ガルヴォルスPF 第4話「クロノ」

 

 

 竜馬の仕掛けた重量操作により、崖下に転げ落ちた勇。竜馬が勇を見つけ出そうと見渡すが、彼の姿は確認できなかった。

「死んだか、逃げたか・・どっちにしても、これは僕にはどうしようもないね・・」

 落胆を込めて呟くと、竜馬は人間の姿に戻る。

「たとえ生きていて、力を増してきても、それは僕にとっても好都合なことだからね・・今はそれに期待することにしようかな・・」

 勇との再戦を期待して、竜馬はこの場を後にした。

 

 竜馬の力に押されて崖下に突き落とされた勇。人間の姿に戻っていたものの、彼は難を逃れていた。

「イタタ・・危ないところだった・・・」

 痛みを覚えながら勇は立ち上がり、周囲を見回す。竜馬が近くにいる気配は感じられなかった。

「どこかに行ってしまったみたいだね、竜馬くん・・どうして、僕を・・・」

 勇は竜馬に対して、疑問と不安を募らせていた。なぜ竜馬は自分を襲ってきたのか。彼が告げたクロノとはどういった存在なのか。勇はその答えを見出すことも、その手がかりをつかみ取ることさえできないでいた。

「とにかく、学校に戻らないと・・姫菜ちゃんたちが心配してる・・」

 気持ちを切り替えた勇は、姫菜やスミレたちのいる学校へと戻っていった。

 

 白熊の怪物が息絶えたことで、氷付けにされていた子供たちや校庭が解放されていた。

 凍らされていた子供たちが疲弊のために大事を取ることになり、この日の授業は中断。下校となった。

 だが姫菜とスミレは勇がいなくなったことに不安を感じていた。

「んもうっ!勇ったらこんなときにどこに行っちゃったっていうのよ!」

 スミレが不満をあらわにする横で、姫菜は心配の面持ちを浮かべていた。

「勇くん、本当に大丈夫かな?・・こんなおかしなことが起きて、それに巻き込まれたんじゃ・・」

「心配ないって。あの子は気弱だけど、イザってときはしっかりしてるから。でもちょっと様子を見に行ったほうがよさそうね。」

「なら、私も一緒に行くよ・・」

 スミレが行きかけたところで、姫菜が声をかけてきた。スミレが足を止めて、姫菜に振り返る。

「スミレちゃんが心配しているように、私も勇くんのことが心配だから・・・」

「でも、まだ何が起こるか分かんない状態なんだよ。アンタに万が一のことがあったら、それこそ勇がどうかなっちゃうって。」

「大丈夫だよ。私、これでもお父さんにいろいろと教わってるから・・」

「いったい何を教えてるのよ、アンタのお父さん・・・」

 妙な自信を見せる姫菜に、スミレが呆れて肩を落とす。

「まったく・・アンタは時々頑固になるんだから・・・」

 渋々納得するスミレに、姫菜は満面の笑顔を見せる。2人は勇を探しに、未だに混乱に包まれている校庭に出て行った。

「しかし、これだけ凄い霧だと、あたしたちがどこにいるのかも分かんないわね・・」

 周囲を見回すスミレに、姫菜が小さく頷く。周囲は氷が解けた影響で霧が立ち込めており、視界をさえぎっていた。

「本当だね・・・スミレちゃん?・・どこ、スミレちゃん?」

 ついに姫菜は、この霧の中でスミレを見失ってしまった。

 

 立ち込める霧の中、勇を探すスミレ。いつの間にか、姫菜と離れ離れになっていることも気付かないまま、彼女は学校の正門前に来ていた。

「勇、どこなのよ・・あたしや姫菜が心配してんだから・・・」

 思わず呟きをもらしながら、スミレはさらに勇を探し求めた。

 そのとき、スミレは霧の中の黒い影を目撃し、足を止める。その影が明確になり、それが勇であることに気付く。

「勇・・・もうっ!今までどこに行ってたのよ!」

「スミレちゃん・・・ゴメン・・君にも姫菜ちゃんにも、心配かけちゃって・・・」

 不満の声を上げるスミレに、勇が頭を下げる。

「ホントだよ!あたしや姫菜がどれだけアンタのことを・・って、あれ?姫菜?」

 スミレがここでようやく、姫菜がいないことに気付く。

「もしかして、姫菜ちゃんと一緒に僕を探していたけど、いつの間にか離れ離れになっちゃったとか・・」

「う、うるさいわよ!元はといえば、アンタが勝手に突っ走っちゃうのがいけないんでしょう!」

 声をかける勇に、スミレが赤面しながらも不満を込めた態度を見せる。勇は気圧されて、これ以上自分から声をかけることができなくなった。

「・・とにかく、勇にはちゃんと話してもらうからね。今回のことも、関係しているんでしょ?」

 落ち着きを取り戻したスミレの言葉に、勇も真剣な面持ちを見せて頷く。

「お願い、勇・・正直に話して・・アンタに何が起こってるのかを・・・」

「分かった・・・信じられないかもしれないけど、本当のことだから・・全部知ってるわけじゃないけど・・・」

 スミレの頼みを受けて、勇はひとつ呼吸を置いてから語り始めた。

「実は僕は、怪物になってしまったんだ・・しかもすごい力を持っていて、特に時間を操ることができるんだ・・・」

「時間を、操る・・・!?

 勇の説明を聞いて、スミレが困惑を覚える。

「相手の時間を止めて、石のように固めてしまう・・僕がかけたその力は、僕以外に解くことができない・・・」

「それじゃ、その力がかかったら、もうアンタの思い通りになっちゃうってわけなんだね・・・」

「その力を狙って、他の怪物がやってくることもある・・僕は、何も知らなさすぎるんだ・・・」

「それだけでもう十分・・それだけでも分かんないことだらけになっちゃってるわよ・・」

 勇の説明を鵜呑みにできず、スミレは混乱するばかりだった。

「とにかく、これは普通の人には手に負えないことだと思うんだ。だから、スミレちゃんは・・」

「そうはいかない!そんな危ないことに勇が巻き込まれてるのに、放っておけるわけないでしょ!」

 気を遣う勇に対し、スミレが言い寄ってくる。

「あたしだって、こんな話を聞いても分からないことだらけだよ・・でも、それでも、アンタの背中を支えてあげることぐらいはできるんだからね!」

「スミレちゃん・・・」

 強気な態度が徐々に心配の色合いに変わっていくスミレ。滅多に見せない沈痛の面持ちを見せる彼女に、勇は戸惑いを覚えていた。

「これはあたしやアンタのためだけじゃない・・姫菜のためでもあるんだからね・・・!」

「姫菜ちゃん・・・」

 スミレの言葉を受けて、勇の心が揺れる。

 自分の周囲にいる人たちを危険にさらさないためには、自分が中心となっている事件に関することを隠したほうがいいと考えていた。だがスミレは親身になって、自分やみんなのために命懸けでこの事件に踏み込もうとしていたのだ。

 決意を固めている彼女を、勇は止めることができなかった。

「2人揃って仲良くしているようだね。」

 そのとき、2人に向けて声がかかってきた。その声に聞き覚えがあった勇は、一気に緊張感を高まらせる。

 2人が眼を向けた先には竜馬の姿があった。竜馬は落ち着いた様子で、2人に眼を向けていた。

「やっぱり生きていたんだね。クロノである君が、あのくらいのことでやられてしまったらつまらないからね。」

「竜馬くん・・・ここまで来てたの・・・?」

 淡々と声をかけてくる竜馬に、勇が当惑を見せながら答える。

「さっきのじゃ少し物足りなかったからね。もう少し相手をしてほしいんだけど。」

「ちょっとアンタ!何なのよ、勇と馴れ馴れしく!」

 勇に挑戦してくる竜馬に対し、スミレが口を挟んできた。

「ダメだよ、スミレちゃん!この子は・・!」

「勇は黙ってて!」

 勇が言いとがめるが、逆にスミレに怒鳴られて押し黙ってしまう。

「悪いけど、君に用はないよ。君は僕たちと違って普通の人間のようだからね。」

「それが何よ・・アンタみたいにバケモノじゃないから、あたしは蚊帳の外だって言いたいんでしょ・・・!?

 憮然とした態度を見せる竜馬に、スミレがさらに食って掛かる。

「生憎だけど、あたしは人間だからって、大人しくしているほど気弱じゃない。たとえ相手が何だろうと、あたしは向かってくる相手には絶対に逃げない!」

「スミレちゃん・・・」

 言い放つスミレに勇が戸惑いを見せる。だが竜馬は彼女の言葉に半ば呆れていた。

「その勇気はすごいもんだね。でもやっぱり君は普通の人間。あまりヘンに首を突っ込むと・・」

 スミレに言いかける竜馬の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「ケガをするくらいじゃすまなくなるよ・・・!」

 冷淡に告げた瞬間、竜馬の姿が怪物へと変貌する。その姿を目の当たりにして、一瞬恐怖するも、スミレは踏みとどまる。

「それがどうしたっていうのよ!そんなことで、そんなことで・・!」

 負けじと竜馬に言い放つスミレ。だがそれは彼女の虚勢に過ぎなかった。

「そこをどいて。僕はその子の相手をしたいんだ。」

 竜馬が言いかけるが、スミレはどこうとしない。

「仕方ないね。では君からやっつけることにしようか。」

 竜馬は嘆息をつくと、重力操作を駆使してスミレに圧力をかけようとする。

「そんなことはさせない!」

 そこへ勇が呼びかけ、スミレの前に立つ。竜馬は攻撃を思いとどまり、勇に眼を向ける。

「僕や君、周りで何が起こってるのか、僕にも分からないことだらけ・・・だけど、君や他の人が、姫菜ちゃんやスミレちゃん、みんなに危害を加えようとするなら、僕はもう迷わない!」

「勇・・・」

 竜馬に向けて言い放つ勇に、スミレが戸惑いを見せる。

「みんなは僕が守る!君がみんなを傷つけるなら、僕は戦う!」

 勇の頬にも紋様が走る。彼も異形の怪物へと変貌していく。

「勇・・アンタ、ホントに・・・!」

 勇の異質の姿に、スミレが動揺を隠せなくなる。立ちはだかる勇に、竜馬が笑みをこぼす。

「これが僕の怪物の姿・・人殺しをすることも、時間を止めることもできる・・・」

 悲痛さを噛み締めながら、勇はスミレに言いかける。

「離れてて、スミレちゃん・・君の分まで、僕が頑張るから・・・」

 勇は優しく告げると、竜馬に向かって飛びかかる。竜馬は後退して、勇の出方を見計らう。

 勇が光の矢を出現させて放つ。竜馬は重力操作でその刃を受け止め、地面に叩き落とす。

 勇は間髪置かずに竜馬に突進を仕掛ける。奇襲を狙ったことだったが、竜馬はこれを見越していた。

「それじゃ僕の思う壺だよ。」

 竜馬は呟くように言いかけると、勇に向けて重力操作を仕掛ける。前後から同時に圧力をかけられ、勇がうめく。

「勇!」

 スミレが叫ぶ前で、うつ伏せに倒れ込む勇。そこへ竜馬がさらに重力を仕掛けて、勇を押しつぶそうとする。

「ずい分と呆れる行動だよ。君みたいにすごい力を持っていながら、それを人間のために使うなんて・・」

 重力に押されて立ち上がれずにいる勇を見下ろして、竜馬がため息をつく。

「どうしてそんな小さなことにその力を使うのかな?・・これだけの力があれば、何でもできるのに・・」

「確かに何でもできる力なのかもしれない・・なら僕は、その力をみんなのために使いたい・・・!」

 そのとき、勇が竜馬に反論して、力を振り絞って立ち上がる。圧力に抗う勇に、竜馬が眼を見開く。

「そんな・・僕の力を跳ね返してきた・・・!?

「僕は姫菜ちゃんを、スミレちゃんを・・みんなを守りたい・・そのためだったら僕は、この姿と力を受け入れる!」

 声を荒げる竜馬の前で、勇がついにのしかかる重力を跳ね除けて立ち上がった。彼の体から稲妻がほとばしり、力があふれてきていることを示唆していた。

 危機を感じた竜馬がとっさに距離を取ろうとする。だが彼の体を、勇がはなった稲妻が取り巻く。

「くっ!・・こんなもので僕が!」

 竜馬はたまらず全身から衝撃波を放ち、勇の稲妻を弾き飛ばす。わずかに時間凍結の影響を受けて硬質化する部分があったが、竜馬の再生能力がそれを消失させていた。

「まさかこれほどの力だったとはね・・これがクロノの力・・・」

 自分の両手を見つめながら、息を呑む竜馬。勇の底力を垣間見た彼は、緊張感を募らせていた。

「今日はここまでにしておこう。少し派手にやりすぎてしまったしね・・」

「えっ・・・?」

 竜馬が言いかけた言葉に勇が疑問符を浮かべる。その直後、勇も緊張の色を浮かべて学校のほうに眼を向ける。

 2人の戦いで轟音が鳴り響いたため、それを聞きつけた人々が近づいてきていたのだ。普通の人間にはまだ気付かない距離だが、勇と竜馬の研ぎ澄まされた五感はそれを感じ取っていた。

「それじゃまた。君たちも離れたほうがいいよ。」

「あっ!待って、竜馬くん!」

 竜馬は笑みをこぼして言いかけると、勇の呼び止めるのを聞かずにその場から離れていった。いたたまれない気持ちを抱えたまま、勇はスミレに振り返る。

「僕に捕まって!僕たちもここから離れよう!」

 勇は呼びかけると、返事を待たずにスミレを抱え込む。そして向上している身体能力を駆使して駆け出し、この場を後にした。

 騒ぎを聞きつけて人々が集まってきたときには、既にその場に勇、スミレ、竜馬の姿はなかった。

 

 竜馬からの攻撃を辛くも切り抜けた勇とスミレ。人気のない森の中に行き着いたところで、勇は人間の姿に戻った。

「危なかった・・一時はどうなるかと思ったよ・・」

「それはこっちのセリフよ!どうなっちゃうかと思ったじゃない!」

 安堵の吐息をつく勇に、スミレが不満をぶつけてきた。一瞬気まずそうな面持ちを見せる勇だが、すぐに真面目に語りかける。

「ここまで来たら認めるしかないよ・・僕がクロノであることを・・・」

「勇・・・」

 勇の言葉にスミレが困惑を見せる。彼が運命を受け入れようとしていることに、彼女もどうしたらいいのか分からなくなっていたのだ。

「そろそろ戻ろう、スミレちゃん。姫菜ちゃんが心配してるから・・」

「勇・・そうね・・早く戻らないと・・きっと姫菜、泣きそうになってるかも・・」

 スミレが唐突にもらした言葉に、勇が気まずそうな面持ちを浮かべる。急いで姫菜のところに戻ろうと走り出す彼を見て、スミレは緊張の糸が切れたかのようにため息をついた。

 

 その日の騒動は突然の濃霧として扱われた。生徒たちの氷付けにされたという証言は、霧の中での幻として処理された。

 様々な謎を残したまま、事件は沈静化に向かっていた。だがその中で、勇とスミレはガルヴォルス、特に竜馬に対して警戒心を抱くこととなった。

「スミレちゃん、昨日のことなんだけど・・姫菜ちゃんには・・」

「分かってる。あたしだって、姫菜にあんな危ないことに引き込みたくないもん。」

 勇が頼み込むと、スミレは肩を落としながら答える。

「私がどうしたの?」

 そこへ姫菜に突然声をかけられて、勇とスミレが驚きをあらわにする。

「ひ、ひ、姫菜ちゃん!?

「べ、別に何でもない、何でもない!あんまりウジウジして姫菜を困らせるんじゃないよって、今言ったところだったのよ!」

 勇が慌てて、スミレがたまらず弁解を入れる。必死に言い聞かせようとしながらも、彼女は胸中で焦りを覚えていた。

「そう・・でもスミレちゃん、勇くんはそんなにウジウジすることなんてないから・・」

 姫菜はスミレの言葉を否定しつつも、彼女の心を勘繰ろうとはしなかった。その様子を見て、勇は内心安堵していた。

 そこへ担任がやってきて、クラスにいる生徒たちが慌しく着席する。勇たちも席に着いて、担任に眼を向ける。

「今日からこのクラスに新しく加わる転入生を紹介する。君、入ってきて。」

 担任が呼びかけると、1人の少年が教室に入ってきた。その顔を眼にして、勇とスミレは息を呑む。

「あ、あなた・・・!?

「君が、どうして・・!?

 2人は思わず声を荒げていた。クラスに転入してきたのは、先日勇と対峙した竜馬だった。

 

 

次回

第5話「道化の遊戯」

 

「どうしてアンタがここにいるのよ!?

「好きです!僕と付き合ってください!」

「えっ!?

「姫菜ちゃんには手を出させない・・・!」

「これは僕のお遊び。僕なりの楽しみ方というものだよ。」

 

 

作品集

 

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