ガルヴォルスPF 第16話「救いの手」
姫菜と和解し、自宅に戻ってきた勇。帰ってきた彼を迎えた京が、彼の肩に手を乗せる。
「勇、お前には感謝してるぞ・・」
「父さん・・父さんが支えて、姫菜ちゃんやスミレちゃんが励ましてくれたからです・・・」
勇が照れ笑いを浮かべて謙そんする。
「何言ってるのよ、勇。たまには自信のあるところを見せとかないと。」
「でも、そういわれても・・・」
そこへスミレが言いかけ、勇が困り顔を浮かべる。それを見て姫菜が笑顔を見せる。
「自信を見せてもいいと思うよ、勇くん・・今回は本当に勇くんの大活躍だったんだから・・」
「そうよ、勇。アンタが胸を張って堂々としていられる機会なんて、滅多にないんだから。」
姫菜に続いてスミレが言いかける。
「そ、そうかな・・アハハハ・・・」
おだてられて照れ笑いを浮かべる勇。
「だが油断は禁物だぞ、勇。常日頃の精進が、人間には大切なんだぞ。」
京にも念を押されて、勇にはもはや反論が許されなかった。
その翌朝、事件での疲れのため、すっかり眠りこけていた。普段は目覚まし時計の音を聞くとうめき声は上げるのだが、今日はその声さえ出さずに、熟睡していた。
その音を耳にして、姫菜が部屋にやってきた。
「勇くん、朝だよ。起きないとスミレちゃんが怒るよ。」
「んん〜・・姫菜ちゃん・・・」
姫菜に起こされたところで、勇はようやく声をもらした。
「疲れてるのは分かるけど、朝はちゃんと起きて、お日様から力をもらわないとね。」
姫菜に体をゆすられて、勇はようやく眼を覚ました。体を起こして、彼は眠気の残る眼をこする。
「朝ごはんできているから、着替えて下りてきてね、勇くん。」
姫菜は勇に言いかけると、笑顔を絶やさずに部屋を出て行った。彼女を見送った後、勇は窓から外を眺める。
(僕、姫菜ちゃんに受け入れられたんだね・・クロノである僕が・・・)
自分の胸に手を当てて、勇は昨日の出来事を思い返していた。
勇は姫菜にクロノとしての姿をさらした。一時は姫菜は勇と距離を置き、勇もそんな姫菜に苦悩していたが、京の叱咤激励を受けて奮起し、姫菜を守るために立ち上がった。
理恵を死に追いやることになってしまったが、勇は姫菜との絆を取り戻すことができた。
(姫菜ちゃんを守る・・そのために僕は、この力を使っていく・・・)
募らせる決意を胸に秘めて、勇はこれからを精一杯生きていこうとしていた。
朝食を終えて学校に向かう勇と姫菜。その途中、勇は姫菜が考えごとをしていることに気付く。
「どうしたの、姫菜ちゃん・・・?」
「う、ううん、何でもない・・ただ、こうして勇くんと学校に行くことが、とても幸せなことだって分かった気がして・・」
勇に問いかけられると、姫菜は微笑んで答える。
「朝起きて、学校に行って、みんなと勉強したり遊んだり・・そういう日常だけど、それがあるだけで本当はすごいことなんだって・・ちょっとでも崩れただけで、何もかもがムチャクチャになってしまう・・・」
「姫菜ちゃん・・・」
姫菜の言葉に勇が戸惑いを見せる。
「どんなときでも一緒だよ、勇くん・・私も、離れ離れになるのはイヤだから・・・」
「僕もだよ、姫菜ちゃん・・僕もあんな、心が引き裂かれそうな思いをしたくない・・だから僕は、姫菜ちゃんを守る・・そのために、この力を使う・・・」
自分の心境を打ち明ける姫菜に、勇も自身の決意を告げた。いつしか立ち止まっていた2人は、お互いの顔をじっと見つめ合っていた。
「ちょっと、アンタたち!朝っぱらから何やってるのよ!」
そのとき、現れたスミレが声をかけてきた。その声を聞いて、勇と姫菜が我に返って赤面する。
「ス、スミレちゃん!?」
「い、いつの間にここに・・!?」
たまらず声を荒げる姫菜と勇に、スミレが詰め寄る。
「朝からそんな暑苦しいことしてんじゃないって。あたしたち、まだまだお子様なんだからね。」
「そんな〜・・・」
言いとがめてくるスミレに、勇は肩を落とすしかなかった。
その日の学校での授業を終えて、放課後を迎えた。勇、姫菜、スミレは3人揃って帰路についていた。
「こうして3人で帰るのも久しぶりだね・・」
「そうね・・でも寄り道すると、お父さんやスミレちゃんに怒られちゃうよ。」
照れながら言いかける勇に、姫菜も笑顔で答える。
「お待たせ。先生、なかなか話を終わらせてくれなくて・・」
「いいよ、気にしないで。ちょっと勇くんとお話してたから・・」
そこへスミレが駆け込み、姫菜が笑顔を絶やさずに答える。
「寄り道はダメだけど、ゆっくり帰るっていうのは悪くないことだよね・・」
「まぁ、しょうがないわね・・そのくらいだったら、あたしも認めてあげるわ・・」
姫菜の言葉に、スミレは渋々受け入れることにした。
3人は学校を出て、小さな通りに差し掛かった。そこで姫菜が言葉を切り出した。
「スミレちゃん、今夜、夕食を食べに来ない?みんな一緒にご飯を食べるのは、気持ちのいいものだよ。」
「姫菜・・今日はあたしは別に構わないけど・・」
姫菜が切り出した言葉に、スミレが当惑を覚えながら答える。足取りを軽くする姫菜を見ながら、スミレが勇に小声で話しかける。
「何だか、少し変わった気がしない、姫菜・・?」
「えっ・・・?」
スミレのこの言葉に勇が戸惑いを覚える。姫菜は勇と同じように、今まで抱えていた重荷が軽くなったかのようだった。
(姫菜ちゃんも、僕やみんなに対して、自分の気持ちを打ち明けられずにいたのかな・・・)
笑顔を絶やさない姫菜を見つめて、勇も微笑んだ。
そのとき、勇は異様な気配を感じ取り、緊迫を覚える。
「姫菜ちゃん、スミレちゃん、ここにいて!」
「えっ!?勇くん!?」
呼びかけて飛び出す勇に、姫菜が驚きを見せる。彼を気にかけた彼女も飛び出し、それを見かねたスミレも追いかけていった。
異様な気配を感じ取った勇は、街中の公園に行き着いた。そこでは1体の怪物がいて、周囲には血まみれで倒れている男たちがいた。
怪物が少女の姿へと戻り、喜びとも悲しみともつかない表情を浮かべていた。
「あ、あの・・」
勇が声をかけると、少女がうつむいていた顔を上げて振り向いてきた。
「あなた・・・」
「もしかして、あなたがこの人たちを・・・」
勇が言葉を切り出すと、少女は不安になって逃げようとする。
「待って!別に悪者だと思っているわけじゃないから!」
勇が呼び止めると、少女は足を止める。沈痛の面持ちを見せてきた少女が、優をじっと見つめる。
「僕もあなたみたいに、怪物と呼ばれているものです・・」
「あなたも・・・?」
自分の素性を打ち明ける勇に、少女が戸惑いを見せる。そこへ勇を追いかけてきた姫菜とスミレが駆けつける。
「勇くん・・これって・・・?」
姫菜の声を耳に入れながらも、勇は少女から視線を外さない。
「僕は勇。時任勇です・・あなたは・・?」
「私は北斗七瀬(ほくとななせ)・・あなたたちは、どうして私を・・・?」
「困っているときは助け合わないと・・詳しく話していただけませんでしょうか?・・ここで、あなたに何があったのか・・・」
真摯に話を聞こうとする勇。彼の真剣さを垣間見て、少女、七瀬は心境を打ち明けた。
「私もなぜこんな姿になってしまったのか、この力が何なのか、全然分からないの・・人を殺したりものを壊したりするためのものということしか・・」
「それで、人殺しに走ったんですか・・どうして、こんなことを・・・」
そこへ姫菜も話しに加わってきた。彼女に眼を向けて、七瀬は話を続ける。
「私はいつもいじめを受けてきた・・何も悪いことをしていないのに、気に入らないというだけで・・・」
「いじめ・・・」
七瀬の口にした言葉に、姫菜が深刻さを浮かべる。
「私をいじめるだけじゃなく、私を優しくしてくれた人を殺した・・知らん振りをするばかりか、私が殺したようなことを・・・気がついたから、私はその人たちを殺してた・・・」
「そんなひどい人たちがいるなんて信じられない!あたしだったら注意してとっちめてやるんだから!」
七瀬の話を聞いて、スミレが不満を口にする。一瞬笑みをこぼす七瀬だが、すぐに沈痛の面持ちに戻ってしまう。
「誰もが幸せを手に入れられる権利があると信じていた・・・でも現実はそうじゃなかった・・私には、幸せが訪れない・・・」
「七瀬さん・・・」
七瀬の抱えている悲しみを垣間見て、勇が沈痛の面持ちを浮かべる。
誰でも幸せをつかめるはずの人生の中で、誰かがその幸せをつかめないでいる。その悲劇から抜け出そうと必死になっているのに、その一途な願いさえも叶わないでいる。
その悲しみの重みにさいなまれ、勇は苦悩していた。
「そんなことないですよ・・・」
そのとき、姫菜が微笑みかけて、七瀬に言葉を切り出してきた。
「私たちはまだ子供です。これからいじめや悲しい出来事がたくさん起きるかもしれません・・でも、それでも信じているんです。必ず幸せは訪れると。もしもやってこないなら、自分で引き寄せてしまおうって・・」
姫菜が語りかけた言葉に、七瀬は戸惑いを覚える。自分は幸せをつかもうとせず、不幸から逃げ出すことばかりを考えてしまっていた。
そんな自分を、七瀬は情けないと思った。
「ありがとう・・あなたたちのおかげで、私、勇気を持てた気がする・・・」
「大丈夫ですよ、七瀬さん。自信を持っていれば、人は強くなれるんです。どこまでも、どこまでも・・」
安らぎを感じる七瀬に、姫菜がさらに励ましの言葉を投げかける。そのやり取りに、勇もスミレも笑みを浮かべていた。
「ありゃりゃ。こりゃまた派手にやらかしたもんだねぇ〜・・」
そこへ声がかかり、勇たちが振り返る。公園の入り口に、茶色のスーツに身を包んだ中年の男だった。
「あの、あなたは・・・?」
「あ〜、紹介が遅れましたね〜・・私、警視庁の仙道です〜・・あなたは殺人の現行犯です〜・・」
戸惑いを見せる七瀬の問いかけに、男、仙道が自己紹介をして警察手帳を見せる。
「あなたを逮捕・・いえ、処罰しますので〜・・」
言いかけた仙道の頬に紋様が走る。勇たちが緊迫を覚える前で、彼の姿がサソリに似た怪物へと変わる。
「あなたも・・!?」
「君たちも私のこの姿を見た罪で処罰しますので〜・・」
声を荒げる勇に、仙道が不敵に言い放つ。姫菜たちを守ろうとする勇の頬にも異様な紋様が浮かび上がる。
「姫菜ちゃん、スミレちゃん、七瀬さん、ここから離れて!」
姫菜たちに呼びかけると、クロノへの変身した勇が仙道を迎え撃つ。勇が放った衝撃波に突き飛ばされるも、仙道はすぐに体勢を整えて着地する。
「君、まさかクロノだったとは・・ですがたとえクロノでも、処罰は免れませんよ!」
眼を見開いた仙道が、再び勇に向かって飛びかかる。突き出された両手のはさみを、勇は素早い身のこなしでかわしていく。
だが勇が仙道の突き出したはさみに両手を挟まれて、動きを封じられる。
「捕まえましたよ・・そろそろ観念してもらいましょうか!」
不敵な笑みを浮かべる仙道の背後から、尻尾が伸びてきた。その先端の針を突き出し、勇を狙う。
(この針の毒を受けたら、どうなるか分からない・・絶対に受けられない・・・!)
毒づく勇が必死に仙道の攻撃をかわす。だが両手をつかまれており、思うように動くことができない。
「勇くん!」
たまらなくなった姫菜が勇に向かって飛び出そうとする。
「ダメだ、姫菜ちゃん!」
勇が声を張り上げて姫菜を呼び止める。だが彼女に気付いた仙道が標的を変える。
「姫菜ちゃん!」
危機感を覚えた勇が両足を上げ、仙道に一蹴をぶつける。怯んだ仙道がしりもちをつき、勇がつかんできているはさみを振り払う。
「僕がここで倒れるわけにいかない・・みんな幸せになるために、一生懸命に生きているんだ・・・!」
勇が感情を込めて、仙道に向けて叫ぶ。その言葉に七瀬が心を打たれる。
“必ず幸せは訪れる・・もしもやってこないなら、自分で引き寄せてしまおうって・・”
彼女の脳裏に姫菜の励ましの言葉がよぎる。少年少女の思いが、彼女に勇気を与えていた。
(ありがとう、姫菜ちゃん・・みんな・・・)
感謝を覚えた七瀬が異形の姿へ変貌を遂げる。彼女は勇と交戦している仙道に向けて、半透明の旋風を放つ。
その一陣の風が、勇に向けて伸ばそうとしていた仙道の尻尾を切り裂いた。
「ぬおっ!」
驚愕した仙道が怯み、その場にひざを付く。その隙を勇は見逃さなかった。
勇が放った稲妻に動きを封じられる仙道。時間凍結に蝕まれた体が、色を失くして固まっていく。
「今です、七瀬さん!」
勇の呼びかけを受けて、七瀬がかまいたちを放つ。その一閃が仙道に届く直前で、勇は時間凍結を解除する。
時間を取り戻した直後、仙道が七瀬の刃に体を切り裂かれ、真っ二つに両断される。鮮血をまき散らした直後、仙道の体は砂のように崩れ、風に吹かれて消えていった。
「ふぅ・・何とか勝つことができた・・・ありがとうございます、七瀬さん・・あなたの助けがなかったら、僕はやられていました・・・」
「ううん。勇くんたちが私を励ましてくれたから、私は頑張れたの・・・ありがとうね・・・」
互いに感謝の意を示す勇と七瀬。
「私にも、幸せになれるよね・・・?」
「もちろんですよ、七瀬さん。私たちも信じています・・七瀬さんが、幸せになれると・・」
七瀬が口にした言葉に、姫菜が笑顔を見せて答える。勇もスミレも七瀬に向けて微笑みかけていた。
「本当にありがとう、みんな・・私、頑張ってみるよ・・・」
勇たちに決意を告げると、七瀬は笑顔を見せて歩き出していった。そんな彼女を、勇は大きく手を振って見送った。
「あの人、このままで大丈夫なのかな?・・もしまた、怪物に襲われでもしたら・・」
「大丈夫だよ、スミレちゃん・・七瀬さんは強い。ちょっと弱気になっていたけど、もう勇気を持っているから・・・」
スミレが不安をもらすと、勇が微笑んだまま答える。自信を込めた彼の言葉に、スミレは肩を落として呆れた。
「さーて、そろそろ寄り道はおしまいにするわよ。」
「そうだね、スミレちゃん・・あまり遅くなると、お父さんの雷が落ちるから・・・」
スミレが気持ちを落ち着けてから言いかけると、姫菜も小さく頷く。
「帰ろう、勇くん・・・」
姫菜が笑顔を見せたまま、勇に手を差し伸べる。勇は微笑んで頷くと、その手を取った。
(僕は1人じゃない・・僕にはみんながいるから・・・だから僕は負けない・・みんなを守るための戦いに・・・)
決意を揺るがないものとして、勇はこれからの人生を強く生きていくことを、改めて心に誓った。
次回
「あたしの中で、この想いが強くなってきている・・・」
「あんなヤツだからこそ、こんな気持ちを持つようになっちゃったのね・・」
「ここはあたしらしくしたほうがいいよね・・・」
「あたし、勇のことが・・・」