ガルヴォルスLord 第25話「Nephilim」
レナが眼を覚ましたのは、寒気のある漆黒の空間の真っ只中だった。彼女は体育座りの体勢で、この空間を漂っていた。
「寒い・・・丸裸だから、寒いのは当然か・・・」
もうろうとする意識の中で呟きかけるレナ。
「体に力が全然入らない・・まるで私の体じゃないみたい・・・そういえば、マーブルに石にされちゃったんだよね・・ルナと同じようにヘンな感じになって、ムチャクチャにされて・・・」
記憶を思い返すレナの眼から涙があふれる。ルナを救うことができず、マーブルになす術なく弄ばれたことが、悔しくて仕方がなかったのだ。
「ルナ・・ゴメンね・・・あなたを助けるどころか、あんな女に好きなようにされて・・・」
ルナに向けて謝罪の言葉を呟くレナ。
そのとき、レナはルナの姿を発見する。意識をはっきりとさせて、レナはルナに向かっていく。
「ルナ!しっかりして、ルナ!」
レナがルナの両肩に手をかけて呼びかける。するとルナが意識を取り戻し、ゆっくりと眼を開ける。
「・・おねえ・・ちゃん・・・」
「ルナ・・よかった・・無事だったのね・・・」
ルナの無事に心からの喜びを浮かべるレナ。レナはルナの体を優しく抱きしめる。
「ルナ、ゴメンね・・あなたを助けられなかったばかりか、私までマーブルに・・・!」
「お姉ちゃん・・もういいよ・・お姉ちゃんは頑張った。私のために一生懸命になって、傷だらけになっても頑張って・・」
謝るレナに微笑んで、弁解を入れるルナ。この優しさを目の当たりにして、レナは戸惑いを隠せなかった。
「ルナ・・・ありがとう・・これでまた、ルナと一緒にいられるね・・・アイツにいいようにされてる点は、いい気がしないけど・・」
「それでも、お姉ちゃんと一緒にいられることには変わりないんだけどね・・」
「久しぶりにルナに触れていきたいな・・離れ離れになったとき、あんなに寂しくなっちゃうなんて・・」
「私もお姉ちゃんがいなくて寂しかったよ・・マーブルっていう人にいろいろ触られて、それなのになぜか気持ちよくなっちゃって・・お姉ちゃんに合わせる顔がないって思って・・」
互いに自分の気持ちを切実に伝え合っていくレナとルナ。レナがルナのふくらみのある胸の谷間に自分の胸をうずめる。
「大丈夫・・ルナが何をしても、何をされても、私はあなたを許すから・・・」
「お姉ちゃん・・・本当に、ありがとうね・・・」
レナの優しさを受け止めて、ルナは微笑んだ。姉妹のぬくもりを感じ合って、レナとルナは安らぎを覚えていた。
「ウフフフ。やっぱり2人一緒にいたのね。」
そのとき、レナとルナが響いてきた声を耳にして緊迫を覚える。
「この声・・・!?」
「マーブル・・・!」
ルナとレナが声を荒げて振り返る。その先には一糸まとわぬ姿のマーブルの姿があった。
「マーブル・・どうしてあなたがここに!?・・ここは私とルナの心の中よ・・人の心の中に土足で入ってくるなんてね・・」
「ウフフフ。土足だなんて・・あなたたちは私のもの。私があなたたちの心の中に入り込んでも、何の問題はないはずだけど?」
眼つきを鋭くするレナに対し、マーブルは妖しい笑みを崩さない。
「これ以上、私とルナの邪魔をするっていうなら、本当に容赦しないわよ・・たとえ私たちがあなたのオモチャであっても、私たちのつながりを断ち切ることはできないのよ・・手を出すなら、飼い犬に手を噛まれる痛みっていうのを味わうことになるわ。」
レナがルナを庇おうとしながら、マーブルを鋭く見据える。だがマーブルは余裕を消さない。
「邪魔をするなんてとんでもない。私がここに来たのはむしろ逆。あなたたちが幸せになってほしいと思ったからよ。」
「幸せに?散々私たちをムチャクチャにしてきたあなたが、どう幸せにしてくれるのかしらね。」
マーブルをあざけるレナ。するとマーブルがレナたちにゆっくりと近づいてくる。
「あなたたちがこれ以上辛くならないように、私が気持ちよくしてあげる。あなたたちがオブジェになっていくときに感じた、あの心地よさをね。」
マーブルが口にした言葉に、レナとルナが不安を募らせる。2人の脳裏に石化されていく中で感じた感覚が蘇ってきていた。
「頭で忘れようとしても体は覚えている。それを思い起こさせてあげる。」
「言ったでしょ!?私とルナの邪魔をするなら容赦しないって!」
「ウフフフ。ムダよ。」
ルナを守ろうとするレナに、マーブルが手を伸ばす。右の手首をつかまれるレナが振り払おうとするが、マーブルの手を振り払うことができない。
「何て力・・全然振り払えない・・・違う・・私の体が振り払おうとしていない・・・!?」
レナは自分自身に違和感を覚えて眼を見開いた。
「そう。あなたたちは私のもの。逆らうことはできないの。たとえあなたたちが私に、どんなことをされてもね。」
マーブルは妖しく微笑むと、つかんでいるレナの手を、ルナのふくらみのある胸に当てさせる。その接触にレナもルナも動揺を覚える。
「あなたたちはいつもこんな感じで触れ合ってきたんでしょう?ウソをついても、体は正直よ。」
マーブルが微笑む前で、レナとルナの動揺はさらに広がっていく。
「あ・・ぁぁぁ・・・」
「ルナ、これは違う!私じゃなくて・・!」
「お姉ちゃん、分かってるよ・・私も、どうすることもできなくなっちゃってるよ・・・」
あえぎ声を上げながらも、互いに弁解を入れようとするレナとルナ。
「さて、ルナちゃんばかりいじったらかわいそうだからね。レナちゃんも。」
マーブルは今度はルナの手を取ると、それをレナの胸に当てさせる。動揺と押し寄せる刺激がさらに強まり、2人がたまらず顔を歪める。
「気分がよくなってくるでしょう?・・こうすればもっと気持ちよくなれる・・」
「ルナ、気にすることはないわ・・これは全部、マーブルの・・・!」
「うん・・でも、このままじゃ私、またどうかなっちゃうよ・・・!」
淡々と語りかけるマーブルの前で、レナとルナが声を荒げる。押し寄せる快楽にさいなまれ、2人は平穏を保てなくなる。
「そう。あなたたちはずっと同じ時間を過ごしてきた。だから離れ離れにすることはよくないことだとよく分かったわ・・ずっと一緒にいさせてあげる。私の手の中で・・」
妖しく微笑むマーブルの支配に抗うことができないまま、レナとルナは快感の赴くまま、互いの唇を重ねた。もはや2人の心の中には、自分たちの触れ合いしかなかった。
抱き合うレナとルナから、生の輝きが消えた。
同じ頃、互いへの抱擁に没頭していたライとカナメ。マーブルの手のひらの上で踊らされたことに絶望した2人は、自分たちの愛に浸ることで自分を保っていた。
これこそマーブルの支配だった。体は一糸まとわぬ石像にされ、心も彼女の接触に侵された。連れさらった人を石化し、体にも心にも永遠かつ最高の快楽をもたらすこと。それがマーブルの支配だった。
周りのことを気に留めず、ライとカナメは抱擁を続ける。彼らの心はその空間の中を流れるように漂っていた。
しばらく抱擁していると、ライとカナメは何かにぶつかる。心の壊れた2人ならそれにも気に留めず接触を続けるところだったが、あまりに懐かしい心地よさがしたため、ライは無視できなかった。
(何だろう、この感じ・・すごく懐かしい・・すごくあたたかい・・・)
カナメとは別の高揚感に、ライの意識が傾き始める。すると何かが2人を優しく抱きしめてきた。
「私の知らない間に、ずい分たくましくなっちゃったんだね・・・」
優しくかけられた声に、ライが動揺を覚える。同時に失っていた彼の意識が引き戻される。
「久しぶりね、ライ・・」
「姉さん・・・!?」
微笑みかけてくる姉、アリサの姿を目の当たりにして、ライが驚きをあらわにする。
「姉さん、どうして・・姉さんはアイツに・・・!?」
「うん。確かに私はあのマーブルに石にされて、おかしな気分になってた・・でもその中でちゃんと感じてたよ。ライがここまで来てくれたことを・・」
困惑するライに、アリサが微笑んだまま答える。
「カナメちゃんを起こしてあげて。自分を維持しているあなたなら、大丈夫のはずよ。」
「姉さん・・・」
アリサの呼びかけに戸惑いを見せるも、ライは真剣な面持ちを浮かべて頷く。そして抱きかかえているカナメに呼びかける。
「カナメ!・・しっかりしろ、カナメ!」
ライに呼びかけられて、、カナメは意識を取り戻す。
「あれ・・私・・何がどうなって・・・?」
意識が崩壊していたカナメが、記憶を辿る。そしてライの顔を見て、動揺を浮かべる。
「ライ・・確か私、ライと一緒にマーブルにされるがままに・・・」
思い返したカナメが、ライのそばにいる女性に気付く。
「あの、あなたは・・・?」
「はじめまして。私はライの姉の霧雨アリサです。」
カナメが訊ねると、アリサは微笑んで答える。するとカナメが驚きを覚える。
「ライのお姉さん・・・あなたが・・・!?」
「ライがお世話になったようですね。ライもしっかりしているのですが、迷惑をかけていないでしょうか・・・?」
カナメに言いかけるアリサの言葉に、ライが気恥ずかしさを覚える。だが彼はすぐに気持ちを切り替え、アリサに言いかける。
「姉さん、どうして姉さんがここに?・・・もしかして、オレの心が姉さんを・・」
「いいえ。今ここにいるのは、間違いなく本物の私よ・・・」
ライの言葉にアリサが答える。
「私はあなたに意識を傾けた。そうしたらあなたと心が通じた・・私も、あなたに会えてよかった・・本当によかった・・・」
喜びをあらわにしたアリサが、ライを抱きしめる。
「姉さん・・・オレも会えてよかったよ・・こんな状態じゃなかったら、もっとよかったんだけど・・・」
「そうかもしれないね・・それでも、あなたはこうして私の前にやってきてくれた・・・」
再会の抱擁を実感するライとアリサ。だがアリサは唐突に、ライとの抱擁をやめる。
「姉さん・・・?」
「ライ、あなたが求めていたものは、本当は何なの?」
戸惑いを見せるライに、アリサが真剣な面持ちで言いかける。その問いかけにライの困惑は広がる。
「確かにあなたは、私を助けようとしてくれた・・でも、私がマーブルにさらわれてから今まで、あなたはずい分変わった・・」
「オレが・・・」
「これでも私はあなたのお姉さんよ。あなたのことを、全然理解できないわけじゃないの・・あなたはいろいろなことを経験してきた。ううん。あなたの周りの人たちも、いろいろなことがあったことも・・」
アリサはライに言いかけると、戸惑いを浮かべているカナメに眼を向ける。
「あなたが求めていたのは私じゃない。あなたのずっとそばにあったのよ・・・」
「オレの、ずっとそばに・・・」
アリサの言葉に促されて、ライもカナメに眼を向ける。
「私のために、あなたが一生懸命になってくれることは、正直嬉しい・・でも、私のために、あなたの本当の気持ちを曇らせたくないの・・」
「姉さん・・・」
「お願い、ライ。あなたの本当の気持ちを教えて。私なんか気にせず、あなた自身に正直であってほしい・・」
アリサの切実な気持ちに、ライは少なからず戸惑っていた。
ライは今まで、ガルヴォルスへの憎悪に駆り立てられる中、マーブルにさらわれたアリサを救うために生きてきた。だがカナメと出会い、心を通わせたことで、彼の心境に大きな変化が起こっていた。
「そうか・・オレの気持ちはもう・・・」
ライは改めて思い知らされた。自分の気持ちが向いていたのは、自分が本当に求めていたのは、アリサではなくカナメだったことに。
「オレはカナメを守りたい・・他の何かに支配されるくらいなら、オレが支配してやる・・・」
「ライ・・・」
ライの切実な想いに、カナメが喜びをあらわにする。
「でも姉さん、これで本当にいいのかな?・・オレがこの道を選べば、姉さんが・・・」
「言ったでしょう?私のことは気にしなくていいって。私はあなたが、あなたの道を進んでくれることが、何よりも嬉しいのよ・・」
沈痛の面持ちを浮かべるライに、アリサは微笑んで優しく語りかける。その励ましを受けて、ライは迷いを振り切って頷いた。
「ありがとう、姉さん・・・オレの中で、消えかかっていた何かが膨らんできている・・本当の幸せを取り戻すために、いや、本当の幸せをつかむために、オレは戦う・・・!」
「私も戦うよ、ライ・・ライのために、私自身のために・・・!」
ライの決意を聞いて、カナメも自分の胸のうちを告げる。2人の心境を悟って、アリサは頷いた。
「信じてるわ。あなたたちが、追い求めている幸せをつかむことを・・・」
「姉さん・・・」
アリサの励ましの言葉にライが頷く。
「カナメさん、ひとつ、わがままを聞いてもらえないですか?」
「えっ・・・?」
突然アリサに声をかけられて、カナメが戸惑いを見せる。
「1回、抱かせてはもらえないでしょうか?」
「私をですか?・・構いませんけど・・・」
アリサの申し出の真意が見えてこず戸惑いを見せるも、カナメはこれを了承した。するとアリサはカナメを優しく抱き寄せた。
「あたたかい・・ライが心を寄せるのも頷ける・・」
「もう、アリサさんったら・・・」
アリサの言葉にカナメが照れ、ライも気恥ずかしさを感じていた。
「でも、アリサさんもあたたかい・・ライのお姉さんだから、なのかな・・・」
「そうかもしれませんね・・でも、あなたが心を寄せているのはライ。そうでしょう・・・?」
あたたかさとぬくもりを感じ取っているカナメに、アリサが優しく語りかける。するとカナメは小さく頷いた。
「ありがとう、カナメさん・・・ライを、守ってあげて・・支えてあげて・・・」
「分かっています・・ライと一緒でなければ、ライも私も幸せになれないから・・・」
アリサの切実な願いに、カナメが決意を告げる。そこへライが沈痛の面持ちを浮かべて言いかける。
「姉さん・・オレを1回だけ抱いてくれ・・これで、けじめをつけたいんだ・・・」
「ライ・・・」
アリサに申し出るライに、カナメが困惑する。するとアリサは迷うことなく、ライを優しく抱きしめた。
「別にけじめとか別れとか、そんな意味を込めなくていいのよ・・これであなたが納得するなら、理由なんていらない・・・」
「姉さん・・・」
優しく語りかけるアリサに、ライは戸惑いを浮かべる。込み上げてくる感情を抑えることができず、ライは眼から涙を流す。
「ライ、多分これが、私とあなたの2人だけの、最後の甘え・・・」
「そうだな・・これがオレの最後の甘え・・これからはオレ自身のために生きる・・・」
言いかけるアリサに、ライは自分の心境を告げる。2人は体を離し、改めて互いの顔を見つめ合う。
「姉さん、オレは、オレたちは行くよ・・掴み取るんだ・・オレたちの幸せを・・・」
「私も行くわ・・この石の殻を破って、支配の外に・・・」
ライとカナメが決意を告げると、アリサが微笑んで頷く。
「私はいつも見ているから・・あなたたちのことを・・それだけは忘れないでいて・・・」
アリサが言いかけると、ライとカナメは小さく頷いた。するとアリサの姿が霧のように消えていった。
(姉さん、ありがとう・・オレはカナメを守る・・マーブルの支配から、必ず抜け出す・・・!)
心の中で決意を囁くライ。彼のその意思に呼応したかのように、ライとカナメの体が光を発し始めた。
(カナメと一緒にいること・・カナメと自由な時間を過ごすこと・・それがオレの幸せ・・そのためにオレは、この支配から抜け出る!)
ライとカナメに宿る光が強まり、漆黒に彩られていた空間を白く染め上げた。
レナとルナの体だけでなく、心までも侵したマーブル。意識を現実に戻して、彼女は悠然さを振りまく。
「けっこう楽しんでたみたいだね、姉さん。」
「えぇ。さすが姉妹というべきかしらね。ちょっときっかけを作ってあげたら、どんどん引き寄せ合っていったわ。」
カイリが声をかけると、マーブルは笑みをこぼしながら答える。
「私にはあなたがいる。最高の輝きを宿したオブジェがいる。他にも快楽に浸ったコレクションの数々・・今の私は、最高の気分よ・・」
「姉さんが最高の気分なら、僕もこれ以上の幸せはないよ・・・ありがとう、姉さん・・・」
恍惚を浮かべるマーブルに、カイリが素直に感謝する。
「みんなオブジェになって、その心地よさを十分に感じ取ってる。私には聞こえる・・この幸せが永遠に続いていくことに、また喜びが芽生えてる・・・」
込み上げてくる喜びを抑えきれず、自分の体を抱きしめるマーブル。その快楽という支配が、彼女に喜びを与えていた。
そのとき、マーブルとカイリは何らかの違和感を覚えた。振り向いた2人の顔から笑みが消えていく。
石化して心身ともにマーブルに支配されているはずのライとカナメの体から、光があふれてきていた。
「これ・・いったい何が起こって・・・!?」
この変化にマーブルは驚愕した。彼女のもたらす石化は、彼女の絶対的支配が込められていた。彼女が解こうとしない限り、絶対に解かれることはない。
「私の力が破られるなんて、絶対ありえない・・だって・・」
呟きかけるマーブルが驚愕にさいなまれていた。その様子にカイリも困惑する。
「だって・・体だけじゃなく、心も私のものになってるんだから・・・」
愕然となるマーブルの眼の前で、ライとカナメの石の体にヒビが加わる。そのヒビから光があふれ出てきていた。
そして2人を包み込んでいた石の殻が弾け飛んだ。その中から、ライとカナメの生身の体が現れた。
マーブルの支配から脱し、ライとカナメは復活を遂げた。
次回
「一緒に帰りましょう、ライさん・・・」
「やっぱり、みんながいないと気分が乗らないみたいね。」
「みんながいるこの場所が、私たちのいるべき場所なのよ・・・」
「それが・・オレたちの幸せ・・・」