ガルヴォルスSouls 第7話

 

 

 たくみ、和海と宗司の戦いは長期に渡っていた。莫大な力に比例して消耗も激しくなり、宗司は次第に劣勢に追い込まれつつあった。

「くっ・・これほどの気迫を備えていたとは・・それでここまで踏みとどまれるとは・・・」

 宗司が疲弊を感じて息を荒くする。

「限界に近い・・まさか気付かないうちに、これほどまで力を使っていたというのか・・私も、浅はかだったというのか・・・」

 自分の非に思わず苦笑する宗司。だが彼に退く道は残されていなかった。

 一方、たくみと和海も消耗が激しく、足取りが覚束なくなっていた。

「本当にタフだね、宗司さん・・・」

「ここまでしぶといのは、ガクト以来だ・・・」

 和海とたくみが笑みをこぼして声を掛け合う。

「だが勝機はこっちに傾いてきている・・ここで諦めたら赤っ恥だ・・」

「何にしても、たくみだったら絶対に諦めないけどね・・」

 汗を拭うたくみに、和海が励ましの言葉をかける。

「離れていてくれ、和海・・次のオレの攻撃で、今度こそ終わらせてやる・・・」

「たくみ・・信じてるからね・・あなたのことを、いつまでも・・・」

 決意を告げるたくみに全てを託す和海。両手に稲妻を集束させる宗司を見据えて、たくみも身構える。

「さぁきやがれ!コイツで何もかも終わらせてやる!」

「いいだろう!私はもう、お前たちを木っ端微塵にすることも厭わない!」

 互いに叫びあうたくみと宗司。たくみが出現させた剣を手にして、宗司に向かっていく。

 振り下ろされたその剣を、宗司が両手を突き出して受け止める。その衝撃で剣の刀身が砕かれる。

 だがたくみは構わずに身をかがめて宗司に突っ込む。繰り出された拳が、宗司の体にめり込んだ。

 力を振り絞ってたくみを跳ね除けようとする宗司。だが体から稲妻が発動されない。

(力が・・・)

 心の中で小さく呟く宗司の体が貫かれる。鮮血をまき散らしながら、宗司は力なく倒れていく。

 ついに宗司に打ち勝ったたくみ。だが彼の心にあるのは勝利の喜びではなく、歯がゆさと虚しさだった。

「どうして・・言葉で分かり合うことができないんだろうか・・オレたちは・・・」

 戦いの非情さに憤りを感じていたたくみ。人間の姿に戻った彼に、和海が歩み寄ってきた。

「たくみ・・私・・・」

「和海が気に病むことじゃない・・これはオレと宗司さんの・・」

「ううん・・たくみが悔やむことなら、私も悔やまなくちゃいけない・・私とたくみの気持ちはひとつになっているんだから・・」

「すまない、和海・・オレのために・・・」

 言葉を交わしあう和海とたくみが互いを抱きしめる。直後、傷ついた宗司が人間の姿に戻る

「私の願いは砕かれた・・もはや私に生きることさえ許されない・・とどめを、刺してくれ・・・」

 宗司が声を振り絞って懇願する。だがたくみと和海は、その申し出を受け入れようとしなかった。

「オレたちもあなたも人間だ・・この世界で一生懸命に生きてくれ・・」

「そうですよ・・宗司さん、あなたの命は、もうあなただけのものじゃなくなっているんですよ・・・」

 たくみと和海がかけた言葉に、宗司は困惑を覚える。

「だが、私はこの荒んだ世界を拒んでいる・・七瀬さんとこころちゃん、2人が受け入れたとしても・・」

「オレたちは2人のことを考えて、この選択を選んでるんだ。」

 頑なな態度を示す宗司だが、たくみはそれを一蹴する。

「オレがそうしたいからそうする・・いや、オレたちが、だったな・・・」

 自分の意思を告げるたくみが、和海に眼を向ける。彼の意思は彼女へと完全に伝達していた。

「だから君たちは、自分たちの居場所を踏みにじろうとする私たちを止めようとしたのか・・・もはや私には勝ち目はない・・・」

 観念した宗司が力なく倒れる。心身ともに傷だらけであったが、命に別状はなかった。

 そのとき、たくみたちは海のほうで轟音が響いてきたのに気付き、振り返る。

「まさか、あずみが街を・・!?

 声を荒げたたくみが眼を凝らす。だが爆発が巻き起こっていたのは森のほうだった。

「違う・・もしかして、紅葉ちゃんが・・・!?

「大変!急がないと・・でも宗司さんが・・・」

 声を荒げるたくみと和海だが、ふと宗司に眼を向ける。

「私に構うな・・といっても、今の君たちに残されている力はわずかだと思うが・・」

 宗司の言葉に毒づくたくみ。このまま戦いに赴いても、あずみを止められるだけの力も、紅葉を助け出すだけの力さえも残っていなかった。

「くそっ・・オレにはもう、力が残っていないというのか・・・」

「少しだけ力を蓄えよう・・あまり急いでも逆効果だから・・」

 悔しがるたくみに和海が言いかける。その言葉にたくみは渋々頷いた。

 

「もしかして、こんなに長く戦ったことが今までになかったんじゃないのかな?」

 紅葉が七瀬に向けて声をかけてきた。その言葉に七瀬は驚愕し、眼を見開いていた。

「どんなに速くても、ペースを守らないとマラソンは1番になれない。あなたは力を使いすぎてしまったのよ・・」

「こんな・・こんなことで私が・・・!?

 紅葉の指摘に七瀬は愕然となる。今の彼女の状態は、紅葉を確実に仕留められるほどの余裕をなくしていた。

 だが、これで引き下がる七瀬ではなかった。

「私は負けない・・負けられない・・ここで負けたら、みんなが不幸に・・・!」

 疲弊した体に鞭を入れて、力を振り絞る七瀬。彼女の全身から旋風が巻き起こり、紅葉が身構える。

「まだ、こんな力を出せるなんて・・でもダメ!ムリに力を使ったら・・!」

 紅葉が声を荒げるが、七瀬は気に留めずに力を解放する。過度の力の消耗で、彼女の体が悲鳴を上げていた。

(痛い・・これがムチャというものなんだね・・それでも、私は負けられない・・負けられないのよ!)

 痛みを跳ね除けて、さらに力を込める。彼女の右手から放たれた風の矢が、紅葉の持っていた針を切り裂く。

「ぐっ!」

 その衝撃に顔を歪める紅葉。七瀬の鋭い猛撃に、彼女は脅威を感じていた。

(いけない・・これはもう暴走・・自分でも力を制御できていない・・・!)

 毒づいた紅葉が七瀬を止めようとする。だが七瀬を取り巻く風は竜巻となっており、外敵を近づけさせない壁となっていた。

「やめて、七瀬さん!このままでは息ができなくなって・・!」

 紅葉が必死に呼びかけるが、七瀬はそれでも聞き入れない。

(止めないと・・だけど、今のあたしじゃ、アレを止めるだけの力は・・・!)

 意思に反して体が言うことを聞かず、紅葉は歯がゆさを覚える。七瀬は自分への危険を顧みずに、さらに力を増大させていく。

「やめて、お姉ちゃん!」

 そこへ呼びかけてきたのはこころだった。その呼び声を耳にして、七瀬が眼を見開く。

「こころちゃん・・・!?

「もうやめてよ、お姉ちゃん・・こころ、もうお姉ちゃんにムチャしてほしくない・・だから・・・」

 こころの呼びかけに七瀬が困惑を覚える。その衝動で彼女は力を弱める。

「ダメだよ、こころちゃん・・ここでやめたら、みんな不幸になっちゃうんだよ・・・」

「こころとお姉ちゃんが楽しく過ごせれば、小さな幸せでもいいよ・・・」

 困惑する七瀬に向けて、こころが笑顔を見せる。その天使のような笑みに、七瀬は心を揺さぶられていた。

 その感情が表に表れるかのように、七瀬を取り巻いていた竜巻が揺れ動き、消失していく。

「こころちゃん・・・私・・私は・・・」

「帰ろうよ、お姉ちゃん・・また2人で・・ううん、おじさんと3人で、楽しいことしよう・・・」

 困惑する七瀬に、あくまで笑顔を絶やさずに言いかけるこころ。七瀬はその少女の優しさに支えられていた。

「それでいいの?・・そうしたらこころちゃん、不幸に襲われちゃうんだよ・・・」

「お姉ちゃんが、不幸に負けない力をくれたから・・・」

 こころの言葉を聞いて、七瀬は戸惑いを覚える。だが彼女にはまだ、一途な想いが残っていた。

「でも、私はまだガクトさんを・・・」

「ガクトさんなら、あなたを見捨てないはずだよ・・」

 この七瀬の言葉に返事をしたのは紅葉だった。力を使い果たした彼女は、人間の姿に戻っていた。

「ガクトさんは、寧々が心から信頼している人。だから七瀬さんの気持ちを邪険にするような人じゃないって、あたしも思ってる・・・」

「寧々ちゃんが・・・」

「寧々はあれでもけっこう人を見る目はあるほうだよ。あなたの目も、間違ってはいないはずだよ・・」

 紅葉の言葉を受けて、七瀬はゴッドガルヴォルスに、その体に埋め込まれている寧々に眼を向ける。

「みんな、ガクトさんを信じていた・・だからガクトさんも、みんなを信じてたんだね・・それなのに、私は・・・」

 悲しみを感じた七瀬の姿が人間に戻る。彼女の眼からも大粒の涙があふれていく。

「私も、みんなから優しくされていたのに・・・」

 物悲しい笑みを浮かべたまま、七瀬がその場にひざを付く。感情を抑え込むことができなくなり、彼女は泣き出す。

「もう1度信じてあげよう・・あなたを信じているこころちゃんを・・・」

 紅葉の言葉に小さく頷く七瀬。彼女は想いの本当の意味を知ったのである。

「どうやら、余計な心配をしたみたいだな・・」

 そこへたくみと和海がやってきて、紅葉たちが声をかけてきた。

「たくみさん、和海さん、無事だったんですね・・・宗司さんは・・・?」

「命に別状はないよ・・私たちも、本当に勝てるかどうか分からない勝負だった・・・」

 紅葉が声をかけると、和海が答える。疲れ切っていた体に力を入れて、たくみと和海は何とかここまでたどり着いたのである。

「ここも終わったみたいだけど・・あずみ、まだ街を狙ってるのか・・・」

「ちょっと、たくみ!あれ!」

 毒づくたくみに向けて、和海が呼びかける。彼女が指し示した場所、ゴッドガルヴォルスの頭部を眼にして、たくみが驚愕する。

 そこにはガクトとかりんの姿があった。2人もあずみに取り込まれて固まってしまっていた。

「ガクト・・なぜ2人が・・・!?

 声を振り絞るたくみ。この現実が信じられず、彼は眼を疑っていた。

「何をやってるんだ、ガクト!お前、そんなとこで情けないぞ!」

 いても立ってもいられない心境に駆り立てられ、たくみがガクトに呼びかける。だがガクトもかりんも反応を示さない。

「眼を覚ませ!それでもオレと張り合ったヤツなのか!」

“どんなに呼びかけてもムダよ、たくみ。”

 ガクトに呼びかけるたくみに、あずみの声が響いてくる。

「あずみ・・お前・・・!」

“あなたたちも私とひとつになりなさい。今まで抱えてきた苦痛から解放されるわよ。”

「ふざけるな!どこまで人間とガルヴォルスを弄べば気が済むんだ、お前は!?

 妖しく言いかけるあずみに、たくみが怒りを見せる。だがあずみは悠然さを崩さない。

“相変わらず私に牙を向けるのね。まぁ、あなたらしくていいのだけれど。”

「これ以上お前の好きにはさせない!ここでお前を止める!」

“できるのかしら、あなたたちに?第一、今のあなたたちにはもう余力がのこっていない。とても私を止めることはできないと思うのだけれど?”

 言い放つたくみをあずみがあざわらう。その指摘にたくみたちは反論できなかった。

 今の彼らは激しい戦いを切り抜けたために、力を使い果たしてしまっていた。あずみと対抗するどころか、戦うこともままならない状態であった。

“そこで見守っているといいわ。私が乱れた世界を塗り替えるのを・・”

 あずみは言いかけると、ゴッドガルヴォルスが街に眼を向ける。

「いけない!今度こそ街を狙うみたいだよ!」

 和海が叫ぶ前で、ゴッドガルヴォルスが力を集束させていく。止めようと前進しようとするたくみだが、体を激痛が駆け巡り、動きを止めてしまう。

「くっ!・・こんなときに、体が言うことを聞かないなんて・・・!」

 悲鳴を上げる自分の体に毒づくたくみ。あずみの魔手が街に伸びようとしていた。

 

 ゴッドガルヴォルスに取り込まれ、互いへの抱擁を続けていたガクトとかりん。だが取り込まれていく寧々の呼び声が、深く封じ込められていた彼の心を揺さぶった。

(オレは・・オレは何をしていたんだ・・・)

 自分の身に起こったことを思い出そうと、ガクトはもうろうとしている意識の中、記憶を巡らせる。

(そうか・・オレはかりんと一緒に、あのあずみっていう女に・・・)

 これまでの出来事を思い出したガクトが、成す術なくあずみに取り込まれたことを悔やむ。その感情が彼の体をも震わせる。

(ずい分と情けねぇところを見せちまったようだ・・寧々もオレたちのことを、必死に呼びかけてくれてたってのに・・・)

「かりん・・しっかりしろ、かりん・・・!」

 ガクトが呼びかけ、かりんの体を揺り動かす。その呼び声を受けて、かりんも意識を取り戻す。

「あれ・・私・・・ガクト・・・?」

「かりん、おめぇも気がついたのか・・」

 呟きかけるかりんに、ガクトが安堵の笑みをこぼす。

「オレたち、あずみに完全に取り込まれちまったみてぇだ・・あんなヤツにいいようにされて、おめぇまで守れずに・・・」

「ううん、そんなに気にしないで、ガクト・・私も、あの人にいいようにされちゃったんだから・・・」

 自分を悔やむガクトに、かりんが弁解を入れる。彼女に強く抱きしめられて、ガクトが戸惑いを覚える。

「ガクト、帰ろう・・美代子さんも寧々ちゃんも、みんな待ってるから・・・」

「そうだな・・こんなとこで縮こまってる場合じゃねぇよな・・・」

 囁きかけるかりんに、ガクトも深刻な面持ちで言いかける。

「そういえば一緒に誓い合ったよね・・どんなことがあっても、私たちは生きようって・・」

「あぁ・・そうだな・・・」

「それは何のため?・・私としては、みんなの笑顔を見たいから・・私たちがいなくなったら、美代子さんや寧々ちゃん、みんなを悲しませることになるから・・・」

 かりんが物悲しい笑みを浮かべて語りかける。

「私は自分の力を制御できずに、たくさんの人を傷つけ、悲しませてきた・・ガクトも・・・だから私のために、これ以上みんなを悲しませるのはイヤなの・・・」

「オレもみんなを殺したお前を恨んでいた・・けどおめぇの悲しみを知って、オレはおめぇの中にいる死神だけを恨むようにした・・殺して償わせるんじゃなくて・・・」

 かりんの決意を聞いて、ガクトも決意を告げる。

「オレも復讐のために、たくさんの人たちを傷つけてきた・・それもまた罪。償わなくちゃならねぇことだ・・・だからこそ、オレは生きていかなくちゃならねぇんだよ・・もちろん、みんなを悲しませちゃいけねぇっていう気持ちもあるんだけどな・・」

「ガクト・・・私たちは罪人・・償いのためにも、みんなの幸せのためにも、私たちは生きていく・・・」

「あぁ・・だからオレたちは、こんなとこで“死んでる”場合じゃねぇ・・・」

 決意を募らせるガクトとかりんが、互いを強く抱きしめる。

「帰るぞ、かりん・・寧々や美代子さんが待ってる・・」

「そうだね・・私の中には、私とガクトの子供がいるんだから・・・」

 ガクトの言葉を受けて、かりんが自分のおなかに手を当てる。新しく宿った命を、彼女は実感していた。

“残念だけど、もうあなたたちはここから出ることはできないわ。”

 そこへ声が響き渡り、ガクトとかりんが緊迫を覚える。2人の前にあずみが姿を現す。

「アンタ・・・!」

「今のあなたたちは私と一心同体の状態にある。私が傷つけば、あなたたちや私の中にいるたくさんの人たちも同じように傷つくことになる・・」

 憤りを見せるガクトに、あずみが淡々と語りかける。

「どんなことがあっても、自分たちは生きる・・あなたたちはそう考えている・・でもそのためにあなたたちは、ここにいる人たちの命が失われても構わないというの?」

「それは・・・」

 あずみの指摘にかりんが困惑する。だがガクトは動揺を見せていない。

「あなたは、ここにいる人たちを見殺しにしようとしているのかしら、ガクトくん?ここには寧々ちゃんや早苗さん、佳苗さんもいるのよ。」

「それがどうした・・そんなくだらねぇ哀れみをかけて、アイツらが喜ぶとでも思ってるのか・・・?」

 妖しく微笑むあずみに、ガクトが眼つきを鋭くして答える。

「生憎オレは、全員を救いたいと思い込めるほどお人よしじゃねぇ・・それに、みんなを守ろうと後手に回っても、結局は誰も助けられねぇ・・」

「けっこう割り切っているのね、あなた・・でも考え方次第では、あなたはひどい人、嫌われ者と見られても文句は言えないわよ・・」

 不敵に言い放つガクトを、あずみはあざ笑う。

「文句を言われて聞き入れようとする人はそんなに多くないんじゃないかな・・」

 そこへ声をかけてきたのはガクトでもかりんでもなかった。眼を見開いたあずみが振り向いた先に、寧々の姿があった。

「あなたも、意識を取り戻していたのね・・・」

 寧々を見つめるあずみから笑みが消える。

「もっとも、あたしもガクトも、文句を言われたら逆に文句を言い返しちゃうタイプなんだけどね・・」

「寧々ちゃん・・寧々ちゃんも無事だったんだね・・・」

 気さくな笑みを見せる寧々を見て、かりんが安堵の笑みをこぼす。

「無事・・ってわけじゃないよ・・あたしもそのあずみって人に好き放題されちゃったから・・」

「けど、おめぇが声をかけてくれなかったら、オレもかりんもふさぎ込んだままだった・・ありがとうな・・・」

 物悲しい笑みを浮かべる寧々に、ガクトが感謝の言葉をかける。その言葉を受けて、寧々は気持ちを落ち着かせた。

「あたしはアンタなんかに負けない・・アンタの思い通りにされるくらいなら、あたしは死や絶望を選ぶよ・・」

 寧々は真剣な面持ちを見せて、あずみに言いかける。

「でもあたしは死なない。あたしが死んだらお姉ちゃんが悲しむ・・みんなが悲しむ・・だからあたしは生きてみせる・・たとえどんな手を使ってでも!」

「言ってくれるわね。子供なのにここまで言い切るなんて・・でももうダメ。あなたたちは私に取り込まれている。2度と出ることはできない・・・」

 決意を言い放つ寧々だが、あずみは悠然さを崩さない。

「この空間にやってきた時点で、あなたたちは私の手の中なのよ。あなたたちの気持ちがどうであっても・・」

「そんなの打ち破ってやるさ・・オレたちは、こんなところでじっとしていられねぇんだよ・・・!」

 あずみに言い返すガクトが、体に力を入れる。だがその力さえも、周囲の空間が容赦なく奪い取る。

「ぐっ!・・こんなもん・・・!」

「だからムダだって。強情なのもここまでくると、笑い事を通り越して呆れてものが言えなくなるわね・・もっとも、こういった気分を感じるのは、何度かあったけど・・」

 顔を歪めるガクトを、あずみがあざ笑う。

「うるせぇよ・・オレの底力は、こんなもんじゃねぇんだよ・・・!」

「ガクト・・・!」

 さらに力を込めて、あずみの掌握から脱しようとするガクトに、かりんと寧々が声をかけ、重なる。

「私も諦めない!ガクトと一緒に帰る!」

「あたしも帰る!お姉ちゃんが、みんなが待ってるから!」

 かりんと寧々もガクトに寄り添って、意識を集中する。3人の体から霧のような淡い光があふれ出る。

「そこまで抜け出そうというのなら、私も油断はしない。ここであなたたちを押さえ込むわ・・」

 笑みを消したあずみが右手をかざす。その手から閃光がほとばしり、ガクトたちに直撃する。

「ぐっ!」

「ガルヴォルスの姿なら、少しは耐えられると思うけど・・人の姿ではかなりの痛みのはずよ・・」

 激痛を覚える彼らを見つめて、あずみが微笑みかける。

「怯んだところで、私はあなたたちの力を一気に搾り取る・・2度とそのような反抗ができないよう、徹底的に・・」

 あずみが語りかけながら、閃光を連射していく。その攻撃が次々とガクトたちに命中していく。

「この程度で怯んでたまるか・・ここでブッ倒れたら、何もかもが否定され、消えてなくなる・・・!」

 必死に抵抗するガクト。だが閃光によって、彼らの体に傷が付けられていく。

「帰りたい・・みんなが待ってるんだから・・・」

 寧々が痛みに耐えて声を振り絞る。

「ガクトもかりんさんも、こうして眼を覚ましてくれたんだから・・・」

「寧々ちゃん・・・」

 寧々の決意を聞いて、かりんが戸惑いを覚える。

「寧々・・・そうだな・・オレたちには、ちゃんとした家があるんだからな・・・」

 ガクトが微笑んで頷くと、かりんと抱擁を交わす。2人の上に寧々も抱きつく。

「あったかい・・これがガクトとかりんさんの、命のあたたかさ・・・」

 寧々が2人のぬくもりに心地よさを感じて安らぎを覚える。

「2人の間にも、新しい命が生まれようとしているんだよね・・・」

「うん・・この子のためにも、私たちはここから出ないと・・・」

 寧々の言葉に、かりんが微笑んで頷く。

「帰るぞ・・オレたちの家に・・みんなのところへ・・・!」

 ガクトはかりんと寧々に呼びかけると、あずみに向かって進んでいく。あずみの放つ光に傷つきながらも、ガクトは怯まずに前進する。

「何という男・・力の吸収にも私の攻撃にも怯まないなんて・・・私の支配から脱しただけでもとんでもないことなのに・・・」

 ガクトに脅威を覚え、あずみが緊張を覚える。

「たくみ以来ね・・こんな信念の強い人は・・・」

 思わず苦笑を浮かべるあずみ。だが彼女は攻撃の手を緩めない。

「でも、私にも譲れないものを抱いているのよ!」

 感情をあらわにしたあずみが、解き放つ光に力を込める。膨大な光がガクトに襲い掛かる。

「ぐあっ!」

 その閃光に包まれたガクトがついに押された。力なく流れていく彼の脳裏に、これまでの日常と戦いの日々が蘇ってきた。

 家族を失ったことでガルヴォルスに転化。他のガルヴォルスとの復讐の戦い。

 悟との激闘。そして家族の仇であるかりんへの憎悪。キングガルヴォルスとの決戦。

 平穏な生活。寧々との出会い。たくみとの決戦。

 そしてかりんとの間で芽生えた新しい命。

 数々の邂逅と戦いを経て、今の自分が存在しているのだ。

(そうだ・・こんなオレにも、オレを認めてくれるヤツがいるんだよな・・・)

 思い出を思い返して、微笑をこぼすガクト。彼の視界に、手を差し伸べてくるかりんの姿が飛び込んでくる。

(そしてかりん・・おめぇがオレを、1番信じてくれた・・・)

 ガクトはそんな彼女に向けて手を伸ばしていく。想いに導かれるように、彼は体を前に進めた。

 

 あずみの放った閃光に包まれていたガクト。だが彼は一途な想いに後押しされて、その光を抜け出してきた。

「えっ!?

「ガクト!」

 あずみが驚愕し、かりんと寧々が歓喜の声を上げる。気持ちを落ち着けたガクトが、あずみに眼を向ける。

「何度も言ってきたが、オレたちは何があっても、生き抜いてやる・・それがオレたちが決めた確かなことだ・・・」

「いいえ。あなたたちが生きられるのは、もうここしかない・・抜け出すことはできないのよ・・・」

 決意を告げるガクトに言い返すあずみ。だが今の彼女にはこれまでの悠然さはなくなっていた。

「私の意思ひとつで、あなたたちを私から隔離することもできるのよ・・隔離と同時に命を奪えば、害を及ぼすのはあなたたちだけ・・」

「そうか・・だったら意地でもアンタからオレたち全員を引き離してやるよ!」

 あずみの言葉に言い返すと、ガクトが飛びかかる。あずみがとっさに閃光を放つが、ガクトには通じない。

「これで終わらせてやる・・アンタとオレたちの間にある、何もかもを!」

 ガクトが力を込めた拳を繰り出す。その一撃はあずみの体に食い込み、そして貫通した。

(そ・・そんな・・・!?

 あずみは信じられなかった。この空間で絶対的な存在であるはずの自分が脅かされたことに。

 ガクトが与えた攻撃は、あずみの体だけでなく、精神にも大きなダメージを与えていた。

(私は死ねない・・私はまだ終われない・・・ここで朽ち果てれば、世界は絶望に包まれる・・・)

 力なく落下していく中、あずみが死と絶望に抗おうとする。

(このまま終わらせたりしない・・私が世界を変える・・世界の争いをなくす・・世界に幸せをもたらす・・世界を・・・)

「もういいだろ・・いい加減に終わっとけ・・・」

 死を拒もうとするあずみに向けて、ガクトが低く言い放ってきた。

「1人よがりの考え方じゃ、誰もついてこねぇ・・それなのに新しく世界を作ったって、虚しいだけだろ・・・」

「あなたには分からないわよね・・この世界がどれほど混乱しているのか・・・今正さなければ、あなたたちも今以上の苦しみを背負うことになるのよ・・・」

「世界のことも、先のこともよく分からねぇ・・ただオレたちは、今を生きるだけだ・・その今の生活に、オレたちは不満はねぇ・・・」

 声を振り絞るあずみに答えて、ガクトが不敵な笑みを見せる。もはや何を言っても聞かないと思ったあずみは、思わず嘆息をついていた。

「本当に仕方がないのね・・救いようがないほどに、どうしようもない・・・」

「よく言われるな・・オレ自身でもどうしようもないと思う・・・」

 あずみの指摘にガクトが苦笑を浮かべる。

「虚しいわね・・救えない世界を、ムキになって救おうとしていたなんて・・・」

「救われているのかどうか、それはその人の気持ち次第だよ・・・」

 あずみの皮肉に答えたのは寧々だった。

「その人がホントの意味で幸せなら、それが平和ってことじゃないのかな・・・」

「寧々ちゃん・・・」

 微笑みながら語りかける寧々に、かりんも戸惑いを浮かべていた。

「そうだね・・ガクトや美代子さんたちと一緒にいる時間が、私はとても幸せだと感じる・・・」

 かりんが言いかけると、ガクトに寄り添う。ガクトがその彼女を自分へと抱き寄せる。

「オレたちはこの幸せなひと時を、この小さな平和を、全力で生き抜く・・みんなのためにも、オレたちは生きる・・生き抜いてやる・・・」

 かりんに微笑みかけると、ガクトがあずみに真剣な眼差しを向けて言い放つ。その言葉を聞いて、あずみが再びため息をつく。

「もはや私は、生きる希望を失った・・誰も私の救いを望んでいないのだから・・・」

「そうか・・だが同情はしねぇ・・哀れんだりもしねぇ・・・アンタのやり方に、オレたちは納得してねぇから・・・」

「そのほうがいいわね・・あなたのような人に情けをかけられるのが、最も報われない・・・」

 物悲しい笑みを浮かべるあずみ。彼女の姿が霧のように揺らぎ始め、消えていこうとしている。

(私は、あなたたちが後悔することを望んでいる・・そのような意固地が、いつか自分たちの首を絞めることになると・・・)

 瞳を閉じた瞬間、あずみの姿が霧散していった。その消え行く様を、ガクト、かりん、寧々はじっと見つめていた。

「そろそろ行こうか・・みんなが待ってるから・・・」

「そうね・・行こう、ガクト、寧々ちゃん・・・」

 ガクトが言いかけるとかりんが答え、寧々も笑顔で頷いた。

 そのとき、彼らのいる空間が揺れ始めた。その異常な衝動に、ガクトが緊迫を覚える。

「何、この揺れ・・・!?

「もしかして、あずみさんがいなくなったから・・・!」

 寧々とかりんが声を荒げる。揺れは徐々に強まり、騒々しさを増していた。

「こりゃ、グズグズしてらんねぇな・・・」

 毒づくガクトの眼前で、空間が崩壊を引き起こそうとしていた。

 

 

 

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