ガルヴォルスPF 第21話「時の呪縛」
クロノに変身した結衣は脅威的な力を発揮した。その凄まじさに竜馬も押されていた。
「僕でさえ、クロノを甘く見ていたというのか・・下手をすれば、僕も時間凍結されるか、命を落とすことに・・・!」
危機感を募らせる竜馬がが、結衣を鋭く見据える。もはや彼には余裕は全くなかった。
「勇には手を出させない・・勇を傷つけようとしているあなたを、あたしはやっつける・・・!」
鋭く言い放つ結衣が光の矢を放つ。連射されたその矢を回避しようと跳躍する竜馬だが、その1本が彼の右足に突き刺さる。
「ぐっ!」
激痛を覚えた竜馬が顔を歪める。しりもちをついた彼は、痛みをこらえて矢を引き抜く。
「今ならまだ許してあげるよ・・2度と勇をいじめないなら、あなたを攻撃したりしない・・」
結衣が低い声音で竜馬に言いかける。戦慄を覚えながらも、竜馬はその申し出を聞き入れようとしない。
「生憎僕は気まぐれでね。ここで約束してもすぐに破ってしまうかもしれないよ・・・!」
結衣に向けて重力を仕掛ける竜馬。だが結衣の放つ空間歪曲に阻まれる。
「仕方がないね・・どうなっても知らないから・・・!」
結衣が拡大させた歪曲の衝撃に巻き込まれて、竜馬が突き飛ばされる。痛めつけられた彼が力を保てなくなり、人間の姿に戻る。
「くっ・・まさか、僕の力がここまで跳ね返されるなんて・・・!」
「ゴメンね・・・勇を傷つけようとしているのを、黙って見ていることはできないの・・・」
うめく竜馬にとどめを刺そうと、結衣が右手をかざす。
「竜馬くん!」
そのとき、勇が姫菜とスミレとともに駆けつけてきた。戸惑いを覚えた結衣が、竜馬への攻撃の手を止める。
「竜馬くん、しっかりして!」
姫菜が倒れた竜馬に駆け寄って、体を起こす。結衣を見据える勇も、困惑を感じていた。
「迂闊なことをするな、時任勇・・お前が真っ向から勝負して、敵う相手ではない・・!」
竜馬が声を振り絞って、勇に呼びかける。
「あの子もお前と同じクロノ・・だがその力はお前さえも超えるものだ・・・!」
「それは分かっている・・僕の母さんだからね・・・」
竜馬の忠告に真剣に答える勇。その返答に竜馬が眉をひそめる。
「知っていたのか・・ヤツが君の母親であることを・・・!?」
竜馬の問いかけに小さく頷くと、勇は困惑している結衣に眼を向ける。
「母さんのクロノの力は不完全で、力を使うたびに若返っていく・・やがては消えてなくなってしまうんだ・・」
「そう・・だからあたしは、この力を使わないようにしているの・・」
勇の説明に結衣が口を挟んできた。
「だけど、勇を守るためだったら、あたしは迷わずにこの力を使うよ・・たとえあたし自身がどうなっても・・・」
結衣は言いかけると、大きく飛び上がってその場を去っていく。
「お母さん!」
勇が呼び止めるが、結衣は聞かずに姿を消してしまった。
「お母さん・・・僕、お母さんを止めに行くよ・・・!」
いきり立った勇がクロノへと変身し、結衣を追って駆け出していく。
「勇くん!・・・スミレちゃん、竜馬くんをお願い!」
「ちょっと、姫菜!」
姫菜もスミレの声を聞かずに、勇を追いかけていった。満身創痍の竜馬を眼にして、スミレは不満をあらわにする。
「どうしてあたしがのけ者にされて、しかも竜馬と一緒にいなくちゃなんないのよ!」
苛立ちをあらわにするスミレ。竜馬は意識を失い、動かなくなっていた。
結衣を追って森林の中を駆け抜けていく勇。その中の広場にたどり着いたところで、彼は足を止める。
そこは中央だけに外の光が差し込んできていた。
「お母さんはここを通った・・この近くにいるはずだ・・・」
呟きながら周囲を見回す勇。結衣の姿は見えなかったが、気配はこの周辺から感じられた。
「お母さん、どこにいるんですか!?出てきてください!」
勇が思い切って結衣に呼びかける。その呼び声がやまびこのように森の中を反響する。
この広場とその周辺にはもういないと思い、勇が移動しようとしたときだった。
「あなたも真っ直ぐな性格なんだね・・あたしと同じで・・・」
木陰から結衣が姿を現した。彼女は人間の姿に戻っていたが、衣服が少しぶかぶかになっていた。クロノの力を使った影響で、彼女の体が若返って小さくなっていたのだ。
「お母さん・・・」
「あなたが平和で楽しく過ごせるなら、あたしはどうなってもいい・・それがあたしの願いなの・・・」
戸惑いを見せる勇に、結衣が自分の考えを述べる。彼女も動揺の色を隠せないようだった。
「でも他の怪物たちは、クロノであるあたしたちをやっつけようとする・・だから勇、あなたにはその怪物を迷わずにやっつけられるだけの気持ちを持ってほしいの・・・」
「お母さん、僕は・・・」
「あなたが優しいということはあたしも知ってる・・でも優しさだけじゃ、これからを乗り切ることはできない・・」
困惑する勇に、結衣が沈痛の面持ちを見せて呼びかける。彼女は彼に強く生きてほしかった。
勇も強く生きたいと願っていた。だが同じはずの2人の願いは食い違うものだった。
生きることでありながら、一方は人間として、一方は人間からかけ離れた形としてのものだった。そのため、人間として生きようとしている勇は、母親である結衣の願いを聞き入れることができなかった。
「僕は今のままで、みんなと一緒に生きていく・・クロノとしてじゃなく、人間として・・・」
「その気持ち、もう変わらないんだね・・勇・・・」
勇の決意を聞いて、結衣が物悲しい笑みを浮かべる。彼女の手から漆黒の稲妻が一瞬煌いたのを、勇は見逃さなかった。
「できることなら、あなたと戦いたくなかった・・・あなたはあたしの子であり、たったひとつの大切な宝物だから・・・」
「僕もですよ・・お母さん・・・」
悲痛さを込めて言いかける結衣と勇。結衣の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「もうここからはあたしのわがまま・・あなたに辛い思いをしてほしくないから・・・!」
感情をあらわにする結衣がクロノへと変身する。
「考え直してほしかった・・クロノとして戦えば戦うほど、お母さんは小さくなっていくから・・・」
一途の願いを口にする勇だが、結衣の決心も揺るがないものとなっていた。
「どうしてもその気なら、僕ももう迷わない・・・」
意を決した勇の顔にも紋様が走る。
「・・姫菜ちゃんたちを守るために、僕も戦うよ・・・!」
鋭く言い放った勇もクロノへと変身する。2人のクロノ、血の通った親子がそれぞれの決意を胸に秘めて対峙していた。
「勇くん!」
そこへ勇を追いかけてきた姫菜が駆けつけてきた。彼女の登場に勇が一瞬戸惑いを見せる。
「勇くん・・・お願いです、結衣さん!これ以上勇くんにおかしなことしないでください!」
姫菜が結衣に向けて、悲痛さを込めて呼びかける。だが結衣は首を横に振る。
「たとえ京さんでも、勇の大切なお友達である姫菜ちゃんでも、これだけは譲ることはできない・・勇のことを思えばこそだから・・・」
「それでも、こんな争いをして、いい思いを人なんていないよ・・・」
低く言いかける結衣の言葉を受け入れられないでいる姫菜。気持ちが拮抗した2人が、互いを見つめあうことしかできなかった。
そこへ勇が割って入り、結衣を見つめたまま姫菜に声をかける。
「僕もこんな戦いをすることを、いいことだとは思わない・・お母さんも同じ気持ちのはずだよ・・・でもこれは、僕のけじめをつけるための戦いでもあるんだ・・・」
「勇くん・・・」
勇の決心を込めた言葉に、姫菜が戸惑いを覚える。
「たとえ僕やお母さんにがとんでもないことになろうとしても、僕は戦わなくちゃいけない・・・ゴメン、姫菜ちゃん・・君のお願い、聞けなくて・・・」
「勇くん・・分かったよ、勇くん・・もう止めない・・・でもその代わり、勇くんと結衣さんの戦いを見守るよ・・」
「姫菜ちゃん・・・!?」
姫菜の言葉に勇が驚愕を覚える。
「ダメだよ、姫菜ちゃん!・・ここにいたら、姫菜ちゃんまで巻き込んで・・!」
「危ないのは分かってる!・・それでも私は、勇くんがこれからどうしていくのか、この眼でしっかりと見ておきたいの・・・」
「姫菜ちゃん・・・」
「ガンコなのはお父さん譲りだよ。ダメだって言ってもここに残る・・・」
戸惑いを見せる勇に、姫菜が微笑みかける。彼女も彼女なりに覚悟を決めていたのだ。
「・・・分かったよ・・姫菜ちゃん、僕はもう何も言わない・・僕はお母さんと、気持ちの整理をつける・・そして君も守ってみせる・・・!」
決意を込めた勇の言葉が広場に響き渡る。彼が結衣に向かって飛びかかっていく。
「こういうのを、親子喧嘩っていうんだよね・・・」
物悲しい笑みを浮かべる結衣が、勇に向けて衝撃波を放つ。空間歪曲によって生じた衝撃に襲われて、勇が突き飛ばされる。
「勇くん!」
たまらず悲鳴を上げる姫菜。勇は体勢を整えて着地し、結衣に視線を戻す。
「やっぱりお母さん。やっぱりクロノだ・・油断していたら押し返される・・・」
「あたしもうかうかしてられないね・・一気に全力になったほうがいいかも・・」
互いの力を痛感して呟きかける勇と結衣。強大かつ特異の力であるため、一瞬で雌雄を決することとなる。
(慎重になりすぎてもいけない・・あえて踏み込むことも大事・・ここは力を使って・・・!)
結衣は思い切って、極力使わないように念を押していた力を全開にすることを決意する。
(力を出せば出すほどに、そのリスクも大きくなる・・でも、手加減をさせてくれる相手じゃないことは、あたしが1番よく分かってる・・・!)
いきり立った結衣が迷いを振り切り、勇に向けて稲妻を解き放つ。
(時間凍結!)
勇が全身から力を発し、結衣の稲妻を弾き飛ばした。回避しきれないものと判断したのだ。
(やっぱりクロノの力を分かっているね・・)
結衣は思わず笑みをこぼしていた。勇がたくましくなったことを嬉しく思っていたのだ。自分の子供として。クロノとして。
勇と結衣の戦いに、姫菜は困惑を隠せなかった。だが勇の未来を切り開こうとしている戦いから眼を背けてはいけないと、彼女は自分に言い聞かせていた。
(見守っていこう・・勇くんが一生懸命になっているんだから・・・)
自分に強く言い聞かせて、姫菜はひたすらに勇の雄姿を見守ることにした。
(お母さん、本気だ・・お母さんを止めるには、もう時間凍結を使うしかない・・・!)
勇も思い立ち、結衣に対して全力を出し切ることを決意する。彼の体からも時を凍てつかせる稲妻が放たれていた。
「お母さんが僕の時間を止めようとするなら、僕ももう容赦しない・・・!」
勇は言い放つと、稲妻を結衣に向けて放つ。結衣も負けじと稲妻を放って迎え撃つ。
白と黒の稲妻がぶつかり合い、火花を散らす。この拮抗した状況の中、2人に余裕はなかった。
だがその拮抗に優劣が見えてきた。勇が徐々に結衣を押し始めてきた。
勇の力がそれだけ高まっているのもあったが、最大の要因は、リスクに対する懸念のあまり、結衣が無意識に力の使用をためらうようになっていたのだ。
そしてついに勇の力に弾き飛ばされて、結衣が突き飛ばされる。時間凍結をされるのは免れたが、負傷と疲弊は避けられなかった。
「あたしの思ってた以上に・・勇の力が上がっていた・・・」
毒づく結衣がゆっくりと立ち上がる。その前に勇が立ちはだかってきた。
「僕の勝ちだよ・・できることなら、戦わずに何もかもが終わってほしかった・・・」
結衣をじっと見下ろす勇が歯がゆさを噛み締める。彼の右手には稲妻がほとばしっていた。いつでも時間凍結が放てるように。
「もうやめよう、お母さん・・クロノでも、人として生きていくことができる・・・」
「ううん・・たとえあなたやあたしがそれをどんなに望んでも・・他の怪物たちがそれを許さない・・・」
勇の忠告を頑なに拒む結衣。それを受けて、勇が覚悟を決める。
そして勇が結衣に向けてとどめの攻撃を繰り出そうとしたときだった。
突如、勇が結衣への攻撃を中断する。勇は結衣に向けて、これ以上攻撃することができなかった。
「勇くん・・・!?」
姫菜もこの瞬間に困惑していた。母親、親子の絆を感じるあまり、勇は無意識に結衣への攻撃を躊躇してしまっていた。
(お母さん・・・)
勇の中に様々な思惑が交錯する。その錯綜から脱することができず、彼はどうしていいか分からなくなっていた。
その直後、結衣が勇に向けて衝撃波を放ってきた。その反撃をまともに受けて、勇が突き飛ばされる。
「ぐっ!」
「勇くん!」
うめく勇に、姫菜がたまらず悲鳴を上げる。戦いへの迷いと肉体へのダメージで、勇は人間に姿に戻っていた。
「そこまであたしを大切に思ってくれたことは、正直嬉しい・・でもそこでその優しさを持ち出すのは、命取りだよ・・・」
立ち上がった結衣が、勇に向けて冷徹に告げる。体に痛みを覚えて、勇が顔を歪める。
「これで終わりよ・・せめてあたしが、あなたの時間を止めてあげる・・・」
結衣が勇に向けて右手をかざす。その手のひらから漆黒の稲妻がほとばしってきた。
「勇くん、危ない!」
そこへ姫菜が飛び込み、勇と結衣の間に割って入ってきた。彼女の乱入に2人が驚きを覚える。
「姫菜ちゃん!」
「たとえお母さんでも、勇くんを傷つけることは許しません!」
声を荒げる勇の前で、姫菜が結衣に言い放つ。力で全く敵わないと痛感していたため、彼女は覚悟を覚えて体を震わせていた。
「結衣さんが勇くんのためを思ってしていることというのは分かっています・・でも本当に勇くんのことを大切に思っているなら、勇くんの気持ちも考えてあげてください・・・!」
姫菜が声を振り絞って、結衣に呼びかける。しかし結衣はかざした手を下ろそうとしない。
「これはホントに勇のためにやっているの・・このままでは君まで危険に巻き込まれることになる・・そうなったら勇が悲しむことになる・・それはあなたも辛いでしょう?」
「だからって、勇くんの気持ちを無視するなんて・・・」
結衣の考えに納得ができず、姫菜が沈痛の面持ちを浮かべる。
「そこをどいて、姫菜ちゃん・・でないとあたしは、君も一緒に時間を止めることになる・・・」
「どきません!勇くんのためにも、私も私のできることをします!たとえ私に何が起こっても!」
鋭く言い放つ結衣だが、姫菜はそれでも退かない。
「そう・・それは残念だよ・・・あたしも・・・!」
「姫菜ちゃん!」
悲痛さを噛み締めた結衣が力を振り絞る。危機感を覚えた勇が、必死になって立ち上がる。
結衣から放たれた漆黒の稲妻が、勇と姫菜を取り巻いた。姫菜を守ろうとした勇だが、2人共々稲妻取り込まれてしまう。
「うっ!・・勇くん・・これが・・・!?」
「時間凍結・・このままじゃ・・・!」
苦悶の表情を浮かべる姫菜と勇。漆黒の稲妻の効力で、2人の体から色が失われていく。
(ダメだ・・もう力が残っていない・・時間凍結を跳ね返す力が・・・!)
抵抗することもままならなくなっていた勇。体が硬質化し、彼は力を振り絞ることもできなくなっていた。
「ゴメン、姫菜ちゃん・・・こんな、ことに・・・」
「ううん・・勇くんは悪くない・・悪いのは、弱い私・・・」
互いに謝罪の言葉を掛け合う勇と姫菜。2人はいつしか互いを抱きしめあっていた。
やがて時間凍結が2人の体を完全に固めた。勇と姫菜は凍てついた時間の呪縛に囚われてしまった。
(勇くん・・・私・・勇くんが・・・)
勇への想いを抱えたまま、姫菜の思考も停止した。勇と姫菜は抱き合ったまま、凍てついた時間に束縛されてしまった。
「これで君たちはこの時間から出ることはできない・・あたしのクロノの力は、あなたより質が高いんだから・・・」
結衣は物悲しい笑みを浮かべて、勇と姫菜に向けて声をかける。しかし2人は反応を示さない。
(変わらない時間の中にいさせること・・それがせめてものあたしの手向け・・・)
結衣は胸中で呟きかけると、きびすを返して立ち去っていった。時間を止められた勇と姫菜は、静寂の戻った広場の中心で立ち尽くしていた。
次回
「オレはあの2人の親父として、今まで全力を尽くしてきた・・」
「オレも父親として、この命を賭けてやる・・・!」
「あたしにも、譲れないものがあるの・・」
「勇・・姫菜・・・!?」
「たとえあなたでも、邪魔をするなら容赦はしない!」