ガルヴォルスPF 第7話「荒む勇気」
クロノの本質を目の当たりにして、勇は愕然となっていた。もしも自分が死ねば、自分の存在が人々の心と記憶からも消えてしまう。その事実に彼の動揺はさらに膨らんでいた。
そのことを京に伝えた勇。京もその事象の意味をなかなか飲み込めず、考え込んでしまう。
「存在が消える、か・・ピンと来ないから、どうかんがえてやったらいいのか・・」
「僕や竜馬くんのような力の持ち主にしか、その人のことを覚えていられなくなるらしいんです・・」
呟きかける京に、勇が深刻さを込めて言いかける。
「とにかく、そいつは死ぬよりも辛いだろうな。誰も覚えてねぇってことは、誰からも弔ってもらえねぇってことなんだから・・」
京が告げた言葉に、勇は困惑のあまりに押し黙ってしまった。迂闊なことをいっても説得力がないと思っていたのだ。
答えの出せない煮え切らなさを抱えたまま、勇と京は話を終えることとなった。
砂塵の舞う荒野を歩く勇。人気のないこの場所を歩きながら、勇は不安を募らせていた。
「ここはどこ?・・僕はいったい・・・?」
周囲を見回しながら、勇は歩き続けた。しかしどうしたらいいのか全く分からず、彼は途方に暮れていた。
しばらく歩いたところで勇は立ち止まり、眼を凝らした。その先には姫菜の姿があった。
「姫菜ちゃん・・・」
勇が再び足を動かし、姫菜に向かって駆け出す。
「姫菜ちゃん!・・・待って、姫菜ちゃん!」
呼びかける勇だが、姫菜は彼とは違うほうに向かって歩いていってしまう。
それでも勇は姫菜を追いかけていった。そして彼女に手が届くほどになったときだった。
「姫菜ちゃん、待って!」
勇がさらに呼びかけると、姫菜がようやく振り向いた。すると彼女の顔が蒼白になる。
「姫菜ちゃん・・・?」
「イ・・イヤッ!怪物!」
突然姫菜が上げた悲鳴に、勇が驚愕を覚える。彼は恐る恐る自分の両手に眼を向ける。
それは人間のものではなく、クロノとしての異形のものだった。
「い、いつの間に!?・・・ち、違うんだ、姫菜ちゃん!これは・・!」
「イヤアッ!来ないで!来ないで、怪物!」
勇が弁解を入れるが、姫菜は恐怖を膨らませるばかりだった。それに比例するかのように、勇も不安を覚える。
「そんな・・そんなの・・・!」
絶望にさいなまれた勇が、声にならない悲鳴を上げた。
「姫菜ちゃん!」
声を上げた瞬間、勇は我に返る。今、視界に映っていたのは、いつもどおりの自分の部屋の天井だった。
「あれ・・・?」
たまらず飛び起きていた勇が我に返る。そこで彼は、自分が悪夢にうなされていたことに気付く。
「夢・・・今のは夢だったの・・本当に、イヤな夢だった・・・」
不安の色を隠すことができず、勇は無意識に首を横に振る。
「勇くん・・勇くん・・」
そのとき、部屋の外から姫菜の声がかかってきた。その声を聞いて、勇は悪夢を思い返していた。
人間でない異形の存在の姿。自分がその姿をさらしてしまえば、姫菜は自分を嫌ってしまうかもしれない。そればかりか、怪物としての凶暴性に駆り立てられて、彼女を傷つけてしまうかもしれない。
勇の心に今、様々な不安が込み上げてきていた。
「勇くん、朝ごはんができたから・・冷めるといけないから、すぐに来てね・・」
姫菜は勇に言いかけると、部屋のドアを開けないまま下に下りていった。
「今は余計な心配をさせたらいけないよね・・・」
勇は迷いを振り切ろうと自分に言い聞かせると、汗をタオルで拭ってから、着替えて部屋を出た。
姫菜とともに学校へと向かう勇。しかし勇の顔色が悪いことに気付いて、姫菜が声をかけてきた。
「勇くん、朝からだけど、ずっと顔色が悪いよ・・大丈夫・・・?」
「えっ?・・ううん、そんなことないよ、姫菜ちゃん・・僕はいつも元気元気だよ、アハハ・・」
姫菜に心配されて、勇が作り笑顔を見せて弁解を入れる。だがそれが空元気でしかないことを、姫菜には分かっていた。
「勇くん、本当に何かあったら、遠慮しないで相談して・・私も力になるから・・・」
「ありがとう、姫菜ちゃん・・でも本当に大丈夫だから・・・」
切実に声をかけてくる姫菜に、勇は笑顔を崩さずに答える。
(そうだ・・これは姫菜ちゃんには、相談したくてもできないことだから・・・)
胸中で呟きながら、勇は姫菜に打ち明けないように心がけることにした。
「どうしたのかな?元気がないみたいだけど?」
そこへ別の声をかけられて、勇は緊張を覚える。2人に向けて竜馬が駆け寄ってきたのだ。
「おはよう、姫菜ちゃん・・いつも勇くんと一緒に登校しているね?」
「うん・・勇くん、いろいろ事情があって、私と一緒に暮らしてるから・・」
淡々と声をかけた竜馬に、姫菜が微笑んで答える。
「なるほど。一緒に暮らしている・・・な、何っ!?」
その答えを聞いて、竜馬が驚きの声を上げる。動揺のあまり、彼はたまらず勇に鋭い視線を向ける。
「いったいどういうことなんだ!?君が、姫菜ちゃんと一緒に暮らしている!?」
「本当にいろいろあって、お世話になっているんだよ・・」
問い詰めてくる竜馬に、勇が照れ笑いを浮かべて答える。
「よかったら遊びに来る、竜馬くん?」
「えっ!?いいの!?」
そこへ姫菜が誘いを持ちかけてきた。竜馬が喜びをあらわにして、勇が驚きを覚える。
「ひ、姫菜ちゃん、そんないきなり・・・!?」
「せっかくのお友達だから、こうして仲良くなっていかないと。」
勇が言いとがめようとするが、姫菜は笑顔を見せるだけだった。彼女からの誘いを受けた竜馬が、歓喜を抑え切れなくなっていた。
「ちょっと待った!あたしも一緒に行くわよ!」
そこへ声をかけてきたのはスミレだった。突然の彼女の乱入に、勇も姫菜も驚きを感じていた。
「別にあたしが行っても問題ないよね、姫菜?前にもお邪魔させてもらったことあるし。」
「それは、私は構わないけど・・」
詰め寄ってくるスミレに、姫菜が苦笑いを浮かべて答える。自信のある笑みを勇と竜馬に見せつけるスミレ。
「アンタたちも文句ないわよね?ねっ?」
「う、うん・・僕も構わないよ・・」
「別に邪険にする必要はないし・・」
笑顔で問いかけてくるスミレに、勇と竜馬は小さく頷いた。顔は笑っていても眼は笑っていないことを、2人とも感付いていた。
「ただいま、お父さん。」
その日の授業を終えて帰宅してきた姫菜と勇。スミレと竜馬も一緒だった。
「おう、スミレ、帰ってきたか。スミレちゃんも一緒か・・・ん?見慣れない顔がいるが・・?」
玄関に顔を見せてきた京が、竜馬を眼にして眉をひそめる。
「直接紹介するのは初めてになるね。お父さん、この子は私たちの学校に転校してきた三重野竜馬くん。」
「三重野竜馬です。姫菜ちゃんのお誘いを受けました。お邪魔させていただきます。」
姫菜からの紹介を受けて、竜馬が京に一礼する。
「スミレちゃん、竜馬くん、リビングで待ってて。すぐにジュースとお菓子の用意をするから。お父さん、勇くん、手伝って。」
姫菜は呼びかけると、キッチンへと急いだ。すると京が勇を隅に連れ込み、小声で話しかける。
「コイツが姫菜に絡んできた輩か・・誠実そうに振舞ってるように見えるが、裏で何を仕出かしてるか分かんないヤツだな・・」
「本当に気まぐれで、次に何をしてくるのか全然予測がつかないんです・・・」
眼を吊り上げる京に、勇が不安の面持ちで言いかける。
「まぁ、姫菜に手を出そうっていうなら、オレも容赦はしねぇけどな・・」
「僕だって、姫菜ちゃんに何かあったら・・・」
憮然さを浮かべて言いかける京に、勇も負けじと言い返す。
「2人とも、手伝いに来ないと思ったら、こんなところで何をしているの?」
そこへ姫菜が声をかけてきて、勇と京が驚きをあらわにする。
「ひひ、姫菜・・すまん・・すぐに行く・・・」
京は姫菜には頭が上がらず、勇とともにそそくさに家の中に向かっていった。
勇、姫菜、京がリビングにやってくると、とんでもない事態になっていた。竜馬がスミレの計らいによって、彼女の用意してきた衣装に着替えさせられていた。
「これは、いったいどういうことなのかな・・・!?」
竜馬が頬を赤らめながら、スミレに問い詰める。彼が着ていたのは白生地のメイド服だった。
「うんうん。竜馬も案外いい感じね。」
スミレは自信たっぷりに大きく頷いてみせた。
「ス、スミレちゃん、それって・・・」
「見てのとおり、コスプレよ。竜馬に着せてみたら、思った以上にフィットしちゃって・・」
勇が声をかけると、スミレは満面の笑みを見せて答える。
スミレはコスプレに関心があり、自分の試着だけでは飽き足らず、勇にまで試着させるようになってしまっていた。
「おお、男のメイドか。まぁ、かわいげがあるなら了承の範囲だな。」
「と、父さんまで何を言っているんですか!?僕はいつもスミレちゃんにコレに付き合わされて、大変なんですから!」
感心する京に、勇がたまらず声を荒げる。
「勇、アンタの分もちゃんとあるんだからね。2人でダブルメイドだよ〜♪」
「ススス、スミレちゃん、何だか怖いよ・・・」
迫ってくるスミレに対し、勇が体を震わせる。京は未だに感心の面持ちを浮かべており、姫菜は笑顔を浮かべたままだった。
それから勇と竜馬はスミレの課すコスプレに付き合わされることとなった。
メイド服から始まり、バニーガール、犬や猫などの動物の着ぐるみ、果ては変身ヒロインの衣装まで着させられた。
「どうして僕がこんな格好を・・・!?」
「それがスミレちゃんの裏の趣味なんだよ・・・」
赤面する竜馬に、勇が気落ちしながら答える。2人にとって気恥ずかしさだけの残ることでしかなかった。
「さてさて、次は巫女でもやってみようかな?江戸時代のお姫様というのもありかも。」
「いい加減にしてくれ!いくらなんでも、さすがの僕も怒るよ!」
すっかり上機嫌になっているスミレに、竜馬がたまらず反論する。彼は着ていた衣装を脱ぎ捨て、自分の私服を着て整える。
「スミレちゃん、僕もそろそろ限界だよ・・」
「ふーむ・・それもそうね。これだけやればもういいよね・・今回はお開きにしようかな。」
勇も言いかけると、スミレはようやく打ち切ることにした。それを聞いた勇と竜馬が安堵を覚えた。
そのとき、勇と竜馬は遠くで異様な気配を感じ取り、緊迫を覚える。
「姫菜ちゃん、ちょっと出かけてくる!」
「勇くん!?」
勇は姫菜に言いかけると、慌てて家を飛び出した。
「僕が時任くんを呼び止めてきます!」
竜馬も勇を追いかけて家を出て行った。怪物が現れたことを予期していたのは、スミレと京だけだった。
気配を追って街に駆けつけてきた勇と竜馬。そこではサイの怪物が猛威を振るっていた。
「あなたも僕たちと同じ・・・!」
勇が呟きかけると、角を突き刺して街の人を突き刺し、死亡させて灰化させた怪物が振り返る。
「わざわざ獲物がやってくるとは、命知らずがいたもんだ。」
怪物が勇と竜馬を見つめて、哄笑を上げる。すると竜馬が不敵な笑みを浮かべて言い放つ。
「命知らずかどうか、すぐに分かるさ・・・行くよ、勇。」
「うんっ!」
竜馬の呼びかけを受けて、勇が頷く。2人の姿が異形の怪物へと変貌を遂げる。
「ほう?お前らもソレだったのか。丁度いい。ただの人間の相手に退屈してたところだ・・・!」
いきり立った怪物が2人に向かって走り出してきた。勇と竜馬が横に飛んで、その突進をかわす。
「やはり動きはいいようだが・・オレ様の突進を、お前のようなヤツに止められるものか!」
高らかに叫んだ怪物が、勇に向かって飛びかかる。勇が稲妻を発して時間凍結をかけようとした。
だが怪物は直角に移動し、その稲妻を回避した。
「えっ!?」
「甘いぞ!」
驚愕の声を上げる勇に、怪物の突進が叩き込まれた。強烈な突進を受けて、勇が突き飛ばされて横転する。
「くっ!・・時間凍結が、かわされるなんて・・・!」
毒づいた勇が、ゆっくりと立ち上がる。その姿を見て、怪物が哄笑を上げる。
「そうか。お前、クロノだったのか。こんなところで会えるとは奇遇だぜ・・けど言ったはずだ。オレ様の突進は誰にも止められない。たとえクロノ、お前でもな!」
眼を見開いた怪物が再び突進を仕掛ける。勇が回避を試みるが、突進の速さが速く、回避できずに突き飛ばされる。
「勇!」
竜馬がいきり立ち、怪物に向けて衝撃波を放とうとする。だが突進の速い怪物に軽々とかわされる。
回避できないと悟った勇が、怪物の突進を受け止めようとする。突進される瞬間に、勇は怪物の頭をつかんだ。
そこから右手を振り上げ、怪物に向けて打撃を繰り出そうとした。
“イヤアッ!来ないで!来ないで、怪物!”
そのとき、勇の脳裏に姫菜の声が響いてきた。悪夢から生じた不安が、彼の中で再び湧き上がってきていた。
「もしかしたら僕、姫菜ちゃんをこの手で・・・」
込み上げてくる不安にさいなまれるあまり、勇は怪物への攻撃を躊躇してしまう。その隙を突かれて、彼は怪物に大きく跳ね上げられてしまう。
「力自体は大したことない上に、戦いの途中で油断するとはな!」
あざ笑ってくる怪物が、横転する勇に向かって追い討ちを仕掛ける。戦いに迷いを覚えていた勇は、怪物の突進を次々と受けてしまう。
「やれやれ。人の楽しみをこんな形で失いたくないね。」
竜馬はそう言いかけると、怪物に向かって駆け出す。そこへバッファローの怪物が現れ、竜馬に飛びかかる。
「くっ!まだいたのか!」
竜馬が毒づきながら、バッファローに向けて重力を仕掛ける。圧力をかけられて屈服したバッファローが、自慢の突進を仕掛けられずに押しつぶされる。
一方、サイの怪物に翻弄されていく勇。さらに繰り出された怪物の突進を受けたとき、その角が彼の体に突き刺さった。
「ぐあっ!」
体を貫かれて吐血する勇。怪物が頭を振って、勇を振り下ろす。
痛烈な一撃を受けて、勇がクロノの姿のまま意識を失う。
「勇!」
竜馬がたまらず声を荒げる。その隙にバッファローが重力から脱出し、逃走を図る。
「どうやら楽しい時間はとりあえずおしまいということか・・次はお前を相手にしてやるぞ!」
サイも竜馬に言い放つと、続けてこの場から離れていく。2体の怪物を取り逃がし、竜馬が毒づく。
竜馬はゆっくりと勇に近づいていく。怪物としての常人離れした治癒力で傷は消えていこうとしていたが、依然として意識は戻っていない。
「このままでは回復するのも時間の問題だ。さっきのような情けない姿を見せられても不愉快なだけだしね・・」
冷淡に呟くと、竜馬は勇に向けて重力の攻撃を仕掛けようとする。
「ここで始末してもいいのかもしれない・・・!」
眼を見開いた竜馬が、勇に向けて力の発動に意識を傾けた。
次回
「姫菜を想うお前の意地はそんなものなのか!?」
「僕は怖いんです・・知らないうちに、姫菜ちゃんを傷つけてしまうことが・・・」
「待ってたぜ、お前を・・」
「己の強さを決めるのは、あくまで己自身ということだ。」