ガルヴォルスLord 第21話「牢獄からの脱出」

 

 

 姉との再会を果たしたカイリ。彼の心には、姉であるマーブル以外のことは何もなかった。

 恍惚に浸っているマーブルをじっと見つめているカイリ。彼の視線に気付いて、マーブルが振り返って歩み寄ってきた。

「どうしたの、カイリ?私、そんなにおかしかった?」

「いや、そんなことないよ。ただ、姉さんがあまりに楽しそうなんで、僕も見るのに夢中になってしまったよ・・」

 問いかけてくるマーブルに、カイリが照れ笑いを浮かべる。微笑をこぼすと、マーブルは深刻な面持ちを浮かべて言いかける。

「ライくんたちを裏切って、本当によかったの?あなたが向こうについていてくれても、私は構わなかったのよ。」

「姉さんは相変わらず意地悪だね。僕はいつでも、姉さんのことだけを想ってるよ・・姉さんさえいれば、僕は何も要らないよ・・・」

 マーブルの言葉にカイリが苦笑いを浮かべて答える。そしてカイリはマーブルに寄り添い、マーブルはそんなカイリを優しく抱擁する。

「ありがとう、カイリ・・あなたは私の大切な弟・・一緒に満たしていこうね。私たちの心を・・」

「そうだね・・姉さんは姉さんのために動いて・・姉さんの幸せが、僕の幸せにつながっていくから・・」

 感謝の言葉をかけるマーブルに、カイリは囁くように答える。2人はそれぞれの心を満たすため、邪な欲情へと堕ちていくのだった。

 

 カナメとレナが夜の時間を過ごしている間、ライは自室にいた。しかし寝付くことができず、彼は星空をじっと見つめていた。

 星たちが散りばめられている夜の空。だが自分たちはそこを飛びまわれず、支配という檻の中から見上げることしかできない。ライはそんな心境を感じていた。

(もうこれ以上、お前に振り回されてたまるか・・必ずお前をブッ倒し、姉さんとルナを取り戻してやる・・・!)

 時間がたつごとに決意を募らせていくライ。それが表にも表れ、彼は拳を強く握り締めていた。

 そんな彼のいる自室のドアがゆっくりと開かれる。ライが振り向いた先には、シーツ1枚を羽織ったカナメが立っていた。

「カナメ・・・?」

 ライがカナメに眼を向けて眉をひそめる。カナメは沈痛の面持ちを浮かべたまま、ライを見つめていた。

「レナはどうしたんだ?一緒にいたんじゃないのか・・?」

「うん・・今は眠ってる・・私だけ寝付けずに、ここに来たのよ・・」

 疑問を投げかけるライに、カナメが微笑んで答える。カナメはライに歩み寄り、羽織っていたシーツを床に下ろす。

「ライとも一緒にいたくて・・そういうのはわがままだと思うけど・・それでも私は・・・」

「カナメ・・・いいよ。そばにいるよ、オレは・・」

 カナメの言葉に対して了承し、ライは彼女を受け入れる。寄り添ってきた彼女を、ライは優しく抱きとめる。

 そのとき、ライはカナメの肌に触れて、彼女の心境を察して当惑を覚える。彼女は心の中で、一途の悲しみを巡らせていることを彼は感じ取った。

「レナ、とても寂しがってた・・ルナちゃんがいなくなって、どうしていいのか分からなくなっていた・・・」

「レナが・・・アイツも、あの女に、大切なものを奪われた被害者ということなのか・・・」

 カナメが口にした言葉に、ライも深刻さを覚える。

「今のレナは、姉さんを奪われたライと同じ気持ちになってるのよ・・すぐにでも助けに行きたいという衝動を、彼女自身、必死に抑えてるわ・・」

 カナメの言葉を聞いて、ライはレナの心細さを察して歯がゆさを覚える。

「だったら、オレたち自身で全部取り戻すしか道はないだろうな。」

「ライ・・・」

 淡々と言いかけるライに、カナメは戸惑いを浮かべる。

「アイツから全てを取り戻すか、アイツに全てを奪われるか・・今のオレには・・いや、オレたちには、その2つの選択肢しかない・・・」

「一世一代の大勝負というところね。勝てなければ全てを失う・・体も心も、何もかもマーブルの思うがまま・・・」

 ライが口にした言葉を受けて、カナメが物悲しい笑みを浮かべる。

「ライ、あなたはあくまであなた自身の心のために戦って・・たとえ私がマーブルに支配されたとしても・・」

 カナメが言いかけたところを、ライが突然カナメを抱きしめてきた。突然の抱擁に動揺するカナメを抱えて、ライはベットに飛び込んだ。

「ライ・・・!?

「そんな悲しいこと、言わないでくれよ、カナメ・・・」

 ライが悲痛さをあらわにしてカナメに言いかける。

「カナメ、オレはもう、何も失いたくない・・・お前がいなくなったら、オレは生きていけないんだよ・・・!」

「ライ・・・私も・・私も・・・!」

 ライの想いを受け止めて、カナメもライを抱きしめる。

「私も本当は、ライを失いたくない・・でも、ライの重荷になるほうが、私はもっと辛い・・・」

「カナメ・・・オレはお前をもう、重荷だなんて思わない・・お前さえいれば、オレはどんなことだって乗り越えられる・・アイツにだって・・!」

 切実な想いを告げるカナメに、ライも自分の胸のうちを明かす。

「どうしてもお前がアイツに奪われてしまうっていうなら、そのときはオレも一緒だ・・お前を絶対に放したくない・・・!」

「私だって、ライのそばにいたい・・一緒にいたいよ・・・」

 互いのそばにいることを強く懇願するライとカナメ。悲痛さを抑えきれなくなり、2人は眼から大粒の涙をこぼしていた。

「カナメ、オレはずっとお前と一緒にいたい・・たとえオレとお前に何が起ころうとしても、それはオレもお前も一緒だ・・・」

「ライ・・・ありがとう・・本当に、ありがとう・・・」

 2人だけの想いに身を委ねるライとカナメ。心の赴くまま、2人は唇を重ねた。

 それから2人は互いの肌に触れ合った。ライに弄ばれて、カナメは解放感を募らせた。

(これからもずっと、こんな時間を過ごしたい・・私の中に、ライの心を忍ばせたい・・心を通わせたい・・・)

 あえぎ声を上げながら、カナメは心の中で自身の想いを呟いていた。

(たとえマーブルに石にされても、ライを奪われることになっても、私はライと絶対に離れない・・離れたくない・・・)

 ライとの時間を強く願うカナメ。心身の中にある全てを解き放ちながら、彼女は明日の戦いに備えた。

 

 そして、運命の戦いの朝が訪れた。リビングを訪れたライ、カナメ、レナは、視線を向け合って小さく頷いた。

 一夜の中で心を通わせ、改めて見出したそれぞれの決意。想いは違うが、その行使における標的は同じ。

「2人とも、もう腹はくくっているようね・・・」

「マーブルを必ず後悔させてあげるわ・・私とルナにちょっかいを出したらどういうことになるか、徹底的に叩き込んであげるから・・」

「待っていても狙われることになる。だったらこっちから乗り込んで、全てに決着を付けてやる・・・!」

 真剣な面持ちを浮かべて言いかけるカナメ、レナ、ライ。

「またみんな一緒に、ここで楽しい時間を過ごせることを信じて・・・」

 カナメのこの言葉にライとレナが頷く。これまで過ごしてきた屈託のない日常をまた送るため、3人は家を出た。

 早朝であるため、小道の人通りは少ない。その人々とすれ違いながら、ライたちは人気のない荒野にたどり着く。

 そこはライとカナメが戦った場所だった。様々な感情と宿命が入り乱れたこの場所で、ライたちはマーブルの行方を探ることにした。

「ここが、私たちの心のぶつかり合う場所・・・もうここは、私たちの戦いの原点といえるわね・・」

 カナメが口にした言葉に、ライとレナが小さく頷く。雲ひとつない空を見上げて、ライが呟くように言いかける。

「アイツの居場所、姉さんやルナが連れて行かれた場所がどこなのか、全く見当もつかない・・どうやって見つけ出せばいいのか・・・」

 行き詰まりを感じたライが、打開の糸口を必死に探っていた。

「ウフフフ。そんなに探さなくても、あなたたちはいつでも私が狙ってるから。」

 そのとき、ライたちに向けて妖しい声が響いてきた。その声にライたちは緊迫を覚える。

「この声・・マーブル・・・!」

「出て来い!お前を叩き潰して、姉さんとルナを取り戻す!」

 カナメが声を荒げ、ライが叫ぶ。だがマーブルは姿を現さず、哄笑を上げるばかりだった。

「あなたたちのほうからやってくるとはね。近いうちに出向こうと思ってたんだけど、その必要はなかったようね。」

 マーブルがさらに言いかけると、ライたちの眼前の空間が歪む。漆黒が渦巻くそのトンネルを、ライたちは鋭く見据える。

「いらっしゃい。アリサちゃんもルナちゃんもこっちにいるわ。あなたたちもオブジェに変えて、みんな一緒に過ごせるようにするから・・」

「せっかくだけどお断りするわ。私たちは誰かのわがままにすがりつくほど落ちぶれてないから。」

 マーブルの呼びかけに対し、レナが不敵な笑みを返す。

「わざわざオレたちを通すとは・・相当オレたちをものにしたいらしいな・・・そういう考えが愚かだってこと、地獄に突き落として後悔させてやる!」

 いきり立ったライがトンネルに飛び込む。カナメとレナも彼を追って、トンネルに飛び込んでいった。

 だがトンネル内は空間が不安定で、3人は体を揺さぶられていた。

「ずい分な道を作ってくれたものね・・・カナメ、ライ、あなたたちは私に構わずに行って!」

「レナ!・・それじゃレナが・・!」

 レナの呼びかけにカナメが声を荒げる。

「私たちはそれぞれの目的のためにここに来てる!だから私のことは気にしなくていいわ!」

「レナ・・・すまない・・・!」

 レナの気持ちを汲んだライが、カナメとともに先行した。だがその途中、空間の歪みによって、ライとカナメも分断されてしまった。

 

 ライとカナメを先に行かせたレナは、薄暗い廊下の真ん中に降り立っていた。見知らぬ場所に落とされた彼女は、ライとカナメを探して周囲を見回していた。

「まったく。ここまで意地悪なんだから、こういうのもやらかしてくるとは予測はついてたけど・・」

 マーブルのやり口に苦笑を浮かべながら、レナは歩き出そうとする。だがその彼女の前に数人の黒ずくめの男たちが立ちはだかる。

「これはこれは、ずい分と手荒な歓迎になりそうね・・・ルナはどこにいるの!?素直に話してくれるなら、命だけは助けてあげるわよ!」

 いきり立ったレナの頬に紋様が走る。それと同時に、男たちが異形な怪物へと変化を遂げる。

「マーブルの僕ということね・・・命がいらないということで、話を進めちゃってもいいってことね!」

 不敵な笑みを浮かべたレナも、ローズガルヴォルスに変身する。男たちがその彼女に向かっていっせいに飛びかかる。彼らは理性がまるで感じられなかった。

 彼らはマーブルの力で洗脳されたガルヴォルスたちであった。操り人形同然に動く彼らは、マーブルの思念の赴くままに行動する。

「結局はマーブルに簡単に振り回されてる連中。そんなのに負ける私じゃないってば!」

 レナは呟きかけると、男たちに向けて花びらの刃を放つ。その刃を受けて、2体のガルヴォルスが昏倒する。

 レナはすかさず念力を放ち、男たちを壁や床に叩きつける。そして花びらの刃を手にして、直接男の1体の体に突き刺す。

 事切れた男が崩壊して消滅する。レナは間髪置かずに別の男に向かって飛びかかるが、男は振り下ろしてきた花びらの刃を受け止める。

「ルナが待ってるのよ・・こんなところで立ち止まってるわけにはいかないよ!」

 レナは言い放ち、ルナの救出のために眼前に敵に向かっていった。

 

 レナ、そしてライとも離れ離れになってしまったカナメ。彼女はライとの合流とマーブルの撃退を念頭に置いて、動き出そうとしていた。

「分断させて、1人ずつ狙うって魂胆のようね・・でも、それでも私は、退くわけにはいかない・・・!」

 思い立ったカナメが、まず自分の居場所を把握しようとした。だが自分がいるこの部屋の異様な空気を感じ取って緊迫を覚える。

 部屋の周囲に立ち尽くしている何体もの裸の女性の石像。いずれも恐怖を一切見せず、穏やかさや心地よさを思わせる表情をしていた。

 その石像たちの中から響いてくる声を、ガルヴォルスであるカナメは耳にしていた。それは快楽と恍惚の込められた声だった。

「もしかして、ここにいる全員が、マーブルの力を受けて・・・!?

「ウフフフ。その通りよ。」

 声を荒げるカナメに向けてかけられた声。それは妖しく微笑むマーブルのものだった。

「どう?美しいでしょう、私のコレクションたち・・」

 淡々と声をかけるマーブルに、カナメはゆっくりと振り返る。

「みんなとてもかわいい子たちばかり。それを私がオブジェに変えて、もっときれいにしてあげたのよ。」

「やはり・・でもこの声はいったいどういうことなの・・・!?

 カナメが困惑を浮かべながら言いかけると、マーブルは淡々と答える。

「この子たちはみんな、オブジェになったことへの快感を味わってるのよ。」

「快感・・・!?

 マーブルのこの言葉にさらなる困惑を見せるカナメ。

「自分の体が石になったことでの束縛。人のあたたかさと石の冷たさが入り混じることで生じる快感。それらは永遠に続き、みんなにこれ以上ないほどの至福を感じさせてるのよ。」

「それでライのお姉さんも、ルナちゃんも・・・」

「あなたも私のコレクションに加えてあげる。あなたのように強い輝きを持ってる子は、オブジェにしたときに最高の美しさを見せることになる。」

「どういうことよ・・!?

「ウフフ。それは後でじっくり教えてあげる。まずはあなたをオブジェに変えること。」

 鋭く言いかけるカナメに、マーブルは淡々と答える。狙いを向けてきたマーブルに対し、カナメは敵意を向けていた。

「悪いけど、あなたのおもちゃになるつもりはないわ・・ライも、私も!」

 

 レナとカナメと離れ離れになってしまったライは、大広間と思しき場所に来ていた。なかなか姿を見せないマーブルに対し、ライは激情を募らせていた。

「出て来い、マーブル!いつまでも隠れてるんじゃないぞ!」

 ライがマーブルに向かって呼びかける。その叫びが大広間にこだましていた。

「悪いけど、君はしばらく僕の相手をしてもらうよ。」

 そのとき、ライに向けて声がかかってきた。だがそれはマーブルのものではなかった。

 ライはさほど動揺の色を見せていなかった。振り返った先には、これまで見せてきていた朗らかな笑みを浮かべたカイリの姿があった。

「カイリ・・お前・・・」

「ライくん、君は後で姉さんが相手してくれるから。それまで、僕が君の動きを封じさせてもらうよ。」

 歯がゆさを見せるライに、カイリは淡々と言いかけていく。

「君が傷つくことを、僕も姉さんも快く思わない。できることなら、時間まで大人しくしてほしいところだけど、君の性分を考えるとそれは不可能。」

「こんな冗談、ちっとも笑えないぞ。オレがマーブルの言うことを聞くと思ってるのかよ・・・お前がアイツに味方して、オレの邪魔をしようっていうなら、それなりに覚悟はできてるんだよな?」

「覚悟?自慢じゃないけど、僕は上位クラスのガルヴォルスだよ。君もそれなりに強いみたいだけど、僕を簡単に倒すことはできないよ。」

「そうかよ・・だからって、オレはここで足踏みしてるわけにはいかないんだよ!」

 カイリの言葉を一蹴していきり立つライ。彼の頬に異様な紋様が浮かび上がる。

「たとえ一緒に過ごしてきた仲間だろうと、オレたちの心を壊そうとするヤツは、誰だろうと容赦しない!」

 言い放つライの姿が、ウルフガルヴォルスへと変化する。ライがカイリに鋭い視線を向ける。

「オレが許せないことはたったひとつ・・オレやカナメたちの心を弄び、そして全てを奪おうとしてるヤツに加担してることだ!」

 憤りを膨らませて、拳を強く握り締めるライ。カイリは冷静でありながらも、ライに鋭い視線を向けていた。

「君たちが僕と姉さんの幸せを奪おうとするなら、僕も容赦しないよ・・・!」

 低く告げるカイリの頬に紋様が走る。彼の姿がジャックガルヴォルスとなり、その右手には細身の剣が握られていた。

「少し苦しい思いをすることになるけど、それも仕方がない・・・姉さんの幸せのために、ライくん、僕は君をねじ伏せる!」

 眼を見開いたカイリが、ライに向かって飛びかかっていった。

 

 

次回

第22話「血塗られた決闘」

 

「僕にとって姉さんは全て・・」

「姉さんを大切にしているこの気持ち、分からない君じゃないだろ!」

「オレが大切にしてる人に、そんなふざけた考えはない・・」

「お前が立ちはだかるなら、オレは全力でお前を倒す!」

 

 

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