ガルヴォルスSpirits 第2話
ドラゴンガルヴォルスとなったガクトに、寧々は驚愕を隠せなかった。
「そんな・・・アイツも、ガルヴォルスだったなんて・・・!?」
「ガクトだけじゃなくて、私もガルヴォルスなのよ。」
そんな彼女にかりんが声をかけてきた。その告白に寧々は冷静さを保てなくなっていた。
その2人の眼の前で、ガクトがビーガルヴォルスに向かって飛びかかっていた。彼の繰り出した拳は、動きの速いビーガルヴォルスの左肩を捉えていた。
突き飛ばされながらも、ビーガルヴォルスが左手の針を飛ばしてきた。だがガクトは跳躍してこれをかわす。
ガクトは一気にビーガルヴォルスに詰め寄り具現化させた剣を突き出した。その刃がビーガルヴォルスの体を貫いた。
命を落としたビーガルヴォルスの姿が人間の女性へと戻る。そしてガクトが剣を引き抜いた瞬間、女性の体が崩壊を引き起こした。
ビーガルヴォルスが息絶えたことで、石化されていた人々が解放された。石にされかかっていた寧々も、その石化が解除される。
「寧々ちゃん、大丈夫・・?」
当惑している寧々にかりんが声をかける。人間の姿に戻ったガクトが2人に歩み寄る。
「大丈夫か?・・ったく。ムチャしておいて逆にやられてんじゃ世話ねぇぜ。」
愚痴をこぼすガクト。寧々は困惑するばかりで、彼の態度に反論できないでいた。
「それにしても、まさかお前がガルヴォルスだったなんてな・・」
「うん・・あたしがこんなのになって、周りから冷たい眼で見られるようになって、それがイヤになって、家出してきたんだ・・・」
ガクトの言葉に寧々が事情を説明する。それを聞いたガクトが小さく吐息をつく。
「それでここに来て、オレたちの前に転がり込んできたわけか。」
「アンタたちと会ったのは偶然だよ・・あたしもどこに行ったらいいのか、全然分からなくて・・・」
寧々がさらに説明を付け加える。するとかりんが寧々に手を差し伸べてきた。
「とにかく、このことを美代子さんにもちゃんと話しておこう。それに休んでおかないとね、体も心も。」
「かりんさん・・・うんっ!」
かりんに励まされて、寧々は笑顔で頷いた。かりんに対して明るく振舞う寧々に、ガクトは不満を見せていたが、内心、彼女のことを気にかけていた。
寧々を探して街の中を散策していくたくみ、和海、紅葉。そこで騒ぎと悲鳴を聞きつけて、たくみたちは駆け足になっていた。
だが、彼らがその加害者がさまよっていた場所には、既に騒動は沈静化していた。その奇妙な事件性から、たくみと和海はガルヴォルスの仕業であると察知していた。
「これは・・いったいどういう・・・!?」
疑問を募らせるたくみ。和海が現場検証を行っている警察官のうちの1人に声をかける。
「あの、何があったんですか・・・?」
「あぁ。怪物が現れて。蜂みたいなのと竜みたいなのとが争ってて、竜が蜂を倒したら、蜂に石にされた人々が元に戻って、竜はそれから姿を消したんだ・・」
「竜と蜂・・・」
警察官の話に和海が疑問を覚える。そして和海とたくみは、ある人物を思い返し、困惑を覚える。
飛鳥総一郎(あすかそういちろう)。ガルヴォルスとなったことに苦悩しながらも、人間とガルヴォルスの共存を願った人物である。だが人間の非情さに絶望して人間の敵対者となり、たくみと対立した。
最後はたくみに自身の願いを託してその命を閉じた。たくみと和海の人生と戦いには、飛鳥や多くの人々の願いが込められていた。
和海が沈痛の面持ちを浮かべていると、たくみが彼女の肩に優しく手を乗せてきた。
「飛鳥はもういない・・アイツらのためにも、オレたちは精一杯生きなくちゃいけないんだ・・・」
「たくみ・・・分かってる。ゴメンね、イヤなこと思い出させちゃって・・」
たくみに励まされて、和海が照れ笑いを浮かべる。2人は新たな決意を胸に秘めて、これからを生きていくことを誓い合った。
その2人の様子を見て、紅葉はきょとんとしていた。それに気付いたたくみと和海が苦笑いを浮かべた。
「すまない、紅葉ちゃん。何だか気まずい気分にさせちゃって・・」
「ううん、大丈夫。でも、たくみさんも和海さんもいろいろあったみたいで・・」
謝るたくみに紅葉が弁解を入れる。
「それよりも寧々ちゃんを探さないと。だけど、写真だけじゃここにいるのかどうか・・」
「ガルヴォルスが何かやらかせば、寧々が関わってるかもしれない!それに分かるんだ。何でかは分かんないけど、この辺に寧々がいるのを・・」
困り顔を浮かべて改めて写真を見るたくみに、紅葉が食って掛かるように反論する。彼女の言葉に共感してか、和海が頷いてみせる。
「姉の直感ってヤツだね。そっちのほうが信頼性が高いかもしれないね。」
「ま、何の手がかりも見つけられない以上、何となくっていうのも頼りになるか。」
和海の言葉を受け入れて、たくみが割り切る。自分が頼られていることに、紅葉は照れ笑いを浮かべた。
そのとき、誰かの腹の虫の音が鳴り響き、たくみたちが唖然となる。その直後、紅葉が赤面して腹を押さえ、たくみと和海が視線を向けてくる。
「そういえばここに来てから何も食べてなかった・・・」
「えっ?・・・じゃあ、近くで何か腹ごしらえしとくか。」
照れ笑いを浮かべる紅葉に、たくみが気さくな笑みを浮かべる。彼の言葉に和海と紅葉も笑顔で頷いた。
「さて、どこで食事にするかなぁっと。」
周囲を見回して、手ごろな店を探すたくみ。そこで彼は賑わいを見せているピザハウスを眼にする。
「ピザかぁ。たまには悪くないかな。結構繁盛してるようだし・・えっと、セブンティーン?17?どういうネーミングなんだ?」
そのピザハウスにいろいろと疑問を投げかけていくたくみ。
「もしかしてその店の店長が17歳だったりして。」
「おいおい。そんな店長、聞いたことないって。」
そこへ和海が明るく言いかけると、たくみがその言葉に呆れる。
「とにかく入るなら入ろうよ。ここで立ちっぱなしになってたって、お腹はいっぱいにならないよ。」
「そうだな、悪い悪い。それじゃ入るとするか。」
さらに紅葉に口を挟まれ、たくみが苦笑いを浮かべて答える。3人はそのピザハウスのドアを開けて中に入る。
「いらっしゃいませー♪3名様ですかー・・・」
彼らを小さなウェイトレスが迎えたが、紅葉を眼にした瞬間に笑顔が消える。紅葉もそのウェイトレスを眼にして、一瞬唖然となる。
「えっ・・・?」
「もしかして・・・?」
ウェイトレスと紅葉がしばし見つめ合い、そして、
「ああぁぁぁーーー!!!」
店内に2人の大声が響いた。その突然のことに客たちも、たくみも和海も唖然となった。
「お、お、お姉ちゃん!?ど、どうして!?」
「“どうして”はこっちのセリフだよ!どうして寧々がここにいるのよ!?」
ウェイトレスに扮している寧々が声を荒げ、紅葉も動揺をあらわにする。
「ホントだ!写真に写ってた子だ!」
「この子が寧々ちゃん・・・でも、どうしてここで働いて・・・?」
たくみと和海が思わず声を荒げる。その騒ぎを聞きつけて、2人の男女が姿を見せてきた。
「どうしたの、寧々ちゃん?何があって・・・?」
少女、かりんが寧々に言いかけて、たくみと和海に眼を向ける。
「あの、あなた方は・・?」
かりんが訊ねると、和海が照れ笑いを浮かべる。
「あの、実はこの紅葉ちゃんの妹の寧々ちゃんを探していて・・それでおなかがすいたからここに来たら・・」
和海が事情を説明すると、かりんが当惑を浮かべながら納得する。その間にも、紅葉と寧々の口論は続いていた。
「寧々、アンタ、いきなり家を飛び出して!あたしやみんながどんだけ心配したと思ってんだ!?」
「お姉ちゃんはともかく、みんなは心配していないよ!だってあたしは・・あたしは・・・!」
紅葉に反論しながら、寧々が沈痛の面持ちを浮かべる。自分がガルヴォルスであることを打ち明けたかったが、この場でそれができないと分かっていたため、言えなかった。
「とにかく紅葉ちゃん、食事にしよう。すまない、騒がせちゃって・・」
「いいえ。それではご案内しますね。」
たくみが苦笑いを浮かべて声をかけると、かりんが笑顔を見せて彼らを迎えた。
いろいろと話を聞いておく意味を込めて、かりんはたくみたちを店の奥の部屋に招き入れた。そのとき、青年、ガクトがすれ違いざまにたくみに眼を向け、たくみもガクトに振り向く。
「お前たち、わざわざ寧々を探してたのか・・」
「あぁ。まぁ、いろいろとあって・・だけど、これでとりあえずは何とか解決したってところかな。」
憮然とした態度を見せるガクトに、たくみが微笑んで答える。
「お前もけっこうな物好きだな。わざわざ姉の妹探しに付き合ったりしてさ。」
「そういうお前も、そんな感じに思えてくるな。勘違いだったらすまない。」
互いにからかいの言葉を掛け合うガクトとたくみ。するとたくみがガクトに手を差し伸べてきた。
「オレは不動たくみだ。お前は?」
「竜崎ガクトだ。よろしくな。」
ガクトはたくみの手を取って握手を交わす。2人も店内の奥の部屋に向かうことにした。
2人が来た部屋では、美代子が紅葉から話を聞いていた。
「なるほど。すると寧々ちゃんが家を飛び出して、紅葉ちゃんはそれを追いかけて探しに来たというのね?」
「はい・・もう、ホントに心配したんだからね、寧々。」
美代子の言葉に答えると、紅葉は寧々に対する不満を口にする。
「だってみんな、あたしのことを冷たい眼で見てくるんだもん・・それで心配してるだなんて、とても信じられないよ・・」
「寧々・・確かにあれは驚いたよ。あたしも驚いたし、お前が1番ビックリしたはずだよ。でもあたしは寧々、お前を信じている。たとえどんなことが起きたって、お前はお前なんだよ。」
笑みを作って寧々を励ます紅葉。だが寧々の気持ちはすぐには晴れなかった。
「ありがとう、お姉ちゃん・・でも、みんなのあの態度を見せられちゃうと、やっぱり割り切れないよ・・・」
寧々の心境を察して、紅葉が沈痛の面持ちを浮かべる。部屋の中に沈黙が押し寄せ、和海もかりんも声をかけられなくなっていた。
その沈黙を破ったのは美代子だった。
「だったら寧々ちゃん、気持ちの整理がつくまでここにいていいのよ。」
「えっ?」
美代子の提案に寧々だけでなく、紅葉も戸惑いを覚える。
「で、でも美代子さん、それじゃみんなに迷惑が・・」
「今さら何言ってんだよ。お前、今の今まで散々オレたちに迷惑かけてきたじゃねぇかよ。」
心配の言葉を口にする寧々に、ガクトが憮然とした態度で口を挟む。そんなガクトに寧々が不満の面持ちを浮かべてきた。
「アンタにいろいろ言われると、あたしが悪いと思ってることでも認めたくなくなっちゃうじゃないのよ!」
「そんなムチャクチャなこと、オレに言ってきたってしょうがねぇだろ。」
反論してくる寧々に対しても、ガクトは憮然さを崩さない。
「ここまで来ちまったら、いくら迷惑かけたって大差ねぇだろ。だったらもう四の五の言うのはやめにしような。」
笑みを見せるガクトの態度が腑に落ちなかったが、その言葉に戸惑いを覚える寧々。するとかりんが寧々の肩に優しく手を乗せる。
「ガクトは口は悪いけど、強い優しさを持ってる。きっと力になってくれるから・・」
「おい、かりん、余計なことは言わなくていいんだよ。」
寧々に向けてのかりんの言葉に、ガクトが文句を言う。だがかりんが笑顔を見せてきて、ガクトは思わず苦笑をこぼした。
「紅葉ちゃんもここに滞在してもいいのよ。2人でならそれほど不安になることも少なくなると思うから。」
「美代子さん・・・」
美代子の優しさに紅葉も戸惑いを覚える。もはやどんなに拒んでも心配してくると思い、紅葉も寧々も観念した。
「もう、厄介な人たちのお世話になったもんだね、寧々。」
「そうだね、お姉ちゃん・・・美代子さん、かりんさん、ガクト、お言葉に甘えさせてもらうね♪」
紅葉が呆れた素振りを見せて、寧々が美代子たちの案に笑顔で同意する。
「たくみさんと和海さん、でしたね?・・よければ、あなたたちも一緒に・・」
「いえ、オレたちはちゃんと住んでるとこがあるから・・」
美代子に話を振られるが、たくみが苦笑いを浮かべて断る。
「でも、ここには通わせてもらいますね・・えっと・・」
和海が感謝の言葉を言いかけて、突然口ごもってしまう。すると美代子が笑顔を見せて答える。
「鷲崎美代子、17歳です。」
「おいおい。」
美代子の自己紹介に、かりんがツッコミを入れる。そのやり取りに唖然となっているたくみに、ガクトが呆れながら小声で言いかける。
「美代子さんはいつも17歳だって名乗ってるんだ。突っ込んでやると喜ぶみたいだから。」
ガクトに説明されるが、たくみは美代子の考えが読めなかった。その傍らで和海が笑みを浮かべて、美代子をじっと見つめていた。
「か、かっこいい・・・」
「えっ・・・?」
和海のもらした言葉にガクトとたくみが一瞬唖然となる。
「かっこいいです、美代子さん!心と気持ちはいつも青春の17歳なんですね!」
「えっ?・・そういってもらえると、私は嬉しいわね。」
和海の予想外の発言に一瞬きょとんとなるも、美代子は笑顔を取り戻して頷いた。
「でも、何で17歳なん・・?」
たくみが疑問を投げかけようとしたとき、美代子が笑顔を見せたまま、彼に人差し指を当てる。
「17歳といったら17歳なの。追求はNG。これは最優先事項よ♪」
満面の笑顔で言いかける美代子に、和海が大きく頷く。ただそれでも、たくみは2人のやり取りが理解できないでいた。
寧々と紅葉の再会の報告を受けて、夏子は安堵を浮かべていた。
「紅葉ちゃん、寧々ちゃんとうまく会えたみたいですね。」
電話の内容を聞いていた悟が安堵の笑みをこぼす。
「それで、2人はどうするのですか?このまま家のほうに・・」
「それが・・美代子さんが、2人の気持ちの整理がつくまで住まわせるって・・」
悟が訊ねると、夏子が額に手を当てて呆れながら答える。
「でも、美代子さんなら大丈夫だと思うんですけど・・」
そこへサクラが微笑んで言いかけるが、夏子は安心していなかった。
「美代子さんだから不安になってくるのよね・・・」
「それでもたくみくんと和海さんがついているんだから、問題は緩和されるでしょうに・・・」
悟がさらに弁解を入れるが、夏子はそれでも頭を抱えたままだった。
「相変わらず苦労から離れられない様子ですね、先輩。」
そのとき、夏子に向けて声がかかった。3人が振り返った玄関には、1人の女性がいた。
長く鮮明な黒髪を束ねてポニーテールにしており、大人びた雰囲気をかもし出していた。
尾原早苗(おはらさなえ)。警視庁所属の警部で、かつての夏子の部下。夏子の真っ直ぐな人柄に憧れて刑事を目指していた。現在はガルヴォルス事件の対策本部の指揮官を任されており、夏子たちを影からバックアップしている。もちろん悟とサクラとも面識があり、よき協力者として認知していた。
「早苗さん、お久しぶりです。」
「お久しぶり、悟くん。元気そうでよかったわ。」
笑顔を見せる悟と微笑みかける早苗。2人は再会の握手を交わす。
「あの、みなさん、この人は・・・?」
そこへ当惑を見せている真樹が訊ねてくると、早苗は彼女に眼を向けてきた。
「はじめまして。私は警視庁所属、尾原早苗。秋警部の後輩です。といっても、今は私立探偵でしたね、夏子先輩。」
「相変わらずね、早苗。真面目なんだけど、真面目すぎるのが玉に瑕なのよね。」
真樹に自己紹介をする早苗に、夏子が肩を落としながら口を挟む。
「こちらこそはじめまして。私、夏子さんやみなさんのお手伝いをしています、迫水真樹です。」
「はい。こちらこそよろしく、真樹さん。」
笑顔を見せる真樹に微笑む早苗。だが早苗は夏子に再び眼を向けると、笑みを消して真剣な面持ちを浮かべる。
「ここ最近になって、事件を引き起こすガルヴォルスの動きがまた活発化してきています。私たちもいくつか処理してきていますが、事件の大半は、ガルヴォルスの同士討ちで終結しています。」
「そのことは私たちもいくつか確認しているわ。それだけならいくつか対処法があるんだけどね・・・」
早苗の言葉を聞いて深刻な面持ちを浮かべる夏子。今起こっているガルヴォルスの問題はそれだけではなかった。
「あの、何か難しい問題でも出たんですか・・・?」
そこへ真樹が心配の面持ちで訊ねてきた。その質問に答えたのは早苗だった。
「今回暗躍しているガルヴォルスたちの中に、私たちが死亡を確認している人が含まれているんですよ・・」
「えっ・・・!?」
その言葉に真樹だけでなく、悟もサクラも驚愕を見せた。
「それはつまり、死んだ人が生き返ったってことですか・・・!?」
「正確には、死んだガルヴォルスが、ですね。」
問い詰める悟に、早苗が落ち着きを払って答える。
「この事件の中に、ガルヴォルスを蘇らせることのできる者がいるようです。もしかしたら、ガルヴォルスに限らないかもしれません・・」
「じゃ、蘇ったガルヴォルスが、また人間を襲うかもしれない、と・・」
「その可能性は極めて高いですね・・いずれにしろ、このままその首謀者を野放しにしておくわけにはいきません。」
早苗の言葉に夏子と悟が真剣な面持ちで頷く。
「私は捜査線上で事件を追っていきます。先輩も先輩で調査を行っていくのですね?」
「もちろん。ここまで踏み込んで、引き返すなんて私らしくないわよ。」
早苗の言葉に、夏子が自信を込めた笑みを浮かべて答える。
「先輩、早苗さん、オレも調査に出ます。これ以上、街を混乱させるわけにはいきません。」
そこへ悟が声をかけ、夏子と早苗が頷く。
「いいでしょう。ただしあくまで民間協力者としての扱い。私たちの指示には最優先で従ってもらいますから。」
「分かっています。よろしくお願いします、早苗さん。」
早苗の言葉を受け入れつつ、悟もこの一連の事件に挑もうとしていた。
ひとまず紅葉を寧々と引き合わせることができたたくみと和海。2人は街を見回ってから、夏子の事務所に戻ることにした。
「美代子さん、優しいし努力家だし。私、いろいろ尊敬しちゃうなぁ。」
「確かに優しいけど、何かヘンだぜ。どう見ても普通じゃないな・・別に人間じゃないって言ってるわけじゃないぞ。」
「分かってる。でももしガルヴォルスだったら・・・」
和海が言いかけると、彼女とたくみが沈痛さを覚える。ガルヴォルスとなった人たちは、必ず何らかの悲劇を抱えている。少なくとも2人が出会ったガルヴォルスたちは、そのような人たちと、ガルヴォルスの闘争本能に駆り立てられた人たちばかりだった。
その悲劇を増やしてはいけない。少なくとも、自分たちの眼の届くところでは、その悲劇を起こさせてはいけない。たくみと和海はそう決意していた。
「オレもみんなの幸せを守っていきたい。他のみんなに、オレたちと同じ悲しみを味合わせたくないから・・」
「たくみ・・・」
「オレがそうしたいからそうする。和海も同じ気持ちなんだろ?」
戸惑いを見せる和海に、たくみが気さくな笑みを見せる。
自分がそうしたいからそうする。
それがたくみが貫いてきた揺るぎない信念だった。その強き思いは、今は和海の信念にもなっている。
「その通りだよ。私も私がそうしたいからそうする。そう決めてるから・・」
「和海・・・ありがとうな・・」
和海に感謝の言葉をかけるたくみ。2人は握手を交わし、互いの心境を確かめ合った。
そのとき、たくみは突然眼を見開き、信じられないものを見ているような面持ちを浮かべる。その様子に和海が当惑する。
「どうしたの、たくみ・・?」
「和海・・あれ・・・あれ・・・!?」
和海の問いかけに、たくみが見つめる先を指差しながら答える。その先に和海も振り向くと、彼女も驚愕を覚える。
そこにいた青年に、2人は見覚えがあった。忘れるはずがない。
かつての2人の友、飛鳥総一郎だった。
「飛鳥・・・飛鳥!」
たくみがその青年に向かってたまらず駆け出す。だが青年は人込みに紛れてしまい、その中で完全に見失ってしまう。
「飛鳥・・・」
たくみが当惑を募らせているところへ、和海も遅れて駆けつけてきた。
「今の人、確かに飛鳥さんだよね・・・」
「あぁ・・けど、そんなはずはない・・飛鳥は、もう・・・」
和海の言葉に、たくみが困惑を浮かべたまま答える。他人の空似でしかない。そのはずなのに、2人はその青年がどうしても飛鳥に思えてならなかった。
そのとき、街中で悲鳴が上がった。その声を耳にしたたくみと和海が緊迫を覚える。
逃げ惑う人々の先には、蛇を思わせる姿のスネイクガルヴォルスが暴れていた。口から毒液を吐き出して、建物や人々を石に変えていた。
「ガルヴォルス・・また人を襲ってるのか・・・!?」
スネイクガルヴォルスの猛威を目の当たりにして、たくみがいきり立つ。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がり、悪魔を彷彿とさせる怪物へと変貌を遂げる。
「和海、お前は逃げ遅れた人を助けるんだ。アイツはオレが食い止める。」
「うん。分かったよ。気をつけてね、たくみ。」
たくみの呼びかけに和海が答えて頷く。そしてたくみは、暴れているスネイクガルヴォルスに向かって飛びかかる。
繰り出した拳が怪物の顔を横殴りにする。スネイクガルヴォルスが横転し、たくみが着地して相手を見据える。
「すぐにみんなを元に戻せ!でないと本気で叩きのめすぞ!」
「言ってくれるじゃねぇの。せっかくみんな石にしたのに、わざわざ元に戻してたまるかよ!」
たくみの呼びかけに対し、スネイクガルヴォルスが哄笑を上げる。
「そうかよ・・だったら、覚悟はできてるだろうな!」
いきり立ったたくみが、剣を具現化させて手にする。スネイクガルヴォルスが吐き出した毒液を、たくみは跳躍してかわす。
背中から悪魔の翼を広げて飛び上がるたくみ。次々と飛んでくる毒液を次々とかわしていく。
「くそっ!ちょこまかと!」
苛立ちをあらわにするスネイクガルヴォルスが、ついにたくみを追ってきた。だがそれがたくみの狙いだった。
相手が向かってくるなら狙いも定めやすい。たくみは迎撃の手段に出て、スネイクガルヴォルスに向けて剣を振りかざした。
その一閃は虚を突かれたスネイクガルヴォルスの体を両断する。
「バ、バカな・・・!」
驚愕の声を上げて、スネイクガルヴォルスが絶命し、その肉体が崩壊して空中で霧散する。着地したたくみが剣を下げ、周囲を見回す。
「たくみ、大丈夫・・・!?」
そこへ和海が駆け寄り、たくみが振り返る。
「和海・・あぁ。このくらい。何でもない。」
「そう・・よかった・・・」
たくみが微笑んで答えると、和海が安堵の笑みをこぼした。
「ふぅん。やっぱりすごいんだね、あなたたち。」
そんな2人に向けて少女の声がかかってきた。2人が振り返った先にいた少女は、明るい笑顔を見せて彼らを見つめていた。
「お前は・・・?」
「自己紹介をしておくね。あたしは美崎華帆(みさきかほ)。よろしくね。」
たくみが問いかけると、少女、華帆が自己紹介をする。
「悪いけど、ガクトとかりんは誰にも渡さない・・あたしたちの邪魔をするものはみんな・・・」
華帆の頬に異様な紋様が浮かび上がる。同時に彼女の頬から笑みが消え、怒りがあらわになる。
「許さない!」
いきり立った華帆の姿が変貌する。蝶の姿をしたバタフライガルヴォルスに。
「ガルヴォルス!?」
「ガクトとかりんさん・・・お前はいったい・・・!?」
和海とたくみが華帆の姿と言葉に驚愕する。
「言ったでしょ?ガクトとかりんは誰にも渡さないって・・・!」
言い放った華帆が背中から羽を広げ、羽ばたかせる。そこから鱗粉が吹き付けられ、たくみと和海に向かっていく。
「和海、どけ!」
たくみが和海を横に突き飛ばす。彼女を庇って鱗粉を浴びて、たくみが顔を歪める。
(ぐっ!痺れの効果のある鱗粉か・・体が・・・!)
体の自由が利かなくなり、その場にひざを付くたくみ。華帆が彼に近づいて、笑顔を振りまく。
「あなたたちがいると、ガクトとかりんのためにならないの。だから、あたしが始末してあげるから・・」
動けないでいるたくみに、華帆が右手を構える。そのとき、華帆が背後から突き飛ばされて前転する。
驚きを覚えるたくみと和海が眼を向けると、紅葉と寧々の姿があった。
「紅葉・・寧々ちゃん・・何で・・・!?」
たくみが声を振り絞ると、紅葉が微笑んで言いかける。
「ちゃんとお礼が言いたかったから・・それで追いかけたらこの有り様で・・」
「そうだったのか・・・とにかくここは危ない!すぐに離れろ!」
たくみが紅葉に呼びかけるが、寧々が華帆の前に立ちはだかっていた。
「たくみさんだよね?あたし、これでも鼻が利くほうだから・・・ここはあたしが食い止める。お姉ちゃんたちは・・」
寧々が華帆を食い止めようと勇み足を出すが、その前に紅葉が踏み込んできた。
「お、お姉ちゃん・・・?」
「それはあたしのセリフだよ、寧々。ここはあたしに任せてちょうだい。」
戸惑いを見せる寧々に、紅葉が笑みを見せて答える。そして華帆に視線を戻して、紅葉が全身に力を込める。
紅葉の頬に異様な紋様が浮かび上がる。そして彼女の姿が、ハリネズミの姿をしたヘッジホッグガルヴォルスへと変貌を遂げる。
「お、お姉ちゃん・・・!?」
ガルヴォルスとなった姉の姿を目の当たりにして、寧々は動揺の色を隠せなかった。