ガルヴォルスSpirits 第1話

 

 

どうして、こんなことになっちゃったんだろう・・・

 

どうして、最初から分かり合えなかったんだろう・・・

 

もしも分かり合えていたら、こんなことにはならなかったかもしれない・・・

怒りと悲しみを引き金にして、心と体がぶつかり合う・・・

 

この魂(こころ)、決して交わることはない・・・

 

 

 平穏さと賑わいを見せている真昼の街。その一角のモーター店にて、2人の男女が働いていた。

 不動(ふどう)たくみと長田和海(おさだかずみ)。2人は彼の先輩である八嶋武士(やしまたけし)が経営しているこのモーター店で働いていた。

 和海が働くようになってから、モーター店を訪れる客が急増した。だがそのほとんどが和海を看板娘として見ている連中で、武士は逆に不満を感じていた。

「やれやれ。これじゃお客じゃなくて冷やかしじゃねぇかよ。こっちは真面目にバイク売りをしてるってのに。」

 武士が文句を言うと、たくみと和海が苦笑いを浮かべる。

「文句はほどほどにしといてくださいよ、先輩。でないとホントに客が来なくなっちゃいますよ。」

「うるせぇよ。そういうふざけた商売は大嫌いなんだよ。」

 たくみが弁解を入れるが、武士はさらに不満を募らせていた。

「心配なのはむしろ和海のほうだ。アイツ、まだまだ失敗するとこがあるからなぁ。」

「けどそれも少しずつだがよくなってきてる。コツをつかんできている証拠だな。」

 たくみの心配に対し、武士は感慨深げに頷いてみせていた。その信用性を打ち崩すかのように、和海が足をつまずいて前のめりに倒れ込んでいた。

「まぁ、あれはあれで和海らしいってとこですな・・」

 和海を見つめて、たくみは安堵の笑みをこぼしていた。

「ところで、たくみと和海ちゃんが世話になったあの刑事、確か今は探偵をやってるんだったな・・」

「えっ?なっちゃんのことですか?えぇ、そうですよ。なっちゃんのことだから、いろいろとムチャしてるんじゃないですか。」

 武士の問いかけにたくみが答える。

 たくみと和海は人間の進化系とされている「ガルヴォルス」である。ガルヴォルスが引き起こす事件に関わっていく最中、彼らは当時警部だった女性、秋夏子(あきなつこ)と出会った。この事件の解決とたくみたちの救出のため、夏子は上層部の命令を無視した。

 その後は刑事を辞職し、現在は私立探偵として新たな道を進んでいた。

「そういうところもなっちゃんのいいところだよ。大丈夫だって。なっちゃん、きっと立派に事件を解決していってるよ。」

「確かになっちゃんらしいって言っちまったらそうだよな、アハハハ・・」

 そこへ和海が話に参加して、たくみが笑みをこぼして答える。

「なぁ、明日ちょっと様子を見に行ってみようぜ。いきなり来たら文句のひとつは言われそうだけどな。」

「いいかもしれないね。武士さん、明日、いいですよね?」

 たくみの提案に同意した和海が武士に訊ねる。すると武士が一瞬困り顔を見せるも、笑みを取り戻して答える。

「まぁ、お前らの働きぶりにはとても感謝してるし、たまにはお前らのわがままを聞いてやるのも悪くないよな。」

「アハハ。ありがとう、武士さん♪戻ったらまたしっかり仕事を頑張りますので♪」

 武士が了承すると、和海が大喜びをした。その様子にたくみも笑みをこぼしていた。

 

 街の中でもにぎわいを見せているピザハウス「セブンティーン」。そこで働く2人の男女がいた。

 竜崎(りゅうざき)ガクトと紫堂(しどう)かりん。2人もガルヴォルスであり、ガルヴォルスの引き起こした事件に巻き込まれたことで、深い悲しみと辛い過去を秘めていた。

 両親を殺されたことでガルヴォルスに転化したかりんだが、暴走する力を抑え切れず、ガクトの家族を手にかけてしまった。そのためガクトはガルヴォルスでありながら、ガルヴォルスを深く憎悪するようになった。

 様々な錯綜と衝突を繰り返して、ガクトとかりんは和解し、互いになくてはならない存在へと昇華した。だが2人は親友と弟を失い、その悲しみさえも背負うこととなった。

 その後、2人は今を精一杯生きようと力を入れていた。

「ガクトさん、かりんちゃん、お疲れ様です。」

 その店内のキッチンから、1人の女性が姿を見せてきた。「セブンティーン」の店長であり、ガクトとかりんの保護者である鷲崎美代子(わしざきみよこ)である。

 美代子は穏和な性格でいつも笑顔を絶やさず、ガクトたちのよき相談役であるが、17歳を自称したりと、かなりの変わり者である。

「美代子さん、また新しいメニューを考えたんですか?」

「えぇ。でもドリアだから、試食はかりんちゃんに任せたほうがよさそうね。」

 かりんが訊ねると美代子が笑顔で答える。そして丁度出来上がったそのドリアをテーブルのひとつに運ぶ。

 ガクトは猫舌であり、熱いものは冷まさないとなかなか食べられない。それを気遣って、美代子は熱のある新メニューを作ったときには、かりんに試食させたりしている。

「うん。これ、なかなかいけますね、美代子さん。」

「ありがとう、かりんちゃん。でも、ガクトさんが食べられるような冷たいものを作ってみるのもいいかもね。」

 かりんが賞賛すると、美代子が喜んで微笑む。その会話に腑に落ちなかったが、ガクトはこの屈託のない心地に安堵を感じていた。

 そのとき、店のドアが突然乱暴に開け放たれた。その音にガクト、かりん、美代子がドアのほうに振り返る。

 店の中に転がり込んできたのは、藍色のショートヘアの少女だった。

「イタタタタ・・勢い余って止まれなかったよ〜・・」

 少女が頭に手を当てて困り顔を浮かべる。そして顔を上げたところで、彼女はガクトたちに見られる中できょとんとなった。

「あのぉ・・まだお店は始まってないんですけど・・・」

 美代子が笑顔を見せて少女に言いかける。すると少女が美代子に言い寄ってきた。

「お願い!かくまって!あたし、追われてるの!?

「えっ?」

 少女の突然の言葉に美代子が一瞬きょとんとなる。

「・・誰か来るみたいだぞ。」

 そこへガクトが呟くように言いかける。美代子はすぐに事情を聞かず、かりんに厨房に隠れるよう促した。

 2人が隠れた直後、エプロンをした中年の男と女が店にやってきた。近くで八百屋を営んでいる夫婦である。

「あら?これはどうかしましたか?」

「美代子さん、今こっちに泥棒が来たはずなんですけど。」

 美代子の問いかけに主人が不満げに答える。奥さんはそわそわしながら周囲を伺っている。

「年端も行かない女の子で、そいつ店に並べてた売りもんのみかんのひとつを取っていきやがったんで・・」

 主人の言葉を耳にして、ガクトが眉をひそめる。だが厨房へ行こうとしたところを、美代子に止められる。

「そうなんですか?でも私たちは見かけていませんが・・」

「ありゃ?そうなんですか・・どうもすいませんねぇ。何か、いきなり押しかけることになっちまって・・」

 美代子の言葉を受けて、主人がすまなそうに頭を下げると、奥さんを連れて店を後にした。

 2人の姿が見えなくなったところで、ガクトがため息をつく。少女をかばった美代子の判断に不満を感じていたのだ。

「美代子さん、何でかばったりしたんだよ?だってそいつ、泥棒なんだろ?」

 ガクトは美代子に言いかけながら、かりんとともに顔を見せてきた少女の襟首を引っつかんだ。

「イタタタ!痛いって!放してよ!」

 少女が嫌がるが、ガクトの腕を振り払うことができない。

「すぐに突き出せばよかったのによ。」

 さらに不満を口にするガクトだが、美代子は笑顔を崩さなかった。

「相手は女の子なんですよ。何でもかんでもガクトさんのいうようなことをするのは大人気ないですよ。」

 美代子の言い分が腑に落ちなかったが、ガクトは返す言葉が見つからず押し黙ってしまう。するとついに少女がガクトの腕を振り払う。

 ふくれっ面を見せてきた少女に、ガクトが苛立ちを覚える。その少女に、美代子が微笑んで訊ねた。

「お嬢さん、どうしてこんなことしちゃったのかな?」

 美代子に優しく言いかけられて、少女は気持ちを和らげていた。気を落ち着かせたところで、彼女は口を開いた。

「おなかがすいてたんだよ・・でもここに来るまでにお金を使い切っちゃって・・でも我慢ができなくて、それで・・」

 少女の事情を聞いて、美代子は笑顔で頷いた。

「それならそうと最初から言えばいいのに・・私もあの八百屋さんも、事情を話してくれれば受け入れてあげますよ。」

 美代子に励まされて、少女はようやく笑顔を取り戻した。だがガクトは納得していない様子だった。

「何言ってんだよ、美代子さん。そういうのはすぐに八百屋に突き出すに限るだろ。でなきゃこっちが厄介事に巻き込まれることになるって。」

「ガクト、ここは美代子さんに任せたほうがいいって。」

 そんなガクトを呼び止めたのはかりんだった。2人の見つめる先で、美代子が少女に呼びかける。

「でもね、あなたがしたことはいけないことなの。だから八百屋さんにもちゃんと事情を説明して謝らないと。」

 美代子の言葉を聞き入れて、少女は小さく頷いた。

「ところで、君の名前は?」

「寧々・・犬神寧々(いぬかみねね)・・」

 そこへかりんが訊ねると、少女、寧々は答えた。

 

 私立探偵として第二の人生を送っていた夏子。そこで助手として働いていた男女2人。

 速水悟(はやみさとる)と友近(ともちか)サクラ。

 悟は夏子の高校の後輩で、彼女に呼ばれて事務所で働いている。彼のガールフレンドであるサクラも助手として働いているが、失敗を繰り返してしまう。

「先輩、ここ最近、ガルヴォルスの事件が起きませんね・・」

「悟くん、そういう言い方は、ガルヴォルスが事件を引き起こしてほしいって聞こえるんだけど?」

「いや、先輩、別にそういうつもりじゃ・・」

 悟の言葉に夏子がからかいを入れる。すると悟が苦笑いを浮かべて弁解を入れる。

「でも本当に、ガルヴォルスの事件が減ってきているわね・・」

「はい・・ガルヴォルスの中には、その力に振り回されている人もいますから・・・」

「何かの前触れ、嵐の前の静けさでなければいいんだけど・・・」

 深刻な面持ちを浮かべて考え込む夏子と悟。

「夏子さん、悟、お客さんだよー♪」

 そこへサクラが元気よく声をかけてきた。振り返った悟と夏子は、彼女と一緒にいる少女を眼にして眉をひそめる。

 茶色がかった髪を結わってポニーテールにしており、背はサクラと同じくらいである。

「サクラさん、この子は?」

「あ、はじめまして。私、迫水真樹(さこみずまき)っていいます。あの、私を助手にしてもらえないでしょうか?」

 夏子の問いかけに答えたのは少女、真樹だった。その申し出に悟もサクラも夏子も唖然となった。

「あの、ここが探偵事務所だということは分かってるわよね?」

「はい。私、一生懸命に頑張りますので、よろしくお願いします!」

 問いかける夏子に対して、真樹は意気込みを告げて頭を下げる。その意気込みを目の当たりにして、サクラは真剣な面持ちを浮かべて頷く。

「夏子さん、雑用でもいいのではないでしょうか?忙しくなったら、どんなことでも猫の手をかりたくなるほどになりますから。」

「そうね・・・あんまり給料は出せないけど、それで構わないなら・・・」

 サクラの言葉を受けて、夏子が渋々了承する。すると真樹が満面の笑みを浮かべて頭を下げる。

「はいっ!ありがとうございま・・イタッ!」

 だが下げた頭がテーブルに当たり、真樹がその頭を押さえて苦痛を訴える。

「イタタタタ。頭打ちましたよ〜・・」

 痛がる真樹を見つめて、悟たちは唖然となる。

(もしかして、サクラに負けないほどに優柔不断なんでは・・・)

 その中で悟は真樹に対して、一抹の不安を抱えていた。

 

 人気のない街中の裏路地。その小さな道をさまようように徘徊していく1人の少女がいた。

 背中の辺りまで伸びた白髪。瞳は虚ろで生の輝きがなく、まるで生きながら死んでいるようだった。

 少女は感情も行く当てもなく、小道を1人進んでいく。そんな彼女の前に数人の女子高生が取り囲んできた。

「こんなところで1人で何してんだ、お譲ちゃん?」

「ここはあたいらの縄張りなんだよ。」

「悪いけど、女子供でも容赦しないから。」

 女子高生たちが少女に向けて悪態をつく。だが少女は顔色を変えず、動じる様子も見せない。

「何だか気味悪いな、コイツ・・」

「どっちでもいいじゃないの。ガキだってことに変わりねぇんだからさ。」

「ちょっと遊んでやろうぜ。あたいらはこれでも優しいんだからさ。」

 女子高生は不敵な笑みを浮かべて、少女に歩み寄る。それでも少女は全く顔色を変えない。

「けっこう度胸あるな、コイツ。こんな状況だってのに顔色ひとつ変えやしねぇ。」

「それもまた面白いじゃないの。そのツラがどこまで続くか、試してみるのもいいかもしれないよ。」

 女子高生が少女に向けて手を伸ばしてきたときだった。

 少女の眼に不気味な眼光が発せられる。その変貌に女子高生たちが驚きを覚える。

 その周囲に突然砂煙が砂嵐のように巻き起こった。そしてその砂が少女の見つめる先で徐々に集まっていく。

 そして凝縮された砂は徐々に形を成していく。それは非現実的ともいえる怪物の姿だった。

「な、何なのよ、コレ・・・!?

「バ、バケモノ!」

 恐怖をあらわにして悲鳴染みた声を上げる女子高生たち。少女の見つめる先で、怪物が女子高生たちに近づき、そして襲い掛かった。

 体を切り裂かれた女子高生たちから鮮血が飛び散る。息の根を止められた彼女たちの体が石のように固くなり、そして砂のように崩壊して形すら残らずに消滅した。

 消滅した女子高生たちを見下ろして、少女はようやく微笑を浮かべた。

「・・わたしが、みんなのしあわせをとりもどしてあげるの・・わたしがみんなをしあわせにしてあげるの・・・」

 少女は囁くように言いかけ、再び歩き出していった。怪物は人の姿になって、同様にこの場を後にした。

 

 翌日、たくみと和海は夏子に会うために、秋探偵事務所を訪れた。久しぶりの親友との再会に、2人は落ち着かない様子だった。

「なっちゃんに会うっていうのに、何だか緊張してきちゃうなぁ。」

「おいおい、そんなに緊張するほどのことでもないだろ。」

 照れ笑いを浮かべる和海に、たくみが苦笑いを浮かべる。

 そのとき、事務所のほうからガラスが割れる音が響いてきた。その音にたくみと和海が緊迫を覚える。

「たくみ、今の音・・!?

「何かあったのか!?

 声を荒げる和海とたくみ。2人は危機感を募らせて、事務所に駆け込んだ。

「なっちゃん!」

 玄関の扉を開け放って飛び込むたくみ。だがそこではサクラと真樹があたふたしていた。

 あまりに拍子抜けする光景に、たくみも和海も唖然となって言葉を失う。

「あれ?たくみくんに和海ちゃんじゃない・・?」

 2人に眼を向けて、夏子が声をかけてきた。

「なっちゃん、これはどういう・・?」

 視線だけを夏子に向けて、和海が声を振り絞って訊ねる。その問いかけに答えたのは悟だった。

「真樹ちゃんがコーヒーを入れたカップを落として割れてしまったんですよ。それで彼女もサクラも慌ててしまって・・」

 悟の説明を受けてただただ頷くばかりのたくみと和海。

「ところで先輩、この2人、知り合いなんですか?」

「うん、まぁ。私が警部をしてたときに会ってね。」

 悟が続けて訊ねると、夏子が微笑んで答える。

「紹介するわね。不動たくみくんと長田和海ちゃん。2人ともガルヴォルスよ。」

「えっ?」

 夏子からたくみと和海を紹介されて、悟とサクラが当惑する。

「たくみくん、和海ちゃん、私の助手を務めている速水悟くんと友近サクラちゃん、あと昨日から新しく入った迫水真樹ちゃんよ。」

「はじめまして。よろしく、悟さん。」

「あぁ。こちらこそ・・」

 夏子が続けて悟たちを紹介すると、たくみと悟が握手を交わす。

「ところでたくみくん、どうしたの、突然?」

 夏子がたくみに、ここに来た目的を訊ねる。

「いや、久しぶりになっちゃんに会いたくなってきちゃって・・まずかったか・・?」

「そんなことはないわよ。ただいきなりだったんで、ちょっとビックリしただけよ。」

 たくみの言葉に夏子が苦笑をもらしながら答える。

「それにしても、なっちゃんが元気でよかった。」

 そこへ和海が安堵を込めた笑みを見せてきた。

「そういえば彩夏ちゃんと美優ちゃんはここを出たんだよね?」

「えぇ。自分たちでどこまでやれるか試したいって、2人だけで旅に出たのよ。ここの連絡先は渡してあるから、何かあったときでも大丈夫だとは思うんだけど・・」

 和海の持ち出した話題に、夏子が深刻な面持ちで答える。

 デビルビーストとガルヴォルスの姉妹、牧原彩夏(まきはらあやか)と牧原美優(まきはらみゆう)、それぞれの人間の進化系となったため周囲から迫害されていたが、たくみと和海たちと出会い、傷ついていた心を癒すことができた。

 2人は一時期夏子の事務所に預けられていたが、現在は2人だけの旅に出ているのである。

「快く歓迎してあげたいところだけど、事件が起こったのよ。」

 真剣な面持ちを浮かべて言いかける夏子に、たくみと和海が笑みを消す。

「ガルヴォルスの事件なのか・・・?」

「えぇ。でも多分、あなたたちの力を借りることはないと思うわ。悟くんが一緒だから・・」

 たくみの問いかけに、夏子が自信を込めた笑みを見せ、悟も頷く。だがたくみも和海も手を引かなかった。

「水臭いぞ、なっちゃん。たとえ協力させてくれなくても、オレも和海も事件解決に向けて出るからな。」

「そうだよ。私たち、友達なんだからね。」

「あなたたち・・・」

 2人の心遣いを目の当たりにして、夏子は感謝を覚えていた。

「オレがそうしたいからそうする。オレはいつでも、その気持ちでいろいろとやりぬいて、乗り切ってきたんだぞ。」

 たくみが気さくな笑みを浮かべて夏子たちに言いかける。自分がそうしたいからそうする。それが彼のポリシーである。

「くれぐれも邪魔はしないように。それだけは守ってもらうわよ。」

「ありがとうね、なっちゃん。」

 夏子がたくみの申し出を了承すると、和海が笑顔を浮かべて頷いた。

 そのとき、事務所のインターホンが鳴り響き、たくみたちが玄関に眼を向ける。真樹が慌しく玄関に向かい、ドアを開ける。

 その先には紅いショートヘアの少女が立っていた。スカートなどではなくジーンズをはいており、ボーイッシュとも取れる風貌だった。

「あれ?お客さんですか?」

「あの・・人を探してほしいんだけど・・」

 真樹が声をかけると、少女は子供のような声色で答える。その申し出に夏子が眉をひそめる。

「悪いんだけど、うちは人探しを本業としていないの。探偵の中でも特殊の部類に属していて・・」

「分かってるよ。ここ、ガルヴォルスに関することを担当している探偵の事務所なんでしょ?」

 夏子が声をかけると、少女はさらに言いかけてくる。

「もしかして、あなたが探している人って、ガルヴォルス・・・?」

 夏子が真剣な面持ちで問いかけると、少女も真剣な面持ちで頷く。

「あたしの妹なんだ・・家出したのを追いかけてきたんだけど・・」

「妹?・・あなた、名前は?」

 少女が事情を話すと、和海が彼女に問いかける。

「犬神紅葉(いぬがみくれは)・・妹は寧々っていうの・・」

 少女、紅葉が名乗ると、たくみと悟も小さく頷く。

「寧々ちゃんか・・紅葉ちゃん、寧々ちゃんの手がかりとかはないのかい?たとえば写真とか・・」

 悟が告げると、紅葉は首に下げていたロケットを手にする。そのふたを開けると写真が収められており、その中の1人が紅葉だった。

「なるほどね。こっちが紅葉ちゃん・・で、こっちが寧々ちゃんってわけだね。」

 和海が写真を指し示していくと、紅葉が頷いていく。

「よし。ならオレが探しに行ってやる。人手は多いほうがいいからな・・なっちゃん、紅葉ちゃんはオレに任せとけ。なっちゃんたちはガルヴォルスを追うんだろ?」

「え、えぇ・・ならたくみくん、和海ちゃん、そっちは頼むわね。くれぐれもムチャはしないように。」

 たくみが紅葉の頼みを引き受けると、夏子も彼の意気込みを受け入れた。

「私も行くからね、たくみ。私だって、紅葉ちゃんのために何かしてあげたいから・・」

 和海の申し出にたくみが頷く。協力してくれる2人に、紅葉は安堵を込めた笑みを浮かべた。

 

 突然「セブンティーン」に飛び込んできた少女、寧々。その後寧々は美代子に連れられて八百屋夫婦に謝った。

 それから寧々はガクトたちに事情を話した。家や周囲からの迫害を受けて、家を飛び出して上京してきたことを。しかし行く当てがなく途方に暮れていたことを。

 その事情を聞いた美代子は、その夜は寧々を泊めることにした。そしてその翌日、寧々はそんな美代子に感謝の意を感じて、店の手伝いをすることを申し出た。

「へぇ。寧々ちゃん、本当に頑張ってるね。」

「エヘへ。家ではお母さんやお姉ちゃんの家事の手伝いとかよくやってたから。」

 かりんが声をかけると、寧々が気さくな笑みを浮かべて答える。その傍らでガクトが憮然とした態度を見せていた。

「全く図々しいよな。いきなり押しかけてきたドロボーだってのに。」

「うるさいなぁ。それは仕方なかったことだし、昨日ちゃんと謝ったじゃないか。そもそも、何でアンタにいちいち文句を言われなくちゃなんないのよ。」

 ガクトが愚痴をこぼすと寧々が仕事をしながら反論する。その態度にガクトが不満を覚える。

「何てガキだよ。どっからそんなデカい態度が出て来るんだか。」

「そっちこそ何だよ!いちいちあたしに言いがかりつけてきて!」

「やめなさいって、2人とも!」

 ガクトと寧々の口ゲンカを、かりんが割って入って制する。彼女に止められて、ガクトと寧々が押し黙る。

「ガクト、寧々ちゃんはちゃんと反省してるし、そればかりか店の手伝いまでしてくれてる。それなのに責めたら、逆に寧々ちゃんに悪いわよ。」

 かりんに言いとがめられて、ガクトは何も言い返せなくなってしまう。彼と寧々が仲良くなってほしいという気持ちを込めて、かりんは微笑みかけた。

「キャアッ!」

 そのとき、店の外から悲鳴が響き渡ってきた。その声にガクトとかりんが緊迫を覚える。

 2人が外に出ると、人々が恐怖を募らせて逃げ惑っていた。

「おいっ!どうしたんだ!?

 ガクトがその1人を捕まえて問い詰める。

「バ、バケモノだ!バケモノが街で暴れてる・・・!」

 その答えにガクトが緊迫を募らせる。その彼らの前に、蜂の姿をした怪物が降り立った。

「ガルヴォルス・・・!」

 眼つきを鋭くするガクトに、ビーガルヴォルスが左手の針の切っ先を向ける。

「かりん、寧々を連れて店の中に隠れてろ!コイツはオレが相手をする!」

 ガクトがかりんに呼びかけると、ビーガルヴォルスの前に立ちはだかる。寧々を店の中に連れて行こうとするかりんだが、寧々は彼女の手を振り払って、ガルヴォルスの前に立つ。

「お、お前・・!?

 ガクトが寧々の突然の乱入に声を荒げるが、彼女はビーガルヴォルスを見据えていた。

「どいてろ!お前が出てきたところでどうにもなんねぇよ!」

「そんなことはないよ!あたしはこんな怪物に負けない・・・!」

 ガクトの呼びかけに反論する寧々の顔に異様な紋様が浮かび上がる。その変化にガクトもかりんも眼を疑う。

「あたしは、あんな怪物とは違うんだから!」

 言い放つ寧々の姿が、犬の姿をした怪物へと変貌する。彼女の異様な姿に、ガクトもかりんも驚愕していた。

「寧々ちゃん・・あなたも・・・!?

 声を振り絞るかりんの前で、寧々がビーガルヴォルスを鋭く見据える。ドックガルヴォルスの影に彼女の裸身が現れる。

「ガクトもかりんさんも見ていて!ここはあたしが!」

 いきり立った寧々がビーガルヴォルスに向かって飛びかかる。だがビーガルヴォルスは彼女の突進を飛翔してかわすと、彼女に向けて左手の針を飛ばす。

 寧々は身を翻して針をかわしていく。だがそこへビーガルヴォルスが寧々に向かって突進してきた。

 そして再び放たれたビーガルヴォルスの針が寧々の左腕に刺さる。苦悶を覚えてうずくまる彼女の姿が人間に戻る。

 だが寧々の変化はそれだけではなかった。針を刺された彼女の腕が灰色に染まっていく。

「こ、こんなことって・・・」

 硬質化する自分の体に歯がゆさを覚える寧々。追い込まれる彼女に、ビーガルヴォルスが迫る。

 そこへガクトが割って入り、ビーガルヴォルスの前に立つ。

「すっこんでろってのに。後はオレがやる。」

 ガクトがビーガルヴォルスを見据えたまま寧々に言いかける。彼の頬に紋様が走り、姿が竜を思わせる姿へと変わる。

 ドラゴンガルヴォルスへの変貌を遂げ、ビーガルヴォルスに挑むガクト。その姿に寧々は驚愕するしかなかった。

 

 

 

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