ガルヴォルスPF 第26話「未来への旅立ち」

 

 

 勇と姫菜の時間を再び止めようと、クロノへと変身した結衣。勇と姫菜に緊張が走る。

「絶対に破られないように、勇、あなたの時間を完全に止める・・・!」

「本気で・・本気で僕たちを止めようというんですか、お母さん・・・!?

 鋭く言い放つ結衣に、勇が問いかける。だが結衣は考えを変えようとしない。

「お母さんが、あくまで僕たちの未来をさえぎろうとするなら・・僕はもう迷わない・・・」

 真剣な面持ちを見せた勇の頬に紋様が走る。

「僕はこの力で、未来を切り開く!」

 叫ぶ勇もクロノへと変身する。勇と結衣。2人のクロノが対峙していた。

「この先、お母さんとも一緒に過ごしたかった・・・さようなら・・お母さん・・・」

 物悲しい笑みを浮かべて囁くように言いかけると、勇が力を放出して、全身から衝撃波を放つ。その圧力で押されるものの、結衣はさほど動じてはいなかった。

「あたしもそれは同じ・・子供と幸せに過ごしたいと思わない親なんていないよ・・・」

 結衣も言いかけると、漆黒の稲妻を放出する。勇も白い稲妻を放ち、彼女の力を相殺する。

「逆らわないで、勇・・あたしはあなたたちを守りたいだけなの・・」

 結衣が再び勇に呼びかけてきた。

「クロノは確かにすごい。時間を操ることのできる特別な存在。でも絶対無敵ってわけじゃない。その力に悩んで、そこを漬け込まれることもある・・怪物は凶暴ってだけじゃなく、卑怯なのもいる・・そんなのからあなたたちを守るには、時間凍結しかないんだよ・・」

「それでも分かっているはずだよ・・そういうのは生きていることにならないって・・・」

「あたしは、あなたを守ってあげたいんだよ!」

 揺るがない決意を示す勇に、結衣が涙ながらに呼びかける。

「このまま生きていても、待っているのは破滅だけ・・あなたは破滅しか待っていない未来に、何でそこまでこだわるの!?

「破滅しかない未来だなんて、決まっているわけじゃない・・」

 彼女の呼びかけに、勇が言い返す。

「誰だって未来がある。それが希望のあるものなのか、破滅しかないのかは、その人の気持ち次第なんだ・・」

「気持ちだけじゃ未来は開かれないことを、あたしは分かってる・・」

「違う!お母さんは分かっていない!それは未来を諦めてしまった人の言葉だよ・・・!」

 結衣の言葉を勇が感情の赴くままに拒む。

「僕には他には譲れない、僕だけの時間がある・・それを邪魔することは誰にもできない・・あなたでも、クロノでも・・・!」

「私の気持ちも、私自身で決めたことなんです・・それは誰にも譲れないものです・・・!」

 勇に続いて姫菜も結衣に呼びかける。2人の気持ちから迷いは完全に消えていた。

「そこは私たちの未来なんです・・通してください、結衣さん!」

 結衣に向けて鋭く言い放つ姫菜。逆に結衣の心に動揺が膨らんでいく。

「僕たちの未来が破滅しかないとしても、僕はその破滅を壊して先に進む・・僕たちの時間に、もう迷いはない!」

 勇が言い放つと、稲妻を結衣に向けて解き放つ。

「行かせない・・破滅の未来なんかに、あなたたちを行かせるわけにはいかない!」

 結衣も負けじと力を振り絞り、漆黒の稲妻を放つ。だが心の乱れた彼女の力はもろく、勇の力にたやすく打ち破られてしまった。

 その力を受けて、結衣が体の自由を奪われる。時間凍結には抗っていたが、それでも無防備となっていた。

 勇が力を凝縮させて、光の矢を出現させる。それを手にして、勇が結衣を鋭く見据える。

「さようなら・・お母さん・・・」

 別れの言葉を呟くと、勇は光の矢を放つ。その刃が、結衣の体に突き刺さった。

 結衣は抗おうとはしなかった。本来ならば力を跳ね除けて、光の矢をかわしていたはず。勇はそう思っていた。

 だが結衣はよけなかった。よけられなかったのではなく、よけようとしなかった。

「お母さん・・・」

 勇が沈痛の面持ちを浮かべ、力なく倒れていく。彼女の姿が人間へと戻り、光の矢も直後に消失した。

「結衣さん・・・!」

 勇がじっと見つめている中、姫菜が結衣に駆け寄る。血塗られた結衣の体を支えて、姫菜が呼びかける。

「結衣さん、しっかりしてください!結衣さん!」

「姫菜・・さん・・・」

 呼びかけてくる姫菜に、結衣が微笑みかける。

「結衣さん・・私・・私は・・・」

「いいんだよ、姫菜ちゃん・・・これが勇の気持ちなんだから・・・」

 悲痛さをあらわにする姫菜に、結衣が優しく語りかける。

「あたしは母親失格ね・・勇はもう大丈夫なのに、まだ子供扱いして守ろうとしていた・・・」

「そんなことないです・・結衣さんは心の底から、勇くんのことを大切に思っていた・・ただ、そのやり方が間違っていただけです・・・」

 物悲しい笑みを浮かべる結衣に、姫菜が涙ながらに弁解する。あふれてくるその涙を、結衣が手を差し伸べて拭おうとする。

「あなたに涙は似合わないよ・・そんなの見たら、勇まで悲しくなっちゃう・・・」

「でも・・でも!」

「どっちにしても、あたしはもうおしまい・・もう力を使いすぎて・・消えてしまうから・・・」

 悲痛さを抑え切れないでいる姫菜を励ます結衣。勇が2人に歩み寄り、結衣を見下ろす。

「勇・・そこまで気持ちが固まっているなら・・あたしはもう何も言わない・・・」

「お母さん・・・」

 結衣に声をかけられて、勇もついに感情をあらわにする。

「まだあたしをお母さんと呼んでくれるのは、正直嬉しい・・でももう、あたしたちは親子であることを捨てた・・そう決めたから・・・」

「それでもあなたが僕のお母さんであることに変わりはない・・僕たちがどんなに捨てても忘れても、その事実は変わらない・・」

 互いに自分の考えを告げる結衣と勇。

「あなたがいたから、僕は生まれてこれた・・この時間にいられた・・」

「そうね・・それは確かに変えられないね・・・」

 微笑みかける勇に、結衣も笑みをこぼしていた。

「あたしはもうすぐで消える・・あたしが消えたら、あたしのことをみんなが忘れる・・怪物たちや、同じクロノである勇しか・・」

「そんな・・・忘れたくないです・・結衣さんのこと・・だって結衣さん、勇くんのこと、とても大切にしていたじゃないですか・・・」

「それがクロノの運命なの・・これだけはどうにもなんない・・・」

 言いかける結衣に、姫菜は涙ながらに見つめることしかできなかった。すると勇が真剣な面持ちで声をかけてきた。

「お母さんのことは絶対に忘れない・・僕だけじゃなく、姫菜ちゃんも・・」

「そんなことないよ・・普通の人間の姫菜ちゃんは必ず忘れてしまう・・」

「忘れたくないっていう強い気持ちがあれば、そんな運命。簡単に打ち破れる・・僕があなたが凍らせた時間を打ち破ったように・・」

 勇の心は変わっていなかった。姫菜の心も揺らぎはなかった。

 もはや言葉は意味を成さない。気持ちだけが未来を切り開く。結衣もそう実感していた。

「ここまできたら、あたしも信じないといけないみたいだね・・アハハ・・・」

「お母さん・・・」

「結衣さん・・・」

 笑みをこぼす結衣に、勇と姫菜が戸惑いを見せる。

「ゴメンね、姫菜ちゃん・・・最後に、勇と、2人だけの時間を・・・」

「結衣さん・・・?」

 結衣の言葉に姫菜が聞き返そうとしたときだった。

 結衣が最後の力を振り絞り、伸ばした右の人差し指を光らせた。周囲の時間を停止させ、結衣と勇を隔離した。

「お母さん・・・!?

 勇が驚きの声を上げる。眼の前にいた結衣の姿は、幼子ではなく、大人びたものとなっていた。

「消える直前のろうそくの火が、一気に燃え上がるみたいな感じだね・・」

 結衣が勇に向けて優しく微笑みかける。それを目の当たりにして、勇が戸惑いを見せる。

「勇、大きくなったあなたを、まだ抱いたことはなかったね・・・抱かせて・・・」

「えっ・・・!?

 突然の結衣の申し出に、勇が動揺を見せる。

「最後にわがままを言わせて・・これが最後だから・・・」

 結衣は心からの笑顔を見せると、勇を優しく抱きしめた。その抱擁に勇は抗うことができなかった。

 勇はその抱擁を、攻撃的なものではなく、心優しいものだと実感した。だから彼は抵抗せず、結衣の抱擁を受け入れた。

「ゴメンね、勇・・そして、ありがとう・・・」

「僕こそ感謝しているよ、お母さん・・ありがとう・・・」

 互いに感謝の言葉を掛け合う結衣と勇。しばらく抱き合った後、結衣は勇から離れた。

「お母さん・・僕は行くね・・・姫菜ちゃんが、みんなが待ってる・・・」

「うん・・・姫菜ちゃんに、ゴメンって伝えて・・・」

 声を掛け合う勇と結衣。すると結衣の体から光の粒子があふれ出してきた。

「あたしは消える・・普通の人の記憶からも、あたしの存在は消える・・・でも、信じてるから・・勇だけじゃなく、姫菜ちゃんの記憶の中から、あたしは消えないことを・・・」

「僕も信じているよ・・お母さん・・・」

 結衣の気持ちを受け止めて、勇は笑顔で頷いた。

「忘れないで・・あたしはいつでも、あなたたちのそばにいるから・・・」

 勇に告げると、結衣が光の粒子となって消えていった。

「ありがとう・・お母さん・・・」

 結衣との別れを告げた勇を、動き出した時間の光が包み込んだ。

 

「勇くん・・勇くん・・・!」

 姫菜に呼びかけられて、勇は眼を覚ました。彼は時の閃光に抱かれたまま、意識を失っていたのだ。

「姫菜ちゃん・・・」

「よかった・・勇くん、眼が覚めたんだね・・・」

 勇が呟くように声をかけると、姫菜が喜びをあらわにした。

「元の時間に戻ってきたのか・・・お母さんは・・・?」

 勇が訊ねると、姫菜が沈痛の面持ちを浮かべる。彼女も結衣がこの世界にいないことを実感していた。

「そうか・・もうお母さんは、この世界に・・この時間に・・・」

 納得の言葉を口にしたときだった。勇は姫菜が、結衣のことを覚えていたことを悟る。

 クロノの最後は他の生き物の死と違う。最期を遂げれば、存在そのものも世界から消滅する。人々の記憶からも抹消され、最初からいなかったことになる。

 だが姫菜は覚えていた。クロノであった結衣のことを。

「覚えていてくれたんだね・・・お母さんのこと・・・」

「忘れるわけないよ・・・忘れたくないって、これだけ強く願っていたんだから・・・」

 互いに微笑みかける勇と姫菜。2人の心には、しっかりと結衣との思い出が残されていた。

「でも、みんなの記憶からはもう、お母さんは・・・」

「うん・・・でも大丈夫だよ・・私たちが、しっかりと覚えていれば・・・」

 心配を覚える勇に、姫菜が優しく言いかける。その言葉が勇を励ます。

「ありがとう、姫菜ちゃん・・お母さんも、きっと喜んでいる・・僕はそう思う・・・」

 勇が感謝の言葉を告げ、姫菜が頷く。

「帰ろう、姫菜ちゃん・・僕たちの家に・・・」

「うん・・・みんな、待っているから・・・」

 勇と姫菜は立ち上がり、歩き出す。その中で、勇は自分の本当の家があった場所に意識を向ける。

(さようなら・・お母さん・・昔の僕・・・)

 清算した過去と別れ、勇は未来に向かって歩き出していった。

 

 萩原家にはスミレと京が横たわっていた。怪物とクロノの因果に巻き込まれ、2人は命を落とした。

 以前のような平穏な時間は戻らない。新しい時間に向かって、歩き出さなければならない。

 自分たちが住んでいた場所を見つめて、勇と姫菜が気持ちを落ち着けつつあった。

「もう、昔には戻れないんだね・・勇くん・・・」

「うん・・それでも僕たちは、未来に向かって歩いていかなくちゃいけない・・・」

 姫菜が言いかけると、勇が小さく頷く。

「みんなと分かれたくないのが本音だけど・・ずっとここに立ち止まっていることを、みんなは望んでいない・・・」

「うん・・だから歩いていく・・勇くんも、私も・・・」

 勇と姫菜は言いかけると振り返り、スミレと京に背を向けた。

「ありがとう、お父さん、スミレちゃん・・・僕は、僕たちは行くよ・・・」

「勇くんがどんな未来を進んでいくのか、私も見守っていくよ・・・」

 家族、親友と別れを告げ、勇と姫菜が歩き出す。今まで住んでいた家を後にし、2人は未来への旅立ちを果たす。

「怖い、姫菜ちゃん・・・?」

 勇が唐突に訊ねるが、姫菜が困惑してうつむいてしまう。

「僕は怖い・・これから何が起こるのか・・僕たちは何をしていかなければならないのか・・それが分からないから、怖い・・・」

「勇くん・・・」

「でも同時に、その怖さに負けたくないとも思う・・みんなのためにも、僕はどんなことがあっても諦めない・・・」

「勇くん・・・私も正直怖いよ・・でも勇くんが歩いていく未来を見てみたいという気持ちのほうが強い・・・」

 勇に励まされて、姫菜も自分の正直な気持ちを告げる。すると勇が手を差し伸べてきた。

「僕は君を守る・・君と一緒じゃないと、僕の未来は開かれないんだ・・・」

「勇くん・・・私も、私の未来を開きたい・・勇くんと一緒に・・・」

 微笑んだ姫菜が、勇のその手を取る。2人は互いの気持ちを実感し、交錯させていた。

「勇くん・・行こう・・・」

「進んでいこう・・僕たちの時間を・・・」

 姫菜と勇が頷きあい、改めて歩き出していった。自分たちの、これからの未来に向かって。

 

 クロノである結衣の死は、世界の記憶からも彼女の存在を完全に消していた。勇と姫菜以外に、結衣を覚えている人は誰もいなかった。

 存在そのものの抹消。それがクロノの末路。勇も命を落とせば、その宿命にさいなまれることとなる。

 だが勇も姫菜も信じていた。勇の存在は、決して忘れられることはないと。

 少年の存在は、2人の記憶にこれからも刻まれていく。2人が歩んでいく未来の足跡とともに。

 

 

「勇くん・・行こう・・・」

「進んでいこう・・僕たちの時間を・・・」

 

 

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