ガルヴォルスLucifer
EPISODE2 –Mixture of nightmare-
第1章
私は生まれ変わった。
大切なものを守るために、それを壊すものを裁くための力を、私は手に入れた。
自分勝手な世界はいらない。
大切なものを奪う世界なんて、私は認めない。
もう何もできないって諦めたり我慢したりすることはない。
私はみんなが望んでいる本当の世界を作り出していく。
その世界の敵を、私はこの手で消していく。
平和で幸せな世界を作れるのはもう、私だけ・・・
街外れにある一軒家。そこでは1人の女性がひどい仕打ちを受けていた。
女性の姉とその夫から強引に働かされていた。数でも力でも敵わず、女性は姉たちの理不尽を受け入れる以外の道がなかった。
命の危険さえも感じられるようになってきた女性だが、それでも姉たちの理不尽を跳ね返す力はなかった。
このまま言いなりになるしかないのか。そう思い知らされて、女性は絶望していた。
だが彼女の地獄は、突然に、思いもよらない形で終わりを迎えることになった。
仕事を終えて家に帰ってきた女性。また姉たちのひどい仕打ちを受けることになると思って、不安の表情を隠しきれていなかった。
だが家の中は暗かった。女性は手探りで玄関、そしてリビングの明かりを手探りでつけた。
次の瞬間、女性はリビングの光景に目を疑った。彼女が見たのは、床で横たわっている姉夫婦の姿だった。
女性が恐る恐る2人に近づいた。2人とも事切れていて、既に手遅れだった。
「警察・・警察に知らせないと・・・!」
「その必要はないわ・・」
電話をかけようとしたところで、女性が声をかけられた。彼女の前に1人の少女が現れた。
「君は!?・・君がやったの・・・!?」
「そう。自分たちの目的のために、他の人の体と心を虐げたから、私が裁きを下したの・・」
女性が声を振り絞って問いかけると、少女は微笑んで答えてきた。
「ひ・・人殺し!すぐに警察に・・!」
「知らせることはないわ。これはこの国の新しいルールに基づいての処置だから・・」
慌てて警察に電話しようとした女性に、少女が落ち着いた様子で言いかけてくる。
「ここの夫婦はあなたに対する暴挙を繰り返した。こちらが警告を再三送ったにもかかわらず、暴挙をやめなかった。だから私が処分を下したの。」
「だからって、人殺しなんて・・仮にも私のお姉さんで・・・!」
「そのお姉さんは、あなたのことを愛する妹と少しでも思っていたの?あなたのことを大事に思っていたの?」
声を上げる女性に、少女が疑問を投げかける。女性が答えることができず、押し黙ってしまう。
「自分たちのことばかり優先させて、周りを平気で陥れる。そのような相手には、たとえ家族でもかつての親友でも、絶対に言うことを聞いてはいけない。」
「それは強い人だからできることじゃない・・私みたいに弱かったら・・・!」
「力が強いとか弱いとか関係ない。仮に私に今持っているような力がなかったとしても、私は不条理をもたらす相手に逆らい続ける。従ってしまったら、生きながら死んでいるのと同じだから。」
悲痛の声を上げる女性だが、少女は顔色も考えも変えない。
「私はこの世界にある全ての不条理を取り除く。私たちが受けた悲劇を、他の人たちが受けないようにするために・・」
少女は自分の考えを口にして、音もなく女性の前から去って、家の外に出た。
(私はこの世界を振り回している不条理を全て消す・・私が不条理に苦しめられている人たちを助けてあげたいと思ったから、この力が生まれたと思うから・・)
ひたすら願い、そしてつかんだ自分の力を再認識して、少女は歩いていく。不条理に塗り固められている世界を救おうと、彼女、天上ランは行動を続けていた。
街中にある一軒のレストラン。そこで働く1人の少女がいた。
天上ミナ。気弱で消極的な性格だが、純粋さも持ち合わせている。
ミナはそのレストランでの仕事をこなす中、その厨房で皿洗いをしている1人の少年に目を向けた。
本藤ユウマ。ミナの通う高校に通っていた男子である。
ミナとユウマは今、このレストランで仕事をしていた。通っていた高校で殺人事件が起こり、2人は休校となったためにこの仕事をすることになった。
ミナとユウマ、そのときに学校にいなかった人を除いて、高校にいた生徒や教師全員が虐殺された。警察は犯人を特定することができず、手がかりさえもつかめていない。
2人はこのレストランを紹介されて仕事をすることになった。
「ミナちゃん、そんなに緊張することはないよ。ミナちゃんは笑顔が1番似合うんだから。」
1人の青年がミナに優しく声をかけてきた。横嶋ユウジ。ミナたちが働いているレストランの店長である。
「すみません、店長・・私、こういう性格だから、接客とかうまくやれる自信がなくて・・」
「たとえ前向きな人でも、誰だって初めてやることには緊張してしまうものだよ。でもそんなに気にすることはなかったって思うのがほとんどだよ。」
作り笑いを見せるミナに、ユウジが親切に励ましていく。
「まずは笑顔を見せること。それがお客様への最初で最高のサービスだよ。」
「店長・・はい・・やってみます。」
ユウジに励まされて、ミナが微笑んで頷いた。彼女は笑顔を絶やさずに来店した客を出迎えた。
「ユウマくんの掃除と皿洗いも順調のようだね。」
ユウジが厨房をのぞいてユウマの様子を見る。
「オレにはこういう作業のほうが気が楽だ。接客なんて気が滅入る・・」
「だね。でもやってみたくなったら遠慮なく言ってきてね。」
憮然とした態度を見せるユウマに、ユウジは笑顔のまま言いかけた。
(ユウマも頑張っているね・・私も頑張らないと・・・)
ユウマの様子を見て、ミナは安心と意気込みを膨らませて、仕事を頑張ることにした。
「こんにちはー。ミナちゃん、いる?」
そこへ1人の少女がレストランにやってきた。藍色のショートヘアの少女である。
犬神寧々。ミナと出会い、親友となった。
「こんにちは、寧々ちゃん・・いらっしゃいませ・・」
ミナが寧々に挨拶をしてから一礼をした。
「そんなかしこまらなくていいって。態度が悪いのはよくないけど、ミナさんは全然そんなことないから・・」
「でも今の私はここの店員ですから、礼儀と笑顔は絶やしてはいけません・・」
苦笑いを見せる寧々に、ミナが笑顔を見せた。
「こんにちは、ミナちゃん。ユウジさん、ミナちゃんとユウマくんのこと、ありがとうございます。」
さらに紅いショートヘアの少女がレストランに入ってきた。寧々の姉、紅葉である。
「いいえ、これも以前にここで仕事を手伝ってくれた君たちへのお礼の1つだよ。2人のおかげで、僕ももっと頑張らないとって思うようになったよ。」
「そんなことないですよ。ユウジさんに本当にお世話になりましたからね、私も寧々も・・」
感謝の言葉をかけるユウジに、紅葉が照れ笑いを見せた。
「寧々ちゃん、紅葉さん、仕事が終わったらお話を・・」
ミナが寧々たちに話を持ちかける。彼女は思いつめた面持ちを浮かべていた。
「うん・・それじゃここで何か食べていこうかな。いいよね、お姉ちゃん?」
「ミナちゃんのシフトが終わるまで、ちょっとお邪魔させてもらおうかな・・ユウジさん、構わないでしょうか?」
寧々に聞かれて、紅葉がユウジに訊ねてきた。
「構わないも何も、お客様は大歓迎ですよ。」
するとユウジが2人に笑顔を見せて答えた。寧々と紅葉は照れ笑いを見せてから、レストランの中の空いている席に座った。
「お客様、ご注文をお伺いします。」
ミナがその席に行って、寧々と紅葉に笑顔を見せて注文を取った。ミナのウェイトレスとしての頑張りと、彼女と寧々、紅葉の絆を見て、ユウジは微笑んでいた。
警視庁の中のとある部屋。そこで2人の警部が調べ物をしていた。2人とも長い黒髪をしていて、一方はそれをポニーテールにしていた。
尾原早苗と尾原佳苗。真面目な性格の妹の早苗と違い、姉の佳苗は明るく気さくで天真爛漫な性格である。
早苗と佳苗は寧々、紅葉と交流があり、ミナ、ユウマとも出会った。早苗たちはミナとユウマを保護して、2人の生活の支えをしたのだった。
「ミナちゃんとユウマくん、落ち着いてきたみたいだね。仕事のほうも慣れてきたって。」
「ミナさんは引っ込み思案で、ユウマくんは態度が悪いところがあるけど、2人とも純粋さと優しさを持っていることは確かだから。相手が心ある人なら真面目に答える性格よ。」
佳苗が明るく話しかけると、早苗が調査を続けながら答える。
「でも、落ち着いているといっても表面上は、というべきね。どうしてもランさんやガルヴォルスのことを頭に焼き付けている・・」
早苗が口にした言葉を聞いて、佳苗が表情を曇らせた。
「ガルヴォルス」。異形の怪物の姿と力を持った人類の進化である。普段は人の姿をしているが、怪物の姿となることで力を振るう。
ガルヴォルスの多くはその高い力を使って、人を襲ったり悪事と働いたりする。だがガルヴォルスの中には人の心を失っていない者もいる。
早苗はガルヴォルス対策本部を設立、指揮している。ガルヴォルスの引き起こす犯罪の対処の他、罪を犯さないガルヴォルスの保護も対策本部の任務である。
ミナとユウマはガルヴォルスの事件に巻き込まれ、そのときに寧々、紅葉と出会い、早苗と佳苗に保護されたのである。
「ミナちゃん、ランちゃんのことをすっごく頼りにしてたもんね・・・」
佳苗が物悲しい笑みを浮かべて、ミナのことを気にする。
ミナは学校でひどいいじめにあっていた。そのいじめを止めようとした彼女の姉、ランだったが、権力による改ざんで逆に逮捕されてしまう。
権力による世界の不条理に憎悪を膨らませたランは、人知を超えた力を手にした。彼女は権力者への復讐を行い、ミナの前からも姿を消していた。
「ランさん・・どこにいるというの・・これ以上、ミナさんを心配させないで・・・」
作業を1度中断して、早苗がミナとランのことを考えた。
「それにしても、1ヶ月前の国会の変革には、正直驚かされたね・・」
佳苗が話を切り替えようとして、早苗に声をかけた。
「そうね。どういう考えの切り替わりなのか、逆に疑惑が出てくるわね・・」
早苗がその話を聞いてため息をついた。
1ヶ月前、国会で大きな動きが起きた。それまでの政治家や議員、それらに近い役職についている者たちの大半が新しい人物に入れ替わることとなった。
同時期に国民から非難の声が出ていながら強行された条約や制定が次々に撤廃されていった。
これにより国民たちは法や権力による理不尽から解放されて、安定を感じるようになっていった。
「この変革でみんなが平和的になってきていることは、私も感じているわ・・でも・・」
早苗は話をしながら、またため息をつく。
「これも都合のいいように振り回されている、という違和感を感じるの・・何かに支配される感じを消せない・・・」
「早苗・・早苗の直感と予感はよく当たるから、注意して正解かもね・・そういうイヤな予感は、当たんないに越したことはないんだけどね・・」
早苗の言葉を受けて、佳苗も不安を感じるようになってきた。
「1度ミナちゃんとユウマくんの様子でも見に行こうよ。連絡するだけじゃなくて、直接この目でも。」
「仕方がないわね・・私たちの気分転換も兼ねて・・」
佳苗に呼びかけられて、早苗が笑みをこぼした。
「尾原早苗警部、佳苗警部。」
そこへ1人の刑事がやってきて、2人に声をかけてきた。
「殺人事件発生です。手口からガルヴォルスである可能性が高いです。」
「ガルヴォルス・・分かりました。私たちも現場に向かいます。」
早苗が答えると、刑事は現場に戻っていった。彼の姿が見えなくなったところで、早苗が肩を落とした。
「すぐに会いに行けなくなったね・・」
「これが刑事の宿命というものよ・・」
苦笑いを見せる佳苗と、肩を落とす早苗。2人もガルヴォルスの事件の現場に向かった。
この日の仕事を終えて、ミナは寧々、紅葉と一緒にレストランを出た。ユウマはまだレストランでの仕事を続けていた。
「寧々ちゃん、紅葉さん、わざわざこっちに来たのは、私たちやユウジさんに会うだけじゃないんでしょう・・?」
ミナが声をかけると、寧々と紅葉が頷く。
「ランさん・・ミナちゃんのお姉ちゃんのことだよ・・」
「早苗さんたちがランさんの行方を追ってくれているんだけど、手がかりも見つけられていなくて・・・私も寧々も探しているのだけど・・・」
寧々たちの話を聞いて、ミナが悲しい顔を浮かべる。寧々も紅葉もランの行方を捜していた。
「私とお姉ちゃんのために、本当にありがとうございます・・早苗さんにも、佳苗さんにも感謝しています・・」
「いいよ、ミナちゃん。困ったときはお互い様なんだから。」
感謝をするミナに、寧々が照れ笑いを見せた。
「それで、早苗さんの推測になるんだけど、1ヶ月前に起きた政治・国会の変革にランさんが関わっているんじゃないかって・・」
「お姉ちゃんが・・!?」
紅葉が投げかけた話にミナが驚きをあらわにする。
「ランさんは自分とミナちゃんを陥れた世界を憎むようになった・・あのときの政治や権力を憎まなかったとは思えない・・」
「それじゃ、今のこの国の情勢は、お姉ちゃんが・・・!」
紅葉の話を受けて、ミナがランを探しに飛び出そうとした。
「待って、ミナちゃん!」
しかし寧々に腕をつかまれてミナは止められる。
「落ち着いて、ミナちゃん・・早苗さんの推測だって言ってるし、ランさんがいると限んないよ・・!」
「寧々ちゃん・・でも・・・!」
「早苗さんと佳苗さんを信じて、待っていよう、ミナちゃん・・ランさんは絶対に見つかるから・・・」
寧々に呼び止められて、ミナはランに会いたい気持ちを抑えて思いとどまった。
「ランさんのこともだけど、ミナちゃん、あなたのことも気になっているのよ・・」
「私も・・・?」
紅葉が続けて投げかけた話に、ミナが当惑を見せる。
「ミナちゃんもガルヴォルスになっちゃって、それもまだガルヴォルスの力に慣れてない・・もしかしたら、暴走しちゃうんじゃないかって心配になってるの・・」
「私が・・暴走する・・・」
紅葉から投げかける忠告にミナが困惑を募らせていく。
ミナもガルヴォルスへと転化している。しかし自分の意思でガルヴォルスになることがうまくできず、彼女自身もガルヴォルスの力を使うことに怖さを感じていた。
「私、そのガルヴォルスというのになるつもりはないです・・できることなら、誰かを傷つけたくはないから・・」
「あたしたちだって・・でも気を付けないと、傷つけたくないって思ってても、見境なしに暴れちゃうことがあるから・・」
不安を口にするミナに、寧々がさらに注意をしていく。寧々も紅葉もミナの暴走を心から心配していた。
「とにかく、どんなことがあっても落ち着いてね・・自分を見失わなければ暴走することはないから・・」
紅葉に言われて、ミナは小さく頷いた。しかしランの心配を抑えることができなくなっていた。
「ここで話をしてたのか・・」
そこへ仕事を終えたユウマがやってきた。
「話は終わったのか・・?」
「うん・・まぁね・・そろそろ帰ろうかな・・もう夜になるし・・」
ユウマが問いかけると、ミナが小さく頷いた。
「それじゃ私たちも帰るね。ミナちゃん、ユウマくん、またね。」
「はい、紅葉さん。会いに来てくれて、ありがとうござました・・」
挨拶をした紅葉にミナがお礼を言う。すると寧々がミナに近寄って小声で言ってきた。
「ミナちゃん・・ちょっとしたことでも連絡して・・すぐに駆けつけるから・・」
「寧々ちゃんも・・ありがとうね・・・」
寧々からも励まされて、ミナは微笑んで感謝した。ミナとユウマは寧々、紅葉と別れて帰っていった。
ミナとユウマは今、ユウジの家でお世話になっていた。仕事だけでなく新しい生活の場も与えてくれたユウジに、ミナは心から感謝していた。
ユウジの家は街外れにある屋敷だった。そこで1人で住んでいたユウジだったが、1人暮らしには広い家だと思っていた。
そのため、ユウジはそれを理由にして、ミナとユウマを気軽に招き入れたのだった。
「本当にありがとうございます、ユウジさん・・仕事のことだけでなく、新しい部屋まで用意していただいて・・」
「困っているときはお互い様だよ。それに本当にこの家は、僕の1人暮らしには広すぎるから・・」
感謝するミナにユウジが笑顔で答える。
「お姉さんのことは、今でも僕も心配している。僕にできることは少ないけど、それでもミナちゃんのためになるなら・・」
ユウジがミナに励ましの言葉を送る。ミナはユウジにランのことを話していたが、ガルヴォルスのことは話していない。
「ありがとうございます、ユウジさん・・そのお気持ちだけで勇気づけられます・・・」
ミナが微笑んでユウジに感謝した。
「オレは別に厄介になる気なんてなかった・・けどミナが放っておけなかった・・」
そこへユウマがやってきて、ユウジに憮然とした態度を見せてきた。ミナが戸惑いを見せる前で、ユウジは微笑んでいた。
「本当に優しいね、ユウマくんは。僕も見習わないといけないかな・・」
「・・オレをおだてても何もならないぞ・・」
ユウジに励まされて、ユウマは突っ張った態度を見せて離れていった。彼の後ろ姿を見て、ミナは彼の優しい心を感じて喜んでいた。
(お姉ちゃん・・私、頑張っているから・・早く帰ってきて・・・)
ランが帰ってくるのを心から願うミナ。事件が起きるまでのように、姉妹そろって仲良く楽しく過ごすこと。ミナはそのことだけを純粋に願っていた。
世界をつなげているネットワーク。そのネット社会でも迫害や策略が駆け巡っていた。
特定の人物を陥れる誹謗中傷。事実と全く異なることでも真実であることにされてしまう。
どれだけ主張しても全く報われず、通報しても効果がない。そんな不条理がネットでも横行していた。
だが1月前の改革で、こういった悪質な行為を粛清するための管理が行われることになった。
個人情報の保護や人権の尊重は守られながら、悪質な行為には相応の処分が下されることとなった。結果、ネットの利用者は悪質な行為が自分を脅かすことになると痛感させられていた。
「ネットだから何をやっても許される。そんな思い上がりをいつまでも続けられると思っていたの?」
「何でオレがそんなことをすんだよ!?オレがやったって証拠はあんのかよ!?」
忠告を投げられても自分のした行為を認めない男。彼はネット利用者に対して数多くの誹謗中傷をしており、規制や処分から逃れる手段も駆使していた。
「今のネットワークも私たちの監視下にあるのよ。ネットにおけるあなたたちの行動が筒抜けになっているのは当然でしょう?」
「監視!?そんなのそっちが犯罪じゃないかよ!」
「あなたたちのように、自分たちの目的のために他人を陥れる人を裁くためよ。もちろん人権や個人情報は尊重するけど、あなたたちのような人は例外。」
怒鳴りかかる男だが、逆に冷徹に忠告されるばかりである。
「こちらから再三注意を呼び掛けたのに、あなたはそれを聞き入れなかった。もう処分は避けられないわ。」
「冗談じゃない!警察に通報して・・!」
「それをしても逮捕されるのはあなたのほうよ。あなたが犯罪者となっているのは、警察も理解しているのだから。」
携帯電話を取り出したところで呼び止められて、男は憤りを募らせるばかりだった。
「これよりあなたを連行します。あなたの所有するネットに関するものは、全て外部との接続を遮断させてもらいます。」
「冗談じゃない・・そんな一方的なの、認めるか!」
男がいきり立ってつかみかかってきた。だが男の体が突然止まった。
「な、何・・!?」
体が動かなくなったことに、男が驚愕する。彼が動きを止められているのは、彼の前にいるランの出した力だった。
「一方的なのはあなたたちのほうよ。散々罪のない人を陥れて、その罪を指摘されても認めない。どこまでも愚か者は愚かということなのね・・」
「ふざけんな・・愚か者はそっちだろうが・・!」
不快を覚えるランに対し、男は苛立ちを見せる。彼のこの態度にランはさらに不快感を感じていく。
「せめて罪を認めて償いをしようとしたなら、安心して過ごせたはずなのに・・・」
ランが目を閉じて、伸ばしている手を握りしめた。その瞬間、男の体が破裂して、部屋中に血肉が飛び散った。
「どうして分かろうとしないの・・・?」
悪事を改めようとしない悪者に対して、ランは憤りを募らせる。不条理の排除は生半可でないことを、彼女は痛感していた。
「私は戻ります。後の処理はお任せします。」
「了解。」
立ち去っていくランに言われて、黒ずくめの男たちが答える。彼らは男の部屋の後始末をして、男が死ぬ前の状態に戻した。
男の処罰を終えたランに、1人の議員が歩み寄ってきた。彼はランに調査報告をしてきた。
「分かったわ。このまま調査を続けて。」
「かしこまりました。」
ランが答えると、議員は彼女から離れていった。
(私たちのように悲劇を体感させられていた人を増やさないようにするために、この国の国会に押し入って愚かさを思い知らせた・・でも私の他にも、不条理に塗りつぶされた世界を憎んでいた人がいたみたい・・)
ランが自分の以外の、不条理への反逆者がいることを知って当惑を覚える。
(そしてそれを行ったガルヴォルスは、まだこの近くから離れていない・・)
ランは感づいていた。不条理の世界に反旗を翻し、敵と見なした相手を手にかけているガルヴォルスの存在と行動を。
ランの起こした変革以前から、政治家や議員、権力のある人々が次々に殺害される事件が起こっていた。
彼らを手にかけたのは、1人の少女を連れた青年だった。
伊沢ハル。内向的な性格で、強要されることを心から嫌っている。彼は自分たちを陥れる世界の不条理に反抗していた。
ハルと一緒にいた少女は三島アキ。ハルの通っていた高校に転入してきた。ハルの心境と事情を知ったアキは、彼のそばにいることを心に決めた。
お互いを心の支えとしていたハルとアキ。2人は自分たちを脅かそうとするものの排除を続けていた。
「敵をだいぶやっつけたね、ハル・・」
「うん・・でもまだ僕たちを苦しめようとしてくる人はいる・・僕たちは落ち着いて過ごしたいだけなのに・・・」
声をかけてきたアキに、ハルが自分の気持ちを正直に言う。
「でもここのところ、悪い人が減ってきた気がする・・もしかしたら、私たちの他にも、悪い人を何とかしている人が・・」
「だとしても、僕たちに味方してくれるとは限らない・・敵が共通しているだけかもしれない・・・」
「でもどこかで会えればいいね・・私たちのように、許せないものに立ち向かっているんだから・・」
「会ったら何かしてくるかもしれない・・そうならないためにも、こっちから会いに行かないほうがいいと思う・・・」
アキが呼びかけるが、ハルは会おうとはしない。彼の疑心暗鬼は深刻になっていた。
「ハル・・そうかも・・ハルに何かあったらイヤだから・・・」
「僕も、アキに何かあったらイヤだ・・そのために僕は・・・」
互いに自分たちの気持ちを確かめ合っていくアキとハル。2人は自分たちの平穏のため、敵を倒し続けていた。
「行こう・・僕たちはまだ、本当に安心できていない・・・」
「うん・・・」
次の平穏を追い求めて、ハルとアキは歩き出した。
変革を果たした世界の中で、暗躍を続けている1人の男がいた。
(ずいぶんと監視体制を強化したものだね。しかしまさか、この監視体制を管理している者の中に謀反を企んでいる者がいるとは、ヤツらも思いもよらないだろう。)
男がいくつもの監視モニターを目にして、不敵な笑みを見せる。世界の監視体制は彼の指揮するチームで行われていた。
(待っていろ、天上ラン。私の監視体制があなたを追い込むことになるのだ。)
野心を募らせて笑みを強める男。彼の前の監視モニターの1つに、移動するランの姿が映し出されていた。
(一瞬のチャンスが来るのを狙って、従順な私を演じ続けるとするか。)
「私はここを外す。監視を怠るな。」
「了解。」
部下に監視を任せて、男は1度監視部屋を出た。
(そのときのために、いろいろと準備は必要だな。いろいろと・・)
ランへの反逆に向けて、男は準備のための行動に出ていた。その行動は兄弟に会うという日常的なものとなっていた。