ガルヴォルスSouls 第2話
その夜、セブンティーンにてパーティーが行われていた。ガクトとたくみの和解、寧々、紅葉、七瀬、こころの歓迎、いろいろな意味が込められていた。
だがガクトとたくみの信念とその食い違いは軽いものではなく、このような親睦を深める機会で埋まるものではなかった。
それを見かねた寧々がガクトに歩み寄ってきた。
「コラコラコラ。いつまでそんな腑抜けた顔をあたしたちに見せるつもりなのよ?」
「いきなり不満を見せてかけてきた言葉がそれかよ・・」
言い寄ってきた寧々に、ガクトが憮然とした態度を見せる。
「これは簡単に譲り合いのできるほど、単純にできちゃいねぇんだよ。譲り合いができるなら、今頃こんな気分にはなってねぇよ。」
「だけど・・今のガクトたちを見ていると、子供染みたつまらない意地の張り合いをしているようにしか見えないよ・・」
「意地の張り合いか・・そうかもしれないな・・・オレたちは意地を張って、何かをやっているのかもな・・」
深刻な面持ちを見せる寧々だが、ガクトの考えが変わることはなかった。
いつかガクトとたくみがもう1度戦うことになるかもしれない。どんな手を尽くしても逃げることのできない形で訪れるかもしれない。
そのとき自分がどうするのか。周りはどうするのか。それは寧々には分からず、想像もつかなかった。
「あの、ガクトさん・・・」
そこへ七瀬がやってきて、ガクトに声をかけてきた。
「今日は本当にありがとうございます・・私たちを助けてくれただけじゃなく、パーティーまで開いてくれて・・」
「別にそこまで気遣ってるわけじゃねぇよ。オレはああいうヤツが許せなかっただけで、ここまでお膳立てしたのは美代子さんたちだし・・」
「それでも、私はあなたに感謝しています・・あなたやみなさんが、私たちを助けてくれたことは確かですから・・・」
あくまでガクトに感謝する七瀬。ガクトはただただ肩を落としてため息をつくばかりだった。
(ガクトさん、突っ張っているようだけど、私には分かる・・みんなのことをとても大切にしている、とても優しい人だって・・・)
七瀬はガクトに対する気持ちを募らせていた。彼女はこの感覚が、かつて恋愛をしていたときと似ているように思えてならなかった。
(もしかして、私、ガクトさんのこと・・・)
七瀬は自分の気持ちを確かめていた。自分がガクトを好きになっていたことを。
「お姉ちゃん、これからトランプやるから一緒にやろうよー。」
そこへこころが七瀬に呼びかけてきた。七瀬は手を振って頷き、こころのいるところへ行こうとした。
「本当に、ありがとうございました・・・」
ガクトに改めて感謝すると、こころのところに向かっていった。それを確かめた後、ガクトはたくみに眼を向ける。
眼を合わせた2人が互いを見据える。それぞれの決意を秘めた2人が、再び対峙しようとしていた。
「人間とガルヴォルスは共存できる。元々ガルヴォルスは人間なんだから、共存できないはずがない。」
「それはその人間やガルヴォルス、それぞれ次第だ。全員をまとめることはできねぇ。」
「それでも人間だ。絶対に手を取り合えないことはない。」
「みんな自分の考えで動いてるんだ。オレもかりんも、生きるために戦う・・これまでも、これからも・・」
互いに自分の信念をぶつけ合うたくみとガクト。2人の和解は極めて困難なものとなっていた。
パーティーが終わり、七瀬とこころは帰ることとなった。2人をガクト、たくみ、かりん、和海が送っていくことにした。
はしゃいだために疲れたのか、こころは眠気を漂わせていた。
しばらく歩いたところで、七瀬たちは自宅にたどり着いた。その大きく広々とした家を目の当たりにして、かりんと和海が驚きを浮かべていた。
「すごい・・これが七瀬さんとこころちゃんの家・・・」
「2人とも、こんなすごい家に住んでいたなんて・・・」
かりんと和海が感心の声を上げる。
「そう思ってくれて嬉しいよ。」
そこへ1人の男が現れ、声をかけてきた。たくましい長身と穏和な雰囲気が特徴で、対面しても緊張しない人物であった。
「みなさんどうも。私が先ほど電話した海野宗司(うんのそうじ)だ。七瀬さんとこころちゃんにここまでしてくれて、私からも感謝するよ。」
「いえ、いいんですよ。七瀬さんとこころちゃんに楽しんでもらえて、私たちも嬉しかったですから・・」
自己紹介をする男、宗司にかりんが弁解を入れる。
「あなた・・そうか。ここは宗司さんの自宅でしたか。」
宗司に眼を向けたたくみが笑顔を見せる。
「君は、たくみくん・・まさか君たちが、七瀬さんとこころちゃんを保護してくれていたとは・・」
「あのときは、オレの整備したバイクを買ってくれて、ありがとうございます・・不備はなかったでしょうか・・?」
「いや、大丈夫だよ。私もいろいろとバイクを試し乗りしてきたが、これほど私と合うものは今までなかった・・」
宗司とたくみが語らい、握手を交わす。
「知り合いなんですか、2人とも・・?」
そこへかりんが疑問を投げかけてきた。
「あ、あぁ。宗司さんはオレが初めて整備したバイクを買ってくれた人なんだ。どこか間違ってなかったか心配してたけど・・」
「何。私も君たちに感謝しているよ。もし何かあったら、君たちにひいきにさせてもらうよ。」
説明するたくみに感謝の意を示す宗司。
「ではそろそろ失礼させてもらうよ。七瀬さん、こころちゃん、行こうか。」
「はい。」
宗司の呼びかけに七瀬が答える。
「それではみなさん、本当にありがとうございました・・」
「よかったらまた来て。私たちはいつでも待ってるから・・」
一礼する七瀬に、かりんが優しく答える。たくみも宗司と握手を交わすと、和海とともにこの場を後にした。
「いい人たちばかりでよかったね。まさかたくみくんと和海さんと会うとは思わなかったが・・」
「みんな、いい人たちばかりでよかった・・本当によかった・・・」
宗司の言葉に頷く七瀬が喜びを膨らませる。その歓喜をこらえきれなくなり、彼女は大粒の涙をこぼす。
七瀬はこれまでいじめに虐げられて、心の休まらない時間を過ごしてきた。その彼女を支えたのは、心と宗司の優しさだった。
そして新たに、ガクトへの想いが七瀬の心の支えとなっていた。
その日の夜、ガクトとかりんは夜の時間を過ごしていた。2人は一糸まとわぬ姿で、ベットの中で抱き合っていた。
その夜は、寧々と紅葉は美代子の部屋で寝ることとなった。
「ふぅ・・今日はいろいろと忙しかったな・・」
「そうね・・久しぶりに全員集合って感じだったよ・・」
吐息をひとつつくガクトに、かりんが微笑みかける。
「寧々と紅葉も、けっこうエッチしているみたいだよ・・2人ともしょうがないんだから・・」
「人のことを言えねぇだろ、オレたちも・・」
言いかけるかりんにガクトが半ば呆れる。だが2人は深刻な面持ちを浮かべる。
「たくみさんと、仲直りすることはできないの・・・?」
「何度も言わせるな。それはムリだ。オレとアイツは考え方が思いっきり食い違っちまった。もう修復しきれねぇくらいにな・・」
かりんの問いかけに、ガクトが憮然とした態度で答える。
「いつか必ず、アイツと決着を着けることになるだろう。だがそれでも生きてみせる・・オレは・・オレたちは・・」
「ガクト・・・」
ガクトの変わらない信念に、かりんは困惑を隠せなかった。ガクトとたくみが血で血を洗う戦いに実を投じ、どちらかが命を落とすことになるかもしれない。かりんはそれが不安でたまらなかった。
「それでも、ガクトを信じたい・・私の中にある、ガクトを好きだという気持ちが強くなってる・・・」
「かりん・・・すまねぇな・・オレなんかのために・・・」
自分の正直な気持ちを告げるかりんに、ガクトが笑みを見せて頷く。2人は想いの赴くまま、体を寄せ合って口付けを交わす。
(かりんとこうしているのはすごく落ち着く・・どんなに荒れても、オレの心を沈めちまうからな・・)
(ガクトは死神であり仇である私を受け入れてくれた・・その気持ち、絶対に裏切れない・・・)
心の声を交し合うガクトとかりん。2人は唇を重ねたまま、互いの体に触れていく。
その心身の交わりに、ガクトとかりんは高揚感を覚える。この触れ合いが、心身ともに傷ついてきた2人に安らぎを与えていた。
「ガクトと一緒にいたい・・ひとつに解け合うくらいに・・・」
「オレもだ・・どんなことがあっても、オレたちは生きるんだ・・・」
唇を話して、かりんとガクトが気持ちを告げる。2人の絆は揺るぎないものとなっていた。
街では奇妙な事件が発生していた。女性たちが次々と行方不明になるというものである。
その連絡を受けていた早苗と佳苗だが、その事件に関する手がかりはつかめていなかった。
「殺人事件に失踪事件かぁ・・体も気も休まらないわね・・」
「どちらもガルヴォルスの仕業である可能性が高いわ。ここは私たちが全力で捜査するしかない。泣き言を言っている場合じゃない。」
ため息をつく佳苗に、車を運転する早苗が真剣に言いかける。
「とはいえ、私たちのような純粋な人間には限界が出てくる・・不本意だけど、彼らに頼むしかないわ・・」
「えっ?でも寧々ちゃんと紅葉ちゃんは、この辺りには・・」
「その2人の知り合いに会いに行くのよ。彼らもガルヴォルスで、夏子先輩の知り合いよ。」
「そっか。その先輩もガルヴォルスの事件を追っていたんだったね・・そうか。その人たちが、あの蘇り事件を沈静化させたガルヴォルスというわけね・・」
早苗の言葉を聞いて、佳苗が納得して頷きかける。半ば呆れながらも、早苗は話を続ける。
「イヤな予感がしてるの・・今まで見たことのない、とんでもないことが起こりそうな気がしてならない・・」
「油断ならないってことね、今まで以上に・・いつも以上に気を引き締めていきましょうか。」
早苗の言葉を背に受けて、佳苗も真剣さを見せる。2人はパトロールを行い、車を走らせた。
この日もガクトたちの日常は、セブンティーンでの準備から始まった。昨晩のパーティーの後片付けはその日のうちに終わらせていた。
「七瀬さんは優しくて、こころちゃんはかわいくて・・また来てほしいわね♪」
「けど、何度もパーティーやるのはゴメンだな。」
未だに上機嫌でいる美代子に、ガクトが半ば呆れる。
「美代子さん、あたしたちもお手伝いしますよ。」
そこへ紅葉が声をかけ、寧々とともに仕事を始めようとする。
「優しいのね、2人とも。でも大丈夫よ。お客様に手伝わせるわけにいかないわ。」
「ううん、気にしないで。パーティーを開いてくれた上に、泊めさせてくれたんだもん。何もしないわけにいかないって。」
弁解を入れる美代子に、寧々も意気込みを見せる。憮然さを保ちながらも、ガクトは笑みをこぼしていた。
「そういえば、かりんちゃんの姿が見えないわね・・どうしたのでしょう・・?」
「ガクト、知らないのか?」
美代子がかりんを気にして、寧々がガクトに訊ねる。
「いや。朝はどこもおかしい様子はなかったが・・」
ガクトが答えながら、私室に眼を向ける。
「やっぱり心配だよ・・あたし、ちょっと見てくるよ。」
心配になった寧々がかりんのところに向かおうとした。そこへかりんが私室から顔を出してきた。
「かりんちゃん、大丈夫ですか・・・?」
「顔色が悪いよ、かりんさん・・休んでいたほうが・・」
美代子と寧々が心配の声をかける。ガクトもかりんに対して深刻さを募らせていた。
「大丈夫・・私、仕事でき・・・うっ!」
弁解を入れようとしたとき、かりんは突如吐き気に襲われて口に手を当てる。
「かりん!?」
その異変に声を荒げ、ガクトがかりんに駆け寄る。
「かりんちゃん、どうしたの!?しっかりして!」
「かりんさん!・・すごい熱・・!」
美代子がかりんに呼びかけ、寧々も心配の声を上げる。
「ガクトくん、私の部屋に運んでください!落ち着かせます!」
「あぁ!分かった!」
美代子の呼びかけにガクトが答え、かりんを抱えて運ぶ。
「あたし、病院に電話してきます!」
紅葉もすぐに電話の受話器に手を伸ばした。それから、かりんは到着した救急車に乗せられて、病院に運ばれることとなった。
その間も、かりんはおなかを押さえ込んでいた。
医師の診察を受けて、落ち着きを取り戻したかりん。病室のベットで眠る彼女を、ガクト、寧々、紅葉が深刻さを抱えたまま見つめていた。
一方、美代子は医師からかりんの容態を聞いていた。その診察結果は、驚くものだった。
「えっ!?・・それは、本当なんですか・・・!?」
「本当です。3ヶ月というところでしょうか。まだ自力で動ける状態ではありますが、安静でいることをお勧めします。過度の運動は避けるように。」
驚きの色を隠せないでいる美代子に、医師が報告と注意を告げる。それを聞いて、美代子は喜びとも不安ともいえない感情を覚えていた。
病室に戻ってきた美代子に、ガクトたちが振り返る。
「美代子さん・・かりん、どうなんだよ・・・!?」
ガクトがかりんについて美代子に問い詰める。
「かりんちゃん、妊娠しているって・・まだ3ヶ月だけど・・」
「妊娠・・・妊娠!?」
美代子の言葉を聞いて声を荒げ、寧々と紅葉も驚きを隠せなくなる。
「ウ、ウソじゃないんですか、美代子さん!?ホントにかりんさん・・!?」
「えぇ。間違いなく、かりんちゃんとガクトくんの・・・」
寧々の問いかけに美代子が続けて答える。自分とかりんに降りかかった転機に、ガクトは深刻さを膨らませるばかりだった。
それからしばらくして眼を覚ましたかりんは、美代子から診察結果を聞かされた。自分の中に新しい命が宿ったことも、彼女自身も困惑していた。
「私に・・私とガクトの子供が・・・」
「正直オレも驚いたぞ・・まさかかりんに子供ができるなんて・・・」
かりんとガクトが動揺を込めた言葉をもらす。美代子も寧々も紅葉も、言葉をかけられなくなっていた。
それからしばらく休憩してから、かりんはガクトたちに連れられて病院を後にした。セブンティーンに戻る途中も、彼女は深刻な面持ちを消せずにいた。
「ホントに大丈夫なのか、かりん・・・?」
「うん、大丈夫・・今はまだ、動くのに不自由していないから・・」
さらに心配するガクトに、かりんが微笑んで答える。
「それに嬉しいの・・私とガクトの子供が生まれようとしていることに・・」
「それはオレだって・・けど生まれるまでと生まれた後で、いろいろと大変なことが起こるんだぞ・・オレもこういうのは、ホントに分からなくて・・・」
喜びを見せるかりんだが、ガクトは困り顔を浮かべるばかりだった。
「それなら心配要りません。私がちゃんとサポートしていくから。」
そこへ美代子が呼びかけ、ガクトとかりんを励ます。
「私、保育園で仕事をしていたことがあって。赤ちゃんのお世話についても勉強してきたの。その経験が役に立ちそうね。」
「そういえばそうでしたね、美代子さん・・助かります・・」
美代子が言いかけて、かりんを励ます。それを受けてかりんが微笑んで頷いた。
「あれ?あそこにいるの、七瀬さんじゃない?」
「えっ?」
寧々がふと声をかけ、彼女が指差したほうにガクトたちが眼を向ける。その先の広場に、七瀬と数人の女たちがいた。
その数分前、七瀬は買い物のため外に出ていた。その途中、彼女はある光景を目の当たりにして足を止める。
それは1人の少女が、数人の女たちに突っかかられているところだった。今にも暴力を振るわれそうな、一触即発の状態だった。
(あそこでも、また・・・許せない・・絶対に許しちゃいけない・・・!)
七瀬の中で殺意と戦意が一気に膨らんでいく。彼女はその激情に駆り立てられるまま、その女たちに近づいていく。
「やめなさい、あなたたち!」
七瀬の呼び止められて、少女に殴りかかろうとしていた女たちが手を止める。
「何だ、テメェ?何の用だ?」
「ここはあたしらの縄張りなんだよ。勝手に出入りしてんじゃねぇって。」
女たちが口々に鋭く言い放つ。彼女たちが七瀬に気を取られている間、少女は恐怖を抱えたまま逃げ出していく。
「バカな小娘だね!折角だからテメェから痛めつけてやるよ!」
「他のヤツらへのいい見せしめにもなるしな!」
いきり立った女たちが七瀬を取り囲む。だが七瀬も彼女たちに対して憤っていた。
「あなたたちのようなのがいるから・・みんなが悲しんだり辛くなったりするのよ・・・!」
低く告げる七瀬の頬に異様な紋様が浮かび上がる。その変貌に女たちが緊迫を覚える。
やがて七瀬の姿がルシファーガルヴォルスに変化する。異形の怪物へと変身した彼女を目の当たりにして、女たちは恐怖を覚える。
「バ、バケモン!?」
「ビ、ビビることはねぇって!こんなのただのこけおどしだよ!」
怖がるのをこらえて、女たちが七瀬に飛びかかる。だが七瀬の放った見えない刃を受けて、女たちは両断される。
鮮血をまき散らして倒れ、事切れる女たち。手を血で汚したまま、七瀬は人間の姿に戻る。
「こんなのがいるから、私だけじゃなく、みんな辛い思いをしている・・幸せは、誰もが手に入れられるもののはずなのに・・・」
非情の現実に歯がゆさを覚える七瀬。いじめや理不尽がトラウマとなっていた彼女は、それを強いるものを手にかけずにいられなかった。
「七瀬・・・」
そのとき、七瀬は突如声をかけられて、戦慄を覚える。振り返った先にいたのはガクトたちだった。
「ガクトさん・・・!?」
「七瀬さん・・これ、あなたがやったの・・・!?」
困惑する七瀬に、かりんが不安を込めて問いかける。困惑のあまり、七瀬は言葉が出なくなっていた。
「お前、何考えてやがるんだ・・相手は人間だろ!・・それを、どうして・・!?」
「人間?・・それは違うよ・・・」
ガクトが問い詰めると、七瀬が沈痛の面持ちを浮かべて言いかける。
「だって、関係のない人を、自分のためだけにいじめてたんですよ・・あんなのがいるから、みんなが辛くなる・・」
「ふざけんな!相手は人間だぞ!たとえどんな理由があっても、人間を殺していい理由にはならない!」
七瀬の言葉に腹を立てるガクト。その激昂に彼女が困惑を見せる。
「確かに人間の中にも、お前がムカついてるようなヤツはいる・・そいつらに何かされて、どうかなっちまいそうだっていう気持ちも分からなくもねぇ・・けどな、そんな気持ちで戦って、テメェはホントに満足なのかよ・・・!?」
「満足・・満足するといったらウソになる・・でも、こうでもしないと、他のみんなが私みたいになってしまうから!」
ガクトの言葉に対して、七瀬が悲痛さを込めて言い返す。
「あなたもガルヴォルスなら分かるはずですよね?・・元々人間だったガルヴォルスが、人間から虐げられていると聞いています・・その悲しみと怒り、あなたにも分かるはずです!」
七瀬のこの言葉に、ガクトも反論しようとしたときだった。かりんが苦悶の表情を浮かべて、その場にうずくまってしまう。
「かりん・・・!?」
ガクトが慌てて、美代子に支えられるかりんに駆け寄る。2人が寄り添う姿を目の当たりにして、七瀬は動揺を覚える。
想いを寄せ始めていた相手が、別の女性と抱擁している。それが七瀬の心に揺らぎを植えつけていた。
「悪いが、話の続きをするなら店でだ。ここだといろいろと面倒だからな・・」
ガクトに呼びかけられて、七瀬は我に返る。騒ぎが沈静化したところで、離れていた人々が戻ってきていたのだ。
様々な思惑を抱えたまま、七瀬は渋々ガクトたちについていくこととなった。
「妊娠・・・!?」
ガクトと美代子からかりんの容態について聞かされて、七瀬はさらに愕然となった。かりんは妊娠しており、それが彼女とガクトの子供であることは、七瀬にも容易に想像がついた。
「正直オレも驚いている・・だが美代子さんがついてるし、何とかなるかもしれない・・」
「妊娠ってことは・・ガクトさんとかりんさん・・恋人同士なんですか・・・?」
深刻さを込めて言いかけるガクトに向けて、七瀬は思い切って質問を投げかける。彼女は聞いてはならないことと思いながら、彼女は意を決して訊ねた。
「あぁ・・オレとかりんは、互いを好きになってる・・最初はいろいろあったんだけどな・・」
昔を思い返して答えるガクトが、思わず苦笑いを浮かべる。だがその答えを聞いた七瀬は愕然となる。
「かりんはな、オレの家族の仇だったんだ・・死神の姿をしたガルヴォルスを探して、それがかりんだって知ったときには、オレはいても立ってもいられなかった・・けど、そのときまでに過ごしてきたのが影響したんだろうな。どうしてもアイツを憎みきれなかった・・・」
「・・・そんなの、矛盾していますよ・・家族を殺した人を、好きになるなんて・・・」
「矛盾か・・オレもそう思うな・・自分でもムチャクチャだって思う・・それでも、この気持ちにウソはつけねぇ・・・」
思いつめる七瀬に、ガクトは自分に苦笑しながら言いかける。
「さっき言ったな・・ガルヴォルスが人間に虐げられてきたって・・・オレは、ガルヴォルスを恨んでたガルヴォルスだ。だから他のヤツらと比べて、人間に対してそんな気持ちを感じたことはないかもしれねぇ・・」
「そうなんですか・・・そういうものなのですか・・・」
ガクトの言葉を聞いて、七瀬が沈痛の面持ちを浮かべる。彼女のその様子を見て、ガクトが眉をひそめる。
「どうしたんだ、さっきから?・・お前は、やっぱり人間が許せねぇと思ってるのか・・・?」
ガクトが言いかけると、七瀬は沈痛の面持ちで頷く。
「あなたなら、分かってくれると思っていた・・ガクトなら、いじめられることの苦しみや悲しみが、分かるものだと思ってた・・・」
「虐げられることの気持ちは、オレも痛いほど分かる・・けど気付いたんだよ・・憎むだけの戦い、復讐が虚しいだけだって・・・」
言いかける七瀬に、ガクトが歯がゆさを噛み締めながら答える。その言葉を受け入れたくなかった七瀬は、自分の想いを打ち明けた。
「ガクトさん・・私、正直に言います・・私、ガクトさんのことが、好きです・・・!」
気持ちの赴くままに、ガクトへ告白する七瀬。この気持ちだけはどうしても消したくはない。それが七瀬の正直な気持ちだった。
だがガクトの気持ちは変わることはなかった。
「私、ようやく本当の心のよりどころを見つけることができた・・それがガクトさん、あなたなんです・・・」
「七瀬、すまねぇ・・こんなオレを好きになってくれるお前を傷つけたくないから、今のうちに言っとく・・・オレはかりんと離れたくないんだ・・・」
言いかける七瀬の言葉をさえぎるように、ガクトが答える。その返答に七瀬が愕然となる。
「お前とはこれからも、仲間でいてほしい・・お前のように悲しんでるヤツを、オレは放っておけねぇから・・・」
ガクトが微笑んで言いかけるが、それは七瀬にとって聞きたくない言葉だった。
七瀬はガクトと結ばれたかった。荒んでしまっている自分の心を受け止め、支えてくれるに違いないと彼女は思っていた。
だがその願いは叶わない。このままでは、自分はまた孤独の闇に堕ちてしまうことになる。
その悲しみを避けたかった七瀬は、諦めずにガクトに呼びかけようとしたときだった。
「すみませーん。美代子さーん。」
そこへ声がかかり、ガクトたちが出入り口のほうに振り向く。そこには店を訪れた早苗と佳苗の姿があった。
「早苗さん、久しぶりだな・・ん?この人は?」
早苗に笑顔で声をかけた直後、佳苗を眼にして眉をひそめるガクト。
「はーい♪あなたたちとは初めて会うことになるね。私は早苗の姉の尾原佳苗。私も警部だからよろしくね。」
「姉さん、品のない態度を取るのはやめなさいって・・」
上機嫌に自己紹介をする佳苗に、早苗が呆れる。
「あっ。早苗さんと佳苗さんだ。」
寧々が顔を出して、早苗たちに駆け寄ってきた。
「寧々ちゃん、無事に来れたみたいね。」
「早苗さんが連絡を入れてくれたおかげだよ・・ありがとうございます。」
微笑みかける早苗に、寧々が笑顔を見せて感謝する。
「早苗さん、美代子さんに食事させてもらいに来たの?」
「そう、といいたいところだけど・・・仕事で来たの・・・」
寧々の質問に答える早苗から笑みが消える。彼女と佳苗の視線が七瀬に向けられる。
「北斗七瀬さん、あなたに話を聞かせてもらいたのだけれど。」
「えっ・・・?」
早苗に声をかけられて、七瀬が困惑を見せる。
「最近多発している連続殺人事件については、ガクトさんたちの耳にも入っているでしょう?」
「あ、あぁ。とんでもないヤツがいるなって、オレもみんなも気にはなってた・・」
早苗の問いかけにガクトが答える。
「事件現場周辺の聞き込みを続けていく中で、現場のいくつかにある人物を目撃したという証言を得たの。その人物が・・」
言いかけて眼を向けてきた早苗に、七瀬が息を呑んだ。
「そんな・・・私を・・・!?」
「目撃者のうちの数人が、あなたの姿を見ているの。まだ確証はないけど、疑わないわけにいかない。これまでにも何人もの人が犠牲になってるから・・」
困惑する七瀬に、佳苗も真剣な面持ちで言いかける。2人に問い詰められて、七瀬が不安を隠せなくなる。
「それ、本気なのか・・本気で七瀬が犯人だっていうのかよ・・・!?」
「まだ確証はないといったはずよ。ただきちんと話をしたいだけ。」
ガクトが口を挟んでくるが、早苗は引かずに話を続ける。
「とにかく人々を脅かしている犯人を野放しにするわけにいかない。彼女の証言で、解決に大きく近づくこともできるかもしれない・・」
「その犯人、ガルヴォルスである可能性は?」
「否定はできない。そこで・・」
ガクトの投げかけた質問に、早苗が困惑気味に答える。
「そこで、同じガルヴォルスであるあなたたちにも、協力をあおろうかと思ったわけ。」
そこへ佳苗が早苗の言葉に割って入ってきた。一瞬ムッとなる早苗だが、すぐに真剣な面持ちに戻る。
「オレなんかに頼るとは、警察も焼きが回ったもんだな。」
「とにかく、北斗七瀬さん、話を聞かせてはいただけませんですか?」
からかってくるガクトを無視して、早苗が七瀬に言い寄る。不安に駆り立てられた七瀬がたまらず後ずさりする。
「心配しなくていい。早苗はいいヤツだ。絶対に悪いようには・・」
ガクトがその言葉を口にしかけたときだった。恐怖が頂点に達した七瀬が、たまらず店を飛び出していった。
「七瀬!」
ガクトがとっさに七瀬を追いかけていく。
「いけない!早く追いかけないと!」
佳苗が声を荒げると、早苗が小さく頷く。2人は七瀬を追って、続いて店を飛び出した。
寧々も追いかけた気持ちに駆られたが、かりんのことも気がかりであったため、ここはこの場に留まることにした。
七瀬を追いかけた早苗と佳苗。2人は途中で2手に別れ、さらなる捜索を続けた。
佳苗は捜索を続けていくうち、いつしか街外れの森の中に足を踏み入れていた。
「まさかこんなところに入り込んではいないと思うけど・・万が一ということもあるからね・・」
呟きながら森を歩いていく佳苗。そこで彼女は、ひとつの洞窟を発見して足を止める。
「洞窟・・隠れるにはうってつけかもしれないわね・・」
思い立った佳苗が洞窟の中に入っていく。外からもれてくる明かりを頼りにして、彼女は岩場の道を進んでいく。
その先にある広場にたどり着いた佳苗。その中央にある奇妙な物体を目の当たりにして、彼女は息を呑んだ。
その物体に意思があるかもしれないと思い、佳苗は気付かれないように忍び寄っていく。そこで彼女はさらなる驚愕を覚えた。
物体から何人もの女性たちが突き出ていた。全裸となっている彼女たちは、下半身と両手が物体に埋め込まれており、石のように固くなっていた。