ガルヴォルスPF 第3話「小さな襲撃者」
この日もいつもと変わらない日常のように思えた。だが勇は、自分だけが周りと全く違う存在となっていることを痛感していた。
人間だけでなく、怪物のようなもうひとつの姿と力を備えている。それは明らかに、普通の人間を大きく凌駕しているものだった。
(そうだ・・これは間違いなく、人を殺せる力・・・その気になったら、誰だって簡単に・・・)
勇が胸中で、自分の異質の力について呟いていた。自分がしっかりしなければ、その力で誰かを傷つけることになってしまう。それはどうしても避けなければならないと、彼は肝に銘じていた。
「勇。ちょっと勇、聞いてるの!?」
そこへスミレが声をかけ、勇が我に返る。
「あ、ゴ、ゴメン、スミレちゃん・・それで、何?」
「何?じゃないわよ!アンタがボーっとしてるから、みんな先に登校しちゃってるわよ!ホラ、早くしないと遅刻しちゃうよ!」
微笑みかける勇に不満を爆発させ、スミレが彼の手を引っ張って急かす。
「そ、そんなに引っ張ったら手が抜けちゃうよー!」
「うるさい、うるさい、うるさい!姫菜も落ち着いてないで走んないと!」
痛がる勇に怒鳴ると、スミレが姫菜にも言い放つ。だが姫菜は穏和な様子を崩していなかった。
少し慌てたものの、勇たちは遅刻することなく登校することができた。着席した早々、勇とスミレが安堵の吐息をもらしていた。
「ふぅ。何とか間に合ったからよかったものの・・アンタたち、お気楽すぎ。」
未だに不満の治まらないスミレに、勇は頭が上がらなかった。姫菜は依然として穏和さを乱していなかった。
再びため息をついたところで、スミレは沈痛の面持ちを浮かべている勇を見て眉をひそめる。
「どうしたのよ、勇?何だか元気ないじゃないのよ。」
スミレに声をかけられて、勇が我に返る。きょとんとなっている彼を目の当たりにして、スミレが三度ため息をつく。
「もー、シャキッとしなさいよね!アンタがしっかりしないと、周りまで気が滅入っちゃうじゃないのよ!」
「ゴメン、スミレちゃん・・・」
スミレに文句を言われて落ち込む勇。だが勇は自分の身に起きていることを打ち明けることができなかった。
普通の人間が関わるにはあまりにも危険なこと。もしも自分が怪物になってしまったことを話しても、信じてもらえるかどうか怪しい。少なくともスミレや姫菜を危険にさらすことになる。それは勇にとって最悪の事態だった。
何も言えずに黙り込むしかなかった勇。だがスミレはその態度を不審に感じていた。
人気のない道を1人走っていく女子。彼女は寝坊してしまい、学校へと急いでいたのだ。
「もー、まさかあたしが寝坊して遅刻する羽目になるなんてー!」
たまらず口をこぼしながら、学校へと急いでいく女子。だが女子は周囲に漂う寒さを感じて足を止める。
「何、この寒さ・・天気予報じゃこんなに寒くなるなんて言ってなかったのに・・・」
自分の体を抱きしめて、周囲を見回す女子。その直後、不気味な笑い声が響き、彼女はさらに背筋に寒気を覚える。
「な、何・・・?」
「ゲヘヘヘ、けっこういい獲物が見つかったぞ〜・・」
不安を浮かべた女子に向けて、さらに不気味な声が響く。
「ゲヘヘヘ、カチンコチンにしてやるぜ〜・・」
その声の直後、女子に向けて白い風が吹き付けてきた。その吹雪に女子は顔を伏せる。
その体が徐々に氷に包まれていく。悪寒によって感覚を失い、女子は意識を失っていった。
やがて女子の体は半透明な白色の氷塊に閉じ込められ、動かなくなった。
「ゲヘヘヘ。思ったとおり、いい感じに凍ってくれたぜ〜・・」
その後、凍りついた女子の前に怪物が姿を現した。白い体毛に覆われた白熊のような怪物である。
「やっぱりかわい子ちゃんを凍らせるのは気分がいい〜・・オレの心が満たされていく感じだぜ〜・・・」
怪物が不気味な哄笑を上げて、女子をまじまじと見つめる。凍てついて意識を失っている女子は、微動だにしなくなっていた。
「だけど、いい感じのかわい子ちゃんはまだまだいるみたいだし〜・・退屈しなくていいかも〜・・」
さらなる期待に胸を躍らせて、怪物は跳躍して姿を消した。その場には氷塊に閉じ込められた女子だけが取り残されていた。
その日の昼休み。勇はスミレに屋上に連れて来られていた。姫菜は先生から仕事を頼まれていたため、2人だけの時間を設けることができた。
「いきなりどうしたの、スミレちゃん?僕と2人だけで話って・・」
勇が困り顔で訊ねると、スミレは不満の面持ちで問い詰めてきた。
「勇、あたしたちに何か隠し事をしてるんじゃないの?」
「えっ?隠し事?僕は別に・・」
「とぼけないでよ!アンタってウソが下手だから、あたしなら簡単に見抜けるのよ!」
弁解を入れようとする勇だが、スミレには全く通用しなかった。
「もしも絶対に言えないこととか、言いたくないことだっていうなら誰にも言わない。だけどあたしにぐらいハッキリさせてよね!」
「・・・言っても、多分信じてもらえないかもしれない・・僕自身、信じられるかどうか不安が残ってる・・・」
「そんなのはあたしが判断するからいいの!さ、今この場で、ちゃんと説明してもらうわよ!」
完全にスミレに根負けしてしまい、勇はやむなく打ち明けることにした。
「分かったよ・・・実は・・・」
勇が語り始め、スミレが頷きかけたときだった。突如周囲から冷たい風が流れ込み、スミレが寒さのあまりに自分の体を抱く。
「な、何なのよ、この寒さ・・こんなに寒くなるなんて、全然聞いてないわよ・・・」
抗議の声を上げるも、その声も震えてしまうスミレ。その中で勇は、どこからか点在する異質の気配を感じ取っていた。
(この感じ・・・まさか、怪物がこの近くに・・・!?)
勇の中に不安が募っていく。無関係な学校の人たちが巻き込まれることに、彼は強い嫌悪を感じていた。
「スミレちゃん、先に教室に戻ってて!話は後でちゃんとするから!」
「あっ!ちょっと、勇!」
勇はスミレの呼びかけを聞かずに、屋上を飛び出していった。
学校の前に現れた肥満体質の男。男は校舎を見据えて、不気味な笑みを浮かべていた。
「ゲヘヘヘ。こういう子供を凍らせるのも、案外よかったりするんだよな〜・・」
期待に胸を躍らせる男の頬に紋様が走る。そして彼の姿が白熊の怪物へと変貌する。
「さて、1回やってみたかったんだよな〜・・一息でどのくらいカチンコチンにできるかを〜・・」
怪物は大きく息を吸い込み、校舎を見据える。そしてその校舎に向けて、勢いよく息を吹きかける。
学校の校庭に吹き付けられる白く冷たい息。周辺の木々が白く凍てついていく。
「バケモノ!バケモノだよ!」
「う、うわあっ!」
悲鳴を上げる生徒たちが逃げようとするが、冷気に巻き込まれて氷付けにされてしまう。氷塊に閉じ込められた子供たちを見つめて、怪物が哄笑を上げる。
「ゲヘヘヘ。やっぱりいい感じに凍ってくれたよ〜・・サイコーだぞ〜・・」
歓喜をあらわにして、怪物は凍てついた校庭に足を踏み入れた。次の標的を狙って、怪物は周囲を見回す。
そのとき、その校庭の真ん中に立ちはだかった勇。勇は怖さを押し殺して、怪物を見据えていた。
「何だ、お前〜?・・もしかして凍らされたいとか〜・・」
怪物が勇に眼を向けて不気味な笑みを浮かべる。
(僕が何とかするしかないんだ・・僕がやらなくちゃ、みんなが傷つくことになるんだ・・・!)
「これ以上、僕の学校で暴れないでよ!」
決意を秘めた勇が怪物に言い放つ。だが怪物はそんな勇をあざ笑う。
「イヤだっていったら〜・・?」
「僕が相手になるよ・・・!」
勇は言い放つと、怪物に向かっていく。だが彼は怪物の横をすり抜けて、学校の正門を通り抜けた。
「逃がさないぞ〜・・」
怪物が振り返り、勇を追いかけていった。学校を巻き添えにしたくないと考えている勇の誘いに乗って。
2人がたどり着いたのは学校から少し離れた森だった。そこなら誰も危険に巻き込まれないだろうと、勇は考えたのだ。
「鬼ごっこは終わりだぞ〜・・すぐにお前もカチンコチンにしてやるぞ〜・・」
「そんなのはイヤだよ!僕は君になんかに凍らされない!」
不気味な笑みを浮かべる怪物に、勇が言い返す。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「これ以上、誰も傷つけさせない!」
叫ぶ勇の姿が異形の怪物へと変貌する。それを見て怪物も驚きを覚える。
「へぇ〜・・お前もオレと同じだったのか〜・・でもオレのほうが強いんだぞ〜・・」
怪物は悠然さを見せると、勇に向けて白い冷気を解き放つ。回避する様子を見せない勇。怪物は直撃に成功したと確信していた。
だが次の瞬間、勇の姿が消え、冷気が目標を外して通り過ぎる。
「えっ・・・!?」
この瞬間が理解できず、驚きをあらわにする怪物。勇を追い求めて、彼は周囲を見回す。
「言ったはずだよ。僕は君に凍らされないって。」
勇は怪物に向けて鋭く言い放つ。胸中で焦りを募らせ、怪物はいきり立つ。
「許さないぞ〜・・お前は、オレに凍らされるべきなんだ〜!」
怪物が勇に向かって飛びかかる。すると勇が怪物に向けて稲妻を解き放つ。
巻き込まれた怪物が動きを止め、稲妻の影響下にさいなまれる。
「な、何だ、これは〜!?・・体が、動かない〜・・!」
悲鳴を上げる怪物の体から色が失われていく。勇の放つ力によって、怪物が硬質化していっていた。
「やめてよ〜・・助けてよ〜・・」
助けを請う怪物だが、自身を蝕む変化に包まれる。怪物は体が固まり、動かなくなる。
それを視認した勇が、怪物の周囲に光の刃を出現させる。その数本の刃を放つと同時に、彼は怪物にかけていた時間凍結を解除する。
体の自由を取り戻した瞬間、怪物の体に刃が突き刺さった。激痛を覚えた怪物がその場に倒れ込む。
事切れて霧散する怪物を見下ろす勇。その影から一糸まとわぬ彼の姿が映り出す。
(そうだ・・こんな怪物にみんなを、姫菜ちゃんを傷つけさせるわけにいかないんだ・・・)
「ようやくご対面だね、時任勇。」
胸中で決意の言葉を呟く勇に向けて声がかけられる。彼が振り返った先には、少し逆立った黒髪をした1人の少年がいた。
警戒心を抱きながらも、勇は人間の姿に戻った。
「さすがと言っておくよ。でも君ほどの力の持ち主なら、ここまで時間はかけなかったはずだけど。」
「君は・・・?」
「そうそう、自己紹介しておかないとね。僕は三重野竜馬(みえのりょうま)。君と同じタイプの人だよ。」
勇に向けて自己紹介をする少年、竜馬。
「今の戦い、見させてもらったよ。でも、君の力はまだまだこんなものじゃないはずだよ。」
「こんなものじゃないって・・君は僕のこの姿と力のことを、何か知ってるんじゃ・・・!?」
「おや?君は自分の力のことを何も知らないのかい?」
勇が問い詰めると、竜馬が悠然とした態度を見せる。
「まぁいいや。まずこのことから教えておくよ。君は僕たちの中でも異端とされている存在なんだよ。」
「異端・・・!?」
語りかける竜馬の言葉に、勇が息を呑む。
「そしてその異端である君は、僕たちの中からも嫌われている存在でもある。」
「嫌われてるって・・どういうことなの・・・!?」
「君の力について教えてあげるよ。君の力、それは時間の操作だよ。」
「時間の、操作・・・!?」
竜馬が告げた言葉の意味が理解できず、勇は言葉を失う。
「そう。相手の時間を止めたり、自分を別の時間に移動したりできる。空間を操ることより難しい能力だよ。」
「そんなにすごい力なの、僕のこの力は・・・!?」
「もちろんだよ。時間は僕たちの身近にありながら、僕たちが逆らうことのできないものなんだから。ただし、それに逆らうことのできる異端な存在がいないわけじゃない。」
困惑を浮かべている勇に、竜馬は淡々と話を続ける。
「時間を操り、過去や未来を自由に行き来できる存在。時の流れから自由であり、その束縛を受けない。そんな存在を、僕たちはこう呼んでいる・・」
竜馬が告げる言葉に、勇は息を呑む。
「時の覇者、“クロノ”ってね・・」
「クロノ・・・」
その発言に勇は動揺を隠せなかった。時間をつかさどる異端の異形、クロノ。それが自分であることを、勇は受け止めきれないでいた。
「それで、君もそのクロノである僕をやっつけようって考えてるの・・・?」
「そうだね・・でもそれは君がクロノだからってわけじゃないよ・・」
勇が問いかけると、竜馬は笑みを消した。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「君があまりにも、中途半端だからね・・・」
冷淡に告げた竜馬の姿が変貌する。西洋の鎧のような硬さを思わせる姿の怪物に。
「僕は今の君のように中途半端にいる人が大嫌いでね。クロノでも人間でもないような自覚の無い態度を見てると、とても不愉快だよ・・・!」
いきり立った竜馬が勇に飛びかかってきた。危機感を覚えた勇が、怪物、クロノへと変身する。
竜馬が繰り出してきた拳を、勇は跳躍してかわす。これまで京に鍛えられてきた成果に加えて、常人離れした身体能力がこの動きを可能としていた。
だが竜馬は勇を凌駕するほどの動きを見せていた。戦いが経過していくに連れて、竜馬の打撃が勇に当たるようになってきた。
「どうしたの?クロノの力はそんなもんじゃないはずだよ!」
言い放つ竜馬が勇を突き飛ばす。草地を転がり、勇は仰向けに倒れ込む。
「せめて力を見せてくれないと。クロノとしての、時間を操る力を・・」
勇の眼前に立ちはだかる竜馬が再び言い放つ。立ち上がった勇が、竜馬に向けて戦意を向けてきた。
勇の体から漆黒の稲妻がほとばしり、竜馬に向かって放たれる。
「これだけ大げさに見せられて、かわせないほうがどうかしてるよ・・・!」
竜馬は不敵に言いかけると、素早く上空に飛び上がり、稲妻を回避する。
「えっ!?」
時間凍結をもたらす稲妻を回避されて、勇が驚く。空中に停滞したまま、竜馬が勇を見下ろす。
「せっかくのクロノだから少しは期待してたんだけど・・過大評価していたみたいだね・・・」
落胆の面持ちを見せると、竜馬が右手を上げ、そのまま下に振り下ろす。その瞬間、勇は突如重みを感じて地面に倒れる。
「うっ!な、何、この重さ・・!?」
「これが僕の力。重力や圧力を操ることができるんだ。今、君を上から圧力をかけている。手で押しつぶすみたいにね。」
うめく勇に向けて、竜馬が悠然と語りかける。
「それじゃ、とどめにしようか。思いっきり吹っ飛ばしてあげるから!」
言い放った竜馬が、勇に対する圧力を横から仕掛ける。その力に押されて、勇が弾き飛ばされる。
勇はそのまま森から弾き出され、その先の崖を落下していった。竜馬が崖下を見下ろすが、勇の姿は見えなくなっていた。
次回
「君が、どうして・・!?」
「お願い、勇・・正直に話して・・」
「みんなは僕が守る!」
「これだけの力があれば、何でもできるのに・・」
「ここまで来たら認めるしかないよ・・僕がクロノであることを・・・」