ガルヴォルスPF 第25話「時の扉」

 

 

 かつての自分たちの家のあった場所。それを口にした勇に、姫菜は驚きを覚える。

「ここが・・勇くんの家があった場所・・・」

 姫菜が呟きかけると、勇は無言で小さく頷く。結衣が姫菜の言葉に答える。

「そう。ここはあたしたちの家があった・・あの出来事が起きるまではね・・」

「あの出来事・・・?」

 結衣が口にした言葉に、姫菜が当惑する。結衣は勇と姫菜に、ここで起きた出来事を語り始めた。

 

 時任豊(ときとうゆたか)。結衣の夫であり、勇の父親である。

 豊はある研究団体に所属する研究員だった。それは人を超越した怪物についての研究だった。

 怪物は危険であり、人を簡単に殺してしまえる。その研究はまさに命懸けだった。

 それほどの研究に尽力を注げるなら、優しく見守るしかない。結衣もそう決意するのだった。

 だがある日、2人のその決意が壊されることとなった。

 

 勇が生まれて数ヶ月がたった頃だった。

 豊は連日、研究に没頭していた。だが結衣はそれを不満には思っていなかった。主人が満足する仕事をしていることが、自分の幸せになっている。彼女はそう思っていた。

 その日、結衣は豊が忘れた書類を届けに研究所に向かった。研究所が危険な場所であるため、勇を近所の家に預けた。

「忘れ物をするなんて・・あの人らしいというか何と言うか・・」

 豊のそそっかしい部分を思い返して、結衣は思わず笑みをこぼす。屈託のないことを考えながら、彼女は研究所に来た。

「ここから先は関係者以外立ち入り禁止です。」

 門の前で警備員に呼び止められる結衣。

「主人の忘れ物を届けに来たんです・・主人の名は時任豊です。」

「時任さんの・・少々お待ちください。すぐに連絡を入れますので。」

 結衣の言葉を受けて、警備員の1人が研究所への連絡をする。しばらくして豊が慌しく駆け込んできた。

「いや、すまないすまない。あれがなくて困っていたところだったんだ・・」

「もう、本当にしょうがないんだから・・」

 照れ笑いを見せる豊に、結衣が呆れて肩を落とす。

「しっかりしてよね。豊たちの研究が、未来につながるって信じてるから。」

「ありがとう、結衣・・僕、頑張るよ・・」

 結衣の言葉を受けて、豊が素直に喜ぶ。豊は結衣と別れ、研究所に向かっていった。

「豊さん、本当に頑張っているみたいね・・」

 豊の姿を見て、改めて喜びを痛感する結衣。彼女は喜びを感じたまま、家に帰ろうとした。

 だがその途中の道で、結衣は足を止めた。彼女の前に不審な男が現れたからだ。

「ゲヘヘヘ・・何だかかわいらしい女がいたもんだなぁ・・」

 不気味な笑みを浮かべる男の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。

「この女もいい感じの蝋人形にしてやろうかぁ・・」

 眼を見開いた男の姿が、異様な怪物へと変貌を遂げる。

「か、怪物!?

 結衣が驚愕し、後ずさりする。その彼女に迫りながら、怪物がさらに不気味に笑う。

「逃げるなって・・すぐに固めてやるからさぁ・・」

「じ、冗談じゃないって!何なのよ、もー!」

 笑みを強める怪物に、たまらず抗議の声を上げる結衣。しかし彼女が怪物に敵うはずもなかった。

(死にたくない・・あたし、こんなところで死にたくない・・だってこれからも、豊と、勇と一緒に幸せに過ごしていくんだから・・・)

 恐怖、激情、怒り。湧き起こる様々な感情に駆り立てられる結衣。

「だから絶対に、こんなところで死ぬわけにいかないんだから!」

 叫ぶ結衣の姿が、異質のものへと変化していく。眼前の怪物ともまた違う異形の存在に。

「そ、それはまさか!?・・お前、本気で・・・!?

 変化した結衣の姿に怪物が驚愕をあらわにする。結衣がその怪物に向けて鋭い視線を向ける。

「あなたなんかに、あたしたちの邪魔はさせない・・あたしがあなたをやっつける・・・!」

 結衣は言い放つと、全身から稲妻のようなエネルギーを放出する。その稲妻に囚われて、怪物が動きを封じられる。

「この力・・間違いない・・クロノ・・・!」

 絶叫を上げる怪物が色をなくし、固まってしまった。結衣のクロノとしての力が、怪物に時間凍結をかけたのだ。

 我に返ったと同時に、人間の姿に戻った結衣。自分が行ったことに、彼女は驚くばかりだった。

「何が起こったの!?・・あたしがやったの・・・!?

 結衣が自分の両手を見つめ、握り締める。彼女はここで、自分の驚異の力を確信する。

「あたしに、こんな力があったなんて・・すごい・・すごいことだよ・・・」

 歓喜の笑みを浮かべた結衣が、無邪気に跳ねる。

「これならどんな試練がやってきたって、何でも乗り切れるよ!豊を守れる!勇を幸せにできる!」

 その喜びを抑え切れないまま、結衣が家に戻ろうとした。

「これはやはり、放置するのはよくないですね・・・」

 豊の声が結衣の耳に入ってきた。だが彼女の周囲に豊の姿はない。それでも幻聴でない確かな声だった。

「もしかして、それもその力のひとつなのかな・・・?」

 納得した結衣が、豊たちの声に耳を傾ける。

「この怪物は、人類にとって危険です。即刻処分の方向に。」

「しかし、彼らは元々は人間なんですよ!いくらバケモノになってしまったといっても、こんなのは非人道的です!」

「元が人間でも、あれはもうバケモノだ!人を食い物にするバケモノ!それを野放しにすることが、どんな事態を招くか!」

 研究員たちの声が、結衣の耳にも入る。その会話に彼女は緊張感を覚える。

「最悪の事態になれば、それを見過ごした我々に非難が飛んでくる。早急に手を打つことになる。」

「怪物は全滅させる・・あの“クロノ”という存在も。」

(クロノ・・・!?

 研究員の会話を聞いて、結衣が息を呑んだ。怪物が死に際に口にしたクロノ。その単語が彼女の脳裏を駆け回っていた。

(あの人の言ってたことがホントなら、あたしもクロノってことに・・・それじゃ、あたし・・・!?

 結衣の脳裏に一抹の不安がよぎった。クロノとして覚醒した自分は、研究者の排除の対象となっている。そう考えていたのだ。

「特殊隊と連絡して、排除行動に移りましょう。時任さん、やりましょう。」

「あ、うん・・・」

 後輩の呼びかけに、豊が渋々頷いていた。彼は怪物討伐を快く思っていないようだった。

(イヤな予感がする・・研究所に行ったほうがいいかも・・)

 不安を消せなくなった結衣は、研究所に向かい、豊と合流することにした。

 

 研究所は騒然となっていた。怪物討伐のため、研究員だけでなく、護衛を含めた特殊任務を請け負っている兵士たちの姿もそこにあった。

 その警備の網をかいくぐるように、結衣は研究所に入り込んだ。クロノとなった彼女は、人間の姿でも五感が常人を超えていた。

(早く豊を見つけて、詳しく話を聞かないと・・)

 気持ちの馳せていた結衣は、豊の行方を必死に追っていた。彼の勤める研究室の場所は分かっていた。だがその場所は彼女が今いる場所からは少し離れていた。

(それでもすぐにいけそうな気がする・・行かなくちゃ・・・)

 気持ちを引き締めた結衣は、その研究室に向かって走り出そうとした。

「おいお前、そこで何をやっている!?

 そのとき、背後から突如声をかけられ、結衣は足を止める。1人の兵士が彼女に向けて銃を向けてきていた。

「私と一緒に来てもらおう。話をじっくりと聞かせてもらう。」

 兵士が結衣を連行しようと迫る。だがその瞬間に兵士に対する危険を察知し、結衣は即座に駆け出していた。

「あっ!待て!」

 兵士がたまらず発砲する。だがその弾丸を、結衣は軽やかな動きでかわしていく。

 だが兵士が次々と現れ、結衣を捕獲しようとする。その発砲をかいくぐって、彼女は目的の研究室のある建物に入った。

「な、な、何だ君は!?

 そこで研究員数人が、結衣を目の当たりにして声を荒げる。

「あ、す、すみません!すぐに時任豊に会わせてください!私、妻の時任結衣です!」

 結衣が呼びかけるが、研究員たちは険しい表情を崩さない。

「何者かね、君は?この研究所のセキュリティは、普通の人間では絶対に突破できない代物だ。それを突破したということは・・」

「怪物が、ついに入り込んできたか!」

 いきり立った研究員たちが、結衣に警戒の眼差しを向ける。

「怪物はすぐに始末する!1匹たりとも生かしてはならない!」

「待ってください!あたし・・あたしは!」

 敵意をむき出しにする研究員たち。結衣が必死に呼びかけるが、彼らは効く耳を持たない。

 そして兵士たちもこの建物に駆け込んできた。

「その女は怪物だ!射殺しろ!」

 研究員たちの呼びかけを受けて、兵士たちが結衣に銃を向ける。危機感を膨らませた結衣は、クロノの力を発揮しようとした。

「危ない!」

 兵士が発砲した瞬間、結衣の前に豊が割って入ってきた。彼女を庇って、豊がその弾丸に撃たれる。

「豊・・・!?

 結衣が眼の前の光景が信じられなかった。豊が力なくその場に倒れ込んだ。

「豊!」

 結衣がたまらず豊に寄り添う。彼の血だらけの体を目の当たりにして、彼女は愕然となる。

「豊!しっかりして、豊!」

「結衣・・よかった・・・無事だったんだね・・・」

 涙ながらに呼びかける結衣に、豊が優しく微笑みかける。

「時任くん・・・なぜ君がその怪物を・・・!?

 研究員が豊の乱入に驚愕する。

「結衣は人間です・・・人間である彼女を撃つことなど・・許されません・・・」

 豊が声を振り絞って呼びかける。だが彼には立ち上がる力も残っていなかった。

「豊!死んじゃダメだよ!イヤだよ、そんなの!」

「生きるんだ・・生きるんだ、結衣・・・!」

 泣きじゃくる結衣に、豊が手を伸ばす。

「勇を・・勇を守ってあげてほしい・・・あの子が、強く生きていけるように・・・」

 自身の願いを結衣に託す豊。直後、結衣がつかもうとしていた豊の手が、力なく床に落ちた。

 この瞬間を受け入れられず、結衣が言葉を出せなくなる。豊が事切れたことを、彼女は否応なく痛感していた。

「豊・・分かったよ・・・勇は、あたしが守っていくからね・・・」

 横たわった豊に囁くと、結衣はゆっくりと立ち上がる。

「あなたたちは豊を殺した・・もしかしたら、勇を殺してくるかもしれない・・・」

 低く告げる結衣の頬に紋様が走る。その変動に、研究員たちと兵士たちが緊迫を膨らませる。

「だから今のうちに、あたしがみんなやっつけてやるから・・・!」

 激情に駆り立てられた結衣がクロノへと変身する。研究員たちが畏怖し、兵士たちがたまらず発砲する。

 だがその弾丸は、結衣が放った漆黒の稲妻に弾き飛ばされる。

「つ、通じない!?・・バカな・・・!?

「クロノ・・何というヤツだ・・・!」

 兵士たちと研究員たちが驚愕の声を上げる。結衣が彼らに向けて、冷淡な眼差しを送る。

「あなたたちはもう逃げられない・・・みんなあたしに消されるから・・・」

 低い声音で告げた直後、結衣が稲妻を一気に解き放つ。その稲妻に囚われて、研究員や兵士たちが動きを止められる。

「な、何だ!?・・何が、どうなって・・!?

「体が動かない・・体が、おかしくなる・・・!」

 自分たちの体の異変に研究員たちが声を荒げる。だが時間凍結に抗うことができず、彼らは固まり、微動だにしなくなる。

 そして稲妻は周囲の壁や機械にも直撃し、破壊をもたらした。ガスへの引火や他の機械のショートで、さらなる被害をもたらしていた。

 結衣は豊の亡骸を抱えて、ゆっくりとこの場を歩き出す。向かってくる火や爆発は、彼女の放つ稲妻に弾き飛ばされる。

 しばらくして結衣のかけた時間凍結が解かれた。時の呪縛から解放された彼らだが、燃え盛る火炎と瓦礫によって間もなく命を落とすこととなった。

 

 結衣は豊を抱えたまま、崩壊する研究所を脱出していた。だが彼女は家に戻らず、そのまま行方をくらましてしまった。

 結局、豊だけでなく、結衣も事件に巻き込まれたと判断された。親族が困惑する中、勇はその後、萩原家に預けられることとなった。

 結衣も死んだと思われていた。だが彼女は生きていた。クロノの宿命にさいなまれ、勇の心配に苦悩しながら。

 それでも勇のために戦うことを、結衣は決意していた。

「子供を守るのが親の役目・・あたしは豊が好き・・そして勇が好き・・・」

 結衣は自分に言い聞かせた。自分の本当の気持ちのままに、クロノの力を使うことに躊躇しないことを。

 しかしクロノの力の代償は、彼女の体の時間を容赦なく奪っていった。今、彼女の肉体年齢は幼女に相当するものとなっていた。

 

 結衣の話を聞いて、勇と姫菜は困惑していた。動揺の色を隠せなくなり、言葉が出なくなっていた。

「あたしは目覚めてしまった・・クロノ・・呪われた姿に・・・それでもあたしは、あなたのためにこの力を使ってきた・・小さくなって、消えていこうとするのも構わずに・・」

 結衣が物悲しい笑みを浮かべて、勇と姫菜に言いかける。

「あたしは今までしてきたことを否定したくはない・・あたしの人生を賭けてしてきたことだからね・・・」

「だから、僕を時間凍結に封じ込めて、周りの危険を退けようと・・・」

「そう・・たとえあなたやみんなに嫌われてもいい・・あなたを守れるなら・・・何だってあなたは、あたしと豊の子供だからね・・・」

 ようやく返事をした勇に、結衣が心からの笑顔を見せた。彼女の眼からは涙があふれてきていた。

「あなたを守れるなら、どんな罪を犯すことも、どんな罰を受けることも怖くない・・・だから勇・・・」

「悪いけどお母さん、僕はあなたの優しさを受け取ることはできません・・・」

 勇が結衣の言葉を拒む。その返答に彼女の顔から笑みが消える。

「僕は決めたんです、お母さん・・僕は僕の時間を、精一杯生きていこうって・・僕のたった1度きりの人生だから・・・」

「でもあなたを狙って、怪物たちがやってくる・・姫菜ちゃんを危険に巻き込むことになっちゃう・・あたしが守るしかないんだよ・・・」

 自分の気持ちを切実に告げる勇だが、結衣も負けじと呼びかける。

「あたしに任せて、勇・・絶対にあなたたちを守ってみせるから・・」

「私も、結衣さんの優しさを受け取ることはできません。」

 結衣に反論してきたのは姫菜だった。

「私も勇くんと一緒に、この未来を歩いていくと心に決めました・・危ないということは十分分かっています・・それでも私は、勇くんと一緒にいたいんです・・・勇くんが、好きだから・・・」

「姫菜ちゃん・・・」

 姫菜の決意の言葉に、勇が戸惑いを見せる。2人の優しさを垣間見て、結衣が笑みをこぼした。

「もしもクロノじゃなかったら、本当に幸せな未来を過ごせたはずだよね、勇・・・」

 優しく言いかける結衣だが、その笑顔が徐々に曇る。

「でももう、この運命からは逃れられない・・どんなに未来を望んでも・・・」

 悲痛さを噛み締める結衣の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「恨まれてもいい・・憎まれてもいい・・勇たちのためになるのなら、あたしはこの存在が消えても構わない・・・!」

 言い放つ結衣がクロノへと変身する。勇が身構え、姫菜が困惑を見せる。

「絶対に破られないように、勇、あなたの時間を完全に止める・・・!」

 結衣は勇と姫菜に対し、敵意をむき出しにするのだった。

 

 

次回

第26話「未来への旅立ち」

 

「あなたは破滅しか待っていない未来に、何でそこまでこだわるの!?

「僕には他には譲れない、僕だけの時間がある・・」

「僕はこの力で、未来を切り開く!」

「勇くん・・行こう・・・」

「進んでいこう・・僕たちの時間を・・・」

 

 

作品集

 

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