ガルヴォルス

-Phantom Heart-

第2章

 

 

 河川敷で再び意識を失ったトウガ。彼が目を開けた視線の先にあったのは、見知らぬ天井だった。

「な・・何だ、ここは・・・?」

 体を起こしたトウガが周りを見回す。彼がいたのは彼の知らない部屋の中。ベッドの中で眠っていた。

(オレはバケモノどもと戦って・・川に落ちて・・・)

「気が付いたんだね、よかった・・・」

 記憶を巡らせていたところで、トウガが声をかけられる。振り向いた彼の前に、1人の少女がいた。

「何だ、お前は・・オレに何かするつもりか・・・!?

 トウガが少女に敵意を向ける。とっさにベッドから立ち上がる彼だが、疲弊のためにふらついて壁にもたれかかる。

「落ち着いて・・やっと目が覚めたばかりなんだから・・!」

 少女が近寄ってトウガを支える。

「川で倒れていたのを見つけて、私の家まで運んだの・・病院だとまずいんじゃないかって思って・・」

「病院だとまずい?・・どういうことだ・・・?」

 事情を話す少女にトウガが疑問を抱く。しかし少女はその問いに答えるのをためらう。

「質問を変える・・何でオレを助けたんだ・・・?」

「それは、倒れている人を放っておくなんてできなかったから・・・」

 トウガの次の質問に、少女が正直な気持ちを答える。

「オレをどうかするつもりでいるんじゃ・・・!?

「そんなことしないよ・・するとしたら助けるってことだけだよ・・・」

 トウガの投げかける言葉に、少女が自分の思いを口にする。彼女はトウガを心から助けたいと思っていたが、トウガは疑心暗鬼を抱えていた。

「あなたが無事ならそれでいい・・あなたを助けたからって、あなたから何かしてほしいなんて、全然思っていない・・」

「そこまで、他のヤツを助けたいっていうのかよ・・・」

 純粋に人助けをしたいと思っている少女に、トウガが歯がゆさを見せる。彼は少女のことを信じる気になれなかった。

 誰かを信じても、何かを信じても裏切られるという疑心暗鬼が、トウガの心の中で渦巻いていた。

「どうしても信じないというのなら、治ったら自由にしていいよ・・私をそのまま忘れても・・・」

「そこまでオレを助けても気を遣っても、お前に得がないどころか損にしかならないぞ・・」

「分かってる・・私、よく貧乏くじを引いちゃうんだよね・・・」

 トウガから言われて、少女が物悲しい笑みを浮かべた。彼女の様子を見て、トウガが呆れてため息をつく。

「とりあえず名前だけ聞いとく・・何なんだ、名前・・・?」

「カノン・・華原(かはら)カノン・・」

 トウガが聞くと、少女、カノンが自己紹介をする。

「オレは崎山トウガだ・・体を休めるために、オレはもう寝る・・・」

 トウガは肩を落としてから、ベッドに横たわって眠りに着いた。

「うん・・ありがとう、トウガ・・おやすみ・・・」

 カノンが微笑んで頷いて、部屋を後にした。

 

 翌日の朝、目を覚ましたトウガがベッドから起きて部屋を出た。体力を回復させた彼は、ここが家やマンションなどではなく、廃屋の中だということに気付いた。

「この部屋だけまともだったのか・・・」

 トウガが呟いて視線を移す。彼の前にカノンがやってきた。

「あの・・パン、持ってきたよ・・・」

 カノンがトウガに持っていたパンを見せた。どれもスーパーやコンビニで売られているようなパンである。

「それ、どうした?・・まさか、盗んできたのか・・・!?

「・・・そうしないと、生きていけないから・・・」

 疑念を見せるトウガに、カノンが深刻さを浮かべて答える。

「泥棒を見つめるつもりはオレはねぇ・・悪いが受け取れねぇ・・・」

「でもこの世の中が差別したのが悪いんだよ!私たちを苦しめなければ、私たちはこんな思いをしなくて済んだのに!」

 パンを受け取ることを拒むトウガに、カノンが感情をあらわにする。彼女の心境を目の当たりにして、トウガが戸惑いを覚える。

「おめぇも、今の世の中が許せなくなってる・・・!?

 トウガが問いかけると、カノンが小さく頷く。

「実は私があなたを助けたのは、単に困った人を助けたってだけじゃない・・あなたが、私を救ってくれたから・・・」

「オレが、お前を救った?」

 カノンが打ち明けた話に、トウガが眉をひそめる。

「あなたが殺した人たちの中に、私をいじめていた人たちがいたの・・その人たち、いつも私の学校のものや持ち物を壊したり、濡れ衣を着せて悪者にしたりしてきた・・その人たちのせいで、私の人生も壊された・・・」

 自分の過去をトウガに語っていくカノン。悪質ないじめを受けていた彼女は、助けを求めても誰も救ってくれず、絶望の日々を過ごしていた。

「あのときも私はお金を取られそうになっていた・・そこへあなたが現れて、いじめていた人たちを殺していった・・・」

 そしてカノンはトウガと出会ったことを思い出した。

 カノンからお金をぶんどろうとしていた女子たちに憤りを覚えたトウガは、怒りのままに女子たちに殴り掛かった。ビーストガルヴォルスとなった彼の拳と爪が、女子たちの息の根を止めた。

 敵を倒すことだけだと思っていたトウガは、その場にいたカノンを気に留めなかった。そのため、トウガはカノンのことを覚えていなかった。

「人殺しがいいとか悪いとか、あのときにはもう分かんなくなってた・・ただ、あのようないじめはいいとは思っていなかった・・でも、逆らうだけの強さが、あのときはなかった・・・」

「だから言いなりになるか・・いいわけだな・・」

 カノンの話にトウガは納得しない。

「力がないとか状況がどうとか関係ねぇ・・ゴミクズの言いなりになった時点で、自分もゴミクズになっちまうんだからな・・・」

「でもそれで痛い目にあったり、死んでしまうよりは・・・」

「ゴミクズの思い通りにされるくらいなら、死んだほうがマシだ・・・!」

 カノンの浮かべた不安を拒絶して、トウガが世界への憎悪を募らせていく。

「オレは絶対に従わない・・自分たちのことだけを考えて、他のヤツのことを考えず、それを悪いとも思わず改めようともしないゴミクズには・・・!」

「トウガさん・・それがあなたの、絶対に譲れないもの・・・」

 トウガの頑なな意思を知って、カノンが戸惑いを覚える。トウガの意思が彼女の心を揺さぶっていた。

「私にも、そういうものが何かできれば・・・」

「そんなのは気持ち次第でどうにでもなる。まず気持ちで屈しないことが大切なんだよ・・」

 自分を無力だと思うカノンに、トウガが自分の考えを口にする。彼の考えは全く揺るがない、本当に頑ななものとなっていた。

「お前は他のヤツらとは違う・・お前も、ゴミクズどもに怒りを感じていて、抗おうっていう考えが芽生えてる・・・」

 トウガはカノンの心境を汲み取り、檄を飛ばしてきた。

「その気持ちを絶対に忘れるな・・」

「トウガさん・・・はい・・・」

 彼からの言葉にカノンが微笑んで頷いた。

「お前が持ってきたパン、もらっておくぞ・・」

「あ・・ありがとう・・!」

 パンを受け取ったトウガに、カノンが満面の笑顔を見せて感謝した。

 

 カノンと別れてパンを食べ終わったトウガ。彼はリュウガのことを思い出して憤りを覚える。

(あのガルヴォルス・・必ずオレの手でぶっ殺してやる・・・!)

 リュウガの打倒を誓い、トウガは両手を強く握りしめた。

(そしてオレを陥れようとして、思い上がっているゴミクズどもを、オレが1人残らず叩きつぶす・・絶対に野放しにはしない・・・!)

 間違っていることを正しいことだと改変していい気になっている敵を滅ぼすというトウガの決意も、わずかも揺らいではいなかった。

「行くか・・まだこの辺りにゴミクズは居残っているのだから・・・」

 敵を見つけ出すため、トウガは歩き出した。彼は1人、人々の行き交う街中に来た。

 平和で穏やかなように見える街並み。しかしそれは見せかけで、理不尽と不条理が入り乱れていると、トウガは思っていた。

(この中に敵がたくさん・・ゴミクズどもがうずもれている・・見つけたら確実に仕留める・・・!)

 雑踏の中の敵を見出そうと、トウガは鋭い視線を移していく。彼は人込みから外れて小道を進んでいく。

「おっ・・うがー!いでー!」

 そのとき、すれ違いにトウガにぶつかった1人の男が、当たった腕を押さえて叫び声を上げてきた。彼の仲間の男たちも駆けつけてきた。

「おいおい!こりゃ骨が折れてるぞ!」

「こりゃ治療費出してもらわねぇといけねぇなぁ・・」

 男たちがトウガに金を求めてくる。しかし彼らの言動と態度は、トウガの感情を逆撫でしていた。

「兄ちゃん、金出せよ。治療費をよ。」

「それとも裁判沙汰にまでなったほうがいいか?」

 男たちがトウガに脅しをかけてくる。それがトウガの怒りに火をつけた。

「そうやって金を巻き上げていい気になるのがおめぇらのやり口かよ・・・!」

「何だ!?人にケガさせといてそんな口叩くのか!?

 憤りを口にするトウガに怒鳴って、男の1人がつかみかかる。するとトウガが彼の首をつかんで持ち上げた。

「コ、コイツ!オレたちに手を上げるつもりかよ!?

「自分がどういう状況なのか分かってんのかよ!?

 他の男たちがトウガに殴り掛かる。トウガがつかんでいる男を突き飛ばして、他の男たちにぶつける。

「おめぇらもゴミクズだ・・叩きつぶさないといけない!」

 激高したトウガの頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼がビーストガルヴォルスへと変貌を遂げる。

「なっ!?バ、バケモノ!?

「何なんだ、コイツは!?

 男たちがトウガを見て驚愕と恐怖を見せる。

「自分たちさえよければ、他のヤツがどんな気分になろうと知ったことじゃない・・自分たちを悪いと全く思わない・・それがおめぇらゴミクズなんだよ!」

 トウガは怒号を放つと、男たちに向かって飛びかかる。トウガの拳が逃げ出す男たちを殴り飛ばす。

「ヤ、ヤバい!逃げないと殺される!命がいくつあっても足りねぇぞ!」

 他の男たちが悲鳴を上げて逃げ出す。しかしトウガにすぐに回り込まれる。

「力と小細工で物を言わせて、危なくなったり敵わないと思ったりしたら、逃げ出したり命乞いをしたりする・・やっぱりおめぇら、救いようのねぇゴミクズだ・・・!」

 トウガが憤りを募らせて、男たちに爪を振りかざす。男たちが切り裂かれて鮮血をまき散らして、昏倒して動かなくなった。

「やめて・・助けて・・死にたくない・・死にたくねぇよ!」

 恐怖が頂点に達して、腕が折れたと嘘をついた男が体を震わせる。その恐怖のあまり、彼は冷や汗をかいて失禁していた。

「助けて!助けてくれ!殺さないでくれ!」

 迫るトウガに男が助けを求める。しかしトウガが振り上げた右足に強く蹴り飛ばされる。

 壁に叩きつけられた男は、頭から血を流して動かなくなった。

「本当に腕が折れていようがいまいが、ゴミクズに詫びることは何もねぇ・・・」

 敵への憎悪を抱えたまま、トウガは人の姿に戻る。

「ゴミクズは何も変わらねぇ・・いい方へ変わろうとしてねぇ・・だからヤツらがいること自体、オレを苦しめることなんだよ・・・!」

 憤りを募らせながら歩き出すトウガ。彼は世界に対してわずかの希望も持ってはいなかった。

 

 敵を狙って街外れを歩き続けるトウガ。相手のほうから彼のところへ来ることも多くなってきた。

 だがトウガは向かってきた人やガルヴォルスたちを全て撃退してきた。

 間違っていることを間違っていると認識して、それを正す人物や状況が少しでもあれば、幸せでいられたかもしれない。その希望さえも敵は踏みにじった。

 トウガの心の中で、不条理への憎悪が膨らんでいた。

「もう本当の幸せは、オレが引っ張り出さないといけないってことか・・・」

 自分にしか正しい形を作れないと、トウガは自分に言い聞かせていた。

「こんなところにいたか・・」

 歩を進めていくトウガの前に現れたのはリュウガだった。

「お前・・・!」

「あんまりお前にウロウロされると、仲間が安心できないんでな・・」

 目つきを鋭くするトウガに、リュウガがため息まじりに言いかける。リュウガの頬に紋様が走る。

「今度こそ、お前の息の根を止めさせてもらうぞ・・」

 シャークガルヴォルスとなったリュウガがトウガに向かっていく。トウガもビーストガルヴォルスになって、リュウガと拳をぶつけ合う。

「人間もガルヴォルスも関係ねぇ!ゴミクズどもは、オレの手で滅ぼす!」

「オレたちをゴミクズって・・言われていい気がしないな!」

 怒号を放つトウガに、リュウガもいら立ちを見せる。彼の膝蹴りがトウガの体に叩き込まれる。

「ぐっ!」

 うめいてふらついたトウガに、リュウガがさらに拳を振りかざす。次々に攻撃を叩き込まれて、トウガがふらつく。

「お前は正義の味方のつもりになってるみたいだが、正義を語る暴れん坊にしか見えないな・・!」

「それはおめぇらゴミクズだろうが!」

 言いかけてくるリュウガの言葉を、トウガが怒号をぶつけてはねつける。

「やれやれ・・聞く耳も持たないか・・」

 呆れたリュウガが爪をとがらせて振りかざす。体を切りつけられて、トウガが顔を歪める。

「なら単純すぎて吐き気がするほどだが、勝ったほうが正義ってことにする・・」

 リュウガが対話を捨てて、トウガを仕留めることを決めた。リュウガが振り上げた足を、トウガが反射的に横に動いてかわす。

(勝つから正義、強いほうが正義・・それはゴミクズの理屈・・・!)

 トウガが心の中で怒りの言葉を呟く。

(正しいのは、普通に考えてもそうだと思えるものだ・・何も悪くないのにイヤな思いをするのは、絶対に正しいなんてことはない!)

 激高したトウガがリュウガに飛びかかり、爪を振りかざす。しかしリュウガが振りかざした肘の刃が、トウガの右手に食い込んだ。

「ぐあっ!」

 右手を傷付けられて、トウガが激痛に襲われる。右手を押さえる彼に、リュウガが迫る。

(オレは死ねない・・こんなところで、死んでたまるか・・・!)

 トウガが力を振り絞り、リュウガに抗おうとする。リュウガがとどめを刺そうと、肘の刃を構える。

「やめて!」

 そこへ声がかかり、リュウガが視線を移す。彼らの前に現れたのはカノンだった。

「お前・・・!?

「何だ、お嬢ちゃん?今は取り込み中だ。話は後にしてもらおうか・・」

 声を上げるトウガと、カノンに低い声音で告げる。

「やめて!トウガさんをこれ以上傷つけないで!」

「傷つけるなと言われても・・手を出してきたのはコイツが先だ・・落とし前を付けなきゃならないんだよ・・」

 呼び止めるカノンだが、リュウガは攻撃をやめようとしない。

「トウガさんは傷つきたくなくて戦っている・・ムチャクチャが許せないから戦っているだけ・・・!」

「だからオレたちにも牙を向けるか?それこそムチャクチャだな・・」

 トウガのことを話すカノンだが、リュウガは嘲笑を浮かべる。

「おとなしくしてれば何もしないでおいてやる。だが手を出してくるなら容赦しないからな・・!」

 リュウガから鋭く睨まれて、カノンが一瞬息をのむ。

「ではお前にとどめを刺すとするか・・」

 リュウガがトウガに視線を戻して、刃を構える。

「やらせない・・トウガをやらせない!」

 声を上げたカノンの頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼女の変貌を目の当たりにして、リュウガもトウガも驚愕を覚える。

「カノン・・・おめぇも、まさか・・・!?

 トウガが声を上げる前で、カノンが異形の姿に変わった。異形でありながら、翼を生やしたその姿は天使に見えた。

「お前もガルヴォルスだったか・・だが何にしても、邪魔してくるなら容赦しないぞ・・」

 リュウガが再びカノンに忠告を送る。しかしカノンは物怖じしない。

「トウガから離れて・・ここからいなくなって・・でないと私、自分を抑えられなくなる・・・!」

「忠告しているのはオレのほうだぞ・・聞き分けが悪いと痛い目にあうぞ・・」

「私の言う通りにしたほうがいいよ・・何もないほうがお互いのためになるから・・・」

 聞き入れようとしないカノンに、リュウガが肩を落とす。

「止めに入るなら入れ・・2人まとめてとどめを刺すだけだ!」

 リュウガがトウガに向けて刃を振りかざす。次の瞬間、リュウガの体に大量の切り傷が付けられた。

「ぐっ!」

 血をあふれさせた体に激痛を覚えて、リュウガがふらつく。

「何だ、コレは!?・・お前、何をした!?

 顔を歪めたリュウガがカノンに目を向ける。その隙を突くように、トウガが足を出してリュウガを突き飛ばす。

 手傷を負ったトウガとリュウガが、呼吸を乱したまま互いを見据える。

「これではオレも無事では済まなくなるな・・決着は次の機会に回すぞ・・!」

 リュウガが声と力を振り絞り、トウガとカノンの前から去っていく。

「待て!逃げるな!・・ぐっ!」

 追いかけようとするトウガだが、痛みを感じて前のめりに倒れる。

「トウガ!」

 カノンがトウガに駆け寄って支える。

「トウガ、しっかりして!トウガ!」

 カノンが呼びかけるが、トウガは意識を失って人の姿に戻った。

「トウガ・・・!」

 傷ついたトウガを見つめて、カノンが悲しみを募らせる。

(助けないと・・トウガは、絶対に助けないと・・・!)

 カノンがトウガを抱きしめて、意識を集中する。彼女の体から淡い光が出て、トウガに伝わっていく。

 光に包まれたトウガの傷が徐々に消えていく。カノンの力によってトウガが治癒されていく。

(トウガ・・これで助かる・・私が、助けたんだね・・)

 トウガの無事を確信して、カノンが微笑んだ。

 

 その日の夜、トウガはカノンと出会った廃屋の部屋で目を覚ました。

「ここは・・・!」

 見覚えのある天井と場所に、トウガがたまらず飛び起きた。

「トウガ・・目が覚めたんだね・・・」

 彼が気が付いたことに気付いて、カノンが振り向いて微笑んできた。

「カノン・・お前、またオレを・・・!?

「うん・・見ていられなくて・・・」

 問いかけるトウガに、カノンが小さく頷いた。

「カノン・・おめぇ、あのとき・・・!?

 トウガがカノンが異形の姿、エンジェルガルヴォルスとなったことを思い出す。するとカノンが表情を曇らせる。

「私も、あなたと同じなの・・なれるようになったのは、あなたに最初に会ったときから少し後だけど・・・」

「おめぇも、ガルヴォルスだったのか・・オレがこんなのだって分かってて助けたってのか・・!?

 自分のことを打ち明けるカノンに、トウガが疑問を投げかける。

「助けたときから分かっていたよ・・でもあなたを助けたのは、人やガルヴォルスは関係ない・・助けたかったから助けただけ・・・」

「ホントに・・そうだっていうのか・・・!?

 自分の正直な思いを口にするカノンに、トウガが疑問を投げかける。

「本当だよ・・私のわがままだっていうならそれまでだけど・・・」

「何も企んでることとか裏とかはねぇか・・・」

 カノンの思いを汲み取って、トウガが安堵を浮かべた。

「私がこの力で人殺しをしたのは、あなたがあのとき殺した、いじめをしてきた人たちの仲間・・私がやったんじゃないかって勘繰ってきて・・・」

 カノンがトウガにガルヴォルスになったときのことを打ち明ける。

「追い詰められたとき、あなたのことを思い出したの・・イヤなことに逆らって、力を求めて・・そうしたら・・・」

 追い詰められたカノンの激情が高ぶった瞬間に、カノンはガルヴォルスに転化した。激情に駆られた彼女は力を振るい、いじめに来た人たちを切り刻んだ。

 我に返ったカノンは、自分をいじめてきた相手とはいえ、人殺しをしたことに愕然となった。人殺しは悪いことだという認識が、彼女に罪の意識を感じさせた。

「でも、私が傷ついて死んでしまうよりは・・・」

 しかしカノンはこの苦悩と後悔を振り切った。あふれそうになっていた涙を、彼女は拭った。

 差し伸べてこない救いの手を期待するのはやめよう。救ってくれない世界に頼るのをやめて、自分で自分が生きるために抗おう。

 カノンも周りに振り回されることなく、自分の力で、自分の思うように生きていこうと決心した。

「でも私は、あれから殺したのはガルヴォルスだけ・・どんなに悪い人が相手でも、人殺しをしたくないって気持ちが心の中にあるのかも・・・」

「オレが叩きつぶしているのは人間でもガルヴォルスでもねぇ・・自分たちさえよければそれでいい、明らかに間違っていることを正しいことにしているゴミクズどもだ・・」

「それでも、どうしても手にかけることができなくて・・これもまた、理屈じゃないと思う・・・」

 自分の頑なな意思を示すトウガだが、カノンは自分の気持ちに嘘をつくことができなかった。

「おめぇのようなヤツともっと早く出会ってたら、オレはずっと、のんびりと学校生活を送ってたかもな・・・」

「それが正しいのかどうかも、私には分からない・・ただ、自分で納得できるのなら・・・」

 皮肉を口にするトウガに、カノンも小さく微笑んだ。2人は世界の不条理に抗う道を選び、後悔をしていなかった。

「私はあなたについていく・・私を敵だと思ったなら、遠慮なく殺して構わない・・私は、あなたのために生きると決めた・・あなたなら、このムチャクチャな世界を変えてくれるから・・・」

 カノンがトウガと一緒に生きていく決意を打ち明ける。彼女はトウガに命を捧げていた。

「おめぇの命はおめぇだけのものだ・・簡単に誰かに預けるな・・・」

 トウガが口にした言葉に、カノンが戸惑いを見せる。

「このムチャクチャな世界を正しくする・・ゴミクズどもの掃除で命を捨ててやる必要がどこにある・・・」

「トウガ・・・」

「ゴミクズどもを叩き潰して、そして生きるんだよ・・オレも、おめぇも・・・」

 トウガから励まされて、カノンが安らぎを感じていく。

(自分らしく・・そして生き続けていく・・それがトウガの戦う理由・・・)

 トウガへの思いをともに、カノンが自分の思いを確かめていく。

(私が私らしく・・それは、トウガの目指す理想のために生きていくこと・・・)

 新しい決意を胸に秘めて、カノンは迷いや苦悩を振り払った。

「あなたについていくから・・私の意思で・・・」

「・・好きにしろ・・どうなってもオレは知らねぇぞ・・・」

 真剣な面持ちを見せるカノンに、トウガが憮然とした素振りを見せた。彼の答えを聞いて、カノンが微笑んだ。

(オレのために命を投げ出すことまでするとは・・ホントにバカなヤツがいたもんだ・・・)

 カノンのことを考えて、トウガが心の中で苦笑をこぼした。

(ホント・・オレの救世主になったって感じかもな・・・)

 面には出さなかったが、カノンへの感謝を感じていたトウガ。世界に絶望しか感じなくなっていた彼だが、その中でかすかな希望を見つけた気がしていた。

 

 次々に人々を手にかけていくトウガに、政治家たちも苦悩を深めていた。

「崎山トウガ・・ヤツのために国民の不安は膨らむばかりだ・・!」

「あのようなバケモノは即刻始末しなければ、我が国だけでなく、世界規模の危機につながるぞ・・!」

「しかし下手に手を出せば、ヤツの矛先が我々に向けられることになる・・それだけは避けなければ・・・!」

 政治家たちがトウガの対処について話し合っていく。

「表立った行動はとれない・・国民の不安をあおることにもなる・・」

「自衛隊や軍を動かすわけにいかんということか・・・」

「ならば我が国直属でない組織に助力してもらうしかないな。いざとなればつながりを改ざんできる・・」

「だが犯罪組織として活動している連中だぞ。我々の言うことを聞くのか?」

「利用できるものはとことん利用してやればいいだけのこと。こちらに害になるようなら排除すれば済む。」

「崎山トウガよりは扱いやすいということか・・」

 政治家たちがトウガの始末のための対策を練り上げた。

「なまじ知恵を付けたり利口になりすぎたりすると、逆に扱いやすくなるということか・・」

「それを操るヤツもまた、より悪知恵が働くということか・・」

 彼らは皮肉を感じて、思わず笑みをこぼした。

「よし。早速組織とのコンタクトを取る。今度こそあのバケモノに、国のルールというものを認識させる。」

「くれぐれも用心するようにな。特に崎山トウガには。」

「分かっている。今まで以上に工作を徹底させる。」

 政治家の1人が注意を投げかけられて笑みを見せる。

「ヤツらの思い通りになど絶対にさせるものか。我々が真の平穏をもたらすのだ。」

「これまでもこれからも、それは変わることはない。どう考えても変わり様がないのだからな・・」

 自分たちの言動に絶対の自信を抱く政治家たち。彼らは自分たちが国や世界の平穏を担っていると考えていた。

 

 

 

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