ガルヴォルスPF 第12話「埋められない溝」
正体を見られてしまった勇と、彼の正体を目の当たりにした姫菜。2人は動揺の色を隠しきれなくなり、言葉をかけるのも困難となっていた。
「勇くん・・勇くん、なの・・・!?」
声を振り絞る姫菜が無意識に後ずさりしていく。その反応に勇の困惑が膨らんでいく。
「これって、どういうことなの!?・・どうして勇くんが・・まさか、勇くんがあんな・・・!?」
「落ち着いて、姫菜ちゃん・・これは・・・!」
勇がとっさに弁解しようとするが、姫菜は拒絶の態度を示す。
「近寄らないで・・もしかしたら、勇くんが気付かないうちに、私を傷つけてしまうかもしれない・・・」
「そんな!?姫菜ちゃん、僕は他の怪物たちとは・・!」
勇が駆け寄ろうとすると、姫菜が逃げるように駆け出す。
「待って、姫菜ちゃん!姫菜ちゃん!」
勇が呼び止めるが、姫菜が立ち止まることはなかった。想いを寄せていた相手が遠くに行ってしまうような感覚を覚え、彼は愕然となった。
「とうとう見つかってしまった・・姫菜ちゃんに・・・」
どうしたらいいのか分からなくなり、勇はその場に座り込んでしまった。
「姫菜ちゃん・・・姫菜ちゃん・・・」
絶望にさいなまれた勇の眼から、大粒の涙があふれてきていた。
勇が怪物であったことに驚愕する姫菜。自宅の前で立ち止まった彼女には、眼の前で起きた出来事を受け入れまいとする気持ちしかなかった。
(勇くんが・・どうしてあんな・・・!?)
勇がクロノであることが信じられず、姫菜は混乱していた。
(お父さんに話したほうがいいよね・・お父さんなら、真面目に話を聞いてくれるから・・・)
思い立った姫菜が家の中に入ろうとしたときだった。
「どうかしたのかい、姫菜ちゃん?」
彼女に声をかけてきたのは竜馬だった。
「竜馬くん・・・私・・・」
冷静さを欠いていた姫菜は、気持ちの赴くままに竜馬に歩み寄る。
「竜馬くん・・実は・・・私にも信じられないことなんだけど・・・」
「信じるよ・・姫菜ちゃんの言うことなら、どんなことでも・・・」
話を切り出す姫菜に、竜馬が真剣な面持ちを見せる。だが彼は事のいきさつを知りながら、あえて知らないふりをしていた。
「時任くんが、怪物だった?・・そんなことが、現実に起きるなんて・・・」
「私も今でも信じられない・・でも間違いなく、あれは勇くんだった・・・」
当惑を見せる竜馬と、沈痛の面持ちを浮かべる姫菜。
「私、どうしたらいいのか分からない・・このまま勇くんを信じるべきなのか・・それとも・・・」
「姫菜ちゃん・・・元気を出して。そういう顔は姫菜ちゃんには似合わないよ・・」
迷いを見せる姫菜に、竜馬が優しく言いかける。その言葉に姫菜が戸惑いを見せる。
「姫菜ちゃんがこれから、時任くんをどう思うかは僕には分からない・・ただこれだけは言える・・これからは僕が、君のことを守るから・・・」
「竜馬くん・・それだと、竜馬くんが危険に・・」
「僕は君が危険になっていることのほうが、僕にとってはもっと危険なことなんだよ・・・」
姫菜に必死に呼びかける竜馬。その優しさを受けて、姫菜の心は大きく揺れていた。
(これでいい・・これで君は僕のものだよ・・・)
姫菜の心が自分に傾いたと感じた竜馬が、胸中で勝ち誇っていた。
クロノであることを姫菜に知られ、勇は困惑していた。夢遊病者のように、彼は道を目的も見出せないまま歩き続けていた。
(やっぱり、あんな姿、姫菜ちゃんに受け入れられるはずがなかったんだ・・)
自暴自棄に陥り、周りに眼を向けるのも苦痛になっていた勇。そのとき、彼はスミレを発見する。
「ス・・スミレちゃん・・・」
困惑していた勇が、スミレの姿を見て緊迫する。彼女は体のほとんどを蝋で固められて動けなくなっていた。
「勇・・姫菜を・・姫菜を助けてあげて・・・」
スミレが声を振り絞って勇に呼びかける。だがその言葉に勇が不安を膨らませる。
「ダメだよ・・もう僕は、姫菜ちゃんを守る資格なんてない・・・」
「勇・・・!?」
勇がもらした言葉にスミレが耳を疑う。
「このクロノの力なら、姫菜ちゃんを守れると信じていた・・でも力が強すぎるせいで、姫菜ちゃんは僕を遠ざけている・・だから、この力に頼っている僕には、姫菜ちゃんを守れない・・・」
「こんなときに何言ってるのよ、アンタ!?」
勇の言葉に耐えかねて、スミレが怒鳴り声を上げる。
「しっかりして、勇!姫菜を守れるのは、アンタしかいないんだから!」
「スミレちゃん・・・」
「ホントだったら、アンタなんかに頼らずにあたしが姫菜を守ってるとこだよ。おじさんも同じ気持ちのはず・・でも怪物たちに太刀打ちできるのは勇、アンタしかいないんだよ!」
スミレから檄を飛ばされて、勇の心は揺れる。だが彼は姫菜を守ることへの迷いを断ち切ることができないでいた。
「真っ白・・真っ白・・みんな真っ白・・・」
そこへ蝋を操る男が、2人の前に姿を現した。男はスミレを完全な蝋人形にするために戻ってきたのである。
「今度こそ、真っ白にするんだ・・・」
頬に紋様を浮かべた男が、ろうそくの怪物へと変身する。
「こんなときに戻ってくるなんて・・・勇、戦って!姫菜のためにも戦って!」
スミレが勇に向けて鋭く呼びかける。だが勇は不安を脱することができず、戦おうとしない。
「勇!お願い!アンタがしっかりするしかないの!」
スミレのさらなる呼びかけに背中を押される形で、勇は勇み足を踏み出す。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
だがクロノに変身することなく、勇の顔から紋様が消えた。
「えっ・・・!?」
何が起こったのか分からず、勇もスミレも驚きの声を上げる。
「ちょっと、何やってるのよ、勇!」
たまらず不満の声を上げるスミレ。我に返った勇が、再びクロノに変身しようとする。
だがどんなに意識しても、どんなに力を込めても、勇は自分の姿を変化させることができない。
「そんな・・・!?」
勇はこの事態に愕然となった。彼はクロノへの変身ができなくなっていた。
「どうしたのよ、勇!?早くあの姿に・・!」
「どうして!?・・・変身、できない・・・!?」
「えっ・・・!?」
勇の言葉を耳にして、スミレも驚きの声を上げる。
「そんな・・クロノになることもできなくなるなんて・・・」
さらなる混乱に陥り、その場にひざをつく勇。彼は戦闘意欲は完全になくしていた。
「折角だから、お前も真っ白にしてやる・・・」
怪物が勇に向けて口から蝋の霧を吹き出す。戦意喪失に陥っていた勇は、その場に立ち尽くしたままその霧を浴びてしまう。
「勇!」
スミレが眼を見開いて叫ぶ。巻き上がる蝋によって、勇は次第に体の自由が利かなくなっていった。
「僕は・・・僕・・は・・・」
不安の表情を浮かべたまま、勇は完全に蝋に包まれてしまう。彼は怪物によって、物言わぬ蝋人形と化してしまった。
「そんな・・勇!」
驚愕したスミレが悲鳴を上げる。白く固まった勇を見て、怪物が笑みを浮かべる。
「真っ白・・真っ白・・・やっぱり真っ白がいいよ・・・」
喜びの言葉を口にすると、怪物がスミレに振り返る。
「次はお前の番・・お前も真っ白に・・・」
ゆっくりと迫る怪物。体のほとんどを蝋で固められているため、スミレは逃げることができない。
「やれやれ。僕の近くで調子に乗られると、かえって気分が悪くなってしまうよ。」
そのとき、スミレは聞き覚えのある声を耳にして驚愕する。怪物が視線を移した先には、頬に紋様を浮かべた竜馬が立っていた。
「ここまで僕の思い通りにさせてくれた手向けだ。僕が直接相手をしてあげるよ。」
竜馬は怪物に言い放つと、怪物の姿へと変身する。
「お前も真っ白になりたいんだね・・・だったら・・・」
怪物が竜馬に向けて、蝋の霧を噴射する。そこへ竜馬が衝撃波を放ち、蝋の霧を吹き飛ばす。
「こんなもの、僕には効かないよ・・・」
竜馬は鋭く言い放つと、さらに重力を操作して、怪物を上から押しつぶす。押された怪物が地面に這いつくばる。
「普通だったらじっくり痛めつけるところだけど、君は苦しませずに始末してあげるよ・・・!」
竜馬は言いかけると、重力に一気に力を込める。すると怪物が一瞬にして押しつぶされ、霧散、消滅する。
「ありがとう・・そして、さようなら・・・」
感謝の意を示した竜馬が人間の姿に戻る。怪物の死によって蝋が崩壊し、勇とスミレが体の自由を取り戻す。
「あっ・・・どういうつもりなの・・あたしたちを助けるようなことをして・・・!?」
「別に君たちを助けたつもりはない。たまたまだよ。それにもう勇はどうにもならないよ・・」
問い詰めてくるスミレに、竜馬が淡々と答える。その言葉にスミレが眉をひそめる。
「勇は姫菜ちゃんに正体を見られてしまった。しかも姫菜ちゃんは、勇を受け入れることに抵抗を感じている・・この溝、埋められないほどに深くなったということだよ。」
「バカなこと言わないで!勇と姫菜はそのくらいのことで仲が悪くなるような2人じゃない!2人のことをよく知りもしないで、勝手なこと言わないで!」
竜馬の言葉に反発するスミレ。しかし竜馬は態度を変えない。
「分かるさ。もしも僕の考えが違っているなら、今頃2人の仲は悪くなっていないはずだよ。」
「アンタは、どこまであたしたちを・・・!」
「それに姫菜ちゃんは、僕のほうに心が揺れ動いている。僕があの子をものにできるのも近いね・・」
竜馬の言葉に我慢がならなくなり、スミレが叩こうと手を振り上げる。
「本当ならすぐに始末してもいいんだけど、それだと姫菜ちゃんが悲しむからね・・」
竜馬に鋭く言いかけられ、スミレが思いとどまる。手が出せなくなって歯がゆさを浮かべる彼女を見て、竜馬が笑みをこぼす。
「戦うこともできない。クロノになることもできない・・勇はもう終わりだ。」
竜馬はスミレに言いかけると、その場に座り込んでいる勇に眼を向ける。
「いつかクロノを狙う連中にやられるのが関の山、というところだろうね・・」
「そんなことない!勇はこのくらいのことじゃ・・!」
「そう思いたいんだね、君が・・」
竜馬に言いかけられて、スミレが言葉を失う。
「今日は帰らせてもらうよ。もう君たちを助けることもないと思うよ・・」
竜馬は肩を落としながら言いかけると、大きく跳躍してこの場を去っていった。一瞬追いかけようとしたスミレだが、勇を気にかけてそれを思いとどまった。
「勇!しっかりして、勇!」
スミレが勇に駆け寄り、呼びかける。しかし勇は絶望したまま、彼女の声に耳を貸そうとしない。
「勇・・・」
かける言葉が見つからなくなり、スミレも黙り込むしかなかった。
勇への不安と竜馬からの優しさに、姫菜は葛藤していた。彼女は竜馬と別れた後、改めて家の中に入った。
「おっ。姫菜、おかえり。」
家にいた京が姫菜に声をかける。しかし、姫菜の様子がおかしいことに気付いて、彼は眉をひそめる。
「おい・・何があった、姫菜・・・!?」
「お父さん・・・実は・・・」
京に言い寄られて、姫菜がようやく言葉を切り出した。彼女は勇について父に打ち明けた。
「そうか・・お前も知っちまったのか・・・」
「お父さん・・・知っていたの・・・!?」
京の言葉を聞いて、姫菜が愕然となる。
「勇も勇でいろいろと悩んでいたようだしな・・アイツ自身で乗り切るべきだと思った・・それにお前を巻き込ませて、危険な目にあわせるのは、オレは納得いかなかったしな・・」
「でもまさか勇くんが、あんな姿になるなんて・・・」
自分の心境を打ち明ける京だが、姫菜は自分の不安を拭うことができない。
「姫菜・・お前にもいい加減に打ち明けたほうがいいかもしれんな・・だが、もしこれを話せば、お前を危険にさらすことになる・・・」
「お父さん・・・」
「これは勇も恐れていたことだ・・お前に、それだけの覚悟があるのか・・・?」
困惑を見せる姫菜に、京が念を押す。姫菜は気持ちを落ち着かせてから、真剣な面持ちで頷いた。
「勇の親父であり、オレの友人だった英雄(ひでお)は、あの怪物たちについて調べていた。だが英雄も女房の結衣(ゆい)も、その怪物に襲われて亡くなったんだ・・」
「それでお父さんが勇くんを引き取ったんだね・・・」
「だからオレも、ほんのちょっとだがあの怪物のことは知っているわけだ・・」
深刻な面持ちを浮かべる京と、困惑の色を隠せなくなる姫菜。
「でも、それとは勇くんとは直接は関係ないんじゃ・・」
「それとは全く別の話だ。だがアイツも怪物になっちまった以上、何もせずに放っておくわけにもいかないしな・・」
「それで、私たち以外に、勇くんのことを知っているのは・・・?」
「オレが知っている限りじゃ、あのスミレっていうのが、アイツのことを知ってるみたいだな・・あとは・・・」
「あとは・・・?」
「いや。それだけだ。他にいたかもしれなかったが、オレの思い過ごしだったみたいだ・・」
京は切り出そうとして、あえてそれを思いとどまった。姫菜を傷つけることは、京にとっても快いことではなかった。
「とにかく、どんなことがあっても、アイツのことを信じてやれ。勇にとって、お前が1番の心の支えとなっているのだから・・・」
「でも、このまま信じて・・・」
「今のアイツにはお前が必要だし、お前にもアイツが必要だ。そのことは、お前たちが1番よく分かっていることじゃないのか・・・?」
京に言われて、姫菜が戸惑いを見せる。今の自分に何ができるのか、それはまだ分からない。だが自分にとって納得できる答えを見出したい。それが彼女の気持ちだった。
「姫菜、お前はとりあえず勇ともう1度会え。きっかけができれば、突破口が見つかるはずだ。」
「お父さん・・でも、勇くんに何ていえば・・」
「そんなのは会ってから勝手に思いつくだろう・・まずはきっかけだ。」
京に励まされて、姫菜は小さく頷く。そして再び家を飛び出そうとする。
「お、探しに行くのか?」
「うん。今探しに行かないと、勇くんとずっと分かり合えない気がするから・・・ゴメンなさい、お父さん・・わがまま言って・・」
京に声をかけると、姫菜は改めて外に飛び出した。
「少し発破をかけすぎたか・・だが今は、やりすぎるくらいが丁度いいかもしれない・・」
一瞬苦笑を浮かべる京だが、すぐに真剣な面持ちに戻って姫菜を見送った。
暗闇に満たされた部屋。その真ん中で怯える1人の少女がいた。
その少女を妖しく見守る1人の女性。部屋の暗さのため、その素顔をうかがうことができない。
「先生・・どういうことなの、先生・・・!?」
少女が涙ながらにその女性に声をかける。すると女性は妖しく微笑みかける。
「あなたには本当に興味があったの。こうして時間を取れたのは、とても嬉しいことだと思うわ・・」
「何を言っているの、先生・・・・!?」
「それじゃ、あまりおしゃべりはよくないから、早めにやってみまうわね・・」
女性は少女に向けて右手をかざす。すると少女に淡い光が宿る。
「何、コレ!?・・先生!・・せん・・せい・・・」
悲鳴を上げる少女だが、次第にその声が弱くなっていく。彼女の体を包む光が収束され、彼女の胸元に集まる。
その光が球状となり、少女の体から離れて女性の手元に飛んでいく。その瞬間、少女の体は色をなくし、硬直して動かなくなっていた。
「またひとつ、きれいでかわいい魂が手に入ったわね・・・」
女性がその光を見つめて妖しく微笑む。その中には一糸まとわぬ少女が眠るように入っていた。
これが女性の能力だった。対象を光の力で拘束し、その光を収束させて魂を抜き取る。魂を取られた人は硬直し、その場から動けなくなってしまう。
「やっぱり子供はいつ見てもかわいいわね・・私の心を優しく癒してくれる・・・」
女性が少女の魂を見つめて、喜びをあらわにする。
「他の子供たちも、もっともっとその魂を集めてみたい・・魂は子供たちの心のように純粋だからね・・・」
さらなる期待と欲望に駆り立てられて、女性は部屋を後にした。
これが、新たなる事件の始まりだった。
次回
「ここはあたしが、姫菜を守るしかない・・・!」
「もう僕には、どうすることもできない・・・」
「そんな腑抜けたお前に、誰も守られたいとは思わねぇぞ!」
「父さん・・・」
「次はあなたたちの番よ・・萩原さん、篠崎さん・・」