ガルヴォルスLucifer

EPISODE1 –Awakening of darkness-

第1章

 

 

私は全てが優れていた。

全てを把握することができたから、私は世界の愚かさを思い知ることになった。

 

救う価値もない。

優しくしても何にもならない。

身の程すらわきまえていない。

 

だから私は私を貫く。

本当の正しい存在として。

 

世界の闇を、私が打ち砕く・・・

 

 

 平和と賑わいを見せている街。その一角にある一軒家に住む姉妹がいた。

 天上(てんじょう)ランとミナ。両親を亡くしていた2人は、互いに支え合って生活していた。

「ミナ、今日も1人で大丈夫?辛いなら今日も休んだほうが・・」

「ううん、大丈夫・・あんまりお姉ちゃんに迷惑かけられないもん・・」

 心配の声をかけるランに、ミナが微笑みかけてくる。

「何かあったら先生にちゃんと相談して・・私でもいいからね・・我慢するのだけは絶対にしないでよね・・」

「うん・・分かったよ、お姉ちゃん・・・いってきます・・」

 ランに言われたことに頷いてから、ミナは学校に向かっていった。

(何かあったら助けを求めていいんだからね・・私を呼んでくれたら、どこからでもすぐに助けに行くからね・・・)

 ミナを守りたい気持ちを胸に秘めて、ランも大学に向かった。

 

 ミナは高校に通う学生である。しかし気弱で引っ込み思案な性格のため、彼女は友達を作ることができないでいた。

 そればかりか、ミナは学校の生徒から嫌がらせを受けていた。先生に相談しても全く解決に向かわず、ミナ自身も諦めていた。

 そんな暗い学校生活を送っていたミナの教室に、1人の男子が転校してきた。少しはねっ毛のある黒髪をした青年である。

「今日からこのクラスの一員となる本藤(ほんどう)ユウマだ。仲良くしてやってくれ。」

 担任が男子、ユウマを紹介する。しかしユウマは悪ぶった態度を見せていた。

「えっと・・そこの後ろの席についてくれ。」

 担任に言われて、ユウマはミナの隣の席に座ることになった。内気なミナも物静かなユウマも互いに声をかけようとしなかった。

 

 この日の昼休みも、ミナはクラスメイトからの嫌がらせを受けることになった。

「ねぇミナ、ちょっと売店でお昼買ってきてくれない?」

「ちょっと買いに行く時間がなくてね・・いいよね?」

 クラスメイトたちがミナにパンを買いに行かせようとしていた。

「うん・・買ってくるよ・・・」

 ミナが席を立って教室を出た。

「ミナがいると助かるよね。素直に言うことを聞いちゃうんだから。」

「でもウザいよね、あんなウジウジしてるの。だからいじめたくなるんだよね。」

「それ、あたしも同感。アイツが困った顔すると嬉しくなってくる。」

 クラスメイトたちがミナが困ることに笑みをこぼす。しばらくしてミナがパンを買って戻ってきた。

「ちょっと!遅いじゃないのよ!昼休みが短くなるじゃない!」

「ゴ、ゴメン・・今日は混んでて・・・」

 怒鳴ってくるクラスメイトにミナが謝る。

「言い訳すんな!」

 クラスメイトに突き飛ばされて、ミナが倒れる。その弾みで買ってきたパンを落としてしまう。

「ちょっと!あたしらのお昼、落としてんじゃないよ!」

「満足に買い物もできないなんて、最低ね・・」

 クラスメイトがミナに向けて不満を見せていく。ミナはうずくまったまま震えている。

「最低なのはお前らのほうだろうが・・」

 そこへ声がかかり、クラスメイトたちが振り返る。自分の席でおにぎりを食べていたユウマが、席を立っていた。

「何よ、転校生・・あたしらに文句あんの!?

「これはあたしたちとコイツの問題なのよ。部外者は引っ込んでてよね・・」

 クラスメイトたちがユウマにも怒鳴ってきた。するとユウマが自分が座っていた椅子を蹴り飛ばしてきた。

「ウザいんだよ・・オレの前でそういうのを見せられるとな・・」

「ウザい!?だったら見なきゃいいだけのことだろうが!」

 目つきを鋭くするユウマに、クラスメイトがつかみかかってきた。するとユウマがクラスメイトをつかんで膝蹴りを叩き込んだ。

「えっ!?

 この出来事にクラスにいた生徒たちが驚きを見せ、悲鳴を上げる。襲い掛かられたことを引き金にして、ユウマがクラスメイトに暴力を振るう。

「ち・・ちょっと!やめなさいって!」

 クラスメイトたちがユウマを止めに行く。しかしユウマは攻撃をやめようとしない。

「やめて!」

 そのとき、ミナが声を張り上げた。彼女の叫びを耳にして、ユウマが手を止めた。

「やめて・・暴力を振るわないで・・・!」

 ミナが涙ながらにユウマに呼びかける。ユウマはミナの言葉と様子に逆らうことができなかった。

 

 ユウマはすごく神経質な性格だった。自分が我慢ならないものに対して、彼は感情をあらわにせずにはいられなかった。

 その性格から、ユウマは暴力沙汰を起こすことが少なくなかった。問題を追及されても、相手が悪いと言い張って聞こうとしなかった。

 今回も暴力沙汰から先生に問いただされたユウマ。それでも彼は自分が悪いと認めようとしなかった。

 そのユウマを心配して、ミナが顔を見せてきた。

「あの・・・本藤くんは悪くないんです・・私がいじめられていたのが悪いんです・・・」

「天上さん・・だけど、暴力を振るったこと自体が間違いであって・・・」

 呼びかけるミナだが、先生たちはユウマを許す気になれなかった。

「それでもユウマくんが私を助けてくれたことに変わりはないんです・・許してあげてください・・・」

 ミナが先生たちに向けて深々と頭を下げた。彼女の固い考えに先生たちは根負けした。

「仕方がない・・そこまで本藤くんを助けようとしてくれるなら・・・」

 先生がため息まじりに言葉を返した。ユウマが許されたことに、ミナは喜びの笑みをこぼした。

 

「天上さんにお礼を言っておくんだぞ。本当なら許されないことだったんだからな・・」

 先生が釘をさすが、ユウマは反省のそぶりさえ見せずに学校を後にした。帰路につく彼をミナが追いかけてきた。

「本藤くん・・・よかったね・・大事にならなくて・・・」

「別に助けてくれと頼んだ覚えはない。今度のことがオレのせいだともな・・」

 微笑みかけるミナだが、ユウマは突っ張った態度を見せる。

「それでもありがとう・・助かったよ・・・」

「お前、何であんなヤツらの言いなりになってるんだ?」

 感謝するミナにユウマが問いかける。

「アイツらのやり方に不満があるんだろ?それなのに言いなりになってやることはないのに・・」

「うん・・でも敵わないし、逆らってももっとひどくいじめられるだけだし・・」

「そうやって諦めていいのか?・・オレだったら逆らう・・徹底的に逆らって、思い知らせる・・どうしても自分は悪くない、悪いのは受け入れずに逆らうお前だと言い張るなら、ぶっ殺してでも・・!」

「そんなのダメだよ!」

 苛立ちをあらわにするユウマに、ミナが声を張り上げた。彼女の声を聞いて、ユウマが思わず足を止めた。

「暴力なんてダメだよ・・まして殺すだなんてなおさら・・・!」

「なら言いなりになれとでもいうのか!?・・振り回されるぐらいなら、オレはどんなこともやってやる・・・!」

 感情をあらわにして呼びかけるミナだが、ユウマは自分の考えを変えようとしない。頑なな彼に、ミナはこれ以上声をかけることができず、困惑を膨らませるばかりだった。

「ミナ、丁度帰ってきたんだね・・」

 そのとき、同じく帰ってきたランがミナに声をかけてきた。

「お姉ちゃん・・・」

 ランの登場にミナが戸惑いを覚え、ユウマがランに目を向ける。

「ミナと同じ学校の人かな?私はミナの姉のラン。よろしくね・・」

 ランが挨拶をするが、ユウマは答えずに歩き出していった。

「暗い感じね・・・ミナ、何かあった・・?」

「う、ううん・・何もないよ・・ただ、今日ユウマくんが、今の人が転入してきたってだけ・・」

 ランが問いかけると、ミナが微笑んで答えた。彼女の言葉を聞いて、ランがユウマが行ったほうに振り向いた。

「そう・・ミナ、何度も言ってるけど、何かあったらお姉ちゃんに頼ってよね・・ミナが心配ってだけじゃなくて、頼りがいのあるお姉ちゃんでいたいっていうのもあるんだから・・」

「お姉ちゃん・・・ありがとう・・もちろん、お姉ちゃんを頼りにしてるよ・・」

 ランに励まされて、ミナが笑顔を見せる姉からの思いが、彼女にはとても嬉しいことだった。

「さて、今日は一緒に帰れるから、買い物に行っちゃおうかな。」

「余計なものは買っちゃダメだからね、お姉ちゃん。」

「しないって。もう子供じゃないんだから・・」

「お姉ちゃんだったら今でもやりそうだよ・・」

 買い物に向かうランとミナが明るく話をする。学校では自分から話しかけたり笑顔を見せたりすることが少なかったミナだが、姉のラン相手では気軽にそれができた。

「そういえばここの所、おかしな事件が起こってるね・・」

 ミナが唐突に話題を振ると、ランが表情を曇らせた。

「怪物が現れて人を襲ってるらしいって・・学校でもそういう話が聞こえてきたよ・・」

「それ、私もよく聞くよ・・でもあくまで噂話でしょ?その姿かたちの証拠も出てないし・・」

 不安を込めて言いかけるミナだが、ランは苦笑いを見せて答えた。

「そんなことより買い物、買い物。夜ご飯も作んないといけないし。」

「そうだね、お姉ちゃん・・一緒に行こう・・」

 ランの言葉を受けて、ミナが足取りを軽くした。

「キャッ!」

 だがミナが通りがかった少女とぶつかってしまい、しりもちをつく。藍色のショートヘアの少女である。

「イタタタ・・ちょっと気を付けてよね・・」

「ご、ごめんなさい・・大丈夫ですか・・?」

 頭に手を当てる少女に、ミナが謝って心配する。

「うん、あたしは平気・・これでも丈夫なほうなんだから♪」

 少女がミナに笑顔を見せて、元気なところを見せる。

「コラ!慌てて走っていったらダメじゃない!」

 そこへもう1人の少女がやってきて叱りつけてきた。紅いショートヘアをしていて、藍色の髪の少女よりも大人びていた。

「ゴメン、お姉ちゃん・・ついウキウキしちゃって・・」

「ハァ・・ごめんなさいね。この子ったらいつまでたっても子供なんだから・・」

 苦笑いを浮かべる妹と、ミナに謝ってくる姉。

「お互い、妹には苦労してるってことかな。妹の性格は両極端みたいだけど・・」

 ランが姉妹に向けて声をかけてきた。

「私は天上ラン。この子は私の妹のミナ。」

 ランが姉妹に自分とミナを紹介する。

「私は(いぬ)(がみ)紅葉(くれは)。」

「犬神寧々(ねね)。よろしくね。」

 姉妹、紅葉と寧々もランとミナに自己紹介をする。

「あ、私たちそろそろ買い物をしておかないと、帰りが遅くなっちゃう・・」

「そうだったの・・ゴメンね、話をさせて・・寧々、行くわよ。」

 ランが声を上げると、紅葉が笑みを見せて、寧々と一緒に歩き出していった。

「紅葉さんと寧々さん、仲がいいね・・私たちみたい・・」

「そうね・・さ、私たちも行くわよ。」

 寧々と紅葉を見送るミナに、ランが呼びかける。2人は改めて買い物へと向かっていった。

 

 その翌日、ミナは不安と戸惑いを感じたまま登校した。彼女が教室に入ってしばらくして、ユウマもやってきた。

 だがユウマの席にあるはずの机と椅子がなくなっていた。ユウマは憮然とした態度のまま、その後ろの壁に背を預けた。

「どうしたの?机と椅子がないよ?」

 そこへ昨日騒ぎを起こしたクラスメイトたちがやってきて、ユウマに声をかけてきた。

「もしかして、誰かに持ってかれちゃったんじゃ・・なーんちゃって♪」

 クラスメイトがからかってくると、ユウマが怒りをあらわにして突っかかってきた。

「ちょっと何よ!?あたしたちがやったとでも言うの!?

「あたしらがやったって証拠でもあるの?ないのに疑うつもり?」

 クラスメイトたちが不満の声を上げると、ユウマがつかんでいるクラスメイトを床に押し付けた。

「その態度が何よりの証拠だ。小賢しいマネでオレを思い通りにしようとしても逆効果だ・・」

「先生を呼んで!また本藤が!」

 低く告げるユウマの暴走に、教室にいたクラスメイトたちが慌てふためく。だが先生が来る前に、ユウマはクラスメイトの顔を踏みつけてしまった。

 

 度重なる暴力騒動で、ユウマは停学となってしまった。ミナが弁解したが、聞き入れてもらえなかった。

 ユウマがかわいそうだと思えてならなくなり、ミナは落ち込んでいた。

(あれじゃ本藤くんがかわいそうだよ・・いじめられるのがイヤだっただけなのに・・・)

 ユウマが厳しい罰を与えられることに、ミナは納得していなかった。

(何とかならないのかな・・本藤くんは悪者になるしかないのかな・・・?)

 ユウマを助けたい気持ちに、ミナは段々と駆り立てられるようになっていく。その気持ちの中には、どんな手段も使うという衝動もあった。

「・・かわいい女の子を見つけたぞ・・・」

 そこへ声をかけられて、ミナが足を止める。彼女の前に1人の男が現れた。

「かわいい子はどうしてもカチカチにしたくなっちゃうんだよなぁ・・・」

 不気味に呟く男の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼の姿がヘビのような怪物へと変わっていった。

「えっ!?・・か、怪物・・!?

 怪物が現実に現れたことに、ミナが驚愕する。一気に恐怖を膨らませる彼女が、ゆっくりと後ろに下がっていく。

「怖がることはない・・すぐに終わるから・・」

 迫ってくる怪物から、ミナがたまらず逃げ出す。怪物も不気味な笑みを浮かべながら、彼女を追いかけていく。

 必死に逃げていくミナは、街中の公園に逃げ込んだ。そこには数人の人たちが歩いていた。

「人・・もしかしてあの怪物・・見境なく襲い掛かるんじゃ・・・!?

 ミナが不安を感じた瞬間、怪物が追い付いて着地してきた。

「逃げられないぞ・・オレからはな・・」

「みんな、逃げて!」

 怪物が目を見開き、ミナがたまらず叫んだ。怪物が口から緑色の液体を吐き出してきた。

「キャアッ!」

 液体を浴びた女性の体が石に変わる。石化は液体が付着した部分から広がって、恐怖をあらわにする彼女の体を完全に包み込んだ。

「体が、石に・・そんなことまで・・・!?

 怪物が見せる特異な力に、ミナがさらに恐怖する。

「お前もすぐに石にしてやるから・・石になれば楽になれるから・・・」

 怪物が狙いをミナに戻す。ミナが怖がったまま後ずさり、気が背中にぶつかる。

(イヤ・・助けて・・助けて、お姉ちゃん・・・!)

 心の中でランに助けを求めるミナ。怪物が彼女に向けて口から液体を吐き出そうとした。

 だがそのとき、怪物が突然横に突き飛ばされた。やられると思っていたミナは、動揺を隠せなくなった。

「まさか昨日会ったばっかりの人にこのことを知られちゃうなんてね・・」

 聞き覚えのある声を耳にして、ミナが戸惑いを覚える。彼女の前に現れたのは寧々だった。

「あなたは昨日の・・・」

「悪いんだけど、これからのことは秘密にしてもらえないかな?・・隠さないとやばいっていう気持ちはないけど、面倒になるのもイヤだから・・・」

 寧々がミナに呼びかけて、怪物に視線を戻した。

「いきなりこんなことをされたのは気に入らないが、またかわいい子が現れたからよしとするか・・」

 怪物が寧々を見つめて、不気味な笑みを見せてきた。しかし寧々は怖さを見せていない。

「悪いけど、今日がアンタの最後の日になるかもよ・・」

 強気に言いかける寧々の頬に異様な紋様が浮かび上がる。彼女の姿が犬を思わせる怪物へと変わった。

「えっ!?・・寧々ちゃんも、怪物・・!?

 寧々の変わった姿にミナは目を疑う。

「お前もガルヴォルスだったか・・ちょっと痛めつけて、女の子の姿に戻さないとな・・」

 怪物、スネークガルヴォルスが寧々に飛びかかる。寧々が素早く動いて、スネークガルヴォルスに打撃を叩き込んだ。

「うっ!」

 重い攻撃を受けてスネークガルヴォルスが怯む。寧々が攻撃の手を緩めずに、連続で打撃を繰り出していく。

「そろそろ逃げたほうがいいわよ。でないととどめを刺さなくちゃならなくなるよ。」

 寧々がスネークガルヴォルスに向けて忠告を送る。しかしスネークガルヴォルスは引き下がらない。

「こうなったらその姿にままでも!」

 スネークガルヴォルスが口から液体を吐き出す。寧々は素早く動いて液体をかわして、スネークガルヴォルスに飛びかかる。

「人の言うことは素直に聞くものだよ・・!」

 寧々がスネークガルヴォルスの体に爪を突き立てた。これが決定打となり、スネークガルヴォルスが口から血をあふれさせて倒れた。

 事切れたスネークガルヴォルスの体が固まり、さらに砂のように崩れて消えていった。

「消えた!?・・死んだの・・・!?

 寧々とスネークガルヴォルスとの戦いを目の当たりにして、ミカは困惑するばかりになっていた、彼女の視界の中で、寧々が人間の姿に戻った。

「ビックリ、しちゃってるかな?・・いきなりこういうの見せられて、怖がらないほうがどうかしてるよね・・?」

 怯えているミナに寧々が苦笑いを見せる。

「寧々、いきなり走り出すなんてー!」

 そこへ紅葉が駆け込んできて、寧々に声をかけてきた。

「お姉ちゃん・・ミナちゃんの声が聞こえてきたもんだから・・」

「紅葉さん・・・もしかして、紅葉さんも、怪物に・・・!?

 寧々に注意する紅葉にも、ミナが不安を見せていた。

「寧々、まさかミナちゃんに見られた・・!?

「見られたっていうか、見せちゃったっていうか・・エヘヘ・・・」

 息をのむ紅葉にも苦笑いを見せる寧々。彼女の言動に紅葉が呆れてため息をつく。

 この2人のやり取りが、昨日出会った明るい姉妹と変わらないと感じて、ミカは次第に怖さを和らげていた。

「不思議・・怪物になったはずなのに・・普通の人間と変わらない・・全然人間らしい・・・」

 ミナの呟きを耳にして、寧々と紅葉が一瞬唖然となる。だが2人も思わず笑みをこぼした。

「あ、あの、このことは誰にも言わないでほしいなぁ・・隠したいわけじゃないけど、騒ぎになっちゃうといろいろ面倒になっちゃうから・・」

 寧々が手を合わせてミナに頼み込んできた。

「・・言わないよ・・言っても誰にも信じてもらえないと思うし・・」

 ミナが寧々と紅葉に対して微笑んだ。彼女の答えを聞いて、寧々が喜びを見せた。

「あ・・お姉ちゃん、家で待ってるよ・・きっと私を心配している・・・」

 ミナがランのことを思い出して、動揺を覚える。

「あたしたちが事情を説明しないといけないかな・・」

「それしかないでしょ・・」

 言いかける寧々に、紅葉が肩を落として言葉を返した。

「本当にすみません、2人とも・・・」

 ミナが2人に向けて苦笑いを見せて頭を下げた。3人はミナの家に行くことにした。

 

 その頃、ランは家に帰ってきていた。先に帰ってきているはずのミナがいないことに、ランは不安を感じた。

「ミナ、どうしたっていうの・・もう学校は終わってるはずなのに・・・」

 我慢ができなくなったランが、ミナを探しに家を出ようとした。すると彼女が来た玄関のドアが開いた。

 やっとミナが家に帰ってきた。彼女は寧々、紅葉と一緒だった。

「あなたたちは、昨日の・・・」

「お姉ちゃん・・これには事情があって・・・」

 寧々と紅葉を見て動揺を覚えるランに対して、ミナが口ごもる。

「ミナちゃんが寄り道してて、偶然あたしたちと会ったってだけ・・」

「そ、そうなんです・・私たちと話をしている間に、時間は過ぎてしまって・・」

 寧々と紅葉が事情を説明する。2人の言葉が言い訳に聞こえてしまい、ランは肩を落としてため息をついた。

「いいですよ、もう・・ミナが無事に帰ってきただけで、私は安心できますから・・」

「ゴメン、お姉ちゃん・・心配かけちゃって・・・」

 ミナがランに悲しい顔を見せて謝ってきた。するとランがミナの頭を優しく撫でてきた。

「ミナもいい年なんだし、1人でどこかに行きたくなるものね・・でも、おかしなところに行ったり、おかしな人についていったりしないように。」

「そういう言い方、子供相手のものだよ、お姉ちゃん・・・」

 注意をしてくるランに、ミナは頭が上がらなくなる。

「さて、そろそろあたしたちも帰るね・・ゴメンね、ミナちゃん。迷惑かけちゃって・・」

「ねぇ・・よかったら一緒にご飯でもどうかな?・・今からじゃ遅いし・・」

 帰ろうとする寧々をミナが声をかけてきた。

「でも、ただでさえ迷惑をかけてしまったのに、その上ご飯まで頂くのは・・」

「ううん、気にしないでください。ミナを連れてきてくれたお礼をしたいし・・」

 苦笑いをこぼす紅葉に、ランも呼びかけてくる。

「・・それじゃ、お言葉に甘えてしまおうかな・・・」

「ありがとうね、ミナちゃん、ランさん♪」

 ミナとランの誘いを受けて、寧々と紅葉は家に入ることにした。

 ランの夕食の支度は途中だった。彼女とミナだけに支度をやらせるわけにいかないと思い、寧々と紅葉は2人を手伝った。

「わざわざやってくれて・・2人ともありがとうございます・・」

「これでもレストランで仕事したこともあるから、全然平気ですよ。」

 感謝するランに紅葉が笑顔を見せる。

「ところで、寧々ちゃんと紅葉さんは何をしているんですか・・?」

 ミナが唐突に寧々たちに質問を投げかけてきた。

「私たちの家は神社なんです。でも私たちは神社でのお手伝いだけでなく、今は外に出ていろいろなことをやっているんです・・」

「いろいろなことって?」

「それは、いろいろ・・話と数が多すぎて長くなるっていうか・・・」

「そうなんですか・・まぁ、そこは深く突っ込まないようにしますね。」

 言葉をつまされる紅葉に、ランは笑みをこぼした。それから彼女たちの夕食の時間は、楽しく過ぎていった。

 

 停学となったユウマは自分の家に閉じこもっていた。家には両親を含めて誰もいない。親は遠くでの勤務となり、しばらく家に帰ってきていない。

 しかしユウマはさみしくはなかった。むしろ不快な気分にさせられなくなって安心できると思っていた。

(オレは間違いを正しただけだ・・そのオレが間違っていると言ってくる・・教師もアイツらと結託してるというのか・・・)

 段々と疑心暗鬼に陥っていくユウマ。

(そうまでしてオレを悪者扱いしたいなら、オレは間違っていないと押し通すだけだ・・・)

 自分の意思を貫こうとするユウマ。だがユウマはミナのことを気にしていた。

(それにしてもアイツ・・アイツに声をかけられて、オレは自分のやっていることに後ろめたさを感じてしまった・・自分勝手なヤツを叩きのめしていたというのに・・・!)

 ミナに対する感情を募らせていくユウマ。

(忘れろ!・・オレはオレを押し通すだけ・・・!)

 自分に言い聞かせて、ユウマは気持ちを落ち着かせようとする。彼は自分なりに落ち着こうとしながら、ベッドに横たわった。

 

 夕食を楽しんで、寧々と紅葉が帰路についていた。

「エヘヘ・・ミナちゃんとランさん、ホントに仲のいい姉妹だったね・・」

「そうね・・寧々もミナちゃんぐらいにおしとやかだったらいいのに・・」

「お姉ちゃん、それってどういう意味よ・・?」

 紅葉が投げかけた言葉を聞いて、寧々がふくれっ面を浮かべた。だが2人の表情がすぐに曇った。

「ガルヴォルスの事件、全然減らないね・・」

「ガルヴォルスは、どこに隠れているのか、今でも全然予測がつかないものだから・・・」

 寧々が口にした話に、紅葉が小さく頷いた。

 ガルヴォルスは人間の進化である。普段の人の姿と、動植物を思わせる怪物の姿を併せ持ち、様々な特異な能力を備えている。

 ガルヴォルスは普通の人間の能力をはるかに超えている。普通の人間の手で、ガルヴォルスの犯罪を止めることは極めて難しいことである。

「あたしたちが頑張るしかないってことかな・・あたしたちみたいに、人間に味方するガルヴォルスって少ないから・・・」

 肩を落としてため息をつく寧々に、紅葉が笑みをこぼす。

「ミナちゃんに見られちゃったこと、話しておいたほうがいいかな・・」

「そうしたほうがいいわよ・・混乱しないために・・」

 寧々が心配を見せると、紅葉が頷いて答える。

「こういうことは他の人の意見をちゃんと聞いておく必要があるわね。特にミナちゃんは私たちと比べても事情を知らないし・・」

「うん・・それがミナちゃんにとっていいことになればいいんだけど・・最悪、悪いことに巻き込まれなければいいんだけど・・・」

 真剣にミナの心配をして、紅葉と寧々が頷いた。2人はミナが大きな事件に巻き込まれるのではないかという不安を感じていると同時に、彼女を助けたいという気持ちを芽生えさせていた。

 

 

 

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