ガルヴォルスPF 第17話「つよがり」
この日、勇たちは塾の授業があった。理恵が亡くなった後、新しく教師と管理人がやってきたことで、塾がつぶれることは免れていた。
淡々と進められていく授業。その中でスミレは、勇を気にかけていた。
スミレには今、ある気持ちが渦巻いていた。
姫菜と気持ちのすれ違いになっていたとき、スミレは勇から励ましの言葉をもらった。いつも気弱でだらしがないと思っていたクラスメイトから元気をもらったことは、彼女にとって予想外だった。
その優しさを受け取って、スミレは元気を取り戻した。それ以後、彼女の勇を助けたいという気持ちが強くなっていた。
「えっと、この問題を・・篠原、やってみてちょうだい。」
教師が指名をしてきたが、スミレはぼうっとしていた。
「スミレちゃん、呼ばれてるよ・・」
姫菜に小声で言いかけられて、スミレはようやく我に返る。彼女は慌しく、黒板に書かれた内容の載っている教科書のページを開く。
何とかその問題に答えることができたスミレ。だが彼女の様子がいつもと違うことを、勇も姫菜も察していた。
その塾の授業が終わり、子供たちが帰宅しようとしていた。勇、姫菜、スミレも帰路についていたときだった。
「スミレちゃん、今日はどうしたの?スミレちゃんが授業に集中していなかったなんて・・」
姫菜が唐突に訊ねると、スミレが戸惑いを覚える。だが心配させてはいけないと、強気な態度を振舞う。
「別に姫菜が気にするほどのことじゃないって。あたしだって、ちょっとボーっとしちゃうことぐらいはあるものだって。」
「そう・・それならいいんだけど・・・」
「それにあたしにだって、いろいろと悩みのひとつは・・・」
姫菜に言いかけてボロを出してしまい、スミレは言葉を詰まらせてしまう。何とか反発しなければと、彼女はたまらず叫んだ。
「うるさい、うるさい、うるさい!何でもないったら何でもないの!」
スミレはそう言い放つと、ふくれっ面を浮かべて突っ張る。しかし姫菜も勇も、スミレの様子が気がかりで仕方がなくなっていた。
勇たちと別れて、自宅に戻ってきたスミレ。だが両親は現在、仕事のために家を出ており、しばらく帰ってこない。
(あたしはいつも1人・・パパもママも仕事だから仕方がないというのも分かってる・・でも寂しい気持ちにウソは付けない・・・)
自分の置かれている状況を理解するスミレ。だが彼女は1人で炊事・洗濯などの家事はある程度心得ており、一夜を過ごすには不便ではなかった。
(そんな1人のあたしに、勇と姫菜はいつも励ましてくれる・・2人とも自分たちのことでいろいろあるはずなのに・・・)
彼女は勇と姫菜のことを思い返していく。そしていつしか彼女は、勇を強く思うようになる。
(勇・・・あたし、いつの間にか、勇のこと・・・)
自分の気持ちを悟るようになり、スミレが思わず笑みをこぼす。
(勇はいつも気弱で、ホントにだらしがなくて・・見ていられなくて、ほっとけなくて・・・でもアイツ、元気をなくしていたときに、あたしを励ましてきてくれた・・・)
勇の優しさを胸に秘めるスミレ。
(あんなヤツだからこそ、こんな気持ちを持つようになっちゃったのね・・)
自分の気持ちの揺らぎに気付き、さらに笑みをこぼすスミレ。
(この気持ち、どうやら大切にしなくちゃいけないみたいね・・・あたし自身のために、正直になろう・・・)
スミレは自分に言い聞かせて気持ちの整理をすると、食事を済ませ、就寝した。
だが時間を置くたびに気持ちの揺らぎは大きくなっていった。
翌日の授業でも、スミレは勇を気にかけたまま、普段通りの集中ができないでいた。
その様子を姫菜は心配していた。勇に対して何かあるのだろうかと。
休み時間となり、姫菜は勇が男子たちと話をしているのを確認してから、スミレを教室から連れ出した。
「どうしたの、姫菜?アンタから呼び出してくるなんて珍しいじゃない。」
スミレが姫菜に向けて疑問を投げかける。平穏を装っているように見えるが、彼女がひとつの困惑を抱えていることを姫菜は気付いていた。
「スミレちゃん、私や勇くんが抱えている悩みに、いつも真剣に聞いて答えてくれるよね?でも今度は私がスミレちゃんの悩みと向き合う番だよ。」
「姫菜・・あたしは別に悩んでいるわけじゃ・・」
「今まで一緒に過ごしてきているんだよ。スミレちゃんのことは、私にはお見通しだよ。」
弁解を入れようとするも、姫菜に見透かされてしまい、スミレは言葉が出なくなってしまう。
「いつもあたしがしっかりしなさいって言ってるのに、そのあたしがしっかりしてないなんてね・・」
「世の中に完璧な人なんていないよ・・誰だって、弱さや悩みがあるものだよ・・」
苦笑いを浮かべるスミレに、姫菜が笑顔を見せて頷く。その励ましを受けて、スミレは抱えているものを打ち明けることにした。
「実はあたし、勇のこと・・好きになっちゃったみたい・・・」
「スミレちゃん・・・」
スミレが口にした言葉に、姫菜が戸惑いを見せる。
「今のところ、勇がどう思ってるのかは分かんない・・でもあたしの中に勇への気持ちがあるのも確か・・」
「それで、スミレちゃんはどうするつもりなの?それとも、どうしたらいいのか分からないの・・?」
「さっきまではどうしたらいいのか分かんなかった・・でももう大丈夫・・」
姫菜の問いかけに対し、スミレは笑顔を取り戻して答える。
「そうだよね・・ここはあたしらしくしたほうがいいよね・・・」
スミレは自分の頬を強く叩いて、自分に喝を入れる。
「ありがとうね、姫菜。おかげでモヤモヤしていた気持ちが吹き飛んだよ・・」
スミレは改めて笑顔を見せると、駆け足で教室に戻っていった。姫菜も気持ちを落ち着かせてから、遅れて教室に向かった。
放課後の時間となり、子供たちが帰宅しようとしていた。3人の男の子が屈託のない会話をしながら帰路についていた。
その途中、3人は道の真ん中で立ち尽くしている1人の少女が立っていた。彼女の様子がおかしいと思え、男子の1人が歩み寄る。
「どうしたんだ、こんなところで?」
男子が声をかけるが、少女は無言のままだった。
「何で黙ってるんだ?何か言ってくれないと、僕たちもどうしようもないって・・」
男子たちがさらに声をかけてきたとき、少女が突如不気味な笑みを浮かべてきた。同時に彼女の頬に紋様が浮かび上がる。
「お、おい・・!?」
たまらず声を荒げて後ずさりする男子たち。少女の姿がフランス人形を思わせる異形の姿へと変貌する。
「な、何だよ、コイツ!?」
「バケモノ!?」
「やばい!早く逃げろ!」
危機感を覚えた男子たちが慌てて逃げ出す。彼らに向けて、少女が眼から光を放つ。
その光に包まれた男子たちが拘束されたかのように硬直する。さらに彼らの体が徐々に小さくなっていく。
力なくその場に落ちる男子たち。彼らは物言わぬ小さな人形にされてしまった。
「私のお人形さん・・また増えた・・・」
人間の姿に戻った少女が、ようやく微笑みと発言を見せた。彼女は人形と化した男子たちを拾い、抱え上げる。
「これから私と一緒に遊ぼうね・・きっと楽しいから・・・」
少女は笑みを浮かべたまま、男子の人形たちを持ってその場を去っていった。
その日の放課後。帰宅の準備をしていた勇に、スミレが突然歩み寄ってきた。
「スミレちゃん・・・?」
「勇、お願い・・ちょっと一緒に来て・・・!」
疑問符を浮かべる勇の腕をつかんで、スミレが教室を出る。
「ち、ちょっとスミレちゃん!?」
突然のことに慌てる勇だが、スミレは構わずに彼を連れて行き、校舎の屋上に出た。
「ど、どうしたの、スミレちゃん!?・・いきなり、こんな・・・!?」
「勇、ゴメン・・でも、真面目に聞いてほしいの・・今言わないと、後悔しそうな気がするから・・」
声を荒げる勇に、スミレが真剣に言いかける。その様子を見て、勇も真剣な面持ちを見せる。
「あ、あの・・その・・・」
言葉を切り出そうとするスミレだが、なかなか言葉が出ない。何とか気持ちを落ち着かせてから、改めて勇に言いかける。
「あたし、勇のことが・・・」
必死に声を振り絞るスミレを、勇も気持ちを保ちながら待つ。
「勇のことが好き!アンタの優しさに支えられて、勇、あたしのことが好きなの!勇、あたしのこの気持ち、受け取って!」
スミレは勇に自分の正直な気持ちを告げて、深々と頭を下げる。彼女は自分の一途な想いを、彼に受け入れほしいと必死だった。
そのスミレに勇は困惑した。彼女の気持ちを無碍にしてはいけないと思いながらも、彼は自分の気持ちにウソはつけなかった。
「ゴメン・・スミレちゃん・・・」
スミレの告白を勇は断った。悪いことをしたと思った彼だったが、スミレは笑顔を見せていた。
「そう・・やっぱりアンタは、姫菜のことが好きだったんだね・・」
「スミレちゃん・・・」
「ああ、あたしのことは気にしなくていいから。姫菜は優しいから、ちゃんとアンタのこと支えてくれるから。でも勇、もしも姫菜を泣かせるようなことをしたら、あたしがとっちめてやるから覚悟しといてよね。」
戸惑いを見せる勇にスミレが強く言い放つ。その言葉と勢いに勇は苦笑いを浮かべる。
「さてと、言うべきこともちゃんと言ったし、そろそろ戻るとするわね。」
「スミレちゃん、その・・・」
「あ、いいの、いいの。勇が気にすることじゃないから。あたしが勝手に告白して、勝手に失敗しただけだから・・」
言いかけようとする勇の言葉をさえぎって、スミレが元気を振りまく。
「それじゃあたしは行くね・・時間を割いちゃってゴメンね、勇・・・」
スミレは言いかけると、きびすを返して勇の前から走り去っていく。彼女の眼からうっすらと涙が浮かび上がっていたことを、勇は気付かなかった。
勇への告白を終えたスミレが、学校の正門を飛び出してきた。そこで彼女は姫菜と対面する。
「姫菜・・・」
姫菜を見つめて、スミレが困惑を浮かべる。だがすぐに彼女は笑顔を見せて言いかけてきた。
「アハハハ・・ものの見事にふられちゃったよ・・けっこう自信あったんだけどね・・・」
「スミレちゃん・・・」
「姫菜、アンタ、勇をちゃんと支えてあげないとダメだからね・・あなたに勇を譲ってあげたんだから・・」
姫菜に弁解を入れるスミレだが、その笑顔が次第に曇る。
「アンタたちのこと・・心から・・・応援・・・」
ついに浮かべていた涙をこらえることができなくなるスミレ。
「スミレちゃん、もういいよ・・こういうときまで強がらなくていいよ・・・」
そこへ姫菜が突如、そんなスミレを強く抱きしめてきた。その抱擁にスミレが動揺を覚える。
「これだけ頑張って、自分の気持ちを打ち明けた・・もうこれ以上、強がらなくてもいいよ、スミレちゃん・・・」
「姫菜・・あたし・・・あたし・・・」
姫菜の優しさを受けて、スミレは抱えていたものを吐き出すかのように、彼女に泣きじゃくってきた。その眼から大粒の涙がこぼれ落ちていく。
「今は思いっきり泣こう・・泣いて泣いて、イヤなものみんな出してしまおう・・そして明日また、いつもの笑顔を勇くんに見せよう・・・」
「姫菜・・・うん・・・」
優しく励ます姫菜にスミレが涙ながらに頷く。すばらしい親友がそばにいたことを、彼女は改めて実感するのだった。
「お姉ちゃん、泣いているの・・・?」
そのとき、姫菜とスミレは突然声をかけられて、振り返る。その先には人形を持った少女が立っていた。
「女の子・・ううん、大丈夫。もう大丈夫だから・・」
スミレは涙を拭うと、少女に向けて笑顔を見せる。
「そう・・それはよかった・・・それじゃお姉ちゃん、一緒に遊ぼう・・・」
少女が微笑みかけると、人形のような異形の姿へと変貌を遂げる。
「か、怪物!?・・こんなところにまで・・・!?」
スミレが声を荒げながら、姫菜とともに後ずさる。だが少女のはなった眼光に、2人は捕らわれてしまう。
「ひ・・姫菜・・・」
苦悶の表情を浮かべるスミレが、姫菜とともに体を縮小された。人形と化した2人がその場に落ちる。
(ど、どうなってるのよ!?・・体が、いうことを聞かない・・・!)
自分たちの現状に驚愕するスミレ。彼女たちを見下ろして、少女が微笑みかける。
「お姉ちゃんたちも一緒に遊ぼう・・私となら楽しくなるから・・・」
(遊ぶって・・この状態の私たちと・・・!?)
微笑みかける少女の言葉に、姫菜もたまらず心の声を上げる。少女は人形となっている2人を抱えて、優しく抱きしめた。
「2人を放すんだ!」
そこへ勇が駆けつけ、少女に呼びかける。振り返った少女が、彼を見て微笑みかける。
「お兄ちゃんも、私と遊んでくれるの・・・?」
(勇!)
勇の登場にスミレが声を荒げる。勇が姫菜とスミレの姿かたちをした人形を眼にして、息を呑む。
「お姉ちゃんたちも私と一緒に遊ぶの・・だから、お兄ちゃんもね・・・」
「まさか2人は君に・・・元に戻すんだ・・元に戻すんだ!」
笑みを崩さない少女に憤りを覚え、勇がクロノへと変身する。彼の体から稲妻がほとばしり、周囲を揺るがす。
「イヤだよ・・せっかくお友達になったのに、元に戻すなんて・・・」
少女は不満の声を上げると、勇に向けて眼光を放つ。だが勇は全身の稲妻を放出して、その眼光をかき消す。
「君の力は僕には通用しない・・できることなら、僕は君を傷つけたくない・・今のうちに、姫菜ちゃんとスミレちゃんを・・・」
「イヤだ・・お友達と離れ離れになるなんてイヤ・・私は楽しいのがいいの・・・!」
忠告を送る勇の言葉を否定し、少女は感情をあらわにする。その激情の赴くままに、彼女が勇に向かっていく。
勇は歯がゆさを抱えたまま、光の矢を出現させて少女に突き立てる。体を貫かれた少女が、姫菜とスミレを放してしまう。
「こんなことをして楽しいのは、君だけだよ・・・」
低く告げた勇が、少女から矢を引き抜く。血塗られた少女がその場に倒れ込み、崩壊して消滅する。
人間の姿に戻った勇が、いたたまれない気持ちにさいなまれていた。少女の死によって、姫菜とスミレ、人形になっていた子供たちが元に戻る。
「あっ・・私、元に戻れたのね・・・」
「また、勇に助けられちゃったね・・・」
姫菜とスミレが呟くと、肩を落としている勇に歩み寄る。
「勇くん、大丈夫・・・?」
「姫菜ちゃん・・う、うん、大丈夫、大丈夫・・」
姫菜が心配の声をかけると、勇が笑みを作って首を横に振る。だが直後、勇は困惑の面持ちを見せているスミレを眼にして、再び困惑する。
「スミレちゃん・・僕は・・・」
「勇・・き、気にしなくていいって・・・ゴメンね・・あたし、姫菜を守れなくて・・・」
困惑を見せる勇に、スミレも作り笑顔を見せて弁解する。しかし2人は気まずさを感じ、互いに言葉が出なくなってしまう。
「勇くん、スミレちゃん、私はもう大丈夫だから・・気にしない、気にしない・・」
そこへ姫菜が笑顔を見せて声をかけてきた。彼女を眼にして、勇とスミレは思わず苦笑いを浮かべていた。
「さて、今日は張り切って夕食をつくるから。スミレちゃんもどうかな?」
「えっ・・・?」
突然の姫菜からの誘いに一瞬戸惑うスミレ。だが彼女はすぐに笑みを見せて頷いた。
「うん・・ただし、あたしも手伝わせてよね。食べさせてばかりだと悪いから・・」
スミレは言いかけると、勇と姫菜に駆け寄る。抱えていた迷いを振り切って、スミレは新しい一歩を踏み出していくのだった。
次回
「勇のママって、どんな人なのかな・・・?」
「僕はお母さんのことを、全然覚えていないんだ・・・」
「怪物が、学校の中にいる・・・!?」
「やっとクロノを捕まえたぞ・・・!」
「本当に危ないところだったわね・・・」