ガルヴォルスPF 第15話「激動」
理恵の力によって、魂を抜かれてしまった勇と姫菜。2人の魂はひとつとなっており、2人の心が抱き合った状態で封じ込められていた。
「本当に、本当にいいわね・・今までで1番輝いている・・しかも2人の魂がひとつになっている・・珍しくもある・・」
2人の魂をまじまじと見つめる理恵。
「しばらくこのまま2人を眺めていたいわね・・すぐに現実に戻ってしまうのはもったいないわ・・」
理恵はしばらくこの場を離れようとせず、2人の魂を見つめることにした。魂を抜かれた2人の体は色をなくし、石化したかのように硬直して立ち尽くしていた。
魂を引き抜かれ、理恵に掌握された勇と姫菜。だがその魂に意識はまだ残っていた。
「勇くん・・勇くん、起きて・・・!」
姫菜の声を耳にして、勇が意識を取り戻す。
「姫菜・・ちゃん・・・」
「勇くん・・よかった・・気がついたのね・・・」
勇が声をかけると、姫菜が安堵の笑みを浮かべる。
「ここは・・・どうだ・・僕たちは理恵先生に魂を抜かれて・・・!」
自分たちの身に起きたことを思い返して、勇が緊迫を覚える。そこで彼は別の異変に気付いて驚愕する。
「ここはいったい・・・えっ!?姫菜ちゃん!?・・姫菜ちゃんが、はだ・・えっ!?僕も!?」
そこで勇は姫菜と自分が全裸であることに気付く。思いもよらない事態に気恥ずかしくなり、勇は言葉が出なくなってしまう。
「私も分からない・・いろいろありすぎて、何を考えたらいいのか・・・」
姫菜もこの現状に困惑するばかりだった。ようやく気持ちを落ち着けた勇が、この現状を理解しようとする。
「確かに僕たちは理恵先生の力を受けて、動けなくなって・・・このまま、魂を抜かれたはず・・・」
「その私たちがどうしてこうしているのか・・・」
自分たちの置かれた状況の把握に、勇も姫菜も困難を極めていた。
「とにかく今は、この状況を何とかすることを考えよう・・このまま何もしないわけにいかないよ・・」
「そうだね・・理恵先生を止めないと、私たちやスミレちゃんたちだけじゃなく、みんなも・・・」
勇が言いかけた言葉に、姫菜が小さく頷く。
「でも、どうやって元に戻るの?・・いくら勇くんの力でも、抜かれた魂を戻すなんて・・」
「心配ないよ。クロノの力は単にすごいだけじゃない。時間を操ることもできる。多分、抜けた魂を元通りにできるかもしれない・・」
不安を覚える姫菜に、勇が言いかける。だが彼は確証を持って言ったわけではなかった。
勇はクロノとしての力の全てを熟知しているわけではない。力によっては命を代償にしかねないものもあり、彼はそれを使えずにいた。
「大丈夫なの、勇くん?・・勇くんの身に何かあったら、私・・・」
「大丈夫だよ、姫菜ちゃん。危なくなったら、途中でやめるから・・」
さらに不安を投げかける姫菜に、勇が微笑みかける。そのとき彼女は、彼が依然と比べてたくましくなったと実感した。
(勇くん・・いつもだったら、こういうときは怖がったりして、自分から何かしようとしなかった・・でも今は・・・)
姫菜はうつむいていた顔を上げて、勇に視線を戻す。勇は意識を集中して、クロノとしての力を発動しようとしていた。
(僕にみんなを助けられる力があるなら、クロノ、僕に力を貸して・・・!)
勇が全身に力を込めて、クロノの力の発現を試みる。時間を操る力が、勇自身と姫菜を包み込む。
だが勇が発した力はこの現状を打破していなかった。魂が肉体に戻ることはなく、この歪んだ空間を抜け出すこともできなかった。
「そんな!?・・クロノの力が、通用しないなんて・・・!?」
勇はかつてない事態に愕然となる。この現状は、時間の操作で解決できることではなかった。
勇は再び集中力を高めて、時間操作の効果を備えた稲妻を放つ。だがこの空間に何の影響も現れなかった。
「どうして・・クロノの力が通じないなんて・・・!?」
打開の糸口を見失い、愕然となる勇。どうしたらいいのか分からず、彼は悲しみに暮れて涙を浮かべる。
そのとき、姫菜が勇を後ろから抱き着いてきた。突然の抱擁に、勇が緊迫を覚える。
「ひ、姫菜ちゃん!?」
「勇くん、あんまりムチャしたらダメだって言ったじゃない・・・!」
動揺をあらわにする勇に、姫菜が必死の思いで呼びかけてきた。
「落ち着いて、勇くん・・辛くなったら、私に甘えてもいいから・・・」
「姫菜ちゃん・・・僕は・・・」
姫菜に声をかけられて、勇は戸惑いを膨らませる。だが勇は姫菜の優しさに甘えるわけにはいかなかった。
「ありがとう、姫菜ちゃん・・僕、弱気になっていた・・どうしようもなくなったと思って、勝手に諦めて・・・」
勇は自分の頬を強く叩き、自分に喝を入れる。
「だけど、本当にどうしようもないことなんて何ひとつない・・自分が何とかできると信じてやれば、必ず何とかなるんだ・・・」
「勇くん・・・」
「姫菜ちゃん、僕はもう1度やるよ・・この暗闇なんて、すぐに突破してみせるから・・・!」
微笑みかける姫菜の前で、勇が力を収束させる。彼の脳裏に京の言葉がよぎる。
“勇、どんなときも自分の敵は眼の前にいる相手でも他の誰でもない。自分自身なんだ。ダメだと思い込んじまう諦めと弱さが、最強の敵なんだ。いいか。絶対に諦めるな。できると信じてやれば、必ずできるもんなんだ。”
(そうだ・・そういわれて、僕は今までやってこれたんだ・・父さんがしっかりと、僕を後押ししてくれたんだ・・・)
京の激励を背に受けて、勇は全身に力を込める。
(理恵先生に魂を抜かれたなら、体は抜け殻同然になっているはず。だったら、今ここにいる僕たちこそ、その魂そのもの・・・!)
自分たちの状況を理解した勇。
「僕たちが今いるのは、あの光の球の中!」
言い放った勇が、右手の収束させていた力を解き放つ。その閃光を見つめて、姫菜が心の声を呟く。
(そうか・・・私たちは、ちゃんと心を通わせていたんだね・・・)
(僕たちの心がここにある限り、まだ諦めちゃいけない・・・)
姫菜と勇の心の声が交差していく。
(姫菜ちゃんやスミレちゃん、みんなを守りたい・・それが僕の、正直な気持ちだから・・・)
自分の気持ちを切実に伝える勇。彼らのいるこの空間が、彼の放つ閃光に満たされていった。
勇と姫菜の輝きに満ちた魂を見つめて、理恵は喜びを隠し切れなくなっていた。
「ホント・・2人の魂はすごくきれい・・しかも時間がたつごとにさらに輝きが増していく・・・」
2人の光に完全に魅入られていた理恵。
そのとき、突如ガラスにヒビが入るような音が、彼女のいる部屋に響いた。
「えっ・・・?」
突然のことに当惑し、笑みを消す理恵。やがて彼女の持つ勇と姫菜の魂から電気がほとばしってきた。
「キャッ!」
その電気ショックに弾かれて、理恵がたまらず悲鳴を上げる。床に転がった魂は、さらに光を強めていく。
「もしかして、時任くん、萩原さん・・・!?」
理恵はその魂に対して疑問を抱いた。封じ込められているはずの魂が、その鼓動をあらわにしていた。
そして2人の魂が中に浮かび、移動を始める。部屋の中を飛び回った後、魂は硬直している勇と姫菜の体へと向かう。
色を失くして立ち尽くしていた体に魂の光が入り込んでいった。魂の戻った体に光が宿っていく。
硬直していた勇と姫菜が意識を取り戻し、驚愕している理恵に振り返る。
「時任くん、萩原さん・・まさか、こんなことが・・・!?」
眼の前で起きている出来事に動揺の色を隠せなくなる理恵。勇が彼女に向けて真剣な面持ちを見せて言いかける。
「僕たちがどうやって魂に戻ったのか、僕たちは分かっています・・みんなのためを思って、ここに戻りたいと強く願ったから・・・」
勇の頬に異様な紋様が浮かび上がっていく。
「みんなを守りたい・・この気持ちが今、僕の中で暴れている・・・!」
言い放った瞬間、勇がクロノへの変身を遂げる。彼の体から漆黒の稲妻があふれていた。
「何が・・何がどうなってるの!?私が抜き取った魂が、勝手に体に戻るなんて!」
未だに勇と姫菜が魂を取り戻したことが信じられず、理恵が声を荒げる。
「認めない・・こんなの私は、絶対に認めない!」
いきり立った理恵が勇に向けて光を放つ。勇は停滞させていた稲妻を放出して光をかき消し、同時に姫菜を守った。
「勇・・・!」
「私の力が、効かない・・・!?」
声を荒げる姫菜と理恵。勇は真剣な面持ちのまま、理恵に鋭く言い放つ。
「たとえ先生でも、姫菜ちゃんを傷つけるなら、僕は迷わずに戦う!」
勇が怒号とともに、理恵に向けて衝撃波を放つ。虚を突かれた理恵が突き飛ばされ、扉を突き破って部屋の外に投げ出される。
倒れてうめく理恵の前に、勇が立ちはだかる。とっさに立ち上がった理恵が、彼に向けて鋭い視線を向ける。
「許せない・・子供たちのための幸せを壊そうとするあなたを、私は絶対に許さない!」
「あなたが求めている幸せは、逆にみんなを不幸にする!それを幸せだっていうあなたの歪んだ考えを、僕は絶対に許さない!」
憎悪をむき出しにする理恵と、決意を込めて叫ぶ勇。勇は姫菜を守るという決意と同時に、その犠牲にいる罪をも背負おうとしていた。
その姿を眼にして不安を覚えるも、姫菜は眼を背けてはならないと自分に言い聞かせていた。
(しっかり見なくちゃ・・たとえ見てはいけないことであっても、勇くんが私のために戦って、傷だらけになろうとしているんだから・・・)
勇の雄姿をしっかりと眼に焼き付けようとする姫菜。勇の両手から漆黒の稲妻が収束される。
「最後の警告です、先生・・みんなを元に戻してください・・・!」
「何度も言わせないで・・私はみんなに、幸せを与えたいのよ!」
勇の警告を一蹴して、理恵が飛びかかる。一条の涙を流した勇が、理恵に向けて漆黒の閃光を放った。
黒い光は理恵の体を貫いた。彼女は体から鮮血を、口から吐血をもらす。
(先生・・・)
姫菜も欲望に駆り立てられて暴挙に出た理恵に、深い悲しみと、守れなかったことへの無力さを感じていた。
鮮血をまき散らして倒れた理恵の前に、勇が立つ。彼が人間の姿に戻ったところで、姫菜も駆け寄ってきた。
「先生・・・」
これまで教わってきた先生を見つめて、姫菜は涙を浮かべる。その彼女の肩を抱いて、勇が励まそうとする。
「僕だってこんなことしたくなかった・・先生に、僕たちの本当の気持ちを分かってほしかった・・・」
「勇くん・・・」
勇の口にした言葉に姫菜が戸惑いを見せる。彼の眼から涙が浮かび上がってきていた。
「僕が泣いたところで、先生が生き返るわけでも、みんなが報われるわけでもない・・それは分かってるはずなのに、涙が勝手に・・・」
押し寄せる悲しみを必死にこらえようとする勇。こういうときこそ強くならなくてはならないと、彼は必死に自分に言い聞かせていた。
そのとき、今度は姫菜が勇を抱きしめてきた。その抱擁に勇が戸惑いを覚える。
「姫菜、ちゃん・・・」
「辛いときは・・悲しいときは・・泣いてもいいんだよ・・・」
姫菜も涙を浮かべて、勇を強く抱きしめていた。
「ここにはお父さんはいないから・・弱さを見せてもいいんだよ・・・」
「姫菜ちゃん・・・姫菜ちゃん・・・」
姫菜に優しく声をかけられて、動揺する勇。今まで自分にかけてきた戒めから解き放たれ、彼は彼女にすがりつき、泣き始める。
「僕・・・先生を・・先生のことを・・・!」
「そうだね・・勇くん・・・理恵先生は、みんなの先生だからね・・・」
泣きじゃくる勇を姫菜が支える。彼女は彼の本当の強さと弱さを垣間見た気がしていた。
(私にはいつも弱さを見せることがなかった勇くん。だから私も、笑顔や真面目、おどおどしてしまうところを見たことはあるけど、弱いとは全然思わなかった・・でも勇くんは、辛さをいくつも抱えてきていたんだね・・クロノというものになった自分に悩んで苦しんで・・・)
勇に共感して、姫菜も涙を浮かべる。
(今なら分かる・・勇くんの本当の強さを・・・これからは私も、勇くんを支える・・今度は私も、この出来事を知ったから・・・)
心密かに、姫菜も決意していた。クロノである勇を受け入れると同時に、彼を支えていくことを。そのために自分のできることを、精一杯することを。
「時任くん・・萩原さんが・・・」
そのとき、理恵の声が勇と姫菜に向けてかけられた。その声を聞いた2人が彼女に眼を向ける。
「先生!?・・先生!」
勇が声を荒げ、理恵に近寄る。理恵が伸ばしてきた手を、勇がつかむ。
「私は・・みんなに幸せを与えてきたはずなのに・・・」
「先生・・先生は確かに、私たちに幸せを与えてきたよ・・でも、みんなを幸せにしようとする気持ちが、ちょっとおかしくなっちゃっただけなんだよね・・・」
悔やむ理恵に向けて、姫菜が戸惑いを見せながら言いかける。
「先生は、いつもの優しい先生だったよ・・・」
「姫菜ちゃん・・・」
優しく微笑みかける姫菜に、理恵だけでなく勇も戸惑いを感じていた。
「私のやり方も・・全然間違っていたわけじゃ・・なかったんだね・・・」
勇と姫菜の気持ちを受け止めて、理恵が微笑みかけた。それがいつもの彼女である、彼女はまだ人としての心を失っていなかったと、2人は思っていた。
そのとき、理恵の体が石のように固くなっていった。その瞬間に勇が笑みを消す。
「勇くん・・・先生・・・!?」
姫菜も勇の驚愕と理恵の異変に困惑を覚える。その直後、理恵の体が砂のように崩壊し、勇に握られていた手も崩れ落ちていった。
「先生・・・理恵先生!」
理恵の崩壊を目の当たりにして、勇が悲痛の叫びを上げる。姫菜もすぐに、理恵が命を落としたことを悟り、悲しみを膨らませる。
「先生・・・僕は・・僕たちは・・・」
悲しみの治まらないまま、勇は立ち上がりあふれる涙を拭う。彼は改めて心に誓いを打ち立てた。
(僕は姫菜ちゃんを守る・・この力を、姫菜ちゃんを守るために使う・・・)
霧散していく理恵の亡骸を見下ろして、勇は真剣な面持ちを浮かべていた。
理恵の命が閉ざされたことで、彼女によって抜かれていた魂がそれぞれの体へと戻っていった。意識を取り戻したスミレや他の子供たちが、困惑の色を隠せないでいた。
「あ、あれ?・・あたし確か、理恵先生に・・・勇!姫菜!」
我に返ったスミレが、勇と姫菜に駆け寄る。だが2人が悲しい顔をしているのを見て、彼女も深刻な面持ちを浮かべる。
「勇、姫菜・・・もしかして、理恵先生・・・!?」
スミレが言葉を切り出すと、勇が頷きかける。
「僕は姫菜ちゃんを助け出せた・・でも理恵先生を助けることはできなかった・・・」
「勇・・・姫菜・・・」
勇の言葉に困惑しながら、スミレが姫菜に視線を移す。姫菜は未だに眼に涙を浮かべていた。
「先生、最後まで僕たちみんなを幸せにしようとしていた・・自分勝手な幸せだったけど・・・」
歯がゆさを募らせる勇が拳を握り締める。守れなかった自分への怒りの表れだった。
「勇・・・」
「・・帰ろう、姫菜ちゃん、スミレちゃん・・・父さんやみんなが待ってるから・・・」
困惑を浮かべたままの姫菜とスミレに、勇が声をかける。笑顔を見せる彼に、スミレが肩を落とす。
「ホント・・アンタはどこまで行ってもしょうがないんだから・・・」
愚痴をこぼしながらも、スミレは笑みを取り戻す。彼女と勇を見つめて、姫菜も笑顔を見せた。
子供たちを脅かしていた奇怪な事件は、ついに終わりを迎えた。
犯人は理恵であるが、立ち入ったときには既に死亡していた。これが警察の見解だった。
依然として警察は怪物の存在を認知していなかった。事件の中での不可解な点を解消していないにもかかわらず。
混乱の消えない日常の中で、勇は新たな決意を胸に戦いに臨もうとしていた。姫菜たちを守るために、その支えを背に受けて。
次回
「私はいつもいじめを受けてきた・・」
「誰もが幸せを手に入れられる権利があると信じていた・・・」
「私には、幸せが訪れない・・・」
「そんなことないですよ・・・」
「みんな幸せになるために、一生懸命に生きているんだ・・・!」