ガルヴォルスLucifer
EPISODE3 –End of bonds-
第1章
大切な人との平穏な時間。
それが私の変わらない願い。
でも1番の大切な人が変わったかもしれない。
私のたった1人の家族から、私を放っておかずに支えてくれる人へ。
裏切りになってしまうかもしれない。
わがままで誰かを傷つけてしまっているかもしれない。
でも、これが今の私の正直な気持ち。
この気持ちにどうしてもウソがつけない。
だから私は、この気持ちをまっすぐに伝える。
勇気を出して、想いを伝える。
大切な人を守りたい。
そのためならもうどんなことでもやる。
世界には法があって、それを破ることはいけないこと。
でもその法を自分勝手な人間が作り変えてしまっていたとしたら、それはもう何の意味もなくなってしまう。
そんな身勝手な人は私が世界から消す。
身勝手に作り変えられる法は、私が正しい形に導く。
そして私が見出した救済と罰を世界にもたらす。
辛さのない永遠の平和への救済と、終わる事のない永遠の不自由という罰。
それらを1つで与えられる力を、私は見つけた。
その力で、私は今度こそ、安らぎのあふれたひとときを世界に与える。
そして今度こそ、私はあの子を助ける。
天上ミナ。姉のランとともに世界の不条理によって人生を狂わされた。
ミナはガルヴォルスとなって、不条理に立ち向かう力を手に入れた。
「ガルヴォルス」は人間の進化である。異形の怪物の姿と人間を大きく超えた身体能力を発揮する。
特にミナの変身するルシフェルガルヴォルスの能力は、明らかに常軌を逸したものだった。思ったことを念じただけでその通りになってしまう。神の領域に踏み入るような能力の強さだった。
ミナは最初は自分のガルヴォルスの力を使うことに消極的だった。そして彼女はその自分のガルヴォルスの力と本能に振り回されることになってしまった。
見境をなくしていたミナに人の心を取り戻させたのは、彼女のクラスメイトだった本藤ユウマだった。
ユウマはミナが出会った頃は、誰も寄せ付けないような雰囲気を出していた。自分が気に入らないものを見せつけられただけで反発してくる性格をしていた。
あくまで気に入らないからという理由だったが、ユウマは間接的にミナを助けることになった。それがミナがユウマを心の支えにするきっかけになった。
自分本位の行動ながらミナに人の心を取り戻させることになったユウマ。その彼にミナは心を寄せることになった。
そしてミナとユウマは抱擁、肌の触れ合いをするにまで至った。
それからミナはランだけでなく、ユウマと心身を通わせたい気持ちを持つようになった。
ユウマを失いたくない。ユウマと一緒に安らげる時間と場所を守りたい。
この小さくも強い願いを、ミナは日に日に強くしていった。
ミナとユウマが抱擁を交わしてから1ヶ月がたとうとしていた。2人は自分たちを保護してくれた人、横嶋ユウジの屋敷で暮らしていた。
ユウジはミナとユウマを信じて命を落とした。2人は彼の屋敷で過ごすことになった。
自分がガルヴォルスであることをユウマに知られることになり、その上で彼と抱擁を交わしたミナ。彼女はユウマへの想いを募らせていた。
(私、ユウマと一緒になれた・・でも、お姉ちゃんのこともこのまま放っておくことはできない・・)
ユウマに想いを馳せながらも姉、ランの心配を募らせていくミナ。
(私の本当の気持ちはどっちなんだろう・・もし、お姉ちゃんとユウマ、どっちかしか助けられない・・そんなときが来てしまったら・・私・・・)
「おい、ミナ。」
考え込んでいたところで声をかけられて、ミナが我に返る。彼女のそばにユウマが立っていた。
「ユウマ・・・」
「お前、姉さんのことを気にしてるのか・・・?」
当惑を見せるミナにユウマが問いかける。ミナはこの問いかけに答えることができない。
「姉さんを追いかけるのは、居場所がハッキリしてからだ。闇雲に探しても意味がないのは、お前だって分かってるはずだろ・・」
「それは・・・」
「それに姉さんが本気でミナを守りたいって思ってるなら、向こうからこっちに来るだろうが・・」
「そう思っていても・・お姉ちゃんはまだ帰ってこない・・・」
ユウマに言われてもミナはランの心配を膨らませる一方だった。彼女のこの様子に、ユウマは呆れて肩を落とした。
「気弱なのにガンコだな、お前は・・だからほっとけないのもあったんだろうな・・」
「ユウマ・・・」
憮然とするユウマにミナが戸惑いを覚える。
「オレはお前をほっとかない。暴走して何かあっても後味が悪いからな・・だけどミナ、お前はどうするつもりなんだ・・?」
「どうするって・・・」
「オレと姉さん、どっちも助けられるとしても、どっちを先に助けるつもりなんだ?・・お前の体は1つだ。同時に助けるなんてのはムチャだ・・」
「ムチャでも、私はどっちも・・」
「理想とやれることは一緒じゃない・・どうしてもどっちかしか・・」
「それじゃ、ユウマだったら・・・?」
「聞かれてるのに逆に聞き返すのか・・?」
ミナに逆に問いかけられて、ユウマが不満を見せる。
「ユウマもきっと、どっちを優先するのかって聞かれても、どっちもって言うよね・・・」
「それは、まぁ・・そうなるか・・・」
「ガンコなのはユウマも同じ・・ううん、私よりも全然ガンコだと思う・・・」
「そんなことで張り合ってもしょうがないけどな・・」
ユウマの考えを改めて察して、ミナが落ちつきを感じていく。ユウマはそのミナに憮然さを募らせていた。
「とにかく、まだ何の手がかりもないんだ・・今は闇雲に動いたってしょうがないだろうが・・」
「でも・・・それでも・・・」
「また勝手に姉さんを探しに飛び出したら、首根っこひっつかんで無理やり連れ帰るからな・・」
困惑しているミナに、ユウマが不満げに呼びかける。ミナは辛さと心配を感じたまま、小さく頷いた。
(おい・・ミナの姉さんなら、つまんないこと考えてないで早く帰ってこい・・・!)
ランへの憤りを心の中で呟くユウマ。彼もミナもはっきりした手段を見つけられず、途方に暮れた時間を過ごしていた。
ガルヴォルスとしての高い能力を得たランは、世界を操る存在となっている敵を次々に始末していった。
自分たちの自己満足で世界や法を動かす者は問答無用で葬り、敵と見なして攻撃を仕掛けてきた者も逆に手にかけた。
自分に対する反乱分子も、ランは徹底的に排除した。
全ては世界から身勝手や不条理を消し去るため、自分たちと同じように不条理に苦しめられる人を増やさないため。
人の苦しみや悲しみを理解しようともしない敵は世界から消す。それがランが不条理に陥れられて見出した決意だった。
そしてランは敵に終わりのない罰を、不条理にさいなまれている人々に苦しみのない時間を与えることのできる力を見つけた。
ランはその力も駆使して、世界にさらなる平穏をもたらそうとしていた。
それも含めて、全てのきっかけはミナのための決意と行動だった。
これ以上ミナを不条理に苦しめさせたくない。
ミナや罪のない人が安心して暮らせる世界に作り変える。
ランはその願いと目的のために行動を起こしていた。
「これで、みんなが安心して暮らせる世界に近づけていける・・・」
自分の行為と力が世界を正しい形に作り変えていっていることを実感しているラン。
「もう罪のない人が、自分たちのしていることを正しいことだと思い込んで疑わない連中に振り回されて苦しめられることはない・・悪い連中は全員、私がこの手で世界から消していく・・」
自分自身の揺るがない決意を確かめて、ランは手を強く握りしめた。
もう身勝手な連中に振り回されない。自分たちが正しいと思い込んで、他人を平気で犠牲にしようとする連中に、これ以上世界を動かさせるわけにいかない。
ランはさらに世界に視野を広げて、不条理を完全になくそうとしていた。
「もう少しで・・もう少しで、世界に本当の安らぎが戻ってくる・・・」
世界の安息を実感していくラン。
「それを迎えたら、あなたのところに帰るからね・・ミナ・・・」
ミナへの思いを募らせながら、ランは世界のさらなる平穏を目指していった。
警視庁内の会議室。そこでは2人の警部が深刻な面持ちを浮かべていた。
尾原早苗と尾原佳苗。真面目な性格の妹の早苗と違い、姉の佳苗は明るく気さくで天真爛漫な性格である。
早苗と佳苗のいる会議室にはもう1人、少女が椅子の1つに座っていた。
犬神寧々。早苗、佳苗の知り合いで、ミナとは新しい友達となった。
寧々には姉がいた。姉、犬神紅葉は朗らかで落ち着きがある。やんちゃな寧々の面倒を紅葉が見ることが多い。
しかし紅葉は行方不明になってしまった。彼女はランによって石化されて連れ去られてしまった。
紅葉がいなくなって、寧々はいてもたってもいられなくなっていた。早苗と佳苗に止められても、彼女は不安を感じずにはいられなかった。
「ごめんなさい、寧々さん・・まだ、紅葉さんもランさんも、居場所が分からないままで・・」
「早苗さん、佳苗さん・・あたしのために、ありがとうね・・・」
謝る早苗に寧々が感謝の言葉を返す。
「ランさんが世界や政治に介入してから、犯罪や不祥事が減ったね・・」
佳苗がランと世界の現状を口にしていく。
「でも許せないからって、間違っているからって、殺していい理由にはならない・・早く止めないといけない・・ミナさんのためにも・・」
「それは分かるよ・・せめて手がかりぐらい見つけられたら・・・」
深刻さを募らせて、早苗と佳苗も苦悩を深めていく。すると腰を下ろしていた寧々が立ち上がり、2人に歩み寄ってきた。
「早苗さん、佳苗さん、あたし、何でもやるから遠慮なく言ってきてね!どんなことだってやるから!」
「寧々ちゃん・・・」
呼びかけてくる寧々に佳苗が戸惑いを覚える。すると早苗が寧々の肩に優しく手を乗せてきた。
「ありがとう、寧々さん。私たちにできないことが出てきたら、寧々さんの力を借りることになるわ。そのときはよろしくね・・」
「早苗さん・・・うん・・」
感謝してきた早苗に、寧々は微笑んで頷いた。
「それまで寧々さんは、ミナさんとユウマくんのそばについていてあげて・・2人もランさんのことを気にしているから・・」
「うん、そうするよ・・もしもお姉ちゃんのことが分かったら、連絡してきてね・・・」
声を掛け合う早苗と寧々。気持ちを落ち着けた寧々が、また椅子に腰を下ろした。
(でも本当は、ランさんと紅葉さんのことが分かっても、寧々さんには教えないほうがいいのかもしれない・・・)
早苗は心の中で寧々に対する迷いを抱いていた。
(もしも教えてしまったら、寧々さんは紅葉さんを助けようと一目散に突撃しようとする。そうなったら間違いなく事態は悪化する・・それはミナさんにも同じことが言えるけど・・・)
寧々に目を向けたまま、早苗は不安を募らせていく。自分たちの選択次第で、寧々やミナを危険にさらしてしまうことになる。そうならないように、早苗は気を引き締めなおしていた。
今や国だけでなく、世界を影から影響力を与えているラン。彼女の前に捜査員の1人が駆けつけてきた。
「天上様、市民、ガルヴォルス問わず危害を加えているガルヴォルスの所在が分かりました。」
捜査員からの報告にランが目つきを鋭くする。
「彼女は政府の部隊が討伐に乗り出しましたが、討伐は失敗。部隊も全滅を受けています。」
「あの部隊も政治家も、世界を愚かにしようとしていた連中。私ではなく彼女に断罪されただけのこと・・」
「確かに滑稽でした。そして現在もそのような者たちが国や世界の上位にいるのですから・・」
ランの返した言葉に、捜査員が頭を下げる。
「もしも彼女が私たちに危害を加えるようなら、取り押さえることも許可するわ。」
「分かりました。そのように指示しておきます。」
ランの言葉に捜査員が頷く。
「彼女、もしかしたら平和のための力になるかもしれない・・剣崎リオ・・」
ランが目にしている映像に映し出されている少女、リオを確認した。
1人で自分の部屋に戻ってきたラン。彼女は誰も近づいてきていないことを確かめてから、暗闇に包まれた奥の部屋に入った。
ランはその部屋の周りに視線を移していった。そして彼女の視線は1点で止まった。
その先にいたのは、全裸の少女の石像。ランはその石像にゆっくりと近づいた。
「落ち着いたかな、紅葉さん・・?」
ランがその石像の頬に優しく触れてきた。その石像は彼女に石化された紅葉だった。
紅葉はランによって石化されて、全裸の石像にされてこの部屋に連れてこられたのである。そして今、ランに石化された人は紅葉だけではなかった。
部屋にはたくさんの全裸の女性の石像が立ち並んでいた。全員ランに連れて来られて石化された人ばかりである。
「紅葉さん、あなたはもう苦しさや辛さを感じることはない・・世界の不条理に振り回されることはないのよ・・」
ランが紅葉に向けて囁いていく。しかし石化している紅葉は反応を見せない。
「これは私が新しく見つけた能力・・敵に対しては永遠の不自由と絶望を、罪のない人に対しては解放感と安らぎを与える・・どんなことをしても絶対に傷つくことはない・・」
ランが紅葉の石の体を撫でまわしていく。するとランが妖しく微笑んでいく。
「分かるよ・・あなたは不安を感じている・・寧々ちゃんと離れ離れになって、さらに自由がなくなっていることに・・・」
ランが紅葉に向けてさらに囁きかける。彼女に石化された人は、石化後も意識が残っている。
「それじゃ、今日も様子を見させてもらうわね・・あなたが寧々ちゃんがいなくてさみしい思いをしているのは、私も耐えられないから・・・」
ランは言いかけると、紅葉の心に自分の意識を忍ばせた。
暗闇に包まれた空間。その中を漂う紅葉。
そこは紅葉の心の中。全裸の姿の彼女の意識が、心の中を漂っていた。
「まだ・・元に戻れない・・・寧々・・どうしてるのかな・・・?」
現状の不安と寧々の心配を募らせて、紅葉は自分の胸に手を当てる。
「すぐに帰りたい・・寧々に会って、安心させてあげたい・・」
「姉であるあなたにも、きちんと妹への気持ちがあるのね・・・」
思いを募らせていく紅葉に向けて声が飛び込んできた。声を聞いた紅葉が緊張を感じていく。
「ランさん・・・!」
声を上げる紅葉の前に現れたのはランだった。彼女も一糸まとわぬ姿になっていた。
「ランさん・・こんなことをしてどうするつもりなの!?どうして私やみんなを・・!?」
「これは敵への罰と、敵がもたらす不条理に苦しめられた人への救い。その両方をもたらしているの・・」
「それが、この石化だというの・・・!?」
「私がかける石化は絶対に壊れない・・だからどんなことをされても、絶対に傷つくことはない・・」
紅葉の問いかけに、ランが妖しく微笑んで答える。彼女に声をかけられても、紅葉は辛さを浮かべる。
「でも、私やみんなには、自由がない・・自由がないから、どうしても幸せには・・!」
「それでも、傷つかなくて済むなら・・・敵には当然の報いであり、かわいそうな人にとって解放的になる・・」
「違う!・・こんなのじゃ、誰も幸せにも安心にもならない・・・!」
「この形でないと・・罰と救いを与えられない・・私が何とかするしかないのよ、もう・・・」
呼びかける紅葉だが、ランは聞き入れようとしない。
「私は必ずみんなを幸せにする・・この世界から、自分たちが正しいと思い込んで、そのために何も悪くない人を一方的に苦しめる敵を消して・・・」
ランは自分の気持ちを口にすると、紅葉を抱き寄せた。紅葉は思うように動くことができず、ランの腕から抜け出すことができない。
「もうすぐ寧々ちゃんを連れてくる・・そうすればあなたたちは、心の底から安心することができる・・」
ランが囁きながら、紅葉の胸に手を当てて揉んでいく。
「う・・ぅぅ・・・!」
一方的に体を触られて、紅葉が声を上げる。
「私があなたをさみしくさせない・・寧々ちゃんを連れてくるまでは、あなたとの時間を作るわ・・」
「やめて・・まさかランさん、寧々にも私と同じようにするつもりじゃ・・・!?」
ランが囁いてきた言葉に、紅葉が緊張を募らせる。しかしランからの接触に抗うことができず、紅葉はあえいでいく。
「妹が辛い思いをするのが耐えられないのは、姉として当然でしょう・・・?」
「それでも、こんなやり方は間違っている・・・お願い・・ミナちゃんのためを思うなら・・・!」
「ミナのためを思うから、この形と力を選んだのよ・・」
ミナのことを言いかける紅葉だが、それでもランは考えを変えようとしない。ランは紅葉を抱きしめて、そのぬくもりを確かめる。
「もう不条理も悲劇も起こさせはしない・・私がこの力を手にしたのは、不幸中の幸いだった・・・!」
「ガルヴォルスの力にのまれないで、ランさん!・・・あなたが言っていることは、ミナちゃんの本当の願いなの・・・!?」
意思を口にするランに紅葉が問いかける。
「世界を変えることをミナちゃんが本当に望んでいるの!?ミナちゃん自身がそう言ったの!?」
「・・・ミナは優しい子・・相手を傷つけたくないために、自分のことを言わないで黙っていることがあるの・・・」
するとランが物悲しい笑みを浮かべて、ミナのことを語りだしてきた。
「ミナも心の底では願っているの・・不条理をなくして、世界が安心して暮らせるものになってほしいと・・安心して暮らしていきたいと・・・」
「でも、ミナちゃんは、今のランさんのやり方を、絶対にいいとは思わない・・ミナちゃんのところへ帰って、ランさん!そしてちゃんとミナちゃんと話をして、2人で今まで通りに・・!」
「そのためには、今は私がやるしかないのよ・・私がやらないと世界は、ミナは・・・」
紅葉の言葉を聞き入れようとしないまま、ランは彼女から離れた。
「ランさん、待って!」
紅葉が呼び止めるが、ランは彼女の前から姿を消した。
「ランさん・・・寧々・・・」
ランと寧々の心配をする紅葉。しかし実際には石化して微動だにできない状態にある紅葉は、ランを止めることができなかった。
夕方になり、夕食の買い出しに出たミナとユウマ。落ち着きを見せているミナの隣で、ユウマは憮然とした態度を見せていた。
「ユウマ、ゴメンね、付き合せてしまって・・」
「いいんだよ・・オレがそうしたいだけなんだから・・・」
謝るミナにユウマが言葉を返す。
「お前は姉のことを気にしてる。それが当然なんだけど、それで闇雲に動かれて、いなくなられても困るからな・・」
「ユウマ・・・本当にゴメン・・・」
「今謝られても困る・・」
さらに謝るミナにユウマが肩を落とす。
「もしも姉さんが見つかったら、そのときはオレもどこまでも付き合ってやる・・それまでおとなしくしてろよ、マジで・・」
「ユウマ・・・うん・・・」
ユウマに声をかけられて、ミナが小さく頷いた。
そのとき、ミナが突然足を止めて、周囲に視線を巡らせた。
「ミナ?・・まさか・・・!?」
ユウマがミナが強い気配を感じ取ったことを悟った。
「まさか、ミナの姉さんなのか・・・!?」
「ううん、違う・・別のガルヴォルスみたい・・・」
ユウマの問いかけにミナが答える。彼女は感覚を研ぎ澄ませて、気配の居場所を探っていく。
「この街の中にいる・・誰かを襲いかかろうとしているのかも・・・」
気配の感じるほうに行こうとしたミナだが、ユウマに肩を手でつかまれて止められた。
「オレも行くぞ・・」
「ユウマ・・でも、ユウマが危険なことに・・・!」
「危険なことは今までも体験してきてる・・それにお前を1人にさせとくほうが危険だっての・・」
「ユウマ・・・でも、危なくなったらすぐに逃げて・・それだけはお願い・・・」
呼びかけるミナだが、ユウマは頷くことも否定することもしなかった。2人は気配のするほうに向かっていった。
大通りを抜けて街外れに出たミナとユウマ。2人が目にしたのは、氷の中に閉じ込められて動けなくなっている女性だった。
「凍っている!?・・ガルヴォルスの仕業・・・!?」
ミナがさらに警戒を強めて周りを見回す。ユウマも緊張を募らせて、注意力を上げていく。
「わざわざかわい子ちゃんがやってくるとは・・運がいいなぁ・・」
ミナとユウマの前に、氷の怪物が姿を現した。
「あなたは!?・・もしかして、あなたがこの人を・・・!?」
「そういうことだ・・お前もカチカチにしてやるよ〜・・」
ミナの問いかけに怪物、アイスガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべてくる。
「ユウマ・・危ないから離れていて・・・」
「ミナ・・・」
呼びかけてくるミナに、ユウマが当惑を見せる。
「大丈夫・・もう振り回されたりしないよ・・ガルヴォルスの力にも、お姉ちゃんへの気持ちにも・・・」
ユウマに微笑みかけてくるミナの頬に、異様な紋様が浮かび上がってきた。
「お前・・もしかして・・・!?」
驚きを覚えるアイスガルヴォルスの前で、ミナが異形の姿に変わった。彼女の背中から白と黒の翼が広がった。
「お前もガルヴォルスだったなんて・・・でも人の姿に戻してからカチカチにしてやればいいんだぁ・・・」
アイスガルヴォルスがすぐに笑みを取り戻す。彼がミナに向けて、全身から吹雪を放つ。
吹雪を受けたミナの体が氷に包まれていく。彼女は瞬く間に氷付けになった。
「これで弱らせてから1回外に出して、人に戻ってからまたカチカチにすれば・・」
アイスガルヴォルスが笑い声をあげて、氷の中に閉じ込められているミナに近づいていく。
そのとき、ミナを閉じ込めていた氷にひび割れが起こった。
「えっ・・!?」
この瞬間にアイスガルヴォルスが驚きを覚える。氷はさらにひび割れて、ついに粉々に吹き飛ばされた。
あまりの驚愕に言葉を失うアイスガルヴォルスの眼前で、ミナは平然と立っていた。
「みんなを元に戻して・・そうすれば何もしない・・・」
「な・・何言い出すんだよ〜・・せっかくかわい子ちゃんをカチカチにしてるんだから、意味なく戻すなんてイヤだよ〜・・!」
ミナが忠告を送るが、アイスガルヴォルスは聞こうとしない。
「そう・・そういうなら、もうあなたは助からない・・・」
ミナは低く告げてから前進し、音を立てることなくアイスガルヴォルスの横をすり抜けた。彼の後ろに回ったところで、彼女は足を止めた。
「今度こそ・・今度こそお前をカチカチに・・!」
アイスガルヴォルスが再び吹雪を放とうとした。
次の瞬間、アイスガルヴォルスが突然血しぶきをまき散らした。体を切り裂かれた彼は鮮血にまみれて昏倒した。
ミナはすれ違いざまにかまいたちを放って、アイスガルヴォルスを切りつけたのである。それが一瞬で行われたため、アイスガルヴォルスは斬られたことを実感するのが遅れたのである。
「言う通りにしたなら、死ぬことはなかったのに・・・」
悲しみを感じながら呟くミナ。人の姿に戻った彼女に、ユウマが近づいてきた。
「ミナ・・大丈夫だな・・・」
「うん・・ケガもしていないし、気分も悪くない・・・」
ユウマに声をかけられて、ミナが小さく頷いて答える。
「人殺しをしている罪悪感を感じていないわけじゃない・・でもユウマとお姉ちゃんを助けるためなら、もう迷ったりしない・・」
「ミナ・・・」
ミナの口にする決意に、ユウマが困惑を覚える。彼女が今でもランを気にしていることを、ユウマは実感していた。
そのとき、ミナはまた強い気配を感じ取って、緊迫を覚える。
「ミナ・・どうした・・・?」
「また感じる・・今のガルヴォルスより、全然強い・・・!」
ユウマが問いかけて、ミナが声を振り絞って答える。彼女の言葉を聞いて、ユウマも警戒を強める。
その2人に近づいてくる1人の少女。長い髪を1つに束ねている彼女は、鋭い目つきをしていた。
ランの居場所と手がかりを探し続けていた早苗。しかし情報をつかむことができないまま、彼女は今回も警視庁に戻ってきた。
「早苗、ちょっといい・・?」
会議室に入ったところで、早苗は中にいた佳苗に声をかけられた。
「姉さん、ランさんのことが分かったの・・!?」
「ランちゃんのことじゃないんだけど・・あの重要人物が見つかったの・・」
早苗が問いかけると、佳苗が真剣な面持ちで言いかける。
「あの人物って・・まさか、彼女がこちらにも・・・!?」
「うん・・人間、ガルヴォルス問わず、敵と判断した人を徹底的に殺害していった・・彼女を捕まえようとする考えを部隊は示しているけど・・・」
声を上げる早苗に、佳苗が1枚の写真を見せた。写真には1人の少女が写されていた。
「ガルヴォルス討伐部隊を次々に全滅に追い込み、ガルヴォルスも殺害している・・剣崎リオ・・・」
早苗が写真の少女、リオを見て呟く。彼女は一抹の不安と懸念を感じ始めていた。