ガルヴォルスLucifer

EPISODE2 Mixture of nightmare-

第3章

 

 

 ハルとアキの前に現れた男はレンジだった。レンジはハルとアキを見て、不敵な笑みを浮かべていた。

「ついに見つけたぞ。伊沢ハル、三島アキ。お前たちをこの場で処罰する。」

「また、僕たちを陥れようとする連中か・・」

 呼びかけてくるレンジに、ハルが憤りを見せる。

「お前たちがいるから、国や世界が混乱に陥るのだ。そんな不届き者は、即座に断罪されなければならない。」

「混乱させているのはお前たちだろうが・・・!」

 あざ笑ってくるレンジに、ハルが目つきを鋭くする。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「もしかして・・・!?

 ミナもハルの変化に驚きを覚える。ハルの姿が異形の怪物へと変わった。刺々しい姿のファングガルヴォルスへと。

(ガルヴォルス・・あの人も・・・!?

 ミナはハルがガルヴォルスであることを知って、驚きを隠せなくなる。

「ガルヴォルスになってくるか。だがお前が何をしようと、お前の思い通りには絶対にならない。」

 ハルがなったファングガルヴォルスを見ても、レンジは不敵な笑みを消さない。

「なぜなら、オレがお前たちを処罰するからだ。」

 レンジの頬にも紋様が走った。彼もライオンの姿をしたガルヴォルスとなった。

「ガルヴォルスに対抗できるのはまずガルヴォルスでなければならないからな。これだけの力を手にできたことは幸運だったぞ。」

 ガルヴォルスとなれたことを喜んで、レンジが哄笑を上げていく。

「だからガルヴォルスだからと言っていい気になれると思わないことだ。」

「言いたいことはそれだけか・・・?」

 強気な態度を見せるレンジに、ハルが低く言い返す。

「ガルヴォルスも人間も関係ない・・ガルヴォルスでなくても力がなくても、オレはイヤなものには従うつもりはない・・・!」

「お前の考えなどどうでもいい。お前たちが断罪されることは決まっていることだ。」

 敵意を向けるハルにレンジが飛びかかる。レンジが振りかざしてきた爪を、ハルは素早く動いてかわして横をすり抜ける。

 ハルがすぐに反撃に出て、レンジに拳を繰り出す。打撃を受けたレンジだが、後ろに飛んでいたことでダメージを和らげていた。

「ガルヴォルスというだけのことはあるな。だが世界を乱すなら、力が強かろうと世界に不要だ。」

 レンジが笑みを強めて、再びハルに向けて爪を振りかざす。ハルも爪を突き出してぶつけ合う。

「ぐっ!」

 レンジの爪の力に押されて、ハルが右手に傷をつけられて顔を歪める。とっさに後退した彼を、レンジがあざ笑ってくる。

「ムダだ、ムダだ。お前がオレに勝つことはありえないことだ。」

「ありえないと・・勝手に決めるな!」

 ハルがいきり立って爪を振りかざす。しかしレンジに軽々と爪をかわされていく。

「勝手に決めてなどいない。これが事実というだけだ。」

 レンジがハルの体に膝蹴りを叩き込む。痛烈な一撃を受けて、ハルが動きを鈍らせる。

「ハル!」

 アキがハルに駆け寄ろうとしたが、レンジが連れていた黒ずくめの男たちに捕まる。

「アキ!・・アキを放せ!」

 ハルがアキに駆け寄ろうとするが、レンジに後ろから頭をつかまれて、そのまま地面に叩きつけられる。

「あの女のことを気にすることはない。お前はオレが処罰するのだからな。」

「やめろ・・アキに手を出すな・・・!」

 不敵な笑みを見せるレンジに押さえられているハルが、アキの危機に感情を揺さぶられていく。

「アキに手を出すなと、言っているだろう!」

 怒りをあらわにしたハルの体に変化が起こる。彼の衝動でレンジが跳ね飛ばされる。

 起き上がった彼は刺々しい姿となっていて、さらに赤く黒い禍々しいオーラをあふれさせていた。

「さらに力を上げただと・・!?

 レンジが力を増したハルに声を荒げる。黒ずくめの男たちも緊迫を痛感する。

「アキを放せ・・傷つけたら生き地獄を味わわせるぞ・・・!」

 ハルに鋭い視線を向けられて、黒ずくめの男たちが畏怖してアキから離れる。アキがとっさにハルに駆け寄ろうとした。

 次の瞬間、アキを取り逃がした黒ずくめの男たちが、体を切りつけられて昏倒した。レンジが彼らを爪で斬りつけたのである。

「取り逃がすとは、使えない部下だ。」

 レンジが血まみれになった男たちを見下して、冷徹に告げる。

「死んでも任務や命令を遂行するのがお前たちの役目だろう?できなければそれが罪になることも分かっているはずなのに・・」

「お前・・人を何だと思っている・・・!?

 ため息をつくレンジに、ハルが憤りをあらわにする。

「お前たちのようなのがいるから、いつまでも安心できないんだ!」

「ほざけ!自分の罪すらも無自覚な愚か者が!」

 怒号を放つハルとレンジ。2人が拳を繰り出してぶつけ合い、周囲に衝撃を巻き起こす。

「うっ!」

「キャッ!」

 その衝撃にあおられて、アキだけでなくミナも悲鳴を上げる。物陰から出てしまった彼女に、レンジが気づく。

(あれはユウジの店にいた・・ならオレが文句を言われる筋合いはないな・・!)

 レンジは不敵な笑みを浮かべて、ミナに迫った。彼は彼女を捕まえて、ハルに対する人質とした。

「きちんと教えてやろう!これがうまい人質の取り方だ!」

 レンジが言い放ち、右手の爪をミナの顔に向ける。

「分かっているよな?コイツの命を助けたかったら、攻撃をやめることだ。まず人間の姿に戻れ。」

「それで言うことを聞かせておいて、自分は約束を守らない・・お前もそういうヤツの1人・・・!」

 あざ笑いながら命令をしてくるレンジに、ハルがさらに憤りを感じていく。

「聞こえないのか?人の姿に戻れと言っている・・!」

「お前の言うとおりにしても、何もいいことはない・・ならお前を倒すだけだ・・・!」

 目つきを鋭くするレンジだが、ハルは戦意を消さずに彼に向かっていく。

「恨むなら、お前を見捨てたアイツを恨むことだな!」

 いきり立ったレンジがミナに爪を振りかざす。

(死にたくない・・お姉ちゃんに会いたいのに、会えていないから・・・!)

 その瞬間、ミナの心の中で感情が一気に膨らんだ。

(一方的に苦しめられて、お姉ちゃんが辛い思いをするのは・・イヤだ!)

 ミナの頬に紋様が走った。彼女の異変にレンジだけでなく、ハルもアキも驚きを覚える。

「私はここで死ねない!」

 ミナの姿が異形のものへと変わった。彼女の背中から黒と白の翼が広がった。

「おわっ!」

 ミナの翼が広がった衝動で、レンジが突き飛ばされる。

「くっ!・・まさかガルヴォルスだったとは・・・!」

 ミナのガルヴォルスとしての姿を目の当たりにして、レンジが毒づく。

「しかし貴様も処罰する理由もできた!貴様もここで朽ち果てるしかない!」

「あなたのような人がいるから・・お姉ちゃんは・・・!」

 言い放つレンジにミナが憤りを感じていく。

「あなたも絶対に許してはおかない!」

「許されないのはお前たちのほうだ!」

 怒号を放つミナをあざ笑い、レンジが飛びかかって爪を振りかざす。だがミナの放った衝撃波で、レンジが突き飛ばされる。

「衝撃波・・こんなもので、この私が!」

 いきり立ったレンジがまたミナに飛びかかる。ミナが衝撃波を放つが、レンジは素早く動いてかわした。

「同じ失態をさらす私ではない!そもそも私はもう失態はしない!」

 レンジが勝ち誇りながら、ミナの懐に飛び込んだ。かがめていた彼は、彼女に向けて爪を振り上げる。

(もらった!)

 レンジが勝利を確信した直後、ミナの翼がはばたいた。レンジの体に複数の切り傷がつけられた。

「何っ!?

 突然のことに驚愕を感じていくレンジ。彼はたまらず後ろに下がって、ミナとの距離を取る。

(まだこのような攻撃を仕掛けてくるとは・・無意識に対応していなければ、バラバラに切り刻まれていた・・!)

 危機感を痛感させられて、レンジが焦りを覚える。

「もうあなたには付き合わない・・今すぐここで・・・!」

 レンジに対する敵意をむき出しにするミナ。彼女は両手の指を小刻みに動かしていた。

(私は、このようなところで倒れるわけにはいかない・・天上ランを頂点から引きずりおろして、私がこの国を動かすのだ!)

 レンジが右手を握りしめて、拳を地面に叩きつける。砂煙が舞い上がって、ミナ、ハル、アキの視界をさえぎる。

 ミナが翼をはばたかせて砂煙を吹き飛ばす。しかしそこにレンジの姿はなかった。

「逃がさない・・お姉ちゃんを苦しめるものは・・私が・・・!」

 ミナがレンジを追って歩き出そうとする。が、彼女はふと足を止めてハルとアキに振り向く。

「お姉ちゃんを傷つけようとするものは・・何だろうと許さない・・・!」

 ミナが目を見開いて、ハルとアキに向かって飛びかかる。

「アキ!」

 ハルがアキを抱えて大きくジャンプして、ミナが放った衝撃波をかわす。

「アイツ・・オレたちの敵に回るのか・・・!?

 ハルがミナに対して敵対心を覚える。だがアキはミナの異変に気付いた。

「もしかしてあの人、暴走しているんじゃ・・・」

「暴走・・・!?

 アキの言葉を聞いて、ハルが当惑を覚える。

「あの感じ・・暴走していたときのハルみたい・・あの人も暴走して、見境をなくしているんじゃ・・・」

「だとしても、オレとアキに襲い掛かってくるなら、オレはアイツを・・!」

 アキの言葉を聞きつつも、ハルはミナと対峙しようとする。

「お姉ちゃんを傷つけるものは・・私が許さない・・・!」

 ミナが低く告げると、翼をはばたかせて突風を巻き起こす。

「うわっ!」

「キャッ!」

 突風にあおられて、ハルとアキが林の中に落下した。

「いなくなった・・どこにいても、お姉ちゃんを苦しめるのなら、必ず私が・・・!」

 ランへの思いで心を満たしたまま、ミナは歩き出していった。アキが思った通り、ミナは理性を失っており、暴走状態にあった。

 

 ハル、レンジ、そしてミナの衝突は、周囲にいた人たちに気付かれていた。その人からの通報は、早苗の耳にも入ることとなった。

(もしかしたら、ミナさんが巻き込まれているのでは・・)

 一抹の不安を感じた早苗は、寧々たちと一緒にいる佳苗に連絡を取った。

「もしもし、姉さん。今、通報があって。もしかしたらミナちゃんがいるかもしれない気がするから、私はその場所に行くわ。」

“うん、分かった。寧々ちゃんたちは私が見てるから。”

 佳苗と連絡を取って、早苗は携帯電話をしまった。彼女はすぐにガルヴォルスの現れた場所に向かった。

 現場は道や壁が損傷していて、悲惨な光景となっていた。

「ここにミナさんが来ていたとしていたら・・」

 現場捜査を行っている警察を見回しながら、早苗はミナを探した。しかしこの周辺にミナの姿は見当たらない。

権堂(ごんどう)議長のようなことはないと思うけど、誰が誰とつながっているのか分からない。ここは私たちだけでミナさんを探したほうがよさそうね・・)

 ランとミナを陥れた事件と企みを思い出して、早苗は警戒を強めていた。

「尾原警部、例の手配している男女の目撃情報が届いています。」

 そこへ刑事がやってきて、早苗に報告をしてきた。

「例の2人・・伊沢ハルくんと三島アキさんね。」

「2人の仕業ではないかということも視野に入れて、捜索を広げています。」

「分かったわ。私も捜索に加わるわ。」

 早苗と言葉を交わしてから、刑事は捜査を再開した。

(2人と関わって、ミナさんに何もなければいいのだけど・・・)

 さらに不安を募らせながらも、早苗はハルとアキ、そしてミナを探しに動き出していった。

 

 ミナに追い込まれて、レンジはやむなく退いた。手傷を負わされたことに彼は苛立ちを募らせていた。

(天上ミナ・・このまま野放しにさせてたまるものか・・必ずこの手で粛清してくれる・・・!)

 ミナを倒すことを心に決めるレンジ。彼はミナから受けた屈辱を晴らさないと気が済まなくなっていた。

 そのとき、レンジの持っていた携帯電話が鳴り出した。

「ったく、こんなときに誰だというのだ・・!?

 不満を口にしながら携帯電話を取り出すレンジ。だが電話から発せられてきた声に、彼は緊張を覚える。

“勝手な行動を取って騒ぎにしたわね・・?”

 レンジに電話をかけてきたのはランだった。彼女はレンジの起こした騒動を耳にしていた。

「伊沢ハルと三島アキを発見し、交戦に至りました・・それにまた1人、ガルヴォルスが・・!」

“いいわけでしかないわ。その判断の中にあなたの自己満足が含まれていること、私が分かっていないとでも思っているの・・!?”

「ですが、あのガルヴォルスは・・・!」

“私たちの発言や行動が、多くの人の人生さえも左右してしまうのよ・・それを自覚しないなら、自分が処罰の対象となるのよ・・・!”

「このままでは、ガルヴォルスにこの国が・・!」

“私がこの件を請け負うわ。あなたたちは1度引き返すのよ。”

「そんな!これでは私たちは・・!」

“それとも、あなたも処罰の対象にされたいなんて、バカなことを言い出すんじゃないよね・・?”

 ランからの忠告に反論できなくなり、レンジは苛立ちと歯がゆさを募らせていく。

「・・・分かりました・・お任せします・・・!」

 レンジは腑に落ちないながらもランの申し出を聞き入れ、電話を切った。

(おのれ、天上ラン・・レベルの高いガルヴォルスでなければ、すぐに始末しているものを・・!)

 ランに対する憤りを感じていくも、レンジは彼女に対する手がなく歯がゆさを膨らませるばかりだった。

(耐えるしかない・・ここで逆らえば、私の思惑は全て確実に粉砕される・・!)

 引き下がるしかないと痛感して、レンジはおとなしくすることにした。

 

 早苗からの連絡を受けた佳苗は、寧々と紅葉、ユウジにミナのことは話さないようにしていた。話せば彼らを慌てさせることになると、彼女は思ったのである。

「佳苗さん、今の早苗さんから?」

 寧々が佳苗に声をかけてきた。

「うん。また事件が起きて、呼び出されたから遅れるって・・」

「そうなんだ・・こうなったらあたしたちでミナちゃんの居場所を見つけないと・・」

 佳苗の話を聞いて、寧々がさらにミナの心配をする。彼女にウソをついてしまったことに、佳苗は後ろめたさを感じていた。

「もう1回ミナちゃんに電話をかけてみよう・・もしかしたら出るかもしれない・・」

 寧々が携帯電話を取り出して、ミナとの連絡を試みる。しかしこのときもミナにはつながらない。

「出ないよ〜・・ホントにいてもたってもいられなくなってきちゃったよ・・」

「佳苗さん、やっぱり私たちでミナちゃんを探しに出たほうが・・」

 寧々に続いて紅葉も心配を見せてきた。すると寧々が佳苗に小声で囁いて、ユウジに聞こえないように話し出した。

「あたしは目も耳も鼻もいいから、遠くに行ってなければ見つけられると思うんです・・」

「寧々ちゃん・・・ちょっとこっちに来て。紅葉ちゃんも・・」

 佳苗が寧々と紅葉を呼びつけて、ユウジから少し離れた。

「実は早苗、ガルヴォルスが起こしたと思われる事件の捜査で出ているの。その事件にミナちゃんが巻き込まれているかもしれないって・・」

「ミナちゃんが!?・・・ミナちゃん・・・!」

 佳苗の話を聞いて、思わず声を上げてしまいそうになるところを手で口を押さえる寧々。

「早苗が探しているとこで、寧々ちゃんたちにここで待っているようにって言われてたんだけど・・」

「早苗さん・・・ごめんなさい・・あたし、やっぱりミナちゃんを探しに行くよ・・・!」

 佳苗の話を聞いて、寧々が改めてミナを探そうとする。

「やっぱりそうなるのね・・分かった。ユウジさんには私がそばについてるから、2人はミナちゃんをお願い。早苗にも言っておくから・・」

「佳苗さん、すみません・・でも私も、ミナちゃんを放っておくなんてできないんです・・」

 寧々の気持ちを受け入れた佳苗に、紅葉も自分の正直な考えを口にしていく。

「あなたたちのこと、信じているからね・・」

「佳苗さん・・ありがとうございます・・・!」

 信頼を寄せる佳苗に、寧々が感謝の言葉をかけた。寧々と紅葉は佳苗に見送られて、ミナを探しに家を飛び出していった。

「ミナちゃんを探しに行ったんですね・・」

 そこへユウジに声をかけられて、佳苗が一気に緊張を膨らませた。

「ユ、ユウジさん!?

「大丈夫ですよ。寧々ちゃんと紅葉さんはミナちゃんを探しに、あなたがここに残った、ということですね。」

「え、えぇ、まぁ・・」

「こうなっては、もう2人とミナちゃんを信じるだけですね・・」

「私の妹も警部です。妹とうまく合流してくれれば・・」

 ミナたちを信じることで和解するユウジと佳苗。2人は彼女たちの帰りを待つことにした。

 しかしこのとき、ユウマが家を飛び出していったことに、佳苗もユウジも気づいていなかった。

 

 レンジが対峙したハルとアキの捜索を買って出たラン。彼女は感覚を研ぎ澄ませて、ハルたちの居場所を探っていた。

(伊沢ハルと三島アキ。2人はこの国の上層部を次々と攻撃している。でもその理由は私と同じ、自分勝手な世界への反発なのかもしれない・・)

 ランがハルとアキについて、考えを巡らせていく。

(もしかしたら、私と手を取り合えるかもしれない・・同じ不条理への反発を志にしている、心強い人として・・)

 ハル、アキと世界をいい形へと塗り替える協力関係になれる可能性があると、ランは視野に入れていた。

(もしそうなら、このまま悪の烙印を押されたままにしておくのは辛い・・仮に私たちにも敵対するというなら、そのときは仕方がない・・)

 思いを募らせていく間に、ランは強い気配を感じ取った。

(いた・・そこにいる可能性が高い・・・!)

 ランは気配のするほうに向かって歩き出す。彼女は気配の位置をはっきりと捉えていた。

「歩いていくだけでは時間がかかってしまうわね・・」

 ランは呟くと意識を集中する。すると彼女の姿が、歩いていた道から消えた。

 ガルヴォルスへと転化して、さらにガルヴォルスさえも超越しているランは、自分の意思ひとつで瞬時に移動することも可能となっていた。

 瞬間移動したらランが、移動していたハルとアキの前に現れた。

「えっ・・!?

 突然現れたランに驚くハルとアキ。ハルがすぐにランを警戒して、アキを守ろうとする。

「お前もガルヴォルスなのか・・・!?

「驚かせてしまったね・・これだけでもガルヴォルスであると悟られてもおかしくないわね・・」

 警戒を強めるハルに、ランが淡々と言いかけていく。

「あなたたちが攻撃していたのは、世界を自分勝手で塗りつぶしていた愚かな権力者とガルヴォルス。間違いないわね・・?」

「あなたは誰ですか?・・あなたも、ガルヴォルスと戦っているのですか・・?」

 問いかけるランに、アキが不安を感じながら問い返す。

「私が戦っているのは、世界の中で好き勝手にしている愚かな連中。その敵に人もガルヴォルスも関係ない。」

「私たちと・・ううん、ハルと同じ・・世界の不条理と戦っている・・・!?

「私が思った通りだった・・あなたたちは世界の敵ではない。世界の敵に立ち向かう人だった・・」

 戸惑いを覚えるアキに、ランが手を差し伸べてきた。

「よかったら、一緒に戦わない?そうすればあなたたちの幸せにもつながると思うのだけど・・」

「そうやって僕たちを思い通りにしようと思っているの・・・?」

 誘ってくるランに、ハルが冷たい視線を投げかけてきた。

「僕たちは誰の思い通りにもならない・・僕たちは僕たちの意思で生きていく・・これからもその考えは変わらない・・」

「ハル・・・」

 頑なな意思を示すハルに、アキは戸惑いを覚える。ハルの意思を察して、ランはため息をついた。

「考えは同じだからといって、必ず分かり合えるわけではないということね・・」

 ランは呟くとハルとアキからゆっくりと離れていく。

「私はあなたたちをどうこうしたくない・・だから戦いたくもない・・でももしそれでも私を敵として攻撃してきたなら、私は反撃せざるを得なくなる・・」

「アンタ・・・僕たちを・・・」

「できることなら、今度はいい形で再会したいものね・・」

 当惑を覚えるハルに言いかけてから、ランは彼らの前から姿を消した。

「ハル、今の人・・・」

「僕たちに何をしようとしているのかは、はっきりとは分かんない・・ただこれだけは分かる・・あの人、すごい力を持っている・・ガルヴォルスの中でも強力・・・」

 困惑しているアキに、ハルが緊張を抱えたまま答える。彼はランの常軌を逸した潜在能力を感じ取っていた。

「とにかく行こう・・アイツが僕たちに何かしてこないなら、放っておいてもいい・・」

「ハル・・うん・・私はハルのそばについているよ・・ずっと・・・」

 ランのことを構わずに、ハルとアキは歩き出した。ハルは自分たちの敵を倒すことをやるべきこととしていた。

 

 ランを探して街の中をさまようミナ。今の彼女は冷静さを失っていて、ランに甘えることしか考えられなくなっていた。

「お姉ちゃん・・どこ?・・お姉ちゃん・・・」

 ひたすらランを求めて、ミナは歩き続けた。

 そのとき、ミナの周りを白い霧が流れ込んできた。冷たい空気が彼女を取り囲んできた。

「かわいこちゃんがこんなところでひとりぼっちで何してるのかなぁ〜?」

 ミナの前に1人の怪物が現れた。白熊のような怪物、ホワイトベアガルヴォルスである。

「さみしそうだねぇ〜。こういうかわいこちゃんを見ると、どうしてもカチカチにしたくなっちゃうんだよねぇ〜。」

 ミナに不気味な笑みを見せると、ホワイトベアガルヴォルスが口から吹雪を放つ。吹雪に巻き込まれたミナが、体を凍らせていく。

 抵抗する素振りも見せることなく、ミナは完全に氷付けにされた。

「やったぁ〜。このかわいこちゃんもカチカチだぁ〜。」

 ホワイトベアガルヴォルスが、凍っているミナを見て喜びの笑みを浮かべる。

 そのとき、ミナを閉じ込めている氷に突然ヒビが入った。

「えっ!?

 思いもよらなかったことにホワイトベアガルヴォルスが驚く。氷はさらにひび割れを起こし、そして砕かれた。

 氷の中から現れたミナの背中から黒と白の翼が広がった。氷付けにされてもミナは動じずに意識と力を集中して、中から氷を打ち破ったのだった。

「そんなぁ〜!オレの氷が壊されるなんてぇ〜!」

「私はお姉ちゃんに会いに行くの・・邪魔するなら容赦しないよ・・・!」

 驚愕と不満の声を上げるホワイトベアガルヴォルスに、ミナが鋭い視線を向ける。

「天使かぁ〜・・でも黒い翼もあるから堕天使ってヤツかなぁ〜・・」

 ホワイトベアガルヴォルスが呟きながら、ミナにゆっくりと近づいていく。

「何にしても、天使をカチカチにするのも面白いかも〜。」

 ホワイトベアガルヴォルスが再び吹雪を放った。吹雪はミナを巻き込んでいたが、ミナの体には氷の粒も張り付いてはいなかった。

「そんなぁ〜・・何でカチカチにならないんだよ〜!」

 不満を爆発させたホワイトベアガルヴォルスが飛びかかり、ミナに向けて爪を振りかざしてきた。だが彼の爪はミナを捉えず、空を切っていた。

「あれぇ〜!?どこだぁ〜!?

 ホワイトベアガルヴォルスがミナを探して周りを見回す。しかし彼はミナを見つけられない。

「逃げちゃったのかぁ〜?残念だなぁ〜。」

「私は逃げたりなんてしないよ・・」

 ため息をついたところで、ホワイトベアガルヴォルスが声をかけられる。ミナが彼の真上に浮かんでいた。

「えっ!?いつの間に〜!?

 驚きの声を上げるホワイトベアガルヴォルスに向けて、ミナが翼をはばたかせる。旋風がやんだところで、彼女はホワイトベアガルヴォルスのそばに着地する。

「も〜!意地悪しないで、オレにカチカチに・・!」

 ホワイトベアガルヴォルスがミナに襲い掛かろうとしたときだった。彼の体から鮮血があふれ出した。

「なっ・・!?

 驚愕するホワイトベアガルヴォルスが昏倒して事切れる。彼は体を崩壊させて消滅していった。

「お姉ちゃん・・どこ?・・もう私、お姉ちゃんにしか甘えられないのに・・・」

 翼を消したミナは、ランを求めて再び歩き出していく。

「お姉ちゃん・・助けて・・・このままじゃ、自分を抑えきれなくなって、どうかなっちゃうよ・・・」

 ランにすがっていくミナ。彼女は自制心を揺さぶられて、ガルヴォルスの力に振り回されそうになっていた。

「見つけ出さなくちゃ・・こんな辛いの、イヤだよ・・イヤ・・・」

 悲痛さを募らせていくミナは、背中からまた黒と白の翼を広げていた。そして彼女は目から涙を流していた。

「もう迷わない・・私は・・私の思うようにする・・・お姉ちゃんを見つけるためなら・・どんなことでも・・・」

 自分自身の中にあるランへの思いに完全に突き動かされたミナ。彼女の目には心の輝きが失われていた。

 

 

 

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