ガルヴォルスPF 第18話「母の面影」
勇の母親である時任結衣(ときとうゆい)。勇は母親のことを覚えていなかった。
結衣は勇が幼い頃に生死不明となっている。そのため、勇は結衣のことを京からの話でしか知らなかった。
勇は母のことを気にならないわけではなかった。だが気にかけてしまうと甘えてしまい、今を逃げてしまうような気になってしまうかもしれない。
そう自分に言い聞かせて、勇は今を生きていた。
「では、いってきます。」
挨拶をして、勇と姫菜は学校に行く。平穏であるはずの日常を、2人はこの日も過ごそうとしていた。
「相変わらずなとこを見せてくれちゃってね、2人とも。」
いつもの場所でスミレと合流する勇と姫菜。3人は揃って学校に到着する。
「そういえば、竜馬くん、学校に来てないね・・」
昇降口で靴を上履きに履き替えようとしていたとき、姫菜が問いかけてきた。その言葉を耳にして、勇とスミレは息を呑む。
竜馬は姫菜を助けようとした勇の妨害を図って攻撃を仕掛けてきたが、勇の力に押されて敗れた。その後のことは勇は知らず、竜馬の行方は分からなくなっていた。
「姫菜ちゃん、竜馬くんのことで、言っておかなくちゃいけないことがあるんだ・・・」
そこで勇が姫菜に、竜馬のことを打ち明けようとした。
「実は、竜馬くんは・・・」
「僕がどうかしたのかい?」
そのとき、勇は後ろから聞き覚えのある声を耳にして、緊迫を覚える。竜馬が学校にやってきたのだ。
「あ、竜馬くん、久しぶりだね。どうしていたの、今まで・・・?」
「ちょっといろいろあってね。でも大丈夫だよ。」
姫菜の言葉を受けて、竜馬が微笑みかける。だが勇もスミレも緊迫した面持ちを浮かべていた。
「大丈夫。今ここでは何もしないから・・」
そんな勇に、竜馬が小声で言いかけてきた。彼を野放しにできないと察した勇は、姫菜に改めて打ち明けようとした。
そのとき、ホームルームの予鈴を知らせるチャイムが響き渡ってきた。
「いけない、ホームルームに間に合わなくなってしまう・・勇くん、スミレちゃん、竜馬くん、急ごう。」
姫菜が慌しく呼びかけて教室に向かう。真実を語ることができないまま、勇はスミレとともに彼女を追いかけていった。
寝坊のために学校に急いでいた少年。息を知らしながらも、学校に到着しようとしていた。
「やっとついた・・僕ってどうしてこんなのねぼすけなんだろう・・・」
自分の欠点を責める少年。だがそのとき、彼は違和感を感じて足を止める。
恐怖を覚える少年が周囲を見回していく。次の瞬間、彼は突如伸びてきた白い触手に体を締め付けられる。
「く、苦しい!・・何、これ・・!?」
苦悶の表情を浮かべる少年を、さらに触手が絡み付いてくる。それらの触手が突然溶け出し、少年を包み込んでいく。
1度は溶けて液状となった触手が、少年を包んだまま再び固まる。彼は蝋人形のように固まり、微動だにしなくなった。
その直後に出現したクラゲの姿をした怪物。触手は怪物が伸ばしたものだった。
怪物が元に戻り、人間の姿に戻る。その人物は固まった少年を見つめて、不敵な笑みを浮かべていた。
この日の1時間目の授業が終わり、勇は姫菜に眼を向ける。だが彼の視界に竜馬が割り込んできた。
「あのときは不様なところを見せてしまったけど、今度はそうはいかないよ。」
「竜馬くん・・・」
悠然と言いかける竜馬に、勇が深刻な面持ちを見せる。
「もう姫菜ちゃんは僕たちの戦いに巻き込まれている。そんな状況で、君はあの子を守れるのかな?」
「守る。僕は誓ったんだ・・どんなことがあっても、僕は姫菜ちゃんを守っていくって。そのために、このクロノの力を使っていくって・・」
あざける竜馬に対して、勇は自分の気持ちを正直に告げる。そして勇は姫菜とスミレに眼を向け、2人も彼に気付く。
「姫菜ちゃん、驚かないで聞いてほしい。実は竜馬くんも・・」
「時任くんと同じ存在というわけ。といってもクロノではないけどね。」
真剣な面持ちで言いかけようとした勇だが、竜馬は何のためらいもなく打ち明けてきた。その予想外の態度に、勇もスミレも眼を見開く。
「だが、僕も時任くんと同じ気持ちだ。君にもし危害が及びそうなことがあれば、僕は君を守っていくって・・」
「信じられないね!アンタは何度も勇を襲ってるじゃない!」
そこへスミレが竜馬に言いかける。だがそんな彼女を姫菜が手を出して制する。
「竜馬くんがどんなことをしてきたのか、私には分からない・・私は、みんなを信じることにしている・・勇くんもスミレちゃんも、竜馬くんも・・」
「姫菜・・・」
姫菜の決意を込めた言葉に、スミレが戸惑いを覚える。竜馬は笑みをこぼしていたが、内心呆れていた。
「みんな同じく大切に、か・・姫菜ちゃんらしいというか何というか・・」
竜馬は言葉をもらすと、きびすを返して教室から出ようとする。
「時任くん・・いや、勇・・君との勝負は近いうちになりそうだよ・・・」
「僕は負けない・・たとえ相手が君でも、僕は姫菜ちゃんを守る・・・!」
言いかけてくる竜馬に、勇が真剣な面持ちで言い放つ。竜馬は不敵な笑みを投げかけると、改めて教室を出て行った。
「竜馬くん、本気で勇くんを・・・」
「分からない・・本当に気まぐれだから、竜馬くんは・・・」
姫菜が口にした不安の言葉に、勇は深刻さを込めて答えた。
その日の給食の後の昼休み。それぞれの遊びをしている校庭の傍らに、勇、姫菜、スミレはいた。
「竜馬くん、誘わなくていいのかな・・?」
「心配しなくていいって。来たくなったら来るって。」
姫菜が心配の声を上げると、スミレが強気な態度で言いかける。勇も戸惑いを感じたまま、小さく頷くばかりだった。
「スミレちゃん、今夜も食事どうかな?おじさんとおばさん、まだ帰ってこないんだよね?」
「う、うん、まぁ・・あたしは別に構わないけど・・・」
姫菜の誘いに、スミレが当惑を見せながら頷く。そのとき、ふと思い立ったスミレが、勇に眼を向ける。
「そういえば勇は、お母さんの話は全然しないよね?」
「えっ?・・あ、うん・・・」
スミレからの突然の質問に、勇が戸惑いを見せながら頷く。
「勇のママって、どんな人なのかな・・・?」
スミレが興味津々に訊ねるが、勇だけでなく姫菜も沈痛の面持ちを浮かべる。
「実は・・僕はお母さんのことを、全然覚えていないんだ・・・僕が赤ん坊だった頃に、もうどこかに行ってしまっていて・・・」
「・・ゴメン・・あたし、そんなつもりで・・・」
「いや、いいんだよ・・スミレちゃんはただ、真っ直ぐに心配してくれただけなんだから・・・」
罪悪感を覚えるスミレに、勇が微笑んで弁解を入れる。
「できることなら“父さん”と母さんにもう1度会いたい・・でも僕は1人じゃない。父さん、姫菜ちゃん、スミレちゃん、みんながいるから・・」
家族や仲間たちの想いと絆を感じ取る勇。その言葉を聞いて、姫菜とスミレも笑みをこぼしていた。
「大変だ!大変だ!」
そのとき、生徒たちが慌しく校舎から飛び出してきた。その様子に勇たちも緊張を覚える。
「ちょっとアンタたち、何があったの!?」
「あぁ、篠原、大変だ!柿原が!」
スミレが声をかけると、男子の1人が慌しく答えた。
トイレ前の廊下で、数人の男女が立ち尽くしていた。しかし彼らは蝋に包まれて、微動だにしなくなっていた。
その異様な姿に、生徒だけでなく教師までもが息を呑んでいた。
そんな緊迫の場所へ、勇、姫菜、スミレも駆けつける。
「勇くん、これって・・・!?」
「怪物が、学校の中にいる・・・!?」
姫菜とスミレが言いかけると、勇は無言で頷く。
「怪物は人間の姿でいられる。どこにいるかは分かんないよ・・」
「慎重に行動しないと、みんなのようにやられちゃう・・」
勇とスミレが呟きかけ、姫菜が小さく頷く。3人は怪物を探して、廊下を歩き出していった。
「でも、誰が怪物なのか全然検討がつかないよ・・大人だけじゃなくて、子供である可能性もないわけじゃないし・・」
姫菜が不安を口にすると、勇が深刻な面持ちを浮かべる。怪物の中には、クロノである勇を狙ってきているものもいる。クロノをおびき出すためにこのような事件を引き起こしている可能性もある。
「バラバラにならないほうがいい。離れ離れになったところを狙われるかもしれない・・」
勇の言葉にスミレが頷いたときだった。
「キャアッ!」
校舎の中で再び悲鳴が上がり、勇たちが駆け出す。その教室のひとつで、数人の男子と女子が蝋人形と化していた。
「また・・・!?」
この事態に姫菜が驚愕する。姿無き犯人が、次々と学校にいる人々を蝋人形に変えていっている。
「みんなー!すぐに学校から避難するんだー!慌てずに落ち着いてー!」
そのとき、教師たちが生徒たちに向けて校舎の外に出るよう呼びかけてきた。生徒たちが不安を隠せないまま避難していく中、勇たちは焦りを覚えていた。
(まずい・・早く見つけないと、避難に紛れて逃げられる可能性も・・・こうなったら・・・!)
「姫菜ちゃん、スミレちゃん、お願いがあるんだけど・・・」
勇が持ちかけた申し出に、姫菜とスミレが当惑を見せた。
校舎の屋上にやってきた姫菜とスミレ。2人は校庭に集合していく生徒たちを見下ろす。
その2人を狙う不気味な影。影は変貌を遂げてクラゲに似た怪物となる。
怪物が姫菜とスミレを狙って、白い触手を伸ばす。2人はその接近にまるで気付いていないと思われていた。
そのとき、怪物が伸ばしていた触手が突如切断される。その事態に怪物が驚愕を覚える。
「危険な賭けだったけど・・思ったとおりに尻尾を出したようだね・・」
怪物の背後から、クロノに変身している勇が声をかけてきた。姫菜とスミレも怪物に眼を向けていた。
「お、お前たち、私を誘い出すために!?」
「姫菜を巻き込むことにあたしは最初反対した。勇も本心じゃ乗り気じゃなかった。でも姫菜が受け入れたのを見て、あたしもやる気になった・・」
驚愕する怪物に向けて、スミレが真剣な面持ちで語りかける。姫菜とスミレが囮となって、怪物をおびき出したのだ。
「もう逃げられないよ・・・みんなを元に戻して。さもないと、僕はあなたに容赦しない・・・!」
「容赦しない?せっかく子供を白くきれいな蝋人形にしてきたんだ。この気分を台無しにできるものか・・・!」
鋭く言い放つ勇だが、怪物はそれをあざ笑う。
「それにその作戦は失敗したな。ただの人間の子供が2人もここにいるんだからな!」
「姫菜ちゃんとスミレちゃんには手を出させない!あなたは僕が倒す!」
眼を見開く怪物と、さらに言い放つ勇。向かってくる勇に、怪物が触手を伸ばす。
それを勇は稲妻を解き放ち、なぎ払っていく。彼はすぐさま怪物に詰め寄り、拳を突き出して打撃を見舞う。
「ぐおっ!」
痛烈な攻撃を受けて、怪物が突き飛ばされる。屋上の塀にぶつかって踏みとどまったところで、怪物は勇を睨みつける。
「さすがクロノ・・まともに戦っていたらとても勝ち目がない・・・」
「諦めるなら、みんなを元に戻して・・・!」
言葉をもらす怪物に、勇が再び忠告を送る。
「だが私に手がなくなったわけではない!」
怪物が高らかに言い放ったときだった。
「キャアッ!」
姫菜の悲鳴を耳にして、勇が振り返る。粘土のような粘り気のある白い物体が、姫菜とスミレを取り付いていた。
「何なのよ、コレ!?・・・体が・・・!?」
「姫菜ちゃん!スミレちゃん!」
苦悶の表情を浮かべるスミレに、勇がたまらず叫ぶ。その隙を狙って、怪物が触手を伸ばしてきた。
「しまっ・・!」
触手に捕まった勇が体を締め付けられ、苦痛を覚える。それを見つめて、怪物が哄笑を上げる。
「やったぞ・・・やっとクロノを捕まえたぞ・・・!」
怪物が見つめる前で、勇を締め付ける触手が溶解を始める。溶解と凝固を行う触手のため、勇が動きを封じられる。
姫菜とスミレも抗うことができずに、物体に取り込まれる。完全に包み込まれた2人が、白い蝋人形と化してしまった。
「私は体の一部に力を送り込むことで、数分間だけそれを思いのままに動かせることができる。それを足元に忍ばせて、2人を取り込んだわけだ。」
「そ・・そんなことが・・・!」
淡々と説明する怪物に毒づく勇。力を振り絞って触手から逃れようとするが、触手は彼を完全に取り巻いており、抜け出ることができない。
やがて消耗した勇が人間の姿に戻ってしまう。直後、溶け込んだ触手が勇をも包み込んでいった。
怪物の触手が溶解、硬質化した蝋に包まれて、勇も蝋人形にされてしまった。それを見つめて、怪物が哄笑を上げる。
「やった・・ついにクロノまでも掌握したぞ!」
歓喜の叫びを上げる怪物。喜びを振りまいたところで、怪物は落ち着きを取り戻して勇に眼を向ける。
「本当はこのままにしておきたいところだが、クロノであるコイツを放っておいたら自力で脱出しかねない。今のうちに始末しておいたほうがいい。」
思い立った怪物が、とどめを刺そうと勇の首を落とそうとした。
「悪いけど、そうはいかないわよ。」
そのとき、どこからか怪物に向けて声がかかってきた。緊迫を覚えた怪物が周囲を見回す。
「こっちこっち♪」
再び声をかけられて、怪物が屋上の出入り口に眼を向ける。その上には1人の少女が座って、足を振っていた。
「何だ、お前?お前も蝋人形になりたいのか?」
「あ〜、悪いけど、あなたのお人形さんになるつもりもないんだよね〜・・」
不敵に言いかける怪物に、少女は無邪気な態度で答える。その態度が怪物の感情を逆撫でした。
「そんなになりたいなら、望みどおりにしてくれる!」
いきり立った怪物が少女に向かって飛びかかる。
「・・・やるしかないんだね・・・」
少女の顔から笑みが消え、冷徹な言葉が出る。
次の瞬間、怪物の体を漆黒の稲妻が包み込んだ。突然のことに驚く怪物が、その束縛に絶叫を上げる。
「こ、これはまさか・・クロノ・・・!?」
声を荒げる怪物を、冷ややかな笑みを見せて見つめる少女。時間凍結を受けて硬質化した怪物を、少女はまじまじと見つめる。
「ちょっとは楽しめると思ったんだけどねぇ・・・」
ため息混じりに呟くと、少女はクロノの力を巧みに使い、怪物を仕留めた。
怪物の消滅により、蝋の呪縛から解放された勇、姫菜、スミレ。自分たちがなぜ助かったのか分からず、3人は困惑していた。
「僕たち、あの人にやられて・・助かってる・・・」
「本当に危ないところだったわね・・・」
呟きかけた勇に向けて、少女が無邪気に声をかけてきた。
「あの、君は・・・?」
「もしかして、君が僕たちを・・・?」
姫菜と勇が少女に問いかける。少女は笑顔を崩さずに頷く。
「とりあえず自己紹介しておくね。あたしはユイ。君と同じクロノだよ♪」
少女、ユイの言葉に、勇たちが驚きを覚える。
「これからよろしくね♪」
満面の笑みを見せるユイに、勇たちは困惑するばかりだった。
次回
「ユイって、変わり者だって言われない・・・?」
「エヘヘヘ・・よく言われる・・・」
「この時間を、この思い出を大切にしたい・・・」
「その気持ちが、自分がここにいるって実感させてくれるんだね・・・」
「お前、どうして・・・!?」