ガルヴォルスPF 第1話「時の破壊者」
僕たちが生きている時間の流れ。
まだ子供だった僕たちには難しいことだった。
誰も時間に逆らうことはできない。
それは生きている僕たち全員に定められたルール。
だけど、神様以外に、時間に縛られない存在がいた。
何にも縛られない代わりに、みんなから嫌われている。
僕たちは今、みんなのいる時間から外れようとしていた・・・
にぎわいあふれる街の中に点在するひとつの家。その家に住む1人の少年がいた。
時任勇(ときとうゆう)。10歳。真面目で子供とは思えないほどの誠実さの持ち主である。しかし気が弱いこともあり、言い寄られるとおどおどしてしまう一面もある。
「勇、ご飯できたよー。下りてきてー!」
ベットから起きたところで、勇のいる部屋に向けて声がかかってきた。勇は急いで着替えると、部屋を出て1階に下りた。
リビングのテーブルには既に朝食の支度が整えられていた。その中で、1人の男が朝食のご飯を口に運んでいた。
萩原京(はぎわらきょう)。この萩原家の大黒柱である。
勇はこの一家の本当の家族ではない。彼の両親が事故で亡くなり、その父親の友人だった京が引き取ったのである。
「ふぅ。やっぱり朝食はご飯に限る。パンなんてスカスカしたもんじゃ力が入らないってもんよ。」
京が朝食のご飯に対して感嘆の声を上げる。彼は筋金入りのご飯派である。完全な和食派というわけではないが、ご飯は欠かせないものであることが彼の心情のひとつだった。
「相変わらずご飯にうるさいですね、父さんは。」
「当然だ。その米の噛み応えはしっくりくるんだよ。パンなんて邪道には絶対にマネできねぇ。」
勇が言いかけると、京は勝気な意気込みを見せる。その様子に勇は苦笑いを浮かべる。
「お父さんは昔から熱血だからね。そのことは勇くんも分かってると思うけど?」
そこへ1人の少女が勇に声をかけてきた。滑らかさのある長い黒髪と優しく穏和な性格が特徴。
萩原姫菜(はぎわらひめな)。京の娘で、勇の親友。京に引き取られてから、勇は姫菜と一緒に過ごすことが多い。普段から優しく親切に接してくれる姫菜だが、そのためか、勇はおどおどしてしまい頭が上がらなくなってしまっていた。
「やぁ、姫菜ちゃん、おはよう。」
「おはよう、勇くん。早くご飯食べちゃって。冷めちゃうから。」
互いに挨拶をする勇と姫菜。2人はテーブルについて、朝食を取る。
「いやぁ、2人とも朝っぱらから熱いことだなぁ。」
「も、もう、父さんったら!僕と姫菜ちゃんはそういうのじゃ・・・!」
からかってくる京に、勇が赤面して声を荒げる。だが京は大笑いしてさほど気にしていないようだった。
そんなこんなで、今日もにぎやかな一日が始まろうとしている。勇たちはそう思っていた。
勇と姫菜はいつも一緒に登校する。2人にとってはあくまで親友として接しているつもりなのだが、一部のクラスメイトからは恋仲ではないかと噂したりからかったりする子もいるため、勇は気落ちするばかりだった。
「もう、みんなして僕たちをいじくるんだから・・」
「気にすることはないよ。悪いことというわけじゃないんだし、みんなも分かってるはずだから。」
気落ちする勇に、姫菜は笑顔を絶やさずに答える。だがそれでも彼はなかなか立ち直ることができなかった。
「もう、いつまでたっても意気地がないんだから、勇は。」
そこへ1人の女子が、勇に向けて不満の声をかけてきた。レモン色のショートヘアに紫のリボンをしている。
篠崎(しのざき)スミレ。勇や姫菜のいる教室のクラス委員長を務めている。リーダーシップに長けていてまとめ役に徹することが多いが、強気な性格のため強引さが出ることもある。
スミレのこの強気な態度に、勇は姫菜に対するとき以上に頭が上がらなかった。
「しっかりしなさいよね、勇。そんな弱気だからダメなのよ。いざとなったらケンカの1回や2回・・」
「ケンカなんてダメだよ。それに委員長の言うセリフじゃないって。」
「うるさいわね!アンタがウジウジしてるから、あたしが発破かけてるんじゃないのよ!」
「はい、すいません・・・」
怒鳴りかけるスミレに、勇はさらに気落ちしてしまった。
「いいじゃない、スミレちゃん。勇くんもいざというときは、誰にも負けない勇気を発揮するから。」
「姫菜ちゃん、それ、フォローになってないよ・・・」
姫菜が笑顔のまま言いかけるが、勇をさらに落ち込ませる形となってしまった。
街外れの静寂に包まれた小さな通り。だがその静寂を打ち破るかのように、1人の少女が走りこんできた。
少女はひたすら逃げていた。自分を狙ってくる異形の追跡者から。
しばらく走りこんだところで、少女は足を止めて振り返る。そこには追跡者どころか、人1人さえいなかった。
少女は思わず安堵の笑みをこぼしていた。
「このまま逃げられると思うのかい?」
そこへ不気味な声がかかり、少女は恐怖を覚える。その直後、彼女の上空から液体がこぼれ落ちてきた。
粘り気のあるその白い液体は少女を包み込み、一瞬にして固めてしまった。そこには白い蝋人形と化した少女だけが取り残された。
「これでまた蝋人形が増えたね。この白の輝き、蝋にしかマネできない・・」
その上空に、鳩の姿をした怪物が飛行していた。怪物が垂らした液体が、少女を固めたのだった。
白昼堂々と多発するその奇怪な事件が今、世間を騒がせていた。
その日の授業が終わり、勇は帰る準備をしていた。そこへ姫菜とスミレがやってきて、声をかけてきた。
「勇、今日の塾だけど、あたしがアンタたちの家に迎えに行くから。」
スミレの呼びかけに勇は小さく頷く。
「ちゃんと準備してないと怒るからね。勇はいつも出遅れるから。」
「そんな悪く言ったら悪いよ、スミレちゃん。勇くんは慎重派なんだから。」
さらに言いかけるスミレに、姫菜が弁解を入れる。だがそれもフォローになっていないと、内心思う勇だった。
それから迎えに来たスミレとともに塾に向かう勇と姫菜。小さな塾だが新設で濃厚な学習ができることから、信頼は厚かった。
その塾の管理人であり教師である新垣理絵(あらがきりえ)。元美術教師であり、誰にでも優しく接する女性だが、大きな胸も特徴でもあり、一部の男子から「おっぱい先生」とからかわれることもある。
理絵の姿に勇が見とれることもしばしばあり、スミレは不満を覚え、時折彼の耳を引っ張ることもあった。
そしてその日の授業が終わり、3人も帰路に着こうとしていた。
「もー、勇ったら理絵先生に見とれて!このムッツリスケベ、いつか叩き直してやらないといけないわね!」
不満の言葉を言い放つスミレに、勇は頭が上がらなかった。
「いいじゃないの、スミレ。勇だって男の子なんだから。」
「もー!アンタがそれだから、勇がこんなんなっちゃうんじゃないのよ!」
弁解を入れる姫菜だが、スミレは彼女にも不満をぶつけていた。だが姫菜は笑顔を絶やさなかった。
「あ、いけない。塾に忘れ物をしてたんだった。」
そのとき、勇が忘れ物に気付いて声を上げる。するとスミレが呆れながら言いかける。
「アンタはもう・・しょうがないわね。あたしがついてくから、一緒に戻るわよ。」
「それなら私も・・」
「いいよ、いいよ。僕のために姫菜ちゃんやスミレちゃんに迷惑をかけられないから。」
スミレと姫菜に遠慮して、勇は1人で塾に戻った。肩を落とすスミレの隣で、姫菜が不安を覚えていた。
帰り支度を終えて塾を後にしようとしていた理絵。塾内の全てのドアの鍵を閉めようとした彼女のところへ、勇が駆け込んできた。
「あら?どうしたの、勇くん?」
「す、すみません、理絵先生。忘れ物をしてしまって・・」
訊ねる理絵に、勇が困惑を浮かべながら答える。そして自分の座っていた机に向かい、忘れていったノートを取り出す。
「忘れ物は見つかったみたいね。これからは気をつけるのよ。」
「はい。すみません・・・それじゃ先生、さようなら。」
呼びかける理絵に挨拶すると、勇はそそくさに塾を後にした。外は日が傾き始めており、子供が遊び歩くには遅い時間となっていた。
「ハァ・・急がないと父さんに怒られちゃう・・」
勇は急いで家へと向かう。萩原家は門限が厳しく、破れば京から厳しいお仕置きが待っている。それを避けようと、勇は必死になっていた。
そのとき、勇は背筋に悪寒を覚えて、ふと立ち止まる。何かが自分に向かって迫ってきているような気がしたのだ。
「何だろう、この感じ・・オバケでも出そうな・・」
思わず不安を口にする勇。そしてその悪寒が一気に強まり、彼はたまらず駆け出していた。
その直後、彼がいた場所に粘り気のある液体が降り注いできた。もしも動いていなかったら、その液に閉じ込められてしまっただろう。
「な、何・・!?」
振り返った勇が、この出来事にさらに不安を覚える。ふと見上げた空には、鳩の姿をした怪物が飛び回っていた。
「外してしまったか。こういうときも時にはあるさ。」
「な、何、あれ!?・・鳥の、怪物・・・!?」
淡々と呟きかける怪物を目の当たりにして、勇が恐怖する。この現実にこのような非現実的な怪物が出てくることを、彼は信じられずにいた。
「だけど、逃がさないことに変わりはないけどね。」
「う、うわぁぁっ!」
怪物が不気味な笑みを浮かべると、勇が悲鳴を上げてその場から駆け出す。だが怪物にすぐに先回りされてしまう。
「逃がさないと言ったはずだよ。」
怪物が恐怖を浮かべる勇に向けて、口から液体を吐き出す。とっさに自分を護ろうと身構えた勇が、粘り気のある液を浴びる。
(な、何!?・・思うように、動けない・・・!)
まとわりつく液体に自由を奪われていく勇。やがて全身に液が付着し、彼も蝋で完全に固められてしまう。
「少年の蝋人形も、なかなか侮れないものだね。君もここでじっとしているといいよ。輝くに満たされた新しい姿でね。」
怪物が動かなくなった勇を見つめて、笑みを浮かべる。その視線の先で、勇が思考を巡らせていた。
(ダメだ・・全然動けない・・まるで体が硬くなってしまったみたい・・・)
自分に置かれた状況に、勇はさらなる恐怖を感じていた。
(イヤだよ・・このまま、みんなと会えなくなるなんて・・・)
彼の中で感情が大きく揺れ動く。同時に、彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
(そんなのイヤだぁぁぁ!)
勇の悲痛の叫びが心の中でこだましたとき、彼を取り巻いていた蝋が弾け飛ぶ。
「なっ!?」
その出来事に怪物が驚く。これまで自力で蝋を破ったものはいなかったからだ。
だが蝋を破って中から現れた勇は少年の姿をしていなかった。頭部に2本、肘や背に数本の角が突起している銀に似た色の、異形の姿となっていた。
「何だ、君は!?君も僕と同じ・・!?」
怪物が勇の姿に驚きの声を上げる。眼の前の怪物と同じ異形の存在と化した勇が、鋭い視線を投げかける。
「こんなのはイヤだ・・僕は君に、僕たちの笑顔を壊させるわけにはいかない・・・」
言いかけた勇の体から稲妻に似たエネルギーが放出される。その力に怪物が息を呑む。
その雷の矢が怪物の右肩を穿つ。虚を突かれた怪物が地上に落下する。
「な、何だ、今のは・・・!?」
眼にも留まらぬ勇の攻撃に、怪物が驚きを隠せなくなる。だが彼はさらなる驚愕を覚える。
稲妻に貫かれた右肩が灰色になり、自由が利かなくなる。
「これは・・・!?」
怪物が唖然となりながら、勇に視線を向ける。勇は怪物に向けて右手を伸ばしてくる。
その手のひらからほとばしった稲妻が怪物を襲う。その効果で、怪物の体が徐々に硬質化していく。
「こ、この力・・まさか、これは・・・!?」
声を荒げる怪物が、その変化に包まれていく。そして彼は完全に硬質化し、微動だにしなくなった。
勇は右手をかざして、一条の光の矢を出現させる。そしてその矢を怪物に向けて投げ放つと同時に、左手で指を鳴らす。
すると硬質化していた怪物が元に戻る。そこへ放たれた矢が飛び込み、怪物の体に突き刺さった。
回避不可能の攻撃を受けて、吐血する怪物。急所に当たったため、彼はうずくまるように倒れて事切れる。
再び石のように固まってしまった怪物。だが先ほどの変化とは違い、間もなく砂のように崩れて霧散していった。
戦いが終わり、肩の力を抜いて吐息をつく勇。だがそこで彼は我に返る。
「あ、あれ?僕、何を・・・えっ!?」
今何が起きたのか分からずにいたところで、彼は自分の両手を見て驚愕する。その手は人でないものとなっていた。
「な、何!?・・これが、僕の手・・・!?」
眼に映っているものが信じられず、勇は混乱する。彼はそばにある家の窓ガラスに振り返る。
そこに映っていた自分の姿を眼にして、勇はさらに驚愕する。自分も怪物となってしまったことが信じられなかったのだ。
「どうなってるの、コレ!?・・僕も、怪物に・・・!?」
恐怖のあまり体を震わせ、後ずさりする勇。
「イヤだ・・・イヤだぁぁぁ!」
絶望感に打ちひしがれ、悲鳴を上げる勇。その瞬間、彼の姿が人間の姿に戻る。
頭の中が真っ白になった勇が、脱力してその場に倒れ込む。混乱に陥っていた彼は、そのまま意識を失った。
「勇くん!・・大丈夫、勇くん!?」
呼びかけてくる姫菜の声が響いてきた。その声に導かれるように、勇はもうろうとなっている意識を覚醒させようとする。
そのとき彼が眼にしたのは、見慣れた自分の部屋の天井だった。思わず体を起こした。
「あれ?・・ここは・・僕は・・・?」
勇は困惑を浮かべたまま、周囲を見回す。そこは紛れもなく自分がいる部屋だった。
「勇くん、眼が覚めたみたいだね・・・」
「姫菜ちゃん・・・僕は・・・」
喜びの笑みを見せてくる姫菜に、勇がたまらず問いかける。
「やっぱり心配になって戻ってみたら、勇くんが倒れてたのを見つけて・・私もどうしたらいいのか分からなくなっちゃって、家に連れてきたの・・・」
「そうだったの・・・ありがとう、姫菜ちゃん・・・それと、ゴメン・・君に迷惑をかけちゃって・・」
事情を説明した姫菜に、勇が感謝と謝罪の言葉をかける。
「いいよ、気にしないで、勇くん・・私より心配してたのは、お父さんだったから・・」
「お父さんが・・・?」
姫菜の弁解に勇が疑問を投げかける。
「おっ!うおおぉぉぉ!勇!」
そのとき、京が部屋に飛び込んできた。絶叫を上げながら、京が勇の肩をつかんで呼びかける。
「勇、大丈夫か!?どこか痛いところはないか!?犯人は誰だ!?オレがすぐに叩きのめしてやるぞ!」
「わ、わ、わ!だ、大丈夫ですよ、父さん・・・!」
京に揺さぶられながら、勇が答える。
「父さん、ダメだって、そんなに揺らしたら・・!」
「そ、そうか、すまん・・つい、熱くなってしまって・・」
姫菜に呼びかけられて、京は我に返る。だが勇は眼を回してしまっていた。
「ゆ、勇くん!?」
再び気絶した勇に、姫菜が声を荒げた。
これから起こる悲劇を、勇は知る由もなかった。
次回
「とうとう現れたということか。」
「あれ?僕・・・」
「普段からシャキッとしてないから熱が出るのよ!」
「どうやらお前も、目覚めてしまったようだな・・」
「やっぱり、あれはウソじゃなかったんだね・・・」