ガルヴォルスMessiah 第18話「逃亡」
サターンによって征服された世界。表向きにはいつもと同じように見える日常も、内では大きな変動が繰り返されていた。
その世界の片隅で、麻子と理子は過ごしていた。2人はサターンのもたらした世界の日常を送る中、光輝と奈美の行方を探していた。
「ハァ・・もう思い当たる場所なんて全然・・・」
「諦めたらダメだよ、理子。諦めたら何もかもおしまい。光輝くんだったらこういうって。」
肩を落とす理子に、麻子が励ましの言葉をかける。それを受けて、理子が笑みを取り戻す。
「そろそろここも危なくなりそうな気がするの・・理子、別荘に行こう。」
「そうだね・・光輝さんと奈美さんを探しに行かなくちゃいけないし・・」
思い立った麻子と理子は、別荘への移動のため、外に出ようとしていた。
その翌日、麻子と理子は家を出た。だがその動きを見逃すサターンではなかった。
監視の報告を受けて、アイが行動を開始した。彼女の能力ならば、霧で逃げ道を遮断して終わりのはずだった。
「ではいきます。」
アイが力を発動して、霧を発生させる。その霧に麻子が包まれた。
「えっ!?何、この霧・・・!?」
突然の霧の発生に麻子が驚きを見せる。
「見つけましたよ、檜山麻子、檜山理子。」
その麻子の前にアイが姿を現した。
「あなた、もしかしてサターンの・・・!?」
「はい。私はメシアに仕えるアイと申します。あなた方をメシアの元に・・」
身構える麻子に言いかけたとき、アイが異変に気付いた。彼女の眼の前に理子の姿がない。
「檜山理子がいない!?どういうことです!?」
「もしかしたら待ち伏せされてるんじゃないかって思ってね。出たのは一緒だったけど、すぐに別れたわ。」
声を荒げるアイに、麻子が笑みを浮かべて答えてきた。
「今頃もう駅について、電車で移動している頃ね。その代わり、私は運がなかったけど。」
「人間にしては頭が回るようですね。少し情報が不足していたようです・・」
麻子の話を聞いて、アイが肩を落とす。
「ですがあなたも標的の1人。まずはあなたを連れて行くことにします。」
「私たちをご指名してくれるなんて、嬉しいんだが悲しいんだか・・」
すぐに冷静さを取り戻したアイに、麻子が肩を落とす。
「悪いけど、私はあんまり気が進まないんだけど・・」
「残念ですが、あなたに拒否する権限はありません。むしろメシアに指名されることを至福に思うべきです。」
苦笑いを浮かべる麻子に、アイが迫る。抵抗もむなしく、麻子はアイによって連れ去られてしまった。
同じ頃、理子は麻子と別れた後、1人電車に乗り込んでいた。姉と離れ離れになる後ろめたさを、彼女は痛感していた。
「お姉ちゃん・・・お姉ちゃん・・・」
込み上げてくる悲しみを押し殺して、理子は別荘を目指した。再び姉と再会できることを信じて。
アイによってサターン本部に連れてこられた麻子。重苦しい空気を感じて、彼女は緊張を隠せないでいた。
廊下を進み、アイと麻子はある扉の前で立ち止まった。
「メシア、檜山麻子を連れてまいりました・・申し訳ありません。檜山理子を逃してしまいました。」
「アイ・・分かったわ。彼女を部屋に入れて。」
アイが声をかけると、部屋にいるメシアが答える。アイがゆっくりと扉を開き、麻子に眼を向ける。
「入りなさい。メシアがお待ちです。」
アイに促されて、麻子が渋々部屋の中に入る。扉が閉じられた瞬間、暗かった部屋に淡い明かりが灯る。
「あなたが檜山麻子ね。待っていたわ。」
「あなたが、メシア・・・!?」
姿を現したメシアに、麻子が息を呑む。
「あなたのことをいろいろ調べさせてもらったわ。光輝と奈美のお友達みたいね。」
「光輝くんと奈美を知ってるの!?どこにいるの!?」
妖しく微笑むメシアに、麻子が声を荒げる。
「そう興奮しないで。2人もここにいるわよ。」
メシアの言葉に麻子が眼を凝らす。彼女の眼に、メシアの隣にいる石像が飛び込んでくる。
「えっ・・・!?」
麻子は眼を疑った。その全裸の石像は、紛れもなく光輝と奈美だった。
「ホントに、光輝くんと奈美なの・・・!?」
「そうよ。間違いなく光輝と奈美。2人ともすばらしかったから、コレクションに加えることにしたのよ。私の最高のオブジェとしてね。」
愕然となる麻子に、メシアが淡々と語りかける。
「1年前、光輝と奈美は私に石化され、今日までここで過ごしてきた。でも他のコレクションたちのように自分がオブジェであると認識することなく、今でも自分を保っている・・その心の強さにも、私は惚れ込んでいるのよ。」
メシアは麻子に説明すると、光輝と奈美の頬に手を添える。
「最高の美しさと永遠の命・・あなたも憧れるでしょう?」
「でも、結局は身動きの取れない石でしょう・・そんなのに憧れるわけないじゃない・・・!」
メシアの言葉を麻子が否定する。
「どうせ石で動けない、しかも裸であることをいいことに、2人を弄んでるんでしょ・・2人を元に戻して!こんなの、2人が望んでいるわけがない!」
「そうはいかないわ。私はメシア。不幸にさいなまれている人を救うのが私よ。」
「人を石にすることが救うことのはずないじゃない!」
麻子が怒号を放つが、メシアは妖しく微笑むばかりだった。
「次はあなたが、オブジェとして生まれ変わるときよ、檜山麻子・・」
メシアが言いかけると、麻子に向かって歩き出す。近づいてくる彼女に、麻子が身構えながら後ずさりする。
(光輝くん・・奈美・・・!)
光輝と奈美への思いを募らせて、麻子がこの危機の打開を模索していた。
麻子とメシアの邂逅を、光輝と奈美も気付いていた。
「あれは麻子・・いけない!このままじゃ麻子が・・!」
「分かってる!でも力が使えないんだ!・・こんなときだっていうのに・・・!」
声を掛け合う奈美と光輝。このときも彼はガルヴォルスの力を使えないでいた。
「どうしてなんだ・・麻子ちゃんがピンチだっていうのに、どうして力が使えないんだ・・・!?」
自分の力に必死に訴える光輝。しかしそれでも、彼は力を使うことも石化を解くこともできないでいた。
「光輝!麻子が!」
「えっ!?」
奈美の声に光輝が気を向ける。メシアの両手が麻子の両肩をつかんでいた。
メシアになす術なく捕まってしまった麻子。彼女の胸に谷間に、メシアに指が入る。
「あなたにも解放を与えてあげる・・もうあなたが不幸になることはなくなる・・」
メシアは言いかけると、その指先から光を放つ。光線はそのまま麻子の胸を貫いた。
ドクンッ
麻子が強い胸の高鳴りを覚える。その衝動に彼女はたまらず眼を見開く。
「何、今の!?・・私に何をしたの!?」
「これが石化がかかったっていう証拠。あなたも光輝や奈美と同じように、美しいオブジェになるのよ。」
驚愕する麻子に、メシアが妖しく微笑みかける。
「今回は2人の親友だからね。少し過激にしてみようかな・・」
ピキッ ピキッ ピキッ
メシアが呟きかけたとき、麻子の着ていた衣服が突然引き裂かれた。彼女の左腕、左胸、下半身が固くなり、ひび割れていた。
「ウソ!?私の体が、石になってく・・・!?」
自分の身に起きた異変に麻子が驚愕する。石化した左手に意識を傾けるが、彼女の思うように動かすことができない。
「近づかないでよ!・・思うように動けない私の体を弄ぼうとしてるんでしょ・・!?」
恥じらいを抑え込んで、麻子がメシアに言い放つ。だがメシアは笑みを浮かべるばかりだった。
「弄ぶなんてひどい言い方ね。私はオブジェになった人との交流を行っているだけ。それにそれはあなたにはまだしない。今はあなたがオブジェになっていくのを、ゆっくりと眺めさせてもらうわ・・」
「何が救世主よ!ただの変態じゃない、あなたは!」
ピキッ パキッ パキッ
メシアに抗議の声を上げた瞬間、麻子の体を石化がさらに侵食する。両ひざも石に変わり、右胸も脅かされる。
「人は快楽と解放を求めたがる。あなたが変態というその行為こそが、人の喜びなのよ・・」
「んもう・・体に力が入らない・・・自由に動けない・・・!」
哄笑をもらすメシアの前で、麻子が体の不自由に毒づく。
「あなたも光輝と奈美のそばにいさせてあげる。2人の永遠の愛を祝福する天使というところね、あなたは・・」
メシアに言いかけられる麻子が、ついに力を入れられなくなり右手が下がる。
「このように楽にしていればいいわ。私に守られることで、あなたにも救いが訪れるのよ。」
パキッ ピキッ
麻子にかけられた石化が進行し、手足の先まで石に変わる。髪も頬も白く冷たい石に変わっていっていた。
「理子、ゴメン・・私、どうすることもできなかったよ・・・」
理子への思いを口にする麻子。
ピキッ パキッ
その唇さえも石に変わり、麻子は声を出すことができなくなる。無力さを痛感して、彼女は眼に涙を浮かべる。
フッ
その瞳が石に変わり、麻子は完全に石化に包まれた。彼女も一糸まとわぬ石像へと変わり果て、メシアに掌握されてしまった。
「これでまた、人が救われた・・これからはあなたも、永遠と幸せを堪能していくことになる・・」
麻子の姿を見つめて、メシアが笑みをこぼしていた。
「麻子・・・」
「麻子ちゃん!」
麻子が石化される様子を、奈美も光輝も目の当たりにしていた。自分たちにかけられた石化を打ち破ることができず、2人は麻子を助けることができなかった。
「こんなときにまで・・こんなときにまで僕は何も・・・!」
自分を無力だと痛感して、自分の体を強く抱きしめる光輝。その眼前で、奈美はひとつの意思を募らせていた。
「もう、何もいらない・・・」
「奈美ちゃん・・・!?」
奈美が口にした言葉に、光輝が当惑を見せる。
「もう何もいらない・・みんなを守れるなら、私は他に何もいらない・・・」
「奈美ちゃん・・どうしたんだ、奈美ちゃん・・・!?」
光輝がたまらず奈美の肩をつかむ。それも気に留めずに奈美は言いかける。
「みんなを守れるなら、私は、人であることも捨てられる・・・」
「奈美ちゃん・・まさか・・・ダメだ、奈美ちゃん!ガルヴォルスになったらダメだ!」
「でも、こうでもしないと、光輝を助けられない・・みんなも救えない・・」
奈美を呼び止めようとする光輝だが、奈美の気持ちに変化はない。
「ゴメンね、光輝・・でも私にも、みんなを守りたい気持ちはあるの・・・」
「奈美ちゃん・・・」
「みんなを守りたい・・それが私の、今の願いだから・・・」
困惑する光輝に、奈美が瞳を閉じて寄り添う。彼女の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「ダメだ、奈美ちゃん・・やめてくれ!」
変貌を遂げようとする奈美に、光輝は叫び声を上げた。その声も虚しく、彼女の背中から光の羽が生えてきた。
「奈美ちゃん・・・」
眼の前で奈美に変化が起こっていることに、光輝は愕然となっていた。
私の家は多くの武術を習得した家柄だった。だから私は、子供の頃から鍛錬を受けていて、普通の子供と比べて強かった。
だから光輝がいじめられていたときは、いつも私が助けてた。
だけど、強かったからこそ、私は何か挫折があると、なかなか立ち直ることができなかった。それが強さの中にある弱さだったんじゃないかな。
そんな私に手を差し伸べてきたのが、私が守っていたはずの光輝だった。
無邪気に笑ってくる光輝が、私には嬉しかった。でも弱さを見せたくないとも思っていた私は、あえて強気な態度を見せた。
それから私はもっと強くなろうと思った。光輝を守り抜くために。
でもいつしか、光輝はそんな私よりもずっと強くなっていた。
ガルヴォルスになっただけじゃない。心も強くなっていた。
光輝とずい分と差をつけられたと思い、私は辛くなった。弱いと思うだけじゃない。何もできないと思えてしまったから。
このまま何もできない自分はイヤ。いつまでも光輝に守られるのはイヤ。
たとえ人であることを捨てることになっても、みんなを守れるだけの力がほしい。
もうこれ以上、私の大切な人が辛いことになってほしくない。
たとえ間違ったことでも、たとえみんなの気持ちを裏切ることになるとしても、私は力がほしい。
その力を手にすることができるなら、私はどうなっても構わない。
私に、みんなを守れるだけの力を。
石化した麻子の頬に手を添えて、メシアが満足げに微笑む。石化の衝動によって、麻子は意識を失っていた。
「寂しくなることはないわ。あなたの妹もすぐにここに連れてきてあげるから・・」
麻子の石に胸を撫で回して、メシアがさらに微笑む。
「ではそろそろ檜山理子を探しに行くとするわね。彼女も独りで寂しがってることでしょうから・・」
メシアは麻子の石の体から手を離すと、理子を探しに部屋を出ようとした。
そのとき、メシアが背後から強い力を感じた。足を止めた彼女が笑みを消す。
「この強い力・・すぐそばから感じる・・・これは、まさか!?」
眼を見開いたメシアが振り返る。石化しているはずの光輝と奈美から光が発せられていた。
「これはガルヴォルスの力・・・でもこれは光輝のものじゃない・・・!」
徐々に強まっていく光に、メシアが緊張を覚える。
「もしかして、奈美が・・・彼女、ガルヴォルスになろうとしているの・・・!?」
驚愕の色を隠せずにいるまま、メシアが光輝と奈美に近づく。
「私の石化を自力で破った人は今までいない・・長い時間をオブジェとして過ごしたためにオブジェである自覚を持つことになる・・自分の意思を強く持っていても、ガルヴォルスも含めた全ての力を封じられる・・」
彼女の眼の前で、光輝と奈美の体に刻まれたヒビが広がっていく。
「私の力を超える力だというの・・奈美から発せられている力は・・・!?」
メシアがたまらず光輝と奈美を抱きしめた。そして力を放出して、光を押さえ込もうとする。
「ダメよ・・あなたたちは、あなたたちだけは放せない!・・あなたたちは、私が求めてきた光でもあるから・・・!」
一途の願いを込めて呼びかけるメシア。しかし彼女の願いとは裏腹に、光はさらに強みを増していく。
「大人しくして!でないとあなたたちに待っているのは絶望だけ!せっかく幸せでいるのに、その幸せを壊してしまうの!?」
メシアも自身の力を光に変えて、光輝と奈美を押さえ込もうとする。だがさらに強まる2人の光に、ついに彼女は突き飛ばされる。
「うわっ!」
衝撃にあおられたメシアが顔を歪めてうめく。彼女が視線を戻すと、そこには生身の体を取り戻した光輝と奈美の姿があった。
奈美の背中から蝶のような羽が生えていた。彼女は大切な人たちを守るため、ガルヴォルスの力を覚醒させたのだった。
次回予告
光輝を救うため、麻子と理子を守るため、奈美はガルヴォルスの力を覚醒させた。
もう元の日常には戻れない。
その悲しみを胸に秘めて、彼女は力を振り絞る。
一途な願いを秘める奈美に、光輝の気持ちは・・・