ガルヴォルスMessiah 第16話「征服」
メシアの手にかかり、光輝と奈美は石化され、連れ去られてしまった。
それからサターンは、メシアの指揮の下、侵略を本格化させた。
各国の首脳陣はサターンに所属するガルヴォルスの猛威に敗北を喫し、陸海空の軍隊もその力の前では無力に等しかった。
世界は完全にサターンの統治下に落ちた。これまでの日常が一変し、サターン、特にメシアへの支持が急激に増すことになった。
一方でメシアの欲情は、その支持者の中にいる美女にも向けられることになった。美女たちが次々とメシアの石化にかかり、一糸まとわぬ石像となって彼女のコレクションとして並べられることになった。
光輝と奈美はメシアのコレクションルームではなく、彼女の私室に置かれていた。
そして、光輝と奈美がメシアに石化されてから、1年余りの月日が流れた。
世界はサターンの支配下にあった。だがこの世界の中に、混乱や不条理、争いは存在しなかった。
サターンが世界をひとつに束ねたことで、各国のいさかいや戦争も途絶えることになった。これはサターンへの支持が根源となったといえる。
一見すれば平和に満ちあふれている世界。しかしこれまでの日常からは全くかけ離れたものとなっていた。
その世界の中で、麻子と理子は暮らしていた。2人は世界の変革に疑念を抱いていた。
光輝と奈美が戻らなくなってから、サターンの支配が幕を開けた。麻子と理子はサターンが2人に何かしたのだと考えていた。
独自にサターンの調査を行おうとする麻子と理子。だがその手がかりも、光輝と奈美の安否もつかめないままだった。
「光輝さんと奈美さん、どうしちゃったのかな・・・?」
押し寄せる不安にたまりかねて、理子が沈痛さをあらわにする。
「もしかして、2人ともあのサターンに・・・」
「理子、何言ってるのよ!?光輝くんと奈美ちゃんが、そんな簡単にやられるはずがないじゃない!」
理子が口にした言葉に、麻子が不満を口走る。その言葉を受けて、理子は小さく頷く。
「そうだよね・・2人がやられるはずないよね・・・」
互いに笑みを取り戻す理子と麻子。
「でも、これからどうしたらいいの?・・相手はガルヴォルスという怪物だし、あたしたちが何とかできる相手とはとても思えないよ・・」
「そうね・・確かに相手はとんでもなくすごい相手・・でも、絶対無敵ってわけじゃないでしょう・・」
再び不安を浮かべる理子に、麻子が言いかける。
「やっぱり、光輝くんと奈美を見つけ出すしかないみたいね・・」
麻子が言いかけた言葉に理子も頷く。2人はなかなか前に足を踏み出すことができないでいた。
現在、世界の統治を担っているサターン。その主な指揮を行っているのはブリットだった。
メシアは自らの部屋にこもり、アイも彼女に付き添っている。何を行っているのか気にしていたが、ブリットを始め多くの部下たちには知る権利はなかった。
「メシアは何をなさっておるのだ・・私はともかく、わずかな者の不信感を抱かせる要因になりかねない・・」
ブリットが呟きかけたところで、アイの姿を発見する。
「各国、異常はありませんか?」
「異常ありません。併せて7ヶ所にゲリラの存在を確認しましたが、全て殲滅、鎮圧しました。」
アイの問いかけにブリットが答える。
「あの、つかぬ事を伺いますが・・・」
「はい・・」
ブリットが話を切り出し、アイが眉をひそめる。
「メシアは何をなさっておられるのですか?このままではいずれ、統治にも影響を及ぼすことになりかねません・・」
「無用な詮索です。が、わずかばかりの反乱分子も、残れば混乱につながるのは必死・・・」
ブリットの質問に、アイが苦言を呈する。
「メシアには全てお見通しなのでしょうが・・他の者たちには、他言無用にお願いします・・」
アイの忠告にブリットが小さく頷いた。
「メシアもはじめは、無力な人間の1人だったのです。世界の不条理に苦しめられた人間の1人でした・・」
アイの口から語られるメシアの過去に、ブリットが息を呑む。
「その歪んだ世界に対する感情が、メシアをガルヴォルスに転化させたのです。その力で、世界への復讐は果たされました・・しかしメシアの中にある渇望は、今現在もメシアの中に残っているのです・・」
「その渇望とは・・・?」
「メシアの中にある渇望は欲望となり、救済を与える形として膨大化されることになるのです。美女をオブジェにして手中に収める。同時にその者たちに、最高の美と永遠の命を与える・・」
「それが人間に対する救済・・救世主としての責務・・・」
「吉川光輝と神埼奈美も、メシアの手に落ちました。メシアの最高のオブジェとして・・」
「メシアの部屋にいるというのですか!?2人はサターンの敵!挙句の果てにメシアにまで牙を向けた相手ですよ!」
「たとえ敵であっても、メシアが眼をかけた相手は手の内に入れられる。メシアに救われるほどの至福は存在しませんから。」
声を荒げるブリットに、アイが微笑んで言いかける。
「ということですので、何の問題もありません。メシアはもちろん、吉川光輝、神崎奈美に関しても・・」
「それで、このことを知っているのは・・・?」
「今現在では私とあなただけです。このことが公になることを、メシアは快く思っていません。肝に銘じておいてください。」
アイの忠告を受け入れて、ブリットはこの場を離れた。廊下を進む間も、彼はメシアの秘密について思考を巡らせていた。
(まさかメシアに、あのような秘密を秘めていたとは・・しかしあのような私利私欲も、メシアならば許される特権というもの・・)
メシアへの驚きを痛感しながらも、彼女への信頼を消さないブリット。
(メシア、あなたの望むようになさるといい。もはや世界はサターンに、メシアによってまとめられている。たとえあなたのその欲情を抱えていたとしても、誰もあなたをとがめることはできない・・)
メシアへの忠誠心を募らせるブリット。彼は新たなる反乱分子の隠滅のため、行動を開始するのだった。
光輝との戦いに敗れ、アイの攻撃で海に投げ出された利矢。だが利矢は生きており、今も世界を転々としていた。
利矢はサターンに反旗を翻していた。自分が最大の標的としていた光輝を奪ったメシアも、彼の標的となっていた。
(メシア・・オレが倒すべき相手である光輝を奪うとは・・お前がオレにしたことは、最も許されざることだ・・・)
利矢はメシアに対する憎悪を抱いていた。だが同時に、彼女との力の差も痛感していた。それでも倒さなければならない気持ちに、彼は駆り立てられていた。
彼はビルの屋上から、街中の雑踏を見下ろしていた。
彼が嫌悪していた虚飾の正義は、サターンの制圧によって結果的に解消された。だがサターンがもたらす世界は、彼が望んでいたものとは違いがあった。
虚飾の正義を振るう者からサターンに取って代わっただけであり、世界にあるべき正義がそんざいしていないことに変わりはなかった。心が満たされないまま、利矢はこの1年を過ごしてきた。
(必ず・・必ずこの借りを返してくれる・・覚悟しておけ、メシア・・・!)
メシアへの憎悪を募らせる利矢。歩き出そうとしたとき、彼は背後から気配を感じ取って足を止める。
「速水利矢さんですね?」
「その声、あのときオレを海に突き落としたヤツか。」
その気配の正体、アイが訊ねると、利矢が冷徹な態度で言いかける。
「あなたを改めてサターンの一員として迎えたいと思います。あなたの力は、吉川光輝と同じく高いレベルの域に達しています。あなたの満足する待遇も・・」
「消えろ。オレはお前たちに組するつもりはない。」
誘いの言葉をかけるアイを、利矢が鋭く突き放す。
「メシアもあなたの力を高く評価しています。もう誰も、あなたを虐げるものは存在しないのです。」
「その虐げる存在が、オレの前に立ち塞がった敵がそのメシアだとしてもか?」
利矢が告げた言葉に、アイが眉をひそめる。
「メシアはオレの最大の標的である光輝を奪った。興味本位で獲物を横取りすることがどれほど滑稽なことか、ヤツは理解していない。」
「メシアを愚弄するというのですか、あなたは・・・!?」
「愚弄を働いているのはメシアのほうだ。メシアならば、オレの心もお見通しであることはお前も分かっているだろう。にもかかわらず、ヤツは私利私欲のためにオレから光輝を奪った。もはや手を組む要因はなくなり、敵対の要因だけが残った・・」
語気を強めるアイに反論して、利矢がようやく振り返る。
「もはやお前やメシアにとって、オレは招かれる客ではなく、葬り去るべき敵でしかない。自覚できないわけではないだろう。」
「それがあなたの答えというわけですか・・・」
敵対の意思を示した利矢を見据えるアイの頬に紋様が走る。
「メシアの意思に背くことになりますが・・・メシアに敵対する存在として、あなたを排除する!」
言い放つアイの姿が、全身から刃が突き出ている異形の怪物へと変貌する。彼女は風と刃をつかさどるブレイドガルヴォルスであり、風を圧縮して衝撃波を作り出すこともできる。
「この姿を見せたのは、メシアと3幹部を除いてあなたが初めてです。光栄と思いなさい。」
アイが言いかけると、利矢に向けて旋風を巻き起こした。
「お前たちを光栄に思うことなど、絶対にない・・・!」
いきり立った利矢もダークガルヴォルスに変身する。彼は漆黒の刃を突き出し、アイの放った衝撃波をかき消した。
「メシアはどこにいる?素直に話すなら、命は保障しておく。」
「メシアを裏切って生き恥をさらすなら、私は死を選びます。ですが私はメシアのため、死ぬわけにはいきません!」
冷徹に告げる利矢だが、アイは退かない。彼女が再び衝撃波を駆使して、旋風を巻き起こす。
だがその旋風は、利矢が発した漆黒のエネルギーによってかき消される。
「えっ!?」
その一瞬にアイは眼を疑う。全身を包むオーラを抑えて、利矢が彼女を見据える。
「あれからどれほどの時間がたっていると思う?あれからオレは、お前たちが築いてきた修羅場を潜り抜けてきた。これまでメシアのそばにいることを遵守してきてきたお前とは、積み上げてきた強さが違う。」
「バカなことを!たとえそれが事実であっても、メシアには遠く及ばない!」
「たとえそうであっても、オレはさらに力をつけていく・・メシアを葬るため、オレが求めてきた本当の世界に向かうために・・」
声を荒げるアイに向けて、利矢が飛びかかる。繰り出される拳を、アイは両手でさばいていく。
(あの時と比べて、力も動きのよさも格段に上がっている・・たった1年で、これほどの成長を果たしたというのですか・・・!?)
利矢の力に脅威を覚えるアイ。彼女は全身から衝撃波を放ち、利矢を退ける。
(ですが、それでもあなたはメシアには敵わない・・もちろん私にも・・・!)
眼を見開いたアイが、利矢に向けて衝撃波を解き放つ。だが利矢の放った漆黒のオーラに阻まれ、かき消される。
「たとえ私を打ち負かしたとしても、メシアには勝てない。なぜなら、メシアはこの世界の救世主だからです。」
「救世主?お前も戯言を口にするのだな・・」
アイの言葉に利矢が嘆息をつく。
「この世界に救世主など存在しない。無論、神すらも・・・」
利矢が放出したオーラに押されて、アイが後ずさりする。そこへ利矢が飛び上がり、一蹴を繰り出す。
「ダークスマッシャー!」
その一蹴を受けて、アイが突き飛ばされる。彼女はその勢いのままに物陰に隠れ、姿を消した。
「逃げたか。これまでメシアに仕えてきた女だ。そう簡単に仕留めさせてはくれないだろう・・」
利矢は言いかけると、人間の姿へと戻る。
「だがたとえオレの力を上回ろうとしていても、オレはメシアを倒す・・光輝を奪ったヤツを、オレは許しはしない・・・!」
メシアへの憎悪をたぎらせて、利矢は歩き出す。本来倒そうとしていた光輝を奪ったメシアを、彼は決して許そうとはしなかった。
新たに設立されたサターン本部。その地下にあるメシアの私室と、コレクションルームとされている大部屋。
その大部屋には、全裸の女性の石像が立ち並んでいた。その全員が元は人間で、メシアによって石化され、同時に衣服を引き剥がされて全裸の石像と化していた。
この日も1人、少女がメシアに招かれ、石化の光線を受けていた。
ピキッ パキッ パキッ
石化が少女の体を蝕み、その素肌をさらけ出していく。裸になっていくことに、彼女は動揺を覚えていた。
「これが・・メシアのしてきたことなんですか・・・」
頬を赤らめながら声を発する少女に、メシアが妖しく微笑む。
「そう。これであなたも美しいオブジェになれるのよ。」
「オブジェ・・・私、裸になって、このままずっと・・・」
「そう。でもこれは喜ぶべきことなのよ。私に身を委ねることで、あなたは最高の美と永遠の命を得ることができるのよ。」
戸惑いを覚える少女に、メシアが淡々と言いかける。
「あなたは救われる・・オブジェになれば傷つくことはない。これからずっと、私が守っていくから・・・」
ピキッ ピキッ
メシアが語りかける前で、少女はさらに石化に蝕まれる。彼女が着ていた衣服がその体から完全に剥がれ落ち、彼女は全裸をあらわにするのだった。
「これが救済・・私に救われたあなたを脅かすものは、何もない・・楽でいなさい・・・」
「メシア・・・ありがとう・・ホントにありがとう・・・」
ピキッ
メシアの優しさに抱かれて、安堵の面持ちになる少女。無表情とも取れる表情のまま、彼女の顔が固まっていく。
ピキキッ
髪も唇も石になり、少女はただただメシアを見つめていた。その瞳に曇りは一切なかった。
フッ
その瞳も石に変わり、少女は完全に石化に包まれた。その石の裸身を見つめて、メシアは妖しく微笑んでいた。
「また1人、美しいオブジェになった子が、私のコレクションに加わった・・」
メシアが高揚感を募らせて、部屋を見回す。石化された女性たち全員に意識が残っていた。しかしそのほとんどが、人としての自覚を失いつつあった。
メシアに石化された人たちの中には、1年以上前から石になっている人もいる。もはや自分は人ではなく、石であるという自覚が芽生え、囚われてしまっていた。
「こういう気持ちになれることこそが、とても幸せなことなのよ。でも中には強情で、元に戻れると信じている人もいる・・」
メシアは呟きかけると、大部屋から私室へと移動する。
「もっとも、そんな気持ちも私の心を刺激してくれる要素でもあるのだけれどね・・」
その部屋の中を、彼女は見つめていた。その視線の先には2人の男女の石像がいた。
それは1年前、メシアによって石化された光輝と奈美だった。
次回予告
メシアに敗北し、身も心も掌握されてしまった光輝と奈美。
2人の中にはまだ、希望は失われていなかった。
その心に、メシアの邪な手が伸びる。
長きに渡る支配の中、光輝と奈美が追い求めたものは?