ガルヴォルスPF 第22話「父の決意」
勇と姫菜は、結衣のかけた時間凍結によって硬質化してしまった。森の中の広場の中心で、2人は抱き合ったまま微動だにしなくなっていた。
クロノである勇でも、この時間凍結に完全に取り込まれてしまっていた。
その2人に背を向けて、1人歩いていく結衣。2人の時間を止めることは、彼女も本意ではなかった。
(できることなら、こんなことはしたくなかった・・君たちと一緒に、楽しく過ごしたかった・・・)
胸中で呟きかける結衣が物悲しい笑みを浮かべる。
(でもこれで怪物たちに襲われることもない・・傷つくこともない・・・2人だけの時間・・誰にも邪魔されない時間・・・)
だが彼女は込み上げてくる悲しみをこらえることができなかった。
(勇・・姫菜ちゃん・・・このひとつの時間の中で、幸せにね・・・)
勇と姫菜の幸せを願う結衣の眼から涙がこぼれていた。
姫菜に押し付けられる形で、竜馬の介抱をしていたスミレ。竜馬が眼を覚ましたのを確かめると、彼女はこの場を立ち去ろうとする。
「悪いけどすぐに勇たちを追いかける。このあたしがここまで介抱してあげたんだから、感謝しなさいよね。」
「まさか君に解放されるとはね。君は時任勇たちの中で1番僕を嫌っていたはずなのに。」
大きな態度を見せるスミレに、竜馬が苦笑を浮かべる。
「そうよ、大嫌いよ!ホントだったらアンタなんか見捨ててるわよ!・・でも姫菜の頼みだから。あの子の悲しむ顔は見たくないから・・」
「友情と優しさ、か・・僕には理解できないかもしれないね・・」
「アンタみたいなのに分かってたまるもんですかっての。一生かかっても分かんないわよ。」
再び苦笑を浮かべる竜馬に、スミレが強気に言い放つ。
「とにかく、あたしは勇たちを追いかける。邪魔したら許さないんだから。」
スミレは竜馬に言い放つと、勇たちを追って駆け出していった。
「浅はかだな・・そんな甘いことを考えるのは、人間と弱い人ぐらいなのに・・」
人の心をあざけりながら、竜馬は立ち上がる。そして今まで浮かべていた笑みが彼の顔から消える。
「時任勇は僕の相手だ。たとえ同じクロノでも、横取りなんてマネをするなら・・命がなくなるよ・・・」
勇打倒に燃え、結衣に対して敵意をむき出しにする竜馬。彼もまた結衣に挑戦しようとしていた。
自宅にいた京も、結衣を気にかけていた。彼女が勇や姫菜に何を仕出かすか、彼も不安を感じずにはいられなかった。
(結衣、戻ってきてくれ・・そしてクロノとしてじゃなく、人間として生きるんだ・・・)
勇たちへの信頼と同時に、京は結衣への願いも募らせていた。
そのとき、京は誰かが帰ってきたと思い、玄関に赴いた。そこにいたのは結衣で、勇と姫菜の姿はなかった。
「結衣・・おめぇ、1人か・・・?」
「うん・・・勇と姫菜ちゃんは・・もうここには帰ってこないよ・・・」
京が訊ねると、結衣が冷淡に告げる。その言葉に彼が眼を見開く。
「帰ってこないだと!?・・まさか結衣・・2人に何かしたのか・・・!?」
「2人の時間を止めてきた・・あたしもあんなことはしたくなかったんだけど・・・」
問い詰める京に、結衣が沈痛の面持ちで答える。
「でも結果的によかったと思う・・時間凍結を受けたものは、周りからの影響を全然受け付けない。怪物たちから危害を加えられることもない・・」
「おめぇ・・マジで言ってんのか・・マジで勇と姫菜があんなのに!?」
京が怒りをあらわにするが、結衣は物悲しい笑みを浮かべるばかりだった。
「どうやらオレも、本腰入れておめぇと戦わなくちゃいけねぇみてぇだな・・・」
「京・・・」
低い声音で言いかける京に、結衣が戸惑いを覚える。
「オレはあの2人の親父として、今まで全力を尽くしてきた・・厳しいとこが多かったが、それ以上に、アイツらを守ってやりたいという気持ちが強かった・・・だからこそ、こういうときだからこそ、オレはアイツらのために体を張らなくちゃいけねぇ!アイツらが必死に戦ってるのに、オレだけ指をくわえてみてるわけにいかねぇんだよ・・・!」
これまで勇と姫菜と過ごしてきた日々を思い返し、京が拳を握り締める。
「オレも父親として、この命を賭けてやる・・・!」
「それがあなたの決心なんだね・・京・・・」
京の決意を目の当たりにして、結衣が笑みを消す。
「あたしにも、譲れないものがあるの・・」
自身の思いを募らせる結衣の頬に紋様が浮かび上がる。
「たとえあなたでも、邪魔をするなら容赦はしない!」
鋭く言い放つ結衣がクロノへと変身する。彼女は京を、自分の思いを阻む敵と認識していた。
「確かにすごいよ・・そのクロノっていうのは・・時間まで操れるんだろ・・・?」
淡々とした口調で言いかける京に、結衣が眉をひそめる。
「オレも同じクロノである勇をずっと見てきた・・アイツもクロノである自分に苦しんできていた・・・だが、たとえ時間さえ捻じ曲げられる力でも、人間の心までは変えられねぇ!クロノだからってな、何でも思い通りにできると思うなよ!」
「別にそんな天狗にはなってないよ・・でも勇と姫菜ちゃんの時間を止めたことは確かだから・・・」
言い放つ京に対し、結衣は物悲しい笑みを浮かべるばかりだった。
「何を言っても意味はねぇってことかよ・・そりゃ残念だ・・・だったらおめぇをブッ倒して、勇と姫菜を取り戻す!」
「できないよ、京・・人間である、あなたでは・・・」
いきり立つ京に言いかけると、全身から衝撃波を放つ。その威力に突き飛ばされて、京が家の廊下の突き当たりの壁に叩きつけられる。
「ぐっ!・・コイツがバケモノの力っていうのか・・勇もこのくらいすごかったってことか・・・」
痛みを訴える体に鞭を入れて、京が起き上がる。結衣は彼に向けて右手をかざしているが、攻撃してこようとはしない。
「場所を変えてもいいよ・・ここがムチャクチャになってイヤなのはあなたたちのほうだから・・」
「それはおめぇも同じだろ・・それに、オレはこんな性格だからな・・よく親父と親子喧嘩を繰り広げたもんだ・・」
冷淡に告げる結衣だが、京は不敵な笑みを浮かべていた。
「今度もそんな感じだ・・ま、こんなことをするのも久しぶりな気もするが・・・」
「そう・・じゃあ、遠慮はいらないね・・・」
笑みを強める京に向けて、結衣が再び衝撃波を放つ。京はとっさに横に飛んで、それをかわす。
「よけるばかりじゃ、あたしはやっつけられないよ・・」
結衣が呟くように言いかけ、京が彼女から徐々に距離を取っていく。彼を追って彼女は、家の裏庭に足を踏み入れていた。
「出てきてよ。ここに来たことは分かってるんだから。」
結衣は呼びかけながら、全身から黒い稲妻を帯びる。出てこなければ稲妻を放出して、全てを葬ろうとも考えていた。
そのとき、背後の草木が揺れ、結衣がそこに向けて稲妻を放出する。しかしそこには何もなかった。
直後、京が物陰から飛び出し、結衣に飛びかかってきた。彼女の小さな体を抱え込み、そのまま家を飛び出していく。
「京くん、何を・・!?」
たまらず声を荒げる結衣だが、京は構わずに疾走していく。2人は人気のない草原にたどり着き、京が走ってきた勢いのまま結衣を投げ飛ばす。
空中で体勢を整えて着地する結衣。彼女を見据えて、京が不敵な笑みを見せる。
「ここはオレがよく、勇に稽古をつけてた場所だ・・」
淡々と言いかける京に、結衣が疑問符を浮かべる。
「姫菜にはよく怒られたな。これは訓練じゃなくていじめだってな・・ま、結果的に、勇はたくましくなった・・姫菜を守れるくらいにな・・」
「その点は、あたしも素直に感謝しないとね・・でも、あたしとあなたには、大きな溝ができちゃった・・埋めようもないくらいに・・・」
京の心境を聞いて、結衣が再び物悲しい笑みを浮かべる。
「今度こそ終わりだよ・・意味がないと思うけどとりあえず言っておく。これが最後の警告。大人しく退場するならあたしは何もしない・・」
「マジで愚問だな。ホントに意味がねぇ・・オレが大人しく引き下がる男じゃねぇってことは、おめぇも十分わかってるはずだろ・・」
「そう・・ホントに残念・・・!」
最後の哀れみを京に否定され、結衣が呟きかけた直後だった。彼女が放った光の矢が、京の体に突き刺さった。
突然のことに何が起こったのか分からなかった京。一気に激痛を覚え、彼は吐血する。
立っているのもままならなくなり、京は力なく倒れる。その姿を、結衣は沈痛の面持ちで見つめる。
「普通の人間に、クロノをどうにかできるわけがないって分かってたはずなのに・・・」
哀れみの言葉を口にして、結衣が歩き出していく。だが京とすれ違おうとしたところで、彼女は足をつかまれる。
つかんできたのは、傷つき倒れたはずの京だった。
「このまま・・おめぇの好き勝手にできると思うな・・・」
「あなた・・・!」
声を振り絞る京に、結衣が驚愕を見せる。彼の体からは血があふれてきていた。
「諦めが悪いのは、おめぇも分かってるはずだ・・・」
「そうだったね・・・それでも・・・」
京に言い返すと、結衣が再び光の矢を作り出し、彼に向けて振り下ろす。再び体を刺されて、京が絶叫を上げる。
「どんなに意固地になっても、破れない運命っていうものがあるんだよ・・やる気次第で変えられる運命しかないなら、あたしもあなたみたいに・・・」
「オレに勝っておいて・・腑抜けたことぬかすな・・・オレは・・勇と姫菜に・・全てを賭ける・・・2人になら賭けられる・・・」
冷淡に告げる結衣に、京がさらに言いかける。意識がもうろうとなっていたが、彼は必死に声を張り上げていた。
「たとえおめぇでも・・・そう簡単に・・あの2人をどうにかできると思うなぁぁーーー!!!」
京の叫びに触発されたのか、結衣が激昂をあらわにする。感情の赴くままに、彼女は三度光の矢を突き刺した。
鮮血をまき散らした京が、ついに脱力して動かなくなった。
「あたしにも・・あなたのいう意地があるんだから・・・」
人間の姿に戻った結衣が、物悲しく言いかける。
「あなたのこと・・ずっと尊敬してたんだから・・・正直、殺したくなかった・・・」
結衣は呟くように言いかけると、改めてこの場を立ち去った。
「・・く・・ぅぐ・・・」
思うように動けずにいた京が、勇と姫菜のことを思い返す。それが死に際の走馬灯であると、彼は思っていた。
(勇・・姫菜・・・オレは信じてるぞ・・・結衣のいう運命なんか・・簡単に打ち破れるって・・ことを・・・)
2人の子供に強い信頼を込めて、全てを託す京。出血多量により、彼はついに力尽きた。
勇と姫菜、結衣を追って森の中へとやってきたスミレ。彼女は息を絶え絶えにしながら、彼らの行方を追っていた。
「ハァ・・ハァ・・・もう、みんなどこに行っちゃったのよ・・・」
2人を追い求めて、周囲を見回すスミレ。空は夕日が傾き始め、夜へと近づいていた。
それでも2人を見つけずに帰ることはできない。そう自分に言い聞かせて、スミレは捜索を再開した。
森の中をさらに進み、広場へと行き着いた。そこにある光景に、スミレは眼を疑った。
「えっ・・・!?」
思わず声をもらした彼女の前に、勇と姫菜はいた。しかしいつもの2人ではなく、色をなくして固まっていた。
「勇・・姫菜・・・!?」
スミレは認めたくなかった。眼の前の光景を。
勇と姫菜にかけられていたのは時間凍結。クロノの力だった。2人にこんなことができるのは、彼女の知っている限りでは結衣だけだった。
「結衣・・・何で・・・!?」
混乱しそうになる気持ちを抑え込んで、スミレは恐る恐る2人に近づいていく。しかし彼女の接近に対して、2人が反応することはなかった。
「眼を覚ましてよ、勇、姫菜・・いつまでそうしてるのよ・・・!?」
スミレが声を上げるが、それでも2人は動かない。
「しっかりしてよ、2人とも!そんなとこでじっとしてる場合じゃないって!」
混乱しそうになるのを必死にこらえて、スミレが勇と姫菜に寄り添う。
「勇、アンタ、クロノとかいうものなんでしょ!?・・これ、時間凍結とかいうのだよね!?・・だったらすぐに元に戻れるはずでしょ・・・!?」
諦めずに何度も呼びかけるスミレ。しかしその呼び声は彼らのいる広場に空しく響くだけだった。
「お願い・・戻ってきてよ・・勇・・姫菜・・・」
悲しみをこらえることができなくなり、その場にひざを付くスミレ。彼女の眼から涙がこぼれてきていた。
「・・・こうなったら・・あたしがアンタたちを守るしかないね・・・」
物悲しい笑みを浮かべて、スミレが呟きかける。
「勇、姫菜、早く戻ってきてよね・・あたしは、アンタたちのことを、ずっと待ってるつもりだから・・・」
2人の親友の帰りを信じて、スミレはこの場に滞在することにした。
漆黒と混沌に彩られた空間。その真っ只中を勇は漂っていた。
自分はどうなっているのか、どこにいるのかさえ分からずにいた。彼は一糸まとわぬ姿のまま、この空間を流れていた。
(僕は・・どうなったの・・・?)
自分が置かれた状況が理解できず、勇は思考が働かなかった。
(ここはどこなんだろう・・なぜ僕はここに・・・?)
心の声を響かせ問いかける勇。
「勇、くん・・・」
「えっ・・・!?」
そのとき、勇の耳に声が響いてきた。姫菜の声だった。
「姫菜ちゃん・・どこにいるの・・・?」
勇が力を出して、周囲を見回す。すると彼の視界に、姫菜が飛び込んできた。
「姫菜ちゃん・・・!」
眼を見開いた勇。だがすぐに動揺をあらわにして赤面する。姫菜も勇と同様に一糸まとわぬ姿だったからだ。
困惑を浮かべたままの勇に、姫菜が寄り添ってきた。
「勇くん・・ここにいたんだね・・・」
「姫菜ちゃん・・・ここにいたんだね・・・」
姫菜に優しく声をかけられて、勇は落ち着きを取り戻す。
「勇くん・・ここはどこ?・・私たち、どうなっちゃったの・・・?」
「僕にも分からない・・僕もさっき眼が覚めたところだから・・・」
姫菜の問いかけに勇が答える。2人は周囲を見回しながら、自分たちに何が起こったのか思い返していく。
「そうか・・・僕たちはお母さんの時間凍結を受けて・・・」
「それじゃ、私と勇くんの時間は止まってるってことなんだね・・・」
自分たちの置かれた状況を理解して、勇と姫菜が沈痛の面持ちを浮かべる。
「勇くんの力で、この止まった時間を何とかできないの?」
「うん・・やろうとしても、クロノの力を使うことができない・・時間凍結で、力まで封じ込められてるみたいなんだ・・・」
勇は言いかけると、自分の右手を握り締める。彼は自分の無力さを呪っていた。
そのとき、勇の眼にある光景が飛び込んできた。それが幻ではないかと思い、彼は眼を閉じて首を横に振る。
「どうしたの、勇くん・・・?」
勇の様子が気になり、声をかける姫菜。彼女も彼が見た光景に眼を向ける。
2人が見たのは幻とは少し違った。
「あれって・・もしかして・・・」
姫菜に声をかけられて、勇もその光景に視線を戻した。
その光景は、今よりもさらに幼い勇と姫菜の姿だった。
次回
「僕たちは、いつも一緒に過ごしていたんだね・・」
「喜びも悲しみも、みんなと一緒に分かち合ってきた・・」
「どれもこれも、大切な思い出・・」
「その幸せを、これからも続けたい・・」
「本当の幸せは、時間の進んだ先にあるんだ・・・」