ガルヴォルスPF 第2話「闇に蠢く者」
悪夢のような出来事が起きてから一夜が明けた。その朝眼を覚ました勇は、体のだるさを覚えた。
部屋に入ってきた姫菜と京も、勇の異変に気付く。勇はひとまず体温計で熱を測ってみた。
「38度5分か・・完全に風邪だな、こりゃ。」
測った体温計を見て、京がため息をつく。
「仕方ねぇ。勇、今日は休め。こんなんじゃ勉強しても頭に入らねぇからな。」
「はい・・すみません・・・」
勇が申し訳なく思い、謝る。すると姫菜が心配になり、勇の額に手を添えてきた。その接触に勇がさらに顔を赤らめる。
「本当。熱がある・・あれ?熱が上がったような・・」
疑問符を浮かべる姫菜の前で、勇が恥ずかしさと緊張を膨らませていく。
「お、もうこんな時間か。姫菜、急がねぇと遅刻するぞ!」
「あ、いけない!・・それじゃ勇くん、ゆっくり休んでいてね。お父さん、あまり勇くんをいじめたらダメだよ。」
「い、わ、分かってる!心配すんな!」
姫菜に言いかけられて、京が追い込まれて必死に強気な態度を見せる。京と勇に笑顔を見せると、姫菜は学校に向かった。
「やれやれ。ダメな親父だな、オレは。娘には頭が上がらねぇ。」
肩を落としてため息をつく京。その直後、京は勇が沈痛の面持ちを浮かべていることに気付き、笑みを消す。
「どうやら風邪だけが悩みの種じゃないようだな・・・」
京が言いかけた言葉に、勇は小さく頷いた。
「昨日の夜、何があった?言ってみろ。」
「・・あのときのことは、僕も今でも信じられません・・・」
京の呼びかけに勇は重く閉ざしていた口を開いた。
勇は昨晩の出来事を思い返し、語り始めた。突如怪物が襲い掛かり、自分もそれと同種の怪物となってやっつけたことを。
その話をして、勇は夢かウソだとバカにされると思っていた。だが京の反応は違った。
「どうやらお前も、目覚めてしまったようだな・・」
「えっ・・・?」
京からの返事が意外だったため、勇は一瞬戸惑いを見せた。
「これは姫菜にも話してないことだ。オレと、お前の親父の大和(やまと)しか知らないことだ。」
京が切り出した話に勇が緊張を覚える。
「勇、お前の両親が5年前に事故で亡くなったことは、お前も知ってるな。あれもお前が見て、お前が変身したっていう怪物の仕業なんだよ。」
「そんな・・僕の父さんと母さんは、殺されたって・・しかも、僕が変身したっていう怪物の仲間に・・・!?」
京が告げた真実に勇が驚愕する。京は気持ちを落ち着かせて、話を続ける。
「大和はあの化け物のことを調べてたようだ。だがなかなか詳しいことは分からず仕舞いで、最後はあの事件で・・・」
「そうだったんですか・・・それで、その怪物は何なんですか・・・?」
「オレも大和から聞いただけで、詳しくは分からん。ただ、その怪物は人間の姿と、2つの姿を持ってるってことは確かだ・・人間なのか、人間に化けてるのか、そこまでは・・・」
京の言葉に勇は深刻さを募らせる。自分の想像どころか、人知をも超えた何かが、自分の中で巻き起こっていた。
「えっ!?勇が風邪!?」
姫菜から話を聞いたスミレが驚きの声を上げる。
「そ、そんなに驚くことじゃないよ。勇くんだって、たまにはこういうこともあるって・・」
姫菜が苦笑いを浮かべて弁解を入れる。だがスミレの不満は消えない。
「もう、だらしがないわね!普段からシャキッとしてないから熱が出るのよ!」
「そんなに言わなくても・・・」
「よしっ!こうなったら帰りにお見舞いに行ってあげる。姫菜、いいでしょ?」
「私は大丈夫だけど、勇くんにムリをさせたらダメだよ・・」
「いいのよ、いいのよ。あたしが発破かけてやらないと、ずっと風邪引いたままになっちゃうからね。」
姫菜の呼びかけを聞かずに、スミレが意気込みを見せる。もはや何を言っても聞かないと思い、姫菜は黙ることにした。
「おーい、授業を始めるぞー。」
担任が入ってきて生徒たちが席に着き、姫菜とスミレも授業に集中した。
勇に話をした後、京は仕事のために出かけていった。1人ベットで横になっていた勇は、不安を感じ、膨らませていた。
昨晩起こった不可思議な出来事。怪物が襲い掛かり、自分も怪物になってそれを倒した。その自分の異形に、彼は混乱しそうになるのを必死にこらえていた。
(ウソであってほしい・・でももしかして僕、知らない間に怪物になってしまうんじゃ・・そして、姫菜ちゃんを・・・)
勇の脳裏に、最悪の事態がよぎった。もしも自分が怪物になり、姫菜を傷つけてしまうようなことがあれば。そう不安になってしまった勇は、いても立ってもいられない気分に陥った。
(しっかりしなくちゃ・・僕がしっかりしてれば、絶対に大丈夫のはず・・・)
自分に言い聞かせて、眠りにつこうとする勇。そのとき、彼は家の玄関のドアが開かれる音を耳にして、意識を傾ける。
(姫菜ちゃんが帰ってきたのかな・・・?)
姫菜の帰宅を理解しつつ、勇は眠ろうとする。だが家に入ってきたのは姫菜だけではなかった。
「コラ、勇!シャキッとしなさいよね!」
突如部屋に飛び込んできた少女と怒鳴り声。スミレの登場に、勇はたまらず跳ね起きた。
「えっ!?スミレちゃん!?どうして家に!?」
「どうしてって、アンタに発破かけに来たのよ!風邪を引くなんてだらしなさを見せるから!」
驚きの声を上げる勇に、スミレがさらに怒鳴りかける。
「スミレちゃん、ダメだよ。勇くん、風邪なんだから。」
そこへ姫菜が顔を出すが、スミレはさらに言い放つ。
「風邪だからこうして気合を入れてやってるんじゃないのよ。」
「ありがとう、スミレちゃん・・僕のためにわざわざお見舞いに・・・」
「お見舞いというより渇入れよ。そこは勘違いしないでちょうだいね。」
感謝の言葉をかける勇に、スミレが照れくさそうな素振りを見せる。その2人の様子を見て、姫菜が笑みを浮かべる。
「よかったね、スミレちゃん。この調子なら、勇くんの風邪はすぐに治りそうだね。」
「そうだといいね、アハハ・・」
姫菜の言葉を受けて勇が笑顔を見せる。その様子がデレデレしているように見えて、スミレがムッとなる。
「んもうっ!病人はさっさと寝て治して、明日にはちゃんと来ること!いいわね!」
「は、はい・・・」
スミレに言い寄られて、勇はベットに潜り込むしかなかった。
その翌日、風邪が治った勇は、姫菜とともに登校した。元気を取り戻したことに、勇自身も姫菜も喜びを感じていた。
だがスミレからは不満の声をかけられ、勇は気落ちを見せていた。そのやり取りを見て、姫菜は笑顔を見せていた。
その日の授業は滞りなく進み、やがて放課後を迎えた。姫菜とスミレはそれぞれ日直とクラス委員の仕事があったため、勇は先に帰ることとなった。
「今日は僕が1番早く帰ることになるかな・・・」
歩きながら1人呟く勇。彼は家の近くまで差し掛かったときだった。
「キャアッ!」
どこからか悲鳴が聞こえ、勇が足を止める。彼は周囲を見まして、声のした場所を確かめようとする。
その瞬間、勇は奇妙な感覚を覚えた。五感全てが研ぎ澄まされ、周囲の情報が流れ込んできているような気分だった。
「この場所・・公園の近くかな・・・」
思い立った勇はその公園のほうへと向かう。その途中の道で、彼は足を止めた。
そこで彼は驚愕の光景を目の当たりにする。1人の少女がしりもちをついて怯えた様子を見せたまま、石になって動かなくなっていた。
「これって・・・!?」
その姿に勇は息を呑む。人の体が石になることは、現実にはありえないことだった。
そのとき、勇は近くを通りがかった人に気付いた。彼はたまらずその人に駆け寄り、声をかけた。
「すみません、大変なんです!あの子が・・・!」
「そのことなら心配はいらないよ。なぜなら、あの子は私があのようにしたのだから・・」
声をかけてきた勇に、男が悠然と語りかけてくる。その顔に異様な紋様が浮かび上がる。
「まさか、あなたは・・・!?」
驚愕する勇の前で、男の姿が変化する。鳥獣に似た異形の怪物に。
「怪物・・あなたも・・・!?」
「君もあの子のように石にしてあげるよ。どんな感じの石像になってくれることか。」
恐怖を覚える勇に、怪物が悠然と言いかける。後ずさりする勇だが、つまづいてしりもちをつく。
「逃げようとしてもダメだよ。私からは絶対に逃げられない・・・」
怪物が言いかけて、口を開く。そこから少女の石化と同じ灰色の煙がもれてきていた。
「もしかして、その煙であの子を石に・・・!?」
「そうさ。君もこの霧の中で、じっくりと石になるといいよ・・・」
声を荒げる勇に向けて、怪物が石化の霧を放とうとする。
「やめて・・やめてくれ!」
悲鳴を上げた勇の体から、突如稲妻がほとばしる。その衝撃に怪物がたまらず後退する。
「これは・・・!?」
驚愕を上げる怪物の眼前で、勇の姿が変貌する。銀に似た色の異形の怪物へ。
勇が怪物に向けて鋭い視線を向ける。彼の両手からおびただしい稲妻がほとばしる。
「まさかね・・・そんなバカなことが・・・」
不安をかき消そうと笑みを作るも、それを押し隠すことができないでいる怪物。勇が両手に収束させていた稲妻を、怪物に向けて解き放つ。
「くっ!」
毒づいた怪物が跳躍、後退する。だがその稲妻の速さから逃れることができない。
稲妻の網に絡め取られた怪物が動きを封じる。押し寄せる激痛にさいなまれる怪物だが、攻撃を諦めてはいなかった。
力を振り絞り、勇に向けて石化の霧を吹きかける。霧は勇の周囲を取り囲み、逃げ場を塞いでいた。
これで霧の中で灰色の石像へと変わり果てる。怪物は勝利を確信していた。
だがそのとき、漂っていた霧が突如停止して動きを見せなくなる。ビデオの一時停止のように微動だにしなくなってしまった。
「なっ!?」
この事態に怪物が驚愕する。慄然さを浮かべたまま、勇が怪物に視線を向けてきた。
「この程度で僕をどうにかできると思っていたの?」
勇は冷淡に告げると、両手に収束させていた稲妻をさらに解き放つ。その効果が怪物を蝕んでいく。
怪物の体が徐々に色をなくし、硬質化していく。やがてその変化が全身に行き渡り、怪物は微動だにしなくなった。
勇は怪物を取り囲むように、数本の光の刃を出現させる。その刃を発射すると同時に、彼は怪物にかけられた硬直を解除する。
怪物は回避する間もなく、光の刃に体を刺される。激痛を覚えた怪物が吐血し、ふらついて地上に落下する。
「ぐっ!・・こんな、ことが・・・!?」
怪物がこれほどの力を見せ付けられたことに愕然となる。彼の体が崩壊を引き起こし、霧散して消えていく。
その直後、勇の姿が人間に戻る。同時に戦意に囚われていた彼は我に返る。
「あれ?僕・・・」
自分の身に起きたこと、自分がしたことが分からず、困惑する勇。そのとき、彼は霧散していく怪物の亡骸を目の当たりにして、不安を膨らませる。
「これも、僕がやったっていうの・・・!?」
恐怖のあまり、その場にひざを付く勇。彼は自分の両手から眼を離すことができなかった。
「やっぱり、あれはウソじゃなかったんだね・・・」
そして彼は非情ともいえる現実を受け入れるしかないと思い、物悲しい笑みを浮かべるしかなかった。
「今は帰ろう・・父さんに話し合わないと・・・」
混乱にさいなまれたまま、勇は夢遊病者のように歩き出し、この場を去っていった。
異形の姿となった勇と怪物の戦い。その一部始終を見つめる1人の少年がいた。
「とうとう現れたということか。これから騒がしくなりそうだね。周りが。」
悠然とした笑みを浮かべる少年は、軽い足取りでこの場から駆け出していった。
「まぁ、弱虫が束になったところで、アイツを止めることはできないけどね。有力候補は僕。少し様子見を挟んでからけしかけるとするかな。」
少年は勇に対する期待を膨らませていく。少年は勇の異形の姿の正体を知っていた。
だが少年はすぐに勇との接触を行わず、あえて様子を見て機会を狙って接触しようとしていた。
怪物との戦いで疲れ果てたまま、家に戻ってきた勇。だが既に姫菜が帰宅していた。
「あれ?勇くん、どうしたの?私より後に帰ってくるなんて・・」
そこへ姫菜が顔を見せて、勇に声をかけてきた。
「姫菜ちゃん・・・」
一瞬戸惑いを見せる勇だが、すぐに作り笑顔を見せる。
「ゴメン・・ちょっと寄り道してきちゃって・・・」
「そう。ダメだよ、真っ直ぐ帰らないと。私は構わないけど、お父さんに怒られてしまうわ。」
「そうだね、アハハハ・・・」
姫菜に言われて思わず苦笑いを浮かべる勇。先ほど起こった出来事に関してうまく誤魔化すことができて、彼は胸中で安堵していた。
「おい、勇、やっと帰ってきたのか。」
「えっ!?と、父さん!?」
そこへ京が顔を出してきた。勇が驚きと同時に怯え、後ずさりをする。
「こんな時間までほっつき歩いてるとはな!夕食ができるまでまだ時間があるからな!ちょっと来い!」
京は勇を強引につかみ上げると、自分の部屋に連れて行った。部屋に放り込まれた勇が、京に向けて頭を下げる。
だが京が勇に持ちかけたのは説教ではなかった。
「今日もお前の言ってたバケモノになっちまったのか・・・?」
今日の問いかけに一瞬戸惑うも、勇は真剣な面持ちを浮かべて頷く。
「ここまで来たら、もう受け入れるしかないって思うしかないです。現実は、どんなに嫌がっても変わりませんから・・・」
「そうかもな。けど、その現実がイヤだからって、諦めて塞ぎ込むにはまだはえぇぜ。」
勇の言葉に京が言いかける。その言葉に奮い立つも、勇は一抹の不安を覚えていた。
「姫菜ちゃんには、知られたくないです・・あんな姿、僕だって認めたくないのが本音なのに・・・」
「そのことはオレも切に願うよ。オレは悪いことや規則を守らないヤツが嫌いだ。だが1番大嫌いなのは、姫菜を傷つけるヤツだ・・・!」
「父さん・・・」
京のこの言葉に勇は緊迫を覚える。勇も姫菜を傷つけたくない気持ちを持っていた。だが彼以上に、京はその気持ちを強く持っていた。
「勇くん、お父さん、ご飯できたよ。」
そのとき、夕食の支度を終えた姫菜の声がかかってきた。京が肩を落とすと、再び勇に声をかけた。
「とにかく、お前も姫菜のことを大切だって思ってるなら、どうすることがアイツのためになるのか考えろよ。」
「うん・・分かってます・・・」
京の言葉を肝に銘じ、勇は真剣な面持ちを浮かべて頷いた。
「それじゃメシにするぞ。あんまり待たせると姫菜に文句を言われちまう。」
「そうですね・・」
京の言葉を受けて、勇は微笑んで改めて頷いた。
次回
「これは間違いなく、人を殺せる力・・・」
「ゲヘヘヘ、カチンコチンにしてやるぜ〜・・」
「ちょっと、勇!」
「僕がやらなくちゃ、みんなが傷つくことになるんだ・・・!」
「ようやくご対面だね、時任勇。」