ガルヴォルスLucifer

EPISODE1 Awakening of darkness-

第7章

 

 

 ランのことを心配しながらも、ミナは寧々、紅葉と一緒に待っていた。しかしミナはすぐにでもランを探しに行きたい気持ちでいっぱいになっていた。

「姉さんのことがそんなに心配なのか・・・?」

 悲しい表情を浮かべているミナに、ユウマが声をかけてきた。

「姉さんの居場所がはっきり分かっていないのに、出てっても見つけられるわけないだろうが・・・」

「それでも・・私・・お姉ちゃんのことが・・・」

「理屈じゃないってことか・・そういうほうがオレにも性に合っているな・・」

 ランを思うミナに、ユウマがおもむろに笑みをこぼした。

「ヘンに理屈をこねて、自分が正しいように言いくるめてくるヤツがいる・・自分が正しいと思い込んでいるヤツを、オレは受け入れるつもりはない・・・」

「・・私も、そんな人たちを許せなくなっているよ・・・」

 ユウマの言葉を聞いて、ミナが物悲しい笑みを浮かべた。

「私のお姉ちゃんを連れて行ってしまったのは、きっと、ユウマくんが不満に思っている、そんな人たち・・その人たちが、私とお姉ちゃんをムチャクチャにしてしまった・・・」

「ミナ・・」

「私の中にも、その人たちを許せない気持ちが大きくなっている・・でもそれ以上に、お姉ちゃんとまた一緒に暮らしていきたいって気持ちがある・・」

 ユウマに自分の正直な気持ちを伝えていくミナ。自己満足な人間ばかりの世界の中で、純粋な思いと心の優しさを持った人がいるのだと、ユウマは実感した。

「一緒に暮らしたい、か・・どうしたら姉さんとまた暮らせるようになれるのか、はっきりしているのか・・・?」

「はっきりってわけじゃないけど・・そうしたいって気持ちはあるよ・・・」

「・・だったら、ここでじっとしてるっていうのはおかしな話だな・・」

 ミナの気持ちを聞いて、ユウマが立ち上がる。

「だったら探しに行くぞ。1人より2人のほうがいいだろう?」

「えっ・・?」

 ユウマが投げかけてきた言葉に、ミナが戸惑いを見せる。

「どうした?姉さんを探したいんじゃないのか?」

「それはそうだけど・・ユウマくんに迷惑をかけてしまうことに・・・」

「もう十分迷惑が掛かっている・・だったらちょっとだろうとたくさんだろうと変わんないよ・・」

 憮然とした態度を見せるユウマに、ミナは優しさを感じて微笑んだ。

「ありがとう・・ありがとう、ユウマくん・・・」

「礼を言われるようなことはしていない・・オレがスッキリしないだけのことだ・・」

「それでも・・ありがとう・・・」

 憮然とした態度を見せるユウマに対して、ミナが笑顔を絶やさなかった。

「だからミナちゃん、待ってって・・!」

 そこへ寧々が紅葉と一緒に顔を見せて、ミナを呼び止めてきた。

「早苗さんにここにいるようにって言われてるでしょ・・もうちょっとで早苗さんたちから連絡が来るはずだから・・」

「でも・・やっぱりお姉ちゃんのことが・・・」

「もうちょっとだけ・・もうちょっとだけ待ってって・・・」

「寧々ちゃんは、紅葉さんに何かあっても、何もしないで待っていられるの?・・後でどんなことになるとしても、探しに行こうとはしないの・・・?」

 ミナに問いかけられて、寧々は戸惑いを覚える。寧々も妹として、姉の紅葉に何かあったら放っておけないと思ってしまっていた。

「お願い、行かせて・・お姉ちゃんのところへ・・・!」

「その必要はないよ・・・」

 ミナが家から出ようとしたところで、突然声が入ってきた。

「この声・・・!」

「お姉ちゃんの声・・お姉ちゃんが帰ってきた・・・!」

 声を荒げる寧々とミナ。ミナが玄関から外に飛び出した。

 家の前の通りにランはいた。ミナが外に出ると、ランは微笑みかけてきた。

「お姉ちゃん・・・」

「ゴメン、ミナ・・心配かけて・・・」

 戸惑いを見せるミナに、ランが謝る。

「いいよ、お姉ちゃん・・お姉ちゃんが、こうして無事に帰ってきてくれただけでも・・私は嬉しいよ・・・」

 笑顔を見せるミナが、ランとの再会を喜んで涙を浮かべていた。

「ミナ・・・これからは私があなたを守る・・もうミナは、イヤな思いをすることはないんだよ・・・」

「お姉ちゃん・・・お姉ちゃんと一緒にいられるなら、私は全然イヤじゃないよ・・これからも一緒に、楽しい時間を過ごそう・・」

 自分の気持ちを口にするランに、ミナが寄り添おうとした。

「ゴメン、ミナ・・もう少しだけ待ってほしいの・・」

「えっ・・・?」

 ランが口にした言葉にミナが当惑を覚える。

「この世界には、私たちを苦しめるものがあふれているわ・・それは自分たちのために、私たちを平気で苦しめて、それが正しいものだとしている・・そんなのがいたら、ミナは幸せになれない・・」

「お姉ちゃん、何を言っているの?・・お姉ちゃんと一緒にいるだけで、私は幸せだよ・・・」

 ランが口にしていく言葉に困惑しながら、ミナが言葉を返していく。

「このままじゃ、その幸せも消されてしまう・・そうならないためにも、今のうちに手を打たないといけないのよ・・・」

「待って、お姉ちゃん・・どこへ行くの・・・!?

 振り返って歩き出そうとするランに、ミナが呼び止める。

「もしかしてお姉ちゃん、誰かを殺そうとしているの!?・・私が苦しまないように、みんなの命を奪うつもりなの・・・!?

「ミナを守るためだったら・・私はそうしても罪悪感はないわ・・」

「やめて、お姉ちゃん・・私のためでも、誰かを傷つけたりしないで・・・!」

 世界への憎悪を抱いているランに、ミナが悲痛の声をかける。

「できればそうしたいけど・・ミナがイヤな思いをするのを、見たくないから・・」

「アンタがミナちゃんにイヤな思いをさせてるんじゃない!」

 囁くように言いかけるランに言い返してきたのは寧々だった。

「ミナちゃんを守ろうとしてやっていることが、逆にミナちゃんを辛くさせてるんだよ!お姉ちゃんだったら、そのぐらい分かるはずだよ!」

「分かっていないのはあなたたちのほうよ・・私たちがどれだけイヤな思いをしてきたのかを・・・!」

 必死に呼びかける寧々に、ランが鋭い視線を向ける。彼女に睨みつけられて、寧々が困惑を見せる。

「家族に何かあったら、黙っていられない・・家族を守るためなら、どんなこともためらわない・・あなたはそうじゃないの・・・?」

「それは・・でも、人殺しをしたいとは思ってない!命を奪うことは、絶対にいいことになんないから!」

「その言葉、この世界を狂わせている人たちに言ったらどう?・・みんな、自分たちのために他の人を平気で苦しめて、それを正しいことにしているんだから・・」

 さらに呼びかける寧々を、ランがあざ笑ってくる。

「お姉ちゃん・・行かないで・・私のためだからって、誰かを傷つけないで・・・!」

「ゴメン、ミナ・・これはミナを守るためだから・・・」

 涙ながらに声を振り絞るミナだが、ランは振り返って歩き出そうとする。すると寧々がランの前に回り込んできた。

「行かせない!ミナちゃんを大事と思ってるなら、ミナちゃんのそばにいてあげてよ!」

「どいて・・私はやらないといけないのよ・・・」

「ミナちゃんのそばにいることよりも!?・・ミナちゃんを悲しませてまでしなくちゃいけないことなの!?

「どかないなら、あなたもミナを苦しめる敵と認識するわよ・・・!」

 道をふさぐ寧々に、ランが鋭い視線を向ける。彼女の背中から黒と白の翼が広がった。

「お姉ちゃん・・・!?

「ランさん・・まさか、本当に・・・!?

 翼をはやしたランに、ミナも紅葉も目を疑った。寧々も紅葉もランがガルヴォルスになっていることを思い知らされる。

「あなたたちは心のない人じゃないから忠告をするわ・・死にたくなかったらどいて・・私も、ミナの友達を傷つけたくはない・・・!」

「だったらやめてよ・・ミナちゃんの気持ちになったら、こんな争いしたって意味ないって分かってるはずじゃない・・・!」

 ランが呼びかけるが、寧々は引き下がろうとしない。

「全部、ミナのため・・ミナを守るためなのよ・・・!」

 ランが低く告げると、背中の翼をはばたかせる。翼から放たれたかまいたちが、寧々に向かって飛んでいく。

 寧々はとっさにドッグガルヴォルスになって、素早く動いた。だがランのかまいたちをかわしきれず、右肩に傷がついた。

「寧々!」

「寧々ちゃん!」

 声を上げる紅葉とミナ。直撃は避けられたものの、寧々は右肩に痛みを感じて、着地した途端に膝をついた。

「寧々ちゃんも怪物だったのね・・でも心までは怪物じゃない・・心が怪物なのは、ミナを苦しめているこの世界・・」

 寧々が苦しんでいるのを見ても動じないラン。寧々が痛みに耐えながら、力を振り絞って立ち上がろうとする。

「次は外せないわよ・・死にたくなかったら邪魔をしないで・・・」

 ランが寧々に向けてかまいたちを放とうとする。寧々は傷の痛みで思うように動くことができない。

「やめて!」

 その寧々の前にミナが飛び出してきた。

「ミナ!?

 驚きを覚えたランが、放とうとしていたかまいたちを上空にそらした。上に上がったかまいたちはその先の電線を断ち切った。

「やめて、お姉ちゃん・・誰も傷つけないで・・・!」

「ミナ・・どいて・・私は、やらないと・・・!」

「イヤ・・お姉ちゃんが誰かを傷つけるのを、私は我慢できない!」

 声をかけるランだが、ミナは彼女の前から引き下がらない。

「私はミナを守る・・たとえ、守ろうとしているミナに反対されても・・・!」

 ランは振り絞るように言いかけると、翼をはばたかせて飛び上がった。

「お姉ちゃん!」

 ミナがランを追って走り出していく。

「ミナ!」

 ユウマもミナを追って走り出していった。

「ミナちゃん、ユウマくん、待って・・うっ・・!」

 2人を呼び止めようとする寧々だが、右肩の傷の痛みでうずくまってしまう。動けなくなる彼女に紅葉が駆け寄る。

「寧々、大丈夫!?すぐに手当てを・・!」

「あたしは大丈夫・・このぐらいならすぐに回復するよ・・・」

 心配の声をかける紅葉に、寧々が笑みを見せる。

「それよりもミナちゃんたちを止めないと・・まだ、あの人や警察がうろついているかもしれないから・・!」

 寧々が口にした言葉を聞いて、紅葉が頷く。

「私に捕まって、寧々・・回復している間は、私がミナちゃんたちを追いかけるから・・」

 紅葉は寧々を抱えたまま、ヘッジホッグガルヴォルスになった。2人もミナたちを追いかけて、街に向かって疾走していった。

 

 ランを追いかけて走り続けるミナを、彼女を追いかけるユウマ。しかしガルヴォルスとなっているランに、ミナたちが追いつけるはずもなかった。

「お姉ちゃん・・待って・・お姉ちゃん・・・!」

 それでもランを追いかけようとするミナ。しかし体力がなくなって走るのが遅くなってしまい、ユウマに追いつかれる。

「おい・・1人で飛び出していくなよ・・お前だって狙われているんだろうが・・!」

「ユウマくん・・ごめんなさい・・でも、今度お姉ちゃんを見失ったら、2度とお姉ちゃんに会えなくなる気がしたから・・・」

 声をかけてきたユウマに、ミナが謝って、自分の気持ちを口にする。

「そうだったな・・だけどもう追いつけない・・あんなに速いなんて・・・!」

「それでも追いかけないと・・お姉ちゃんを止めないと・・・!」

 歯がゆさを浮かべるユウマと、再び走り出そうとするミナ。

「誰を止めるのですか?」

 そこへ声がかかり、ミナとユウマが振り返る。次の瞬間、ミナは驚愕して目を見開く。

 2人の前に現れたのは良夫だった。良夫はミナを見て笑みを浮かべていた。

「またお会いしましたね、天上ミナさん。あなたはお姉さんを探しているようで・・」

 良夫が悠然とミナに声をかけていく。

「よろしければ一緒に探してあげましょうか。私たちと一緒ならすぐに見つかりますよ。」

「何言ってるの・・あなたがお姉ちゃんを連れて行ったからじゃない!」

 呼びかけてくる良夫に、ミナが感情をあらわにする。

「コイツが、ミナの姉さんを連れて行ったヤツなのか・・・!」

 ユウマが良夫を見て、鋭い視線を投げかける。

「君のためにも、君の姉さんを止めないといけない。罪を償わせないといけない。それは君も分かるはずだけど?」

「分かんないよ!全然分かんないよ!何にも悪いことしていないのに、勝手に悪者にすることなんて!」

 呼びかけてくる良夫に、ミナが悲痛の声を上げる。すると良夫がため息をついてきた。

「姉が姉なら妹も妹。滑稽ということは同じということですか・・」

 良夫が目つきを鋭くして、ミナに近づいてくる。

「天上ミナさん、あなたの身柄を預からせてもらいます。あなたが私たちの手にあれば、天上ランさんも必ず現れます。」

「来ないで!・・私もお姉ちゃんのように、悪者扱いするんでしょう・・!?

 手を伸ばしてくる良夫から、ミナが後ずさる。その間にユウマが割って入ってきた。

「ユウマくん・・!?

「勝手に話を進めるなよ・・そういうのは腹が立つんだよ・・・!」

 戸惑いを浮かべるミナの前で、ユウマが良夫に鋭い視線を向ける。すると良夫が顔から笑みを消した。

「どきなさい。」

 良夫はユウマの肩をつかんで払いのけた。

「ユウマくん!」

 倒されたユウマにミナが声を上げる。

「罪人に味方する者も罪人です。これ以上彼女に味方するのでしたら、あなたにも処罰が下ることになりますよ。」

「そんな脅しをかければ、誰でも言いなりになると思っているのかよ・・・!?

 忠告を送る良夫に、起き上がったユウマが言い返してきた。

「思い上がるなよ・・そんなことをしても、オレは絶対に言いなりにはならない・・逆にアンタの首を絞めるだけだ・・!」

「やれやれ・・なぜそのような選択肢を選ぶのか、理解に苦しみます。その愚かさゆえの選択なのでしょうが・・」

 自分の意思を曲げないユウマに対して、良夫が不満を口にする。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がってきた。

 黒い体シャドウガルヴォルスに変貌した良夫。彼の変化にユウマが目を疑う。

「私が直接処罰を下すのです。光栄に思いなさい。」

 良夫が低く告げて、ユウマに左手を伸ばす。

「ユウマくん、逃げて!」

 そこへミナが良夫に飛びついてきて、ユウマを逃がそうとする。

「邪魔をしないでください。」

 良夫がミナの首をつかんで、そのまま空に跳ね上げる。だが駆けつけた寧々に彼女が受け止められる。

「ミナちゃん!」

「寧々、ちゃん・・・」

 呼びかける寧々に、ミナが戸惑いを浮かべる。彼女を抱えて着地した寧々が、良夫に目を向ける。

「また出てきましたか。丁度いいです。ここで全員を一網打尽にしましょう。」

 良夫は言いかけて、ユウマに改めて左手を突き出してきた。

 そこへヘッジホッグガルヴォルスとなっている紅葉が飛び込んできて、良夫の左腕をつかもうとした。良夫の左手はユウマに当たらなかったが、衝撃で彼を突き飛ばしていた。

「うわっ!」

「ユウマくん」

 ミナがユウマに向けて声を上げる。横転したユウマが倒れたまま意識を失った。

「あなたたち・・つくづく邪魔が好きなようですね・・それほどまで私からの処罰をお望みですか・・・!?

 苛立ちを浮かべてきた良夫が紅葉に迫る。紅葉が背中から針を連続で飛ばすが、良夫は体の形を変えて針をかわしていく。

 良夫が続けて右腕を伸ばして、紅葉の首をつかんで押し付けてきた。

「うっ!」

「お姉ちゃん!」

 うめく紅葉に寧々が声を上げる。良夫が右手を振りかざして、紅葉を地面に叩きつける。

「お姉ちゃん!」

 寧々が紅葉を助けようと、良夫に飛びかかる。地面に仰向けに倒れている紅葉から手を放して、良夫がその右手で今度は寧々が突き出した右手をつかむ。

「あなたたちも姉妹そろって物分かりが悪いですね・・」

 良夫が左手で寧々の顔をつかんで、そのまま地面に叩きつける。

「ぐっ!」

 頭に衝撃を加えられてうめく寧々。彼女は間髪置かずに良夫に顔を踏みつけられる。

「人間だろうとガルヴォルスだろうと、老若男女問わず、私たちに従うことが正義となるのです。反逆は大罪。それは定められていることなのです。」

 寧々たちに言いかけていく良夫。彼に強く踏みつけられて、寧々が人間の姿に戻ってしまう。

「ここまで時間を費やしてしまったのは愚かしいことです。いい加減に終わりにするとしましょう。」

「やめて!」

 寧々にとどめを刺そうとしたとき、ミナが叫び声をあげてきた。

「もうやめて・・寧々ちゃんを、紅葉さんを・・ユウマくんを、傷つけないで・・・!」

「傷つけるな?愚か者は本当に愚問をしてくるのだな・・」

 声を振り絞ってくるミナを、良夫があざ笑ってくる。

「この姉妹もあそこで寝ている少年も、もはや正義に反発する大罪人。君たち姉妹と同じですよ。その罪人の断罪を行うのは至極当然というものですよ。」

 ミナに向けて淡々と言いかけていく良夫。

「自分が先に償いをしたいと言い張るのならば、その君の前でここにいる罪人たちを裁いたほうがいいでしょう。そのほうが君に対する断罪になりますから・・」

「やめて!みんなに何もしないで!」

 改めて寧々にとどめを刺そうとする良夫に、ミナがさらに声を上げる。

「もう傷つけさせない・・私のために、これ以上みんながイヤな思いをしたり、傷ついたりするのはイヤ・・・!」

 ミナの中で感情が高ぶっていく。彼女がここまで激情に駆られたのは初めてのことだった。

 感情を膨らませていくミナの頬に、異様な紋様が浮かび上がる。この彼女の変貌を目にして、寧々が驚愕を覚える。

(ミナちゃん・・まさか・・・!?

 心の中で声を上げる寧々。ミナが良夫に鋭い視線を向ける。

(もう迷わない・・お姉ちゃんを助けるためなら・・みんなを守るためなら・・私はどんなことでもやる・・・!)

 ミナの姿が変貌を遂げる。同時に彼女の背中から黒と白の翼が生えた。

「ここでガルヴォルスに覚醒するとは・・しかもその姿、姉とかなり酷似していますね。」

 良夫がガルヴォルスとなったミナを見て、笑みを浮かべる。

「これがいい証明になることでしょうね。天上ミナを葬ることで、天上ランも私に敵わないことになるのですから。わざわざそんなことをしなくても、私たちが正しく、そして勝利をもたらすことは決まっているのですが。」

 良夫が寧々から足を離して、ミナに向かって歩き出す。

「たとえガルヴォルスになろうと、私たちに逆らうことは許されません。刃向かうことはできません。あなたたちは全員、ここで処罰されるだけです。」

「そんなこと、あっていいわけがない・・これ以上私たちを・・みんなを苦しめないで・・・!」

 淡々と言いかける良夫に、ミナが言葉を返す。彼女の口調は低く鋭くなっていた。

「あっていいわけがないのはあなたたちが口にする考えです。自分たちの自己満足と愚かさを棚に上げて、私たちを悪に仕立てようとする・・滑稽ですね。」

 良夫がミナに近づいて、敵意を強めていく。彼が眼前に迫ってもミナは動じない。

「他の方々はいつでも処罰できます。まずはあなたからです、天上ミナさん。」

 良夫が不敵な笑みを浮かべて、ミナに向けて手を伸ばした。

 次の瞬間、良夫の前からミナの姿が消えていた。彼女は素早く動いて良夫の前から消えたのである。

「動きは速いようですが、私の目から逃げることはできませんよ。」

 良夫は振り向くこともせずに言いかける。彼の後ろ、倒れている寧々にミナが駆け寄っていた。

「ミナちゃん・・・何で、ガルヴォルスに・・・!?

 寧々が声を振り絞るが、ミナは問いに答えない。寧々の傷が重くないことを確かめてから、ミナが立ち上がって良夫に目を向ける。

「もうあなたを許さない・・あなたをここで殺す・・・!」

「殺す?脅迫するだけでもう罪です。償いどころか罪を重ねるとは・・もはや言葉は意味をなしませんか・・」

 殺気をむき出しにするミナに、良夫が肩を落とす。

「覚悟しなさい。すぐに終わりに・・」

 良夫が低く告げたときだった。突然疾風が飛び込んですり抜けると、彼の体に複数の傷がつけられた。

「なっ・・!?

 自分が傷をつけられたことに、良夫が驚愕を覚える。彼の視界に、翼をはばたかせているミナの姿が入ってきていた。

「まさか、こうもたやすく、私を攻撃したというのですか!?・・この私の体に傷が・・・!?

 自分に傷をつけられたことに目を疑う良夫。平然さを揺さぶられている彼に、ミナが冷たい視線を送る。

「このくらいのことで驚かないで・・あなたをじっくりと地獄に落としていくんだから・・」

「いい気にならないことですね・・この行為、万死でも足りません・・!」

 低く告げるミナに良夫が言葉を投げかける。彼はミナに対する憎悪をあらわにしていた。

 良夫が体を変えて、ミナに向けて両手を伸ばす。ミナはまた素早く動いて両手をかわして、良夫の体に右手を突き立てた。

 しかし良夫の体が歪んで、ミナの攻撃の衝撃を和らげた。

「何度も私を傷つけられると思わないことですね・・!」

 良夫が低く言って、ミナの首を首を両手でつかむ。彼は彼女を振り回して、地面に叩きつける。

「ガルヴォルスになっても、絶対的な力の差というものは存在しているのですよ・・!」

 地面に押し付けるようにして、良夫がミナの首を絞めていく。ミナが抗おうと全身に力を込める。

 ミナの背中の翼が広がり、衝撃波が放たれる。良夫が押されて上空に跳ね飛ばされる。

「往生際を悪くして・・!」

 良夫は空中で体勢を整えて、ミナを鋭く見据える。彼は落下しているときに攻撃を仕掛けられても、すぐに対応できるように集中していた。

 だがミナは落下中の良夫に対して攻撃の素振りさえも見せない。

「降りてくるまで待っているつもりですか・・その余裕が命取りになるというのに・・・」

 不敵な笑みを浮かべて、良夫がミナの前に着地した。

「仮に私が落下しているところへ攻撃してきたとしても、私に傷をつけることもできなかったですが。」

 良夫が悠然さを取り戻して、ミナに再び近づいていく。するとミナも良夫に向かって歩き出す。

「本当に理解に苦しみます。あなたたちの考えも行動も・・もっとも、理解してやる気にもなりませんが・・」

「私はあなたを許さない・・この手であなたを叩き潰す・・・!」

 あざ笑ってくる良夫に、ミナが憎悪を向けていく。

「あなたがいなければ、私もお姉ちゃんも、辛い思いをしないで暮らしていられた・・あなたがいなければ・・・!」

「悲劇のヒロインのつもりになっても、免罪になるはずがない・・」

 敵意を強めるミナを、良夫がさらにあざ笑う。

 次の瞬間、良夫の体にミナの右手が突き立てられた。彼女の手の爪は良夫の体に食い込んでいて、鮮血をあふれさせた。

「バカな!?・・私がまた・・しかもここまで傷をつけられるとは・・・!」

 苦痛を感じて顔を歪める良夫が、信じられない気分と驚愕を感じていた。彼の口から血があふれ出す。

「だが、私を脅かすことはできない・・誰であっても・・!」

 良夫が体を歪ませて、ミナに攻撃を加えようとした。その彼の首をミナがつかんできた。

(ムダです。つかんできても体を歪ませて抜け出せます・・)

 首をつかまれても笑みを消さない良夫。だが次の瞬間、彼は息が詰まるような衝撃と激痛を覚えた。

(これは・・!?

 突然のことに目を見開く良夫。攻撃や衝撃を受け流すことのできる自分の体が決定的な攻撃を受けたことが、彼には信じられなかった。

(まさか、私の体にダメージを与えられる衝撃を加えたというのですか・・・!?

 危機感を感じた良夫が素早く体を歪ませて、ミナの手から離れた。彼女との距離を取った良夫が、呼吸を乱していく。

「どうしたの?・・自分の思い通りにならないことはないんだよね?・・それとも私が怖いの・・・?」

 ミナが良夫に向けて言葉を投げかけていく。彼女の口調は低くなっており、顔には冷淡な笑みを浮かべていた。

「思い上がっているようですね・・ですがそれも命取りに・・!」

 声を張り上げる良夫だが、さらに体に傷をつけられる。ミナがはばたかせた翼から、かまいたちが放たれたのである。

(見えない・・反応もできない・・この私が・・・!?

 ミナの力に追い込まれて、良夫は冷静さを失ってしまった。愕然となり、彼は絶望を膨らませていた。

「認めない・・私は認めないぞ、こんなこと!」

 激高した良夫が地面を強く踏みつける。彼とミナの間に砂煙が舞い上がる。

 ミナが背中の翼をはばたかせて、砂煙を吹き飛ばす。しかしその先に良夫の姿はなかった。

 ミナが周囲に注意を向けていくが、良夫の気配は近くに感じられなかった。

 次の瞬間、ミナの姿が突然人間に戻った。そして彼女が意識を失い、この場に倒れてしまった。

 

 

 

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