ガルヴォルスSouls 第3話

 

 

 洞窟の中の広場での光景に、佳苗は息を呑んだ。その中央にある物体に、全裸の女性たちが固まって埋め込まれていた。

(これはどう見てもただ事じゃないわね・・急いで早苗たちと合流しないと・・!)

 危機感を覚えた佳苗が、早苗たちと合流しようとした。だがそのとき、彼女は草を踏みつけて足音を立ててしまう。

(しまった!)

 眼を見開いた佳苗に向けて、物体から触手が伸びてきた。佳苗がとっさに拳銃を取り出して発砲するが、触手には効果がない。

 飛び交う触手に捕まり、体を締め付けられる佳苗。抵抗することができず、彼女は拳銃を落としてしまう。

「くっ!・・このままじゃ・・うわっ!」

 苦悶の表情を浮かべる佳苗が、触手に引っ張られていく。そしてその勢いのまま、彼女は物体の中に入り込んでしまった。

 物体の中は暗く異様な空間となっており、水の中にいるような感覚だった。その中で佳苗は、思うように動けずにいた。

「何、ここ・・体が、思うように動かせない・・・」

 奇妙な感覚と緊張感を募らせる佳苗。何とかここを出ようと思い立った彼女は、体に力を込めた。

 そのとき、佳苗は突如体に強い刺激を覚えて顔を歪める。それは殴られたり傷つけられたりといった痛みではなく、体を触られて弄ばれているかのような快感だった。

「何、この感じ・・体が、どうかなっちゃいそう・・アハァ!」

 たまらずあえぎ声を上げたとき、佳苗が着ていた衣服が突如引き裂かれた。一糸まとわぬ姿となった彼女が、さらなる快楽にさいなまれる。

 その快感に耐えられなくなり、佳苗の秘所から愛液があふれ出す。佳苗は必死にこらえようとしているが、彼女の意思を受け付けないかのように、愛液はもれて素足を伝っていく。

(全然、体が言うことを聞かない・・どうにもなんない・・・ゴメン、早苗・・こんなことになって・・・)

 早苗への謝意を覚えた直後、佳苗がついに快楽の海に身を委ねてしまった。彼女はこの異空間の闇の中に姿を消していった。

 

 佳苗を捕らえて自分に取り込んだ物体。その体から全裸の姿の佳苗が現れた。

 力を吸い取られたかのように無気力になっていた佳苗。彼女の体が物体と同じ物質の石へと変化していく。

 佳苗も他の女性たちのように、物体に取り込まれてしまった。

(また1人、“アレ”と一体化したか・・)

 その光景を見つめる1人の男がいた。男は喜びとも憤りともいえない表情を浮かべたまま、この広場から姿を消した。

 

 七瀬を追って街中を駆けていたガクトと早苗。しかし人々の行き交う街の中から、少女1人を見つけ出すのは至難だった。

「くそっ!これじゃ見つけられるはずがねぇぜ・・」

 ガクトがやるせない気持ちを覚えて毒づく。

「こりゃ、アイツの家に行ったほうがいいかもしれねぇ。もしかしたら帰ってるのかも・・」

「その必要はないわ。既に連絡は入れているから。」

 ガクトが言いかけると、早苗が微笑んで答える。その言葉にガクトが眉をひそめる。

「たくみくんと和海さん。近くに来ていたところで連絡がついたの。」

「アイツに?・・近くにいたんじゃ仕方がねぇか・・」

 早苗の言葉にガクトが憮然とした態度を見せる。

「とにかく私たちはお店に戻りましょう。かりんさんや寧々ちゃんが心配してるから・・」

「そうだな・・もしかしたら、店のほうに戻ってるかもしれねぇし・・」

 早苗の指示にガクトが答える。佳苗と連絡を取るため、早苗が携帯電話を取り出す。

「あれ?・・出ない?・・お姉さんなら大抵はすぐに出るか拒否を示してくるはずなのに・・」

 応答がないことに早苗が疑問を覚える。佳苗はすぐに電話に出るよう心がけており、出られない場合は電源を切っている。電源を入れたまま出ないことはなかった。

「どうしたんだ?姉さんに何かあったのか?」

「全然出ない・・きっと何かあったに違いないわね・・・」

 ガクトが問いかけると、早苗は深刻な面持ちを見せる。

「私は少しその辺りを調べてみる。ガクトくんは店に戻って。」

「あぁ。分かった。」

 早苗の指示に答えるガクト。2人は別れて動き出していった。

 

 早苗からの連絡を受けたたくみと和海は、宗司の家に向けて車を走らせていた。

「まさか七瀬さんが、あの連続殺人の犯人だなんて・・」

「まだそう決まったわけじゃない。あくまで重要参考人だそうだ。」

 不安を浮かべる和海に、たくみが言いかける。

「何にしても、七瀬がキーパーソンになってるってことだろう。とにかく見つけないと・・」

 たくみの言葉に和海が頷く。2人は宗司の家の前で停車すると、丁度宗司が玄関のドアを開けたところだった。

「おや?たくみくん、和海さん?」

「あ、宗司さん、ちょっといいですか?」

 気付いてきた宗司に、たくみが訊ねる。

「すまない。今、急いでいるんだ。用なら後で・・」

「七瀬さんを探しに行くんですか?」

 慌しくする宗司に、たくみがさらに言いかける。その言葉を耳にして、宗司が足を止める。

「私たちもそのことを聞いて・・もしかして、ここに帰っているんじゃないかって・・」

「そうだったのか・・なかなか帰ってこなくて、こころちゃんが心配になってきてしまって・・それで私がこれから探しに行くところだったんだ・・」

 和海が続けて言いかけ、宗司が事情を説明する。

「では、七瀬さんはまだここには・・・」

「オレたちは引き続き七瀬さんを探します。」

 和海が沈痛の面持ちを浮かべる隣で、たくみが宗司に言いかける。

「こころも行く!」

 そこへこころが顔を出し、たくみたちに呼びかけてきた。

「こころちゃん・・ダメだ。万が一のことがあれば、今度は七瀬さんが悲しむことになる・・そうなったら、こころちゃんも辛いだろう?」

 だが宗司に制されて、こころは小さく頷く。

「こころちゃん、宗司さんの言うとおりだ。七瀬さんはオレたちに任せておけって。」

「たくみさん・・・うん・・・」

 たくみにも優しく呼びかけられて、こころは渋々頷いた。たくみたちも七瀬の捜索のために行動を開始した。

 

 ガクトとのすれ違いと早苗の追跡のため、店を飛び出した七瀬。彼女は森の中の木陰でうずくまり、悲しみに暮れていた。

(どうして、こんなことになってしまったの・・・)

 自分の身に降りかかる災難に辛さを覚える七瀬。

(心のない人だけでなく、警察や、私が想いを寄せた相手まで・・・)

 あまりの非情さにふさぎこみ、彼女は眼を閉じる。

(ガクトさんのことが好き・・この気持ちにウソはないし、私の中でどんどん膨らんできている・・・)

 様々な思惑を痛感して、七瀬は自分の胸に締め付けるように手を当てる。

(誰にも、幸せを手に入れる権利がある・・それは間違っていない・・問題なのは、手に入れようとする気持ちだったんだよね・・・)

 七瀬が眼を開き、笑みを取り戻す。彼女の中に、今までなかった感情が芽生え始めていた。

(もう迷う必要はないね・・今までだって、ずっとそうしてきたんだもの・・・)

 七瀬の脳裏に、自分を含めた人々を虐げてきた人間たちの末路がよぎってきた。自分の中にある堕天使が、次々と憎き敵を切り刻み惨殺していった。その血塗られた感触を、彼女ははっきりと感じ取っていた。

(私はガクトが好き・・もしもそれを邪魔してくる人がいるなら・・・)

 ガクトを想う七瀬の顔に、妖しい笑みと異様な紋様が浮かび上がる。

「皆殺しにしてやるから・・・!」

 七瀬の眼と心に、敵に対する憎悪と狂気が宿っていた。

 

 それからガクトたち、たくみたちは必死に捜索を続けていったが、七瀬も佳苗も見つけることができなかった。

 悪化していく事態に、ガクトもたくみも、早苗も寧々もいたたまれない気持ちを隠せないでいた。

 これからとんでもないことが起こるかもしれない。人々の脳裏にそんな不安が膨らんできていた。

 2人が見つからないまま一夜が明け、正午を過ぎようとしていた。

「そう・・七瀬さんも佳苗さんもまだ・・」

 セブンティーンを訪れて事情を聞いた夏子が深刻な面持ちを浮かべる。そこにはガクト、かりん、寧々、紅葉、美代子の他に、悟、サクラ、早苗もいた。

「一方で殺人、失踪が相次いでいます。七瀬さんが関与している可能性は十分に・・」

「そのことなんだけど・・」

 早苗が報告を続けていたところへ、ガクトが口を挟む。

「その殺人事件の犯人・・七瀬なんだ・・・」

「えっ・・・!?

 ガクトが打ち明けた真実を聞いて、早苗たちが驚きの声を上げる。直後、憤った夏子がガクトに詰め寄る。

「アンタ、どうして黙ってたの!?これは殺人事件!人殺しなのよ!」

「分かってる!けどアイツはただ、いじめが許せないだけなんだよ!」

 激昂する夏子に対して、ガクトも感情をあらわにして言い返す。そこへ早苗が真剣な面持ちでガクトに言いかける。

「いじめは確かによくないわ。あのような暴挙、野放しにしてはいけないと私も思っている・・でも、だからといっていじめている人を殺してしまったら、その人もいじめている人と同じ罪人になってしまう!ガクトさんは、七瀬さんのその罪を認めてしまうの!?

 早苗の言葉にガクトが眼を見開く。彼は七瀬に対する気遣いを後悔していた。

(オレも許せなくて、たくさんのガルヴォルスを倒してきた・・ガルヴォルスが許せなくて・・今の七瀬と同じように、オレも・・・だから・・)

 自分の犯した過ちを悔いるガクト。迷いを振り切り、彼は真剣な面持ちを見せる。

「すまねぇ・・オレ、バカやってたみてぇだ・・・」

 謝意を見せたガクトが、自分の頬を強く叩いた。

「どうやら吹っ切れたようだな、ガクト・・」

 悟が声をかけると、ガクトが不敵な笑みを見せてきた。

「でもまだ手がかりがないよ。無闇に探したって・・」

「それなら心配しないで。私と早苗たちで探すから。ガクトと悟くんたちは、いざというときのために力を蓄えておいて。」

 サクラが不安の言葉を口にすると、早苗が呼びかけてくる。悟が小さく頷き、ガクトも腑に落ちないながらも渋々頷いた。

「それで、かりんちゃんの様子は・・・?」

 サクラが話題を切り替えて、ガクトに質問を投げかける。

「美代子さんが面倒見てる・・今はまだ自力で動けるけど、激しい運動は避けといたほうがいいって・・」

「なるほど。彼女のためにもガクト、今はまだムチャはしないほうがいいかもしれないわね。」

 答えるガクトに、早苗が優しく言いかける。ガクトが苦笑を浮かべて、部屋のほうに眼を向ける。

「では私たちはいったん事務所に戻るわ。早苗も気をつけなさい。」

「大丈夫ですよ。ムチャはしませんから。」

 夏子の呼びかけに早苗が答える。決定的な情報を得るため、彼らは解散した。

 

 その夜は店を訪れる客が多かった。美代子がかりんの解放を行っている一方で、ガクト、寧々、紅葉が調理と接客をしていた。

 店内が落ち着きを取り戻したのは、書き入れ時から2時間ほどたった午後8時半だった。

「ふぅ・・波がやっと治まったって感じだよ〜・・・」

 テーブルのひとつに突っ伏した寧々が、大きくため息をつく。

「悪かったな。あんなことになってなきゃ、お前らの手を借りることもなかったってのに・・」

「だから気にしないでくださいって。これで恩返しができるならお安い御用ですよ。」

 謝意を見せるガクトに、紅葉が弁解を入れる。そこへかりんが美代子に支えられて顔を出してきた。

「かりん、美代子さん・・大丈夫なのか?」

「ガクト、私は平気・・美代子さんのおかげで落ち着けたよ・・」

 心配するガクトに、かりんが微笑みかける。

「これから少し体を動かす意味で、散歩に出かけてくるね。ガクトくん、寧々ちゃん、紅葉ちゃん、本当にありがとうね。」

 美代子が笑顔を見せて、ガクトたちに言いかける。

「けど、ここんところ街は物騒になってる。そんな状態のかりんを夜に連れ出すなんて・・」

「大丈夫よ、ガクト。近くのコンビニで買い物してくるだけだから・・」

 心配の声をかけるガクトに、かりんが微笑んで答える。

「では行ってきますね。ガクトさん、お店のほうはお願いね。」

「あ、あぁ・・」

 美代子の挨拶にガクトが頷く。彼女はかりんと一緒に外に出かけていった。

「かりんさんと美代子さん、2人だけで大丈夫かな・・・?」

 寧々が2人に向けて心配の声をもらす。同じく2人を気にかけていたガクトもまた、意を決した。

「今日はちょっと早めに店じまいしたほうがいいかもしれねぇな・・・」

 

 お菓子やジュースをいくつか買って、かりんと美代子はコンビニを出た。かりんは大きく深呼吸して、夜の空を見上げていた。

「ん〜ん・・こうして体を動かすのもいいかもしれませんね・・・」

「そうね・・今度はガクトさんと2人きりというのもいいかもね。」

 感嘆の言葉を口にするかりんに、美代子が微笑んで言いかける。

「そんな、美代子さん、エヘへ・・・」

 照れ笑いを見せるかりん。2人は気分よく、セブンティーンに戻ろうとした。

 そのとき、かりんは奇妙な感覚を覚えて足を止める。彼女の様子に美代子が疑問符を浮かべる。

「どうしたの、かりんちゃん・・・?」

 美代子が声をかけるが、かりんはそれに答えず、周囲に注意を向ける。かりんは自分たちに向けての殺気を痛感していた。

「美代子さん、隠れて!」

「えっ!?

 かりんの突然の呼びかけに美代子が当惑を覚える。かりんが美代子を連れて、すぐさま物陰に身を潜める。

 直後、一条の風が飛び込み、周囲にあった標識を切り裂いた。かりんがすぐに回避行動を取らなかったら、その鋭い一閃によって美代子は切り裂かれていただろう。

「美代子さんはここにいて。絶対に飛び出さないで。」

 かりんは美代子に呼びかけると、襲撃者の居場所を探るために外に飛び出した。かりんの身を案じながらも、美代子は彼女を呼び止めることができなかった。

「出てきて!私が相手になるわ!」

 呼びかけるかりんの頬に異様な紋様が浮かび上がる。直後、彼女に向けてひとつの影が飛び降り、爪を突き出してきた。

 かりんがその攻撃を横転してかわしながら、死神の怪物「デッドガルヴォルス」へ変身する。出現させた死神の鎌を振りかざし、襲撃者を引き離す。

 怪物は跳躍してその一閃をかわし、距離を取って着地する。怪物はかりんに向けて鋭い視線を向けていた。

「あなたは私の気持ちを阻む敵・・誰にも、私たちの邪魔はさせない・・・!」

 眼を見開いた怪物がかりんに向かって飛びかかる。突き出してきた両手の爪を、かりんは死神の鎌を掲げて受け止める。

「どういうつもりなの!?私があなたに何をしたの!?

 かりんが問い詰めながら、怪物を押し返す。しかし怪物は身を翻して、再度攻撃を繰り出す。

「あなたがいなくなれば、私は幸せをつかめるの!だから私は!」

 叫ぶ怪物がかまいたちを放つ。かりんが死神の鎌を振りかざして、そのかまいたちをなぎ払う。

 だが全てを弾き返したわけではなかった。彼女の体や顔にかすり傷が付けられる。

 それでもかりんは怯むことはなかった。今度は彼女が怪物に飛びかかり、死神の鎌を振りかざす。

 直後、怪物が黒い翼を広げて、烈風を撒き散らす。その風にあおられて、かりんが突き飛ばされる。

 体勢を整えて着地するかりん。そこへ怪物が飛びかかり、鎌を持つかりんの右手をつかむ。かりんがすぐさま左手で、怪物の右手をつかんで動きを封じる。

 そのとき、かりんが体に痛みを覚えて顔を歪める。妊娠による負担が、彼女にのしかかってきたのである。

(くっ!こんなときに!)

 毒づくかりんに向けて、怪物が力押しを仕掛ける。その力に押されて突き飛ばされ、横転したかりんが人間の姿に戻る

「かりんちゃん!」

 美代子が叫ぶ前で、かりんがうずくまる。立ち上がれずにいる彼女の前に、怪物が立ちはだかる。

「もうおしまいよ・・あなたを倒せば、私は幸せを手にできる・・・!」

「やめるんだ!」

 かりんにとどめを刺そうとしたところで、声がかかってきた。騒ぎを聞きつけてきた悟が駆けつけてきた。

「かりんさんから離れるんだ!でないと、オレが相手をする!」

 悟が呼びかけると、怪物が殺気を彼に向けてきた。

「どうしても彼女を狙うというのか・・・なら!」

 いきり立った悟が変貌を遂げる。混沌の姿、カオスガルヴォルスへ。

 悟は怪物に飛びかかり、かりんが引き離す。その間に、美代子とサクラがかりんに駆け寄る。

「かりんちゃん、大丈夫!?

「サ、サクラさん・・・」

 サクラの呼びかけに、かりんが小さく答える。その傍らで、悟が怪物を必死に抑えていた。

「お前は何者だ!?なぜかりんさんを狙う!?

「邪魔しないで・・邪魔をするなら、あなたも私の敵ということになる・・・!」

 問い詰める悟に、怪物が冷徹に告げて烈風を放つ。危機感を覚えた悟は、通常形態の「ノーマルカオス」から速さ重視の「アクセルカオス」へと変身する。

 眼にも留まらぬ速さで烈風をかいくぐり、怪物に詰め寄る悟。彼が繰り出した拳が、怪物を突き飛ばす。

「くっ!・・私は幸せをつかむの・・だから、邪魔するものは全部壊す・・・!」

 怪物は叫ぶと、全身から旋風を巻き起こす。突然の爆発力に悟が虚を突かれる。

 だが怪物は悟ではなく、サクラと美代子に介抱されているかりんに狙いを向ける。

「まさか!?

 思い立った悟が、かりんたちに向かって駆け出す。同時に怪物もかりんたちに向けて飛びかかる。

(いけない!この状態じゃ、とてもガルヴォルスになれない・・・!)

 疲弊しているかりんが覚悟を覚える。怪物が彼女たちに向けて爪を突き出す。

 だが、その爪が突き刺したのは、割って入ってきた悟だった。右のわき腹を刺された悟が、激痛に顔を歪める。

「悟!」

「悟さん!」

 サクラとかりんが悲痛の叫びを上げる。鮮血をまき散らした悟が、その場にうずくまる。

「サクラ・・かりんさん・・よかった・・無事だったんだね・・・」

「悟、しっかりして!悟!」

 小さな笑みを見せる悟に、サクラがさらに呼びかける。そこへ怪物が立ちはだかり、攻撃を加えようとする。

「やめろ!」

 そこへ声が飛び込み、かりんや悟だけでなく、怪物も眼を見開いて攻撃の手を止める。直後、怪物は奇襲の突進を受けて突き飛ばされる。

 乱入してきたのはドラゴンガルヴォルスに変身したガクトだった。かりんたちが気がかりになった彼は店の営業を切り上げて、彼女たちを追いかけてきたのである。

「その姿・・・おめぇ、七瀬だろ・・・!?

「えっ!?

 ガクトが口にした言葉に、かりんたちが驚きの声を上げる。怪物の影に七瀬の裸身が浮かび上がる。

「ガクトさん・・・私・・・」

「七瀬、何でこんなことを・・・何でかりんたちを!?

 互いが困惑を抱える中、ガクトが七瀬に問い詰める。七瀬は自分を抱きしめてから、振り絞るように答える。

「私、幸せになりたい・・その幸せは、ガクトと一緒の時間を過ごすこと・・・」

 語りかける七瀬の眼から涙があふれ出る。

「その幸せをつかむには、かりんさんがどうしても邪魔なの!だから私はかりんさんを!」

「ふざけんな!」

 七瀬の悲痛の叫びを、ガクトが怒号で一蹴する。

「そんな身勝手な考えで、お前はかりんやみんなを傷つけるってのか!?あの時見せたお前の笑顔は、どこに行っちまったんだよ!?

 ガクトが感情をあらわにして、七瀬に向けて叫ぶ。その言葉に胸を痛めるも、七瀬は自分の正直な気持ちを捻じ曲げることはできなかった。

「私はガクトと一緒に幸せをつかみたい・・・それが悪いことでも、私は!」

 自分の中にある感情を爆発させて、七瀬がガクトに飛びかかる。

「それがお前の答えだっていうのかよ・・・!?

 憤慨したガクトが、突き出してきた七瀬の爪を受け止める。虚を突かれた彼女に向けて、ガクトが拳を突き出す。

 その痛烈な打撃を受けて、七瀬が横転する。消耗した彼女の姿が人間に戻る。

 いたたまれない気持ちにさいなまれたまま、ガクトも人間の姿に戻る。

「ガクト!かりんさん!」

 そこへ遅れて寧々が駆けつけ、紅葉も続く。2人は疲弊しているかりんと悟に駆け寄る。

「かりんさん、悟さん、大丈夫!?

「寧々ちゃん・・私は大丈夫・・でも悟さんが・・・」

 寧々の問いかけにかりんが答える。悟は重傷のため、危険が高かった。

「ガクト・・もしかして、全部七瀬さんが・・・!?

 寧々が問いかけるが、ガクトは歯がゆさを浮かべたまま答えない。その無言の態度を肯定と判断して、寧々が七瀬に問い詰める。

「かりんさんも美代子さんも、みんなあなたやこころちゃんに優しくしてたじゃない!それなのに、自分勝手に攻撃するなんて!」

 寧々も歯がゆさを覚えて七瀬を責める。しかし七瀬は涙を浮かべるばかりで答えようとしない。

「人はちょっとしたことでも、絆を簡単に断ち切ってしまうものなのだよ。」

 そのとき、どこからか声がかかり、ガクトたちが身構える。そこへ降り立った1人の男に、ガクトたちが眼を見開く。

「ア、アンタは・・・!?

 ガクトはその人物に見覚えがあった。七瀬を引き取っている宗司だった。

「今の七瀬さんは、自分の気持ちに駆り立てられている・・もはや彼女を止めることはできない。」

「止められないだと!?バカなことを言うな!そんなこと・・!」

「君が否定できることではないはずだぞ、竜崎ガクトくん。」

 反論しようとするガクトに、宗司が鋭く言い放つ。その言葉に心当たりがあり、ガクトは言葉を詰まらせる。

「君は家族を失い、それを奪ったガルヴォルスを憎悪した。身近な人がそばにいながらも、その復讐心を切り捨てることは簡単ではなかったはずだろう。」

 宗司の指摘に反論できなくなるガクト。宗司は怯えている七瀬を抱えると、再び声をかける。

「お前たちの望む世界がどのような形で成し遂げられるのか、よく考えてみることだな。」

 宗司はそう言葉を残すと、異形の姿、ゼウスガルヴォルスに変貌する。その強靭な稲光を全身から放つと、彼らはガクトたちの前から姿を消した。

「くそっ!・・アイツが黒幕だったのかよ・・・」

 ガクトが宗司に対して毒づく。寧々たちは疲弊したかりんと悟を必死に介抱していた。

 

 かりんは休養を取ることで落ち着きを取り戻し、大事には至らなかった。だが悟は七瀬の攻撃で重傷を負い、戦線離脱を余儀なくされた。

 サクラは悟のそばにいたいと、病院に留まることとなった。店に戻ったガクトたちの心に、一抹の虚無感が残っていた。

 自分の想いに駆り立てられた七瀬が、容赦なくかりんに襲い掛かり、彼女たちを守ろうとした悟や、本来の想いの矛先にあるはずのガクトたちにも攻撃を向けてきた。

 さらに彼女の行動に宗司が賛同している。もはや一筋縄ではいかないと、誰もが思っていた。

 何とか落ち着きを取り戻そうと、セブンティーンでは通常通りの営業を行おうとしていた。

「あたしたち、こんなことをしている場合なのかな?・・七瀬さんともう1度会いに行ったほうが・・」

「こういうときだからこそ、こういうことをやったほうが混乱しなくて済むっていう、美代子さんの考えだ・・」

 心配の声をかける寧々に、ガクトがいたたまれない心境のまま答える。

「早苗さんが必死になって探してくれてる。アイツの姉さんも七瀬も、あの宗司ってヤツもな・・・」

「ガクトさんの言うとおりだよ、寧々。あたしたちが今ジタバタしても、どうにもなんないって・・」

 ガクトに続いて紅葉も寧々に言いかける。2人に制されて、寧々は渋々大人しくするようにした。

 そのとき、ガクトは出入り口に誰かが来たことに気付いて振り返る。そこにはたくみと和海の姿があった。

 

 店の準備を中断して、店の前に出たガクトは、たくみと対峙していた。たくみと和海も、夏子から事情を聞いてきたのである。

「まさか七瀬さんが、かりんさんや悟さんを襲うなんて・・・」

「オレも正直信じらんねぇ・・けど実際にアイツが襲ってきた・・」

 たくみもガクトも歯がゆさを隠し切れずにいた。

「黒幕は多分アイツだ・・海野宗司・・・」

「何っ!?宗司さんだと!?

 ガクトが口にした言葉に、たくみが耳を疑う。

「そんなバカな!?宗司さんが!?

「アイツは七瀬を庇ってきたガルヴォルスだ!しかも並みのガルヴォルスじゃなかった・・・!」

 声を荒げるたくみに、ガクトが振り絞るように言いかける。だがたくみは納得しない。

「ふざけるな!宗司さんは心優しい人だ!いくら七瀬さんやこころちゃんのためでも、人を傷つけるような人じゃない!」

「アイツがオレたちの前にやってきて、七瀬を連れて消えた!アイツが絡んでいないはずはないんだ!」

 互いに鋭く言い放つたくみとガクト。2人が激昂し、鋭い視線を投げかける。

「やっぱ、テメェとは本気でケリを着けねぇといけねぇみてぇだな・・・!」

「真実は確かめないといけない・・だがその前に、お前との因縁を終わらせるのが先のようだな・・・!」

 憤りに駆り立てられて、対峙する2人の青年。1度は伏せられていた決戦が再び幕を開けようとしていた。

 和海は2人の対立を快く思っていなかった。だが止めようとしても止められないことも分かっていたため、彼女は黙り込むしかなかった。

 そのとき、ガクトたちが異様な気配を感じ取り、緊迫を覚える。その気配は、セブンティーンの中から感じられた。

「まさか、かりん!」

 危機感を覚えたガクトが、店の中に飛び込む。そこでは寧々と紅葉が倒れており、美代子も意識を失っていた。

「寧々!」

 ガクトが声を荒げて、寧々に駆け寄る。そこで彼は、かりんを抱えている宗司を眼にする。

「アンタ・・・アンタの仕業か!?

「こうでもしないと、君は私や七瀬さんの思い通りにはならないからな。」

 怒るガクトに、宗司が淡々と答える。

「彼女は私が預かる。森の中心にある洞窟に来い。」

「かりんを返せ!でないともう容赦しねぇぞ!」

 ガクトがいきり立って駆け出すが、宗司はかりんを連れて姿を消してしまった。

「か・・かりんさん・・・!」

 傷ついた体に鞭を入れて立ち上がった寧々が、困惑を覚える。

「くそっ!このまま連れて行かせるか!」

 ガクトがなりふり構わずに、かりんを助けるために宗司を追っていった。店を飛び出し、彼はすぐさまバイクを走らせた。

「ガクト!」

 振り返ったたくみと、ガクトを追いかける寧々の声が重なる。

「待って、寧々!」

 紅葉も続いてガクトと寧々を追いかける。毒づいたたくみが、困惑している和海に呼びかける。

「和海、美代子さんを頼む!オレはガクトたちを止めてくる!」

「たくみ!」

 声を荒げる和海を背にして、たくみもバイクに乗って走り出していった。彼の言葉を受け入れて、和海は美代子の介抱に当たった。

 

 指定された洞窟の前にたどり着いたガクトがバイクを止める。メットを外した彼が、洞窟をじっと見つめる。

「ここにかりんがいるのか・・・」

 ガクトは呟きかけると、洞窟に向かおうとした。だがそこへ肩をつかまれて制される。

 振り返ったガクトの前には、早苗の姿があった。

「早苗・・・」

「たくみくんたちから連絡を受けたわ。かりんさんが、海野宗司にさらわれたそうね・・」

 当惑を見せるガクトに、早苗が真剣な面持ちで声をかける。

「ここまで来て引き返せといわれても、あなたは聞きはしない・・でもこれだけは注意して。かりんさんは、とてもムリをできる状態ではないことを・・」

「分かってる・・だからこそ、急がなくちゃいけないんだろう・・・」

 早苗の忠告を聞き入れながらも、ガクトが言葉を返す。

「あくまでかりんさんの救出を最優先に、危険だと判断したら深入りせずに引き返すように。」

 早苗が続けて注意を送ると、ガクトは無言で頷いた。2人はかりんを助け出すべく、洞窟に足を踏み入れていった。

 

 

 

作品集

 

TOP

inserted by FC2 system