ガルヴォルスSouls 第8話

 

 

 ゴッドガルヴォルスの異変は、外にいるたくみたちも気付いていた。ゴッドガルヴォルスが混乱し、安定した飛行がままならなくなっていた。

「な、何か様子がヘンだよ・・・!?

「暴走しているみたいですよ・・・」

 和海と紅葉が声を荒げる。たくみと七瀬も混乱するゴッドガルヴォルスを注視していた。

「こころちゃんが危ない!早く助けないと!」

 危機感を覚えた七瀬が、ゴッドガルヴォルスの上にいるこころを助けようとする。だが力の残っていなかった彼女は、ガルヴォルスに変身するのが精一杯だった。

「待って、七瀬さん!その体ではムリですよ!」

「でもこのままだとこころちゃんが!」

 紅葉が呼び止めるが、七瀬は聞き入れようとしない。混乱するゴッドガルヴォルスの上で、こころが揺さぶられ、不安をあらわにしている。

「こころちゃんは、絶望していた私に希望を与えてくれた子なの・・だから私が、絶対に助けなくちゃいけないの・・・!」

「七瀬さん・・・」

 一途な気持ちを告げる七瀬に、紅葉が戸惑いを覚える。七瀬もまた、自分たちの小さな幸せのために戦おうとしていた。

「こころちゃんを助ける・・そして私も、生きて帰る・・・私が死んだら、こころちゃんが悲しむから・・・」

 決意を強めて、こころを助けるために飛翔しようとした七瀬。そこで彼女が紅葉に右手をつかまれる。

「放して!私はどんなことがあっても、こころちゃんを・・!」

「分かっています・・だからあたしの力を、あなたに託しますよ・・」

 叫ぶ七瀬に、紅葉が気持ちを落ち着けて言いかける。その言葉に七瀬が困惑を覚える。

「あなたもあたしたちも、もう力が残っていません・・でもその力を集めれば、何とかなるかもしれません・・・」

「紅葉ちゃん・・・私とこころちゃんのために・・・」

 紅葉の思いを受けて、七瀬は戸惑いを覚える。自分のために、戦いを交えた相手が手を差し伸べてきてくれている。

「ありがとう・・・私たちのために・・そこまでしてくれて・・・」

「いいよ・・困っているときはお互い様なんだから・・・」

 感謝の言葉を口にする七瀬に、紅葉が笑顔を返す。その優しさを痛感した七瀬が眼に涙を浮かべる。

「まさかあなたたちに・・こんなに優しくされるなんて・・・」

「君が心を開いてくれるなら、オレたちもそれに応えるさ・・」

 喜びの言葉を口にする七瀬に言いかけたのはたくみだった。和海も続いて七瀬に声をかける。

「信じようよ・・自分自身を・・・こころちゃんや、かりんちゃんたちを・・・」

「うん・・・本当にありがとうね・・みなさん・・・」

 たくさんの人々の支えを背に受けて、七瀬が上空を見上げる。意識を集中する彼女の背に、堕天使の黒い翼が広がる。

 その七瀬に力を注ぎ込む紅葉。弱まっていた力が回復し、七瀬が自信を取り戻す。

「それじゃ、行ってくるね・・紅葉ちゃん・・・」

 七瀬は紅葉たちに言いかけると、ゴッドガルヴォルスに向けて飛翔する。ゴッドガルヴォルスはその暴走を肥大化させていた。

(待ってて、こころちゃん・・すぐに助けに行くから・・・!)

 決意を強める七瀬がゴッドガルヴォルスの頭部に着地する。そこではこころが体にしがみついて、震えていた。

「こころちゃん、大丈夫!?

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん!」

 呼びかける七瀬に、怖がっていたこころが笑顔を取り戻す。七瀬が駆け寄り、こころを抱きしめる。

「もう大丈夫だよ・・ここから離れよう・・・」

「うん・・でもガクトさんたちが・・・」

 こころのこの言葉に困惑を覚える七瀬。ゴッドガルヴォルスの中には、ガクトやかりん、寧々たちがいる。

(ガクトさんたちを助け出したいけど、こころちゃんと一緒にはいけない・・だからといって、こころちゃんを紅葉ちゃんたちのところに連れて行って、ここまで戻ってくる力も残っていないし・・・)

 思考を巡らせる七瀬が焦りを募らせる。どちらの選択肢もとても快いものではない。

(どうしたら・・このままだとガクトさんたちが・・・)

「一緒に行こうよ、お姉ちゃん!」

 そのとき、こころが七瀬に向けて声をかけてきた。その言葉に、七瀬は動揺の色を隠せなくなった。

「ダメだよ、こころちゃん!神様の中はとても危険になっているんだから!・・もしこころちゃんに何かあったら、私は・・・!」

「大丈夫だよ、お姉ちゃん・・こころもこころのことを信じてるから・・」

 心配をする七瀬だが、こころの決意と笑顔は変わらない。その心境を目の当たりにして、七瀬が困惑する。

「私はこころちゃんが、危なくなってほしくないの・・・」

「こころの気持ちは、お姉ちゃんと同じだよ・・・」

 もはやこころの心は変わることはなかった。その決心を察して、七瀬は迷いを振り切った。

「分かったよ、こころちゃん・・・あなたは、私が絶対に守るから・・・」

「お姉ちゃん・・・うんっ!」

 七瀬の呼びかけにこころが頷く。2人はゴッドガルヴォルスに意識を集中する。

(こころちゃんは絶対に守る・・ガクトさんも救ってみせる・・・)

「こころちゃん、しっかり捕まっていて・・・!」

 決意を募らせる七瀬に、こころがしがみつく。ガクトたちを救うため、2人はゴッドガルヴォルスの中へと入っていった。

 

 ゴッドガルヴォルスの体内は振動にさいなまれていた。その空間を七瀬とこころは進んでいた。

「寒い・・寒いよ、お姉ちゃん・・・」

 こころが寒気を覚えて震える。すると七瀬が彼女を抱き寄せる。

「大丈夫・・私がついてるから・・・」

 七瀬に支えられて、こころは小さく頷く。時間がたつごとに、空間の揺れは強まっていった。

(この中にガクトさんがいる・・このどこかに必ず・・・)

 ガクトを追い求めて、周囲を見回す七瀬。彼女は五感も研ぎ澄まして、彼の気配も探っていた。

 そしてついに、七瀬とこころは空間の中に点在している人影を発見した。

「いた!」

 七瀬たちは速さを上げて、その人影、ガクトたちに接近していく。だが空間の歪みが衝撃となり、2人にのしかかる。

「うっ!」

「キャッ!」

 たまらず悲鳴を上げる七瀬とこころ。だが2人は怯むことなく、ガクトたちに向かう。

「ガクトさん・・ガクトさん!」

 想いの赴くまま、七瀬がガクトに向かっていった。

 

 ゴッドガルヴォルスの崩壊に、ガクト、かりん、寧々は危機感を募らせていた。3人はこの空間からの脱出を図り、周囲を見回していた。

「早く出ないと、あずみと同じ末路になるぞ!」

「分かってる!でもどっちに行ったらいいのか・・・!」

 毒づくガクトに寧々が声を荒げる。かりんも外への道がどこにあるのか分からず、困惑していた。

「このまま何をしなくてもお陀仏になるんだ・・どっかに真っ直ぐ突っ切るしかねぇ!」

「ガクトらしいね・・そういうやり方は・・・」

 言い放つガクトにかりんが微笑んで言いかける。3人は外への脱出のため、力を振り絞ろうとした。

「ガクトさん!」

 そのとき、ガクトの耳に声が響いてきた。それを聞いた彼が眼を見開く。

「この声・・七瀬か!」

 ガクトが耳を澄まして、七瀬の居場所を探る。彼も彼女とこころの姿を確認する。

「七瀬!」

「こころちゃん!」

 ガクトとかりんがたまらず叫ぶ。七瀬が彼らに向けて、手を伸ばしてきていた。

「オレたちに何か仕掛けようとしてるのか・・それとも本気で助けようとしてるのか・・」

 ガクトは七瀬の行動に半信半疑になっていた。想いに駆り立てられるあまりに周囲の人々を傷つけ、世界の破滅さえ望んでいた彼女に、ガクトは疑念を抱かずにいられなかった。

「信じられるよ、ガクト・・こころちゃんが一緒なんだから・・・」

 そんなガクトに声をかけてきたのは寧々だった。

「今はあのときのように暴走している七瀬さんじゃない・・幸せを求める優しい七瀬さんだよ・・・」

「寧々・・・そうだな・・今はそう信じるしかねぇな・・・」

 寧々の言葉を受けて、ガクトは小さく頷いた。彼も帰還のために、七瀬を信じることにした。

「七瀬、オレたちはここだ!」

 ガクトが声を張り上げて呼びかける。

「ガクトさん!」

 それを聞いた七瀬がさらに手を伸ばす。2人が互いの手をつかみ、七瀬が引き上げる。

「ガクトさん、大丈夫ですか!?

「七瀬・・・もう、いいのか・・・?」

 心配の声を上げる七瀬に、ガクトが深刻さを込めて問いかける。すると七瀬は気持ちを落ち着けて頷いた。

「よし、行くぞ!後はオレが出口まで・・!」

「ガクトさん・・こころちゃんをお願いします・・・!」

 意気込むガクトに七瀬が呼びかける。その言葉を受けて、ガクトがこころに眼を向ける。

「オレと七瀬から手を離すなよ・・」

「お兄ちゃん・・・うん。こころ、離しません・・・!」

 ガクトの呼びかけにこころが頷く。彼らは崩壊する空間からの脱出に向かう。

 そのとき、突如振動が強まり、その衝撃がガクトたちを揺さぶった。

「ぐっ!崩壊が一気に強まるなんて・・・!」

「これじゃ真っ直ぐに進めない・・落とされる・・・!」

 ガクトとかりんが毒づく。衝動は容赦なく彼らを空間の闇に落とそうとしていた。

「こうなったらあたしが何とかする!力を出し切れば、時間稼ぎぐらいは・・!」

 そこで寧々が声をかけ、ヘルドッグガルヴォルスに変身する。

「やめろ、寧々!そんなことで力を使ったら、外に出られるだけの力が残らなくなるぞ!」

 だがガクトが彼女を呼び止める。

 そのとき、七瀬が前に飛び出し、全身に力を込める。彼女は押し寄せる衝動を押さえ込もうとする。

「七瀬!?

「お姉ちゃん!」

 ガクトとこころが声を荒げる。力を振り絞る七瀬だが、崩壊の衝動にさいなまれて激痛を覚える。

「やめろ、七瀬!お前がブッ潰れるぞ!」

 ガクトが呼び止めようとするが、七瀬は聞き入れようとしない。

「今のうちに・・こころちゃんを連れて・・私もすぐに行くから・・・ぐっ!」

 ガクトたちに呼びかける七瀬が、痛みで顔を歪める。

「大丈夫だよ、こころちゃん・・前にも言ったよね・・絶対に生きて帰るって・・・」

 微笑みかける七瀬に、こころが戸惑いを覚える。

 そこへ寧々が手を出し、衝動を抑え込もうとする。

「寧々ちゃん・・・!?

「あたしも手伝うよ・・あなたがイヤっていってもやるから・・・!」

 戸惑いを見せる七瀬に、寧々が笑みを見せて言いかける。七瀬は観念したかのように、彼女を協力して力を集束させる。

「七瀬さんはあたしが引っ張っていく!だからガクト、かりんさん、こころちゃんをお願い!」

「寧々・・ホントにすまねぇ!」

 呼びかけてくる寧々に返事をすると、ガクトはかりんとこころを連れて外に向かった。

「そろそろだね・・あたしたちも戻りますよ!」

 寧々が呼びかけると、七瀬の腕をつかみ、引き返していく。その中で、七瀬は多くの人々の優しさを痛感していた。

 自分の一途な想いのために、七瀬は多くの人々を傷つけてきた。過去で虐げられてきたいじめが起因した殺意であるとはいえ、彼女は幸せをつかむために邪な行為に及んでしまった。

 そんな彼女をたくさんの人々が手を差し伸べてきた。想いの矛先にいたガクトも、彼女が傷つけたはずのかりんや寧々も。

「ありがとう・・・私のために・・本当にありがとう・・・」

 感謝と喜びのあまり、七瀬は眼から涙を浮かべていた。寧々と七瀬はゴッドガルヴォルスの体内から脱出していった。

 

 崩壊し、姿勢を保てなくなっているゴッドガルヴォルスに埋め込まれていたガクトとかりんに、淡い光が宿る。

「何、あの光・・あれって・・・!」

「ガクトとかりんさんだ・・2人に何かあったんだ・・・!」

 和海とたくみが声を掛け合う。ガクトとかりんと包む光が徐々に強まっていく。

 その石の殻が剥がれ、ガクトとかりんがゴッドガルヴォルスから抜け出ていく。同時にこころがゴッドガルヴォルスから出てきた。

「ガクト!」

「かりんちゃん!こころちゃん!」

 たくみと和海がたまらず叫ぶ。落下しようとしているこころを眼にして、ガクトが即座にドラゴンガルヴォルスに、さらに竜人型へと変身する。

「かりん!こころ!」

 ガクトが降下していくかりんとこころを受け止める。そして速度を弱めて、ゆっくりと地上に着地する。

「かりん、こころ、大丈夫か・・・!?

「ガクト・・私たちは大丈夫・・でもまだ寧々ちゃんと七瀬さんが・・・」

 ガクトの呼びかけにかりんが答える。こころが寧々と七瀬を心配して、上空を見上げている。

「ここは2人を信じるしかねぇ・・アイツらなら絶対帰ってこれる・・・!」

「お兄ちゃん・・・そうだね・・こころが信じているお姉ちゃんたちなんだもん・・帰ってこないはずがないよね・・・」

 ガクトに言いかけられて、こころが笑顔を取り戻す。その後、ゴッドガルヴォルスに埋め込まれていた寧々の体にも光が宿る。

 石の殻を打ち破り、寧々がゴッドガルヴォルスから脱出する。同時に七瀬もゴッドガルヴォルスから抜け出てきた。

「寧々!」

「七瀬さん!」

「お姉ちゃん!」

 ガクト、かりん、こころが叫ぶ。疲弊した七瀬を、ヘルドッグガルヴォルスに変身した寧々が抱える。

(この一瞬に全部の力を出し切る・・今、七瀬さんを助けられるのは、あたししかいない・・・!)

 決意を強める寧々が、両足に力を込める。七瀬を抱える彼女は、着地の際の衝撃に耐えた。

「くーっ!気を抜いていたらバラバラになってたよ・・・」

 大きく吐息をつく寧々が、七瀬を離す。人間の姿に戻った2人に、ガクトたち、そしてたくみたちがやってきた。

「寧々、七瀬・・大丈夫か・・・!?

「ガクト・・うん、何とかね・・・」

 ガクトが声をかけると、寧々が気さくな笑みを見せて答える。

「寧々!」

「お姉ちゃん・・・」

 そこへ紅葉が駆け寄り、寧々を抱きしめる。突然の抱擁に寧々が戸惑いを浮かべる。

「寧々・・よかった・・本当によかった・・・」

「お姉ちゃん、痛いって・・これでもボロボロなんだから、あたし・・・」

 涙ながらに言いかける紅葉に、寧々が言葉を返す。それを見てガクトやたくみたちだけでなく、七瀬も笑みをこぼしていた。

 そのとき、空で轟音が轟いた。緊迫を覚えたガクトたちが見上げると、飛行できなくなったゴッドガルヴォルスが石化し、そのまま海へと落下した。

「今度こそ終わりだ、あずみ・・この世界に、お前の創れる世界なんてないんだ・・・」

 たくみが皮肉を込めて、あずみに向けて呟きかける。かつての悲劇から生じた因果が、再び終幕を迎えたのだった。

「でも・・早苗さんや佳苗さん、みんなが・・・」

 紅葉が唐突に口にした言葉に、たくみと和海の表情が凍りつく。早苗や佳苗たちはゴッドガルヴォルスから脱出していない。

「それなら大丈夫だよ・・みんな、あずみって人から解放されたから・・・」

「えっ・・・!?

 そこへ寧々が答え、紅葉が戸惑いを見せる。

 そのとき、ゴッドガルヴォルスの落ちた海から光があふれる。光は球状の形で分かれて、海辺に漂着する。

 その光が消えた先には、ゴッドガルヴォルスに取り込まれていた早苗や佳苗たちの姿があった。同じく取り込まれていた女性たちも、無事に海辺に横たわっていた。

「あれ・・あたし、何を・・・?」

 他の女性たちとともに、佳苗が動揺を見せる。

「元に戻っている・・体にも異常が感じられない・・・ガクトくんたちが、何とかしてくれたみたいね・・・」

 その中で早苗が冷静に状況の把握に努める。そこへ佳苗が彼女に飛びついてきた。

「よかったー♪あたしたち、助かったみたいねー♪」

「ちょっと、お姉さん!抱きついてこないで!」

 抱きついてくる佳苗に、早苗が不満の声を上げていた。

 

 女性たちの無事を確認したガクトたちが、安堵を感じていた。

「とりあえず美代子さんのところに戻ろうか・・」

「そうだね・・きっと心配してるから・・・」

 ガクトが言いかけると、かりんが微笑んで頷く。

「ところで、宗司さんは・・・?」

 七瀬が宗司について訊ねてきた。

「宗司さんなら近くにいるよ。眠っているけど、命に別状はないと思う・・ガルヴォルスだったから助かったというのもあるけど・・・」

 その問いかけにたくみが答える。彼も和海も、宗司に対して深刻さを感じていた。

「ひとまず宗司さんと合流しましょう・・私、心配で・・・」

「そうだな・・早苗と佳苗は、とりあえず大丈夫ということで。」

 沈痛の面持ちで言いかける七瀬に、ガクトが憮然さを見せて答える。かりんたちもそれに同意する。

 そのとき、ガクトがこころの後方にいる影に気付いて、緊迫を覚える。

「逃げろ!」

 ガクトが呼びかけてこころを守ろうと飛び出す。だが突如現れた影が、こころに腕を振り下ろすのが速かった。

「こころちゃん!」

 そこへ七瀬が飛び出し、こころの前に出る。突き出された爪が、彼女の体に突き刺さる。

 ガクトたちが眼を見開く。危害を加えてきたのはあずみだった。

「あずみ!」

 ガクトとたくみの声が重なる。2人は激怒の赴くままにガルヴォルスに変身し、あずみに飛びかかる。

 2人が繰り出した拳が、あずみの体を激しく跳ね飛ばした。

(ここまで世界は不条理なのね・・・)

 現実を非情のものと感じたまま、物悲しい笑みを浮かべるあずみ。地面を横転することなく、固まった彼女の体が風に吹かれて霧散していった。

「七瀬!」

 ガクトがこころを庇った七瀬に駆け寄る。あずみの攻撃を受けた彼女の体から血があふれてきていた。

「七瀬!しっかりしろ、七瀬!」

「お姉ちゃん!死なないで、お姉ちゃん!」

 ガクトとこころが悲痛さを込めて呼びかける。すると七瀬が微笑みかけてきた。

「こころちゃん・・無事だったんだね・・・よかった・・・」

「もうしゃべるな!すぐに医者のとこに連れてって・・!」

「ううん・・・もう、間に合わないですよ・・・いくらガルヴォルスでも、もう・・・」

 呼びかけるガクトに、七瀬が首を横に振る。

「諦めんじゃねぇよ!こころを置いていく気か!?

「そんなつもりはないですよ・・たとえどんなことがあっても、私はいつでもこころちゃんのそばにいますから・・・」

 弱々しく言いかける七瀬の言葉に、ガクトが困惑を覚える。

「このままじゃ・・和海、七瀬さんを・・!」

「ダメ、たくみ・・力が戻らない・・・」

 たくみが七瀬の治癒を求めるが、和海にはその力が残されていなかった。

「七瀬さん・・こんなことって・・・」

 かりんも死に行く七瀬を目の当たりにして、悲しみをこらえきれなくなる。すると七瀬がかりんに手を伸ばしてきた。

「ごめんなさい、かりんさん・・私のわがままで・・あなたを傷つけてしまって・・・」

「ううん、いいよ・・七瀬ちゃんは、自分の気持ちに真っ直ぐなだけだったんだから・・・」

 謝る七瀬にかりんが弁解を入れる。周囲の人々の優しさを改めて実感して、七瀬は安らぎを感じていた。

「みなさんのような優しい人たちに、もっと早く出会っていたら・・私はこんな、心の歪んだ人間にならずに済んだのに・・・」

「何言ってやがる・・おめぇは最初っから、心のある人間だ・・オレだけじゃない・・他のヤツだって・・誰よりもこころがそれを知ってる・・・!」

 自分の運命を呪う七瀬に、ガクトが励ます。その言葉に戸惑いを見せて、七瀬がこころに眼を向ける。

 こころとの出会いが、心の荒んでいた七瀬を大きく変えた。もしもこの出会いがなかったなら、七瀬は幸せを実感できなかった。

「こころちゃん・・・本当に・・本当にありがとうね・・・」

「お姉ちゃん・・・」

 感謝の言葉をかける七瀬を前に、こころがひたすらに涙する。

「こころちゃんが・・私に幸せをくれたんだよ・・だから、本当に感謝している・・・本当にありがとうね・・・こころちゃん・・・」

 七瀬の眼からも涙があふれる。それは幸せに満たされた喜びの涙だった。

「・・寧々ちゃん・・かりんさん・・・ガクトさん・・・私は・・とても・・幸せでした・・・」

 心からの笑顔を見せる七瀬。彼女が今まで見せた中で、1番の笑顔だった。

 そのとき、その七瀬の笑顔が凍りついた。彼女の体が石のように固くなり、動かなくなった。

「お姉ちゃん・・・!?

 眼を疑ったこころが恐る恐る手を伸ばし、七瀬の手を取ろうとした。その手が握られた瞬間、七瀬の体が砂のように崩れ去っていった。

「お姉ちゃん!」

「七瀬!」

 こころとガクトの悲痛の叫びが空にこだました。命を落とした七瀬の亡骸が、風に吹かれて霧散していった。

「バカヤロー!・・何でだよ・・おめぇも、これからじゃねぇかよ・・・!」

 怒りと悲しみをこらえきれず、拳を地面に叩きつけるガクト。かりんたちも涙をこらえることができずにいた。

 そこへ宗司が姿を現した。ようやく回復してここまでやってきた彼は、悲しみの光景を目の当たりにして息を呑んだ。

「七瀬さん・・まさか・・・!?

「そうです・・救えなかった・・オレたちがいながら・・・」

 問い詰める宗司に、たくみは噛み締めるように答える。ガクト、かりん、寧々、こころは悲しみの震えを抑えることができなかった。

「七瀬さん・・本当にすまなかった・・君が培ってきたこころちゃんの幸せを、私が大切にしなくてはならないようだ・・・」

 涙しているこころを見つめて、宗司が呟きかける。彼もまた、七瀬の死に歯がゆさを感じていた。

「ガクト・・・」

 たまらなくなったかりんがガクトに寄り添う。ガクトもそんなかりんを抱きしめる。

「かりん・・・オレは・・オレは・・・」

「ガクト、気に病まなくていいよ・・七瀬さんも、ガクトのことをちゃんと分かってるから・・・」

 歯がゆさを見せるガクトに、かりんが声をかける。その言葉でたがが外れたかのように、ガクトがかりんに泣きじゃくった。

 1人の青年への一途な想いを抱えた少女。その小さな幸せを、2人も感じ取っていた。

 だがガクトもかりんも、七瀬の邪になった願いを受け入れることができなかった。2人には強い決意があったのだ。

「どんなことがあっても、私たちは生きる・・そうだったよね、ガクト・・・」

「あぁ・・七瀬にはワリィが・・オレたちは何としてでも生き抜く・・七瀬の分まで・・七瀬のためにも・・・」

 かりんの言葉にガクトが気持ちを落ち着けて答える。寧々も涙を拭って小さく頷いた。

 かりんは涙を流しているこころを優しく抱きしめた。その抱擁を受けて、こころがかりんにすがりついた。

 七瀬は死んではいない。こころやガクト、たくさんの人々の心の中で生き続けている。

 そう信じたこころは涙を拭い、ガクトたちに笑顔を見せた。その小さな笑顔が絶えることのない世界が続いてほしい。ガクトたちの心の中に、新たな願いが芽生えていた。

 

 その後、早苗と佳苗の指示で、あずみに取り込まれていた女性たちは警察に保護された。ガクト、かりん、寧々も無事にセブンティーンに戻ってきた。

 大事に至らなかった美代子が、ガクトたちを笑顔で歓迎した。だが七瀬の死を聞かされて、彼女も沈痛さを感じていた。

 七瀬の気持ちを無碍にしてはならない。その気持ちを胸に抱き、ガクトたちは精一杯生きていくことを決意するのだった。

 そして、七瀬によって負傷させられた悟も、数日後に無事に退院することができた。サクラも夏子も彼の無事帰還に素直に喜んでいた。

 七瀬を失った悲しみから立ち直ったこころは、宗司の家に戻っていった。宗司も世界の行く末を見守り続けることを、たくみと和海に告げていた。

 こうして平穏な日常が戻ったかに思われていた。

 だがこの日常の裏で、どこかで悲劇が巻き起こっている。それはガルヴォルスの事件に限ったことではない。

 ガルヴォルスは人類の進化。その凶暴性や殺意は、人間に起因しているといっても過言ではない。現に人間もガルヴォルスに勝ると劣らない罪を犯す、その引き金となる負の感情を心のどこかに宿している。

 それを制御できるのは自分自身でしかない。本当の敵は他の誰でもない。自分の心なのだから。

 忘れてはいけないことを、ガクトたちは改めて思い知らされたのだった。

 

 ゴッドガルヴォルスの事件から1週間が経過しようとしていた。心身ともに落ち着いた寧々と紅葉が、家に帰ろうとしていた。

 2人はガクトたちやたくみたちとともに、海野家を訪れていた。宗司もこころも平穏な日々を送っていた。七瀬の幸せを大事にして。

「2人とも行ってしまうのか・・」

「はい・・少し予定より長くこっちにいてしまいました・・家のほうには連絡を入れてありますから大丈夫なんですけど・・」

 宗司が訊ねると、紅葉が苦笑いを見せて答える。

「こころちゃんも、ようやく頑張っていこうって決心がついたよ・・七瀬さんは、今もみんなの中で生き続けているのだから・・・」

「そうですね・・七瀬さんはこころちゃんだけじゃない。あたしたちにもちゃんと幸せを分けてくれたんだから・・・」

 宗司の言葉に寧々が微笑んで言いかける。彼女も七瀬の優しさをしっかりと心に刻み付けていたのである。

「宗司さん、これからはみんなを信じていてください・・こころちゃんのためにも・・・」

 たくみが真剣な面持ちで宗司に言いかける。それを受けて頷く宗司が、こころに視線を向けて頭を優しく撫でる。

「私も以前から、七瀬さんから胸のうちを明かされたことがある・・誰もが幸せであってほしいと・・・この現状では夢物語のように遠い話になってしまうが・・」

「近いうちに必ず叶う・・宗司さんもそう思っているんですよね・・・?」

 語りかける宗司に言葉を返す和海。宗司は頷いてから話を続ける。

「ひとまずは世界の成り行きを見守るつもりだ。今までどおり、こころちゃんの面倒を見ながらね・・しかし世界に耐え難い荒みを感じれば、今度こそ私は・・」

「分かっている・・だがそれでもオレたちは、そんなあなたを止める・・次も・・・」

 宗司の言葉に反論するたくみ。これから世界の反逆を企てても、たくみたちに妨害されることは眼に見えていると、宗司は痛感した。

「肝に銘じておくよ・・これはこころちゃんのためにも、大人しくしたほうがよさそうだ・・」

 苦笑を浮かべる宗司に、たくみたちも笑みをこぼしていた。

「あっ、そろそろ行かないと・・みなさん、本当にありがとうございました・・・たくみさん、和海さん、悟さんたちにもよろしく・・」

「あぁ・・ちゃんと伝えておくよ・・」

 一礼する紅葉に、たくみが答える。

「ガクト、いつかまた来るからね。そのときは、赤ちゃんの顔も見に行くからね。」

「へへ。オレたちもちゃんと生きていくからな。かりんと、その子供と一緒に・・」

 寧々が言いかけると、ガクトが気さくな笑みを見せて答える。かりんも微笑んでおなかをさすり、新しい命を改めて実感する。

「それではまた・・寧々、行こう・・」

「うん・・・」

 紅葉の呼びかけに寧々が頷く。ガクトたちに見送られて、2人は街を後にした。

「それじゃ私たちもそろそろ失礼しますね・・こころちゃん、元気でね・・」

「うん・・こころ、元気に頑張るよ・・」

 かりんが声をかけると、こころが笑顔で答えてきた。

「赤ちゃんが生まれてきたら、こころちゃんがその子のお姉ちゃんになるわけだね・・」

「お姉ちゃん・・こころが・・・」

 かりんのこの言葉に、こころが戸惑いを覚える。すると宗司が再びこころの頭を撫でてきた。

「また会いに行くからね・・・元気でね、こころちゃん・・・」

 かりんに優しく声をかけられると、こころは宗司に連れられて家に入っていった。2人を笑顔で見送った後だった。

 鋭い視線を向け合っていたガクトとたくみ。2人の魂(こころ)は、今も交わってはいない。

「近いうちに、おめぇとケリをつけなくちゃいけねぇみてぇだな・・」

「そのようだな・・オレたちはオレたちの道を行く。邪魔するというなら、オレは容赦しない・・・」

 互いに鋭く言い放つガクトとたくみ。2人はそれぞれ違うほうへと歩き出していった。

「ガクト・・・」

「たくみ・・・」

 2人を見つめて、かりんと和海が沈痛の面持ちを浮かべる。2人の青年の信念は、ひとつにまとまることはない。

 だが2人の信念は純粋で、七瀬の願った幸せを実現させるものでもあることは、彼女たちも分かっていた。

 

 彼らに救いはあった。不幸と悲しみに見舞われた彼らの魂(こころ)に、幸せが宿っていた。

 

 それから数ヶ月が経過した。ガクトとかりんの間に子供が生まれた。1人ではなく、双子。男の子と女の子である。

 2人の子供が一緒に生まれたことは、ガクトとかりんは驚いていた。だが美代子は笑顔で2人の子供の誕生を喜んでいた。

 ガクトたちは子供たちに、ある願いを込めた。それは幸せのために大切なことだった。

 ひとつは自分の信念を貫き通すこと。もうひとつは自分を含めた全ての人たちの心を傷つけてはいけないこと。

 小さく感じられる願いだが、いつかかけがえのないものとなっていく。ガクトはそう思っていた。

(オレたちは生きる・・この小さな幸せを、守っていくために・・・)

 かけがえのない願いを子供たちに託し、ガクトはこれからを強く生きていくことを心に誓った。自分と関わった人々の思いを背に受けて。

 

 

この魂(こころ)に、幸せは訪れた・・・

 

 

作品集

 

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