ガルヴォルスSpirits 第3話

 

 

 ハリネズミの姿をしたヘッジホッグガルヴォルスとなった紅葉に、寧々は動揺の色を隠せなかった。

「お姉ちゃんまで、ガルヴォルスになってたなんて・・・!?

「隠すつもりはなかったよ。あたしがガルヴォルスになったのは、アンタを探して上京する途中だったんだよ。」

 紅葉が華帆を見据えたまま、寧々に説明する。それでも寧々の困惑は晴れない。

「ま、結果的に運命共同体みたいになっちゃったわけだよね・・だからあたしは、寧々が悲しまないように体を張るから!」

 紅葉がいきり立って、華帆に飛びかかっていく。華帆が羽を羽ばたかせて飛翔するが、紅葉は背中の針を飛ばす。

 無数に飛ぶ針の群れ。その数本が華帆の羽を撃ち抜いた。体勢を崩された華帆が、毒づきながら紅葉を見下ろす。

「みんなしてあたしたちの邪魔をして・・・絶対、ガクトとかりんはあたしのものにするから!」

 華帆はたくみたちに言い放つと、きびすを返してこの場を後にした。危機が去ってたくみと和海が安堵し、紅葉は人間の姿に戻った。

「まさかお前までガルヴォルスだったなんて・・寧々ちゃんも、ガルヴォルスなんだろう・・・?」

 たくみが言いかけると、紅葉と寧々が頷く。体の力を抜いたたくみも、人間の姿に戻る。

「あたしも驚いちゃったよ。まさかお姉ちゃんがガルヴォルスになっちゃうなんて・・」

「まぁ、結果的に運命共同体みたいになっちゃったわね。」

 寧々が言いかけると、紅葉が苦笑いを浮かべて答える。

「とにかく、これはなっちゃんに知らせたほうがいいな。オレたちよりなっちゃんのほうが、うまく判断してくれるだろうから・・」

「そうだね・・せめて、連絡だけでもしておいたほうが・・」

 たくみが深刻な面持ちを浮かべて言いかけると、和海が頷く。たくみは携帯電話を取り出し、夏子へ連絡を取った。

 

 たくみからの連絡を受けた夏子は、寧々だけでなく紅葉もガルヴォルスであったことに驚きを覚えていた。

「紅葉さんまで・・・それで、みんな大丈夫なの?」

“あぁ。お互い、ガルヴォルスであることを知って驚いてはいるけど・・”

 夏子の手にしている携帯電話から、たくみの苦笑いが聞こえてくる。大方の事情を知った夏子は、たくみに指示を出した。

「早苗にあなたたちのところに向かうよう連絡を入れておくわ。後は彼女の指示に従って。」

“分かった。いったんあのピザハウスに戻ってるよ・・それともうひとつ・・”

 たくみが言いかけた言葉に夏子が眉をひそめる。

“オレたちを襲ってきたガルヴォルス、名前は、美崎華帆って名乗っていたけど・・”

「華帆さん!?

 この言葉に夏子が驚愕する。

“なっちゃん、知ってるのか・・・!?”

「華帆さんはかりんさんの親友で、セブンティーンで働いていた子よ。でも彼女はガルヴォルスの王の洗礼を受けて人間を捨てて、最後はかりんさんに・・・!」

“ち、ちょっと待ってくれ!・・かりんさんが、ガルヴォルスって・・・!?”

 動揺を見せる夏子がもらした失言に、今度はたくみが驚愕を覚える。その言葉に我に返った夏子は、落ち着きを取り戻してたくみに言いかける。

「詳しい事情は早苗に話すように伝えておくから・・とにかく、あんまり派手な行動はしないように・・」

“分かったよ、なっちゃん・・それじゃ、また。”

 たくみとの連絡を終えて、夏子が肩を落とす。その様子に悟も深刻な面持ちを浮かべていた。

「まさか華帆さんが・・・もしかして、今起こっているガルヴォルスの事件と関係しているんじゃ・・」

「そう考えるしかないわね。今は情報をしっかり取って、最悪の事態を引き起こさないようにしないと・・」

 夏子の言葉に悟は小さく頷いた。

「今は早苗やたくみたちの連絡を待つことにしましょう。あまり慌しく動いても、どうにもならないからね・・」

「そうですね・・・でも、いつでも飛び出せるようにしておきますから。」

 悟の言葉に夏子は頷く。そこで夏子が、真樹の姿がないことに気づいて疑問を覚える。

「ところで真樹さんはどうしたの?」

「真樹ちゃん?真樹ちゃんなら買い物に出てますけど・・」

 夏子の問いかけにサクラが答える。事情を理解した夏子が、早苗へ連絡するために携帯電話のボタンを押した。

 

 お礼が言いたいということでセブンティーンを飛び出した寧々と紅葉が気がかりになり、ガクトとかりんは心配になっていた。2人は店の前で、寧々と紅葉が帰ってくるのを待っていた。

「まったく。姉妹揃ってどこまで行ってるんだか。オレたちのことも少しは考えろっての。」

「そんなに悪く言ったら2人に悪いわよ・・それにしても、ガクトが寧々ちゃんの心配をするなんてね。」

「オレは別に。ただアイツが周りのみんなに何かやらかしてるかもしれないと思ってな。」

 にやけてみせるかりんに、ガクトは憮然とした面持ちを浮かべて答える。そんな屈託のない話をしていると、2人は寧々と紅葉の姿を目撃する。

「あ、戻ってきたよ。寧々ちゃん!紅葉ちゃーん!・・あれ?」

 かりんが寧々と紅葉に向けて手を振ったところで、たくみと和海の姿も眼にして戸惑いを覚える。

「たくみさんと和海さん・・どうしたんだろう・・・?」

「忘れ物でもしたんじゃないのか?」

 心配を浮かべるかりんと、あくまで憮然さを見せるガクト。

「たくみさん、和海さん、どうしたんですか・・・?」

 たくみたちが深刻な面持ちを浮かべていることに戸惑いを覚え、かりんが笑みを消して訊ねる。するとたくみが真剣な面持ちを浮かべて声をかけてきた。

「ガクト、かりんちゃん、ちょっと聞きたいことがあるんだけど・・・」

 たくみの声と面持ちに、ガクトとかりんも真面目に話を聞くことにした。

 

 セブンティーンの奥の部屋にて、たくみは先ほど起こったことを話した。その話の中で、たくみたちが華帆と出会ったことにガクト、かりん、美代子は驚きを覚える。

「そんな・・・華帆が、生きてるなんて・・・!?

「バカな!・・華帆が生きてるはずがない・・だってアイツは、あのとき・・・!」

 華帆の生存が信じられず、かりんとガクトが声を荒げる。

「なっちゃんも信じられない様子だった・・けどオレたちの前に現れ、襲ってきたガルヴォルスは、美崎華帆と名乗ってきた・・人違いと考えるのは難しい・・・」

 たくみも歯がゆさを浮かべて言いかける。彼らのいる部屋は重い空気が漂っていた。

「とにかく、いろいろと確認をしたほうがいい。ちゃんと確かめたほうが、納得できることかもしれない・・」

「それでも納得できないかもしれないけど・・今、なっちゃんとその知り合いの刑事さんが、いろいろと調べてくれてるから・・」

 たくみに続いて和海も言いかける。腑に落ちない心境に駆り立てられていたが、ガクトもかりんも渋々頷いた。

「あと、これもなっちゃんから聞いたことなんだけど・・・」

 たくみが切り出した言葉にガクトとかりんが眉をひそめる。

「お前たちもガルヴォルスだって・・美代子さんもそのことを知ってるみたいだけど・・・」

「・・ったく。勝手に人のことを話しやがって・・」

 たくみの指摘に頷きつつ、夏子に対して愚痴をこぼすガクト。そこでかりんがひとつの疑問を覚える。

「もしかして、たくみさんもガルヴォルスなんですか?」

「あぁ。オレと和海、それとさっき、紅葉もガルヴォルスであることを目撃した・・」

 たくみの答えにガクトとかりんが驚愕しながら、紅葉に眼を向ける。すると紅葉と寧々が深刻な面持ちで頷く。

「やっぱり驚かせちゃったね・・これからはあの探偵にいろいろと話をしてみるつもり。」

 紅葉が言いかけると、寧々が微笑んで頷いた。彼女たちの気持ちを汲み取って、たくみたちもガクトたちも頷いた。

「とにかく、まずは華帆を探してみようよ。本当に華帆が生きているなら、ちゃんと話をしないといけないと思うから・・」

 かりんの言葉にガクトが頷く。

「悪いが、華帆のことはオレたちに任せてくれ。アイツはオレたちのほうが詳しいからな。」

 ガクトの言葉にたくみが頷く。華帆に対する不安が、部屋の中に満ちていた。

 

 今起きている事件の真相をつかむため、たくみと和海は事件の首謀者を追って、ガクトとかりんは華帆を探しに街に繰り出した。大通りに出たガクトとかりんは、夏子から連絡を受けた早苗と合流した。

「あなたが竜崎ガクトさんと紫堂かりんさんね?」

「アンタがなっちゃんの知り合いの刑事か?」

 早苗とガクトが互いに声を掛け合う。

「私は警視庁の、尾原早苗です。あなたたちのことは先輩から聞いていますよ。あなたたち2人がガルヴォルスであることも。」

「また人にオレたちのことを勝手にしゃべりやがって、なっちゃん・・」

 早苗の言葉を聞いて、ガクトが再び愚痴をこぼす。

「先に言っておきますけど、私はガルヴォルスを差別するつもりはありません。あくまで罪に立ち向かい、それを防ぐ・・」

「分かっていますよ。なっちゃんと親交のある人なら、十分信じられますよ。」

 真面目に言いかける早苗にかりんが笑顔で答える。その言葉に早苗が微笑む。

「ありがとう。今回の事件の黒幕と美崎華帆と思しき人物。私はその両面から捜索を行っていくことにします。」

「オレとかりんは華帆を探すことに専念するよ。アイツが今起こってることに関わりがないはずがないし・・」

 早苗の言葉を受けて、ガクトが笑みを見せる。3人は事件の犯人と華帆を探し求めて、街を駆け回った。

 だがその日の午後を捜索に費やしても、犯人も華帆も見つけられなかった。徒労に終わったことに、ガクトは不満を感じていた。

「ったく。ムダ骨になっちまったぜ。」

「調査は常に一筋縄ではいきません。地道な情報収集と長い時間をかけることで、事件解決にむすびつくのです。」

 愚痴をこぼすガクトに、早苗が微笑んで答える。

「続きは明日にしよう。今度は本腰を入れて探そう。」

 かりんの言葉にガクトと早苗が答える。

「協力、感謝するわ。こういうことは民間人であるあなたたちに、本来頼むことではないのですけど・・」

「気にすんな。オレもかりんも好きでやっただけだからよ。」

「ありがとう。私はもう少し捜索を続けるわ。見つけたらあなたたちにも連絡を入れるわね。」

 感謝の言葉をかける早苗に、ガクトが微笑んで答える。そしてガクトとかりんは早苗と別れ、セブンティーンに戻っていった。

 

 同じく事件の手がかりを見つけられなかったたくみと和海は、ひとまず自宅のマンションに戻っていった。2人はいつものように夜の時間を過ごしていた。

 ベットにて、裸になって抱き合うたくみと和海。この抱擁は、2人の想いを通わせる意味が込められていた。

「お前とこうして抱きしめてると、心が落ち着くよ。」

「私もだよ・・たくみと一緒なら、私はどんなことが起きてもくじけない。そんな気がするよ・・・」

 たくみの呟きに和海が微笑みかける。2人の抱擁が強まり、肌のあたたかさが伝わっていく。

 その中で和海が突然不安を呟いた。

「それにしても、あれは本当に飛鳥さんだったのかな・・・?」

「和海・・・」

 和海の言葉にたくみが困惑を浮かべる。彼は深刻さを抱えたまま、和海に答える。

「分からない・・今回のこともある。確かめておく必要はあるけど・・また辛い思いをするかもしれないぞ・・・」

「それでも、確かめておかないと、もっと辛くなるかもしれない・・・だから、ちゃんと確かめよう、たくみ。」

 和海の言葉にたくみが頷くと、彼女の胸を優しく撫で始めた。

 その接触に顔を歪めるも、高揚感を募らせていく和海。

「“オレ”がそうしたいからそうする。そうだよね、たくみ・・・?」

「へへ。分かってるじゃないか。」

「いつも言ってることじゃない。いい加減覚えちゃうよ。」

 笑みをこぼして今の幸せに喜びを感じるたくみと和海。2人はさらなる抱擁を堪能して、一夜を過ごした。

 

 同じ頃、ガクトとかりんも夜の時間を過ごしていた。ガクトがかりんの胸の谷間に顔をうずめて、恍惚を堪能する。

「こうしてガクトが触れてくれると、今、私たちがちゃんと生きているんだって実感できるよ・・・」

「オレもだ・・お前と一緒にいるこの時間が、オレをこうして落ち着けさせてくれる・・・」

 ガクトが顔を上げて、かりんに微笑みかける。するとかりんも笑みをこぼして、喜びを見せる。

「華帆、本当にどこなにいるのかな・・すごく、微妙な気分・・・」

「オレもだ・・生きていて嬉しいのか、生きていておかしいのか、とても複雑だ・・・」

 かりんが唐突に口にした不安に、ガクトも深刻な面持ちを浮かべて答える。

「私たち、華帆とどう接してみたらいいのかな・・・?」

「さぁな・・まずはいつものようにしてみよう。それでアイツが何か変わっていて、どうしてもオレたちが受け入れられないときは・・・」

 ガクトが言いかけて、かりんが不安を募らせる。

「・・受け入れられないときは、そいつはもう華帆じゃない。華帆の化けの皮を被った別人だってことだ。」

「でも、そんなに簡単に割り切れるものなのかな・・・」

「オレもそこまでは分からない・・ただ、これだけはハッキリしてる・・どんなことがあっても、オレたちは生きるんだって・・・」

「ガクト・・・そうだね・・・私たちはしっかり生きる・・利樹も、そう願ってるはずだから・・・」

 今は亡き弟、紫堂利樹(しどうとしき)を思い返し、かりんは沈痛さを噛み締める。利樹の願いを背に受けて、ガクトとかりんは強く生きていくことを改めて決意するのだった。

 

 夜の時間を過ごしていたのは、たくみと和海、ガクトとかりんだけではなかった。

 寧々と紅葉も、ベットの中で裸の付き合いをしていた。紅葉が後ろから寧々を抱きしめてきていた。

「あったかい・・やっぱりお姉ちゃんの体はあったかいよ・・・」

「こういう風にアンタを弄繰り回せるのは、こういうときしかないもんね・・」

 微笑みかける寧々に、紅葉は優しく囁きかける。そして紅葉は寧々の胸を優しく撫で回していく。その接触に寧々だけでなく、紅葉も高揚感を覚えて顔を歪める。

「やっぱりお姉ちゃんはいいよ・・あたしを優しく包んでくれるから・・・」

「何でこんなこと覚えちゃったんだろう・・アンタを大事にしようって気持ちが空回りしちゃったのかな・・・」

「何でもいいよ・・あたしは、こうしてお姉ちゃんと一緒にいられるのが1番いいよ・・・もうみんなから、冷たい眼で見られるのはもう我慢できないよ・・・」

「寧々・・・」

 寧々が見せた不満に、紅葉は困惑を浮かべる。

 寧々はガルヴォルスに転化したことで周囲から迫害された。孤立してしまうことが、彼女が最も恐れていることだった。

「寧々、もう心配要らないよ・・アンタは1人にはならない!あたしが、お姉ちゃんがついてるよ!」

「お姉ちゃん・・・ありがとう、お姉ちゃん。あたし、あたしが思っている以上に、お姉ちゃんに愛されてたってことかな・・・」

 紅葉が想いを告げると、寧々は喜びのあまりに眼から涙をこぼす。

「もう同じ穴のムジナってことでもあるんだろうけどね・・これからはアンタを絶対に1人にしない!必ずアンタを守っていくから・・・!」

「ありがとう、お姉ちゃん・・でも、あたしはただ守られるだけじゃないよ。あたしもお姉ちゃんを守る。守っていくから・・・!」

「アンタにそう言われると、ホントに嬉しいよ・・さて、今夜は意地悪しちゃおうかな・・アンタを弄繰り回せるのは、あたしだけ・・・」

「あたしも構わないかな・・お姉ちゃんにいろいろされちゃうのは・・・」

 寧々は微笑みかけると、ベットで仰向けになる。すると紅葉は寧々の下腹部に顔を近づけ、秘所に舌を入れていく。

「うく・・気持ちいいよ・・お姉ちゃんが、あたしの中に入ってきてる・・・」

 寧々がたまらずあえぎ声を上げる。だが姉との、姉妹としての触れ合いと感じて、彼女は笑みをこぼしていた。

「寧々、見つけていこう・・あたしたち姉妹の幸せでいられる場所を・・・」

「うん・・・」

 顔を上げた紅葉の言葉に、寧々が頷く。2人も恍惚と心の交流を堪能して、一夜を過ごした。

 

 夜の細道を徘徊する白髪の少女。彼女は自分の中にあるガルヴォルスの力を存分に振るい、暗躍を行おうとしていた。

 少女の眼の前に2人の別の少女が姿を現す。その2人を見つめて、白髪の少女が微笑む。

「・・わたしやみんなのしあわせのためには、あのひとたちがじゃま・・・あなたたちも、みんなのしあわせのために・・・」

 白髪の少女の言葉に2人の少女が無言で頷く。2人は白髪の少女の意思に促されるかのように、夢遊病者のように歩き出した。

 白髪の少女が目論む一抹の策略。それはたくみたちやガクトたちを追い込みつつあった。

 

 一夜が明けて、それぞれの日常が幕を開けようとしていた。

 たくみと和海は悟とサクラとともに、事件の首謀者を求めて街を歩いていた。

「悪いね、たくみくん、和海さん。君たちにまで手伝わせてしまって・・・」

「いいですよ、悟さん。オレたちもいろいろと気にしてることがありますから。」

 悟の言葉にたくみが笑顔で答える。だがすぐにその表情が曇る。

「それに・・もしかしたら、アイツが生きてるかもしれないって・・」

「アイツ?」

 たくみが口にした言葉に悟が眉をひそめる。たくみの心境を察して、和海も沈痛の面持ちを浮かべる。

「オレたちの仲間が・・どこかにいると思うんです・・・」

「もしかして、その人もガルヴォルスで、既に・・・」

 悟が言いかけた言葉にたくみは頷く。その答えと状況を察して、悟は深刻な面持ちを浮かべた。

「こんなことを言って、君たちを傷つけてしまったなら申し訳ない・・その人は、もう君たちの仲間ではなくなっている可能性が強い・・・」

「・・それでも、確かめなくちゃいけない気がしているんです・・たとえイヤな結末でも、確かめもしないでいると気分が悪くなるから・・・」

 悟の忠告に答えたのは和海だった。たとえ辛い結末が待っていようと、避けられない道がある。たくみと和海の決意は揺るがないものとなっていた。

「ガクトとかりんさんも、そういうふうに答えると思うよ。2人ともかなりガンコですからね。特にガクトは。」

「ガクト・・あのピザハウスにいた・・?」

 たくみが疑問を投げかけると、悟は微笑んで頷く。

「彼も過去にいろいろあったから・・一時的にオレと、そしてかりんさんと敵対したことがあったんだ・・・」

 悟のこの言葉にたくみと和海が困惑を募らせた。

 

 街から少し離れた高速道路のパーキングエリア。その近くの丘にガクト、かりん、早苗はいた。

 そこはガクトとかりんにとって悲しみと宿命の場所だった。

 このパーキングエリアで、かりんはガルヴォルスに転化し、その力を暴走させた。その暴走でガクトは家族を亡くし、怒りに駆り立てられてガルヴォルスとなった。この場は全ての宿命の出発点なのである。

 全てに決着を和解をもたらした後も、ガクトとかりんはこうして家族や親友の墓参りに訪れている。

「あなたたちも、大きな悲しみを背負っているのですね・・・」

 ガクトとかりんの過去と心境を察した早苗が深刻な面持ちを浮かべる。

「私は身内の間でこのような悲劇にさいなまれたことがないので、あなたたちの心を表面的にしか捉えることができません。本当に申し訳ない限りです・・」

「そんなに気負わなくてもいいですよ、早苗さん。早苗さんは、私たちやみんなのことを親身になって手を差し伸べてきてくれているじゃないですか。」

 そんな彼女にかりんが微笑んで弁解を入れる。

「それでも、形はどうあれ、みんな何らかの悲しみを抱いているのです・・先輩も、私も・・・」

「アンタ・・・!?

 物悲しい笑みを浮かべる早苗に、ガクトが歯がゆさを見せる。

「私も先輩も刑事という職務に身を置いた人間です。事件の解決のために全身全霊を賭け、殉職した人も少なくありません・・先輩や私の友人も、例外ではありません・・・」

 早苗の言葉にガクトもかりんも深刻さを感じていた。友人の死を経験して、夏子も早苗もそのときの悲しみと、親友を失いたくないという強い願いを抱くようになっていた。

「大丈夫ですよ、早苗さん。あなたは1人じゃないです。なっちゃんもいます。私がいます。ガクトがいます・・だから・・・」

 そこへかりんが励ましの言葉をかけてきた。すると早苗は微笑みかけ、眼にあふれてきていた涙を拭う。

「ありがとう、かりんさん・・・そうですね。私も1人ではないのですから・・・」

 早苗の喜びを垣間見て、ガクトとかりんも微笑みかける。辛い過去を抱えている者たちを支えているのは、強く揺るぎない絆だった。

 改めて奮い立たされたガクトたち。そこへたくみ、和海、悟、サクラがやってきた。

「君たちも来てたのか・・」

「アンタたち・・ここのことを教えたな、悟。」

 たくみが言いかけると、ガクトが憮然とした態度で悟に言いかける。

「オレたちも仲間がいた。けどみんないなくなってしまった・・守れなかった・・」

 たくみは沈痛な面持ちを浮かべて、大木を見つめながら言いかける。その言葉にガクトが深刻な面持ちを浮かべる。

「もう1度、何かの形で出会えたらって、今でも思ってる・・けどそれは叶わない願いであることは、オレも和海も分かってる・・・」

「・・そうだな・・・失った命は戻らない・・それが分かってるから、みんなの気持ちまで失っちゃいけないんだ・・・」

 たくみの言葉にガクトが答える。たくみは頷くと、青く澄んだ空を見上げた。

 

 それから和海とかりんはクレープを買いに出店に向かっていた。しかしこの日の出店は行列ができており、しばらく待つこととなった。

「まさかこんなところに隠れた名店があるなんてね・・ありがとうね、かりんちゃん。いいお店紹介してくれて。」

「そんな、気にしないでください。みんなで楽しめればいいんですから。」

 笑みをこぼす和海に、かりんが笑顔で答える。

「私、昔にケーキ屋で働いていたことがあるの。クレープは出してなかったけど、時々作ってたかな。」

「そうなんですか?だったら今度教えてください。1度、自分で作ってみたかったんです。」

「うん、いいよ。いいお店を紹介してくれたお礼にね♪」

 かりんの申し出に和海が笑顔で頷いた。こうして話をしているうちに、もう少しで2人の番になるところまで来ていた。

「キャアッ!」

 そのとき、どこからか悲鳴が上がり、和海やかりんをはじめ、列に並んでいた全員が声のしたほうに振り向く。

「和海さん、もしかして・・!?

「もう少しで買えるって時だったのにー・・!」

 かりんが呟きかけると、和海が不平を言いつつ、真剣な面持ちになる。2人は列を離れて声のしたほうに向かう。

 しばらく遊歩道を駆けていくと、2人は悲惨な光景を目の当たりにして驚愕する。木々の幹に切り裂かれた爪跡があり、歩道には数人の人たちが傷つき倒れていた。

 かりんはうめき声を上げている女子高生に駆け寄り、呼びかける。

「大丈夫!?しっかりして!何があったの!?

「・・ね・・猫・・・猫の怪物が暴れて・・・」

 弱々しくもかりんの呼びかけに答える女子高生。だがその直後に事切れた女子高生の体が崩壊し、砂になってかりんの腕の中からこぼれ落ちる。同時に周囲に倒れていた人々も崩壊を引き起こし、風に吹かれて消滅する。

「猫って・・まさか・・・!?

 その傍らで、和海はさらなる驚愕を感じていた。その様子に緊迫を感じたかりんの眼に、降り立ってきたひとつの影が飛び込んできた。

 女子高生が死に際に告げた猫を思わせる姿の怪物。キャットガルヴォルスを目の当たりにして、和海の動揺は頂点に達した。

「あなたが、ここにいた人たちを・・・!」

「ジ・・ジュンさん・・・!?

 かりんが言いかけたところへ、和海の震えるような声がかかる。その声にかりんが当惑を見せる。

「ジュンさんなんでしょ!?・・答えて、ジュンさん!」

 和海が必死に呼びかけると、キャットガルヴォルスがゆっくりと振り返る。そして人間の姿になり、和海がそれを見て確信した。

 鮮明で長い黒髪。大人びた雰囲気と何でも受け止める包容力。

 和海には見覚えがあった。たくみの幼馴染みであり、和海の心の支えとなった少女、橘(たちばな)ジュンである。

「和海ちゃんじゃない。久しぶり。まさかこんなところで会えるとは、思ってなかったよ。」

 ジュンは優しさに満ちた笑顔で声をかけてきた。だが和海は驚愕のあまり、素直に喜ぶことができないでいた。

「ジュンさん・・本当にジュンさんなの!?・・なんだよね・・・!?

「何言ってるのよ、和海ちゃん。本当に私なんだってば。」

 声を振り絞って訊ねる和海に、ジュンが笑顔を崩さずに答える。

「でもジュンさん・・ジュンさんは私とたくみの前で・・・」

 和海は言いかけて、言葉を詰まらせる。これより先のことを言うことを彼女自身危惧していた。

 だがジュンは気兼ねなく和海に答えてきた。

「まぁ、和海ちゃんにもたっくんにも、いろいろ心配させちゃったけど、もう大丈夫だよ。」

「これって、何がどうなってるのですか・・・和海さん・・・!?

 そこへかりんが口を挟んできた。するとジュンがかりんに眼を向けて笑みを消してきた。

「和海ちゃんの知り合い?・・はじめまして。」

 冷淡な表情を浮かべるジュンに、かりんだけでなく和海も不安を覚える。

「話は聞いてるよ、和海ちゃん。私のことも含めて、辛いことを経験してきたみたいね。」

 ジュンの眼に鋭い殺気が宿っていくのに気付き、かりんと和海が固唾を呑む。

「でももう大丈夫・・そんな辛いことから、私が2人を守っていくから・・・」

「ジュン、さん・・・!?

「だからたっくんと和海ちゃんに不幸を与えるものは、私が倒す・・・!」

 ジュンの口にしたこの言葉に、和海とかりんが驚愕する。ジュンの頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「ジュンさん!」

 和海が呼びかける前で、ジュンの姿が変貌する。猫の姿をしたキャットガルヴォルスに。

 ジュンがかりんに向かって飛びかかり、爪を振りあける。その瞬間、かりんの頬に同種の紋様が浮かび上がり、姿が変化する。

 かりんが振りかざした死神の鎌が、ジュンの爪を受け止める。デッドガルヴォルスとなったかりんが鎌を振りかざし、ジュンを突き放す。

「ジュンさん、どうしたの!?かりんさんは私の親友!私たちの友達だよ!」

 和海が呼びかけるが、ジュンはかりんに冷たい視線を投げかけるばかりだった。

 

 

 

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