ガルヴォルスLord 第19話「絶望への序章(プレリュード)」
ライが眼にした白髪の女性。妖しい笑みを向けてくるその女性に、ライは恐怖と戦慄を募らせる。
「間違いない・・アイツは・・・!」
声を震わせるライを見つめて、女性がさらに笑みをこぼしてみせる。
「ライ、どうしたの?その先に誰かいるの?」
そこへカナメが呼びかけるが、ライは女性をじっと見つめて体を震わせるばかりだった。
「もうダメだ!みんな、アイツから逃げられない!アイツにいいようにされてしまう!姉さんのように!」
その恐怖が頂点に達し、ライが悲鳴を上げる。そんな彼を、カナメが背後から飛びついて落ち着かせる。
「落ち着いて、ライ!大丈夫!私たちがついてるから、怖がることはないよ!」
「放してくれ!アイツが、あの女が、姉さんを!」
ライが叫んだその言葉にカナメは当惑を覚える。彼女はかつて彼が口にした過去を思い返していた。
女性は妖しい笑みを浮かべたまま、ライの視線の先から離れていく。
「くそっ!待て!逃げるな!姉さんを、姉さんを返せ!」
その女性を追いかけようとするライだが、カナメに続いてレナやルナにも取り押さえられてそれが叶わなかった。
「落ち着きなさいって、ライ!そんな感情的になったって、何にもならないでしょう!」
「お姉ちゃんの言うとおりだよ!どういう事情か分かんないけど、そんな状態で向かったって、どうにもなりませんよ!」
レナ、ルナにも言いとがめられて、ライはようやく踏みとどまる。これほどまでに取り乱したライを初めて見たと、カナメ、レナ、ルナ、カイリは思っていた。
海辺での休息から店へと帰ってきたライたち。街での出来事で精神的に追い込まれていたライは、近くの椅子に深々と腰掛けていた。
そんな彼を気にかけて、カナメが深刻な面持ちで訊ねてきた。
「ライ、よかったら、私たちにも話してくれないかな?・・街で見かけた女の人が、いったい誰なのか・・・」
カナメに呼びかけられて、ライが顔を上げる。レナ、ルナ、カイリも覚悟を決めて耳を傾けてきているのを目の当たりにして、ライも真剣な面持ちを浮かべた。
「アイツが・・オレの姉さんを奪っていったんだ・・・」
「姉さんが・・・あの人に・・・!?」
ライが打ち明けてきた事情に、カナメが当惑を見せる。
「オレは幼い頃に親を亡くしててな。そんなオレの親代わりになってたのがオレの姉さん、霧雨アリサだよ。」
「姉さん・・・」
姉への想いを秘めるライに、カイリが戸惑いを覚える。
「けど、姉さんはあの女に連れ去られたんだ・・オレが家に戻ったとき、姉さんはおかしくされていた。服がボロボロになって、体が石になって・・それなのに姉さん、笑ってるんだよ・・まるで自分が石になるのを喜んでるみたいに・・・」
「喜んでるって・・そんなバカなことって・・・!?」
「どういうことか分かんないが、これだけは分かる。アイツの仕業だって。アイツが姉さんをおかしくさせちまったんだって・・だってアイツ、あんな姉さんを見て、当然のように喜んでたんだから・・・!」
激情にさいなまれて、ライがたまらず拳をテーブルに叩きつける。彼と女性の間に底知れぬ宿命があることを、カナメは悟っていた。
「結局、姉さんはあのまま石にされて、女は姉さんを連れて姿を消した。オレは姉さんを助けようとしたが、女の力がすごすぎて、全然敵わなかった・・・!」
「それで、ライがガルヴォルスになったのは、そのときだったの・・・?」
そこへレナが口を挟み、ライは小さく頷いた。
「それでライさん、あれからずっとお姉さんを探していたんですか・・・?」
そしてルナも心配の面持ちで訊ねてきた。
「まぁな・・けどいつしか、姉さんを奪ったあの女だけじゃなく、ガルヴォルス全部を憎むようになっちまったようだな・・・」
「それでいろいろ探し回って、そこを私たちが見つけたんですね。」
「あぁ・・できることなら、オレは誰とも関わりたくはなかったんだ・・そいつらが、アイツに狙われたくないと思ってたから・・」
ルナの問いかけにライが答える。常に周囲を巻き込みたくないという彼の考えに、カナメは困惑の色を隠せなかった。
「それで、これからどうするの?その女の人はライを見てたから、一緒にいた私たちに気付いていないはずがない。」
「それじゃもしかして、私たちも裸の石像にされちゃうんじゃ・・・!?」
レナが言いかけたところでルナが不安を浮かべる。するとレナが気さくな笑みを見せて、ルナの頭を撫でる。
「安心なさい。そんな悪趣味なのにルナを渡すわけないでしょ。」
「お姉ちゃん・・・」
レナに励まされて、ルナが安堵の笑みをこぼす。だがライは深刻さを拭えないでいた。
「アイツを甘く見ないことだ。アイツは狙った相手は何が何でも奪おうとするヤツだ・・・!」
「言ったでしょ。たとえそんなバケモノでも、私たちはそんなのの思い通りにはなんないって。忠告ありがとう、その気持ちは受け取っておくよ。」
レナがライの口元に指を当てると、自信のある言葉をかける。
「ライくん、これでもカナメちゃんもレナちゃんもルナちゃんも、みんなガンコなところがあるからね。」
カイリにも言いとがめられてしまい、ライはこれ以上言葉をかけることができなかった。
それからしばらくして、レナとルナは買い物のために店を出て行った。その直前もライから忠告を受けて、レナは苦笑いを浮かべていた。
深刻さを隠せないでいるライに、カイリが歩み寄ってきた。
「君がそこまで怖がるくらいだから、相当危険な相手ということなのだろうね。」
カイリが気さくに話しかけてくるが、ライは深刻さを拭えないでいる。カイリは天井を見上げて、物悲しい笑みを浮かべて語りかける。
「僕もね、姉さんがいるんだ・・」
この言葉にライが眉をひそめる。
「ライくんのように誰かに連れて行かれたわけじゃないんだけど・・ここしばらく会えていない。連絡も取っていないんだ・・」
「それでカイリは寂しくないのか?会いたくならないのか?」
「寂しいときもあって、今でも会いたいと思ってる。でもあまりその気持ちを前面に出しすぎると、かえって甘えてしまうことになるから・・」
「・・・そんなものなのか・・・」
カイリの話を聞いて、ライが苦笑いを浮かべた。そんな2人にカナメが近づいてきた。
「ライ、あなたのお姉さんを連れ去ったあの女のこと、詳しく聞かせてもらえないかな?警戒しなくてはならない相手のことを全く知らないのは、どうかと思うから・・」
真剣な面持ちで訊ねてくるカナメに対し、ライも小さく頷いた。
「オレも詳しく知ってるわけじゃない。分かってるのは、アイツもガルヴォルス。しかも他のヤツよりも強く、しかも特別な力を持ってるってことぐらいだ。」
「特別な力・・・あなたが言っていた石化も、そのひとつだっていうの?」
「あぁ。アイツの力にかかったヤツは、体だけじゃなく、心までアイツの思い通りにされちまう・・だから絶対、アイツの力にかかるわけにはいかないんだ・・・!」
ライは忠告を告げると、店を出て行こうとする。彼を追いかけて、カナメも店を出る。
「2人とも、すっかり仲がよくなっているようだね。そのほうが気分がいいよ・・・」
2人を見送って、カイリが笑顔で呟いた。
街の通りに赴いたライとカナメ。2人はビルのガラスにもたれかかって、流れる群集を見つめていた。
「ライ・・ライは、あの女の人を恐れていたの?それとも、やはりお姉さんを助けたかったの・・・?」
カナメの唐突な問いかけにライは落ち着いたまま答える。
「両方だ。怖がってたといっても、アイツの力というより、アイツに誰かが奪われていくのを怖がってたんだ・・」
「・・それで、私たちの前に仇が現れたわけだけど、ライはこれからどうするの?」
「・・今度こそ、アイツを叩き潰して、姉さんを取り戻す。いくらお前を受け入れられたといっても、アイツだけはどうしても許せそうにない・・」
カナメに向けて心境を打ち明けるライ。するとカナメがライにすがり付いてきた。
「ライの気持ち、分からなくないよ・・でも、あまり自分だけで抱え込まないで・・」
「カナメ・・・」
「他の人を巻き込みたくないというライの気持ちも分かる。でも、少しは私たちも頼りにしてほしい・・私たちが狙われてるならなおさら。自分の、自分たちを守るために、私も戦うから・・・!」
ライに向けて自身の決意を口にするカナメ。彼女の心境を察して、ライは困惑を浮かべる。
「これ以上は、何を言っても意味はないか・・・参ったよ。オレの負けだ・・けどな・・」
ライは言いかけると、カナメを強く抱きしめた。突然の抱擁にカナメが動揺をあらわにする。
「・・オレはお前を失いたくない・・これ以上アイツに、オレの大切なものを奪われたくないんだ・・・!」
「ライ・・・」
ライの切実な想いに喜びを感じるカナメ。2人は人目を気にすることなく、しばらく抱き合っていた。
同じ頃、買い物に出かけていたレナとルナ。だがなかなか取るものが手につかず、2人は街外れの公園に行き着いていた。
「やっぱり、落ち着かないものなのね。自分たちが標的にされてるっていうのは。」
「そうだね。怖くないといったら、やっぱりウソになっちゃう・・・」
レナとルナが不安を口にする。
「そういえば、ライが言ってた石化、あの漫画に出てたよね。」
「・・そうだね。いろいろとエッチなのが多かったけど、あれは本当に・・」
昔読んでいた漫画を思い返して、レナが笑みをこぼし、ルナが苦笑いを浮かべる。
「もしかしたら、あんなのが現実に起こってるんじゃないかって、思っちゃったときもあったよ。昔はガルヴォルスなんて知らなかったし。」
「そうね。丸裸にされてるのに、石にされてるから動けない。そこをいろいろとされたら、たまったもんじゃないわよね。」
ルナの言葉にレナがにやけながら答えると、ルナのふくらみのある胸を指でつつく。するとルナが胸を隠して赤面する。
「もう、お姉ちゃんったら!・・そういう不謹慎なことは外ではなしって・・」
「アハハ、ゴメンゴメン。ルナがちょっと怖がってるみたいだから、からかってみたくなっちゃったのよ。」
不満を口にするルナに、レナが気さくな笑みをこぼす。だがレナはすぐに落ち着きのある微笑みを浮かべて、ルナを優しく抱きしめた。
「大丈夫よ、ルナ。あなたは私の大切な妹。どんなすごいのが来たって、必ず守ってあげるから。」
「お姉ちゃん・・・」
ルナに優しく言葉をかけられて、ルナが戸惑いを覚える。動揺の色を浮かべながらも、ルナも自分の心境を打ち明ける。
「守られてるだけじゃないよ・・私もお姉ちゃんを守りたい。ガルヴォルスみたいな力はないけど、それでもお姉ちゃんを守っていきたいよ・・・」
「ルナ・・・」
ルナの言葉を耳にして、今度はレナが戸惑いを覚える。自分が想っていた妹にこれほどまでに想われていたことを、彼女は改めて思い知らされるのだった。
喜びを抑え切れなくなったレナは、ルナをさらに強く抱きしめる。
「ありがとう・・ルナのその気持ちがあれば私は、私たちは負けない・・・」
互いの気持ちを確かめ合ったレナとルナ。この姉妹に迷いはなくなっていた。
デパートの屋上へと上ったライとカナメは、そこで立ち並ぶ出店の中から買ったクレープを口にしていた。彼らはそこから街の景色を眺めながら、物思いにふけっていた。
「そういえば、おかしな漫画をレナに見させられたことがあったな・・見せられたところは、とてもハレンチなものだったわね。」
「おかしな漫画?」
カナメの唐突な言葉にライが眉をひそめる。
「ライにとっては気分が悪くなる部分だけど・・美女をさらって石にしてコレクションしている誘拐犯。その石化は、着ているものを引き裂いて全裸にしてしまう効果がある。」
カナメはライに語りかけながら、レナに半ば強引にその漫画を見させられたことを思い返してため息をつく。
「“月日の流れを見守り続けるがいい”とか。そう言われて、丸裸でずっと外に立ち続けるなんて、女だったら耐えられないわ。」
「男だって耐えられないな。周りからどんな眼で見られることか。」
いつになくからかってくるカナメに、ライは憮然とした態度を見せる。だが2人とも思いつめた面持ちを浮かべる。
「終わらせよう、ライ・・お姉さんを助け出して、大敵を倒そう・・」
「そうだな・・これ以上、アイツの好きなようにさせてたまるか・・・!」
カナメが切り出した言葉に、ライは低い声音で答える。全ての宿命に終止符を打とうと、彼は覚悟を募らせていた。
「ライ、あそこにいるの、レナとルナちゃんじゃない?」
「ん?・・そうだな。間違いない。」
そのとき、カナメの呼びかけを受けてライが指し示されたほうに眼を向ける。その先の公園にいるレナとルナの姿を発見する。
「せっかくだ。一緒に店に戻ろうぜ。」
「そうね。レナはイヤな顔を見せるけどね。」
ライとカナメは頷きあって、レナたちと合流すべく屋上を後にした。
屈託のない談話を楽しんで、レナとルナは店に戻ろうとしていた。だがその途中、クレープの出店を発見したレナが足を止める。
「ルナ、戻る前にクレープ食べてかない?私がおごるから。」
「えっ?でもいいのかなぁ。カナメさんたちに文句言われないかな・・」
レナが気さくに言いかけると、ルナが不安を浮かべる。するとレナは笑みを消さずに続ける。
「いいのよ、いいのよ。もし文句を言われたら、私が逆に文句を言ってやるわ。プライベートに口を挟まないでって。」
「もう、お姉ちゃんったら・・じゃお言葉に甘えちゃおうかな。お姉ちゃんが適当に選んできちゃっていいよ。」
「そう?それじゃ、チョコチップがたっぷりかかったバナナクリームでも頼もうかな。」
ルナが頷いたのを見て、レナは上機嫌に出店に向かっていく。姉の後ろ姿を見つめて、ルナは喜びの笑みをこぼした。
出店は数人が並んでいた程度だったので、それほど時間を費やさずに買うことができたレナ。
「さて、ちょっと急がないとかな。ルナ、待ちくたびれてるかも。」
胸を躍らせながら、ルナのところへ急ぎ足で戻っていくレナ。数段の階段を駆け上がれば、そこにルナが待っているはずだった。
だがレナは、目の当たりにした光景に驚愕を覚える。あまりの動揺で、彼女は手にしていたクレープを落としてしまう。
声を上げることもできなくなっていたレナが見つめていたのは、先ほどの姿のルナではなかった。身につけていた衣服がボロボロになり、あらわになった肌が徐々にひび割れを起こしていた。
にもかかわらず、ルナは自分の身の変化に対する恐怖を感じていないようだった。彼女のその様子が、レナは信じられなかった。
「・・・ル・・ナ・・・!?」
ようやく声を振り絞ったレナが、覚束ない足取りでルナに近づこうとする。ルナの秘所からは愛液があふれ出し、地面へとあふれてきていた。
「・・おねえ・・ちゃん・・・」
「ルナ・・・どうしちゃったのよ、ルナ!?何があったっていうの!?」
弱々しく声を発するルナに、レナは声を荒げて手を伸ばす。だが触れたルナの両肩の感触に違和感を覚え、レナは困惑する。それは、人としてのやわらかさ、あたたかさの中に、石の冷たさや硬さが混じっていた。
「私、どうなっちゃったの・・・体が全然動かないよ・・体が固くなって、ひび割れてくのが伝わってくる・・それに、どんどん漏れてく・・我慢しようとしても、どんどんあふれてくるの・・・おかしくなってるはずなのに、どうしてか気持ちよくなってく・・・」
「ルナ!しっかりして!私は、お姉ちゃんがここにいるから!」
声を震わせるルナに、レナが悲痛さをあらわにして呼びかける。
そのとき、レナは真正面から何かに突き飛ばされる。その勢いで地面を転がるレナ。
「ウフフフ。ダメよ。せっかく気持ちよくなってるとこなのに。」
そこへ妖しい微笑が響き渡り、レナが眼を見開く。呆然と立ち尽くしているレナの背後から、白髪の女性が姿を現した。
「これでもう、あなたは私のもの・・・」
「あなたは・・・まさか、ルナをこんなふうにしたのは・・・!?」
ルナの頬を優しく撫でる女性に、立ち上がったレナが問い詰める。すると女性は妖しく微笑みかける。
「その通り。この子は私の力を受けて、だんだんと気持ちよくなってるの。オブジェになっていくのを感じながらね。」
「何を言ってるのよ!?・・・すぐにルナを元に戻しなさい!さもないと・・!」
「ウフフフ。何を言っているの?せっかくこうして気持ちよくさせてるじゃないの。それを戻すなんてもったいないわよ。」
怒りを込めた口調で言い放つレナだが、女性は笑みを浮かべるばかりだった。その間にも、ルナの心身の侵食は徐々に進行しつつあった。
「・・お姉ちゃん・・・ゴメンね・・何も・・できな・・く・・・て・・・」
レナに言いかけるルナの体がさらに固まっていく。素肌が白んでいき、そして彼女の瞳から生の輝きが消える。
一糸まとわぬ姿で完全に石化に包まれたルナ。その石の胸を指で撫でて、女性はレナに声をかける。
「自己紹介がまだだったわね。私はマーブル。魅黒(みくろ)マーブルよ。」
女性、マーブルに弄ばれているルナに、レナの心は大きく揺さぶられていた。
「ルナ・・・ルナ!」
レナの悲痛の叫びが、この公園にこだました。
次回
「姉さんだけじゃなく、ルナまで!」
「私は、この時をずっと待ってたのよ・・」
「ライの気持ち、少しは分かったかもしれない・・・」
「レナ、あなた・・・」
「狙った子は絶対に逃がさない。それが私の心の在り方よ。」