ガルヴォルスLucifer

EPISODE1 Awakening of darkness-

第2章

 

 

 絶えることのないガルヴォルスによる事件に、警察も手を焼かされていた。近年もガルヴォルス事件の対策本部が継続して設置されていた。

 ガルヴォルス対策本部を指揮しているのは、黒のポニーテールと大人びた雰囲気の若い女性だった。

 尾原(おはら)早苗(さなえ)。警視庁所属の警部で、寧々、紅葉の心の支えとなっている。

「では引き続き捜査を行ってください。ただし発見しても1人で対応しようとせず、必ず連絡をしてください。」

「はいっ!」

 早苗の指示に答えて、刑事たちが会議室を飛び出していった。

(大きな事件は出なくなったけど、ガルヴォルスの引き起こす事件は今も立て続けに起こっている・・それを防ぐために、私たちが尽力しないと・・)

 改めてガルヴォルスの犯罪の撲滅を誓う早苗。

「やぁ早苗、今日も張り切ってるね♪」

 彼女が残っている会議室に1人の女性が明るく声をかけてきた。尾原佳苗(かなえ)。早苗の姉で彼女と同じ警部である。真面目な性格の早苗と違い、佳苗は天真爛漫な性格をしている。

「お姉さん・・遊び感覚で私に会いに来るのはやめてって、何度も言っているでしょう・・」

 気軽に会いに来る佳苗に早苗は呆れていた。

「エヘヘ、つい・・それよりもお客さんよ。私とあなたに。」

「私に?」

 佳苗が投げかけた言葉に、早苗が眉をひそめる。2人を訪ねてきたのは寧々と紅葉だった。

「寧々さん、紅葉さん、どうしたの、突然・・?」

「実は・・早苗さんたちに言っておいたほうがいいことがあって・・」

 当惑を覚える早苗に、寧々が気まずそうに話を切り出した。

「悪さをするガルヴォルスをやっつけようとして・・あたしたちのこと、見られちゃったんです・・その1日前に知り合ったお友達に・・」

「お友達に・・その友人のことを教えてくれる?」

 早苗に言われて、寧々と紅葉はミナのことを話した。彼女にガルヴォルスであることを知られたこと、その後に姉のランとともに親睦を深めたことも。

「なるほどね・・とりあえず私が話相手になって、安心させないと・・」

「ありがとうございます、早苗さん・・迷惑かけてごめんなさい・・・」

 話を聞き入れた早苗に、寧々が謝意を見せる。

「寧々ちゃんの新しいお友達か・・何だか私もワクワクしてきちゃうなぁ〜♪」

「ふざけないの、お姉さん。お姉さんのそういう子供っぽいところのせいで、私は何度恥ずかしい思いをしたことか・・」

 上機嫌を見せる佳苗に、早苗が肩を落とす。

「寧々さんと紅葉さんには私だけついていきます。お姉さんの管轄は違うのですから、首を突っ込まないように・・」

「そんな〜、冷たいんだから、早苗は〜・・」

 早苗に釘を刺されて、佳苗が不満の声を上げる。彼女を背にして、早苗は寧々、紅葉と一緒にミナに会いに行った。

 

 休日である今日。ミナは1人で家にいた。ランは大学での集まりがあるため出かけていた。

「今日は私1人・・でも、お姉ちゃんがいないときは、1人でもよかったかな・・・」

 家の中で時間を過ごす中、ミナは独り言を口にする。

「でもそれは前の私かもしれない・・今はお姉ちゃんだけじゃなく、寧々ちゃんと紅葉さんがいる・・そして本藤くんも・・」

 呟いていたところで、ミナはユウマのことを頭に浮かべた。

「本藤くん、大丈夫かな?・・落ち着いているかな・・・?」

 ユウマの心配をして、ミナが自分の胸に手を当てた。

 そのとき、ミナの携帯電話が着信した。相手は番号を交換した寧々だった。

「もしもし・・寧々ちゃん・・?」

“こんにちは、ミナちゃん。今、時間大丈夫かな・・?”

「うん・・でも今日は私、家で1人なんだけど・・・」

“それなら家に行ってもいいかな?・・あたしとお姉ちゃんと、もう1人・・”

「もしかして、この前のこと・・?」

“うん・・その人からちゃんと話をしておいたほうがいいって・・”

 寧々との会話をしていくミナ。すると電話の相手が寧々から早苗に変わった。

“はじめまして。あなたが天上ミナさんね?”

「は、はい・・あなたは・・?」

“私は尾原早苗。ガルヴォルス対策本部を指揮している。寧々さんと紅葉さんから、あなたのことを聞かされたわ・・”

「警察・・警察の人も、あの怪物のことを調べているんですね・・」

“私たちなりにね・・あなたに混乱を招かないように、ある程度の説明が必要と思ったのよ・・”

 不安を募らせていくミナに、早苗が事情を説明して安心させようとする。

“私からもお願いするわ。今からそちらに行っても大丈夫?”

「はい・・今日はお姉ちゃんもいないから・・・」

 早苗の問いかけにミナが頷いた。

“では寧々さん、紅葉さんと一緒に行くから、少し待っていて・・”

 早苗がミナに呼びかけると、電話の相手が寧々に戻った。

“それじゃミナちゃん、またね・・ホントにゴメンね・・”

 寧々たちとの電話を終えて、ミナは携帯電話をしまった。

(こういうとき、お姉ちゃんがいないほうがいいのか悪いのか・・・)

 相談の相手がいることに安心している一方、ランに隠し事をしていることに後ろめたさを感じるミナ。彼女がしばらく待っていると、家のインターホンがなった。

 ミナが家の玄関のドアを開けると、寧々と紅葉、そして早苗が姿を目にした。

「こんにちは、ミナちゃん。」

「こんにちは、寧々ちゃん、紅葉さん・・・あなたがさっき話をしてきた・・・」

 寧々に挨拶をして、ミナが早苗に目を向ける。

「私が尾原早苗よ。あなたがミナさんね・・」

「はい・・あの話でしたら中で・・今は誰もいませんし・・・」

 早苗が声をかけると、ミナが彼女たちを家に招き入れた。椅子に腰かけた寧々たちに、ミナが麦茶を用意した。

「私たちが来たのは、この前現れたガルヴォルスに襲われたときのことよ・・」

 早苗がミナに向けて話を切り出してきた。ガルヴォルスについての説明も含めて。

「あなたはガルヴォルスに襲われていたところを、寧々さんと紅葉さんに助けられた。その際にあなたは寧々さんのガルヴォルスとしての姿を目撃した・・」

「はい・・でも私を襲ってきた怪物と違って、寧々ちゃんも紅葉さんも優しくしてくれました・・心がありました・・」

 早苗の話にミナが答えていく。

「ガルヴォルスは人の進化なんですよね?・・それじゃ、私も・・・!?

「あなたがガルヴォルスになるとは限らないわ。ガルヴォルスになる条件はまだ明確にはなっていないけど、ガルヴォルスの因子が刺激されることが前提となっている。偶発的な場合が多いけど、ガルヴォルスの中には、人をガルヴォルスに転嫁させる能力を持っている人もいるのよ・・」

 不安を見せるミナに、早苗がさらに説明を付け加える。

「ガルヴォルスになると、人間を超えた大きな力に溺れて、暴走したり犯罪を犯したりするケースが多い。寧々さんや紅葉さんみたいに人の心を失わないでいるのは珍しいのよ・・」

「だからガルヴォルスみたいな力を手にしようとは考えないで・・仮にガルヴォルスになっても、絶対に自分を見失わないで・・」

 早苗に続いて紅葉がミナに注意を投げかけた。

「はい・・でも、何が起こっても自分を見失わない自信なんて・・・」

「だったら、無闇にに力を求めたり首を突っ込んだりしないほうがよさそうね・・」

 弱気を見せるミナに、早苗がさらに注意を促した。

「まぁ、何かあったらあたしたちにすぐに知らせて。全速力で駆けつけるから。」

「寧々ちゃん・・ありがとう・・でも寧々ちゃんたちに甘えてばかりになるのは・・」

「いいって、いいって。頼られると自信が湧いてくるんだよね、あたし・・」

 ミナに意気込みを見せる寧々に、紅葉と早苗が半ば呆れる。

「それじゃ、お願いすることにするね・・またあのような怪物が現れたら・・・」

「エヘヘ・・ありがとうね、ミナちゃん・・」

 頼りにしているミナに、寧々が笑顔を見せた。彼女たちに励まされて、ミナは安心を感じることができた。

 

 寧々、紅葉、早苗が帰り、ミナは再び家での1人の時間を過ごした。だがミナは初めて心から信頼を寄せられる親友と出会えたと実感していた。

 寧々たちとの友情を快く思うミナ。しかし彼女はこのことをランに打ち明けることができなかった。話せばガルヴォルスのことをランに知られることになると思っていた。

(お姉ちゃんに隠し事なんて、気が進まないけど・・・)

 後ろめたさを感じてため息をつくミナ。彼女が気持ちの整理をしていくうちに時間が過ぎて、ランが家に帰ってきた。

「ただいま。ミナ、1人でも大丈夫だった?」

「お姉ちゃん、おかえり・・うん、大丈夫だったよ・・」

 声をかけるランに答えて、ミナが微笑みかける。

「あれ?今日、誰か来たの?」

「あ、うん・・寧々ちゃんと紅葉さんが来たの・・突然だったから、お姉ちゃんにも連絡できなくて・・」

 ランが問いかけると、ミナが苦笑いを浮かべて答える。

「あちゃー。来ると分かっていたら私も挨拶ぐらいはしたかったんだけど・・」

「ホントにゴメンね、お姉ちゃん・・また都合をつけられたら、今度はお姉ちゃんの都合にも合わせるから・・・」

「いいわよ、ミナ・・そうやってお姉ちゃんを引っ張り出してばっかりだと、シスコンって思われちゃうよ〜。」

「お姉ちゃん、からかわないでよ・・」

 ランにからかわれて、ミナが気まずくなる。彼女のこの反応を見て、ランは笑みをこぼした。

「ミナ・・・」

 ランがミナに近寄って優しく抱き寄せる。突然の抱擁にミナが動揺を覚える。

「お、お姉ちゃん・・・!?

「ミナ・・私が・・お姉ちゃんが守るからね・・あなたに悪いことをする人が現れたら、お姉ちゃんが懲らしめてやるから・・」

 ランがミナに向けて自分の気持ちを告げる。彼女の正直な思いを受け止めて、ミナは微笑む。

「ありがとう、お姉ちゃん・・でも私のためだけにムチャしないで・・お姉ちゃんに何かあったら、私が辛くなるから・・・」

「ミナ・・・ゴメンね・・辛気臭いこと言っちゃって・・」

 ランも苦笑いを見せて、ミナを安心させようとする。

「さて、そろそろ夜ご飯の支度をしないとね。」

「私もお手伝いするよ、お姉ちゃん・・」

 夕食の支度を始めるミナとラン。

(ホントにゴメン、お姉ちゃん・・隠し事して・・)

 ミナが心の中でランに謝っていた。

 

 ミナの家を後にした寧々たちは、戻る前に寄り道をしていた。彼女たちはミナのことで話をしていた。

「できれば、もうミナさんたちとガルヴォルスのことで話を持ちかけないほうがいいかもしれない・・」

「早苗さん・・そのことであたしたちとミナちゃんで約束したのに・・」

 早苗が切り出した言葉に、寧々が不満の声を上げる。

「でもガルヴォルスのことを吹き込みすぎて、ミナさんをガルヴォルスの事件に巻き込むことになりかねないのよ・・たとえミナさん自身の意思に反していても・・」

「でも・・それでもミナちゃんを助けられるのはあたしたちだけ・・ううん、あたしが助けたいの・・・!」

 注意を促す早苗に、寧々が率直な気持ちを口にする。

「寧々さん・・あなたの気持ちは分かるけど・・軽率に行動して状況を悪化させることになりかねないことを、あなたも分かっているはずでしょう・・」

「だけど・・・!」

「それに今は、捜索対象のガルヴォルス2人がこの辺りにまで来ている・・」

 困惑する寧々に早苗が真剣に言いかける。

「ガルヴォルス2人?・・もしかして・・」

「違うわ。あなたたちとは面識はない2人よ・・」

 自分たちの心の支えとしている人物でないと早苗に聞かされて、寧々は安心した。

「その2人は誰なんですか・・?」

(くれない)小夜(さや)日向(ひゅうが)白夜(びゃくや)よ・・」

 紅葉が投げかけた問いかけに、早苗が落ち着いたまま答えた。

 

 夜の街は街灯が灯り、賑わいが絶えなかった。その街中を歩く2人の男女がいた。

 ガルヴォルスの事件を独自に取り締まっていた組織「クロスファング」によって人生を狂わされた2人、小夜と白夜である。

 小夜はクロスファングに拉致され、ガルヴォルスの細胞を植え付けられている。そのためガルヴォルス以上の高い戦闘能力を備えている。

 白夜の両親はクロスファングの研究者だったため、小夜に復讐として殺されている。小夜への復讐のため、ガルヴォルスに転化した彼はクロスファングに身を置いた。

 対立と絶望の中、小夜と白夜はクロスファング壊滅後に行動をともにしていた。

「私たちを狙ってくる人はほとんどいなくなった・・人を襲っているガルヴォルスぐらいね・・」

「気を許すな・・オレたちを狙う機会をうかがっているのかもしれない・・」

 微笑みかける小夜に白夜が低い声音で呼びかける。

「クロスファングを攻撃したことで、私たちはさらに狙われることになった・・悪いのは向こうだというのに・・・」

「自分たちが正しいと信じきっている連中や、事実を知らないヤツらばかりなんだろうな・・馬鹿げてる・・」

 小夜と白夜が自分たちに押し寄せてくる非情の現実に不満を感じていく。

 クロスファングを壊滅させたという事実だけで、警察は小夜と白夜を手配の対象にしてきていた。クロスファングにおける問題をもみ消して2人に罪をかぶせようとする企みだった。

「そのような小賢しいマネを仕掛けてきても、オレは敵として倒していくだけだ・・」

「私も、戦うことを迷わない・・それ以外に、私は生きる目的を持っていない・・・」

 揺るぎない決意を口にしていく白夜と小夜。

「そろそろ行くぞ・・また休める場所を探しておかないと・・・」

「えぇ・・それにまた、どこからかガルヴォルスが狙ってくるかもしれない・・」

 白夜の呼びかけに小夜が答える。2人は人ごみから離れて、街中を素早く動き出していった。

 

 その翌日、ミナはいつものように登校していった。しかし教室にユウマの姿はなかった。

 ミナをいじめ、ユウマを陥れようとしたクラスメイトたちは、ケガや体調不良で学校を休んでいた。苦痛を感じることがなくなったミナだが、ユウマを心配して、安心することができなかった。

「あの、先生・・本藤くんの住所、教えてくれますか・・・?」

「天上さん・・だけど、本藤くんは・・」

 ユウマの家に行こうと考えていたミナに、担任が当惑を見せる。

「このまま見放してしまうのはよくないと思って・・・お願いします・・教えてください・・・!」

「天上さん・・・分かった・・とりあえず教えるだけはしておく・・・」

 頭を下げるミナの頼みを、担任はため息まじりに受け入れた。

 この日の授業が終わり、下校したミナはユウマの家に向かった。家に近づくにつれて、ミナは不安を募らせていく。

(私に、何ができるんだろう・・本藤くんの力になれるのだろうか・・・)

 ここまで来たところで、ユウマに何ができるのだろうか。それをはっきりすることができず、ミナは不安にしていた。

 気持ちが落ち着かないまま、ミナはユウマの家の前にたどり着いた。

「ここが・・本藤くんの家・・・」

 ユウマの家の前で、ミナは緊張を膨らませる。ユウマの家は明かりがついておらず、静寂に包まれていた。

「ここまで来て訪ねないのはおかしいよね・・・行かないと・・・」

 自分に言い聞かせてから、ミナが玄関のインターホンを押そうとした。

「押しても出ないわよ、ユウマくんは・・」

 そこへ通りがかった主婦に声をかけられたミナ。

「出ないって・・中にいるのは間違いないんですか・・・?」

「それは分からないけど・・家にいても全然出てこないのよ、ユウマくんは・・」

 問いかけるミナに主婦が事情を説明する。ユウマは家にいてもいなくても、家に鍵をかけていて、インターホンが鳴っても出てくることはまずないという。

「それでも・・本藤くんに会わないと・・・」

「・・・遅くならないうちに帰ったほうがいいわよ・・・」

 ユウマに会おうとするミナの考えを聞いて、主婦は諦めて離れていった。ミナは再びユウマの家のインターホンを押した。

 しかし何度インターホンを押しても、ユウマが出ることはなかった。

(やっぱり出てこない・・・)

 気落ちして肩も落とすミナ。彼女は諦めてユウマの家を離れようとした。

「いいお嬢ちゃんがいたもんだぁ・・」

 そこへ声をかけられて、ミナが緊張を覚える。彼女の後ろに1人の男が現れた。

「お嬢ちゃんと遊びたいもんだぁ・・・」

 不気味な笑みを浮かべる男の頬に紋様が走る。彼の姿がクマのぬいぐるみのような姿の怪物となった。

「ガルヴォルス・・こんなときに現れるなんて・・・!」

 ミナが慌ててベアドールガルヴォルスから逃げ出していく。ベアドールガルヴォルスが彼女を追いかけてくる。

(私を狙ってくれているのが幸いになっている・・ユウマくんを危険から遠ざけることができる・・・!)

 ベアドールガルヴォルスがユウマを狙っていないことに、ミナは安心していた。だが自分自身に危険が迫っていることに、彼女は焦りを募らせる。

(また迷惑をかけることになるけど、寧々ちゃんに連絡を・・!)

 寧々たちに助けを求めて、ミナは携帯電話を取り出した。

「逃げたらダメだって〜・・鬼ごっこは好きじゃないんだ〜・・」

 ベアドールガルヴォルスが大きく飛び上がって、ミナを飛び越えて回り込んできた。

「僕が好きなのはお人形遊び・・付き合ってほしいなぁ・・・」

 ベアドールガルヴォルスが右手を振りかざすと、手から糸が伸びてきた。糸に絡み付かれて捕まったミナが、突然体の自由が利かなくなってしまう。

(どうしたの!?・・縛られただけなのに、全く動けなくなるなんてこと・・・!?

 自分が動けなくなったことに、驚愕と疑問を覚えるミナ。彼女の体が小さくなって、地面に落ちた。

「やったぁ・・また僕のお人形が増えたぞ〜・・」

 ベアドールガルヴォルスが不気味な笑みを浮かべて、ミナを見下ろす。

(そんな・・縛られていないのに、体が動かない・・声も出ない・・本当に人形に・・・!?

 ミナが心の中で驚愕を覚える。全く身動きが取れないまま、彼女はベアドールガルヴォルスに捕まって持ち上げられる。

「これからはお人形遊びの時間になるよ・・一緒に楽しもうね・・」

(これじゃ動けない・・このままじゃ連れて行かれてしまう・・・!)

 ベアドールガルヴォルスに捕まり、ミナは恐怖する。しかし人形になっている彼女は、自分で動くことができない。

「楽しみになってきたなぁ・・」

 ベアドールガルヴォルスが期待と喜びの笑みを強めた。次の瞬間、ベアドールガルヴォルスの頭に突然傷がついた。

「えっ・・!?

 何が起こったのか分からないまま、ベアドールガルヴォルスが傷ついた頭から鮮血をまき散らして倒れた。彼の手から人形の姿のミナが落ちる。

 さらに次の瞬間、ミナの体が元に戻った。彼女の体にはベアドールガルヴォルスの鮮血が降りかかっていた。

「あれ?・・元に戻った・・・?」

 元に戻れたことに一瞬安堵するミナ。だが血まみれになっている自分に、彼女は一気に恐怖を覚える。

「これが・・血・・本物の、血・・・!?

「無事に元に戻れた・・と言い切ってしまっていいのかな・・・?」

 震えるミナに向けて声がかかった。彼女が顔を上げると、1人の少女が立っていた。

 少女は高校の制服を思わせる服を着ていて、さらに1本の刀を手にしていた。彼女が振り上げたその刀が、ベアドールガルヴォルスを切り裂いたのである。

「大丈夫?・・気をしっかり持って・・」

「・・・だ・・大丈夫です・・・」

 少女に呼びかけられて、ミナが我に返る。だがミナは震えるばかりで、とても大丈夫とは見えなかった。

「他人に構っている場合ではないだろう・・」

 そこへ1人の青年が少女に声をかけてきた。冷静さの中に冷徹さを潜ませた雰囲気の青年だった。

「私たちは行くわ・・私たちも寄り道をしている余裕はないから・・」

 少女がミナに呼びかけたときだった。突然ミナが意識を失って、倒れて横になった。

 

 ミナからの電話を受けて、寧々と紅葉は彼女の家の近くに来ていた。しかしそこにミナはいなかった。

「ミナさんに何かあったのかな・・・!?

 心配を募らせていく紅葉。寧々が1度立ち止まって、意識を集中して五感を研ぎ澄ます。

「ミナちゃんは別の場所にいる・・でも移動のスピードが遅い・・」

「行こう、寧々・・ミナさんに何か起こる前に・・・!」

 ミナの居場所を捉えた寧々に、紅葉が呼びかける。2人は感覚を研ぎ澄ませたまま、ミナを求めて走り抜けていく。

 彼女たちがたどり着いたのは、大きな公園の入り口の前だった。

「この近くにいるはずなんだけど・・・血のにおい・・・!?

 公園の中を見回す寧々が緊張を膨らませる。彼女の嗅覚が血のにおいを捉えていた。

「もしかして、ミナちゃん・・・!?

 不安を感じた寧々が公園の中に飛び込む。

「寧々!」

 紅葉も慌てて寧々を追いかける。2人は一気に公園の中央の噴水広場まで駆け抜けた。

 そのそばの木々の横にミナは横たわっていた。彼女のそばに2人の男女がいた。

「ミナちゃん!・・あなたたち、ミナちゃんから離れて!」

 寧々が怒鳴ると2人の男女がゆっくりと振り返る。

「お前たち、この小娘の知り合いか?」

「離れてって言ってるでしょ!」

 男の問いかけを聞かずに寧々がいきり立つ。彼女の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「あなた、まさか・・・!?

 少女が目を見開いた瞬間に、寧々がドッグガルヴォルスに変身する。ミナを連れ戻そうと飛びかかる寧々だが、男も白い狼の姿のガルヴォルスに変身して、彼女の腕をつかんできた。

「またオレたちを狙うガルヴォルスか・・・!」

「ミナちゃんから離れてってば!」

 目つきを鋭くする男を、寧々が強引に突き飛ばそうとする。が、寧々は男の力を押し切ることができない。

「この小娘は突然気絶したんだ。オレたちがしたのはここまで運んだことだけだ。」

「何も、してない・・・!?

 男の言葉を聞いて、寧々が戦意をそがれる。大人しくなった彼女が人間の姿に戻り、ミナに歩み寄る。

「ミナちゃん、しっかりして!ミナちゃん!」

 寧々が呼びかけたところで、ミナが意識を取り戻した。

「寧々・・ちゃん・・・ここは・・・?」

「目が覚めたようね。突然気絶したものだから焦ったわ・・」

 声を出すミナに少女が笑みを見せる。

「ミナちゃん、よかった・・・ミナちゃんを助けてくれてありがとうございます・・」

 紅葉が男女に向けて頭を下げて感謝を口にした。

「オレたちはここまで運んだだけだ。礼を言われる覚えはない。」

「それだけでもお礼を言われることですよ・・私は犬神紅葉。この子は妹の寧々。妹が迷惑をかけてすみません・・」

 憮然とした態度を見せる男に、紅葉が再び頭を下げる。

「気にしなくていいよ・・私は紅小夜。彼は日向白夜よ・・」

「オレのことを勝手に話すな・・」

 自己紹介をする少女、小夜に青年、白夜が不満の声を上げる。

「とにかく、コイツがお前たちの知り合いなら、オレたちはコイツを預ける。オレたちが面倒を見るのはここまでだ・・」

「うん・・・ありがとうね・・ミナちゃんを助けてくれて・・」

 この場を立ち去ろうとする白夜に、寧々が笑顔を見せた。しかし白夜は憮然とした態度を崩さなかった。

「へっへっへ。かわいい子たちがそろってるじゃんか・・」

 そこへ数人の男たちが寧々たちを取り囲むように姿を現した。

「あなたたち、ガルヴォルスね・・・!?

 小夜が目つきを鋭くして、男たちに声をかける。

「勘がさえるじゃねぇの・・そうさ・・オレたちはガルヴォルスさ!」

 いきり立つ男たちが様々な姿のガルヴォルスに変身した。

「ガルヴォルスが、こんなに・・!?

 ミナが多数のガルヴォルスの登場に不安を覚える。

「ミナちゃん、あたしから離れないで・・・!」

 寧々がミナのそばについて、彼女を守ろうとする。

「あなたもガルヴォルスなのでしょう?・・抑えている力を感じる・・・」

 小夜が振り返らずに紅葉に声をかけた。

「ガルヴォルスになることには消極的なんだけど・・・」

 ため息をつく紅葉の頬に紋様が走る。彼女がハリネズミの姿をしたヘッジホッグガルヴォルスになった。

「お前らも全員ガルヴォルスってことか・・だがオレたちの遊び相手だってことに変わりは・・」

 ガルヴォルスの1人が強気な態度を見せたときだった。彼の体が斜めに切り裂かれて、鮮血をまき散らした。

「なっ・・!?

 他のガルヴォルスが驚きの声を上げる。小夜が刀を抜いて、ガルヴォルスを切り裂いたのである。

「あなたたちの相手をしてやるほど、私たちは気楽ではないのよ・・・!」

 小夜がガルヴォルスたちに向けて鋭く言いかける。彼女の目が血のように紅く染まっていた。

 

 

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