ガルヴォルスLucifer
EPISODE1 –Awakening of darkness-
第5章
良夫はガルヴォルスだった。ダークガルヴォルスとなった彼は、ミナと寧々に牙を向けようとしていた。
「ミナちゃん、行って!あたしのことは気にしなくていいから!」
「寧々ちゃん!」
ミナが叫ぶ前で、寧々が良夫に向かって走り出した。ドッグガルヴォルスになった彼女は、素早く動いて良夫の背後に回り込んだ。
だが良夫の体が変貌して突起が飛び出し、寧々を突き飛ばした。
「ガルヴォルスの中では動きが速いですが、私には及びませんね。」
良夫が振り返らずに、仰向けに倒れた寧々に言いかける。変形していた体を彼は元に戻す。
「2人とも逃がしません。ここで私が排除します。」
「ミナちゃん、逃げて!」
敵意を見せる良夫に、寧々がミナに呼びかけながら飛びかかる。
「行って、早く!」
寧々に強く言われて、ミナが悲痛さを感じながらも走り出した。寧々がつかみかかろうとするが、良夫が突き出した左手に体をえぐられる。
「うっ!」
寧々が激痛を覚えて顔を歪める。良夫に右足を叩き込んで距離を取った彼女だが、体の痛みに耐えきれずに地面に膝をつく。
「たとえガルヴォルスであろうと、私たちがもたらすルールから逃れることはできません。」
良夫が動けないでいる寧々に振り返って、右手を彼女に向ける。
「それに天上ミナも逃げ切ることはできません。彼女も私たちの手の中なのですから。」
良夫が右手を伸ばして寧々を捕まえようとする。そこへヘッジホッグガルヴォルスとなった紅葉が飛び込んで、寧々を抱えて横を突き抜けた。
「お姉ちゃん!」
「逃げるよ、寧々!」
声を上げる寧々を連れて、紅葉が全速力で走り出す。
「逃げられないと言ったはずです。」
良夫が2人を狙って右手を伸ばす。寧々がとっさに地面を叩いて砂煙を巻き上げた。
「何っ!?」
視界をさえぎられて寧々と紅葉を見失う良夫。彼が砂煙を振り払った時には、2人の姿はその先になかった。
「私が3人も逃がすとは・・ですがいつまでも逃げられるものではありませんよ・・」
人間の姿に戻った良夫が呟きかける。彼は苛立ちを感じて、目つきを鋭くしていた。
寧々に助けられて、ミナはまたランを探し出そうとしていた。だが行く先々で警察が包囲を敷いていて、彼女は迂闊に飛び出すことができないでいた。
(これじゃお姉ちゃんを見つけ出すどころか、私が見つかって捕まってしまう・・・!)
自分たちを追い込んでいく包囲網に、ミナは危機感と焦りを募らせていく。
(どうにかしてお姉ちゃんに会わないと・・私もお姉ちゃんも、何も悪いことはしてないんだから・・!)
それでもランを求めるミナの気持ちは揺らいでいなかった。
「いたぞ!あそこだ!」
そこへ警官の1人が声を上げて、ミナを指さしてきた。慌てて逃げ出したミナを、警官たちが追いかける。
「回り込むんだ!逃げ道をふさげ!」
警官たちが声を掛け合って、ミナを取り囲もうとする。小道に入ったミナを、警官たちが回り込んで追い込もうとする。
するとミナが小道の途中で塀を上って横に外れた。
「しまった!」
「戻れ!天上ミナを逃がすな!」
警官たちが声を荒げて、ミナを追おうとする。だが引き返そうとして小道で引っかかって混乱してしまう。
必死に逃げ惑うミナが、警察に執拗に追われていく。
(お姉ちゃん・・助けて・・・ううん・・この際誰でもいい・・寧々ちゃんでも小夜さんでも早苗さんでも・・本藤くんでも・・・!)
ミナは走り続けながら助けを求めた。人々を守っているはずの世界に追われて、彼女は絶望寸前にあった。
良夫から辛くも逃げた寧々と紅葉。2人は人のいない小さな公園で、束の間の休息を取っていた。
「ありがとうね、お姉ちゃん・・危ないとこだったよ・・」
「あなたよりも感覚が鋭いわけじゃないから難しいと思ったけど・・見つけられてよかった・・・」
感謝の言葉をかける寧々に、紅葉が安堵の笑みを見せた。
「ミナちゃん、無事に逃げられたかな・・早苗さんか佳苗さんと合流できていればいいんだけど・・」
寧々がミナへの心配の言葉をかけたときだった。
「ちょっと〜!紅葉ちゃ〜ん!置いてかないで〜!」
佳苗が紅葉に追いついて、声を上げてきた。
「佳苗さん・・!」
「ハァ・・ハァ・・寧々ちゃん、勝手に飛び出したらダメじゃない!・・紅葉ちゃんも、私から離れないでって言ったのに・・!」
安心の笑みを浮かべたところで、寧々は紅葉と一緒に佳苗に怒鳴られる。2人は気まずくなって頭を下げた。
「よかった・・2人とも無事で・・・」
「ごめんなさい、佳苗さん・・・」
すぐに笑みを見せる佳苗に、寧々と紅葉が謝る。
「それで、ミナちゃんは見つかったの・・・?」
「えっと、そのことなんだけど・・」
佳苗が投げかけた問いかけに、寧々が答えようとしたときだった。早苗が3人を見つけて駆け込んできた。
「姉さん、寧々さん、紅葉さん、無事だったようね・・・ミナさんは・・?」
「見つけて助けて、逃げるように呼びかけて・・それで、また・・」
早苗にも問いかけられて、寧々が気まずさを浮かべながら答える。1度肩を落とす早苗だが、すぐに落ち着きを取り戻す。
「まずいわね・・警察が、いいえ、警察を裏で操っている首謀者が、ランさんだけでなく、ミナさんも狙い始めた・・」
「あたしがミナちゃんとランさんをもう1度探してみる・・・うっ・・・」
早苗の話を聞いて、寧々がミナとランの行方をもう1度探ろうとする。だが良夫に痛めつけられた体が悲鳴を上げて、彼女は意識の集中をかき乱された。
「もうちょっと休んだほうがいいわよ、寧々・・まだあのガルヴォルスから受けたダメージが残っているんだから・・・!」
「でも、このままじゃミナちゃんとランさんが・・・!」
紅葉が呼び止めるが、寧々はミナたちを探そうとする。
「紅葉さんの言う通りよ。ミナさんたちを早く探すためにも、寧々さんの早い回復が望ましいわ・・」
「早苗さん・・・分かりました・・・」
早苗にも言われて、寧々は焦る気持ちを抑えて体を休めることにした。
「警察内でもランさんだけでなく、ミナさんを手配している動きが強まっているわ。自分たちの障害になる人も、公務執行妨害という名目で・・」
「そのようなムチャクチャなことをする親玉を、早く何とかしないと・・・!」
早苗が口にした現状を耳にすると、寧々が不安と決意を口にした。
停学にされて、家にじっとしていたユウマ。だがユウマは家で1人でじっとしていることを苦にしてはいなかった。
この夜もユウマは自分の分の夕食を作っていた。人並みほどではないが、彼も自分で料理を作れないわけではない。
(これでイヤなものを見せつけられることもなくなるから、いいと思うところだ・・だけど、どうしてか気分がよくならない・・)
ユウマが心の中で腑に落ちない気分を感じていた。
そのとき、玄関のほうで物音がしたのを、ユウマが耳にする。普段は何が起こっても無視を続けてきた彼だが、今回は気になってしまった。
玄関に向かって、そのドアを開くユウマ。その先には、倒れてきていたミナがいた。
「コイツ・・・!」
ユウマがミナの姿を目の当たりにして息をのむ。
「お姉ちゃん・・・助けて・・・」
意識を失っていたミナが、ランへの助けを口にしていた。それを耳にしたユウマは、とっさにミナを家の中に引き入れた。
ユウマの家の前を警官たちが通りがかったのは、その少し後だった。
意識を失っていたミナ。目を覚ました彼女の視界に入ったのは、見知らぬ天井だった。
「ここ・・は・・・?」
「目が覚めたか・・オレの家の前で倒れてたんだ・・」
体を起こしたミナに、ユウマが声をかけてきた。
「本藤くん・・・!?」
「何かあったのか?オレが思うに、ただ事じゃないみたいだが・・」
動揺を見せるミナに、ユウマが目つきを鋭くして訊ねてきた。しかしミナは困惑するばかりで、話そうとしない。
「言いたくないならいい・・オレも何もかも真に受けるヤツじゃないからな・・」
「・・私にも信じられないことがたくさんあるけど・・知っていることを話すよ・・」
憮然とした態度を見せるユウマに、ミナが今まで起こったことを打ち明けることにした。
ガルヴォルスのこと、ランが連れて行かれて自分も追われていること、その首謀者が国の上層部の人間であること。ありのままに話したミナだが、ユウマは本当に真に受けている様子は見せていなかった。
「やっぱり、信じられないよね・・私も信じられないところがあるし・・」
「だけど、実際にそういうおかしな事態になっているんだろう?・・信じる信じないに関わらず、今のことを何とかするしかないだろうが・・」
戸惑いを浮かべているミナに、ユウマが憮然としたまま答える。
「ここにいれば少しは気が休まるだろ・・今夜も遅いし、何も言わずに一晩だけいろ・・」
「でも・・こうしている間にも、お姉ちゃんが・・・」
「焦って疲れて倒れて、何もできずに終わるのが、お前の姉の望みなのか・・?」
ランを気にせずにいられなくなっていたところで、ユウマに言いとがめられて、ミナは言い返すことができず、おとなしくするしかなかった。
ユウマがミナをかくまったことで、警察は彼女の行方を見失ってしまった。彼女が見つからないことに、警察は焦りを募らせていた。
この事態に良夫は苛立ちを募らせていた。
「まだ見つからないのですか?2人の少女すら満足に見つけることもできないとは・・」
「も、申し訳ありません!」
目つきを鋭くする良夫に、そばにいた警官が頭を下げる。
「1人はガルヴォルスに覚醒した可能性があるでしょうから仕方がないとしても、もう1人は普通の少女です。警官でも簡単に捕まえられるはずです。」
不快感をあらわにしていく良夫に、周りの警官や刑事たちが緊張を膨らませていく。
「報告します!天上ランを発見しました!しかし逮捕も応戦も敵わず、死傷者が続発しています!」
そこへ警官が1人駆け込んできて報告をしてきた。
「手に負えませんか・・天上ランへの対応は自衛隊が行います。」
「自衛隊を動かすのですか!?住民が巻き込まれる危険が・・!」
良夫が口にした言葉に、刑事の1人が声を荒げる。
「天上ランがこのような犯行を繰り返している時点で、既に危険となっています。早急に犯行を止めるのが重要なのです。」
良夫に睨まれて、警官も刑事もすくみ上がってこれ以上言葉を口にすることができなかった。何か言えばその時点で排除の対象にされることが分かっていたからである。
「指揮は引き続き私がとります。あなたたちは引き続き職務に忠実にお願いしますよ。忠実に・・」
指示を出す良夫が笑みを浮かべていた。彼は自分たちの思惑通りに進めようとする野心を大きくさせていた。
ある程度まで体力を回復させることができた寧々。体も心も落ち着きを取り戻してきた彼女は、意識を集中していた。
「ごめんなさい、寧々さん・・私たちの力で、ミナさんたちを見つけられたら・・・」
「気にしなくていいですよ、早苗さん。早苗さんと佳苗さんはガルヴォルスじゃないし、ガルヴォルスになるのがいいこととは言えないし・・」
謝る早苗に寧々が弁解を入れる。
「それで寧々、ミナちゃんとランさんは・・・?」
「・・・ダメ・・今はつかめない・・」
紅葉が声をかけると、寧々が首を横に振る。
「この都会のジャングルの中からじゃ、いくらあたしでも目だけじゃ見つけにくい・・せめて動いて音をしてくれたら・・・」
焦りを覚える寧々。ミナが動けば、足音を寧々が鋭い聴覚で捉えることができる。
「それに、もしランさんがガルヴォルスになって、しかも自分の気配を消せるようになっていたら・・・」
「焦ったらダメよ。寧々だってミナちゃんとランさんを信じているんだから・・」
不安を口にする寧々に、紅葉が励ましていく。寧々が微笑んで頷くと、ドッグガルヴォルスになって感覚をさらに研ぎ澄ませる。
「いた・・ミナちゃんを見つけた・・!」
寧々はついにミナの居場所を突き止めた。
「ミナちゃんはどこにいるの・・!?」
「あたしたちがミナちゃんと最初に会った場所の近く・・動いていないみたい・・・」
佳苗の問いかけに、寧々が真剣な表情で答える。
「もしかして、ランさんを連れて行った人たちに捕まって・・・!?」
「捕まって連れてかれてるなら、じっとしているなんてことないよ・・誰か、頼りにできる人のそばにいるんじゃ・・・!?」
緊張を見せる早苗に、寧々が話を続ける。
「もしかして、ランちゃんと会えたんじゃ・・・!」
佳苗が口にした言葉を聞いて、寧々が戸惑いを覚える。
「とにかく行ってみよう・・ミナちゃんをこのままにはできない・・・!」
寧々はドッグガルヴォルスのまま、ミナのいる場所に向かって駆け出した。
「もう、寧々ったらまた・・」
単身で突っ走っていく寧々に、紅葉が呆れていた。
「私たちも追いかけましょう・・・!」
早苗も寧々を追いかけていって、紅葉と佳苗も続いていった。
襲い掛かってきたガルヴォルスたちを一掃した小夜と白夜。2人はミナや寧々たちと合流しようとせず、自分たち独自の行動をとっていた。
自分たちも理不尽に狙われていることを自覚していた小夜と白夜。彼らはただ、降りかかる火の粉を払うだけだった。
「本格的に動いてきているわね。狙いはミナちゃんと、彼女のお姉さん・・」
「2人がどうなろうとどうしようと、オレには関係ない。だが2人を追っている連中がオレを狙ってくるなら、叩き潰すだけだ・・」
呟きかける小夜に、白夜が冷徹に言葉を返す。2人は街外れの道をまっすぐ進んでいた。
彼らの前を刑事や警官たちが通り過ぎている。気づいているはずだが、警察は小夜も白夜も捕まえようとしてこなかった。
「ミナちゃんとお姉さんを捕まえることに集中しているみたいね・・」
「関係ないと言ったはずだ・・オレたちがやるのは、邪魔者と敵の一掃だ・・」
警察に目を向けつつも、小夜と白夜は歩を進めていった。だが警察全員が2人を見逃しているわけではなかった。
「紅小夜、日向白夜だな?一緒に来てもらおうか。」
刑事が小夜と白夜に声をかけてきた。その直後、白夜が足を突き出して、その刑事を蹴り飛ばした。
「オレの邪魔をするなら命はない。そう覚悟することだ・・」
白夜は低く言うと、小夜と一緒に歩き出そうとした。
「ずいぶんと好き勝手にやっていますね。」
そこで声をかけられて、2人が振り向く。彼らの前に良夫が現れた。
「お前にも言っておくぞ。邪魔をするなら命はないと・・」
「命はない・・いかにも殺人犯が口にするセリフですね。」
白夜が低く告げるが、良夫は退かない。
「あなたたちのことは知っていますよ。紅小夜、ターゲットBと呼ばれていましたか。そして日向白夜。クロスファングの裏切り者。」
「お前、上層部のヤツらの1人か・・・!?」
白夜が良夫に鋭い視線を向ける。
「しかもあなたたちは、私たちにことごとく牙を向けている。それだけで既に大罪に値する。」
「お前たちはいつもそうだ・・オレたちのことを勝手に決める・・善悪も、価値も人格も、何もかも・・・!」
「勝手ではありません。世界の正義と法が、あなたたちを悪としたのです。だから私たちが、あなたたちのような悪を裁くのです。」
「それが勝手だと・・・そう言っても聞こうともしないんだったな。それ故の勝手なのだから・・・」
悠然と言いかけてくる良夫に、白夜は冷徹に言葉を返していく。しかし良夫は全く顔色を変えない。
「言葉も理屈も無用ですか。でしたらもう、実力行使しかないですね・・」
肩を落とす良夫の頬に、異様な紋様が浮かび上がる。彼の変化を目の当たりにして、小夜と白夜が目つきを鋭くする。
2人の前で良夫がダークガルヴォルスへと変化した。
「あなたたちをここで断罪させてもらいます。抵抗しなければ短時間で楽に終われますよ。苦しみも罪も、人生も。」
「そうはいかない・・私たちは、まだ倒れるわけにはいかない・・・!」
良夫の言葉に言い返して、小夜が鞘から刀を抜いて構える。白夜の頬にも紋様が走る。
「お前が人間だろうとガルヴォルスだろうと関係ない。お前は上層部の1人にして、オレの敵だ・・!」
「上層部のことを知っているとは・・クロスファングから情報を引き出したようだが、訂正すべきところがあります。」
白夜の言葉に良夫が言い返す。
「私はお前たちが上層部と呼んでいるものを統括している存在です。国も世界も裏世界も、私の思うがままなのです。」
「思い上がるな・・何もかも、お前の思い通りになると思うな・・・!」
不敵な笑みを見せる良夫に、白夜が憎悪を向ける。
「お前がどのような策略を巡らせようと、オレは絶対にお前の思い通りにはならない・・そうしようものなら、命はないと思うんだな・・!」
「いいえ。あなたたちは私たちの手から逃れられません。従うか死ぬか、どちらかしかありません。むしろどちらかを選べるだけ、あなたたちにはまだ自由があるということですが。」
鋭く言いかける白夜に、良夫は表情を変えずに言葉を返していく。
「どちらにするか決めなさい。私が後押ししますよ。」
「お前のように、他人を弄んで平気でいるヤツの施しは一切受けない・・!」
「お前をつぶせば、オレの戦いが終わりに大きく近づく・・・!」
笑みを強める良夫に、小夜と白夜が敵意を向ける。2人の態度を前にして、良夫は笑みを消した。
「私たちに従っていれば安全だというのが理解できないとは・・実に愚かなことです・・・!」
良夫が目つきを鋭くして、両手を強く握りしめる。すると小夜と白夜の眼前に黒い光の玉が出現した。
小夜と白夜がすぐに後ろに動く。黒い玉が破裂して、衝撃と爆発を巻き起こした。
「気づきましたか。さすがというところでしょうか。ですが・・」
良夫がさらに黒い玉を作り出して爆発させていく。小夜も白夜も素早く動いて、爆発をかわしていく。
「このようなものでオレつぶせると思っているのか・・・!?」
白夜が良夫に向かって、爪を振りかざしてきた。だが良夫は体の筋肉に力を込めて、白夜の爪を受け止めた。
「何っ!?」
「確かに速いですが、力はそれほどでもないですね。」
目を見開く白夜に良夫が笑みを見せる。彼が出した右手が白夜の顔面をつかむ。
「まずはあなたからです、日向白夜。」
良夫が白夜を地面に叩きつけようとする。だがその右腕が突然切り裂かれた。
小夜が飛び込んで、白夜をつかむ良夫の右腕を刀で切り落としたのである。白夜はすぐに態勢を整えて、良夫との距離を取る。
「大丈夫、白夜・・・!?」
「この程度でやられるオレではないぞ・・・!」
心配の声をかける小夜だが、白夜は表情を変えない。
「あなたも速いですね、紅小夜。ですが私はガルヴォルスの中でも最上位の存在なのですよ。」
腕を斬られたはずの良夫だが、悠然とした態度を変えない。その右腕が蠢いて再生された。
「この程度、普通の人間では重傷ですが、私には傷のうちにも入りません。」
「首をはねるか心臓を刺すかするしかないようね・・・」
笑みを見せてくる良夫に、小夜が鋭い視線を向ける。
「それはもう不可能です。もうどちらも狙わせませんので。」
良夫も目つきを鋭くして力を込める。小夜と白夜を取り囲むように、黒い玉が大量に出現する。
「これから逃げることはできませんよ。潔く受けなさい。」
良夫が目を見開くと、黒い玉が一斉に爆発を起こした。この爆発に小夜と白夜が巻き込まれた。
「終わりですね。クロスファングを壊滅させた2人も、呆気ないものですね。」
良夫が笑みを浮かべてこの場から立ち去ろうとした。だが次の瞬間、彼は横に素早く動いた。
「さらに速くなりましたか。その速さで今のをかわしたということですか。」
良夫が笑みを浮かべたまま言いかける。彼が移した視線の先に白夜がいた。
白夜の体毛が銀色に染まっていて、その全身から電撃がほとばしっていた。
「さらなる変身を可能とするガルヴォルスでしたか。それでも私たちを脅かすことは叶いませんが。」
「そうしなければ私たちが生きている意味がなくなる・・・!」
淡々と言いかける良夫に向けて、小夜が声をかけてきた。彼女も髪が紅くなっていて、変貌を遂げていた。
「あなたにはガルヴォルスの遺伝子が組み込まれていましたね。そのような変化があっても不思議ではないですか。」
「私たちの人生を狂わせたお前たちを、私たちは絶対に許さない・・お前を八つ裂きにして、他の上層部も根絶やしにしてやる・・・!」
「本当に物分かりが悪いですね。それは絶対に実現しないことだと・・」
「実現させる!それ以外に私たちに道はない!」
嘲笑してくる良夫に小夜が言い放つ。彼女は素早く動いて、一気に良夫の眼前まで詰め寄ってきた。
「私たちは、お前たちを絶対に許さない・・・!」
小夜が鋭く言ってから、良夫に向けて刀を振りかざす。良夫の首元を狙った刀だが、切っ先は彼の首にわずかに届いていない。
「あなたたちが何をしようと、私たちに害をもたらすことはできません。」
良夫が小夜を蹴り飛ばした直後だった。白夜が飛び込んできて、良夫に爪を叩き込んできた。
突き飛ばされるも大きなダメージを負っていない良夫。だが彼が着地したのは、走行中のトラックの荷台だった。
「くっ!・・逃がすことになったか・・・!」
良夫を引き離してしまったことに、白夜が毒づく。
「探しに行くしかないようね・・野放しにするわけにはいかない・・・!」
「そのつもりだ・・どこにいようと、必ず見つけ出す・・・!」
小夜と白夜が力を抑えてから、良夫を追って走り出した。
走行中のトラックに着地してしまったため、小夜と白夜から離れてしまった良夫。彼は断罪と称してトラックの運転手を殺害して、気分を落ち着けていた。
「このようなことになるとは私も予想していませんでした。ですがあのまま戦っていても、2人が後から来るとしても、私たちがヤツらに屈することはないのです。」
戦いが中断されても、良夫は悠然さを保っていた。
「今は天上姉妹の処分が先です。私たちの人権を侵害して、何もとがめられないと思うことこそ罪というものです。」
良夫はミナとランに狙いを戻して、人間の姿に戻って歩き出していった。
ユウマの家で、ミナは疲れて再び眠ってしまった。ユウマも彼女を寝かせたまま、自分も就寝していた。
ミナが目を覚ましたのは、家のインターホンが鳴り響いたときだった。体を起こした彼女は、もう朝を迎えていることに気付いた。
(こんなに寝てしまったなんて・・)
「本藤くん・・鳴っているよ・・・」
ミナに声をかけられて、ユウマが目を覚ます。インターホンが聞こえていた彼だが、出ようとしない。
「出なくていいの・・・?」
「出てもろくなことにならない・・だから出ないようにしているんだ・・・」
ミナが声をかけても、ユウマは出ていこうとしない。ミナはたまりかねて、玄関に向かっていった。
警察がやってきたものだと思い、ミナは警戒する。
「ミナちゃん・・そこにいるんだよね、ミナちゃん・・・!?」
しかしミナの耳に入ってきたのは寧々の声だった。
「寧々ちゃん・・・!」
「よかった、ミナちゃん・・やっぱりここにいたんだね・・・!」
驚きと動揺を見せるミナに、寧々が安心の笑みを見せる。
「ミナさん・・1人で飛び出したらダメじゃない・・私たちがどれだけあなたを心配して探したか・・・!」
早苗がミナを怒って、目つきを鋭くしてきた。ミナが落ち込んで深く反省する。
「ごめんなさい・・どうしてもお姉ちゃんが心配で・・・」
「あなたが無事でよかったわ・・寧々さんも紅葉さんも心配していたから・・」
謝るミナの頭を、早苗が優しく撫でた。寧々、紅葉、佳苗もミナとの再会を心から喜んでいた。
「何だよ・・騒がしくして・・・」
ユウマが顔を出してきて、寧々たちを見て目つきを鋭くする。
「誰だ、お前ら・・天上の知り合いか・・・?」
「君がミナちゃんを守ってくれたんだね・・ありがとう・・・」
問いかけてくるユウマに、寧々が感謝の言葉をかける。
「オレは助けたつもりはない・・ただ放っておくと後味が悪いと思っただけだ・・」
憮然とした態度で言葉を返すユウマに、寧々も紅葉も笑みをこぼした。
「知り合いなら天上の悩みを解決してやれ・・何かあったんだろ・・?」
「それは、そうなんだけど・・・とりあえずあなたのことを聞いてもいいかな・・・?」
問いかけるユウマに、早苗が逆に質問を投げかける。
「本藤くんは私と同じクラスなんです・・今は家から出てはいけないことになっているんですけど・・・」
早苗の質問に答えたのはミナだった。
「おい・・勝手にオレのことを話すな・・」
ユウマがミナに向けて不満を口にしたときだった。早苗の携帯電話が鳴りだした。
「失礼・・もしもし・・・」
早苗がミナたちに断りを入れてから電話に出る。電話を通じて告げられたことに、彼女の表情がこわばった。
「分かりました・・すぐに向かいます・・・!」
「どうしたんですか、早苗さん・・・?」
連絡を終えた早苗に、寧々が声をかけてきた。
「高校が襲われたわ・・ミナさんが通っている高校が・・・」
「えっ・・・!?」
早苗が口にした言葉を聞いて、ミナが緊張を膨らませた。寧々も紅葉も佳苗も、動揺を隠せなくなっていた。