ガルヴォルスMessiah 第1話「覚醒」
救世主
平和を守る人のことをいう。
そういうのは、私たちの手の届かない高みにいる人か、空想上の人物しかないと思っていた。
あの出来事が起きるまでは・・・
世界は今まで過ごしてきた日常とは全くといっていいほど変わり果てていた。
人でないものが支配し、人間は淘汰されてしまっていた。
私もその支配に取り込まれ、何もできなくなっていた。
こんな壊れた世界の平和を取り戻したい。
救世主は、私が思っていたほど遠くにいたわけじゃなかった。
それどころか、私のそばにずっといた。
救世主は、そこにいた・・・
町中に点在する大きな家。その家の娘が、神崎奈美(かんざきなみ)である。
神崎家は多種多様の武術を継承しており、それらを会得した武道家揃いである。奈美も同じで、他の門下生たちと引けをとらない実力をもっている。
その神崎家には1人、親族や門下生でない人物が1人住んでいた。
吉川光輝(よしかわこうき)。奈美の幼馴染みで、同じ学校に通っている。
光輝は1年前に母を亡くし、とある理由で父と対立して家を飛び出し、この神崎家に居候することとなった。
それから光輝は神崎家の一員として、これまで生きてきたのである。
「光輝!いい加減に起きないとダメでしょ!」
ベットに潜っている光輝に向けて、奈美が声を張り上げる。しかし光輝はベットから起きようとせず、うめくだけだった。
「せめて5分だけ〜・・眠くて眠くて・・・」
そんな彼に対して、奈美は呆れてため息をつく。思い立った彼女は、とあるツルの一声を上げた。
「早く起きないと“シャニオン”が始まっちゃうわよ。」
その一言を耳にして、光輝が一瞬にしてベットから飛び起きた。
光輝は正義感が強く、大のヒーロー好きでもある。高校生でありながら、ヒーロー番組を欠かさず見ていた。
「あ、あれ?シャニオンは?」
「光輝、いつまでも寝ぼけていないの。もうすぐ学校だから、シャキッとしなさいって。」
寝ぼけ眼の光輝に、奈美が呆れながら言いかける。すると光輝がムッとなって奈美に言い返してきた。
「嘘をつくのは悪者の専売特許なんだからね。そういうのは僕の正義に反する。」
「どんな正義でもね、ルールを守らなくちゃ正義と認めてもらえないの。正義を呼びかける前に、やることをちゃんとやりなさい!」
奈美に言いとがめられて、光輝は押し黙ってしまう。彼は彼女に連れられて、学校に向かうこととなった。
これが2人の日常だった。この平穏で退屈しないひと時をずっと過ごしていくことになる。奈美はそう信じていた。
光輝と奈美は高校2年生である。しかし剣道部、柔道部、空手部など、あらゆる武術の部活を掛け持ちしている奈美とは対照的に、光輝は何の部活にも入っていない。
心身ともに鍛えていこうとする志を持つ奈美と、何を目指していいのか分からずにいる光輝。彼は今日も退屈な毎日を過ごすこととなった。
「はーい、光輝。相変わらずやる気が感じられないわよ。」
そこへ1人の女子に、光輝が声をかけられる。茶色がかった黒い長髪の女子。
檜山麻子(ひやままこ)。光輝と奈美のクラスメイトである。
「人聞きの悪いことを言わないでよ、麻子ちゃん。僕は正義の味方。弱きを助け悪事を許さず。それが僕のポリシーなんだ。」
「それで、その正義のためにも、これから光輝は何をしていこうって考えてるのかな?」
麻子に言いかけられて、光輝は言い返すことができず押し黙ってしまう。
「お姉ちゃん、あんまり光輝さんをいじめたらダメだよ。」
そこへ1人の女子が麻子に声をかけてきた。麻子と同じ茶色がかった黒髪であるが、それをツインテールにしていた。
檜山理子(ひやまりこ)。高校1年生。麻子の妹である。
「別にいじめてるわけじゃないって、理子。光輝の将来を心配して、こうして親身になって考えているだけなのよ。」
「困らせることのどこが心配なのよ。それにそういうのは誰かからアドバイスされても、結局は自分で決めないといけないことなんだから。」
「それもそうね。ということで光輝、自分の人生は自分で決めなくちゃね♪」
理子の注意を受けながらも悪びれた様子もなく、麻子が光輝に言いかける。
「もう、調子がいいんだから・・」
光輝が呆れてため息をつく。そこへ奈美が歩み寄り、光輝の様子に呆れる。
「もう、光輝ったら。いつもいつもシャキッとしないんだから・・」
「僕が悪いんじゃないって。麻子が意地悪してくるから・・」
子供染みた言い訳をする光輝に、奈美はさらに呆れる。そこへ麻子が歩み寄り、悩ましい眼差しを向けてきた。
「光輝のそういうかわいいところ、私は好きなんだから・・」
言いかけると、麻子が制服の上着をはだける。すると光輝が赤面し、その場で気絶してしまった。
「ちょっと、光輝!」
たまらず声を荒げる奈美。光輝の様子を見て、麻子が苦笑いを浮かべる。
「麻子、光輝がそういうハレンチなことがメチャクチャ苦手だって知ってるでしょ!?」
「ゴメンゴメン。でもそういう反応をする光輝も見てて面白くてね、エヘヘヘ・・」
注意する奈美に、麻子が照れ笑いを見せる。彼女の言動に理子も呆れ返っていた。
小さな路地を進んでいく1人の女子。彼女は仮病といって早退し、そそくさに遊びほうけようとしていた。
「やってらんないって。授業なんてかったるい・・」
学校から抜け出して、解放感を実感して安堵を見せる女子。これから今日の楽しい時間が訪れると思っていた。
だがそのとき、響いてくる足音を耳にして、女子が振り返る。だが周囲を見回しても、人の姿が見当たらない。
「気のせいだよね・・足音だけしかないなんて・・」
苦笑いを浮かべた女子が、改めて歩き出そうとした。
そのとき、女子の眼前に異形の怪物が飛び降りてきた。あまりに現実離れしたその現状に、女子が恐怖を覚える。
「ちち、ちょっと、何よ、アレ!?」
「ケッケッケッケ。またまたかわいい子を見つけたぞ・・」
怯える女子に不気味な笑みを浮かべる怪物。
「イ・・イヤアッ!」
悲鳴を上げて逃げ出す女子。蜘蛛の姿に似た怪物が口から糸を吐き出し、その女子を捕まえる。
「イヤッ!放して!イヤアッ!」
悲鳴を上げる女子が暴れるが、怪物の糸に絡みつかれて身動きが取れなくなる。やがて全身を糸に包まれて、女子は固まったかのように動かなくなる。
「ケッケッケッケ。オレの糸は見た目より結構頑丈でな。包まれたら石膏のように固くなる代物だぜ・・そうなったら、2度と動くことはできない・・」
怪物は不気味な笑みを浮かべると、薄汚れた男の姿になり、その場を立ち去っていく。その場には鉱物の像のように固まった女子だけが取り残された。
これが最近多発している奇怪な事件だった。被害者は全て女性。全身と硬質化した糸に包み込まれていた。
その日の放課後、光輝は1人で下校することとなった。奈美も麻子も理子も、それぞれの部活に所属しており、その部活動に出ていたのだ。
「1人で帰るのも久しぶりかな・・何もないし、真っ直ぐ帰るとしよう・・」
光輝は呟くと、家に向かって駆け出していった。
この世の中では、人々の気付かないところで悪いことが起きているかもしれない。光輝は正義感を強めながら、帰路に着いていた。
その途中、光輝はパトカーと人だかりを発見する。何かあったと思った彼は、そこへ駆け寄っていく。
「何かあったんですか?」
「また例の奇怪な事件だよ。女子高生が石膏のようなものに包まれて・・」
光輝が訊ねると、警官の1人が答える。彼の眼にも、固まって動けなくなっている女子の姿が入ってきた。
「犯人はまだこの近くに・・・」
「分からない・・ともかく狙われるのは女性だけだという確証はないからね。」
警察の注意を胸に留めて、光輝は歩き出した。近くでまた犯人が犯行を行っているかもしれない。彼はそう思っていた。
(ちょっと調べてみるかな。誰かが悪者の被害に遭うのはよくないからね。)
犯人の次の犯行を阻止しようと、光輝は躍起になっていた。彼は徐々に人気のないほうへと進んでいった。
「あれ?・・まずい・・道に迷ったかも・・・」
道の途中で立ち止まった光輝が、不安を覚える。彼のいた場所は、彼が行ったことのない場所だった。
「落ち着くんだ・・こういうのは元来た道を戻ればいいんだ・・そうすれば・・」
自分に言い聞かせて、光輝が戻ろうとしたときだった。
「キャアッ!」
そのとき、光輝の耳に女性の悲鳴が響いてきた。
「もしかして、あの事件の犯人が・・!?」
光輝が血相を変えて、声のしたほうに振り返る。彼は事件を止めるため、全速力で駆け抜けていった。
廃屋となっている工場跡地。その一角に、蜘蛛の怪物が不気味な哄笑を上げていた。
怪物の眼の前には、糸に包まれて固まっていた少女がいた。
「ケッケッケッケ。やっぱりかわいい子をグルグル巻きにするのはいい気分だ。」
微動だにしなくなった少女を見つめて、怪物が歓喜を膨らませていた。
「しばらく時間もあるし、もう少しかわいい子を狙っていくか。」
次の標的を求めて移動を使用とする怪物。その様子を、光輝は物陰から伺っていた。
「かかか、怪人!?・・・犯人がまさか怪人の仕業だとは・・・」
事件の真相を知った光輝が驚きを覚える。たまらず後ずさりし、その弾みで物音を立ててしまう。
「えっ・・・!?」
思わぬことに声まで上げてしまう光輝。それを耳にした怪物が、彼に振り返る。
「お前、見ていたのか・・・?」
怪物が光輝に向けて不気味な声をかけてくる。危機感を感じながらも、光輝は身構える。
「怪人め!お前が事件を引き起こしていたのか!?」
「ほう?ただの人間のようだが、ずい分と勇ましいようだな・・」
言い放つ光輝に、怪物が不気味な笑みを浮かべる。
「見られたからにはしょうがない。ここで始末してやる・・・!」
怪物は言い放つと、口から糸を吐き出す。あまりに速い糸に、光輝はなす術なく捕まってしまう。
「し、しまった!・・腕が・・・!」
「捕まえた・・これだけ威勢がいいヤツなら、実験体として利用できるかもしれない・・」
毒づく光輝と、歓喜の笑みを見せる怪物。
「こんなところで・・僕は負けてしまうのか・・・」
光輝の中にある正義感が膨らみ始め、彼を奮い立たせる。
「ここで負けてしまったら、みんなが傷ついてしまう・・奈美ちゃんも、みんなも・・・!」
奮起して力を振り絞ろうとしたときだった。光輝の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「お前・・・!?」
その変化に怪物が驚愕を見せる。それは自分と同じ、異形の存在への変身だった。
「だから僕は・・オレは負けるわけにはいかないんだ!」
高らかと叫び声を上げた瞬間、光輝の姿が変貌を遂げる。彼の体から放たれたまばゆいばかりの閃光が、怪物が吐き出していた糸を切り裂いた。
「バカな!?」
再び驚愕の声を上げる怪物。鋼のように頑丈になる糸がいとも簡単に破られたことが、彼には信じられなかった。
緩和されていく閃光の中に、光輝はいた。だがその姿はひとではなく、神々しい光を宿した異形のものとなっていた。
「お前もガルヴォルスだったのか・・・!」
「ガルヴォルス?」
怪物、スパイダーガルヴォルスが口にした言葉に、光輝が疑問符を浮かべる。
「どうだ?オレと一緒に来るんだ。もしもオレたちのところに来るなら、その力を存分に振るえるんだぞ。」
「そうはいかない!お前は世界の平和を脅かす敵だ!そんなヤツらと手を組むつもりはない!」
スパイダーガルヴォルスの誘いを、光輝は拒む。
「そうか・・ならばお前はくたばるしかない。せめてオレが息の根を止めてやるぞ!」
いきり立ったスパイダーガルヴォルスが、口から糸を吐き出す。そのとき、身構えた光輝の体から光があふれ、その糸を吹き飛ばした。
「なっ!?」
再び驚愕の声を上げるスパイダーガルヴォルス。自身の発揮した力に、光輝も驚いていた。
「すごい・・これが僕の力・・・」
「くっ!・・まさかこれほどの力の持ち主とはな・・・!」
危機感を覚えたスパイダーガルヴォルスは、とっさに白い霧を吹き出した。光輝が視界をさえぎられて怯んでいる隙に、スパイダーガルヴォルスがこの場を去る。
逃がしてしまったことを悔しがる光輝。肩の力を抜くと、彼の姿が人間へと戻る。
「僕に、何が起こったんだ・・・?」
自身の変化に困惑を覚える光輝。彼も異形の存在、ガルヴォルスへと覚醒したのだった。
夕刻の電車内。帰宅ラッシュに入っていた車内は、乗客が敷き詰められていた。
その中で突如、女性が悲鳴を上げた。この状況に乗じて、誰かが痴漢に及んできたと感じたのだ。
「痴漢!痴漢よ!」
女性のその声を耳にして、車内が騒然となる。彼女は痴漢と思しき人物の手をつかみ、放そうとしなかった。
「えっ!?ぼ、僕!?な、何を言って!?」
「この変態!警察に突き出してやる!」
捕まれた青年が声を荒げるが、女性は耳を貸さない。2人は次の駅で降り、青年は駅員の前に突き出された。
「駅員さん、この人、痴漢です!」
「何っ!?痴漢!?」
女性が告げた言葉に、駅員たちが声を荒げる。しかし青年はそれを認めない。
「違う!僕はやっていない!僕はつり革を持って立っていただけです!」
「ウソ言わないで!私の体を触ろうとしてきたくせに!」
青年が抗議するが、女性は苛立って食って掛かる。過激化しそうになっていた2人を、駅員たちが押さえる。
「とにかく、もうすぐ警察が来ますので、詳しくはそのときに。」
「違う!僕じゃない!僕はやってない!」
必死に声を上げる青年。だが彼の言葉が届くことはなかった。
青年の痴漢の容疑に、1人の刑事が立ち会った。青年は必死にその刑事に呼びかけたが、刑事はルールを重視し、その中で冷徹に徹する人間だった。
「お前はわいせつ行為という罪を働いた。罪を犯した者は罰せられなければならない。」
「そんな!僕はホントにやっていない!信じてくれ!」
「その罪の有無は、ルールが定めることだ。ルールに離反することこそが罪なのだよ。」
必死に呼びかける青年だが、刑事は聞ききれようとしない。
「よってお前を逮捕する。長い年月をかけて、自分の罪を悔い改めるのだ。」
「やめてくれ!オレはやってないんだ!」
刑事が呼びかけると、青年は警官たちに連行されていった。
その後も必死に無実を訴える青年だったが、その声が届くことはなかった。
それがこれから起こる悲劇の幕開けであり、青年、速水利矢(はやみとしや)の運命の変局だった。
次回予告
突如変貌を遂げた光輝。
彼が変化した種族、ガルヴォルスとは?
そして、彼らの日常の裏で暗躍する組織、サターン。
そこに属するガルヴォルスたちの目的とは?
平和を守るため、光輝が立ち上がる。