ガルヴォルスPF 第23話「変動」

 

 

 結衣によって時間凍結されてしまった勇と姫菜。2人が心の中で垣間見たのは、昔の自分たちの姿だった。

「あれは・・僕が父さんに引き取られたときだ・・」

 記憶を巡らせる勇が、その出来事を思い返す。

 それは勇が京に引き取られ、萩原家に初めて来たときのことだった。このときの勇は気が小さく、力もなかった。

「勇、いいか。これからおめぇはここで暮らすんだ。お父さんとお母さんの分も、おめぇがしっかり生きてやらねぇとな・・」

 京が言いかけるが、勇は無言で小さく頷くだけだった。

「さ、入るぞ。おめぇは1人じゃない。オレがいるし、それに・・」

 京は勇に言いかけると、家の中に眼を向ける。その玄関に1人の少女がやってきた。

「あれは、私・・・」

 姫菜がおもむろに呟きかける。玄関に顔を出したのは幼い頃の彼女だった。

「オレの娘の姫菜だ。仲良くやってくれよな。」

「萩原姫菜です。よろしくね・・」

 京が言いかけると、姫菜が自己紹介をする。だが彼女も緊張の色を隠せないでいた。

「ほら、おめぇら。ちゃんと挨拶しろ・・」

 2人の様子を見かねて、京が声をかける。その声に促されて、勇がようやく手を差し伸べる。

「時任勇・・よろしくね、姫菜ちゃん・・・」

 勇に声をかけられて、姫菜もその手を取り、握手を交わす。これが2人の出会いだった。

「あのとき、僕も姫菜ちゃんも、すごく緊張していたんだよね・・」

「本当・・お父さんがいなかったら、どうなってたか・・・」

 昔の自分たちを思い返して、勇と姫菜が苦笑いを浮かべた。だが2人の表情が徐々に曇る。

「あれからの僕たちの過ごしてきた日々は、本当に大切なものだった・・・」

「楽しいこと、辛いこと、いろいろあったね・・勇くん、お父さんにいろいろ鍛えられてきたね・・・」

「うん・・クロノになってからも、僕を受け入れて、僕を鍛えてくれた・・僕を叱って、僕を励ましてくれた・・・」

 姫菜と語り合っていくうちに、勇は様々な思い出を思い返していく。

「でも、いつも一緒にいたわけじゃなかったんだよ・・」

「えっ・・・?」

 姫菜が唐突に告げた言葉に、勇が戸惑いを見せる。

「私、お父さんとケンカしたことがあるの。勇くんに対して厳しくしすぎてるって。それで部屋にこもってた私を励ましてきてくれたのが勇くんだった・・」

「あのときか・・あのとき僕は大丈夫だって言ったんだよね・・・?」

「それでも心配はしたけど、私は勇くんを信じることを決めて、見守ることにしたの・・お父さんも、私のことをそれまで以上に気にしてくれて・・」

 勇の言葉を受けて、姫菜が自分の心境を告げる。彼女も勇との絆が深まったこの出来事を思い返していた。

「あれからいつもどおりに過ごしてきたけど・・・」

「僕がクロノになってから・・何もかも変わった・・本当に、いろいろと・・・」

 姫菜と勇の表情が再び曇る。クロノの存在とその覚醒は、勇だけでなく、姫菜や多くの人々の心を震撼させた。

「それでも、今思えば、それもまたかけがえのない思い出なんだろうね・・・」

 勇が言いかけると、姫菜は笑みを取り戻して頷く。

「僕たちは、いつも一緒に過ごしていたんだね・・」

「うん・・喜びも悲しみも、みんなと一緒に分かち合ってきた・・勇くんやお父さんだけじゃない・・スミレちゃん、結衣さんとも・・・」

 勇の呟きに姫菜も続ける。その言葉に勇が戸惑いを覚える。

「ゴメン、姫菜ちゃん・・僕とお母さんのために、こんなことになってしまって・・・」

「ううん、気にしなくていいよ・・勇くんは勇くんの選んだ道を進もうとしているだけ・・結衣さんも・・ただ、それが違っていて、しかもそれがぶつかってしまっただけ・・・」

 勇が謝ると、姫菜が弁解を入れる。彼女もそれぞれの思いを否定せずに受け止めていた。

「どれもこれも、大切な思い出・・今まで起きたようなケンカや衝突も・・・」

「姫菜ちゃん・・・」

「その幸せを、これからも続けたい・・人間の私には、限られたことしかできないかもしれないけど・・それでも私は、勇くんやみんなと一緒に、幸せをどんどん作っていきたい・・・」

 姫菜が勇に自身の揺るぎない決意を告げる。彼女は抱えていた迷いを払拭していた。

「でもどうなって僕たちの時間を動かせばいいんだろう・・・僕のクロノの力でもムリだったし、第一そのクロノの力も使えなくなってしまったし・・・」

「それはちょっと違うよ・・勇くんの本当の強さはクロノじゃない・・」

「えっ・・・?」

 姫菜に言いかけられた言葉に、勇が戸惑いを見せる。

「どんなことにも負けず、挫けずに歩いていく。1度決めたことは諦めずに真っ直ぐ進んでいく・・その気持ちが、勇くんの本当の強さなんだよ・・」

「諦めずに、真っ直ぐ進んでいく・・・」

「勇くんは絶対に弱くない。自分の力に振り回されることもない。それを近くで見ているから、私はそう言える・・」

 自分の気持ちを確かめる勇に、姫菜が優しく言いかける。その言葉に勇が勇気付けられる。

「勇くんなら、必ず止まった時間を動かすことができる・・私はそう信じてる・・・」

「姫菜ちゃん・・・」

 姫菜の言葉を受けて、勇が笑顔を取り戻す。

「母さんが作った、この凍りついた時間じゃない・・本当の幸せは、時間の進んだ先にあるんだ・・・」

 真剣な面持ちを見せた勇が意識を集中する。彼の胸元に淡く光る輝きが現れる。

(僕の中にまだクロノの力が、未来を進むための力があるなら、それを使うことに、もう迷わない・・・)

 その輝きが彼の体を包み、彼と手をつないでいる姫菜にも伝達する。

「僕たちはこれからの時間を、精一杯生きる!」

「私も勇くんと一緒に、これからを生きる!」

 勇に続いて姫菜も呼びかける。淡かった光が一気に強まり、周囲の暗闇を照らして消し去っていった。

 

 時間凍結を受けて動かなくなった勇と姫菜を受け入れられず、スミレは2人の前で座り込んでいた。

「勇と姫菜のバカ・・いつまでそんな姿でいるのよ・・・」

 ひたすら2人が戻ってくることを願うスミレの口から、愚痴に似た言葉がもれる。

「悔しいけど、あたしには結衣を止めることはできない・・もう勇に頼るしか、結衣を止めることができないんだから!」

 感情の赴くままに叫んだのが何度目か。今のスミレには分からなかった。

「あたし、アンタのこと好きだったのよ・・でもアンタが姫菜のことが好きだから、それが分かったからあたしは後ろから見守ることを選んだ・・それなのに、アンタは何もできず、姫菜を守ることもできずにいる・・恥ずかしくないの、アンタはそれで!?

 自分の気持ちを素直に告げていくスミレ。

「お願いだから、勇・・・みんな待ってるんだから・・早く戻ってきてよね!」

 涙ながらに呼びかけるスミレ。体を揺り動かしたつもりの彼女だったが、時間凍結のために勇と姫菜の体は微動だにしなかった。

 そのとき、色をなくしていた勇と姫菜の体に突如光が宿り始めた。それを目の当たりにして、スミレが驚きを覚える。

「勇・・姫菜・・・」

 動揺の色を隠し切れないまま、スミレが後ずさりする。勇と姫菜に宿った光が徐々に強まっていく。

 その光が弾けるかのように広がり、スミレが思わず眼を閉じる。

 しばらくして光が治まり、スミレはゆっくりと眼を開ける。その先にあったのは、生身の体を取り戻した勇と姫菜の姿だった。

「勇・・・姫菜・・・」

 一瞬夢か幻かに思えて、スミレは眼をこする。だがそれが紛れもない現実であると分かり、彼女は笑みを取り戻した。

「戻った・・元に戻れた・・・」

「時間凍結が、解けた・・・」

 元に戻ったことに、勇も姫菜も驚いていた。

「勇!姫菜!」

 喜びを見せて、スミレが勇と姫菜に駆け込んできた。いきなり彼女に飛びつかれて、2人が動揺を見せる。

「えっ!?スミレちゃん!?

「バカ!勇のバカ!姫菜のバカ!2人の大バカ!」

 声を荒げる勇に、スミレがひたすら呼びかける。

「スミレちゃん、ゴメン・・僕たちがこんなことになって、君やみんなに迷惑をかけちゃって・・・」

「謝らないで!余計に腹が立つから!」

 頭を下げる勇に、スミレが鋭く言いかける。彼女に言いとがめられて、彼は押し黙る。

「私たち、正直戻ってこれるかどうか分からなかった・・でも勇くんに勇気付けられて、戻りたいって強く願って・・・」

「勇気付けられたのは僕のほうだよ、姫菜ちゃん・・姫菜ちゃんが励ましてくれなかったら、僕はこれからも情けないままだった・・」

 互いに感謝の言葉を掛け合う姫菜と勇。するとスミレが呆れた素振りを見せる。

「やれやれ。無事に戻ってきた途端、熱いことで・・」

 スミレに言いかけられて一気に赤面し、勇だけでなく姫菜も押し黙ってしまった。

「ホント・・ホントに戻ってきてよかった・・・」

 悪びれた態度を捨てて、スミレが素直な気持ちを告げる。それを受けて、勇と姫菜も気持ちを落ち着ける。

「みんなと一緒に、これからの時間を精一杯生きる・・それが僕の、僕たちの願いだから・・・」

 自身の決意を告げた勇がスミレに手を差し伸べる。姫菜もそれを手を差し伸べる。

「スミレちゃんも一緒だよ・・私たち、みんな一緒・・・」

「あたしたち、みんな一緒・・・あたしも、勇や姫菜、みんなと一緒だからね・・・」

 姫菜に声をかけられて、スミレが心からの笑顔を見せた。そして2人の手を取ろうと、彼女も手を差し出そうとした。

 そのとき、勇が緊迫を覚えて、周囲に警戒の眼差しを送る。

「どうしたの、勇・・・?」

「近くに怪物たちがいる・・それもたくさん・・・!」

 姫菜が問いかけると、勇が深刻な面持ちで答える。それを聞いて、スミレも危機感を覚えたときだった。

 周囲の森林の陰から、何体もの怪物が続々と姿を現してきた。彼らの狙いは、クロノである勇。

「クロノがいると、オレたちがいいように暴れられないんだよ・・」

「ここは徒党を組んで、お前を始末することにしたんだよ・・」

「恥は承知の上だ・・悪く思うなよ・・・」

 怪物たちが口々に勇に向けて言いかける。彼らは勇を倒すために、普段はしない結託をしたのである。

「僕が狙いだって言うなら、僕は逃げない・・でも姫菜ちゃんやスミレちゃんを傷つけたら、僕は絶対に許さない・・・!」

 怪物たちに鋭く言い放つ勇の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「ここから出てもっと広い場所に出る。僕にしっかり捕まってて・・」

「勇くん・・・」

 勇の呼びかけに姫菜が戸惑いを覚える。だがすぐに気持ちを切り替えて、スミレとともに勇にしがみつく。

 その瞬間、勇がクロノへと変身し、即座に大きく飛び上がる。森の上に抜け出した彼らは、木々の天辺を足場にして移動していく。

「ちちち、ちょっと、勇!」

 その大きな動きにスミレが声を荒げる。

「広いところに着地するから。そしたら姫菜ちゃんとスミレちゃんは僕から離れて。」

 勇が呼びかけると、姫菜とスミレが小さく頷く。森を抜けた先の草原に勇が着地すると、2人はすぐに離れていく。

 勇はすぐに森のほうに振り返り、両手に稲妻を集束させる。勇を追って森から出てきた怪物たちに向けて、彼は稲妻を解き放つ。

 その電撃と時間凍結の効力を受けて、怪物たちが動きを止める。必死に抵抗もむなしく、彼らは時間を止められて固まっていく。

「勇くん、ムチャしないで!」

「大丈夫!僕は決めたんだ!僕はみんなと一緒に、これからの未来を生きていくんだって!」

 姫菜の心配の声に、勇が決意の言葉を返す。次々と出てくる怪物たちに向けて、勇は光の矢を放っていく。

 だが倒しても倒しても、怪物は勇を狙って現れる。それらの撃退のために、勇の体力は徐々に削られていくこととなった。

「そろそろ安全な場所に移動したほうがいいよ!このままじゃ勇くんが!」

「このくらいのことで弱音は吐けない!みんなを守るには、命懸けになり、なおかつ生き延びなくちゃいけない!お父さんが、僕に教えてくれたこと!」

 さらに心配する姫菜だが、勇は戦うことをやめない。その強い意思を汲み取って、姫菜は勇の決意を受け止めた。

 そのとき、スミレは一抹の不安を覚えた。何者かが自分たちを狙っているような気がしてならなかった。

「勇!」

 スミレの呼び声に勇が振り向く。彼に向けて1本の矢が飛び込んできた。

(いけない!よけきれない!)

 不意を突かれた勇。森から出てくる怪物たちに気を取られたため、回避が間に合わない。

 体に鋭いものが突き刺さる鈍い音が響き、草原に血があふれた。だがその血は勇のものではなく、スミレのものだった。

「ス・・スミレ・・ちゃん・・・!?

「勇・・よかった・・・無事だったんだね・・・」

 眼を疑う勇に、スミレが弱々しく声をかける。彼女の体が力なく倒れていく。

「スミレちゃん!」

 姫菜が悲痛の叫びを上げて、スミレを支える。血塗られた親友の姿を目の当たりにして、勇が怒りを爆発させる。

「言ったはずだよね・・スミレちゃんを傷つけたら、絶対に許さないって!」

 激情とともに稲妻を解き放つ勇。それには時間凍結の効力は一切なく、完全な破壊をもたらすものだった。

 その稲光に貫かれて、怪物たちが容赦なく命を奪われる。砂のように崩れて、風に吹かれて霧散していった。

「スミレちゃん!しっかりして、スミレちゃん!」

 姫菜の悲痛の声を耳にして、勇が振り返る。人間の姿に戻った彼も、2人に駆け寄っていく。

「スミレちゃん!・・僕のために、こんなことに・・・!」

「言ったはずよ・・あたしは選んだって・・アンタたちを後ろから支えてあげるって・・・アンタたち2人だけじゃ心配だからね・・・」

 愕然となる勇に、スミレが弱々しく声をかける。

「しゃべったらダメだ!すぐに病院に連れてって・・!」

「ううん・・もう遅いよ・・なぜか分かる・・あたしはもう終わりだって・・・」

 さらに呼びかける勇に対し、スミレが首を横に振る。

「勇・・姫菜・・アンタたちはアンタたちの時間を過ごして・・あたしのことは気にしなくていいから・・・」

「でも、それだとスミレちゃんが・・・!」

「みんなの気持ちを受け止めて、あたしが自分で決めたのよ・・後悔はないって・・・」

 たまらず声を上げた姫菜に、スミレは自分の気持ちを素直に告げる。

「勇・・しっかりやんなさいよ・・姫菜を悲しませたら・・許さないんだから・・・」

 スミレが微笑んで、勇に励ましの言葉をかけた。その言葉を受けて、勇は真剣な面持ちで頷いた。

 その直後、勇と姫菜に伸ばしていたスミレの手が下がり、草原の草の上に落ちる。

「スミレちゃん・・・!?

 眼を閉ざしたスミレに、勇は眼を疑った。だがそれが見間違いでないことを思い知らされる。

「スミレちゃん!」

 勇の悲痛の叫びが、彼らのいる草原にこだました。親友を守るために、スミレは短い命を終えたのだった。

 

 

次回

第24話「反逆への躍動」

 

「とうとう見つけたぞ、クロノ、時任結衣・・・」

「あたしもしつこく付きまとわれるのは好きじゃないんだよ・・」

「お前から先に始末してやる・・」

「僕が勇を倒すには、君の存在が邪魔なんだよ・・・!」

 

 

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