彼の体を切り裂いた。

「ぐっ!」

 うめいて後ずさりするガクトの体から鮮血があふれる。

「これで終わりにしてあげる!私がたっくんを、和海ちゃんを!」

 そこを狙ってジュンがとどめを刺そうと飛びかかる。怯んでいたガクトは、その攻撃の回避に間に合わない。

「ガクト!」

 そこへかりんが割って入り、鎌でジュンの爪を受け止める。だが右手を封じられたジュンは、とっさに左手を突き出してきた。

「なっ!?

 ガクトとかりんが驚愕する。ジュンが突き出した爪がかりんの右のわき腹に刺さっていた。

 苦痛を覚えたかりんが顔を歪め、後ずさりする。ガクトが彼女に駆け寄り、彼女の体を支える。

「かりん、大丈夫か!?

「ガクトこそ大丈夫?・・私はこのくらい・・」

「あぁ!オレもこのくらい、どうってことないぜ!」

 互いの心配をして、笑みを見せて答えるガクトとかりん。その直後、ガクトがジュンに対して怒りを募らせる。

「たくみたちの気持ちを無視しただけじゃなく、かりんまで!」

 怒りの叫びを上げるガクトの姿が、鋭利なものへと変貌していく。その変貌と覇気に、ジュンが一瞬怯む。

 ガクトは向上した速さで一気にジュンの懐に飛び込む。そこから繰り出された拳が、彼女の体に叩き込まれた。

「うあっ!」

 痛烈な一撃を受けてジュンが顔を歪めて吐血する。怒りに駆られたガクトは、間髪置かずに追撃を繰り出す。

 その一撃がジュンの体にめり込んだ。拳が引き抜かれた彼女の体からおびただしい血があふれ出してくる。

「ジュン!」

 たくみが傷ついたジュンを目の当たりにして叫ぶ。だが彼の前に久恵が立つ。

「お兄ちゃんの邪魔はさせないって!」

「そっちこそ邪魔をするな!」

 言い放つ久恵とたくみ。たくみは剣を突き出し、久恵が放つ吹雪を振り払い、彼女の体を貫いた。

 久恵から鮮血と吐血があふれ出す。剣を引き抜いたところで、たくみがジュンに眼を向ける。

 ジュンもたくみに眼を向けていた。彼女の顔には昔から変わらない、あどけない優しさが満ちていた。

「たっくん・・和海ちゃん・・・ゴメンね・・あなたたちを、守れなかったよ・・・」

「ジュン・・・!?

 ジュンの言葉にたくみが困惑を浮かべる。彼女の体が崩れ去り、風に吹かれて霧散する。

「ジュン!」

 命を落としたジュンに向けて、たくみが悲痛の叫びを上げる。彼女を打ち倒したガクトが剣を下ろし、歯がゆさを感じたまま振り返る。

 その先にいた久恵を目の当たりにして、ガクトも驚愕する。その驚きのあまりに、彼は人間に戻る。

「ひさ、え・・・!?

「お兄ちゃん・・・よかった・・・」

 困惑のまま駆け寄ろうとするガクトに、久恵が微笑みかける。だが彼が手を伸ばした瞬間、彼女の小さな体が崩壊し、霧散する。

「久恵!」

 妹の喪失に悲痛の叫びを上げるガクト。その場にひざを付き、感情のまま拳を地面に叩きつける。

「久恵が・・久恵がまた、オレの眼の前で・・・!」

 込み上げてくる悲しみと絶望にさいなまれて、ガクトが体を震わせる。かりん、和海、そして駆けつけた早苗、悟、サクラが困惑している中で、たくみがガクトに向けて怒りを覚えていた。

「ガクト・・お前・・どうして・・どうしてジュンを!」

 たくみが叫びながら、ガクトに殴りかかる。横転したガクトの口からかすかに血があふれる。

「ジュンはオレや和海を支えてくれた!ガルヴォルスになっても、オレや和海を励ましてくれた!それを・・!」

「何を言ってやがる・・オレやかりんを傷つけて、お前たちの声に耳を貸さなかったヤツが、そんなわけないだろ!・・それに・・」

 叫ぶたくみに向けて、ガクトが声を震わせる。

「お前・・よくも久恵を・・久恵を!」

 叫ぶガクトがたくみに殴りかかる。突き飛ばされたたくみがしりもちをつく。

 口からもれた血を拭い、たくみが眼つきを鋭くする。その眼前には、怒りを膨らませるガクトの姿があった。

「久恵が、オレのところに帰ってきたってのに、それをお前は!」

「違う!あれはもはやお前の知っている子じゃない!お前が大事に想ってる子が、人を傷つけるはずがないだろ!」

 叫ぶガクトに向けて、たくみが反論する。

「久恵を殺しておいて、さらに勝手なことをいうのか、お前は!」

「勝手なのはどっちなんだよ・・ジュンを・・お前がジュンを!」

 怒りを膨らませていくガクトとたくみ。2人の姿がガルヴォルスへと変貌する。

「たくみ!」

「ガクト!」

 和海とかりんが叫ぶが、互いに敵意を向けるたくみとガクトには届いていなかった。

「やめるんだ、君たち!君たちが争って、誰が喜ぶと思っているんだ!?

「うるさい!」

「黙ってろ、悟!」

 悟が呼び止めようとするが、たくみとガクトが怒鳴って一蹴する。

「オレは・・!」

「コイツが・・!」

「絶対に許せねぇ!」

 たくみとガクトの声が重なる。2人が怒りの赴くまま、飛び掛ろうとする。

「やめて!」

 そのとき、少女の声が2つ飛び込んできた。同時にたくみの前に針の群れが飛び込み、ガクトが背後から地面に倒される。

 2人を止めたのはそれぞれヘッジホッグガルヴォルス、ドックガルヴォルスに変身した紅葉と寧々だった。

「く、紅葉!?

「寧々、何で止めるんだよ!?アイツは!アイツは久恵を!」

 2人の乱入にたくみとガクトが声を荒げる。

「アンタたち、自分たちが何をやってるのか分かってるの!?

「どうしてお前とたくみさんが戦わなくちゃいけないのよ!?

 紅葉と寧々が必死にたくみとガクトを止める。しかしたくみもガクトも彼女たちの声に耳を貸さず、振り払おうとする。

「放してくれ、紅葉!コイツはジュンを、ジュンを殺したんだ!」

「どけ、寧々!アイツは!アイツだけは絶対に許せねぇんだよ!」

 たくみとガクトがなおも向かっていこうとする。そのとき、1発の銃声が轟き、そこで彼らがようやく踏みとどまる。

「アンタたち、何やってるのよ!」

 銃声の直後、1人の女性の怒号が飛び込んでくる。発砲したのは駆けつけてきた夏子だった。

「なっちゃん・・・!」

 夏子の登場に和海が声を荒げる。

「アンタたち、これ以上争うつもりなら、今度はアンタたちに向けて撃つわよ!」

「どうしてだ、なっちゃん!邪魔をしないでくれ!」

「もしも邪魔しようっていうなら、たとえアンタでも!」

 夏子の呼びかけをたくみもガクトも聞こうとしない。夏子が2人の間に向けて再び発砲する。

「いい加減にしなさいよ・・和海ちゃんやかりんちゃん、みんなのことも考えなさいよ・・・!」

 夏子のこの言葉に、たくみとガクトが思いとどまる。視線を向けた先には、和海やかりん、寧々や紅葉、悟、サクラ、早苗が沈痛の面持ちを浮かべていた。

「和海・・・」

「かりん・・・」

 我に返ったたくみとガクトも沈痛さを浮かべる。

「それに、この騒ぎで警察が駆け込んでこないはずがないわ。すぐにここを離れないと、厄介なことになるわよ・・・!」

 夏子がたくみやガクトたちに警告を送る。先ほどジュンと久恵が引き起こした襲撃と交戦、さらに今の銃声で、誰も警察に通報していないはずがない。

 人間の姿に戻るたくみとガクト。和海とかりんがそれぞれ2人に駆け寄り、体を支える。

「たくみ、大丈夫!?

「あぁ・・すまない、和海・・・」

 和海の呼びかけにたくみが答える。

「ガクト、しっかりしなさいって・・」

「かりん・・オレは平気だ・・・」

 かりんの呼びかけにガクトが答える。ガクトは疲弊した体を引きずりながら、たくみに鋭い視線を向ける。

 たくみもガクトに向けて鋭い視線を向けていた。だがこの場では衝突することが困難であると悟っており、彼らはこの場を離れるしかなかった。

 何とか急場を凌いだ事態。だがたくみとガクトの間に深い溝が生じることとなった。

 

 たくみたち、ガクトたちを送ってから、夏子は悟とサクラとともに事務所に戻ってきた。深刻さを隠せないでいる3人の様子に、真樹も困惑を浮かべていた。

「どうしたんですか、みなさん!?・・何か、あったのですか・・・!?

「真樹ちゃん・・・実はたくみさんとガクトさんが・・・」

 訊ねてくる真樹に、サクラは困惑気味に答える。先ほどの出来事を聞かされて、真樹も深刻さを膨らませていた。

「そんな・・・どうして2人が戦わなくちゃいけないんですか!?たくみさんも、そのガクトさんという人も、みなさんの親友なんでしょう!?

「たくみやガクトたちには、悲しい過去があるのよ・・・」

 言いかける真樹に、夏子が歯がゆさを込めて答える。

「和海ちゃんからたくみの話を聞いたわ・・幼馴染みがいたって・・」

「幼馴染み・・・」

 夏子が語り始めると、サクラが当惑を見せる。

「橘ジュン。地元でガルヴォルスに転化して、その混乱の解決のためにたくみのところに向かう。その中で和海ちゃんの悩みの相談相手になり、最後はたくみと和海ちゃんを守るために命を落とした。そう聞いているわ・・でも、もしあそこにいたのがジュンさんだとしたら、死んだはずの彼女がどうして・・・」

 事情を説明しながら、夏子が考え込む。ジュンはどうやって生き返り、和海たちの前に現れたのか。人間の心を失わなかった彼女が、なぜ傍若無人に人を襲ったのか。

 事件を追及すればするほど、謎は膨らむ一方だった。

 そのとき、夏子の携帯電話が鳴り出した。相手は早苗からだった。

「もしもし、早苗?かりんちゃんの具合はどうだったの?」

“先輩。かりんさんの右わき腹の傷は軽く済みました。入院の必要はありませんが、安静にするようにとのことです。”

 夏子の問いかけに早苗が答える。

「それで、あなたやたくみたちを襲ってきた女の子、情報は集まった?」

“はい。彼女は竜崎久恵。パーキングエリアで起きたガルヴォルス事件の犠牲者の1人・・ガクトくんの、妹です・・・”

 早苗のこの報告に夏子は息を呑んだ。ガクトの心のよりどころとなっていた妹の存在までもが、この運命の糸をさらに複雑にしていた。

 

 

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