ガルヴォルスLucifer

EPISODE1 Awakening of darkness-

第8章

 

 

 ミナがガルヴォルスとして覚醒した頃、小夜と白夜は上層部が潜んでいるとにらんだビルに入り込んでいた。2人は自分たちの行く手を阻んでくる警官や護衛を次々に切りつけていった。

 逃げていく人たちは、小夜も白夜も追おうとはしなかった。

「どいつもこいつもふざけた考えに振り回されて・・何も知らされなかったというだけでも愚かにつながっているのに・・」

 白夜が切られて倒れている人たちを見回して、不満を口にする。

「上層部と思われる人たちはほとんど始末したけど・・あの人が見つからない・・」

 小夜が良夫のことを思い出す。派手な攻撃をしてきた彼女と白夜だが、良夫は現れない。

「ここを全て見捨てて逃げた可能性もあるな・・ヤツならやる可能性のほうが高い・・」

「そうだとしても追いかける・・たとえ地獄の果てでも、上層部は追い詰めて倒す・・・」

 白夜と小夜が声を掛け合って、1度ビルから出ようとした。

「ここにいる人たちは私が地獄に落とす・・」

 突然声が入ってきて、小夜と白夜が振り向く。2人の前に黒と白の翼を生やしたランが現れた。

「あなた・・・!」

「邪魔をしないでって言ったのに・・・」

 緊張を覚える小夜に、ランが低い声音で呼びかける。

「私があの人と、あの人に味方している人たちを全員この世界から消す・・邪魔する人たちも、許してはおかない・・・」

「邪魔をしているのはお前のほうだ・・オレたちが上層部を倒すと言ったはずだ・・」

 互いに憎悪を口にするランと白夜。両者は自分の標的を譲ろうとしない。

「あなたも気づいていると思うけど、あの人はここにはいない・・ここに戻ってくる可能性も否定できないけど・・」

「ここで待ち伏せだけするつもりはないわ・・絶対に追い詰めて、この手で・・・」

 小夜が言いかけても、ランは良夫への憎悪を募らせるだけである。

「邪魔をするヤツに容赦しないのはオレのほうだ・・オレはオレの敵を倒すだけだ・・」

「そう・・ならあなたたちも、私の敵と見なすわ・・・!」

 意思を示す白夜に対して、ランが翼をはばたかせてかまいたちを放つ。

「白夜!」

 小夜が刀を抜いてかまいたちを切り裂く。だがかまいたちの衝撃で彼女は押される。

「手を引くなら私たちは何もしない・・私たちに牙を向けてくるなら、私たちは容赦しない・・たとえあの子を悲しませることになっても・・・!」

 忠告を送る小夜の目が、血のように赤く染まる。彼女はランに対して殺気をむき出しにしていた。

「あの子を悲しませる・・ミナのこと・・・!?

 ランが目つきを鋭くして苛立ちを見せる。彼女が翼をはばたかせて、小夜と白夜に向けて突風を巻き起こす。

「うっ!」

「ぐっ!」

 突風に押されて壁に叩きつけられる小夜と白夜。だが2人は全身に力を込めて、壁から前に出た。

「このぐらいのことで、オレを押さえられると思わないことだ・・!」

 白夜が声と力を振り絞って、ランに飛びかかる。彼は放たれるかまいたちをかいくぐって、ランに突進した。

 白夜の突進で、今度はランが壁に叩きつけられた。全身に力を込める彼女だが、白夜の力をはねのけることができない。

「オレとしても、姉の命を奪って妹をオレたちのようにするのは後味が悪い・・ここで引き下がるなら、オレの邪魔をしなければ命は取らない・・」

 ランに忠告を送る白夜。小夜の彼の言動を、刀を構えたまま見守っていた。

「引き下がらない・・引き下がったら、ミナを守れない・・・!」

 ランは引き下がろうとせず、激情を膨らませていく。

「ミナを守るために・・今の世界を正す・・・!」

 感情が高まったことで、ランの目に輝きが発せられた。その瞬間、白夜が一瞬緊迫を覚えた。

「私の邪魔をしないで!」

 ランが目を見開いた瞬間、白夜の体に突然切り傷がつけられた。

「何っ!?

 驚愕を感じながら、白夜が力なく後ろに倒れていく。同時に彼の姿が人間に戻っていく。

「白夜!」

 倒れていく白夜に小夜が駆け寄る。小夜に支えられる白夜の前で、ランが自分のしたことを思い返していく。

「私は切り裂くことを強く願った・・そうしたら、本当に・・・!?

 自分の考えたことが現実になったのだと、ランは実感した。これを知ってランは笑みを浮かべた。

「これなら・・これならミナを守り続けることができる・・ミナの敵をこの世界から消せる・・・できないことは、もう何もない・・・」

 自信と喜びを膨らませて、ランが小夜と白夜の前から走り去っていった。彼女を追おうとした小夜だが、白夜を放っておくことができなかった。

「戦うのは少し休んでからのほうがいいわ・・今のあの子の攻撃、少し違う・・・!」

「くっ・・オレが、こんなことで動けなくなってしまうとは・・・」

 呼びかける小夜のそばで、白夜が無力さを痛感して歯がゆさを浮かべていた。

 

 ミナに追い込まれて、良夫は上層部のビルに戻ろうとしていた。歩きながら体を回復させていた彼はミナに対する苛立ちを膨らませていた。

「天上ミナ・・このままにはしておきませんよ・・必ず私の手で死刑にしてやりますよ・・それもただで地獄には逝かせません・・地獄のほうが楽だと思えるほどに・・・!」

 ミナへの憎悪に駆り立てられて、良夫は足を前に進めていた。

「見つけた・・やっと見つけた・・・」

 そこへ声がかかって、良夫が足を止めた。彼の前に黒と白の翼を広げたランが現れた。

「あれは、天上ミナ!?・・・いえ、あれは天上ラン・・・!」

 一瞬ミナと見間違った良夫だが、現れたのがランだと悟った。

「その姿・・天上ミナと同じ・・・やはり姉妹・・忌々しいことです・・・!」

 良夫がランに向けて鋭い視線を向ける。ランは無表情で彼に視線を向けていた。

「ですが丁度いいです。あなたたちを探す手間が省けるというもの・・」

 良夫は標的をミナからランに変えて、不敵な笑みを浮かべる。

「あなたから処罰いたしますよ。気にしなくても、あなたの妹も後を追わせますのでご安心を。」

 良夫が言いかけて、ランに近づいて右手を伸ばす。するとランがふと笑みを浮かべてきた。

「何がおかしいのですか?それとも絶望しておかしくなってしまいましたか?それでしたらもう既におかしなことをしていますので・・」

「お前はとことん勘違いしたいみたいね・・地獄に堕ちるのはお前のほうよ・・」

 言いかけてくる良夫に、ランが言葉を返してきた。

「またありえないことを・・あなたも言葉が不要の1人と見たほうがいいですね。」

 目を見開いた良夫の頬に紋様が浮かび上がる。彼がシャドウガルヴォルスとなって、ランの前に立ちふさがった。

「たとえガルヴォルスになろうとも、あなたもあなたの妹も、私のもたらす秩序を脅かすことは不可能です。それを身を以て学ぶのです。」

「ガルヴォルス?・・今の私はもう、人でもガルヴォルスでもない・・」

 強気に振る舞う良夫に対して、ランが妖しく微笑んでいく。彼女の黒と白の翼がはばたくと、良夫は横に動いて、放たれたかまいたちをかわした。

「人でもガルヴォルスでもない?世迷言を・・」

 良夫があざ笑ってから、体を歪ませながらランに接近する。彼の両手が彼女の背中の翼をつかんだ。

「これであなたの風も使えません。攻撃できないまま、この薄汚い翼を引き抜いてやりましょう。」

 良夫は目を見開いて、ランの翼を引きちぎろうとする。しかしランは追い詰められた様子を見せず、逆に笑みを浮かべていた。

「私の力はこの翼だけじゃない・・そもそも私の翼は絶対に散らない・・」

 ランが囁くように言いかけたとき、良夫の体に傷がつけられた。

「なっ・・!?

 突然の負傷に良夫が目を見開いた。力を入れられなくなり、彼はランの翼から手を放す。

「風は出ていなかった・・何かをした動作も素振りも全くなかった・・にもかかわらず、なぜ私が・・!?

 良夫は自分の身に起きたことが分からず、驚愕を募らせる。その彼にランが笑みを見せてくる。

「そう・・私はあの体勢から動いてもいないし、攻撃の動作もしていない・・ただ念じただけ・・お前が傷つくことを・・」

「私が傷つくことを念じた!?それだけでそれが現実になったというのですか!?・・ありえない・・そんなこと、あるはずがない!」

 ランの話が信じられず、良夫が激高する。

「私も最初は信じられなかった・・思っただけでその通りになるなんて反則、絶対にありえないと思っていた・・でもこれが現実・・私の思い通りにならないことなんて、もう何もない・・」

「認めない・・絶対に認めないぞ・・この出来事も、お前たち自体も!」

 語りかけるランに飛びかかる良夫。彼はランに向けて繰り出す右手に力を集中させた。

「粉々にしてやる・・骨もカスも残らないほどに!」

「それができないと言っているのに・・」

 だがランに伸ばした良夫の右手が突然吹き飛んだ。あまりに一瞬で衝撃的な瞬間だったため、良夫は激痛を覚えるのが遅れた。

「ぐあぁっ!」

 右腕を押さえて絶叫する良夫。うずくまる彼を見下ろして、ランが微笑んでくる。

「どうしたの?このぐらいのことでこんなに痛がって・・」

 ランにあざ笑われて、良夫が苛立ちを膨らませていく。するとランが浮かべていた笑みを消した。

「私たちがお前から受けた苦痛は、その程度と比べるのも馬鹿馬鹿しいものよ・・・」

「ふざけるな・・こんなことをして、ただで済むと思っているのか!?・・必ずお前に無限の処罰を・・!」

 低く告げるランに憎悪を向ける良夫。だが次の瞬間、彼の体から鮮血が破裂するように飛び散った。

「がはっ!・・認めない・・認めてなるものか・・・!」

「自分の思い通りにならないものはないって思い上がって・・でも何でも思い通りにできるようになったのは、私のほうだったみたいね・・・」

 絶叫を上げる良夫に、ランが冷淡告げていく。体をボロボロにされて、良夫は動くことができなくなっていた。

「お前のように、この世界を狂わせている存在を、私は許さない・・ミナを守るために、私はそいつらをこの世界から消す・・もちろん、あなたも・・・」

 ランが目つきを鋭くすると、良夫が再び衝撃と激痛に襲われる。痛みが激しくなりすぎて、彼は声にならない悲鳴を上げていた。

「お前たちが何をやろうとしても、わたしたちを思い通りにすることはできない・・それを体にしっかりと刻み付けることね・・」

「た・・助けて・・助けてくれ・・・!」

 言葉を投げかけるランに、良夫が助けを求めてきた。

「わ・・悪かった・・君たちにしたことは、私が悪かった・・・!」

「悪かった?・・今更そんなことを言い出しても遅い・・遅すぎるのよ・・・」

「ゆ、許してくれ・・これからは君たちにいいように促すから・・絶対に君たちを不幸にしない・・・!」

「自分たちの権力を使って?・・そういうやり方が我慢ならないことが、お前はまだ分からないの・・・?」

 許しを求める良夫に、ランが冷徹に言葉を返していく。

「分かった・・分かりました・・あなたの思った通りにするから・・命だけは・・命だけは・・・!」

 良夫がさらにランに助けを求める。するとランがきびすを返して、良夫に背を向けた。

「もう私たちに何もしないで・・私たちはただ、平穏な生活を送っていたいだけなの・・」

「わ、分かりました・・そのようにして、あなたたちには何も手出しをしない・・・!」

 言いかけたランの言葉に同意する良夫。ランは背中から翼を出したまま、歩き出して良夫から離れようとした。

「なんて・・私が考えていると思っているのか!」

 良夫が体を再生させて、ランに飛びかかった。彼は彼女が隙を見せる一瞬を狙っていた。

「・・思った通りだったわ・・」

 ランが呟いた瞬間、良夫の体が切り刻まれた。彼は肉塊へと変わり果てて、さらに灰と化して消滅していった。

「自分たちのことしか考えていないお前たちが、命乞いをするなんておかしな話だわ・・仮に本当に命乞いをしていたのなら、助けてあげなくもなかったけど・・お前は結局、その最後のチャンスも捨ててしまったのよ・・」

 ランが良夫に対して皮肉を口にする。彼女が良夫が騙しをしようと企んでいるのを分かっていて、それに乗る振りを見せたのだった。

「これでミナの最大の敵はいなくなった・・でも、敵が全員いなくなったわけじゃない・・・」

 ランが浮かべていた笑みを消して、街の中央の高いビルに振り返った。

「そこに敵が集まっている・・あの2人が暴れていたから逃げ出しているヤツもいるけど・・見つけたらこの手で消す・・必ず・・・」

 ミナを守る決心をあらためてするラン。彼女は背中の翼を消してから、ビルに向かって歩き出していった。

 

 ガルヴォルスとなって良夫を追い返したミナ。意識を失っていた彼女は、やってきた早苗と佳苗に介抱された。

「あ・・・わ・・私・・・」

「ミナさん・・気が付いたのね・・」

 体を起こすミナに、早苗が笑みを見せる。寧々と紅葉も丁度意識を取り戻していた。

「早苗さん、佳苗さん・・・」

「みんな、気絶してただけでよかったよ・・ケガとかしてるんじゃないかって心配しちゃって・・」

 戸惑いを見せる紅葉に、佳苗も安堵の笑みをこぼしていた。

「ユウマくん・・!」

 そのとき、ミナが横になっているユウマを見て、心配の声をかけた。

「大丈夫よ。みんなと同じく、眠っているだけでケガなどはしていないわ・・」

「早苗さん・・・ユウマくん・・よかった・・・」

 早苗の言葉を聞いて、ミナが一瞬安心を見せた。しかし彼女の表情がすぐに曇った。

「お姉ちゃんは・・お姉ちゃんはどこですか・・・?」

 ミナがさらに問いかけると、早苗と佳苗も表情を曇らせた。

「会ったわ、ランさんに・・でも、もう今までのランさんでなくなっていた・・・」

「・・・どういう、ことですか・・・!?

 早苗が事情を話すが、ミナは耳を疑っていた。

「ガルヴォルスに転化していた・・しかもガルヴォルスとしての巨大な力にのみ込まれてしまっていた・・いいえ、のみ込まれていたのは、ミナさん、あなたを守りたいという気持ち・・」

「お姉ちゃん・・私のために、人を襲って・・・!」

 早苗の言葉を聞いて、ミナはランの優しさを感じると同時に、そのために彼女が人殺しもしていることに辛さを感じていた。

「ごめんなさい・・私たちでは止められなかった・・・ごめんなさい、ミナさん・・・」

「早苗さん・・・早苗さんが悪いんじゃないですよ・・悪いのは、お姉ちゃんをそんな風にしてしまった今の世の中・・・」

 謝る早苗にミナが励ましていく。すると寧々が深刻な面持ちを浮かべて、言葉を切り出した。

「やっぱり・・話したほうがいいかもしれないって思って・・・」

「寧々さん・・・?」

 寧々の言葉に早苗が当惑を覚える。

「ミナちゃんも・・ガルヴォルスになっていたんだよ・・ランさんと同じ、黒と白の翼を生やしたガルヴォルスに・・」

「えっ!?・・私が、お姉ちゃんと同じ・・・!?

 寧々が話したことに、ミナが驚愕を見せる。

「正直あたし、ミナちゃんにガルヴォルスになってほしくなかった・・ミナちゃんは、普通の人間として、これからも過ごしていてほしかった・・・」

「寧々ちゃん・・・私も・・ガルヴォルスというのに・・」

 悲痛さを見せる寧々と、ランと同じガルヴォルスになった自分に戸惑いを覚えるミナ。

「すぐにお姉ちゃんを迎えに行かないと・・きっとお姉ちゃん、私のために・・・」

 ミナがランがいると思っているビルのほうへ歩こうとする。

「待ちなさい、ミナさん・・行っても、もうランさんは・・・!」

 早苗が彼女を呼び止めたときだった。

 突然ビルから爆発が起こった。爆発は並んでいるビル地帯に、立て続けに起こっていた。

「いったい何が・・!?

「上層部が潜伏している疑いがあったわよね、あそこは・・・!」

 騒ぎが起こるビル地帯を見て、早苗と佳苗が声を荒げる。

「もしかして、あそこにお姉ちゃんが・・・!」

 ミナがたまらずビルに向かって走り出していった。

「ミナちゃん!」

 寧々も慌ててミナを追いかけていく。紅葉たちもやむなく2人に続くことにした。

 

 ビルの中の光景はまさに地獄絵のようだった。床や壁のいたるところに鮮血が飛び散って、多くの死体が倒れていた。

 その惨劇の真ん中にランはいた。彼女はビルにいた人たちを次々に殺していた。

「や、やめてくれ!殺さないで!」

 ビルに務めている事務員が、ランに助けを求める。

「私は何も知らない!このビルの上司が、悪いことをしていたなんて知らなかったんだ!」

「知らなかったから、自分がやったことが罪にならないとでも・・?」

 声を張り上げる事務員に、ランが冷たい視線を送る。次の瞬間、その事務員の体が切り刻まれた。

「何も知らなかったことも罪なのよ・・」

 憤りを噛みしめて、ランはさらにビルの中を歩いていく。彼女はビルの最上階に足を踏み入れた。

 誰もいないことを確かめてから、ランはさらに上に上がって屋上に出た。そこはヘリポートが設置されていた。

「ここまで来たら、もういないか、もう逃げたか・・」

 ビルにいる全員を始末したと判断して、ランが屋上から去ろうとした。

 そのとき、物陰から1人の男が飛び出してきて、ランを背後から刀で突き刺した。男はランの心臓を狙って刀を突き出していた。

「やった・・やったぞ・・えっ!?

 一瞬勝ち誇った男だが、刀は少しランに刺さったところで刀身が半分以上消えてなくなっていた。

「お前たちは本当に姑息ね・・そんなに抹殺して、この事実を消したいというの・・?」

 振り向いたランが男に冷淡に告げる。刀で刺された彼女の背中の傷が、ガルヴォルスとしての高い治癒力ですぐに消えていった。

「刺さった瞬間に念じたの・・私の命を奪うものを消せって・・」

「そんなことで・・・バケモノ・・本物のバケモノ・・・!」

 囁くように語りかけるランから、男が恐怖をあらわにして後ずさりをしていく。

「バケモノでもここまではできないよ・・今の私は神になった・・・」

 ランが囁いた瞬間、男が体を切り裂かれて命を落とした。

「今でも信じられないくらい・・私は神となった・・私にできないことは何もない・・馬鹿げているくらいに、私が念じただけで何もかもがその通りになる・・・」

 歓喜とも狂喜ともつかない笑い声を上げるラン。笑いを終えた彼女が目つきを鋭くしていく。

「ミナを守る・・そのためにも、この世界の乱れを私が全部消す・・」

 決意を口にして、ランが背中から黒と白の翼を広げた。

「お前たちは勝手すぎたのよ・・それが、自分たちの世界を壊していることにも気づかないで・・でもそれも終わりになる・・・」

 ランが呟きながら、翼を使って空に飛び上がった。

「私が終わらせる・・私がいる限り、悲劇は起こさせない・・・!」

 ランの気持ちは全く揺らいでいなかった。彼女は世界を乱している存在の排除を優先させていた。

 

 ランが心配になってビル地帯に駆けつけたミナたち。そこでミナは、翼をはばたかせて飛び去っていくランの姿を目撃した。

「お姉ちゃん!」

 ミナが叫ぶがランは止まることなく姿を消してしまった。

「お姉ちゃん・・・」

 ランが遠くへ行ってしまったことに、ミナが絶望を感じて泣き崩れる。寧々がそばに来ると、ミナが彼女に寄り添ってきた。

「お姉ちゃんが・・・お姉ちゃんが・・・!」

「アイツ、オレたちがまた乗り込む前に・・・」

 そこへ白夜が小夜と一緒にミナたちの前に現れた。

「あなたたち・・・!」

 小夜と白夜がビル地帯襲撃を行ったのだと推測して、早苗が銃を2人に向ける。

「ランさんと会ったの?・・ランさんに何があったの・・・!?

「えぇ・・彼女の力は、人だけじゃなく、ガルヴォルスも超えていた・・」

「何かする動作も見せなかったのに、オレの体に傷がついた・・まるで念じただけで、オレの体を・・・!」

 問い詰める早苗に小夜が答えて、白夜が憤りをあらわにしてきた。

「ビルにいた人たちは・・・!?

「上層部のヤツらがいたから、オレたちは乗り込んだ。アイツもビルにいたヤツらを殺して、根絶やしにしていた・・」

「それではもう、ビルの中で生きている人は・・」

「オレたちがやった分を含めて、全員死んだと見るべきだ・・」

 早苗の問いかけに白夜が低い声音で答えていく。

「この手で始末できなかったのは残念だけど、結果的に上層部が壊滅に追い込まれた。これからは私たちの安息の場所を探すわ・・」

「待ちなさい。あなたたちも多くの人を殺してきた。どんな理由であっても、人殺しが正当化されることはないのよ。」

「私たちは自分たちのしていることを正しいと証明したいわけではないの・・私たちの人生を狂わせた敵への復讐。それだけが私たちの目的・・」

 早苗の呼び止めを聞かずに、小夜が白夜と一緒に歩き出していった。

「ここで引き金を引いても、2人を止められない・・何度自分の無力を呪ったことか・・」

「早苗さんは悪くないよ・・早苗さんには、早苗さんにできてあたしにできないことがたくさんあるんだから・・」

 自分を責める早苗に、寧々が励ましの言葉をかける。一瞬笑みを見せた早苗だが、すぐに表情を曇らせた。

「ミナさん・・・ランさんがとんでもないことになって・・・」

 ミナを心配する早苗。寧々がミナに歩み寄って手を握ってきた。

「ミナちゃん・・・」

「寧々ちゃん・・・」

 戸惑いを見せる寧々に、ミナが泣きついてきた。ランの悲劇を目の当たりにして、ミナは絶望からただ泣くことしかできなくなっていた。

「ミナ・・姉さんに何があったんだ・・・!?

 ユウマが目を覚まして、ミナたちに疑問を投げかけてきた。

「ユウマくん・・・」

 ミナがユウマを見て戸惑いを見せる。

「話はあなたの家にでも・・気持ちを落ち着けてから話したほうがいいかもしれない・・」

「・・あまり大人数で押しかけられたり騒がしくされるのはいい気がしないんだけど・・」

 早苗に声をかけられて、ユウマが憮然とした態度を見せてから歩き出す。ミナもランのことを気にしながらも、ユウマの家に行くことにした。

 

 静寂に包まれた小さな道を、ランはゆっくりと歩いていた。彼女は世界を狂わせている敵と判断したものを次々に手にかけてきた。

 それでも敵が全てなくなったわけではなく、彼女の心が満たされてもいなかった。

(もっと・・もっとやらないと、世界は全然よくならない・・もっとやらないと・・私が中心になるぐらいに・・・)

 新たなる決意を心の中で確立させていくラン。彼女は国や世界を動かしている場所へと向かおうと考えていた。

(ミナ、あなたにはさみしい思いをさせることになるけど・・あなたやみんなが安心できる世界を作っていくから・・・)

 ランを血塗られた道に進ませていたのは、ミナへの思いだった。

 

 ミナたちと一緒に家に戻ってきたユウマ。彼は寧々たちからこれまで起きたことを話した。

「ミナの姉・・どこかに行っちまったのか・・・!?

 ユウマが聞き返すと、ミナが小さく頷く。

「お姉ちゃん、どこにいるのか分かんない・・見つかっても、今の私じゃとても連れ戻せない・・・」

「それで諦められるのか・・そう簡単に諦めていいのかよ・・・!?

 絶望を感じだすミナに、ユウマが問い詰めてくる。

「大事なヤツなら、大事なことなら諦めるなよ・・言い訳をつけて諦めたり耐えたりするのはいいことじゃない・・」

「ユウマくん・・私も、そう思うけど・・・」

「思うならやるべきだろ・・後悔するぐらいなら、最初からやるな・・」

 困惑を募らせていくミナに、ユウマが呼びかけていく。

「文句ばっかりなのも嫌気がさすよな・・オレもオレのできることをやってやる・・」

「ユウマくん・・・」

「オレにできることがあったら言ってきていいぞ・・お前も、身勝手に振り回されているヤツだからな・・・」

 助力を差し伸べてくるユウマに、ミナは戸惑いを感じていた。

「2人とも、気持ちを固めているところ悪いけど、ランさんを探す手がかりが全くないと言っても過言ではないのよ。」

 そこへ早苗がため息まじりに声をかけてきた。

「それでも、お姉ちゃんを放っておけない・・早苗さんも、お姉さんのいる人なら分かるはずだよ・・」

「慌てないで。ランさんを探さないとは言っていないでしょう?そういうことは私に任せてもらえないかな・・?」

「早苗さん・・・」

 早苗が投げかけてきた言葉を聞いて、ミナが戸惑いを感じていく。

「今はもう休息の時間よ。行動を起こす時に疲れていたら、それこそ辛くなるから・・」

「早苗さん・・分かりました・・・」

 早苗の言葉をミナは素直に聞くことにした。

「あたしたちも1度帰るね。小夜さんたちが言ったことが正しいなら、あたしたちも追われることはないってことだよね・・」

 寧々が安心の笑みを見せて言いかけてきた。

「ミナちゃん、何かあったらすぐに飛んでくるから・・どんなことでもいいから、読んでも相談してきてもいいから・・・!」

「寧々ちゃん・・・私たちのために・・本当に・・本当にありがとう・・・」

 寧々に励まされて、ミナが微笑んで頷いた。

「私も家に帰ります・・お姉ちゃんが、帰ってくるって信じたいから・・・」

「待て・・もう少し、オレの家にいろよ・・」

 自分の家に帰ろうとしたミナを、ユウマが呼び止めてきた。

「ずっと1人で待ってたら辛くなるだろう?・・だからオレと一緒にいろよ・・」

「ユウマくん・・・」

 突っ張った態度を見せながら言いかけるユウマに、ミナは感謝を感じていた。彼女はユウマが新しい心の支えになったと思っていた。

「分かったよ、ユウマくん・・1日、だけなら・・・」

 ユウマの頼みを聞いて、ミナが小さく頷いた。

「なるほど。あなた、意外に大胆・・」

 早苗が言いかけていたところで、ミナに慌ただしく口を押えられた。

「ダメですよ、早苗さん・・冗談でも悪ふざけはユウマくんの天敵なんですから・・」

 ミナに注意されて、早苗が無言で小さく頷く。

「聞こえているぞ・・」

 ユウマに睨まれて、ミナが動揺を浮かべた。

「それと、さん付けはしなくていい・・ユウマでいい・・」

「うん・・本当にありがとう、ユウマ・・・」

 言いかけてきたユウマに、ミナが微笑んで感謝した。

 

 世界の不条理が、ミナとランの運命を変えた。

 ミナを守るため、不条理な世界を変える決意をしたラン。

 姉、ランへの思いを胸に秘めながら、ユウマとの絆を結んだミナ。

 悲劇を体感した2人は、それぞれの道を進むことになった。

 

 闇の覚醒を果たした自分たちの道が、交わるのはどこだろうか・・・?

 

 

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